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2017年05月31日

●長期的なお願い

以前あるご婦人が、「最近うちの主人が信心に凝りすぎて困っております。先生から、あんまり信心に凝りすぎないように主人に言ってやってください」とお届けに来られました。よくよく話を聞いてみると、ご主人は商売をしておられるのですが、赤字が続いてうまくいっていなかったのです。信心する前は利益を多く取ろうとしておられたそうですが、ご信心をさせて頂かれるようになったら、「実意丁寧な商売をさせて頂こう!お客さんには出来るだけ親切丁寧にして、自分の手数料は少なくさせてもらおう!」と言い出したそうです。奥様からしたら「今でも苦しいのに、そんなことしたら食べていけなくなります。ですから、信心に凝りすぎないように言うて下さい」ということだったのです。

★そこで三代教会長先生は「ご主人は一生懸命お参りして、み教えを聞いておられます。あなたは、あまりお参りも出来てなくて、み教えを聞いていないですから、ご主人とあなたの中で信心の程度に差があるのです。それであなたにはご主人の言う事が極端に聞こえるかもしれませんが、しっかりとみ教えを頂いて信心をさせて頂いているご主人が、どのようにおかげを頂いていかれるか、ちょっと見てあげてください。信心の足を引っ張って止めてしまう方が良いのか、進めてもらう方が良いのか、一年間覚悟を決めて、ご主人の方針に従ってあげてください。」とみ教えなさったのでした。

★結果、赤字続きの商売が黒字になり、有難いことにお客さん・得意先が増えていき、結構に繁盛させて頂かれるおかげを頂かれたのです。後に奥様は「信心の世界は分からんもんですなあ。なんで儲かったんでしょう」と仰っていたそうですが、ご信心に基づいた商売を長期に亘ってさせて頂き、正しい利益を頂かせてもらうことが大切ですね。

★お広前では自分自身の心と身体の掃除をさせて頂くのです。我情我欲や邪心をいつまでも持ち続けておりましたら、いつまでも身に徳を頂けませんし、有難い信心の向上にもなりません。正しくみ教えを頂いて、正しくお願いをさせてもらって、正しく改まりが出来ていく稽古をさせて頂きましょう。そのためにも「信心が向上させて頂けます様に」「めぐりのお取り払いを頂いて、身に徳が頂けますよう」といった、長期に亘ってのお願いを持たせて頂くことが大切です。

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2017年05月30日

●恨みに報ゆるに徳をもってす

阿倍野教会の信徒総代をなさった山階氏は、幼い頃に実母を亡くされ、義理のお母さんに育てられたのでしたが、「義母はいつも義弟ばかりを大事にし、自分は疎んじられている」と思い続けておられたのでした。そして、10代の終わりに家出をされ、「成功して親を見返してやりたい」という一念で、小さな鉄工所を営んでおられましたが、多額の借金を抱え、中之島公園でアイスを売って、日銭を稼がなければならない苦しい状態に陥られたのでした。

★そうして、30年以上も親に音信不通の状態が続いておられたのでしたが、49才の時にお導き頂かれ、伊藤ハル刀自より「何十年も音信不通になっているとは、どれ程親は心配されていることでしょう。それは、親不孝の極みです。そこにあなたが結構にならない元があるのです。親の御恩のわからない人間にどうして天地の親神様の御恩が分かるでしょうか!まず両親にお詫びに行かせて頂き安心して頂きなさい。これからは親孝行させて頂けるように改まりなさい。」とのみ教えを素直に頂かれて、

早速実家に戻られてお詫びをされました。み教えを頂くことによって、30年以上積み重ねてきた親不孝の心から、真に親孝行を願う心に切り替えることが出来られ、神様におすがりしながら、どこまでも真心で孝養を尽くされたのです。

そうして一心にお礼とお詫びの信心に打ち込まれますと、鉄工所は10年の間に目覚ましい発展を遂げ、従業員100名を超える大きな工場に繁盛のおかげを頂かれたのでした。また、お義母さんには一番良い部屋を用意させて頂かれたのでした。

★先ず第一に、自分自身の環境(有難い両親のもとに生まれ、結構に育てて頂いたこと、現在は有難い仕事に就かせて頂いていること、有難い家族を与えて頂いていること、有難い場所に住居していること等)を喜ばせて頂くことと、

第二に、周囲の方を「どうぞこの方が助かってゆかれますように」とお願いしていくことが大切です。『真あれば徳ありと、昔の者がいうておろうが。真で損をするように思うのは、やっぱり真が足らぬのぞ。恨みに報ゆるに徳をもってすということがあろうが。ご信心する者はこれじゃ。』とみ教え頂いておりますように、

山階氏は、これまでの恨み等をお取り払い頂いて「どうぞ親孝行させて頂けます様に」という心に変わらせて頂いたのです。真を神様に向けさせて頂き、周囲の助かりを祈る稽古をさせて頂いて、有難い心持ちにならせて頂けるおかげを蒙らせて頂きましょう。
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2017年05月29日

●信心の機関車として

★三代金光様は、『何十年つとめましても、油断がなりません。日々がさらです』とご理解下さいました。「さら」とは「新しい」という意味です。今日まで積み重ねてきた成果や、良い評価の上にあぐらをかく様なことなく、また、年齢と共に精神的にも老け込んでしまうことのないように、日々生まれ変わる気持ちで、元気な心で、ご信心を進めさせて頂きたいと思います。

★93歳のあるご婦人のご信者が、怪我で入院なさったのでしたが、先日退院なさって車椅子でご家族と一緒にご参拝になりました。ご本人がおっしゃいますのに、「食事は何を頂いていも美味しいです。子供も孫も親切にしてくれますから、毎日有り難いです。有り難うございます。」と、お礼を申しておられたことでした。

また、「教会に参拝させて頂くことが何より有り難い。他のどこへも行かなくてよいから、教会には連れて参って下さいよ。」と、ご家族にいつもお話しなさっておられるそうです。

お宅祭の時には、そのお母さんが先頭に立って準備をなさり、色々と心配りをなさるので、ご家族も、お掃除をなさり、お供え物を整えられたり、榊葉を拭かれる等、皆さんで一生懸命に準備をすることが出来られるそうです。

そのように、お一人お一人が心を込めて準備をすることが出来られますので、ご家族皆さん夫々が、実に有り難い心持ちでお宅祭を拝ませて頂くことが出来られるのですね。

★自らの可能性を自ら限ってしまうことほど、神様にご無礼なことはありません。自分の心の持ちようから、有り難いものはいくらでも生み出されるのです。年を重ねて体力に衰えが出てきたとしても、心まで衰えてしまうことのないように、お礼の心を厚くして、信心の上で家の機関車とならせて頂けるような、おかげを頂きたいと思います。

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2017年05月28日

●心配する心で心配りをさせて頂く

ある学生さんは、学校でクラスの委員になり、一生懸命クラスの数人と放課後に残って話し合いをしたり、催しの準備に向けて真面目に活動していました。しかし、クラスの中で「お前は気に入らん、ええ格好しやがって、半殺しの目にあわせてやろうか!」等とひどく妨害をする生徒がいたそうです。なぜこのような言いがかりを付けられて、嫌なことばかり言われないといけないのかと無性に腹が立ったので、その学生さんはお結界に来られ「どのように考えさせて頂いたらよろしいでしょうか」とお届けされました。

★すると三代教会長先生は「あなたは、10代にして徳を頂くということについて考える良い機会を与えて頂きました。それは有難い事ですよ。知識があり成績だけ良くても、それでは解決できないことです。そこで大切なことは一生懸命努力に努力を重ねて、どこまでも諦めずにクラスの人からも一目を置かれるぐらいに、ずば抜けていくということが大事なことですよ。あの人の言う事なら付いていこうと思ってもらえるようなお徳を頂いていかねばなりません。それがいまあなたに求められていることですよ。そして認めて頂けるまでは、どんな時にでもくじけず、自分自身を磨き上げてゆく覚悟を持たなければなりませんよ。脇目も振らず一生懸命になり実力を付けていくことです。目の前に与えて頂いたことは、神様から自分に与えて頂いた課題であると分からせて頂くのです。逃げずにしっかりと受け切っていく覚悟を持たせて頂くことです。次に大切なことは、いつも謙虚であるということです。そのためには常に神様を目当てにすることです。神様の目からご覧になられると人間はどこまでも至らないことばかりで、それを許して頂いて生活させて頂いております。神様の教えに照らし合わせて、神様のお心に適うまでどこまでも謙虚にならせて頂くのです。それには教会でみ教えを頂いてお取次を頂くことが、一番の基本です。次に、どんな人の口を通してでも神様がみ教え下さっていると思い、耳の痛いことほど自分の肥やしにさせて頂くのです。後ろに神様がおられるということを、常に忘れなければ、人と対立することがありません。人間どうしのありとあらゆる関係で、対立のない争いのない謙虚で有り難い世界が開けていきますよ。」とみ教え頂かれたのでした。

