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2017年02月28日

●可愛がって頂ける人間に…

 ある大学院生の方は、現在卒業に向けて卒業論文や課題に一生懸命取り組んでおられます。睡眠時間も削って勉強をしている状況の中、教授から、後輩の指導や学会の手伝いなど色々と用事を言って下さるそうです。学生さんは「なぜこんなに忙しくしているのに、こんなに用事を与えられるのか…」「私の状況を一つも理解してくれていない。どうして私ばかり忙しい思いをしなければならないのか…」と段々と教授の用事を有難く頂けなくなってきたのです。

★私は、その方に[しっかりと人から可愛がって頂けるような人間にならせて頂きましょう。用事を言って頂いた時に「はい、有難うございます。させて頂きます。」と答えさせて頂いたら、相手の方は「この人に頼んで良かった!」と思って頂けるでしょう。人から頼まれやすい人間にならせて頂くことを心がけておりますと、自分のしなければならないことは時間を有効に使い、段取り良くさせて頂けるようになり、段々と周囲のことも心配りができ、用事を言って頂く前に、色々と気づかせて頂いて先に先に相手の方が求めておられることがさせて頂けるようになるのです。そんな方は、注意もして頂きやすいのですよ。それらは、損なことのように思いますが、自身の受け物を大きくしてゆき、進歩向上してゆく元です。反対に頼みにくい、注意しにくい人は「あの人間に言ってもすぐに嫌な顔をするし、反発するし、何か言える状況ではない。」と判断されているのです。色々と言って頂けるということは、有難いことなのですよ。]とお話しさせて頂いたことでした。

★辛い、苦しいことを避けようとする心は、自身の向上を妨げることになります。「何事もご修行である」とすべてをご修行と捉えさせて頂きますと、どんな事柄でも有難く受けさせて頂けるでしょう。人から言って頂いた時に、純真な心、素直な心、謙虚な心で有難く頂き、神様からも人からも可愛がって頂ける人間に成長させて頂きましょう。

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2017年02月27日

●真にありがたしと思う心を育てる

昨日は三代教会長先生の実姉であられます、大黒トクさんの御命日でした。トクさんは、胆石の痛みを患っておられました。その痛みというのは、突然背中や腹部に激痛が走り、七転八倒するような強い痛みでした。ある時、御本部参拝の日にその発作が起こり、ご祈念して御神酒や御神米を頂かれましても、なかなかその痛みは治まらず、大変苦しんでおられました。

そこで、そのことを随行の先生にお伝えなさると、先生は二代教会長伊藤コウ師に報告してお取次ぎをお願いなさりました。すぐに御祈念して下されたコウ師は、「この飴でおかげを頂くように心中ご祈念してから頂くことをお伝え下さい。」と飴をお下げになられたのでした。

早速そのことをトクさんにお伝えなさると、トクさんはそのお下げ頂いた飴を一生懸命ご祈念して頂かれました。すると、その日以来一度もその胆石の痛みが再発することなく、御霊地で病気の根を切って頂かれたのでした。

★痛み止めでも漢方薬でもない飴ですが、「コウ師からお下げ頂いたということは、神様がお下げ下さったのだ!これでおかげを蒙らせて頂こう!」という心になられたところが有難いですね。

『真にありがたしと思う心、すぐにみかげのはじめなり』とみ教え頂いておりますが、トクさんのお姿がまさにこのみ教えどおりだと思わせて頂きます。その瞬間に全ての物事が解決するというわけではなくても、有難いおかげを頂いていくということに繋がっていくのです。

★私達もそういった有難いご信心の内容を習わせて頂くことが出来ます。日々私達がおかげを頂いていかなければならない、その瞬間、瞬間に神様に一心におすがりさせて頂けるということになっていけば有難いですね。どのようにして真一心、有難いの一心にならせて頂くかということをお広前で勉強させて頂き、稽古させて頂くことが大切です。

★『病気になると、欲しい物が食われんので困る。その時に、不自由を行と思い、物を不足に思わず、物を苦にせず、万事、神様を一心に頼み、万物をありがたくいただくという心を磨いておると、早くおかげが受けられるのである。信心はむつかしいことはないなあ。家内中、心そろうて親切な信心がよろしい。一時に心そろうようになるのも、めいめいの心々でおかげを受けるのである。』
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2017年02月26日

●目先の損得よりも、将来お徳を頂く道へ

 2月25日、26日と、国公立大学の二次試験が行われます。受験生の皆さんが、体調の上にも万事万端にご都合お繰り合わせを頂かれ、それぞれにおかげを蒙られますよう、ご祈念させて頂いております。

★受験なさっているご信者の中には、受験の直前であっても祭典楽の御用にお使い頂かれ、毎月の御本部参拝も続いておられる方々がおられます。それは、今日まで無事にお育て頂いたお礼の御用の大切さをよく分かっておられ、御用を通してご恩に報いさせて頂くことを願っておられるのです。大変有り難いことと思わせて頂いております。

★三代教会長先生は、中学生の時から子供会の御用を担当され、子供会が終わった後は、勉強の遅れたお子さん達に勉強を教えておられました。また、学校の試験の前日であろうとも、月例祭の時の記帳の御用と、祭典後のお掃除の御用もいつもと変わりなくなさっておられました。ご自分の勉強は、御用の合間を見つけて、普段からコツコツと、試験でも慌てることのないようになさっておられたのでした。

★二代教会長・伊藤コウ師は、「目先の損得を考えて『損やな』と思うことをさせていただいていると、お徳を頂くことにつながるのです。」とみ教え下さっておられます。自分の時間を割いて、自分の手足を使って、お礼のご用にお使い頂き、人様の為になることをさせて頂くことによって、徳の貯蓄が出来ていくのです。徳の貯蓄は、いざという必要な時におろして頂け、大難を小難に小難を無難におかげを頂くことが出来るのです。

★また、お礼の働きの積み重ねによって、我情我欲をお取り払い頂くことが出来ていくのです。我情我欲、悪癖悪習慣というものは、そう簡単に取り払われるものではなく、無くなったように思っていても、常に心しておかなければ、変幻自在に現れるものだということを自覚しなければなりません。油断なく、徳の貯蓄を心掛けるご信心を進めさせて頂きたいと思います。

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2017年02月25日

●同じ方向にお願いさせて頂く

 あるご婦人がお結界で、「主人が最近信心に凝り過ぎて困っています。主人が[今まで商売を間違っていた。儲けることばかりを考え過ぎていた。これからはもっと実意丁寧な商売をさせて頂かねばならん。お客さんには出来る限り親切丁寧にして、利益は今までよりも下げて商売をさせて頂かねばならん。]と言うのです。今でも赤字で苦しいのに、そんなことをしたら食べていけません。先生から主人に凝り過ぎないように言ってやって下さい。」とおっしゃいました。

★三代教会長伊藤良三師は、「奥さんの信心とご主人の信心とではかなり差があります。奥さんは教会でみ教えを頂かれていないでしょう。ご主人は毎日教会へ参拝されてみ教えを頂かれています。ご主人はみ教えを頂いて改まろうとされているのです。ご主人がそうおっしゃるのなら、奥さんが足を引っ張って止めさせようとしていては結構になりませんよ。とにかく1年間ご主人が改まろうなさる姿を見させて頂かれたらどうですか。1年間でいいから奥さんも覚悟を決めて、ご主人に従って信心をしてあげて下さい。心配になったら[どうぞ商売が立ち行きますように。繁盛しますように。]と一生懸命に後ろ祈念をして下さい。」とお話しされたのでした。

