金光教阿倍野教会ページ内リンク


2017年04月30日

●人が人を助けるのが人間である


 あるご信者は、職場において仕事上でより一層に能力を高めるべく、自己評価表をつけられ、更に上司の方にも評価して頂いて、自らの働きを見直しておられます。常に目標を高く持つ素晴らしい取り組みを、会社全体でしておられることに感心いたします。

有り難いことに、いつもご自分の評価よりも上司の方から良い評価を頂いておられるのです。それでもご信者は、一層お役に立つ働きが出来るよう、一段と上を目指して日々自らを反省し、努力を続けておられます。このようなご信者が多くおられることは真に有難いことですね。

信心を基にしてお役に立つ働きを心がけておられますから、上司の方にも部下の方にも大変信用して頂かれ、新入社員や、他の部署から入ってきた人の指導などを任せて頂いておられます。

★また、同じ部署の中には優秀な方々が集まっておられますが、それぞれの体調や精神状態が良くなかったり、家庭に色々な問題を抱えておられたりすることから、笑顔が全く見られない方々もおられます。そこで「所属の部署の方々がそれぞれに助かって頂けるような、私の勤めぶりにならせて頂けます様に」と、日々ご祈念なさっておられます。

そのご信者は、上司から仕事の上での相談を受けられることも度々あり、そのたびに心中ご祈念なさってから、ご信心に基づいて丁寧にお話を聞かせて頂かれるということです。

★教祖様は、『人間は病苦災難の時、神様や人間に助けてもらうのであるから、人の難儀な時を助けるのが人間であると心得て信心をしなさい。』とみ教え下さっておられます。常に、み教えの鏡に照らして、「今、私はこれでよいのか、ここからどのように進ませて頂いたらよいのか。」と、自分を見直し、聞き直し、考え直させて頂きましょう。御大祭までの10日余り、しっかり信心向上のおかげを頂き、お導きの御用にお使い頂きたいと思います。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:06 | 平成29年の「み教え」

2017年04月29日

●おかげの中での出来事

 初代教会長先生は、大正15年10月28日32歳という若さで「おかげやで、おかげやで」というお言葉を残されて、お国替えになられたのでした。そのご意味は「私が御霊となるということは、これからより一層御霊として働かせてもらえるということです。これは伊藤の家にとっても、阿倍野教会にとっても、信奉者一同にとってもおかげですよ」と、これから御霊となることをおかげの中での出来事であると、言い残されたのだと悟らせて頂きます。

★奥様の二代教会長伊藤コウ師は、そのことを「何が何でもおかげにせねばならない」と悲痛な思いで受け止められておられました。しかし、世の人々は口さがないもので「金光教の先生でも若死にしますか…」「子供がおられなくて良かったですね。まだ若いのだから、新しい暮らしをしたらどうですか…」「私の夫は有力者ですから相談してください…」等と色々な言葉をかける人があったようです。その中にあって、コウ師は「主人を亡くして悲しくないことがありますか?悲しいし、辛い。 しかし、主人は24才でスペイン風邪にかかり命の無いところを助けて頂き、8年間寿命を伸ばして頂きました。そのことを神様にお礼申し上げたのです。」と初代教会長先生の御心を無にしないように、神様を中心にされ、全てが神様の思し召しであることを示して下さったのでした。

★誰しも家族や親しい方がお国替えされるという事は、大変辛いことです。しかし、その一つ一つを大きなおかげの中の出来事として、心から有難く頂くところに本当のご信心に近づかせて頂くことが出来るのです。そして後に残った者が、霊様の霊徳と安心を願い、自分自身がしっかりとご信心させて頂いて、お徳を積ませて頂くことに精励しておりますと、霊様もお喜び下さり、祈り合って共に生きてゆくことが出来るのです。

★『ご信心しておるのに死んだりすると、おかげがなかったと言うて、信心をやめる者があるが、信心しても死ぬる者は、うちの者の身代わりになっておることがあるから、後々の者がご信心して達者で繁盛せぬと、せっかくの身代わりになった者を無駄死にをさしたことになり、なお不幸せが続くことがあるぞ。うちの者が難に負けぬご信心をすることが第一ぞ。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:46 | 平成29年の「み教え」

2017年04月28日

●円満な家庭を築くには…

 製造業を営んでおられるご夫婦があります。先日奥様がお参りなさってお届けにこられました。御主人が製品を作られ、奥様も手伝っておられる中で、御主人は仕事をしながら色々と指示を出されるのですが、奥様は「今、これをしているのに…なぜ、私に今言うのか」と思ってしまうそうです。作り手の中心となるご主人が出される指示に対して不足を思ってしまい、職場も円満にいかず、奥様はお結界で「これではダメだと思いながらも、我が出て仕方がありません。どうさせて頂けばよろしいでしょうか。」とおっしゃったのでした。

★私は奥様に「何事も稽古が必要ですね。一朝一夕に出来ることではありません。御主人が仰ることを神様からのお知らせと思わせて頂いて、心中御祈念しながらさせて頂く稽古をさせて頂きましょう。御主人はプロとして長年習熟なさっておられますから、気が付いた時にすぐにしなければならないと思い指示を出されるのですが、言って頂いている側は立場が違いますから、なぜ今しなければならないのかと思ってしまうのです。御主人に言われた時に、自分のしている仕事があったとしても、すぐにさせて頂けば、お仕事は間違いなく間に合って一番良いものを作らせて頂くことができるのです。まず、笑顔で受けさせて頂きましょう。」とお話しさせて頂いたことでした。奥様は神様にお詫びを申され、「日々稽古させて頂けますように。」とお願いして帰られました。

★以前から何度も聞かせて頂いてきたお話ですが、喧嘩が絶えないある家庭のご主人が円満なご家庭を一度見てみたいと思い、知り合いの円満な家に行かせて頂いて様子を見ておられますと、子供さんが着物につける糊を足で引っかけてこぼしたのです。子供さんは「すみません」とお詫びをしますと、お父さんが「そこへ置いた私が悪かった」と申され、お母さんが「気が付いていたのに、すぐに片付けなかった私が悪かったのです。」と三人がそれぞれにお詫びを申されたのでした。様子を見ていた方は、自分の家では自分は悪くないという人間の集まりだから円満にいかないのだという事に気付かれたそうです。

★家庭の中では甘えが出てしまいがちです。それぞれが相手を立て、謙虚な姿勢というのが円満な家庭を築くことができるのです。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:00 | 平成28年の「み教え」

2017年04月27日

●責任感強く実意のある生き方に

 教祖様は、ご養父、義弟、お子様三人、飼い牛2頭(当時家族も同然に大切にしておられた)を次々と亡くされ、七墓築かれるという難に遭われました。しかし、「これだけお願いしているのに何故・・・」というような不足の心を神様に向けられることも一切あられませんでした。ただただご自身の在り方を見つめ直され、家長としてもっと取るべき行いがあったのではないかと反省され、「残念至極と始終思い暮らし」と、当時の思いを書き残しておられます。そのように、神様のことはどこまでも信じて、お立て申し上げ、自らを反省なさるご姿勢が、神様にご信用頂かれる「実意」となっていかれたのでした。

★困難にぶつかった時、「あの人がもっとこうしてくれれば、こんなことにはならなかった」「あの時あんなことが起きなければ問題にはならなかった」などと、自分以外のものに責任を押し付けたり、他に怒りを向けたりすることは、簡単かもしれません。しかし、それでは問題の根本は解決されません。そうではなくて、「自分が至らないが為に、このようなことになって相済まなかった」という心にならせて頂き、問題を正面から受け止める覚悟ができると、困難の中からおかげを頂く道が開かれてゆくのです。家庭においても、あるいは職場においても、問題が起きてきた時にはしっかりと責任を持たせて頂き、他の人の分まで自分がなり代わって神様にお詫び申し、立ち行きをお願いさせて頂けるような、実意のある人間に成長させて頂けるよう、ご信心の稽古に励ませて頂きたいと思います。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:39 | 平成28年の「み教え」