★目の前の大変厳しい問題を、お取次ぎを頂きみ教えを頂くことによって、どのように心配りをさせて頂いたら、人も納得して下さり自分もおかげを頂き、皆が助かるようになっていくかを教えて頂く事が出来るのです。今日のことを有難く自分自身にみ教えとして頂いて、明日からは正しい方向へ心配りが出来ますようにとお願いさせて頂きますと、そこから一歩踏み出すことが出来るのです。
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2017年05月27日

●有難いの一心

あるご信者は、37才の時に目の病気を患われ、緑内障で失明するかもしれないとのことで、三ヶ所の病院を回られましたが、手術することもできないということで医師からも手を放されたのです。お導きを頂いてお引き寄せを頂かれ、二代教会長伊藤コウ師より、「ここへお導き頂いてお参りしてきたということは神様の思し召しによってお引き寄せ頂いたということです。神様が願って下さっているからにはきっとおかげが受けられるから、信じてお願いしなさい。あなたも少しなりとも御修行をさせて頂きなさい。おかげを頂けることを信じることと、今まで喜べなかったことが喜べるように、毎日喜ぶ稽古をしなさい。」とみ教えを頂かれたのです。

★それからは、毎日朝に昼に2人のご信者さんが左右について手を引いて一緒に参拝して下さって、み教え・お取次ぎを頂かれたのです。ご信者は、薄紙を剥ぐようにおかげを頂いてゆかれ、視力も徐々に回復のおかげを頂かれ、1人で参拝させて頂けるまでになられたのでした。そうして、針に糸が通せるまでに視力も回復され、全快のおかげを頂かれたのでした。その後には、御縁を頂いて、徳島県に嫁がれて農家を手伝われ、3人の子宝にも恵まれました。64才の時にお参りされた時には、病気が全快されてから27年間一度も再発することなく、さらには娘さんが嫁がれるまでにおかげを頂いておられました。

★有難いおかげを頂いている時には、その有難さになかなか気付けないものですが、稽古をさせて頂いて、有難いの一心にならせて頂きましょう。「私は至りませんのに、こんなに結構にして頂いて有難うございます。神様のおかげ・金光様のお取次のおかげ・周囲の方々のおかげでございます。」とお礼を申せる稽古をさせて頂いておりましたら、本当に有難いものが育っていくのです。

★また、見るもの・聞くもの・目の前の相手に対してよく御祈念させて頂きましょう。何か間違ったことをしている人があられたとしても、「この人も助かります様に、どうぞ立ち行かれます様に」と御祈念させて頂くのです。そうした稽古を積み重ねて有難いの一心にならせて頂くおかげを蒙らせて頂きましょう。

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2017年05月26日

●心のおかげを頂く

羽衣教会の二代教会長松岡安枝師は、全身に重い関節リュウマチを患っておられました。医師からは、「リウマチは難病ですから、治ることはありません。あなたは椅子にも座れませんよ。」と言われたそうです。そんな中、二代教会長・伊藤コウ師だけは、「必ずおかげを頂きましょうなあ。」と、仰せになり、松岡先生は、コウ師から頂かれたみ教えを心に刻んで、覚悟を決められ、「何が何でもおかげを頂こう!」と願いを持たれたのです。

★初めは便所にも四つん這いで這ってゆかねばならず、椅子に座ることも出来られなかったそうです。しかし常に前向きにご祈念なさって椅子に座る稽古に取り組まれ、椅子に座ることが出来られるようになり、今度は大きめのお茶の缶に座られ、段々と小さい缶に替えて座ることが出来てゆかれ、遂には正座が出来るようになられたのでした。

★阿倍野教会へは阪堺電車に乗って日参を続けられ、月例祭では晩年まで座礼で祭員の御用に就かれたのです。ご晩年に私が「椅子を用意させて頂きましょうか?」とお尋ねしたことがありましたが、「阿倍野教会では、正座で御用にお使い頂くことを、神様にお願いさせて頂いております」と、おっしゃったことでした。日々何かしらの痛みがあられたということを伺っておりますが、痛みや不自由を神様にお預けなさり、おかげを頂く一心のご信心で、御用に支障のないおかげを頂かれたのでした。

★私達もそのようなご信心を習わせて頂きまして、まず何事に於いても「金光様有り難うございます!」とお礼を申させて頂き、問題に心を囚われず、不足を言わず、和らぎ喜ぶ心にならせて頂きたいと思います。身体に症状がありましても病人にならぬようにおかげを頂いてゆきたいものです。そして、「どうぞこのことをおかげにさせて頂けます様に」という心で、お礼を申しながら日々の歩みを進めさせて頂きますと、有り難いおかげの道が開かれていくのです。

★『何でも信心して二つのおかげを受けたら楽じゃ。一つは身に受けるおかげじゃ。今ひとつは我が心に受けるおかげじゃ。心のおかげが大事じゃぞ。心のおかげを先に受けたら身のおかげは自然に受けられるのじゃ。』

★『金光大神は、どうにもならないと言われれば、じっと寝入るような心持ちになるのであるから、あなたらもそういう心になるがよい。どうにもならないと思う時にでも、わめき回るようなことをするな。じっと眠たくなるような心持ちになれ』

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2017年05月25日

●神様を杖に

5月24日は、90才でお国替えされました土井つちの氏の御命日でした。このお方は大変熱心な御信者で、お参りすること、み教え頂くこと、お届けすることが大好きなお方でありました。

★土井つちの氏の長女さんが9才の時に肺門リンパ腺炎に罹られた時、病気全快の為に、東天下茶屋に開業していた専門の医師を探している際に、偶然阿倍野教会の旧広前の提灯を見つけられ門をくぐられたのが参拝の始まりでした。初めて二代教会長伊藤コウ師にお届けされた時、コウ師から「娘さんが胸の病気ということですが、親が今、胸を悩まされていることは何ですか?」と尋ねて頂かれたのでした。土井氏はお米の卸しと小売業を営んでおられ、一軒売掛金の回収が滞っているところがあり、そのことで家庭が不和になっている事をお話しされました。

★コウ師より「親がそうして心を悩まし、家の中が不和になっていることが、子供の病気につながっているのです。売掛金は神様の銀行に預けて無期限の定期を作ったと思って、後は催促をせずに時節を待たせて頂きなさい。その後の事は神様にお任せして、あなたはしっかり信心して家の中が円満になるよう神様を杖にして、娘さんの病気全快をお願いさせて頂きましょう。」とみ教えを頂かれたのでした。

★それからはご夫婦で熱心に西区九条から日参されて信心に打ち込まれたのです。すると、なんと今まで滞っていた食堂から未払いの分を何回かに分けてすべて支払って頂けるおかげを頂かれ、また同時期にお子さんの病気も全快の大みかげを頂かれたのでした。

★つちの氏は90歳でお国替えされたのですが、お国替えになられる前日まで、庭の草引きをなさっておられました。そして、亡くなる直前までご自身のことは全て自分でなさって、ご家族の方に迷惑をかけることもなく、大往生のおかげを頂かれたのでした。

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2017年05月24日

●昨日を忘れ、おかげにさせて頂く

先日、あるご信者が「『昨日を忘れ、今日を喜び、明日を楽しめ』というみ教えがありますが、昨日を忘れとはどういうことでしょうか?」とお伺いに来られました。そこで「それは過去をおかげにさせて頂くということです。」とお話しさせて頂いたことでした。