★それから、そのご夫婦は利益を取り過ぎないようにして、出来る限り親切丁寧に、新しくサービスすることを心掛けて1年間お商売されていますと、赤字から抜け出して黒字になっていかれたのです。

★夫も妻も、親も子も信心を共に進ませて頂かなければ家族一丸にはなれません。「共にご修行させて頂きましょう。」という気にならせて頂くことが真の姿だと思います。お願いしていく方向が同じであることほど結構なことはないでしょう。

★天地金乃神様も金光大神様も喜んで下さり、氏子も喜べるのがご信心をさせて頂きおかげを頂いていく姿です。私たちは、神様がどのように願って下さっているのかを分からせて頂き、私たちのお願いも神様が喜んで下さるようなお願いにさせて頂くことが大切です。そのようにして、一段ずつ信心を進めさせて頂き、広く大きくお願いをさせて頂きましょう。

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2017年02月24日

●『年が寄る程位がつく』

 三代教会長・伊藤良三師の奥様は、実母を亡くされ、小学校四年生の時に、東京より1人で親元を離れて、阿倍野教会に入所されることになられたのです。教会に入所されて以来、生活の全てを二代教会長・伊藤コウ師のおっしゃる通りに習い学ぶことを修行とされました。掃除、洗濯はもちろんのこと、炊事、和裁・洋裁、編み物、布団の綿の打ち直し、畑仕事や鶏の世話など、奥の御用は全て引き受けて御用されたのでした。

★先日の三代教会長先生例年祭には、たくさんのひ孫達も静かに祭典を拝ませて頂き、玉串を奉奠させて頂くおかげを頂きました。無事お仕え申し上げることが出来ましたその御礼参拝を、当日、翌日と各教会に行かせて頂きますが、その際にも、また私が普段、御用で外に出かけさせて頂く時にはいつも、皆で見送りをしてくれます。乳児や2才3才の幼い小さい子達が母親に手本を見せてもらい、きちんと正座をして「いってらっしゃいませ!」と挨拶してくれる姿を拝ませて頂きますと、真に有難く神様に霊様に御礼ばかり申し上げております。

★奥様は孫が11人、今年にはひ孫が2人増える予定で17人にならせて頂かれます。そして86才を超える今日まで、出産以外は一度も入院なさることもなく毎日お元気におかげを頂かれています。奥様は今日までのことを振り返られて、「辛抱しなさいと言われたので、自分が辛抱したように思っていましたが、それは間違いでありました。私が辛抱して頂いてきたのです。よう私のようなものを親先生、三代教会長先生は辛抱して下さったことです。有難いことです。」と顧みて仰っておられます。

★『年が寄る程位がつく』とみ教え頂いておりますが、ご信心させて頂いておりましたら、お礼を申して、有難く喜んで生活をさせて頂くということが上手になっていきます。そして一年一年、より一層有難くなっていくのです。そのような有難い道に進ませて頂ける私達にならせて頂けますよう、日々み教えを聴かせて頂きたいと願わせて頂いております。

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2017年02月23日

●三代教会長伊藤良三大人霊神の例年祭をお仕え申し上げて   


昨日は、天候気象の上にも素晴らしいご都合お繰り合わせを頂きまして、三代教会長伊藤良三大人霊神の9年廻れる例年祭を無事にお仕え申し上げることが出来ましたことは、真に有難いことでございました。

★二代教会長伊藤コウ師はご晩年、三代教会長伊藤良三師に、「私はあなたをずっと守ってきました」と仰いました。そのとき三代教会長先生はそのお言葉がどういうことを意味しているのかがすぐに理解出来られませんでした。じっとお考えになり、コウ師から「酒を飲んではいかん」「煙草を吸ってはいかん」「賭け事をしてはいかん」等、いろいろみ教えを頂いてきたことを思い出され、そのことによって自分の身体や人生を守って頂いていたことに気付かれたそうです。

★三代教会長先生が三度目のマラリアを患われた時のことです。その症状は再発する度にきつくなり、熱が出るだけでなく、両手足の神経が麻痺しお茶碗を持つことさえ出来られませんでした。そこで、三代教会長先生は静養することが一番の薬だと、二階の部屋で休んでおられました。すると、下から二代教会長伊藤コウ師が階段を上がって来られました。三代教会長先生は、「これはジュースか何か滋養になるものを持っておこし下さったのだなあ」と思われました。しかし、コウ師がガラッと戸を開けられると、手には何も持っておられません。どうなさったのかと思っておられますと、コウ師は「あなた、いつまで寝ているのですか」と仰られたのです。さらに「大体あなたはこの頃偉くなり過ぎて、手も足も使わない。ほうきも持たないのなら手も足も要りませんね」と仰って、すうっと下へ降りて行かれたのでした。三代教会長先生はその時「本当にその通りだ」と思われて、早速寝床を上げられ「ご用に少しでもお使い頂けますようお願い致します」とご祈念をなさったのでした。そして、まずほうきを持つこと、廊下を拭くこと、トイレ掃除等から始められました。すると、徐々に手足も動くようになっていかれたのでした。同じ病で半年、一年と寝ておられた方は、足が子供の腕の細さになって、完全に廃人になってしまわれました。そうならないために、神様がコウ師の口を通してみ教え下さり「これをおかげにさせて頂こう」とその厳しい教えを有難く頂かれたことにより、それがおかげとなって後々まで健康でご用にお使い頂かれる様になられたのです。

★三代教会長先生がご生前中、日々ご祈念お取次を頂きご教導賜わり、さらに霊神となられましても、私達に付きに付いてお守り下さっておられることに対してしっかりと申し上げ、より一層ご安心・お喜び頂けるようなご信心に進ませて頂きましょう。
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2017年02月22日

●師のお言葉を神様のお言葉と受け切る

 本日お昼の2時より、三代教会長伊藤良三大人霊神の9年廻れる例年祭をお仕え申し上げます。ご家族ご親戚の方々、お導きの方々揃ってご参拝になられお礼を申し上げさせて頂きましょう。

★三代教会長先生が戦地に赴かれます時に、二代教会長伊藤コウ師から「遺言と思って聞きなさい。まず、出来てくることをすべて有難くご修行として受けていきなさい。次に人を殺さないこと。殺さないということは死なせてはならんということですよ。」とみ教えを頂かれました。

★ある時、「すぐに刀を振り回したり、人の悪口を言うなど、非常に喧嘩早い人がいて、他の隊では受け入れを断られたが、君のところでどうしても引き受けてほしい」と言われ、その方を受け入れる決心をなさったのですが、半年間全く言うことを聞いて下さらなかったそうです。部下に言うことを聞いてもらえないことを周囲に笑われる等、それはそれは恥ずかしい思いをなさったそうです。しかし、「将来教会で御用させて頂くにあたって、色々な問題があるに違いない。ご信者一人一人に皆おかげを受けて頂かねばならんのに、『この人は私のところに合いません』と断るようなことでは、御用にはならん。出来てくることを全てご修行だと受け切っていかねばならん!」と思われ、ご辛抱なさったのです。

