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2016年08月31日

●何事においても心中御祈念させて頂く稽古

 教祖様は農業に従事しておられた御頃から、何をするにも神様にお願いされて仕事に取り掛かっておられました。そして御祈念なさって気付かれた事は、素直にすぐに守られた事によって、神様からこと細かに教えて頂かれるようになられたのです。

★一つ一つの作業をする際に御祈念してなさっておられますと、ある時、神様から「作業をやめて今すぐ帰れ」と教えて頂くので、すぐに帰られましたら大雨が降ってきたそうです。また2人で取り掛からねばひけない唐臼も、教祖様お一人で楽々とひかれ、「休め」と教えて頂けば急に唐臼が回らなくなり、「今ひけ」と言われてひき始めると回りはじめたのでした。そして息が切れずに多く唐臼をひく事が出来られたそうです。そうして、天地のお徳が現れ、無駄のないように作業が出来られたことにより、能率も上がり、収穫も増えられ、年々家が繁昌してゆかれたのでした。教祖様がなさることに対して、何もかも都合良くいくのを、周囲のお百姓も目の当たりに感じ、感心されたそうです。

★日々の生活の中で、実意丁寧に何事においても心中御祈念をさせて頂く稽古の積み重ねによって、神様からご信用頂くことが出来、日常卑近なところで神様から有難い体験をさせて下さるのです。心中御祈念させて頂いている中で、我が心に気付かせて頂くこともあれば、人の口をもって、出来事を通してというように、神様から教えて頂くことがあります。例えば、事故には至らなかったもののヒヤリとした、ハッとした事があると思いますが、それも大きなことにつながる前に気を付けるように、神様からのお知らせなのです。小さなことに心を配って対処していくことが、大きなことが起こってこないようになる元です。生涯掛けて実意丁寧な信心を心掛け、何事に対しても謙虚に御祈念をかかさず、日常生活の上におかげを頂いて参りましょう。

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2016年08月30日

●神様からのお知らせ

 伊藤ハル氏(二代教会長伊藤コウ師の御母堂)は、昭和7年7月10日にお国替えなされました。そのお国替えなさる直前の5月の御大祭が終わった後から、ハル氏はいよいよご容態が悪くなられたのです。そこで、コウ師はご神前で神様に「どうぞ助けて頂けますように。」と一心にご祈念なさっておられますと、神様から「お前は助けてくれと願うけれども、この度はいよいよ難しいぞ。今のうちに何でも聞きたいことは聞いておけよ。」と、ご祈念する度にお知らせがあられたようです。コウ師は悲しくて悲しくて、旧広前の楽室ので嗚咽を上げられて泣いておられたそうです。

★神様は、「今のうちに聞きたいことは聞いておけ。」と仰られますが、なかなかそのようなことは口に出すことは出来にくいものです。「どうさせて頂いたら良いだろうか…」と考えながら二階に上がられてハル氏の様子を見に行かれますと、ハル氏は「ちょっとこちらへ来なさい。」とコウ師を呼ばれました。するとハル氏は「今のうちにあなたに伝えたいことがあります。これは箪笥の鍵です。この鍵で開けてみなさい。どこどこには何が入っています。今のうちに紙と鉛筆を持ってきて、私が言うことを控えておきなさい。」と仰られたのでした。

コウ師はびっくりなさって「神様は自分にお知らせ下さるだけでなく、お母さんにもお知らせなさっておられたんだなあ。」と気付かれたのでした。その後の、6月の御本部御礼参拝の日にハル氏は危篤状態になられたのですが、お医者様が懸命に手を施して下さり何とか状態は保たれました。その後、ハル氏がお国替えなさるまでの20日間以上、コウ師が傍に付きについてお世話なさったのでした。

★私たちは皆、常に神様からお知らせを頂いているのです。ご神徳を頂けば頂くほど、何事においても神様からのお知らせを感じ取らせて頂けるようになり、運よく間よくおかげを頂くことが出来るようになるのです。一心にご祈念させて頂く稽古を日々させて頂きましょう。