★過去のことは変えられませんが、「あんなことがあった、あんなことを言われた」等と悪いことに捉われないように、神様にお願いしてゆくということです。過去に起こったことが必要な経験であって、自身の本心を磨くためのことである。無駄なことは何一つない。全てにご神意が含まれている。信心を基にして苦難をおかげにさせて頂くのだという信念を頂いてゆくのです。

★あるご信者は、入信前はご主人の家業の失敗により苦労を抱えられ、ご主人のせいで辛い思いばかりさせられていると恨んでおられ、病気ばかりしておられました。しかし、入信なさって二代教会長先生より「病気を忘れて参拝しなさい。」とみ教えを頂かれ、縋る思いで日参と聴教に励まれますと、いつの間にか病気が全快しておられ、

さらには「主人が恩人である。主人のおかげでこのお道にお引寄せ頂いた。」と御礼を申せるようにまでなられたのでした。そして後半生は大変有難い結構な生活を送られ、90歳を過ぎられても一日4回日参され、子供、孫、玄孫さんのことを祈り続けられたのでした。

★『お天道様のお照らしなさるのもおかげ、雨の降られるのもおかげ、人間はみな、おかげの中に生かされて生きている。人間は、おかげの中に生まれ、おかげの中で生活をし、おかげの中に死んでいくのである』というみ教えの中の「雨の降られるのも…」というのは天候気象のことだけではありません。生きていく上での苦しい辛いこと等も表現して下さっているのです。

★「昨日を忘れ」というのは、過去のことは神様にお任せ申し上げて、今月今日の信心を一生懸命にさせて頂きなさいということです。そうしていけば過去一切が救われていくのだから、それを分かって信心をさせて頂けば過去から離れることが出来る。すなわち昨日を忘れることができるという意味なのです。

★全てが無駄ではなくおかげなのです。何かことが起きてからでないと、有難さが分からないというところが、人間のまだまだ至らない部分ではありますが、振り返らせて頂いて「あれもおかげであった、これもおかげであった」と思わせて頂けるよう、信心向上のおかげを蒙らせて頂きましょう。
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2017年05月23日

●御礼の心を養う

 二代教会長・伊藤コウ師が幼少の御頃、小学校に入学して一年の時に級長になられたのでした。お母様(伊藤ハル刀自)に報告したらさぞかし喜んで頂けるだろうとお考えになり、自宅に帰られましたが、お母様もお姉さま方もお留守でした。お母様方は教会に参拝なさっているのだと察せられたコウ師は、さっそくご自分も教会に向かわれますと、教会から家に帰ってこられるお母様方と、道中で会われたのでした。そこで早速、「級長にならせて頂きました!」とご報告をなさると、そのままお母様方と一緒に家に帰られることなく、「今からお教会にお礼参りをしてきます!」と自分一人で自発的に教会にお礼参りに行くことが出来られたということです。

★小学一年生という幼い頃から、このような有り難いお礼の信心が身に付いておられたということは、母親である伊藤ハル刀自が、日頃から何事も喜び、実意丁寧にお礼を申させて頂く信心教育を、徹底なさっておられたからに他なりません。

★常日頃からの日参と聴教の積み重ねによって、信心の地が肥やされ、おかげの受けものを大きくさせて頂けるのです。信心の地が肥えておりませんと、自分にとって必要なみ教えを頂いたとしても、耳に痛いばかりで受け入れることが出来ません。また日常生活で、少しでも心に障ることがあるだけでも、自分が改まることをせず他人を責めたり、問題から逃げることしか考えられないようになってしまいます。

★自分自身がしっかりと日参と聴教によって改まりを心がけ、日々喜びに満ち満ちて柔軟な心を養わせて頂けば、有り難いご信心を子孫にも伝えさせて頂くことが出来るのです。『金光様は喜びの道を開いてくだされたのじゃから、それをご信心申す者が、喜ばぬつらい顔をして日を過ごしてはならぬ。天地の親神様をご信心するのじゃもの、天地のような広い心にならねばならぬ。』

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2017年05月22日

●二人前、三人前の働きを目指して

私達は毎日の生活を当たり前だと思ってしまいがちですが、奇跡的なおかげの連続であるのです。健康で五体満足で自由自在に思うように思索させて頂き、思うように身体を動かせて頂けること、それら全てが有難いおかげなのだと理解させて頂くことが大切です。おかげを頂き続けている自分だからこそ、「お礼に働かせて下さい」とお願いさせて頂いて二人前、三人前の働きを目指しましょう。そのためには、心身共に疲れ切っていては二人前、三人前の働きなど到底出来ません。皆同じように神様から一日に24時間を実に、平等に与えて頂いております。その限られた時間の中で、休憩も取らなければなりませんし、睡眠を取ることも、食事を頂くことも必要不可欠なことですね。その中で二人前、三人前の働きをさせて頂くとはどういうことでしょうか。それは人の倍も三倍も値打ちのある働きをさせて頂くということです。

★二度手間や三度手間のないように充実した、生きた時間の使い方をさせて頂くようおかげを頂きたいものです。そして、早く綺麗に丁寧に正確にさせて頂く事を心掛けて御祈念してさせて頂く事が必要です。そのためには一心に神様にお願いして、神様から与えて頂いている能力を十二分に発揮出来る様、お願いさせて頂かなければなりません。本当に二人前、三人前の働きをさせて頂くためには、それだけの鍛錬が必要で、一心不乱に打ち込んでさせて頂く事です。そうして一心に御祈念してさせて頂く事を心掛けておりますと、人間の体はそれに対応出来るだけの徳と力を発揮出来るようになるのです。そこに天地のお徳が表れ、生活の上にも、身体の上にも有難いお徳を頂く事が出来るのです。

★山本定次郎師51『信心する氏子、一日に木綿一反織れる人が、六根の祓にもあるとおりの潔き心持ちで朝より一反半織るつもりになれば、一反半成就する。よそへ行く人でも、一日に十里歩ける人が、十五里は運びができるぞ。神様へおかげを受けるお願いも、その人、人で、違いがある。』
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2017年05月21日

●生涯油断なく

 あるご婦人のご信者は、家業である食堂を切り盛りなさり、家計を支えながら7人のお子さんを育てられました。寝る間も惜しんで働かれる毎日であられたと思いますが、日参と聴教、御用奉仕にも熱心に取り組まれ、後にはお孫さんを14人頂かれる子孫繁盛のおかげを頂かれたのでした。

この方は88歳の米寿のお祝いの時には、「これからは、若い人に迷惑をかけないよう自分のことは自分で何でもさせて頂けるように、子供孝行をさせて頂きたいと思います」と、おっしゃったと言うことです。90歳を超えるご高齢になられても、日参と聴教、御用奉仕に励まれ、家の信心の機関車としての働きを生涯貫かれ、100歳を超えて大往生のおかげを頂かれたのでした。

★日々み教えを頂きますと、正しい方向に改まらせて頂くことが出来、おかげの受けものをどんどん大きくさせて頂くことが出来ます。そうしますと、み教えでも、そこに込められた神様のご慈愛を分からせて頂くことが出来、真の改まりにつながってゆくのです。

★神様から与えて頂くご修行を、何でも有り難く頂く覚悟が出来ますと、どんな難儀な状況からでも、道が開けてゆくのです。銘々が、家の信心の機関車となるつもりで、油断なくご信心を進めさせて頂きましょう。

★『生きておる間は修行中じゃ。ちょうど、学者が年をとっても眼鏡をかけて本を読むようなものであろうぞ。』『氏子、十里の坂を九里半登って、それで安心してはいけない。十里を登り切って向こうへおりたら、そこで安心せよ。途中で気を緩めると、すぐに後へもどるぞ』

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2017年05月20日

●油断のないご信心を

先日、入信して10年になるご信者がお礼のお届けに来られました。ご信者は、入信以前は毎日愚痴不足を言って暮らしていたということです。身体も弱く、救急車で運ばれることも度々あり、家事もろくに出来ず、泣いて暮らしておられたところに、お導き頂いて、阿倍野教会へ参拝させて頂かれました。お届けなさいますと、『先々は結構になりますから、しっかりとご信心させて頂きましょう』とみ教え頂かれたのです。

