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2016年09月13日

●ままよという心

 以前に金光英子先生から昭和26年12月「金光教報」の一頁を見せて頂いたことでした。松山成三師(元・大連教会長後に岡山中部教会長)のご遺稿を拝読させて頂く機会を得たのです。その一部分を紹介させて頂きます。

★「略…我は終戦と共に何故その様な事になったと、悩み患ひ、或は先々を憂慮、煩悶もしない。この時こそと、本気に一心に信心に飛上り、教師の本分一途にと、心は立上り、信心する時はこの時なり、神の御用をする時はこの所じゃとその日その日を後先忘れて、信心御用にのみ立上り、その気持ちこそ、今月今日なりと、嬉しく楽しく有難く思ひ続けて人々が心配苦悩している事も、我には一向その様な気になれず、悪い妙な気は起らず、その事その時も良い事のみ思い出しては喜びニコニコして暮らされてあり。人々に比べて阿呆になった。良い阿呆になれたと感謝している。『我心で我身を救ひ助けよ』とはこの様な事かと、み教えを一層有難く思へる。何を食ふても同様においしゅうて、何が無くても苦にならぬ。人のしてくれる事はみな有難い。…中略…生活上苦が苦にならず、何事も嬉しく有難く受け取れるこの境地、こんな気持ちを一人でも多く施し伝えるこそ人助けの最大なる事最も尊い事ではないか。…後略」

★松山成三師は戦後満州、大連教会より引き揚げられましたが、私共が筆舌に尽くせぬ艱難辛苦を経験なさったのでした。終戦後の体調が優れぬその中での生きられ方の尊い部分を教えて頂いたことです。

★「神様が一番良いようにして下さる」と信じて疑わず、神様に万事お任せをし、すべてを有難く受け切るということが出来れば、どれ程有難い毎日になるでしょうか。どんなに厳しい仕事であっても、自分に与えられたご修行として喜んで受けきってゆくところに、時間のご都合、人のご都合、全てにご都合を頂いて、運良く間良くおかげを頂いてゆくのですね。

★『天地金乃神は天地を一目に見ておるぞ。神は平等におかげを授けるけれども、受け物が悪ければおかげが漏るぞ。すべて、神の徳を十分に受けようと思えば、ままよという心を出さねばおかげは受けられぬ。ままよとは何か。死んでもままよのことぞ。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:33 | 平成28年の「み教え」