★すると、三代教会長先生がフィリピンでマラリアに罹られ、40度の高熱でうなされておられた時、その部下の方は、三代教会長先生の頭を冷やすなどして、介抱して下さったのでした。さらに「仕事は全部しておきましたからご安心下さい。いつまでも寝ていて下さい。」と言われたのです。その方の考課表には、悪いことは一切書かず、全て良いことばかり書いて提出なさったのでした。

★三代教会長先生は、コウ師のお言葉を神様のお言葉だと受け切られるご姿勢でした。ですから、頂かれたみ教えをひた受けに受けられ、過酷な戦地に於いても、100名程の部下が一人も欠けることなく、遺骨なしで帰国させて頂けるという大みかげを頂かれたのでした。

★それぞれが頂いてきたみ教えを自分自身がどのように身に付けて実践させて頂くかが大切です。三代教会長先生に「今このように有難いおかげを頂いております」と結構なご報告をさせて頂けるような例年祭にならせて頂きたいと思います。『信心をして難の根の切れるおかげを受けねばならぬのに、難の根よりも先に信心の根を切るのは、やっぱり神様の真の神徳を知らぬ者のすることぞ。』

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2017年02月21日

●心のおかげが頂けるように…

 先日、あるご信者が奥様のことでお届けをなさいました。奥様は、食事を頂きますと、すぐに下痢をしてしまい、何を食べてもすぐにトイレに走らなければならない状態で、一生懸命咀嚼しても身につかず、食べることも飲むことも辛く怖く感じられるようにまでなってしまわれたのでした。病院で大腸を検査して頂いても、原因となるものはなく、医師より「心因性のものでしょう。」と診断されたのです。

★日々食事を頂いて、咀嚼して、吸収され身体に収まるという事は、どれほどおかげを頂いていることでしょう。み教えの頂き方も、み教えを拝聴する(拝んで聴かせて頂く)という聴き方でしたら、「本当にそうである」と合点しながら有難く聴かせて頂くのですから、身についてゆくでしょう。しかし、心にわだかまりがあったり、不平不足があったり、ただ聴いているだけでは右から左に聴き流されてゆき、み教えを心から頂いているとはいえず、身についてはいきません。私自身も幼いころ、二代教会長伊藤コウ師より、「右の耳から左の耳へ抜けていくようなみ教えの聴き方をしてはいけませんよ。」とよくみ教えを頂いたものです。み教えを噛みしめながら頂き、何事もお礼が申せるということになるには、稽古が必要です。食事も食前・食後の御祈念だけではなく、一口一口心からお礼を申しながら頂く稽古をさせて頂きましたら、必ず心のおかげを頂いてゆきます。心のおかげを頂きますと、自ずと身体のおかげも頂いてゆくのです。

★『「なんぼうご信心じゃというても、金光様のようなまねができるものか。金光様は神様に生れついてござった」と言う者がある。金光様は、「此方じゃというても、はじめから生神じゃなかった。言うて聞かすとおりにしてこい。此方のようになれる」と言うてござったから、できぬのではない、せぬのぞ。命を助けてもらおうと思う時の一心があったら、できぬということはない。』

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2017年02月20日

●改まりに迷いなく

 昨日は、天候初め万事万端のご都合お繰り合わせを頂いて、無事安全に共々に二月の御本部御礼参拝をさせて頂きまして、真に有り難いことでございました。

★昭和三十四年六月、アメリカのシカゴ大学の宗教学者・ビーバー博士が、御本部を訪問され、お結界に進まれて、「日本の人々だけではなく、世界中の人々に対して、何かメッセージがありましたら聞かせてください」と願われた時のことです。三代金光様は、「世界中の人々には、いろいろ願いがありますから、そのご都合を頂かれますよう、お願いいたしております」とお答えになられ、博士は得心なさったということです。

★銘々が生神金光大神様のお取次を頂き、自分だけではなく、あいよかけよで助かり立ち行く関係が生まれていくことが、このお道のご信心の助かりです。自分の利益だけを考えていては、お互いが立ち行く関係は生まれません。

★また、人間は皆、分からないこと、出来ていないことばかりで、自分の体のこと一つにしても分からないことだらけという状況の中を、日々生かして頂いているということを忘れてはなりません。つい、色々と分かったように思い違いをしてしまうところから、相手の思いよりも自分の思いを先に立ててしまうようになるのです。『信心は日々の改まりが第一』『心の内を改めることが第一なり』とみ教え頂いております。有り難い先覚先師の、ご信心に基づく生き方をしっかり習わせて頂き、家族との関係、会社での関係、様々なところでの自分の在り方を、見直し、聞き直し、考え直しをさせて頂き、性質の改善、生活習慣の改善、体質の改善に迷いなく、おかげを頂いてまいりたいと思います。

★『どこまでも、教祖様のおぼしめしを頂いて、自分の流儀とか、自分が中心になるような考え方ではなしに、つまりご用が金光大神流になるということ、我流なご用にならんというそういう生き方は、やはりお手本を習う、けいこをしていく生き方のなかからできていくのだと思います』(四代金光様のみ教え)

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2017年02月18日

●思い分けの出来る賢さと先を見通せる明るさ

 二代教会長伊藤コウ師のご母堂、ハル刀自は、コウ師に師範学校へ入ってもらいたいと強い祈りを込めておられました。しかし、コウ師は、「どうあっても女学校へ入りたい!」と思われ、ハル刀自のお言葉を振り切り、清水谷高等女学校へ受験の願書を提出されました。受験当日、コウ師は試験会場の門前で受験票を忘れて来たことに気付かれ、急いで帰り、受験票を持って引き返された時には数学の時間は余すところ僅かとなっており、満足な解答が出来ず、不合格となられたのでした。

★そのことにハル刀自は、「おかげや!おかげや!」ずっと仰っていました。それこそ神様のお繰合せであり、ハル刀自の受けられ方はただ有り難いの一心であったからです。 翌年、コウ師は師範学校を受験され、合格されました。そして、コウ師は四年間一日の欠席もなく、優秀な成績で卒業なされたのでした。コウ師はハル刀自やお姉さん達から、失敗を信心をもって受け切ることを実践しておられる姿を見せて頂かれ、「出来てくる事は皆おかげである」ということを教えて頂かれたのです。

★今は受験の時期であり、先日から私立の高校、大学の合否の結果が次々と発表されております。受験生の方々はお母さんのお腹の中にいるときから周りの方々に祈りに祈って頂いて、受験させて頂かれるまでの成長のおかげを頂かれてきました。受験させて頂けるということはとても有難いことですね。この受験の期間だけでもどれ程の成長をさせて頂けることでしょうか。今年の受験生も精神的にも立派になられ、一段と大きく成長されています。合否にかかわらずそれをおかげにさせて頂き、信心を一段と向上させて頂いて、自分自身を大きく成長させて頂ける良い機会とさせて頂きたいものです。その為には、思い分けの出来る賢さと先を見通せる明るさが大切なのです。

★一方、親は子供が成人しても、50歳、60歳になっても親は親であります。子供が「成人して所帯を持ったから、もうお願いしなくても大丈夫」ということはありません。親は子供のことを生涯お願いして、親の役目を果たしていかなければなりません。子供も親も共に成長させて頂きましょう。