★家から教会へは少し距離があられましたが、毎日み教えが頂けるようになり、5年後には住んでいた家を売却し、教会の近くに新築の家を買われるまでにおかげを蒙られたのです。そしてその新築落成奉告祭には、ご主人の両親や実家の両親に加えて親戚の方までお参りして下さったのです。

そしてご主人は一緒に教会に参拝もさせて頂けるようになられたのでした。また、子供さんに関しては、入信前は体が弱くて、好き嫌いも多くあり、アレルギー体質で、激しい頭痛や気管支喘息があり、病気ばかりして、偏食のためやせ細っていたのでした。

段々と子供さんもお参りをさせて頂いて、現在では健康な体に作り変えて頂かれ、生徒会の役員に立候補させて頂けるような、前向きな性格に育たれたのです。十年後の今日では、入信前と比べて夢のような有難い円満な家庭にならせて頂くおかげを頂いておられます。

★『一家の内に一人、本当にご信心な者があれば、一家はみな信心になる。一村に一軒、本当にご信心な家があれば、一村みんなおかげを受けるようになる。信心は一粒万倍じゃから、はじめに信心する者がよい種をまいておかねばならぬ』とみ教え頂いておりますように、お徳を頂いていくということは、自分自身だけではなく、段々と周囲にもお徳が伝わっていくのです。

★私達は様々なものにお世話になっております。ご信心をして視界が開けてきましたら、知らず知らずのうちにお世話になっているもの、おかげを頂いていること、全てにお礼を申せるようになるのです。目先のことだけしか見ていなければ、『痛い時の神頼み』になってしまい、本当に有難いご信心には進んでいきません。

結構な生活にならせて頂いていても油断なく「私はまだまだ信心が至りません。私に不行届きな所がありますから、次々と神様からお気付けを頂いて『ここを改まらねばならん、あそこを改まらねばならん』と気付かせて頂けることは有難いことです」とお礼を申せるようになることが信心が進ませて頂いている姿ですね。
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2017年05月19日

●一段一段引き上げて下さる信心 

★『人間はみな、生まれる時に約束をしてきているのである。だから、家族が一人よりは二人、二人よりは三人、三人よりは五人と大勢いるほど、家庭の中に種々の難儀がある。幸いに信心をしていると、まあ、それを除いていただくのであるが、生まれつきの約束であるから、また、こういうことが起きたというようなことが出てくるかも知れない。その時に、これほど信心するのに、なぜこういうことが出てくるのだろうかと思えば、もう信心はとまっている。これはまだ私の信心が足らないのだと思い、これはどこまでも私の勤めるべき役であると思って、信心をしていかなければならない。そこからおかげがいただける。』

★「私はこのたびの仕事のことでお届けして、お願いして仕事をしたつもりですのに、仕事の上でうまくゆかなかったのです。どういうことでしょうか?」とお尋ねになった方がありました。皆さんはどう感じられるでしょうか?「させて頂いたつもりだったけれども、足らなかった所がたくさんあったんだなぁ。それを今回は神様が教えて下さったのだなぁ。お気付けを頂いたのだ。私は傲慢不遜であったなあ。」と思える人と、「私はすることはしたのに、何故こんな結果になったんだろう…」と考える人と、大きく分けて2種類の考え方に分かれることと思います。

★例えば、学校の定期試験を受ける際に、神様にお願いして勉強に励んだのに、試験の結果が思うような結果が得られなければ、それは自分自身の勉強の仕方が足らなかった証拠ですね。世の中には1回或いは2回見ただけで全て網羅して暗記できる人もおられるかもしれませんが、大抵は何十回も反復学習しなければ記憶が定着しないものです。

★「笛を一生懸命練習しましたが、なかなか音が合いません」なぜでしょうか?それは練習が足らないのです。1回しても2回しても出来なければ、百回でも二百回でももっともっと練習して鍛えると音が合う様になってくるのです。極めて分かりやすい話ですね。それを神様のせいにしたり、人のせいにするなど責任を転嫁しては結構になってゆきません。それは信心が足らない証拠で、稽古も足らなければ、鍛え方も足らないのです。

様々な問題が起こってきた時に、「これはまだまだ私の信心が足らないのだ。行き届かない所があるのだ。御礼の仕方も行き届いていない。お詫びの仕方も行き届いていない。お願いの仕方も行き届いていない。真心も足りない。そこで神様が、幼稚園の信心から小学校1年生、2年生、3年生と言うように一段一段引き上げて下さるのだ」と思い、「今からもう一段向上させて頂こう!」と練り上げていくことが大切です。
それは10年信心させて頂いても、20年信心させて頂いても同様で、油断なくお願いし続け、生涯掛けて向上させて頂くおかげを頂きましょう。

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2017年05月18日

●身に付いて離れないように

食事を頂いても、それがきちんと消化され、血となり肉となってこそ頂いた食事が「身に付く」ことになります。時には、食物を口に入れたとしても、それをそのまま下してしまい、身にはつかない、ということもありますね。それは、食物だけに言えることではなく、動産不動産といったものについても、与えて頂いているお恵みがきちんと身に付かせて頂くためには、常日頃からの、天地のお恵みを頂く受け物を作る心がけが大切だと思います。

★あるご信者が、長年胃の調子が悪く、お結界でお取次ぎ頂かれました。すると、
「食べ物の頂き方にご無礼がありませんか?ご信心を頂いておられるので、食べ物をゴミ箱に捨てることはないでしょうが、家族が食べ残したものを、『これは食べないと傷んでしまうから』と言って、お腹が一杯なのに食べたり、食べる時機を逃したばかりに少し傷んでしまったものを「もったいないから」と言って、体に毒になるにもかかわらず食べてしまったりして、胃袋をゴミ箱のようにしているのではないですか?そうしたご無礼の積み重ねが、体の不調となって表れるのですよ。食事を作るときにはよくご祈念して、作りすぎないよう、ちょうど良い量を作らせて頂けるよう、お願いさせて頂きましょう。」
とお話しなさったのでした。

★私たちは、日々お水、食物、人様の働き等あらゆるお恵みを頂きながら生活させて頂いております。お恵みを頂いていることに対するお礼と、知らず知らずのご無礼お粗末にお詫びを申す心を忘れず、ご恩返しを第一にした生活を心掛けさせて頂きたいと思います。

★『食物を粗末にするくらいもったいないことはない。食べられるまでにするのは、たいていじゃあるまいが。みんな、何のためにえらい(しんどい)目をしておるのか。安気に食べられるようになろうと思うてであろうが。それなのに、口に入れるばかりになっておる食べ物を捨てたり粗末にするのは、神様のお恵みと人の骨折りとを粗末にしておるのじゃ。よく試してみるがよい。食べ物を粗末にする者に達者な者があるか。出世する者がない。食を粗末にするから職を離れるのぞ。』

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2017年05月17日

●家庭は桧舞台

 以前にあるご婦人が、お届けなさっておられたことです。ご主人から、何か間違いを指摘されると、自分が間違っていることは分かっていても、ご主人の言い方や態度がどうしても受け入れられず、「間違ったのは私かもしれませんが、あんな言い方しか出来ないのは主人が悪い」と、憤慨しておられたのです。

★そこで、「そう感じられるあなたの気持ちも分かります。しかしご主人の怒りが、雪だるまのように大きくなっていかない為には、ご主人から間違いを指摘された時に、素直に『すみませんでした』と、心からお詫びさせて頂くことです。あなたの中には、『負けたくない!』という感情が強くあるので、ご主人も、『まだ分からんのか!』と、怒りを大きくしてしまわれるのでしょう。

それでは、お互いに傷ついてしまい、家庭も不和が続き、家業も繁盛しません。家庭ならではの甘えと、相手に勝ちたいという感情は、あなたの中の我情我欲です。「私の言うことを聞いて下さい!先ず私の言うことから聞き入れて下さい!」という気持ちも、あなたの我情我欲ですよ。先ずあなたの方が聞く耳を持たなければなりませんよ。そこをしっかり稽古させて頂きましょう。」と、お話しさせて頂いたことでした。