2017年04月26日

●足るを知り、おごりをこらえて、陰徳を積む

ご信心させて頂きましたら、間違った考え方はお取り払い頂き、間違った生き方はみ教えに基づいた生き方に変えさせて頂けるようになります。

また、人と争いをせず、人に恨み憎しみを持たず、喜びに満ちた生き方にならせて頂けます。そうして陰の徳を積む生き方に進ませて頂けるのです。阿倍野教会では御隠居様のご時代から陰の徳を積むことを大事にさせて頂いております。

★江戸時代後期に藩の財政を立て直した平尾源太夫という方が残された教えがあります。
1)常に心掛けて陰徳を積む。
2)足るを知れば家は貧しくとも心は福者なり。足る事を知らなければ家は富めりと云えども心は貧者なり。
3)家を治める事においては堪忍を第一とする。おごりをこらえて欲を抑え欲しいままにしない。
4)無理に利益をむさぼるは、かえって財を失う。
5)人の悪い事を告げる者があっても、むやみにそれを取り上げない事。
6)何事も思慮分別のある人と相談して取り計らうべし。
7)金銀を多く子孫に残し与えるよりも陰徳を積むべし、陰徳は、子孫に残って子孫の幸となる。
★私達人間は生活していく上で何かと偏りやすいところが多々あると思います。好きだからと趣味や遊びに凝ってお金を費やしたり、好きなものばかりを食べて病気になってしまうこともあります。その偏りを正して頂けるのが、天地の道理に沿った金光様のみ教えです。

自分の勝手ばかりして、おごりがましい生活をしておりましたら、体を壊したり、人間関係を壊したり、家庭を壊すことにもなりかねないのです。分不相応な生活になって、勝手気ままな生活になっていましたら、自分だけではなく周囲の人に迷惑をかけて、大変なめぐりを積んで徳を失ってしまいます。

人からの信用も失い、家族も失ってしまうのです。そうならないようにご信心に励ませて頂き、めぐりを取って頂いて、お徳を積ませて頂くことを一生懸命にさせて頂きましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:46 | 平成29年の「み教え」

2017年04月25日

●生涯かけて断つべき3つのこと 

 二代金光様は「ご信心をさせて頂く者は3つのことを断たねばならない」とみ教え下さいました。

★@嘘をつくこと:人に対しては勿論のことですが、私達は神様に対して嘘をつかない生活がさせて頂けているでしょうか。日々の改まりを神様とお約束させて頂いたとしても、行き届いて実践させて頂くということが出来ている人はどれほどありますでしょうか。私達が生涯のご修行にさせて頂かなければならないことです。

★A盗みをすること:人の物を盗まない、借りた物は返すのは当然です。しかし、二代教会長伊藤コウ師は「月給泥棒にならないようにしなさい」「おかげ泥棒にならないようにしなさい」とみ教え下さいました。

お給料以上の働きがさせて頂いているでしょうか。また、おかげを頂いておりながら、そのお礼のご信心がさせて頂けているでしょうか。私自身を振り返らせて頂きましても、至らないことばかりです。

それでも神様はおかげを先に先に下さっています。「こんな事では神様に申し訳ない!」と、生涯を掛けてご恩に報いることを心掛けましょう。

★B腹を立てること:伊藤コウ師の御母堂、伊藤ハル刀自のご主人の房次郎氏は「神様を拝むくらいなら、わしを拝め!」と言うほどに、信心に大反対なさっていました。ハル刀自は教会に参拝なさるようになってから、房次郎氏から何を言われても一切喧嘩をしない御修行をされていました。

ある時、房次郎氏は、「神様なんぞいるはずがない。もしいるなら、このわしの手足が動かなくなるはずだ。」と言われ、家にお祀りしてあった小さな御神殿を庭に投げつけて壊してしまわれたのでした。

すると、程なく房次郎氏の愛娘・カツ氏の手足が動かなくなり、水も喉を通らない状態になられたのでした。医者に診て頂いても薬を飲んでも治りません。そこで自身が悪かったと気付いた房次郎氏はお結界で畳が濡れるほど涙を流し、お詫び申されました。

家に帰られますと、カツ氏の病気が全快のおかげを頂かれたのでした。そこから、家族中が勢を揃えて信心をさせて頂くようになられたのでした。房次郎氏のなさった事に、腹を立てずに、ハル刀自が願い通されたことで、家が良い方へとおかげを頂かれたのです。

★本日は、夜7時より青年会学生会総会が開催されます。ご家族揃って参拝させて頂き、大変有難い笠井氏のおかげ話と田川先生のご講演を聴かせて頂いて、おかげの受け物を作らせて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:06 | 平成29年の「み教え」

2017年04月24日

●『真にありがたしと思う心、すぐにみかげのはじめなり』

二代金光四神様のご時代に、熱心にご信心なさっておかげを頂かれた、加賀ろく氏のお話です。

★加賀氏は、会う人みんなに「金光様は有難い。」と言い回っておられました。ある日、金光四神様のもとへお届けにいかれ「私はもの覚えが悪いから、いろいろ教えを聞いても、からしをなめたようなもので、鼻へツンと抜けてありがたいと思えば、もう済んでしまいます。」とお届けされました。(み教えを聞いた時は、からしをなめたようにありがたいことが身にしみて分かるが、しばらくすると教えは抜けてしまうという意味)すると金光四神様は「近ごろ加賀さんに教えられて、おかげを受けたと言ってお礼に参って来る者がだんだん増えているが、ありがたいのう。これが神様への一番のお礼じゃ。」と仰せられました。

★『真にありがたしと思う心、すぐにみかげのはじめなり』とみ教え頂いております通り、日々生活をさせて頂く上で、「私には出来ない、難しい」と思う様な厳しい状況であっても、その瞬間に「これは考え違いでありました。より一層努力がさせて頂けます様に、不成心が取れていきますように」とお願いさせて頂くのです。するとその瞬間からおかげが頂け、自分も助かり人も助かるようなおかげが頂けるのです。御神殿に向かってお願いさせて頂く場合でも、真に有難いと思う心にならせて頂きましたら、神様はその心をお受け取り下さるのです。

★大きな願いを持ち、本当に心の底から有難いと喜ばせて頂きましょう。日々心掛けて@家族に惚れる、A仕事に惚れる、B住居と土地に惚れることを油断なく進めさせて頂いておりますと、自ずとおかげを頂いていく受け物が出来てゆきます。これからの将来に有難いおかげを頂く道が開けてゆくのです。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:08 | 平成29年の「み教え」

2017年04月23日

●ご修行させて頂く心構え

三代金光様は『横着気ままを去りなさい』とみ教え下さいました。

★夜中、布団に入って休んでおられる三代教会長伊藤良三師に、二代教会長伊藤コウ師が「あの家のお宅祭の祝詞はもう書けていますか。」とお尋ねになりました。良三師は「まだ書けておりません。今から書かせて頂きます。」と言われて、すぐさま起きて祝詞を書かれ、コウ師にご覧頂かれました。宅祭の日までに余裕がありますから「また空いている時間にします」とか「また明日起きてからやります」と言ってしまいそうなところですが、良三師は「コウ師の補佐を徹底してさせて頂こう」という覚悟を決められておりましたので、コウ師に安心して頂く為、「今から起きて書かせて頂きます」と素直に受けられたのでした。

★ここで、「寝ているのに起こされて書かされた」という気持ちでおりますと本当の有難さが分かりません。心に大きな器を作らせて頂きますと、いくらでも人の役に立たせて頂けるように神様が使って下さるのです。