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2017年02月17日

●積徳の信行により子孫が助かる

 昨日は、晴天の穏やかな気候のご都合お繰り合わせを頂き、婦人会総会が無事開催され、井上氏の有り難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★お父様のご病気がきっかけで、お母様が叔母様にお導き頂かれたことが、お家のご信心の始まりでした。叔母様は、毎日のようにお父様のことを二代教会長・伊藤コウ師にお届け下さり、出勤前に、会社の帰りにと病院にお見舞いに来られ、み教えを伝えられる等して、親切丁寧にお導き下さったそうです。お父様は無事退院の運びとなり、退院後は叔母様と共に初めて阿倍野教会に御礼参りが出来られ、お母様は、その年の年末の御本部御礼参拝から今日まで62年余り、欠かすことなく御本部御礼参拝が続いておられます。

★お母様は三代教会長先生に「婿が自分から進んでお参りさせて頂けますように」とお届けしますと「お参りして下さい、お参りして下さい、と口に出して言うのではないのですよ、神様のおかげを頂いて喜びに満ち満ちてお礼を申しながら生活させて頂いている姿を日々見てもらっていると、『自分もお参りさせて頂きたい』と思われるようになられます」とみ教えを頂かれました。
そこで「どんな小さなことでも、喜ぶ稽古をして、まずお取次ぎ、ご祈念、み教えを頂いてから実行させて頂いていると、必ずおかげを頂ける」ということを信じて、理解して頂けるように心がけておられますと、自然と参拝して頂けるようになられました。

★井上氏のご主人の会社の工場は福島第二原子力発電所から100キロメートルのところにあり、平成23年の東日本大震災の時には工場も被害に遭われましたが、ご主人はいつもより3時間早く現地を出発しておられました。途中、足止めにも遭われたのでしたが、行くところ行くところでご都合お繰り合わせを頂かれ、翌朝には無事帰宅のおかげを頂かれたのでした。

★また、一緒に出張に行っておられた三男さんは工場で被災されたのでしたが、落下してくる天井ボードを皆で避けながら無事建物の外に非難され、一番天井の落下が激しかった場所は、いつも作業している方がその日会社を休んでおられ無事だったのでした。三男さんは、神様のお守りを頂いていることを肌身で感じられたということです。生産再開に向けての運びも、何もかもご都合お繰り合わせを頂かれ、約一ヵ月半後には、全面的に再開出来られたのでした。

★家族勢信心のおかげを頂かれ、皆さんが、お仕事の上にも、お体の上にも大難を小難に、小難を無難におかげを頂いておられますことは真に有り難いことでございます。

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2017年02月16日

●み教えを守り通すことによりおかげを頂く

 津田タミ氏は33才の頃、歩くと右足の甲が痛み出し、病院で検査を受けられたところ、骨髄炎と診断されました。そして医師より「骨が腐っていくから、2週間ほど様子を見ましょう。悪化すると場合によっては切断しなければいけません。」と言われたのです。津田氏は京都の東山で妹さんと美容室を営んでおられました。足を切断してしまいますと仕事になりませんので、大変悩んでおられました。そんな時にお客さんとして来られたご信者・寺鍛冶さんにお導き頂かれたのでした。

★初めは妹さんが大阪の阿倍野教会まで代参されていましたが、ある夜、ご本人が痛む足を引きずって参拝させて頂かれますと、二代教会長伊藤コウ師が座っておられ「私もお医者さんから使うなと言われておった足のギプスを取って、しっかりと使わせて頂いたら元通り使わせて頂けるようになりました。」とアキレス腱を切って手術をなさったときのお話をして下さったそうです。そして「あなたも神様から頂いた足ですから、しっかり使わせて頂けるだけ使わせて頂きなさい。」とみ教え下さったのでした。

★その日からギプスを取って、毎日御剣先と御神酒を付けて休ませて頂き、2ヶ月後には御剣先一面に膿のお取り払いを頂かれたのです。そしてお医者さんに行かせて頂きますと、「もう膿はたまっておりません」と言って頂かれ、それからはお医者さんには行かずに御神酒と御神米と御剣先でおかげを頂かれたのです。そして70歳になっても元気に美容室を営まれ、78歳までご長寿のおかげを頂かれたのでした。

★コウ師は「御神酒は冷やすべきところは冷して下さり、温めるべきところは温めて下さる。だから御神酒は有難いのです。」とよくみ教えを下さいました。また、御剣先を貼らせて頂きましたら、身体にピタッとくっついて下さり、悪毒病毒をお取り払い下さいます。すぐにお医者さんや薬などに頼ってしまいがちですが、御神酒や御神米でおかげを頂いてゆくその有難さをよく分からせて頂けるように、おかげの体験をさせて下さるのですね。

★『祈れ薬れにすればおかげも早いが、薬れ祈れにするからおかげにならぬ。』

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2017年02月15日

●人の目をごまかさず、神様を目当てに

三代教会長先生の同期で、三代教会長先生と共に子供会からご信心なさり、共に住吉中学へ進まれ、共に軍隊へ行かれたあるご信者がおられました。そのお方は国税局の監察官をなされ、税務署の署長を歴任されて、後に税理士として開業しお役に立たれたのでした。

★税理士になられてから、船場の丼池にある立派な問屋さんの顧問先を持たれました。その問屋さんは、お父さんが亡くなられて息子さんに代替わりしたのですが、お父さんのご時代は、実にしっかりとお仕事がなされて繁盛されました。

それから息子さんが跡を継ぎ、相続の件になると当時で4億円という金額をごまかそうとしました。

★そこでその税理士の方がそれを見て、その息子さんに「これを修正申告しましょう。神様の目はごまかせませんから、こういうことはしてはいけません。」と忠告されました。

すると、その息子さんは「あんたは私の敵か。税理士なら私の味方になれ!」と言われて修正せずにそのまま申告してしまったのでした。そしてその息子さんは、そのお金で土地を買って、大きな屋敷を建てられたのです。

すると、何年か後の昭和40年2月に「丼池の大火」と言われる大家事に遭われ、帳簿も金庫も持ち出せずに、家も全て焼け果てて土地も屋敷も手放さなければならなくなり、後にその家は絶えてしまうことになってしまったのでした。

★人の目をごまかして得をしようとしても、後に損をして倒れることになるのです。それは慢心から生まれてくるのです。神様を目当てにご修行し、神様と共にある生活を意識し、神様に正直な生き方を心掛けさせて頂くことが大切です。

我が心におられる神様に常に見て頂いていることを意識し、神様の御心に適う生き方に努めさせて頂きましょう。

★商業繁盛十訓
(1)信用第一
(2)いつも自信を持ってにこやかに。
(3)商品は金銭同様、丁寧に扱う。
(4)今日の仕事は今日のうちにする。
(5)急がず怠らず一歩一歩前進する。
(6)常に創業時代の心持ちを忘れないように。
(7)石にかじり付いてでも努力する。
(8)省みて天地に恥じない商売をする。
(9)人より恨みをかう因を作らない。
(10)困難は神様が示す試練であると悟る。

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2017年02月14日

●大きな欲を持つ 

★人の心に害を与える事。
1)人に勝つ事を好む。
2)過ちを聞く事を嫌がる。
3)口で言い負かしたがる。
4)賢こぶる。
5)いばりたがる。

★ある時、孔子が「剛(つよ)い人間がいないなぁ」と嘆いていました。すると、それを聞いた門人達は皆<しんとう>という元気者を思い浮かべました。<しんとう>は大の負けず嫌いで、議論になると先輩であっても遠慮せずに相手を圧倒し、思う存分のことをいってのける門人でした。<しんとう>のことを言うと孔子は、「<しんとう>は剛くはない。欲が深い。」と仰いました。続けて、「欲というのは、人に克とうとする私心をいう。負けず嫌いで私情にかられて人と争うのはまさに欲である。欲がきつくては剛いとは言えない。剛いというのは、人に克つことではなくて、己に克つことである。どんな難儀な目にあっても、安らかな心を持ち続けることである。」と門人達に説いて聞かせました。

