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2017年03月23日

●不自由を行とする

 以前、あるご信者が「まだ自分の思うようにおかげが頂けないということは、私の信心が足りていないからでしょうね。」とお届けなさいました。すると、三代教会長先生は「世の中に、信心が足りているという人があるでしょうか?そんな人は誰一人いないでしょう。教祖様でこそ『凡夫の身でありますから、どこにどのようなご無礼があるやら分かりません。』と自らを戒めておられるのです。天地の親神様、御霊様、親様、国家社会、人様にお世話になることの方が多いのですから、足らないというのは当然です。まだまだ自分の信心が足りないと思ってご修行に精励させて頂いてこそ、そこに有難いご庇礼を蒙ることが出来るのです。」とみ教え下さいました。

★不自由なこと、辛抱せねばならない事、思うようにならない事があるのは、実は有難いことなのです。なぜなら、そこからまた一段と信心を進めさせて頂き、自分自身を成長させて頂けるからです。辛いことをじっと自分の所で抱えているから苦しいのです。その苦難を全て神様にお預けしてお願いに変えさせて頂きましょう。見ること、聞くこと全てをお願いに変えさせて頂いて、不自由を行とさせて頂くのです。

★例えば、会社の上司が癇癪持ちの方で、いつも心が荒んでおられるのなら、その姿を見る度に、その方の助かりと立ち行きをお願いさせて頂くのです。ある学生さんは、学校で大層可哀そうな身の上の友達がおられ、「どうぞあの子が助かりますように」といつもお届けでお願いなさっています。自分がお願いしたところで、大した事は出来ないと思わずに目の前に人のことを願わせて頂きますと、その温かい心が周囲に伝播してゆきます。そして、周囲の方々が協力して下さり、その方が助かる道が開けてくるのです。その「気の毒だ、可哀そうに」と思う心が神心です。その神心を現し続けて下さったのが、教祖様です。教祖様のご信心を万分の一でも習わせて頂けますよう、まだまだ足らないという謙虚な心で、信心を進めさせて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:46 | 平成28年の「み教え」