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2016年08月29日

●み教えを頂いて正しい考えを

初代教会長先生が御在世中のことです。あるお宅が入信前に娘さんを亡くされて、奥様が頭を病んで何も出来なくなってしまわれました。そんな奥様を見られたご近所の方が「娘さんの霊が奥様に取りついて悩ましている」という大きな考え違いの言葉をかけてしまったところ、

ご主人が感化され激情にかられて、「手塩にかけて育てた娘が母親に取り付くとはどういうことか!」と娘さんのお骨をかなづちで砕いて近くの池へ投げ入れてしまわれたのです。奥様の状態はますます悪くなられましたが、お隣に住んでおられたご信者にお導き頂かれ、熱心に信心を進められたところ、有難いことに全快のおかげを頂かれました。

★娘さんが亡くなって1年後、東京に行かれていた息子さんが、肺結核と腸結核になられて大阪に帰って来られましたが、日に日に悪くなりお医者さんにも見放され、奥様は「せめて死生の安心を頂きたい」とご主人をお導きなさいました。高熱を出されて御用が出来られない初代教会長先生に代わって二代教会長先生がそのお宅の帰教式に向かわれました。

しかし家に到着した途端、お医者さんが出てこられ帰って行かれました。家に入りますと、奥様が「たった今息子が息を引き取りました」と言われたのです。二代教会長先生は御神前で神様に事の次第を申し上げ、「生きている間に死生の安心を頂きたいということでありましたのに、亡くなられてからでは私の役目は果たせません。

何としてでも御用にお使い頂かねばなりません。どうぞ、息子さんが息が吹き返しますように」とお願いなさいましたら、何と有難いことに息子さんは、息を吹き返されたのです。

★帰教式をお仕えになられた後、一旦、息子さんは食事を頂けるまでに回復され、1週間以上命を延ばして頂かれ「先立つ不孝をお許し下さい。私はこれまで両親の愛情によって育まれました。これから御霊となって両親のことを守らせて頂きますから」とご両親に挨拶をしてからお国替えされたのでした。

★日々、正しく教えを頂きませんと、考え違いを起こしてしまい易いのが人間です。考えが間違っては恐ろしいことになってしまいます。天地の道理にかなった正しいみ教えを頂いて、毎日の生活が大きく間違わないようにさせて頂きましたら、過去の御霊様も自分自身も助からせて頂きくことが出来ます。

力を揃えて御霊様と共にご信心をさせて頂きましたら、過去も現在も未来も助からせて頂くことが出来ます。そういった有難いおかげを頂かせて頂きましょう。
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2016年08月28日

●何事も手厚い信心を

農業をなさってるお方が「野生の動物はみな賢いです。獣除けの電柵を張っていないと猪や鹿もくるのですが、お金や手間をかけて電柵を張っても、少しのすき間をウリ坊が入って作物を取っていくのです。しかも、美味しく熟れた時期に取っていくのです。」と仰っておられました。また別の農業をなさってるお方は「すいかがおいしく実った時期にちょうどカラスがやってくるのです。収穫作業を行って、その日に収穫できないものがあれば『今日は収穫できませんから、あとは神様にお任せいたします。』とお願いさせて頂いていたら、次の日ちゃんとカラスが荒らさずに残して頂いておりました。何でもお願いしなければいけませんね。」と仰っておられました。

★今年はお照らしがたくさんありましたが、お照らしがなければ作物は育ちません。もちろんお湿りも必要ですが、実は台風の働きも農業や、漁業には必要なのです。作物の実りから、獣害や、天候のお繰り合わせを頂くことも何から何までお願いさせて頂いたら良いのです。働く人の都合によってお願いの内容も違いますが、神様はよく御存知です。信心が手厚いかどうか、祈りがこもっているお土地かどうかもよく御存知です。ですから、日々お土地に対して御礼を申して、神様のお土地を使わせて頂いていることのお断りを申して、今日一日のお願いを丁寧にさせて頂きながら、農業をさせて頂きますと『常平生から手厚く信心しておれ。手厚い信者であれば、神から心配してやる。』とみ教え頂いていますように、神様の方が先へ先へと段取りを付けて下さるのです。

★行き届いてさせて頂きたいと思っていましても、なかなか行き届かないのが私達の日々の生活でありますが、どこまでも実意丁寧に徹底して神様に心を向けられ、何を行うにも御祈念なさってこられたのが教祖様のご信心でございます。私達も教祖様のご信心を少しずつ見習わせて頂き、日々の生活の全般に亘っておかげを蒙らせて頂きましょう。