★このお話にある“欲”とは、お道のご信心でいう所の「小欲」に当たります。教祖様は小欲を放して、大欲を持つことを教えて下さっています。「小欲」というのは、人に頼ったり、金銭欲、権勢欲、名誉欲という限りがある事に貪欲になることです。しかし、生まれながらにして神様から頂いている欲である生きたいという欲や助かりたい、向上したいという欲は人間にとって必要なものです。そして、さらに周囲の方々に助かってもらいたいという神心を大きくして、「大欲」を持つことが大切なのです。ですから天地の親神様のご神徳を蒙りたいと願う事は精一杯お願いさせて頂いたら良いのです。

★教祖様は『世界中の人を助けたいという欲がある。』とまで仰せになっています。神心に沿った正しい欲を持つ事によって、段々と人の事が思えるようになり、願えるようになり、お世話がさせて頂けるようにならせて頂けたら有り難いですね。

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2017年02月13日

●我が強いとは了見の狭いということ

三代金光様は『横着気ままを去りなさい』とみ教え下さいました。「これは正しい!」ということはどこまでも貫かせて頂いて、「これは間違っている」ということは改まっていく、という稽古を積み重ねていかないことには、横着気ままを去ることは出来ません。

しかし、人間には悪癖悪習慣が多数身についておりますから、なかなか実行させて頂くことは難しいものです。そうしたところをお取り払い頂くには、自分の至らないところをしっかり自覚させて頂くところから始めて、長期に亘って正しい願いを持たせて頂かなければなりません。

★私達人間は頑固な面を持ち合わせていて、一旦決めたならなかなか変えようとはしません。悪いとはわかっていても、気ままを通そうとします。み教えを頂いて、「ああ、これはいけないな」と思いながらも、改まることができない。み教えに素直にさっと従う、天地の心に従うということができません。良い事に対して意志強固なのは良いのですが、悪い事に対して頑固な心ではいけません。

小さなつまらないことに拘って、いつまでも我を張ったりします。我情我欲の「我」というのは、了見が狭いということです。我が強いというのは、根性が狭いのです。自分は正しいと思っていますから、人を許すことができない。心の容量が小さいのです。

★『おかげを落としては神は喜ばぬ。おかげを受けてくれれば神も喜び、金光大神も喜び、氏子も喜びじゃ。』とみ教え頂いておりますように、神様は「氏子が助かるように、立ち行くように」と願って下されているのです。

そうした広く大きいご慈愛の中に包まれて、生活させて頂いているのですから、神様の願い通りに助からせて頂く、立ち行かせて頂くということが、神様も金光様も氏子も喜び合える有り難い姿なのです。人間にはそれぞれに行き届かないところがありますが、神様は氏子の成長の為と辛抱して下さっているのです。

★また周囲の多くの方々にもご辛抱頂き、願って頂いての現在でございます。そのことに私達自身が気が付かせて頂かねばなりません。ですから、私達が辛抱させて頂くということは、日々の生活の様々な場面で当然させて頂かねばなりませんし、今までお世話になったお返しと言えるでしょう。そこを分からせて頂いて、有難い心持ちで神様と共に辛抱させて頂きたいものですね。
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2017年02月12日

●神様のご用にお使い頂けますように・・・

 日本書記に建国の精神として、「一、養生 二、積慶 三、重暉 四、為宇」と記されています。
一、養生(正しい心を養う)・・・教祖様は、神様と人との間柄を説いてくださっておられます。日参と聴教により、その神様のお心を分からせて頂き、神様の氏子らしい生き方をさせて頂く。
二、積慶(喜びを積み重ねる)・・・日々の生活の中で喜びをさがす稽古をする。
三、重暉(御礼の働きを重ねる)・・・日々生かして頂いている御礼の働き。
四、為宇(全ての人と円満にする)・・・教祖様は、『天地の間の人間はみんな、天地の親神様の氏子である』『天が下に他人ということはなきものぞ』とみ教え下さっておられます。

★豊中にお住まいだった上田氏は、ご生前中、二代教会長・伊藤コウ師に、「どの様にしたら、お導きがさせて頂けるでしょうか」とお尋ねになりました。伊藤コウ師は、「誰にでも親切にさせて頂きましょう。また、お導きは自分で出来るものではありません。神様が人をお導きなさるお手伝いをさせて頂くのですから、神様にお使い頂けるよう、日々お願いさせて頂きましょう」と、み教えなさいました。当時、上田氏は朝参りをさせて頂く為に、朝4時に起きて一番電車に乗って参拝なさっておられました。ある朝、毎日顔を合わせる人から、「あなたは毎朝どこに行っておられるのですか?」とたずねられました。「金光教の阿倍野教会に朝参りさせて頂いています」とお答えになると、「私の悩みを、ぜひあなたに聞いて頂きたいのですが・・・」と、おっしゃり、上田氏はその方のお話を丁寧に聴いてあげられ、お導きをなさって教会に共に参拝なさったのでした。そのようにして、次々とお導きの御用にお使い頂かれたのでした。

★日々どの様な願いを持たせて頂くかによって、生き方が変わってくるのです。人が助かる神様のご用に少しでもお使い頂けますよう、共々に願いをしっかり持たせて頂きたいと思います。

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2017年02月11日

●常に御礼の心で心中ご祈念を先に  

 2月8日は竹中哲哉氏の御命日でした。平成元年に80歳でお国替えされたのです。大正11年13歳の時に盲腸炎で手遅れの中を、初代教会長先生の御取次を頂いて全快され、九死に一生を得るおかげを頂かれました。病弱であられた体を健康にして頂かれ、今宮中学、第三高等学校、京都帝国大学に進まれたのでした。

★大学卒業後、松下電器に入社し、十指に余る特許を出願、その優秀な働きを認められ、千代子氏との縁談が進み、クボタ鉄工(株)に迎えられたのです。京都大学で学ばれたのは電気工学でしたのに、鋳物を研究する所を担当されました。与えて頂いた仕事を天職だと思って、有難くお受けになり、仕事に惚れて、打ち込んでさせて頂かれますと、恩鹿島工場長をはじめとして、新日本パイプ(株)社長・クボタハウス(株)社長・クボタ精機(株)社長・旭精工(株)社長・日本鋳工所社長を歴任することになられたのです。

★しかも新大阪駅の丸型の柱を鋳物製で作られ、ポーランド・ワルシャワで開かれた世界鋳物大会に日本代表として研究発表をされました。仕事をする上で研究なさったことにより、60歳を過ぎられて工学博士になられたのです。

★そんな実績を積まれた方でありますから、関係会社で赤字の会社を立て直す仕事を次々と頂かれたのでした。普通なら「皆が嫌がる仕事を、何故自分が重責を担わなければならないのか」と断りたくなるところです。しかし、神様の「貴方なら出来るでしょう」との思召しがあって、神様から与えて頂いた仕事として、有難く拝んで受けなさったのです。