★ご修行させて頂く心構え
1)「嫌だな」「面倒くさいな」と思うことは直ぐする。
2)「あれしたいな」「これ買いたいな」と欲にかられて思うことはよく考え直しをする。(意思を養うことになる。)
3)「腹立つな」「嫌いだな」という感情を抑制する。(「有難うございます。このことを以ておかげにさせて頂きます。」という心を持つ。)

★例えば仕事ならば、楽に収益が上がるのが良い仕事だということは考え違いです。難しく収益の上がりにくいのは自分にとって都合の悪い仕事に思えますが、実はそのことによって鍛えて頂いて実力を付けて頂けるのです、分からないことを教えて頂いたり、他所に学びに行かせて頂いたりしていくうちに仕事の幅が広がって、多様な仕事を受けさせてもらえるようになっていくのです。都合の悪いことに有り難さを見出すことが出来れば、それは有意義なこととなります。また、したいことは後回しにして、しなければならないことを先にするというように、感情を抑制し意思を支配して正しい方向へ舵取りをしていく、そのような力を鍛えていけば、それがご修行となります。

★御大祭まで20日を切っております。この期間を信行期間だと思って各々ご修行に励み、御大祭の御庇礼を蒙らせて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:13 | 平成23年の「み教え」

2017年04月22日

●自分の経験が生きて働き周囲の助かりとなる

4月19日は昭和49年72歳でお国替えされました松本光治氏の御命日でした。松本氏は、網膜色素変性症という症状で両眼の視力をほとんど失われました。松本氏は画家であられましたので、医師から次第に視力を失うことを告げられた後は、自殺未遂を図るほどに生きる気力を失われたのでした。

そうした時に、奥様がお導き頂かれ、二代教会長伊藤コウ師より、「今から神様にお願いさせて頂いて、再び筆を持って絵を描かせて頂けるようになりましょう。」と有り難いお取次ぎを頂かれたのです。

★松本氏は、日々教会に参拝なさり、頂かれたみ教え通りに一心にお願いが出来るようになられました。すると、暗闇の中に針ほど光を見ることが出来る時間が、朝の一分間程ですが頂けるようになったのです。そのわずかな映像を脳裏に焼き付けて、奥様の献身的な手助けを頂かれながら、手探りで油絵を描くことを始めることが出来られたのでした。

★そうして、一水会という芸術展に昭和27年から40年までの14年間、連続で入選されるという大変素晴らしい功績を残されたのでした。更に有難いことには、松本氏は、無償の奉仕で後進の指導に力を入れられ、若い方の縁談のお世話なども積極的になさったのでした。

★私達の中には神様から頂いております、強い強い力があります。それは苦難を跳ね飛ばしておかげにさせて頂ける、生き抜いていく力です。その力をしっかりと磨き、出来ていくこと全てをおかげにさせて頂くことが、お道のご信者の姿です。

『難はみかげ』とみ教え頂いておりますが、難儀が起こってくるということは、神様から「このことを通しておかげを頂いていきなさいよ」と信心上の課題を与えて頂いているのです。辛い・苦しい状況でも「生神金光大神様、天地金乃神様」とお縋りしきって乗り越えさせて頂けましたら、先々が開けてくるのです。

★そして自分自身がおかげ頂きましたら、次は周囲の人々が助かっていくように願わせて頂いて、お役に立たせて頂きましょう。自分の経験したことを基に、周囲の方がおかげを頂いていかれるということは、全ての経験・体験が生きて働いていくということです。とても有難いことですね。自分も周囲の方々もおかげを蒙らせて頂けますよう、日々の信心生活に励ませて頂きましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:51 | 平成29年の「み教え」

2017年04月21日

●天地のご恩を知る

 本日は午後7時半より天地金乃神様に対し奉ります月例祭を仕えさせて頂きます。天地の間に住む人間はみな神の氏子とみ教え下さり、生命を授けて下さり、生かし育んで下さる私達の生命の親神様に御礼を申し上げるご祭典です。

★地球を直径1.5メートルの球体に縮めたと考えると、空気の層は風船のゴムくらいの薄さになり、生活に使わせて頂いている真水は、スプーン2杯分ほどしかない計算になると、聞かせて頂きました。このように貴重な空気があるおかげで、私たちは酸素を吸わせて頂き、常に太陽からの熱を浴びながらも、地上は生命を維持できる快適な温度に保たれているのです。また、世界の中でも日本は特に貴重なお水に恵まれており、潤沢に使わせて頂いております。水道水を飲むことが出来、多くの人がお風呂も毎日入らせて頂ける環境で生活させて頂いています。

★また私たちは皆、代々のご先祖様のご縁につながって、今日お命を頂いております。多くのご先祖様方から、知らず知らずお守り、お導きを頂いていることにお礼を申し上げることを、忘れてはなりません。

★このように、私たちは日々壮大な恩恵を受けながら生活させて頂いているわけですが、ご信心させて頂き、み教えを頂かなければ、有り難いおかげも当たり前のように感じてしまうようになるのです。天地に対して感謝の足らない生き方はご無礼な生活となってしまっているのです。日々み教えを頂いて、おかげを自覚し、少しでもご恩返しをさせて頂こうとする生き方と、おかげをおかげとも分からず、お礼の足りない生き方とでは、積み重ねていくとどれ程大きな差となって現れてくることでしょうか。ご恩を知って、その万分の一でもご恩に報いさせて頂き、めぐりを積む生き方ではなく、お徳を積む生き方にならせて頂けるよう、日参と聴教に励ませて頂きたいと思います。

★『昔から、あの人は神様のような人じゃ、仏様のような人じゃ、人に悪いことをせぬ正直者じゃと言われる者でも、だんだん不幸なことが重なったりして、どういうものじゃろうということがあるのも、みな、神に無礼粗末があるからぞ。なんぼう人に悪いことをせぬ正直者でも、信心せねば神には無礼粗末ができるぞ。人のよいのと神への無礼とは、また別ものぞ」と金光様が言うてござる。信心せねば、なんぼう善人でもおかげにはならぬ』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:47 | 平成28年の「み教え」

2017年04月20日

●信心を強くして全てにご都合お繰り合わせを頂く

 18日に、教徒会例会でおかげ話をなさった三上氏は、2人の娘さんを授かっておられ、家族勢信心のおかげを頂いておられます。長女さんが4年前に努めておられた会社が、夏頃より給料の遅配が続いていたので、お取次ぎを頂かれ、翌年の1月末で退職されました。再就職先がなかなか決まらない中も、長女さんは「もっと自分に合う会社がある。これもおかげである。」と有難く受け止められ、元気な心でお取次ぎを頂かれながら就職活動を続けられたのでした。

★そのような時期の、5月に腹痛があり、近所の内科で診て頂かれますと、腹痛は胃腸炎が原因だったのですが、その際にエコーでの診察で偶然にも卵巣に7センチの腫瘍が見つかったのです。それから大きな病院で検査して頂き、良性の腫瘍であることが分かり、6月に腹腔鏡手術での摘出手術を受けられ、無事に成功のおかげを蒙られました。丁度、手術を受けられた日は、元々三上氏はお母様と旅行へ行く予定を立てておられたのですが、5月の初旬に6月の婦人会例会のおかげ話の御命を頂かれ、これもおかげであると思われ、キャンセルなさっていたのでした。おかげを頂かれたお礼に7月の信行期間より、三上氏と長女さんは日参と聴教に励まれました。すると、11月に希望通りの会社へ100人中たった1人、長女さんが採用される大みかげを頂かれたのです。その後、長女さんはその会社でご縁を頂かれ、卵巣一つ摘出している中、懐妊のおかげを頂かれ、昨年夏には男児出産のおかげを頂かれたのでした。

