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2016年12月11日

●信心の成長はみ教えの実行から

以前あるご信者が、
「入信の初めを振り返ると、私は親先生(二代教会長・伊藤コウ師)に恥ずかしい事ばかり申しておりました。『先生の言われることはとても程度が高くてよく分かりません。そんな難しいこと言われても実行出来ませんが、どうぞ私の願いはかなえて下さい』とうような勝手気ままを平気で申していたのです。そこを、このお広前で日々ご辛抱頂いて導いて頂き、結構なおかげを頂いてまいりました。真に申し訳ないことでございます」と、お詫びを申しつつお礼を申しておられました。

そのようなご信心の初めから、一段一段と進んでいかれ、熱心に日参と聴教に励まれるようになられたのです。そうして、土地も家も無いところから、自分の土地と家を持たせて頂けるようになられ、また、乳癌を患われた時も結構なおかげを頂かれ何度も無い生命を助けて頂かれたのでした。

★お広前は、心と体を癒して頂く所であるのと同時に、み教えに触れさせて頂くことによって、心を鍛えて頂く場所でもあるのです。耳に痛いみ教えを避けていては、自分の都合の良いようにばかり偏った心の持ち主になってしまいます。それでは、おかげの受けものを広げることは出来ないのです。常に自分の信心を見直し、聴き直し、考え直す姿勢でみ教えを頂き、改まりに苦心し、み教えを実行させて頂くことが、信心の成長につながるのです。

★『たびたび参ってきた人は、たびたび参ってきただけの神徳が頂けるであろう。たびたび参ってくる人は金光大神の話しを聞き覚えて、何かと知ることがある。また、たびたび参っても自分の思うことを頼むだけで、帰ることを急ぐ人は勝手な信心で、金光大神の話すことは何も分からないであろう』
posted by 金光教阿倍野教会 at 00:00 | 平成28年の「み教え」