★お広前は、心と体を癒して頂く場であり、育てて頂く場であり、信心の稽古をさせて頂く場です。日参と聴教に励ませて頂くことによって、一切の出来事を通して成長させて頂くことが出来、辛抱できなかったことも辛抱できるようになり、有り難く思えなかったことも有り難く思えるようにならせて頂けるのですよ。

★『水は方円の器に従い、人は善悪の友によるというが、家庭は器のようなものである。水は円い物に入れれば円に見え、角の物に入れれば角に見える。家内中が真の心を持ち、神様の氏子をお預かりしているという尊き心持ちで家業を潔く働き、親兄弟に親切をして信心に油断なく、教育に油断がなければ、先祖へご無礼なく、国家繁盛のもととなるから、日々家業働く心と真心とを失わぬよう、今月今日で信心するがよろしい。』

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2017年05月16日

●おかげの元を忘れない

『井戸は清水になるまで、病気災難は根の切れるまで、一心に、まめで繁盛するよう元気な心で信心せよ』おかげの元を忘れてはいけません。命を頂いていること、そして結構な家庭を築かせて頂いていること、結構なお仕事をさせて頂いていること等は、全て心と体の健康を頂いているから出来ることであります。健康でなければ、働くことも出来ませんし、足腰も動かせて頂いているからこそ立ち上がることも出来、寝たきりにならないですんでいるのです。

★『不自由を行と思い、物を不足に思わず、物を苦にせず、万事、神様を一心に頼み、万物をありがたく頂くという心を磨いておると、早くおかげが受けられるのである』とみ教え頂いております。万物を有難く拝んで頂く。全てに心を込めて御礼を申して、有難く拝んで頂かせて頂く。そういうところに天地のお徳が現れてくるのです。

神様から元々与えて頂いている有難い徳と力に、ご信心で磨きをかけておりませんと、サッと徳も力も現すことが出来なくなってしまいます。色々な汚れ(不成心・邪心等)で覆い隠してしまっていては、元気な心が出てきません。その汚れを取り払って頂く為には、御礼を申す稽古をさせて頂くのです。

★三代教会長先生が、入院し手術を受けられる事になられました際、「この度は病院で御用をさせて頂きなさいと、神様からの仰せで入院させて頂くのです。この病院におられる方々の助かりをお願いさせて頂く御用にお使い頂くために、入院させて頂きます」とお話しなさっておられました。

三代教会長先生は入院中、目の前におられる患者さんや医師、看護師、お世話になる方々の、助かり立ち行きを常にお願いしておられました。すると、術後、痛むはずの所が全く痛むことなく、楽々とリハビリがさせて頂けるおかげを頂かれたのでした。

★三代教会長先生は、自分自身のことよりも先に他の人々のことを拝む稽古を常になさっておられましたから、おかげを頂かれておられたのです。私達もおかげを受け続けている自覚をさせて頂き、次のおかげを頂く元を作らせて頂きましょう。
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2017年05月15日

●本物のご信心を目指して

昨日は、5月11日に天地金乃神大祭を、天候初め万事万端ご都合お繰り合わせ頂き、無事にお仕え申し上げることが出来ましたことの御礼の御本部参拝を共々にさせて頂きましたことは、真に有難いことでございました。

★おかげを頂きましたら、その後の御礼のご信心が大事です。いつまでたっても同じ所で足踏みをして一向に前へ進めない状態であるとするならば、それは御礼の出来ていない在り方だからなのです。

御恩に報いる行き届いた御礼のご信心を目指し、しかもそれが本物になってゆくようにおかげを頂かねばなりません。御礼のご信心を心がけてゆくことは、老若男女問わず、学歴の有る無し、信心の深い浅いに関わらず、誰でも今から心新たに取り組むことが出来ます。

今この瞬間から「本気になってみ教えを頂こう!」「本気になってご信心させて頂こう!」と即座に実践させて頂ける目標です。自分自身は行き届いていないのに、先へ先へおかげばかり頂いていては釣り合いが取れません。

私達の足元にはお世話になった分の大きな穴が開いていると思えば良いのです。御恩に報いる生き方をさせて頂くことによって、その大きな穴を埋めることが出来、基礎がしっかりとしたものになってゆきます。そして基礎をしっかりと作らせて頂いて、その上に立派なものを建てさせて頂ける様におかげを頂いてゆかねばなりません。

★心を込めて御礼のご信心をさせて頂いて、それが長く続かせて頂けるように稽古させて頂くことにこそ、本物にならせて頂ける生き方がさせて頂けるのです。

★『どうでもおかげをいただこうと、九死に一生のお願いにご一心しておる時くらい、お礼が本気で申せたらなあ。願うことはすぐにできても、お礼は言えぬものかなあ。お願い一ぺんにお礼十ぺんというように、お礼を言う心が篤いほどご信心が篤い。ご信心が篤いほどおかげが篤い』

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2017年05月13日

●有り難く頂く心にご庇礼が現れる

 11日には、天地金乃神大祭を共々に拝ませて頂きまして、真に有り難いことでござました。ご神前にお供えさせて頂きました真心からのお供え物は、御神米、ご神酒、お鏡餅や小判餅、乾物、お野菜、果物、お菓子、全てにおいてご祭典が終わりましたら、御祈念を込めさせて頂き、御祭典のお徳に満ちて御祭典のお下がりとしてお下げさせて頂けるよう、早速に整えさせて頂いたことでございます。少しずつですが有り難く拝んで頂かれまして、神様のご庇礼を蒙られますようお願い致しております。

★二代教会長・伊藤コウ師の御時代に、あるご婦人が両脇を抱えられたような状態でお参りになりました。まだ40代だったそのご婦人は、胃も腸も子宮も具合が悪く、お腹が硬く凝り固まって、半年間も床を離れられず、10歳の息子さんがおられたのにもかかわらず、密かに死ぬ準備までなさっておられたのでした。また、ひどい冷え性で、お布団には湯たんぽを入れ、カイロを体につけて生活しておられたのでしたが、当時とても寒かったはずのお広前に朝から昼過ぎまで座ることができられ、段々と体が温かくなるのを感じられたのです。「『神信心してみかげのあるを不思議とは言うまじきものぞ』これがご神徳というものですよ」と、み教え頂かれ、それから毎日お参りなさり、家の用事も段々と自分で出来るようになられたのでした。また、湯水も喉を通りにくかったのが、神様のお下がりとして何でも拝んで頂く心になられますと、お漬物でお茶漬けを美味しく頂くことが出来られたのでした。

★そのような有り難い初参拝から一週間ほどして、息子さんが一人で参拝されました。伊藤コウ師は大変喜ばれ、お供えのみかんを2つお下げになりました。息子さんは、帰ってから早速お下がりのみかんをひとつお母さんに渡されると、拝んで拝んで、有り難く頂かれたのでした。しばらくすると、便のお取り払いをどんどん頂かれ、あまりにも出続けるので驚いて見てみると、なんと血膿が出ており、硬く膨れていたお腹がすっかり楽になられ3週間の後には家の用事も一人で出来るようになられたのでした。

★お徳に満ち満ちたお下がりを拝んで心から有り難く頂きますと、どれ程結構なご庇礼を頂けるか分かりません。

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2017年05月12日

●命の躍動

昨日は、皆様方のお手篤いご信心とお導きによりまして、 天候をはじめ全てに亘り万事万端ご都合お繰り合わせを蒙り、信奉者一同が真心込めて盛大に天地金乃神大祭を仕えさせて頂きましたことを、厚く御礼申させて頂きます。また、たくさんの方々の真心からの御用奉仕に、心より御礼申させて頂きます。

★祭典後は、西宮教会長・西村憲正師より『いのちの躍動』という御講題でお説教を賜りました。

[阿倍野教会に於かれましては、初代教会長先生、二代教会長先生、三代教会長先生、現教会長先生の並々ならぬ御取次の働きによりまして、道が開かれ、悩み苦しんでおられる方々が、助かっていかれ、そしてその助けられた方が、また悩み苦しんでおられる方をお導きなされ、助かりの輪が大きく広がっているのですね。

助かり助け、助けて助かる。その原動力は、生神金光大神御取次の働きによって頂いていくことが出来る、命の躍動であると思います。わが心に、わが体に、生き生きと生まれ給う命の働き、限りなくお働き下さる命の躍動があってこそ、今日の私達・皆様方の助かりがあるんですね。その元の元は教祖様にあるのです。