★三上氏をはじめ、ご家族は何事が起きてきてもうろたえることなく、おかげと受け止められ、すべてを神様におすがりなさる信心を進めておられますので、すべてに運良く間良くご都合お繰り合わせを頂いておられることが分からせて頂きます。

★『人間は、生まれるときに証文を書いてきているようなものである。どういう災難があるとか、こういう不幸せがあるとかいうことは、決まっているのである。神様はよくご承知なのである。信心を強くすれば、大厄は小厄にしてくださり、小厄はお取り払いくださるのである。それが、おくり合わせをいただくということである。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:41 | 平成23年の「み教え」

2017年04月19日

●『信心は親に孝行するも同じこと』

 先日の婦人会例会でおかげ話をして下さった石井氏は、和歌山の那智勝浦町にご実家があられ、90歳を越えられたお母様がおひとりで暮らしておられました。お母様の93歳の時に大腿骨骨折をなさったことを機に、老人施設に入居することを弟さん夫婦が勧めましたが、お母様は断固として譲らず「大阪の娘と一緒に家で暮らす」と泣いて電話をかけて来られたそうです。

★石井氏が教会長先生にお届けなさいますと、「親孝行させて頂いたら神様が喜んで下さいます。喜んで和歌山へ行かせて頂きなさい。」とみ教えを下さいました。石井氏は、そのみ教えの通りに和歌山へ向かわれ、その後充実した5年間を過ごされました。お母様は毎日畑仕事をなさって元気に過ごされたことは真に有難いことです。

★同居6年目に入ってからお母様の体調不良が続き、足が象のように、手がグローブのように腫れてきました。さらに、両足のかかとや足のふくらはぎ等に床ずれが出来て、皮膚が真っ黒になってしまったのです。在宅看護で毎日訪問看護師さんに来ていただくことになり、その中に偶然にも姪子さんがおられて、神様のお計らいのおかげでとても大事にして下さったそうです。真っ黒だった床ずれは元のきれいな皮膚に戻り、体中が浮腫のため腫れあがっているのに、胸には雑音もなく息苦しくないというおかげを頂かれました。その後も精一杯お世話をさせて頂かれ、お母様は有難いことに99歳で天寿を全うされ、眠るようにお国替えされました。

★石井氏は、「和歌山に行かせて頂いてお世話をさせて頂き、本当に有難い時間を頂きました。6年間毎月教会の行事に合わせて帰阪させて頂いていましたが、大阪の家から和歌山の実家まで片道5時間かかります。その間老人施設のショートステイのお世話になりながら、いろいろ起こってくる中を万事にご都合お繰り合わせを頂き、御本部参拝や御大祭の奉仕係の御用にお使い頂きました。神様のおかげを頂かねば到底実現出来なかったことばかりです。有難うございます。」と御礼を申されました。大阪に戻られてからは、老人介護関係の仕事に就職のおかげを頂かれ、3人の息子さんの身の上にもおかげを頂いておられます。

★人間は「先々はどうなるのか…」と先の事を不安に思ってしまいがちですが、不安をお願いに変えさせて頂けるのが、このお道のご信心です。親孝行を中心にさせて頂いたことは、全て自身のおかげに繋がってゆくのですね。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:43 | 平成29年の「み教え」

2017年04月18日

●家内中勢を揃えた信心をせよ

16日に婦人会例会が開催され、齋藤氏の有難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★平成14年、齋藤氏のお父さんがお商売の納品の帰り、バイクで高速道路の料金所で代金を支払い、おつりを待っておられたところ、暴走してきた大型トラックに巻き込まれお国替えされたのでした。警察の調べによると、そのトラックは何件かの物損事故を起こし、逃走してきた時だったそうです。その現実を、齋藤氏のご家族は受け止められず混乱され、ただただ縋る思いで教会へお参りなさいました。

★すると教会長先生より「100%お父さんに非が無かった事や、事故の目撃者がいて時間や場所もはっきりしていたことがおかげです。加害者のことを恨んだり憎んだりしてはいけませんよ。あなた方が立ち行かなくなりますから、お父さんのお国替えにも神様の深い思し召しがあり、いずれ分からせてもらえる時がきます。しっかり信心して乗り越えさせて頂いたら皆さんも霊になられたお義父さんもおかげになります…」とみ教え頂かれました。ご家族の方は、頂かれたみ教えを守らせて頂くことを心に決められ、神様におすがりなさっておられたのですが、齋藤氏のお母さんはショックのあまり体重が激減し、歯も一気に抜け、ショックから呼吸が出来なくなるほど憔悴し切っておられました。

★そんなある日、お母さんが家の2階で休んでおられたと思いましたら、起きられて足取り軽く下りて来られました。そして[今、前の親先生が枕元に立たれ、「奥さん、ご主人様を確かにお預かり致しましたよ。ご主人様はお徳の高い方なので、皆様の安心をいつまでも守っていかれますので、笑顔で頑張りなさいや」と満面の笑顔で仰って下さった]と嬉しそうに話され、それからみるみる元気を取り戻されたのでした。お父さんは霊神として活き活きと働いて下さることになられたのだと理解が出来られたのでした。

★その翌年、お母さんに大きく進行した大腸がんが見つかりました。肝臓に転移の可能性があると診断されましたが、家族中で神様におすがりなさり、心配を神様にお預けしてお願いされました。神様・霊神様にお守り頂かれ、転移は一切なく、手術で病巣も綺麗に切除されて、12年経った現在もお元気で御用にお使い頂いておられます。

★起きてくる困難に押し潰されては、家族中が立ち行かなくなります。常平生から家族中が心を揃えて勢信心させて頂いておりますと、何か事が起こってきた時に、一人で持ち上がらない石でも家族中が力を合せて持ち上げることが出来るようになります。皆が心を揃えて同じ方向へ願わせて頂き、おかげにさせて頂く事が出来るのですね。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:43 | 平成29年の「み教え」

2017年04月17日

●御恩の分かる生き方に

 先日、あるご家庭のお宅祭で年祭を仕えさせて頂き、祝詞を奏上させて頂きました。祝詞には、その方の入信の始めから、生涯どのようにおかげを蒙られたかを、振り返って奏上されるのです。お宅祭が終わりましたら、ご信者が「うちの家はあのようにおかげを頂いてきたのかということを再確認させて頂きました。私達はある程度のことは聞かせて頂きましたが、詳しいことまで聞いておりませんでした。申し訳ないことでございました。これからしっかりと、家中がおかげを頂いてきた歴史を振り返らせて頂いて、そういう中に自分たちが生まれさせて頂き、育てて頂き、ことあるごとにお取次・み教えを頂き、改まりをして下さってきたおかげで、現在があるということを忘れないようにさせて頂きたいと思います。助かってきた内容を受け継いで、どうぞ頂き直しがしっかりと出来る家にならせて頂けますようにお願い申し上げます」とお話しなさっておられました。

★ご苦労をして下さった方がおられるから、私達は現在有難い生活をさせて頂けるおかげを頂いているのです。ですから、私達は「御先祖様のおかげで今こんなに結構にならせて頂いております。有難うございます。同じような体験をさせて頂くということはとても出来ませんが、そうしたご苦労をして頂いたおかげで、後々の者がそれぞれに結構に繁盛させて頂いております。有難うございます。」と丁寧にお礼を申させて頂いて、初めて御恩の分かる生き方が出来ていると言えるのです。そうして、私達が喜んでお礼を申し上げますから、御先祖様も喜ばれるのです。「そこまで喜んで一生懸命してくれるのなら、あれもしてやろう、これもしてやろう」と御霊ながらに働いて下さり、あいよかけよで立ち行くようになるのですね。

