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2017年05月05日

●自分も助かり、人も助かる願いをもつ

 御隠居様(二代教会長伊藤コウ師のご母堂)は、教会から頂かれる通知状や御祭典の案内等を御神前にお供えして、その日付まで御祈念をなさっておられたそうです。コウ師が子供の時に「お母さん、どうして教会から頂いた案内をご神殿にお供えしておくのですか?毎日何をご祈念しているのですか?」とお伺いになりますと、御隠居様は「よう考えてみなさい。世の中にどれほどたくさんの人がお命を頂いていますか。その中で私達は有難いことにご神縁を頂いて、金光様のお広前にお参りをさせて頂けるようになったのです。神様から願いをかけて頂いて、こうしてお引き寄せ頂いた私達はどれほど幸せか。神様から願いをかけて頂いているのだから、その願いに基づいて、しっかりと信心を進めさせて頂けます様に、神様のお心に適う氏子にならせて頂けます様に、この御用奉仕を頂いているお祭まで、しっかりと御用させて頂ける心と身体にならせて頂いて、さらに一段と行き届いたことがさせて頂けます様に、とお願いをさせて頂いています。」と仰ったそうです。

★私達は何のためにご信心させて頂くのでしょうか。生まれた時から親に連れられて…、病気をしたから治して頂きたいと願って…、友人にお導き頂いて…、等々、それぞれの家で信心のきっかけがあられますでしょうが、神様から願いをかけて頂いてお参りをするようになったという点においては、皆共通なのです。神様が「どうあってもこの氏子に助かって欲しい」「この家がおかげを蒙ってほしい」との願いをかけて下さっているのです。そういう中に私達はご神縁を頂いているのです。

★『不仕合わせな者を見て、真に可愛いの心から、我が身を忘れて他人を助ける。その可愛いと思う心が、神心じゃ。それが信神ぞ。その神心におかげが頂けるのぞ。人の難儀を助けるのが、有難いと心得て信神せよ。』信心が進ませて頂きましたら、「自分も助かり、人も助かる働きをさせて頂けるようにならせて頂きたい」という願いをもつようになるのです。御隠居様にはその願いがあられたのです。どうあっても人の助かる御用にお使い頂きたいという風に願わせて頂けるようになれば、それが真のご信心になっていくのです。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:41 | 平成28年の「み教え」