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2016年08月27日

●神様を杖に… 

先日の学生講演会では、斎藤君がお祖父様を平成14年12月に突然の交通事故で亡くされたお話をして下さいました。それは、あまりに急な出来事でした。大変真面目なお祖父様で、日参と御用奉仕を熱心になさったお方でした。毎日朝参りをなさり、掛け出しでお話を聴いておられたお姿が今でも思い出され、私達には今もなお、そこにお座りになっておられるかのように感じます。

★そのお祖父様が突然亡くなられ、ご家族や親族中がみな大変悲しまれました。特に、お祖母様はあまりの悲しさに急激に体力を落とされました。毎日一生懸命お届けをなさり、どうにか思い分けをしようとなさるのですが、なかなか感情が追いつきません。出来事があまりに急で、相手のある事柄であり、大きかったからです。

★食欲もなくし、憔悴し切って、泣いておられたお祖母様でしたが、ある日「ちょっと休んでくる」と言って2階へ上がられ、15分程後に、晴れ晴れとした顔で戻ってこられたのです。なぜなら、ある夢を見せて頂かれたからです。二代教会長伊藤コウ師が白いお装束を着てお出まし下さり、にこやかなお顔で「あなたのご主人は、しっかりとご信心のお徳を積まれたお徳の高いお方ですので、私がお引受けしました。これからは、安心してニコニコと笑顔で過ごしなさい。」と仰って下さり、夢から覚められたのでした。その時からお祖母様は打って変ったように元気を取り戻され、相手を憎まずに前向きに信心生活を進めることが出来られました。そのお姿に家族や親戚のみながまた救われ、おかげを頂いてゆかれたのです。実体験ほど有難いものはありませんね。自分一人の力ではどうにも出来ない出来事であっても、神様を杖にさせて頂きますと、おかげを頂ける方向へと導いて頂けるのですね。
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2016年08月26日

●願いがあるところに成就がある

 昨日は、学生講演会を無事に開催させて頂き、6名の学生の方が出場され有難い講演を聴かせて頂きました。出場なさった方々には、この御用を通してそれぞれにお育て頂き、おかげを蒙られますようにお願いをさせて頂いたことです。

★20日に、御本部御礼参拝をさせて頂いた際、御本部にて金光英子先生に子供会列車のお礼を申し上げさせて頂きました。そして、25日に学生講演会が開催され、有難い子孫の信心相続・信心教育の場を与えて頂いておりますことをお礼申させて頂きました。すると金光英子先生は、「今年も無事に開催が出来られ、準備が進められるということは真に有難いことですね。それはご布教の初めから願いがそこにあられるから出来られることですね。」と有難いお言葉を頂きました。

★ある時他の先生から「いつ頃から開催されておられるのですか?」とお尋ねがありましたので、「三代教会長が中学生の頃に、学生講演会に出場させて頂きましたので、85年の長きに亘って続かせて頂いております。」と答えさせて頂いたことでした。一つのことが続かせて頂けるということは有難いことですが、続くということはそこに大きな願いが無いことには続きません。

※また良いことが続かせて頂くという事は、大きな努力が必要です。早くから計画をし、それに向けての準備を細部に亘って整え、心を砕いてさせて頂かなければ成し遂げることは出来ません。 願いがあるから成就させて頂くことが出来るのです。

★親の代から子供の代、また子供の代から孫の代へと長きに亘って願いを持ち続け、良いことが長く続かせて頂けるの家にならせて頂けます様、夫々がおかげを蒙らせて頂きたいと思います。

※「大きな願い」とは、信心と勉強と御用に励ませて頂くことを基本にして、世の中の為、人の為に世界中のお役に立つ人材が育ちますように。日参と聴教により神心を養って、親の代、子供の代、孫の代と代を重ねて、世の中を良い方向へ導く有難い存在となりますようにという長期に亘った願いです。