★御先祖様を大切にさせて頂くということは、自分を大切にするということなのです。反対にご先祖様をおろそかにしているということは、自分をおろそかにしているのです。親のご信心を振り返らせて頂いて、有難いところを頂き直して、御恩を忘れない生き方を続けさせて頂いて、おかげを蒙らせて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:41 | 平成28年の「み教え」

2017年04月16日

●問題を通して日々新たに生まれ変わってゆく

先日、あるご信者が退院のお礼のお届けをなさいました。腎臓の数値が正常値を超えているということで入院され、腎機能が低下している原因を調べて頂かれ、治療を受けられたのでした。そのご信者は、「これまで何も知らずに体を酷使し、それでいて体を思うように動かせることに御礼も申さず、当たり前のように過ごしてまいりました。

この度は、入院ということを通して、神様から体にお礼を申す機会を与えて頂き、有り難いご修行の時間を頂きました。有り難うございました」とお礼を申しておられました。

★日々生きさせて頂いているということは、あらゆるおかげを頂き続けているということなのです。空気、水、食物、体の一つ一つの臓器が働いて下さること、周囲の人々のお働き等々、とても全てを知り尽くせるものではないでしょう。それ程の有り難い毎日であるということは、体の健康だけではなく、心も健康でなければ、あらゆるおかげを実感させて頂くことは出来ません。

★み教えは心の栄養です。様々な問題が起きてきても、そこから更にご信心をしっかりと頂き、問題を通して改まらせて頂くことによって、日々新しい自分に生まれ変わらせて頂くことが出来るのです。日参と聴教に励ませて頂き、しっかりとお礼を申せる心を養わせて頂きましょう。『人間は死ねるから有難い。信心しておかげを受ければ生まれ変われるからなあ。この生まれ変われるような信心をせねば、ご信心がご信心になるまいが』(続尋求教語録)

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:40 | 平成29年の「み教え」

2017年04月15日

●自身を振り返り改まる

 あるご信者は、息子さんと共に下駄の商売をしておられました。しかし、息子さんがお父さんのいう事を一切聞いてくれずに、何か言えばことごとく反対の意見を言ってくるので、ご信者も「こんな息子とは商売をやっていけない。こんな息子なら、いっそのこと手をかけて殺してしまいたい。」とまで思うようになってしまわれたのです。

★そこまで思い詰めたご信者は、お結界で心の内を打ち明けられ「息子が親不孝で困ります」とお届けされますと、先生は「それをこのお道では、めぐりと言います。この問題は、お金で解決できることではなく、ただただ信心させて頂いてお徳を頂いたら解決する問題です。しっかり信心をさせて頂きなさい。だいたい、子供が悪いと言っていますが、そんな悪い子供を育ててしまったということについては、あなたに間違ったところがあるはずです。子供の病は親の病。信心は自分を振り返って自身がお詫びして改まるところに、おかげを頂く道が開けてゆくのです。それをせずして、結構にはなってゆきません。」と仰ったのです。

★み教えを頂いたご信者は、結婚当初のことを思い出されたのです。その時期、奥様と縁を切りたいと思っていたところ、奥様が妊娠されました。その時にご信者は「子供さえいなければ実家へ帰らすことができるのに…」と思い、ご無礼にも早く子供が流れてほしいと願っていたことを思い出されたのでした。ご信者は「私ほど罪の深い人間はいません。子供の生まれてくる前から心で子供を殺しておりました。子供が悪いのではなく、私が悪いのです。」と神様に大変なご無礼、めぐりを重ねてきたお詫びを申され、改まりの生活を続けられたのです。そうしましたら、息子さんも段々と変わって下さり、円満に共に仕事をさせて頂けるようになったのです。

★自分ほど正しい考えの者は他にない、自分は一所懸命に努力していると思っていても、神様のお目から見れば、不遜な姿なのかもしれません。み教えを頂きませんと、自分ほど努力している人間はいないという驕りが出てきやすいものです。そういう性根を直し、自身が改まってゆくところにおかげを頂く道が開けてくるのです。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:59 | 平成28年の「み教え」

2017年04月14日

●心を治して頂く有難さ

 あるご婦人は紫斑病を患っておられ、毎年その症状が出て来ると信州の実家に帰省して静養なさっていました。ご主人は元々熱心にご信心なさるお方で、夫婦で薬局を営んでおられ、丁寧にお導きされて、奥様は教会に参拝されるようになりました。

★結婚して3年目のことです。奥様は症状が出て来たため、帰省して静養させて頂くことをお届けしますと、コウ師は「もういい加減、一人前の大人になられたらどうですか。いつまで親に甘えるつもりですか。嫁に出した娘が毎年帰ってきたら、親はどれほど心配するでしょうか。静養しに実家へ帰って治ったつもりでいますが、性根が治っていないから同じように再発するのです。実家へ帰って静養するのを止めて、お広前で神様にその性根を治してもらいなさい。そうすれば、その病気は出て来ません。」とみ教えを下さいました。奥様はそのみ教えを守らせて頂こうと決められ、帰省せずに神様に心を向けることに励まれたのでした。

★すると、今度はご主人が大病で入院してしまわれました。そのときには奥様は一生懸命ご信心をしておられましたので、朝晩お参りをさせて頂かれ、ご主人の代わりに商売をなさり、夜はご主人の看病をされて、一日中忙しく働きまわっていても症状が出なくなるという大みかげを頂かれたのです。ご主人が入院されたことがおかげとなったのでした。

★商売はどんどん立ち行き、隣地も購入させて頂いてお店拡張のおかげを頂かれました。おかげを頂きますと、その分信心が進ませて頂かねばならないのですが、奥様は信心が緩んでしまわれ、不足を思うようになってしまいました。その度に、紫斑病が再発するというお気付けを頂かれました。

★信心させて頂きますと、自分自身の醜さや至らない所が見えてくるようになります。それこそがご信心の有り難さですね。考え違いをしてもすぐに神様に心を向けさせて頂いて結構なおかげを蒙らせて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:40 | 平成29年の「み教え」

2017年04月13日

●目の前の人の助かりを願う

 コンビニエンスストアで勤務なさっておられるある御信者は、長い時には10時間程立ちっぱなしで働いておられます。昼休み一時間の食事休憩の時間でも、お客様への応対で呼ばれますと、まだ食事中であってもマスクをしてでも出て行かねばならないそうです。結局昼休みが15分程しかとれないこともあるらしいのです。

★そのお方が仰ることには、「お店に来られるお客には色々な方がおられ、丁寧なお客様もおられれば、何かしら暴言を吐く人や態度の良くない荒々しいお客様もいます。それも一人や二人ではありません。おかげを頂いておりますから、強盗や泥棒に遭ったりすることはありませんが、日々来られるお客によってご修行させて頂かねばならないことがあります。」とのことでした。本当に毎日がご修行ですね。覚悟を決めてさせて頂かねば出来ないことです。

★医師や薬剤師や看護師など、人の生命に関わるお仕事に携わる方は、「どうぞこの方が助かって頂けますように。」と目の前の人の助かりをお願いさせて頂かれて仕事をなさっておられますね。他の業種、飲食業であろうが、サービス業であろうが、どんな職業であっても「今日も一日お店に来られる方が幸せになって頂けますように。喜んで頂けますように。」と目の前の人の助かりをお願いさせて頂くことが大切です。暴言を吐いておられる方に対しても、「心が穏やかに過ごされ、今日も一日助かられますように。」とお願いさせて頂くのです。

★夫々のところで相手のことを真剣にお願いさせて頂くということは、銘々に生活の中でさせて頂けるご修行です。見ること聞くこと全てお願いに変えさせて頂き、人の助かりを祈りながらお仕事をさせて頂く事におかげを頂いてゆくのです。そのことが日々神様の御用にお使い頂くということで、それが仕事の上にもお徳を頂いてゆくことに繋がるのですね。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:48 | 平成28年の「み教え」