教祖様は『氏子が助からねば神も助からぬ』と教えて下さってますが、人が助かるということが神様の助かりになり、神人ともに助かる世界をこの世に顕現していこうというところから、教祖様のお広前が開けていったのです。この働きが今日、全教のお広前に展開していってるのです。

教祖様のお広前では信心の喜びの輪が、沸き起こり、生き生きと光輝いていたと思うのです。まさしく喜び信心です。教祖様ご自身のお心が信心の喜びで燃え盛っておられたのですね。そこに自ずから人々が集まられ、み教えを頂かれた方が、その命の中に信心の大きな活力を頂かれ、それぞれのご家庭に戻って、信心の灯がともされていった。

池に石を投げますと、波紋がサーッと広がっていきますように、全国津々浦々に助かりの輪が広がっていった。その中心の教祖広前にありまして、金光大神様は御取次・御祈念下さっていたのです。]との大変有難いご内容でした。

★御大祭の御庇礼を蒙り、ここから一層ご信心を進めさせて頂き、秋の金光大神大祭・開教95年記念大祭に向けましてより一層に信心が向上させて頂きますよう、共々におかげを蒙らせて頂きたいと願わせて頂いております。
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2017年05月11日

●本日は天地金乃神大祭です!

 皆様、おめでとうございます。本日は、開教95年記念の年の天地金乃神大祭をお仕え申し上げます。結構な神様のご都合お繰り合わせを頂きまして、また、ご信者皆様の真心からのご祈念と御用奉仕を賜りまして、無事に御大祭当日を迎えさせて頂きましたことは、真に有り難いことでございます。

★神様は命の親様であり、身体を作って下さった親様であります。私達は皆、天地金乃神様から生命と身体を授かり、天地のお恵みの中で生かされており、慈愛深く願いをかけて頂いている存在です。日々生かして頂いているお礼を申し、日々働かせて頂いているお礼に何としてでも御用にお使い頂き、そのご恩の万分の一でも報いる働きがさせて頂けますように、という心持ちで御用にお使い頂きましょう。天地の大祖神様への御礼の大みまつりを、信奉者一同勢を揃えて有難く奉行させて頂きましょう。

★御大祭の一番のお直会はお説教で頂くみ教えです。ご祭典の初めから拝ませて頂き、お説教の最後まで聞かせて頂きましょう。そして、家族、親戚、お導きの方々、お知り合いなど洩れなくお伝えの上ご参拝され、御大祭の御庇礼を蒙られることをお願いさせて頂いております。

■午後一時より おかげ話 3名  
 稲田敏弘氏・宇都宮道子氏・中山芳一氏
■午後二時より 天地金乃神大祭 奉行
■祭典後説教 講題『いのちの躍動』
■講師 西宮教会長 西村 憲正師

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2017年05月10日

●行き届いた心配り

 大工さんのお手伝いをするように三代教会長伊藤良三師から御用を頂いたときのことです。[大工さんのお邪魔にならないようにしなさいや。大工さんに助かってもらえるようなお手伝いをさせて頂きなさいよ。「あなたと仕事をすると楽しいですね」と喜んで頂けるような御用にならせて頂くのですよ。]と仰いました。その時に甘木教会の修行生の方が初代安武松太郎師からみ教えを頂かれたことを話して下さったのでした。それは[ある日、修行生の一人が左官屋さん(壁塗り職人)のお手伝いをしておりました。すると、「あなたは左官屋さんの手伝いをしているのですか。それとも左官屋さんを使っているのですか。あなたのような土の差し出し方では左官屋さんが一回一回腰をひねって疲れてしまいます。仕事の能率も上がりません。もっと左官屋さんが楽になるように土を差し出さなければお手伝いになりませんよ。」と、初代安武松太郎師から教えて頂かれました。]という内容でした。言われたことをただするだけではなく、その立場で自分はどうあるべきかを考え、相手が安心して仕事ができるような心配りをしていくことが大切だと仰ったのですね。

★あるご信者は「あの方は熱心に信心なさって御用をされておられます。どうしてあのように行き届いて出来られるのでしょうか。」と、二代教会長伊藤コウ師にお伺いになりました。コウ師は「あの方はいつも自分のことは思わずに周囲の人のことばかりを思っておられるので行き届いた姿になっておられるのですよ。」と、み教えを下さったのでした。周囲の人のことを考えるということは自分から進んでさせて頂かないことには出来ませんね。人から「こうしなさい」と教えて頂いてすることではなく、その時々にご祈念をして練り出していくものなのです。

★仕事をさせて頂くときは、その仕事の全体を把握する力、空間を把握する力、人と人との関係を把握する力、段取りをする力などが必要となります。段取りをする力は生き抜いていく力だとも言われています。ご信心させて頂くということは、自分がどういう立場でどのようにおかげを頂いていかなければならないのか、何を心得てしなければならないのかを一生懸命ご祈念して考えさせて頂く力を身につけさせて頂くということであり、それが生活や仕事に表れていくのです。「信心する」という心ではなく、「信心させて頂く」という心にならせて頂きましょう。そして、自分自身の言動すべてが信心になるように励みましょう。

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2017年05月09日

●神を杖につけば楽じゃ。

昨日はみかげ会例会が開催され、今村氏の有り難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★今村氏は平成17年に生体肝移植の大手術を受けられました。癌が発見され、医師から手術の説明を受けられた当初は、ドナーとなられる次男さんと血液型が異なるために、失敗の可能性が35パーセントあること、次男さんを始めご家族に負担をかけてしまうことなどから、手術を受ける事を諦めかけられました。しかし、お取次を頂かれ、「65パーセントも成功の可能性があるのなら、神様にお願いして、一番良い時に手術を受けさせて頂きましょう」と、み教えを頂かれ、手術を受ける決心をなさり、平成16年11月に手術の予定が組まれました。

★ところが、肝機能の数値が良かったので一旦手術は見合わせることになったのです。しかし、癌は時と共に大きくなっていたので、平成17年6月に再び手術日が組まれ、5月末に入院なさったのですが、手術を急ぐ他の患者さんの為に手術日が延期になり、最終的には7月5日に手術日が決定したのでした。この、度重なる手術日の延期が大変なおかげで、6月から手術までの一ヶ月の間に、免疫抑制の新薬が試験的に使用を許され、術後の拒絶反応を抑え、副作用も少なく、成功率が上がることが期待される、とのことでした。手術は無事成功の大みかげを頂かれました。

★さらには、その後、動脈瘤が二か所に見つかり、各専門分野の先生方が治療方法を決めている間、ちょうどお盆休みで1週間話合いがまとまらずに待っておられましたら、エコー検査で動脈瘤が小さくなっていることが分かり、「こんなことは今まで見たことも聞いたこともない。たぶん今村さんの体が自分で治そうとしたのですね」と医師から言われるような大みかげを頂かれたのでした。

★今村氏は現在も軽トラックの運送業をなさっておられますが、どんな時にも出発前と、到着後には電話でお届けをなさいます。そして、お仕事の時以外は、朝にはお願いのお届け、夜にはお礼のお届けに参拝なさり、油断のない実意丁寧なご信心を進めておられます。私たちは神様を杖につかせて頂くことが出来るのです。日々の生活でご信心をしっかりと進めさせて頂いて、徳と力を頂き、おかげを蒙らせて頂きましょう。

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2017年05月08日

●見栄や体裁をお取り払い頂く

先日、故・加川一夫先生(元在籍教師)の御母堂であられる加川たつの氏の30年祭が仕えられました。

★加川師が入信当初、ちょうど戦後で世の中が混乱した時代ということもあり、教会へ参拝された際に下駄が盗まれるということが度々起こったそうです。それも、新しい下駄、立派な下駄等を下ろした時に決まって盗まれたのです。初めは、「神様に参ってなぜ下駄が盗まれるのだろう」と不足に思っておられたようです。しかし、日々み教えを頂いてゆかれるうちに、「自分には新しい下駄をはく資格がない。分不相応なのだ」と悟られたのでした。そして、「神様からお許しがあるまでは新しい下駄を履かない」とご修行を決められました。そして、板切れを探し適当な大きさに切り、そこに鼻緒を付けて自ら下駄を作って、神様からお許しが出るまで何足も履かれたのでした。