★竹中氏は毎日朝参りをなさって、頂くみ教えをいつも日々新しく自分の心に頂き直されたのでした。そして常に油断なく御祈念を先にさせて頂かれ、心に気付かれたことはすぐメモに書き記して、神様がお知らせを下さっているところを受け切ってゆかれました。生涯を通して世の中のお役に立たれて、大きな働きを残すことが出来られたのは、御礼の信心というしっかりとした基盤があられたからなのですね。

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2017年02月10日

●信心を基にして辛抱させて頂く

 先日、病理医のご信者が、「過日、乳癌と診断された40代女性の胸にあるしこりの細胞と取って生検の判定の検査を依頼されました。実はしこりは大小2つありまして、大きなしこりは別の医師の検査により悪性の癌と診断されましたので、その女性は手術を受けることに決まっていたのですが、もう一つの小さなしこりの診断を任されたのです。検査をしてみますと、良性であるということが分かりました。そこで、ご祈念しておりますと、既に悪性と診断されたもう一つの検体も調べてみようと思い、調べさせて頂きますと、悪性ではなく良性であることが分かったのです。この検査は悪性と診断してもおかしくない程とても難しく、3年程前に同じような細胞を検査させて頂いたことがあり、そのときに随分と勉強をさせて頂きましたので、良性だと診断できました。手術をしなければならないと言われていた女性は手術をしなくて済んだのです。結構な御用に使って頂きました。有難うございました。」と、お礼のお届けをされました。

★人間のすることは全て完全無欠ということはありませんから、足りない所は足して頂かなければなりません。しかし、その一つ一つのことにおかげを頂かなければ、足りないところを足し合うことになっていかない、ということがよく分からせて頂けます。皆がお互いに支え合って協力し合って、神様から頂いている尊い能力を十二分に発揮できるようにおかげを頂きたいものですね。そのためには信心を基にした辛抱が必要であり、お互いに相手のことを願い合うということが大切です。

★「神様が一番良いようにして下さる。」という信念を持ち、「今与えて頂いている事は自分自身の本心を磨くために必要なことである。」と理解させて頂きましょう。しかし、辛抱は嫌々するものではありません。辛抱した後で本当の有難さが分からせて頂けますし、たくさんのおかげの中で難儀をしていることを思わせて頂きますと、「有難うございます。どうぞ神様にご安心頂けますように。お喜び頂けますように。」と、お礼の心を持って辛抱させて頂くことが出来ますね。いかなる時も信心を基にして辛抱させて頂きおかげを頂いて参りましょう。

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2017年02月09日

●出来て来ることみなおかげ

昨日はみかげ会例会が開催され、西山氏の有難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★西山氏は、奥様の熱心なお導きによってご神縁を頂かれ、3人の娘さんとそのご家族も共に、勢信心のおかげを頂いておられます。結婚10年目の年に、3人目のお子さんが流産となられた事が契機となり、ご自身から積極的にお取次を頂かれるようになられました。それ以来、今日まで44年間、朝参りを続けておられます。現在は80歳になられ、勤務先で取締役として第一線で働いておられましたが、昨年12月に円満退社のおかげを頂かれたのですが、70才から10年間定年を延ばして頂かれ、80才まで計60年間勤務のおかげを頂かれました。

★平成23年の御本部御大祭参拝で、ご祭典が始まってすぐに意識を失って倒れてしまわれました。しかし、すぐに意識を回復され、検査を受けられましたが、その後どこにも異常は見つかりませんでした。教会長先生より「御本部で起きたことは、全ておかげです」とのみ教えを頂かれた通り、御本部御大祭の御庇礼によって、大難を無難におまつり替え頂かれたのでした。そして、その出来事を通して「いつ何が起こるか分からない」という事を実感され、長年先延ばしになっていた、高知県土佐市の西山家のお墓に納められていたお骨を、教会の納骨殿に納めさせて頂くことを決意されたのでした。墓前祭、納骨式や手続き等全てにおいて万事にご都合お繰り合わせ頂かれ、子供や孫も皆そろって賑やかに、ご先祖様、御霊様をお祀りさせて頂かれました。まさに御本部御大祭での出来事がおかげとなり、有難い方向へと導いて頂かれたのです。

★現在は、三女さんご家族と共に教会の近くに二世帯住宅購入のおかげを頂かれ、日参聴教と日々の信心生活に励まれています。西山氏は日常生活の中で起こってくるさまざまな出来事を、お取次ぎ頂かれることにより、全ておかげにさせて頂く信心を進めてこられました。何か事が起こってきたら、すぐに「金光様、今日は結構なみ教えを頂きまして有難うございます」と先にお礼を申す稽古をさせて頂いておりますと、後々神様の御神意が悟らせて頂けるようになるのです。
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2017年02月08日

●元気な心で信心せよ

 ある方が戦後入信をさせて頂かれたのですが、その方は結婚直後にご主人が戦地に赴かれ、戦死なさったのでした。その方は妊娠をなさっておられたので、娘さんを出産なさいましたが、ご主人が帰って来られませんでしたので、大変なご苦労があられました。そんな中ご自身も戦災に遭われ、生活も困窮を極められたのですが、ご神縁を頂かれて旧広前に参拝されたのです。金光教にお参りをさせて頂くことになった経緯を実家のお母様にお話しになられましたら、「それは有難い!金光様にお参りさせて頂くという事は、天地の親神様ですから、どんなことでもお願いさせて頂けるし、聞いても頂ける有難い神様ですから。ただし、お参りをさせて頂くと決めたのなら、生涯続けなさいよ。」とお母様から言って頂かれたそうです。

★そのお言葉を守って、毎日朝参りをさせて頂かれ、全てにおいてお届けをなさって進められました。和裁・洋裁の技術を身に付けられ、生活を成り立たせるおかげを蒙られたのでした。そして借家を家主さんから買わせて頂かれ、お隣を、またお隣をと買わせて頂かれ、お弟子さんも出来られ、結構に繁盛のおかげを蒙られ、90歳になっても新しいコンピューターミシンを購入なさって、勉強なさるお元気なお方でした。

★『井戸は清水になるまで、病気災難は根の切れるまで、一心に、まめで繁盛するよう元気な心で信心せよ』とみ教え頂いておりますように、井戸の水が濁っていたら、井戸替えや井戸掃除を必要とします。時間も費用も手間もかかりますが、そうしたことをさせて頂かねば井戸の水はきれいになりません。「この家はどうしてこんな難儀なことが起こってくるんだろう…」というようなことがあったとしましても、めぐりを取って頂いてお徳を積ませて頂くために、ご信心を基に実意丁寧正直親切な生き方を生涯貫かせて頂くことが大切です。

★そして元気な心で信心させて頂くにはみ教えを頂くほかありません。『神の綱が切れたというが、神からは切らぬ。氏子から切るな』とのみ教えの「綱」とは、神様からいただいているみ教えです。 頂いたみ教えを何が何でも守らせて頂き、神様を杖にご信心を基に生活をさせて頂き、おかげを蒙らせて頂きましょう。

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2017年02月07日

●神様のお心に適う正しい願いを持つ

阿倍野教会が吉野通りに布教の初めの頃のことです。あるご信者が初めて参拝された時、初代教会長と二代教会長がお留守で、お広前には御隠居様(二代教会長のご母堂・ハル刀自)が座っておられました。そのご信者が話し始めますに、「この神様は何でも願いを聞いて下さると聞いたので、参拝しました。今、わが家に身よりのない居候が住み着いています。腎臓病や肝臓病などの病気をして体は浮腫で腫れ上がってしまい、現在は危篤状態に陥り、医師も見離してしまいました。いつ死ぬか、いつ死ぬかと毎日待っていますが、なかなか亡くなりません。この厄介者が早く死にますように、神様にお願いしてください。」とのことです。