2017年04月12日

●神様におすがりする信念

 淡路島に住んでおられるあるご信者は、80才を過ぎたある年、両眼ともに白内障の症状が出られ、医師から手術が必要だと告げられたのです。阿倍野教会の御大祭の直前に、「次回の来院で手術の日時を決めましょう」という段取りになったそうです。ご信者は、長年阿倍野教会の春秋の御大祭には、大阪の知り合いの家に泊めて頂いて参拝され、その後御本部にお礼参拝をなさってから淡路島に帰られるということを続けておられました。ご信者は御本部に参拝されますと必ず御神水を頂かれ、御神水で目を洗って御祈念なさっておられ、普段からも目に御神酒をつけておられたのです。そして、御大祭に参拝なさり、御本部にお礼参拝をなさってから、眼科の診察を受けられますと、なんと、「手術の必要はありません。白内障の症状が治まって、視力が回復しています。」と言って頂くおかげを頂いておられたのでした。

★また、あるご信者は、幼いころに、下半身に大火傷を負われたのです。ご両親が毎日お取次を頂いて御神酒を浸した御剣先を患部に付け、神様に一心におすがりなさいました。すると、40日後にはケロイド状態になることなく、跡形もなく全快の大みかげを頂かれたのでした。このことをきっかけに家族中改まられ、毎日日参出来るようにと、会社を辞めて自営業をなさるようになられたのでした。それからは、毎朝お届けをし日参と聴教に励まれました。現在では、ご信者もご両親の家業を継がれ、これまでおかげを頂いてこられたお礼の信心を忘れることなく、毎朝の日参と毎月の月例祭、御本部参拝には欠かさず参拝なさっておられます。

★『祈れ薬れ』にさせて頂きますと、御神米が身代わりになって下さるという体験をさせて下さるのです。神様におすがりさせて頂く信念を貫かせて頂きますと、奇跡的なおかげを蒙らせて頂くことができるのですね。薬を頂く際も、御祈念し「神様に治療して頂いておかげを頂けますように」という心持ちで有難く拝んで頂きましょう。

★『祈れ薬れにすればおかげも早いが、薬れ祈れにするからおかげにならぬ』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:32 | 平成28年の「み教え」

2017年04月11日

●手本に似るとは我流を放れること

 9日には、御本部天地金乃神大祭に共々に参拝のおかげを頂きまして、真に有り難いことでございました。またこの度は、職員(しきいん)すなわち殿上祭員の御命を頂き、開帳役の御用にお使い頂きましたことは、もったいないことでございます。

★殿上祭員の御用にお使い頂くに当たっては、前日に行われる全体の習礼に出させて頂き、色々とご指導を頂きます。座り方、立ち上がり方、歩く速度や歩幅、杓を持つ角度等、作礼の基本となるところを一から丁寧に教えて頂きますと、気を付けているつもりでも、普段の作礼がいかに我流になってしまっているかということに、気が付かさせて頂きます。改めて基本となるところをご指導頂きましたことは真に有り難いことでございました。

★日々のご信心にも同じことが言えると思います。日々お取次を頂き、み教えに照らして自分を見直すことをしなければ、知らず知らずのうちに我流が生まれ、天地の道理から外れた生き方になってしまうのです。難儀とは、そうした、自らのご無礼の積み重ねによって生み出してしまうものなのです。

★四代金光様は、『手本に似るということは、我流が抜けていく姿だと思います。我をはるつもりはなくても、自分の思うことが中心になったり、自分の思いを通したりすることは、結局、自己過保護に過ぎない。我を通すことも、わがままをすることも、みなそうだと思います。』と、み教え下さっておられます。

★日々、繰り返し繰り返しみ教えを頂いて、素直に実行する稽古をさせて頂き、自分の都合を先に立てて我を通す生き方から、常に全体の助かり立ち行きを思い、願わせて頂ける生き方に日々成長させて頂きたいと思います。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:49 | 平成28年の「み教え」

2017年04月10日

●み教えを頂く稽古 

一昨日は、みかげ会例会が開催され、奥野氏の有り難いおかげ話を聴かせて頂きました。★奥野氏は昭和五十年にご結婚なされ、奥様のご実家の奥野の家に入籍されました。それまで会社勤めをしておられましたが、家業である中央卸売市場・野菜取り扱い仲買業のお仕事をお義父様について教えて頂かれました。

しかしその二年半後、お義父様がセリ市の最中に倒れられ、意識が回復することなく三日後にお国替えなされたのです。短い期間で、お義父様の心が理解出来ておらず、行届いて仕えていなかったことに悔いが残られたそうですが、そんな中でもおかげを頂いていることに気付かれました。

★それは亡くなる三か月前にお父様から「セリ市でトマトを買ってくるように」と言われたことです。当時セリ市に参加できるのは経験4,5年位からだったのですが、喜んで参加出来られ、徐々に扱い品目を増やして頂かれたそうです。この経験が無いまま、お義父様がお国替えされておられましたら、状況はさらに厳しくなっておられたでしょう。神様が先を見越して経験させて下さっていたことに気付かれたのです。

★二代教会長伊藤コウ師に、今後についてお取次を頂かれた時のことです。「あなたの二年半は失格ですね」と厳しいみ教えを頂かれました。その時に奥野氏は自分なりに努力してきたつもりでも、段々と仕事に慣れて、いつの間にか「自分が!自分が!」と思い、日々を過ごしていたことを見抜いておられるのだと気付かれたのでした。その後、改まって信心を進められ、日参聴教、御用奉仕、毎月のお宅祭を続けられ、体の上にも仕事の上にもおかげを蒙って来られたのです。

★コウ師のみ教えは厳しいように思えますが、実は有難いのです。自分が気付いていないところを気付かせて頂けるということは、どれほど有難いことでしょうか。自分の至らないところ・改まらなければいけないところを気付かせて頂くということこそ、おかげに繋がっていくのです。

★み教えを頂きましても「分かりますけど、私はようしませんから、先生の方でご祈念しておいてください」という心持ちでは、おかげは頂けません。神様に真・真心をお供えしていないのに、思うことだけ聞いてもらいたいということでは、つり合いが取れませんから結構になるはずがありません。いざという時におかげを受け漏らさないよう、日参と聴教に励み、み教えを頂く稽古をさせて頂きましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:52 | 平成29年の「み教え」

2017年04月08日

●周囲の人の優れたるところに習う

 金光教学院には、若い方から高齢の方まで、様々な年齢の方がご修行に入られます。私は大学を卒業し、高校に勤務させて頂いてからご修行に入らせて頂きましたが、中には高校を卒業したての方もおられました。

★ある日の夕食後、食器の後片付けをしていた時のことです。私は洗剤に手を滑らせて陶器のお湯飲みを落としてしまいました。お湯飲みは、一旦洗い場のコンクリートのふちに接触し、下に敷いてある木製のすのこに落ちてから、コンクリートの土間を転がりました。その瞬間、私は、「あ!」としか声が出ませんでしたが、横で同様に洗っていた若い同期の方は、「金光様!」と声に出して、とっさに御祈念して下さったのです。お湯飲みは、割れることも欠けることもなくおかげを頂きました。その方に「あなたがご祈念をして下さったので、割れずにヒビも入らずおかげを頂きました。ありがとうございました。」と御礼を申しました。私も常に心中ご祈念させて頂くよう心がけていたつもりでしたが、全く至らない信心であることを改めて痛感させられる出来事でした。

★三代教会長先生は、私が金光教学院にご修行に行かせて頂く時に「人には誰にでも素晴らしい所があり、皆それぞれに師となり得る部分があります。また、それぞれに出来ていない、至らない部分もあります。人の尊い有難い部分は習わせて頂き、至らない所は自分の戒めとさせて頂きなさい。」とみ教えを頂きました。