★ある時、妹さんが来られて、「これをお家の御神殿にお供えして下さい」と包装紙がしてある箱を持って来られました。それを御神殿にお供えされ、お下げされて中を開けられますと、そこには何と新しい下駄が入っていたのでした。「長い間自作の下駄を作って履かせて頂いていたが、こうして有難いことに神様からお許しが頂けるようになったんだなあ」と思われたそうです。更にそれからもご修行は続けられ、禁酒、禁煙、遊びも一切やめるようにご修行を決められ、分相応の生活に改まってゆかれて、次第に家庭は円満に、商売も繁盛させて頂くおかげを頂かれたのでした。さらに、ご信心を頂かれて結構に改まっておかげを頂かれるご様子を、姉妹も近所の方々も見られてお導きが出来られ、加川師のお宅祭に近所の方々が次々とお参りになられて、改まりとお導きのおかげを頂かれたのでした。

★見栄や体裁に構うことなく、「自分はここを改まらせて頂きます」と一生懸命改まってご修行に励ませて頂きますと、神様はその実意をお受け取り下さり、結構なご庇礼が頂けるのですね。
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2017年05月07日

●信心の地を肥やす

 『お天道様のお照らしなさるのもおかげ、雨の降られるのもおかげ、人間はみな、おかげの中に生かされて生きている。人間は、おかげの中に生まれ、おかげの中で生活をし、おかげの中に死んでいくのである』

★朝、目を覚まさせて頂くことから、一日は始まります。それから服を着ることが出来、食べることが出来、歩くことが出来る。おかげを頂いているからこそ働くことが出来、難儀に対処させて頂くことも出来るのです。「おかげを頂いているからこそ」ということが、全てにおいての土台にあることを、心に留めさせて頂きたいものです。そして私達氏子は、いつでもどんなことでもお広前に参って願わせて頂くことが出来、お結界でお取次ぎを頂いて祈って頂くことが出来ることは、大変幸せなことなのです。

★『とかく、信心は地を肥やせ。常平生からの信心が肝要じゃ。地が肥えておれば、肥をせんでもひとりでに物ができるようなものぞ』常平生から、その日一日のことをお取次ぎ頂くことによって、信心の地が肥やされます。信心の地が肥えてきますと、自分の役割を明らかにして責任を果たさせて頂けるようになり、お徳を頂くことにつながります。また、難儀な事柄もお取次を頂くことによって、災いから転じて幸せの道が開けるのです。

★お取次を頂かなければ、些細なことであっても、あれもこれも重荷に感じてしまい、自ら難儀を大きくしてしまいます。そして、ねじけ根性、不足の心が次第に大きくなっていくのです。お取次を頂きますと、生神金光大神様・天地金乃神のお徳、また、歴代の教会長先生のお徳によりまして、足りないところは足して頂けるので、難に負けず、大きな願いに向かって最大限の努力をさせて頂き、全てを信心向上の材料とさせて頂けるようになります。

★5月11日の御大祭に向けまして、一層ご信心に励ませて頂き、共に信心向上のおかげを頂きたいと思います。

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2017年05月06日

●日参聴教、お取次ぎのお徳                 

昨日は、真栄根会総会が開催され、桃谷氏の有難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★昭和28年のある朝、桃谷氏のお祖母様は大勢の人が東天下茶屋から西の方へ歩いて行かれるのを見て付いて行かれた所、阿倍野教会の旧広前に導かれたのがご信心の始まりであられました。その時、お結界におられた三代教会長先生が「あなたは桃谷さんですね」と名前を名乗る前にお声を掛けて下さったそうです。お祖母様はこれまで面識もないのにどうして名前をご存知なのかと大変驚かれたそうです。その御神縁が桃谷氏にも受け継がれ幼少の頃よりご両親に連れられて教会にお参りされました。

★桃谷氏は、家業である化粧品製造販売業の相続をお願いなさっておられました。東京の私立大学薬学部に進学される年の春のお宅祭で、二代教会長伊藤コウ師が桃谷氏に「社長にならせて頂くように。あなたが社長になった時には、私は御霊となって喜びますよ」と仰せになられたそうです。当時、会社は業績が悪く借金が重なり、業績悪化は同族経営の結果ということで、本家であるお祖父様とお父様は経営から外されるという最悪の状況で、コウ師のお言葉は天の星を物干し竿で落とすようなとうてい不可能と思われました。しかし、「コウ師が仰るからには不可能と思えることでも願い続けていこう!」と日参と聴教に励まれたのです。

★桃谷氏が東京に本社のある製薬会社に就職された2年目の頃、突然家業である会社の社長から「会社の改革のため是非ともこちらに転職して欲しい」という申し出がありました。三代教会長先生にお届けされると「喜んで入社させて頂きなさい」とみ教え頂かれて、不可能と思われていた家業相続第一歩のスタートを切られたのでした。平成8年に代表取締役社長に就任されたのですが、就任時は過去の負の遺産であります銀行借入金が50億円近くあったそうです。会社の幹部と節約できるところは徹底して節約され、早朝や深夜、休日まで事業計画の立案や修正等励まし合って乗り切られました。すると、50億円近くあった銀行借入金を、昨年完済のおかげを頂かれたのでした。

★さらに昨年、本社移転の大みかげを頂かれ、教会長先生御祭主のもと、「新社屋竣工奉告祭」が仕えられました。またこれまでお世話になった旧社屋に対する御礼に「旧社屋最終の御祭」をお仕え頂かれたのでした。

★今日に至るまで、お祖母様の時代からご両親そしてご本人と、日々二代教会長先生・三代教会長先生のお取次ぎを頂かれ、現在も毎朝出勤前には必ずお届けされ現教会長先生のお取次ぎを頂かれて、御教えに基づいて実意丁寧に家業に勤しんでおられることにより、子孫繁盛家繁盛のおかげを頂いておられるのですね。
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2017年05月05日

●自分も助かり、人も助かる願いをもつ

 御隠居様(二代教会長伊藤コウ師のご母堂)は、教会から頂かれる通知状や御祭典の案内等を御神前にお供えして、その日付まで御祈念をなさっておられたそうです。コウ師が子供の時に「お母さん、どうして教会から頂いた案内をご神殿にお供えしておくのですか?毎日何をご祈念しているのですか?」とお伺いになりますと、御隠居様は「よう考えてみなさい。世の中にどれほどたくさんの人がお命を頂いていますか。その中で私達は有難いことにご神縁を頂いて、金光様のお広前にお参りをさせて頂けるようになったのです。神様から願いをかけて頂いて、こうしてお引き寄せ頂いた私達はどれほど幸せか。神様から願いをかけて頂いているのだから、その願いに基づいて、しっかりと信心を進めさせて頂けます様に、神様のお心に適う氏子にならせて頂けます様に、この御用奉仕を頂いているお祭まで、しっかりと御用させて頂ける心と身体にならせて頂いて、さらに一段と行き届いたことがさせて頂けます様に、とお願いをさせて頂いています。」と仰ったそうです。

★私達は何のためにご信心させて頂くのでしょうか。生まれた時から親に連れられて…、病気をしたから治して頂きたいと願って…、友人にお導き頂いて…、等々、それぞれの家で信心のきっかけがあられますでしょうが、神様から願いをかけて頂いてお参りをするようになったという点においては、皆共通なのです。神様が「どうあってもこの氏子に助かって欲しい」「この家がおかげを蒙ってほしい」との願いをかけて下さっているのです。そういう中に私達はご神縁を頂いているのです。

★『不仕合わせな者を見て、真に可愛いの心から、我が身を忘れて他人を助ける。その可愛いと思う心が、神心じゃ。それが信神ぞ。その神心におかげが頂けるのぞ。人の難儀を助けるのが、有難いと心得て信神せよ。』信心が進ませて頂きましたら、「自分も助かり、人も助かる働きをさせて頂けるようにならせて頂きたい」という願いをもつようになるのです。御隠居様にはその願いがあられたのです。どうあっても人の助かる御用にお使い頂きたいという風に願わせて頂けるようになれば、それが真のご信心になっていくのです。

