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2016年09月02日

●お役に立つ信心

 昭和36年、熱心なご信者であられた溝口氏が住んでおられたご近所の方の息子さんが、京都の大学でアメリカンフットボール部に所属しておられ、試合中に相手の選手と激しくぶつかって、その場で意識不明の状態に陥ってしまったのです。放心状態となられたお母さんが、溝口氏にそのことを打ち明けて話されました。溝口氏は、助かって頂きたい一心で、その青年に代わって代参をされ、青年の名前と干支と年を書いて、毎日お届けされたのでした。お結界の先生より「しっかりお願いさせて頂きましょう。日々の容態をお届けさせて頂きましょう。」とみ教え頂かれました。

★なんと、京都の大学病院で2ヶ月間も昏睡状態が続いたところを、青年は有難いことに意識を取り戻すおかげを頂かれたのでした。意識が戻った青年は開口一番、「黒い着物を着た丸刈りの方に御恩返しをしなければ」と話されたそうです。その後、溝口氏は京都まで通われて、御洗米を届けられました。青年は何も口から頂けなかったようですが、御洗米だけは頂くことが出来られ、徐々に快方に向かい、麻痺をしていた身体も回復され、無事退院のおかげを蒙られたのでした。

★溝口氏は、一年後の御本部の春の御大祭にその青年をお導きされて、三代金光様のお出ましを一緒に拝まれました。すると、初めて三代金光様のお姿を拝まれた青年は、「入院中に、お夢の中に出てこられたお方や。」と言われたのです。溝口氏の一心のお願いがお結界の御取次ぎにより、御本部の三代金光様まで届いて、青年の夢の中に三代金光様がお出まし下さり助けて下さったことは真に有難いことでした。その後、青年は立派に社会人になられ、結婚後にお子さんも頂かれ、50年以上も経った現在も、頂いたおかげを忘れることなく、阿倍野教会の御大祭や総会にお参りなさって、お礼のご信心を続けておられます。

★『先の世までも持ってゆかれ、子孫までも残るものは神徳じゃ。神徳は、信心すればだれでも受けることができる。みてる(尽きる)ということがない』周囲の方が助かって頂けるような信心をさせて頂くことが、御神徳を頂ける元となります。(喜びとおみちびき・お役に立つ信心)

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:59 | 平成28年の「み教え」