★それは、金光教学院でのご修行に限らず、仕事場や家庭の中においても同じことが言えます。人はさも自分が出来ているように勘違いをし、人の優れているところは見ようともせず、欠点の粗探しばかりして傲慢不遜な態度になってしまいがちです。お道のご信心にご縁を頂き、み教えを頂くことが出来る私達は、人の良い所を見て、習わせて頂けますよう日々信心を進めさせて頂きたいと思います。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:48 | 平成23年の「み教え」

2017年04月07日

●おかげを受ける受け物を作る

 5日、真栄根会例会が開催され、平尾氏の有難いおかげ話を聴かせて頂きました。お父様は学校の教師をしておられたのですが、三十代半ばで退職され、塾講師をなさりながら税理士の勉強を独学でなさったということです。大変苦労されて資格を取得され、税理士事務所を開かれたことが元となり、長男である平尾氏は家業を手伝うこととなられ、現在は会計事務所に勤められております。このお家は信心を基にして、何事もお届けをし、お取次ぎを頂いて、小さなことから大きなことまで全てお願いをさせて頂かれ、だんだんと道が開かれていったのでした。

★お母様、奥様、妹さん達等々、家族が多ければ、日々何かしら問題は起こってきます。何もないということはありません。しかし、家内中が熱心にご信心されておりますので、そのような中でも神様に何事もお願いし、良い方へ良い方へと導いて頂くおかげを頂いておられます。

★何か事が起こった時に、「どうしたことだ!なぜこんなことが起こったのか!」と思ったりして、すぐには神様の思し召しが分からなかったとしても、「金光様!有難うございます!これをご修行にさせて下さい!」と、まず御礼を申して、すぐに神様に心を向かわせて頂けるようにならせて頂けるのが、有り難いおかげを頂ける器になっていく姿です。

★また、受け物を作るには一心にならせて頂くことが大切です。一心とは、
 1)天地金乃神様に一筋に信心する。
 2)心に迷いを持たず二心にならないように。そして一所懸命に打ち込んで信心させて頂く。
 3)神様と一つ心になる。神様の願って下さる心と同じ心になるように。

★更に、器を作るには信心辛抱が必要です。例えば仕事の上で、自分では実意丁寧に仕事をさせて頂いているつもりでもなかなか認めて頂けないこともあります。そのような冷遇に心を乱さず辛抱させて頂くと、自分自身を強くさせて頂けます。反対に心を乱してしまいますと、仕事に対する有り難さが失われてしまいます。これまで有り難いおかげを頂いてきたことに御礼を申す稽古をさせて頂き、信心辛抱しておかげを頂く器を作っていきましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:59 | 平成29年の「み教え」

2017年04月06日

●出来事を信心の材料にさせて頂ける人に

旧広前の頃、阿倍野教会について中傷する内容のビラを書いてまいた方がおられました。そのビラをもってこられたご信者に二代教会長伊藤コウ師は「結構なことです。ただで宣伝して頂いて有難いことです。どんな所か見に行ってやろうと来て頂いたら、結構なお導きになるのです。」と、決して腹を立てられることはあられなかったのです。

★またある時、三代教会長先生が御説教をされておられますと、他宗のある方が大声を出したり、畳を叩いたりされ、妨害行為をしようとしたそうです。意に介さず神様に御祈念なさっておられますと、その方が急に飛び上がる様に立って、急いで土間に飛び下りると、頭を鴨居にぶつけて倒れたそうです。それ以降、来られることはなかったということです。

★私達は毎日、「どうぞ今日も一日信心が向上させて頂けます様に」と願わせて頂いております。どのような出来事を通して信心が向上させて頂くのかは、銘々違います。例えば、病気があるのも信心の材料の一つでもあり、仕事で難題を抱えることも信心の材料の一つとも言えます。或いは人間関係で毎日苦労しなければならないということも信心の材料でありご修行でもあります。そのようなことで気分を腐らさず、神様に常に心が向かわせて頂く事が出来ましたら、結構なご修行となり、めぐりをお取り払い頂いて、お徳を積ませて頂く事になるのです。信心辛抱させて頂いて、出来てきたことを全て信心の材料とさせて頂き、良いご修行にさせて頂けます様、おかげを頂いて参りたいと思います。

★『何事も辛抱が大切である。信心においてはなおさらのこと、辛抱が弱くてはおかげは受けられない。中には、やけを起こして信心をやめる人がある。気の毒な事である。車でも辛棒が弱ったり折れたりしたら、車が回らない。辛抱をしないで幸せを得た者は、あまりない。漁師でも農民でも商人でも、辛抱のない者は出世ができない。漁師や農民には雨風の天災があり、商人は損をしたりして、不幸せなことがある。それを辛抱していかなければ、幸せにはなれない。信心するにも辛抱が大切である。神からおかげが出ると思わないで、信心からおかげが出ると思って、信心の辛抱を強くせよ。』
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:42 | 平成29年の「み教え」

2017年04月05日

●生まれながらにして頂いている神心

1、惻隠の心…慈愛の心。かわいそうだと思う心。(仁)
2、羞悪の心…己の悪を恥じ憎む心。(義)
3、辞譲の心…辞して譲る心。(礼)
4、是非の心…善悪(是々非々)を判断する心。(智)

★これらは、人間が生まれながらにして頂いている尊い神心です。小さな子供であっても、教えられずともこれらの心を表すことがあります。二代教会長伊藤コウ師は、「小さい子供でも人気があって人から慕われている子がいるでしょう。あれは、生まれながらにしてお徳を頂いているのです。しかし多くの人は、その生まれながらにして頂いているお徳がを成長するに従って失ってしまいます。だから、信心させて頂いて、神様から頂いているお徳を失わないようにしてゆく必要があるのです。」とみ教えを下さいました。

★先日より入学式や入社式を迎えられたご子弟の方々の御礼届けがあり、新たな門出を迎えられ、大変有難いことと神様に御礼を申し上げております。ある高校に入学された学生さんに「新しい環境に身を置かせて頂くということは、大変有難いことです。あなたも高校生にならせて頂くのですから、いろいろな中学校から来られた方々と、新しい人間関係を築いてゆかねばなりません。ですから、しっかりと心構えを作らせて頂きましょう。是々非々という事を分からせて頂き、正しい事を正しいと思え、間違っている事を間違っていると思えるようにならせて頂きましょう。長いものに巻かれてしまうことのないように、正しいことを貫いてゆく勇気を持ちなさいよ。そのためには、何事もみ教えを基にさせて頂くのですよ。」とお話させて頂いたことです。おかげを頂いてゆかねば、正しい判断もさせて頂けませんし、正しいことを行動に現すことも出来ません。日々の生活の中で神心を表してゆけるよう、しっかりとみ教えを頂きましょう。

★『人間は人を助けることができるのは有難いことではないか。牛馬はわが子が水に落ちていても助けることができない。人間が見ると助けてやる。人間は病気災難の時、神に助けてもらうのであるから、人の難儀を助けるのが有難いと心得て信心せよ。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:43 | 平成28年の「み教え」

2017年04月04日

●日に日に新たにみ教えを頂き直す

私達はしっかりとみ教えを頂き直して、自分自身が神様のみ教えに近づいていく生活をさせて頂けるように、天地の道理に基づいた生き方にならせて頂けるように、日参と聴教に励ませて頂くことが大切だと痛感します。

★このお道のあり方は、どこまでも教祖様のご信心に習う・学ぶことが大切です。すなわち我流にならないということです。教祖様がみ教え下さっておられます「実意丁寧」というところに近づかせて頂くことが、生涯かけての願いであり、「本物に近づかせて頂く」ことを心掛けて、求め求めさせて頂くのがお道の信者の姿です。