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2017年05月04日

●教えを忘れず実意丁寧にさせて頂く  

先日もあるご信者の御家庭では、子供が熱を出しますと手当てをして、子供を寝させている間に台所やトイレや押入れなどの掃除をされたという話を聴かせて頂きました。

そのお方は二代教会長伊藤コウ師より「子供が熱を出したりすると、家の中を見直して改めなさい。何処かに掃除の不行届きな所があります。それを神様が教えて下さっているのです。」とみ教えを頂いたことがあるそうです。「何十年も前に頂いたみ教えですが、我が家に頂いたみ教えですからずっと守らせて頂いております」と、現在でも心掛けてそのようになさっておられます。

★また、先日の月例祭の後、関東にお住いのご家族がお届けに来られました。大型連休に入りますし、ご実家がこちらに在りますので帰省して参拝されたのだと思いました。お話を聴かせて頂きますと、これまで願い続けてこられた仕事上の事に道が付いてきたため、そのまま進めてよいかお結界でお伺いに来られたということでした。

とても有り難いお話でしたので[人生の大きな転機となることですから、家中が心を揃えて「是非ともここでおかげを頂かせてもらおう」と思うのであれば結構ですよ。]とお話しさせて頂きました。そして、「この連休は実家で過ごされるのですか。」と尋ねますと、「いいえ、これから関東の自宅に帰ります。今日はお届けの為に参らせて頂きました。どうしてもお取次ぎ頂いて、御祈念を頂かないと進められないと思ったのでお参りさせて頂きました。この件はどうあってもおかげを蒙らせて頂きたいと思います。」とおっしゃいました。

★しっかりとしたご信心をさせて頂かれていると感心したことでした。常平生、親からこのような信心を習わせて頂いておられるため、こうしたことも神様に心を向けてさせて頂けるのですね。この方々のように、我が家あるいは自分自身に頂いたみ教えをどこまでも守らせて頂き、そうして油断の無い信心をさせて頂くことが大変大事なことです。そこにおかげを頂いていく生き方があるのです。「親を忘れない」、「教えを忘れない」という大切なことを守り通していく生き方を習わせて頂きましょう。

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2017年05月03日

●いつでもどこでも変わりなく 

 先日、ある学生さんがお母さんと共に参拝なさいました。今、高校では就職に向けて先生方に教えて頂いて面接の練習をなさっているそうです。そして「どのような事に気を付けさせて頂いたらよろしいでしょうか?私自身は、大きな声で挨拶をする事や質問に対して的確に答える事、またきちんと返事をする事などに気を付けさせて頂こうと思っています。」とお尋ねになりました。

★そこで、「それは良いことですね。学校の先生方が練習をつけて下さることは有難いことですが、今おっしゃったそれらの事を家族に対して稽古なさったらどうですか?なぜなら、大きな声で挨拶をする、返事をするのも家族に対しては一番甘えが出やすいでしょう。両親に呼ばれた時に『はい!』と素直に返事をする事ひとつ出来ない事が多いものです。ですから、家で練習するのが一番よろしいですね。また、面接のときに笑顔になる稽古をする事も大切です。それも家族に対して稽古させて頂きましょう。」とお話しさせて頂いたことです。

★就職面接に於いて面接官の方々がどこを見ていらっしゃるのか、部屋に入ってから出ていく所までだけを見ておられるのではありません。他の所、例えば控室や玄関の出入りの態度等、全体を見ておられるのです。

★あるご信者は、400人中で1人だけ就職面接に合格されました。休憩室で皆がおしゃべりをしている際に、お茶を入れて下さった方にそのご信者だけが丁寧に御礼を申されました。そのお茶を入れて下さった方が実は上役の方であったという事が後になってから分かったのです。面接官の方々は、普段の行動が現われる所を見ておられます。面接の場だけで判断をなさっているのではありません。そして、ふとした時に表れる普段の行動というのは、その時だけ練習をして出来るようになることではありません。取り繕ったところで、そのお面はすぐにはがれてしまいます。ですから、一番甘えの出やすい家庭に於いての練習が大切なのですね。

★就職の方々だけでなく、私達も同じです。お広前だけで信心が出来ていれば良いのではありません。神様が常にご覧になっておられるという事を意識させて頂き、いつでもどこでも変わりなく信心を表してゆくことが大切です。

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2017年05月02日

●おかげは自分の手元から生み出される

 あるご信者が、真面目にコツコツと商売をなさってこられたのですが、人の負債を引き受けなければならないことになりました。1000万円を超える莫大な負債を引き受けることとなり、真面目に商売されてきたご信者は納得がいかず、三代教会長伊藤良三師にお届けされました。

★良三師は「それがおかげというものですよ。他の店の尻拭いができるまでに、あなたのお店が大きくなり、実力がつかせて頂いたという事です。負債を支払うことは、今後どれ程神様から大きなお徳を頂けるやらわかりません。世間では、自分の手元に残った物だけを財産というかもしれませんが、自身の働きを出すことにより、人が助かって頂くことは大変有難いことなのです。それは、すべて自分の財産となるのです。あなたはこの度、大きなおかげを頂かれますよ。

1000万円の支出は、損失になる場合とならない場合があります。あなたの場合は、出すことで大きなお徳を頂くことができます。その証拠にあなたのお店は、隆々と繁盛させて下さっているでしょう。後になればよくわかりますよ。決して損にはなりません。これからどれほど大きなおかげとなって、一粒万倍となって返ってくるやらわかりません。それを、信じて喜んで出させて頂きなさい。それだけの働きがさせて頂けたということが分かる人間になりなさい。我が手元に入ってきたものばかりがおかげではないのです。財産というものは、自分の手元に入るものよりも、むしろ、出させて頂いたものの方が価値が高いのです。」と仰ったのでした。ご信者は、心を180度変えられて、有難く負債を引き受けさせて頂いた結果、商売も家も繁盛のおかげを蒙られたのです。

★本当のおかげとは、自分の手元から生み出されるのです。人の嫌がる仕事でも「はい、させて頂きます!」、どんな御用でも「はい、私がおかげを頂きます!」と自ら願いを立て喜んでさせて頂くことにより、積徳の信行となり、めぐりを取って頂き、お徳を積ませて頂けるのです。それこそが、自身の財産となるのです。目先の欲得を取るよりも、先々の徳を頂くことを考えさせて頂いて、喜んで嬉しく働かせて頂きましょう。

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2017年05月01日

●御恩がわかる生き方

 三代金光様は『信心のある者とない者との違いは、親のある子とない子の違いがあります。』とみ教え下さいましたが、これは親の御恩が分からせて頂けているか、分からせて頂けていないかの違いがあると仰っておられるのです。私達の命の親様は天地金乃神様です。そして生みの親・育ての親、御先祖様がおられます。さらには教えの親として教祖様、歴代教会長先生がおられます。その親様方の有難さの分からせて頂ける生き方をさせて頂かねばなりません。

★昨日も、「4月も健康で働かせて頂いて、繁盛させて頂き、真に有難いことでございました。一日も寝込むことなく、お参りも仕事もさせて頂けましたのは、神様のおかげでございます。有難うございました。」とお礼のお届けをなさったご信者があられました。そうして御礼が申せるということは、一日一日おかげを頂き続けている、それが30日間続かせて頂いたから、ひと月のお礼として申すことが出来られたのです。日々を油断なく生活をさせて頂けている方のお姿ですね。

★『初めに聞いて有難かった話が、いつ聞いても有難かったら病なしの信心である。初めに聞いて有難かった話が有難う聞けぬようになったら病の信心である。病の信心にはおかげはない。三つの歳に食べた米の飯が、三十、五十になってもおいしかったら病気はないのである。』み教えは天地の道理に則して説いて下さっておられますから、その内容を聞かせて頂いて「本当にその通りだ!」と思えるということは、み教えに感応して響き合うもの、すなわち「神心」を頂いているから、響くのです。その神心を汚いもので曇らせてしまわないよう、日々み教えを頂き、有難さの分かる人間にならせて頂きましょう。

★『信心せよ。信心ということは、しんはわが心、じんは神なり。わが心が神に向かうをもって信心と言うなり。恩徳の中におっても、氏子、信なければ、おかげはなし』

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