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2017年03月14日

●辛抱・不自由・修行が成長に不可欠

 先日は、穏やかなお天気のご都合お繰り合わせを頂いて、共々に御本部御礼参拝をさせて頂き真に有り難いことでございました。毎月、バスと団体列車に乗り合わせて参拝させて頂けますことは、どれだけお礼を申しても足りない程に、有り難いことでございます。近年は、新幹線や飛行機など、極めて短時間で移動する手段もありますが、バス、列車共に4時間弱乗らせて頂く、その時間がまた有り難いのです。車内でみ教えを頂き、また、他の方のご信心に触れさせて頂いたりする中で、自分の信心を改めて見直させて頂き、信心が向上する有り難い時間となるのです。

★また、御本部に到着して参拝させて頂きましたら、ご霊地の各地のお掃除をさせて頂いたり、会堂地下の湯茶接待のお世話をさせて頂くなど、少しでもご用にお使い頂くことによって、お徳を頂き、より一層有り難い参拝とならせて頂けるのです。

★伊藤コウ師のご母堂・伊藤ハル刀自は、「楽は望まぬ、苦労は覚悟、苦労しがいのあるようにならせて下さい」と、願い続けられたことを伝えて頂いております。楽な方、楽な方を選んで進もうとし、辛抱、不自由から逃げようとするのは、自分の成長を止めようとしているのと同じことです。いつも神様が見ていて下さり、あらゆることを通して私たちが成長することを願って下さっていることを忘れないよう、信心を元にした生活を心掛けさせて頂きたいと思います。不自由を行とする心、喜んで辛抱させて頂く心にこそ、結構になる元があるのです。

★『人間、生身に痛いかゆいは当たり前ぞ。物にたとえれば、鍬でも刃先の焼き直しをしたら、はじめよりよう切れるようなもので、人間、時々痛いかゆいがあるのが刃先の焼き直しじゃ。と金光様は言うてござった。これがもとで信心もできるようになり、これが修行になって信心も進んでくる。人間は勝手なものじゃから、痛いかゆいがあるとご信心できるが、なにもなかったら信心が寝入る。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:54 | 平成29年の「み教え」