★二代教会長先生は、「70歳まで人に髪を結うてもらいません。70歳になってからは、人に結うて頂けるようなおかげを蒙らせて頂けますように」と願われ続け、70歳までは身の回りのことを徹底してご修行なさいました。

そうしますと70歳になられてからは、髪結いのお仕事をされていたご信者が髪を結うて下さるようになられました。神様は願い通りにさせて下さるのです。それはご修行なさったからです。そうしますと、神様が人を与えて下さり、願い通りの環境にして下さるのです。何事も率先して自分がさせて頂けるということは有難いですが、人に協力して頂けることも有難く、さらに神様に何もかも足らないところを足して頂けるということは大変有難いことですね。

★神様に本当に心を向けさせて頂けたら、み教えを頂いているその内容もより広く深く分からせて頂けるようになります。さらに、どのように改まらせて頂けば良いだろうかと工夫が生まれてくるのです。それは日々み教えを頂いていないと出来ません。ただ「お参りしております」「御用しております」だけではいけないのです。

しっかりみ教えを頂かねばなりません。同じみ教えも百回でも千回でも聴かせて頂き、み教えを本当に心に頂き、生涯かけて一段一段と進ませて頂けるようにおかげを蒙らせて頂く。それが日参と聴教に励ませて頂くということですね。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:44 | 平成29年の「み教え」

2017年04月03日

●心を豊かにするとは…

昨日は、平成29年の勧学祭を無事にお仕え申し上げることが出来まして、真に有り難いことでございました。

★二代教会長伊藤コウ師、三代教会長伊藤良三師が、ご生前中に使っておられた物や、当時にお供えがあり大切に保管されていた品物が、現在も教会に保管してあります。使用していない新しい下駄も置いてありますが、古いもので使用せずとも、経年変化によってしみが入っていたり、下駄の鼻緒が変色している物もあり、修理に出せる店を探しておりました。現在では、売る店はありましても、なかなか修理をして下さる店が少なく、先日ようやく見つけさせて頂き、持って行かせて頂いたのです。桐の板もしみを落として、とのこを塗って仕上げて下さるとの事で真に有難いことでした。店の方も下駄を履く人が少ない時代に、修理に持ってくることや、昔の物を金額をかけて修理に出すことにも驚いておられました。なんと、持っていかせて頂いた中の2足は、昔その店で作られた下駄であったというのです。店の方は現在も大事にしていることを大変喜んで下さいました。

★このお道では、人の生命、物の命…すべての命を大切にさせて頂く事を教えて頂いております。甘木教会初代教会長・安武松太郎師は「マッチ1本、釘1本、銅椀の切れ端1つ、薪の1本、紙の1枚、水の1滴、お湯の1杯、木炭の1塊、藁、落ち葉、米の1粒、しょうゆの1滴、タオルの使い方、絞り方、石鹸の使いよう、下駄の履き方、すべて神様の賜わり物であるから、粗末にしては相済まん。」と懇切丁寧にみ教えを下さっております。

★私が学院在学中、桜が散る頃に洒掃しておりますと、次から次へと花びらが散ってきます。その時に、学院の先生より「花びら一枚一枚にも命があり、桜が満開している状態も美しく風情がありますが、花びらが散っている景色にも風情があるのです。それを知らずに、早く散らしてしまおうと桜の枝を揺らし、花びらを落とそうとする者が以前におりましたよ。」と教えて下さいました。

★私たちは、人間中心の考えで生活をするのではなく、天地の間に生かされ、天地の一部分として生かされていることを自覚し感謝し、心が豊かな、すべての命を大切にさせて頂く生き方をさせて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:29 | 平成29年の「み教え」

2017年04月02日

●お守りの中に生かされて

本日夜7時から、勧学祭をお仕え申し上げます。新しい年度を迎えさせて頂くに当たって、旧年度のお礼を申し上げ、進学、進級させて頂く皆さんの健康と学業成就を共々にお願いさせて頂きます。ご家族揃って参拝のおかげを頂かれますように。

★先日、会社を経営なさっている方が御礼届をなさいました。3月のある日のこと、その会社の何台も使用しているトラックの一台で、運転をなさっている社員さんが車体から異常な音が出ていることに気が付いてトラックを左車線に寄せて止められました。

すると、トラックの後部左側のタイヤが一つ外れて車体が傾いた状態だったのです。外れたタイヤはどうなったのかと探そうとすると、なんと、運転していたトラックの後をまっすぐついてきて、停めたトラックに当たって止まったのでした。そのトラックは、車両点検を受けたばかりだったということで、思いも寄らぬ事故が起きたのにもかかわらず、大難を無難のおかげを頂かれたということでした。

★人間の目の届くところ、考えの及ぶところは実に限られております。精一杯の努力をしているといえども神様の目からご覧になれば行き届かぬことばかりなのです。その中を、万事にご都合お繰り合わせ頂き、許して頂き、辛抱して頂いて、日々の生活を送らせて頂いてることを忘れてはなりません。

★また、私たち皆は天地の親神様の氏子であり、たくさんのご先祖様のご縁のつながりの中にお命を頂いております。そして、生まれてから今日まで、親様をはじめ多くの方々のお世話になり、お育てを頂いてきております。そうしたことをいつも忘れず、神様、御霊様に今日までのお礼を申し上げ、お礼の足りないところ、行き届かないところのお詫びを心から申し上げるところから、正しい願いが生まれるのです。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:44 | 平成29年の「み教え」

2017年04月01日

●御神殿をお祀りする有り難さ

 4月から親元を離れて住まいなさり、大学に行かせて頂かれるご信者の子弟がおられます。これから居住なさるアパートに、新たに小さいながらも御神殿をお祀りさせて頂く心持ちであることは真に有り難いことと喜ばせて頂いております。

★さて、住居が定まりましたら、御神殿をお祀りする場所を何処にするのかを第一に考えなければなりません。生活の中心を定めるということだからです。御神座を定めさせて頂き、丁寧に御神殿をお祀りさせて頂いて生活をすることは真に有り難いことです。どのようにすれば日々の生活にご無礼がないか、どのようにすれば神様、霊様方に家を守って頂けるかを考えること。そして、お土地を拝み、お家を拝み、家族を拝ませて頂くということがどういうことかをよく考え、「生神金光大神様、天地金乃神様」と真心で一心に拝ませて頂く毎日にならせて頂いて、心が神様に向かわせて頂くことによって、おのずと生活が定まっていくのです。

★例えば買い物をさせて頂きましたら、まず御神前にお供えさせて頂き、「只今このように買わせて頂きました。このように使わせて頂きます。」と御祈念をして、お下がりを大切に使わせて頂くなど、今まで親がしてくれていたことを今度は自分一人で全てさせて頂くことになります。掃除や炊事や洗濯など、何をするにしても御祈念を込めてさせて頂き、自分のことだけをお願いするのではなく、離れて暮らす家族のこと、親戚のことをお願いさせて頂くのです。「親が拝んでくれています。親が代わりにしてくれています。」というときには、どうしても親に頼ってしまい、甘えてしまいます。しかし、家を離れて自分で全てしなければいけないとなれば、真剣に神様に心が向かわせて頂けるようになり、責任を持って家族や親戚のことをお願いさせて頂ける心持ちになっていくことは、実に有り難いことです。

★神様に心を向かわせて頂いて、神様を中心とした生活をさせて頂く経験を若い頃からさせて頂くことは大事なことです。本当に心から有り難いと思って拝ませて頂く所に、神様がその真心を受けて下さり、神様に通じていくのです。そのようにならせて頂けるように稽古をさせて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:00 | 平成29年の「み教え」