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2016年10月04日

●自分ばかりが正しいと思わずに

 あるお方のお家では、お姑さんの身体がだんだんと動きにくくなってこられたので、その介護をお舅さんが一生懸命しておられます。お姑さんは何もご自分でなさる気力がなく、何でもお舅さんにしてもらいたいと望まれるそうです。お嫁さんはその二人の様子を見ると辛くなり、「少しでも代わりましょう。私がさせてもらいましょう。」とお舅さんにお話しになりましたが納得して下さらないのでした。

★お嫁さんは「このままではお舅さんの方も疲労が過ぎて身体が動かなくなってしまわれ、お二人ともが立ち行かなくなってしまう。お姑さんさえ心を変えて下さったら皆が助かるのに…。」という気持ちになられ、先日お結界でお届けなさったのです。その時に[お舅さんはお世話をしたいと思っておられ、お姑さんはお舅さんにお世話してもらいたいと思っておられるのだから、「お二人とも健康で長生きして頂けますように。毎日円満に笑顔で暮らして頂けますように。」とお願いすると良いですよ。]とお話しさせて頂いたことでした。

★自分の思っていることが一般的に正しいとしても、それを押し付けてしまうことは周囲が助かりません。お舅さんやお姑さんも「自分の考えが正しい。」と思われているかもしれませんね。そして、神様から見られたら、「皆を立ち行かせてやりたい。それぞれの思いを叶えてやりたい。」と思われるに違いありません。各自は様々な立場からものごとを考えますが、神様はそれぞれが立ち行くように願っておられるのです。

★『謙虚さを以て心を養うこと。』を教えて頂いております。謙虚であるということはみ教えを頂く心の準備ができているということです。それはみ教えが入る余地があるということなのです。謙虚でない人は人の言葉を聞き入れられません。「私はこうだ!今までこうしてきた!」という凝り固まった思いがあるので頑なになり、み教えを聞き入れられなくなってしまいます。信心して心の凝りを取り払い、謙虚な心でみ教えを頂き、皆が助かるように有難いおかげを蒙らせて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:56 | 平成28年の「み教え」