★御隠居様はじっと御祈念されて、お取次ぎ下さいました。「この金光様のご信心は、そのようなお願いはいたしません。御断り致します。『どうぞ、生かして下さい』というお願いならば、お取次ぎさせて頂きます。しかし、死なせて下さいというお願いはしない神様です。よく考えてみなさい。あなたは、今、死にたいですか?大病をしたとしても、何が何でも生きたいと願うでしょう。虫一匹、草木一本にしてもみな生きたいと思っている。それは、頂いた命を生かしてゆくという天地金乃神様の御心です。『どうあっても生かしてやりたい』と思って下さる神様に対して、『死なせて下さい』というお願いは神様に対しての親不孝になりますから、そのようなお願いは出来ないのです。」

★それを聞かれたご信者は、自分の過ちに気付かせて頂かれ、「私は考え間違いをしておりました。申し訳ありませんでした。それではお願いを変えさせて頂きます。『どうぞあの方の病気が早く治られて、一日でも長生きして頂けますように』というお願いでしたら聞いて頂けますか?」とお尋ねされました。

★御隠居様は「喜んでさせて頂きましょう。3日間、日を切ってお願いさせて頂きましょう。」と仰いました。すると、居候の病人のお方は3日目に全身の浮腫が引くおかげを頂かれ、何も食べられなかったところがおこわ(餅米)を食べさせて頂けるようになり、お世話になった人に対して「この御恩は忘れません!」と大変喜んで御礼を申されました。そうして一週間後に、眠るが如く息を引き取られたのでした。

★神様のお心に適う正しい願いを持つことが大切です。周りの人達から疎まれて、厄介者扱いの上に「いつ死ぬのか」と待たれるような境遇で、辛い思いを残して亡くなるよりも、周りの人から「元気になってほしい!」と願いをかけて頂き、体調回復のおかげを頂かれ、「この御恩は一生忘れません!」と思えるほどに有難い心持ちにならせて頂いて、天寿を全うさせて頂くのとでは大きな違いがあります。周囲の人々も「助かって欲しい」と願える生き方と、「いつになったら死んでくれるのだろう」と思って死ぬのを待つようなめぐりを積む生き方とは、後々が全く違うのです。
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2017年02月06日

●出来てくること、全てがおかげ

 甘木教会の安武文雄先生のお話を拝読させて頂いておりますと、有難い神様のお心に気付かせて頂きます。[自分の願ったことと反対のことが起きてきた時に「おかげがなかった」と思うのは、神様を信じている姿とは言えません。単に、自分の願いをかなえてほしいとばかり思うのは、低級な考え方であり、幼い子が自分の思い通りにいかないことに駄々をこねている状態と同じです。それは、ただ神様を使うばかりの生き方です。]

★[なぜ自分の思い通りにいかないのでしょうか?それは、神様が「その方向ではないぞ。今の時期ではないぞ。」と私達氏子のために良くない、と思召し下さっておられるからこそなのです。神様は可愛い氏子に無駄な難儀をさせなさることは、決してあられません。与えて下さったご修行は、氏子の成長のためであり、おかげを頂いてほしいと願って下さってのことです。それは、氏子だけが辛抱しご修行しているのではなく、神様も共に願って下さり、ご辛抱して下さっているのです。]

★親子を例に挙げますと、現在受験生の方々は、受験真っ只中です。受験生は自分のしたいことを辛抱して、勉強に打ち込んでいることですが、親は子供の成長を願い、子供がおかげを頂けるようにと、親も共に親の立場でご修行して下さっているはずです。それは、神様も氏子に対して同じことなのですね。

★阿倍野教会二代教会長伊藤コウ師は小さい頃、「幸せとは、裕福できれいな着物を着て豪華な家に住み、人が何もかもして下さるということだ」と思っておられました。しかし、信心させて頂き、そんな考えは大きな間違いであると気が付かれました。人生にはどのようなことが起こってくるか分かりません。どんなことが起きてきても神様におすがりして、乗り越えさせて頂ける信心の徳と力を頂くことが一番幸せであると理解出来られたのです。

★与えて頂くご修行を有難く受けさせて頂きましたら、どれほど神様がお喜び下さることでしょうか。与えて頂くご修行を通して、生き抜いてゆく力を身につけ神様が私たちそれぞれにかけて下さっている願いを悟れるように、日々信心に励ませて頂きましょう。

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2017年02月05日

●神の心に近づくように

信州上田教会の須賀院義雄師は、入浴なさる前に、実に丁寧なご祈念をなさっておられたということです。「有難うございます。天地金乃神様のお徳を一杯湛えたこの浴槽に、ただ今から入らせて頂きます。私の心の中には醜い汚れた私情、愚痴、不足、腹立ち、恨み、取り越し苦労など、様々な人間の持つあらゆるよくないものを心中に一杯持っています。今このお風呂の御清水を以て、体の垢だけでなく心の垢を取らせて頂きとうございます。有難うございます。」と手を合わせて心を込めてご祈念なさって入られたそうです。

★人間は誰しも、今、神様のような心にならせて頂いたかと思ったら、次の瞬間、別の心が頭をもたげたりするような、危うい部分を持っています。だからこそ、自分の至らない部分を日々見つめ直すことが大切なのです。信心をさせて頂いていても、少し間違うと、人の悪いところが目に付いてしまい、「あの人は、信心しているのになぜあんなことをするんだろうか・・・」などと、自分の姿を見ることを忘れて、相手を責めてしまうことがあります。信心をさせて頂くということも、自分だけでしようとすると、間違った方向に向いてしまう危険があるのです。

★しっかりとお広前に足を運ばせて頂き、生神金光大神様のお取次を頂いて、自分の至らない部分を一つ一つ改まる稽古をさせて頂きたいと思います。未熟であるからこそ、求めてご信心させて頂くことが大切なのです。み教えを頂いて改まりを積み重ねさせて頂くことが、神様にご安心頂ける生き方となっていき、神様のお心に近づかせて頂くことが出来るようになっていくのです。

『神があっての氏子、氏子あっての神じゃによって、病気災難をはじめ何事でも、非常と平生とにかかわらず神に願いをかけよ。信心とは、常平生、神の心のようになって信心するのが信心じゃ。手を合わして拝むばかりが信心ではないぞ。』

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2017年02月04日

●慈愛の心を大きくする

 あるご信者が入信以前のことですが、ご主人が借金をして事業を行い失敗して借金が増え、また借金をして違う事業を行い、失敗して借金が増えるという事を繰り返し、行き詰まってしまわれました。その結果、離婚してしまわれ、大阪で子供と生活する事になりました。その時、阿倍野教会にお引寄せ頂かれたのでした。「別れた主人が私を苦労させた。あの人が悪い」と不平不満・憎しみが消え去りませんでしたが、み教えを頂かれましたら、有難い心にならせて頂き「このお道でおかげを頂こう」と覚悟を決められたのでした。そこで、日参と聴教に励まれ、お取次ぎを頂き続け、日々信心を元に生まれ変わっていかれたのです。

