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2016年10月20日

●次の代へ信心を伝える

 先日は教徒会例会が開催され、雑賀氏の有難いおかげ話を聴かせて頂きました。雑賀氏のお家は、お父様がお勤めになられていた綿布問屋が戦時下の統制により廃業に追い込まれたため、畑違いのメッキの仕事を始められたのですが、頼りになさっていた方が行方不明となり生活が行き詰まってしまわれたところを、昭和23年10月28日の初代教会長先生の例年祭の日にご近所の方にお導き頂かれました。

★二代教会長伊藤コウ師より、「難はみかげの初めなり。難があって神様に近づかせて頂ける。苦があって真から神様におすがりすることが出来る。」とみ教えを頂かれ、それからご両親は日参と聴教に励まれ、神様におすがりなさって家業と信心教育に尽力されたのです。お母様は教会へ足を運ぶことを大切になさり、「み教えは毛穴からでも入っていく。」と正座を辛そうにする小学生の子どもたちを連れて日参されたそうです。さらにお母様は、早朝3時のお掃除や阿倍野の奥城のお掃除、婦人会の会計係、御大祭での関係教会接待係など様々な御用にお使い頂かれました。

★雑賀氏は昭和44年に百貨店に就職され、約30年間お勤めになりました。その間、軽い風邪をひく程度で病気にかかることなく、殆ど欠勤することなしにおかげを頂かれたのでした。しかしながら、お勤めになっている頃は常々お母様から、「お教会にお参りして、お話を聴かせて頂きなさい。」と言われながらも、お仕事が忙しくなられると段々と教会から足が遠のくようになってしまったのでした。

★お母様は常々、「信心相続のお願い」、「毎月御本部御礼参拝のお願い」、「健康で人のお役に立たせて頂けます様お願い」と願っておられました。やがて、お母様のお身体は衰弱なさり、老人専門の病院に入院されることになり、雑賀氏は病室で寝ておられるお母様の淋しそうなお顔を見られて、「母の願いを叶えさせて頂こう。」と思われたのでした。現在はお母様の後を継がれて、朝参り、日参のおかげを頂かれ、御大祭の関係教会接待係の御用にお使い頂いておられます。

★『先の世まで持っていかれ、子孫までも残るものは神徳である。神徳は、信心すればだれでも受けることができる。神徳は尽きることがない。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:49 | 平成28年の「み教え」