★ある時、その別れたご主人が「生活費を少し貸して欲しい」と来られたのです。ご信者は「かわいそうやなぁ」と思い、生活費を助けてあげられました。すると次は一緒に住んでいる女性を連れて現れたのでした。ご信者は「今はこの方が私の代わりに苦労しているのだなぁ。かわいそうになぁ」と思われたそうです。そこまで慈愛に満ちた心に変わられたのでした。晩年には「あの主人がいたからこそお道にお引寄せ頂けた。私にとっては恩人です」と仰るまでに心が変わられたのです。そして、曾孫、次の代と囲まれた生活を送られ、90歳を超えるまで御長寿のおかげを頂かれました。まさに、お徳を頂かれる働きをされ、自分自身も助かり、周囲も助かるという生き方に変わられたのでした。

★1、惻隠の心…慈愛の心。かわいそうだと思う心。(仁) 
2、羞悪の心…己の悪を恥じ憎む心。(義)  
3、辞譲の心…辞して譲る心。(礼)  
4、是非の心…善悪(是々非々)を判断する心。(智)

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2017年02月03日

●すべてに実意丁寧を

本日は節分です。節分では豆まきの時に「鬼は外、福はうち」と言いますが、鬼は外から入ってくるのではありません。自分の心の中にいるのです。そして福=有難い心持ちも自分の心の中にあるのです。全て自分の心次第であります。

★『手や口は手水鉢で洗うても、性根は何で洗いなさるか。実意丁寧の真でなければ洗えまいが。』とみ教え頂いております。どのようにすれば、実意丁寧にさせて頂けるかということを考えながら、何をするにもお願いして、お礼を申しながらさせて頂く稽古をさせて頂きましょう。

時間を大切にするために素早く、二度手間三度手間にならないよう丁寧に、人に対しても神様に対しても物に対しても、実意丁寧にさせて頂ける様に、神様にお願いしながら、全てを大切にさせて頂きましたら、自分の心の中の鬼を取り払って頂くことが出来るのです。

★三代教会長先生が金光教学院でご修行なさっておられました時、金光英子先生のお父様であられます金光眞整(しんせい)先生が教壇にお立ち下さっておられました。ある日、突然歴史の試験をなさったそうです。

予告なしに突然試験をなさったものですから、学院生の皆がなかなか良い成績を取ることが出来ませんでした。すると、金光眞整先生は「私の教え方が未熟でございましたので、この様な結果となりました。心からお詫び致します。」と教壇から頭を下げてお詫び申されたのです。

そのお姿をご覧になられた三代教会長先生は、大変恐縮され「こんな素晴らしいお方が世の中におられるのか!」と敬服し、改めてそのお姿を拝ませて頂かれたそうです。

★『一年三百六十五日のことを正月元日に頼みおき、また、月三十日のことは朔日に頼みおき、一日のことは朝頼みおけ。病んだる時の信心は願いなり。病まぬ時の信心第一。』とみ教え頂いておりますように、

今日一日今日一日を大切にさせて頂くことが大切です。どんな時でも、神様に心を向けて、実意丁寧に油断のないご信心をさせて頂き、おかげを蒙らせて頂きましょう。
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2017年02月02日

●信心させて頂くという心におかげはある

 九之池義彰氏が商業学校を卒業の後金融会社に就職なさいましたが、仕事が忙しいあまりに生活が不規則になり、肺結核を患われたのでした。その間、仕事は一時休まれて毎日朝参りをしてお取次を頂かれ、病院に通いながら少しずつ農作業をする生活を送られたのでした。そうして再び出勤出来るまでに回復されたのですが、今度は腸結核を併発し、すっかり痩せ細って、立っているだけでも疲れるような状態になられたのです。

★毎日朝参りをなさり、お取次を頂いてから一日農作業をし、晩のお参りをして帰宅する生活を続けられたのです。その間は、食事の度にすぐ下痢をしてしまう状態であられたそうですが、一心に神様におすがりされ、何事も神様にお願いしてさせて頂かれたのです。すると、1年経った頃に体調が次第に快方に向かい、遂には肺結核、腸結核が全快のおかげを頂かれたのでした。

★病気が治られてからは会社に勤務され、重要な役職を任せられるまでにお役に立たれました。さらに結婚のおかげを頂かれ、4人の子宝にも恵まれて、楽の御用をはじめ、教会の御用を熱心にされ、生涯お礼の信心を進められたのでした。現在子孫の方々がみな勢信心のおかげを頂いておられます。

★『氏子信心するという心におかげはない。信心させて頂くという心におかげはある。氏子商売するというから神は見ておる。商売させて頂くという心になれば、神はつきまとうてさせてやる。』

★何事もお願いしてさせて頂きますと、神様がさせて下さり、「いり豆に花が咲く」と言われるような御庇礼を頂くことができるのです。現在与えて頂いている環境を喜んで、何事も神様にお願いしてさせて頂く信心を進めさせて頂きましょう。

★三惚れの信心(現在の環境を喜ぶ)
1)家族に惚れる・・・神様から授かった家族ですから、「こんな有難い家族はない」と喜ばせて頂く。
2)仕事に惚れる・・・神様から与えて頂いたお仕事を「天職だ」と喜び、地道に励ませて頂く。
3)土地に惚れる・・・住まいさせて頂いているお土地、商売させて頂いているお土地を、「これ以上ない結構なお土地で有り難い」と、喜ばせて頂く。

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2017年02月01日

●信心の地を肥やす

 1月27日に85歳でお国替えされました西端氏は、真心のお方でした。★西端氏は、入信の初めに二代教会長伊藤コウ師より『親は親たらずとも子は子たれ』というみ教えを頂かれ、そのみ教えが心に突き刺さり衝撃を受けられたのです。

★ご主人のご両親は、戦時の混乱の中で小さかったご主人を他の家へ預けられました。ですから奥さんがご両親について聞かれても、ご主人は「親はいないと思っている。探す必要は無い。」との一点張りでした。しかしそのみ教えを頂かれた時に、ご主人は奥さんの親を大事にして下さっているのに、自分はご主人の親には何も親孝行させて頂いていない事に気付かれたのでした。そして「どうあっても主人の親に孝行がさせて頂けますように」と願われ、ご主人に隠れて縁をたどってご両親を探されたのです。

★すると、お母様が堺に住居なさっておられることが判明し、そこへ訪ねて行かれました。そのお母様は、体の不自由な娘さんと一緒に住んでおられ、生活保護を受けておられました。事情を聞かせて頂きますと、生きていくことが難しかった戦時中、体の不自由な娘さんを育てる事に精一杯であられた為、健康であったご主人を他のお家へ預けられたということでした。それからというもの奥さんは、毎月お見舞いに行かれて親孝行のまねごとなりともとさせて頂かれたのです。そしてお母様がお国替えなさってからは、ご主人に「亡くなられた方に罪はないでしょう、これからは霊神様となって頂き、家でお祀りさせて頂きましょう。」と説得され、ご主人に理解して頂かれ、帰教式を仕えて頂かれました。するとその後、お国替えされたお母様がつきについてお守り下さり、ご主人の仕事の上で、今までに無いような利益が上がらせて頂く大みかげを蒙られたのでした。

★西端氏は亡くなられる直前まで、毎朝、今宮から自転車で日参を続けられました。「私一代で家のめぐりをお取払い頂けますように」との一心で、日々信心の地を肥やし、家の機関車となってご信心を基にした人生を送られました。そのご姿勢を私共も見習わせて頂きたいと願っております。

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