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2016年08月25日

●目の前の人の助かりを願わせて頂く

 ある国家試験に無事合格のおかげを頂かれ、勤めていた事務所から無事独立開業なさったご信者があります。この方が先日お届けの折に、「忙しいばかりでなかなか収益が上がりません。」と嘆いておられました。その方に[お一人お一人のお客様に対して、「どうぞ、この方が助かって頂きますように。」とお願いさせて頂き、その方の後ろに10人、またその後ろに100人いらっしゃると思って、一人の方を大事にして実意丁寧にお仕事をさせて頂きましょう。]とお話しさせて頂いたことでした。

★目の前の人の立ち行きを願わせて頂きながら実意丁寧にお仕事をしておりますと、神様が次の方を引き寄せて下さいます。人を目当てにせず、神様を目当てにさせて頂き、尽力させて頂くことで、相手から返して頂けなくとも神様が他方から返して下さるのです。私たちは利益がいくら上がったかなど、ついついお金のことを先に考えてしまいます。そういったことは横に置いておき、人の助かりを願わせて頂いていれば、「世の中に必要とされる人材である。」と神様が使って下さることでしょう。「あの人は他の人とは違い、親切丁寧に自分たちのことを考えて仕事をして下さる。」と信用を頂けるようにならせて頂ければ、次々と道が開けてきます。遠いところからでも「あなたにお世話になりたい。」と来て頂けるようになってくるのです。

★神様は、「世の中の難儀な氏子が皆助かっていくように。」と願って下さっておられます。私たちは、「どうぞ、神様の御願いが成就しますように。」と御神願成就をお祈りさせて頂きながら、日々の信心の稽古により、神心を養うことが大切です。そして、「どうぞ、神様にお使い頂き、生涯世の中のお役に立たせて頂けますように。」という大きな願いを持ち、生涯をかけて最大限努力させて頂きましょう。

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2016年08月24日

●まず第一にお礼を申し上げる

 あるご信者が[二代教会長先生が「金光様、金光様とおすがりしなさい」とみ教え下さってますが、それは「金光様、どうぞ助けて下さい」とお願いすることでしょうか?]とお伺いされたので[二代教会長先生は『やれ痛やという心でありがたし、今みかげをという心になれよ』のみ教えの如く、どんなことが起きてきても、まず第一に「金光様有難うございます」と御礼を言える生き方に変わっていきなさいよと仰っておられるのです。]とお話しさせて頂いたことでした。

★そのお方は足を痛めておられるのですが、一日中立ち仕事をなさって、痛くて辛い時に「金光様、痛うございます。この痛みを取って下さい」というようにお願いすることに心が向いてしまわれていたそうです。そうではなくて「金光様、有難うございます。命がありますから痛いということに気が付かせて頂きます。有難うございます。長年使わせて頂いているにも関わらずお礼が申せていないことがほとんどでございました。痛みが出てきて初めてその大切さを分からせて頂いております。大切さが分からせて頂いたという事が有難いことでした。」とまず御礼を申し上げ、「これまでのお礼の申しようが足りませんでした。」とお詫びを申し上げることが大切です。

★『病気になると、欲しい物が食われんので困る。その時に、不自由を行と思い、物を不足に思わず、物を苦にせず、万事、神様を一心に頼み、万物をありがたくいただくという心を磨いておると、早くおかげが受けられるのである。信心はむつかしいことはないなあ。家内中、心そろうて親切な信心がよろしい。一時に心そろうようになるのも、めいめいの心々でおかげを受けるのである。』

このみ教えは病気の時だけではなく、日常生活で問題が起こってきた時も同じです。出来てきたことを不足に思わず「自分にとって必要なこと、不可欠なことだ」と思わせて頂いて、自分自身がどのようにお礼申し、お詫びを申し、次に何をお願いさせて頂けば良いかを悟ることが大切です。その為には自分自身を客観的に見る目を持っておかなければいけません。そこで神様が、「あなたは今こんな状態です。そこをしっかりと見直す気になりなさいよ。そうでなければこの問題は一生解けませんよ」というように御修行や課題を与えて下さるのです。それを有難く頂く稽古が出来ましたら、早くおかげが頂けるのですね。

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2016年08月23日

●乗り越えなければいけない課題

阿倍野教会の信徒総代をなさった山階芳太郎氏は、若い頃に実母を亡くされ、義理のお母さんに育てられ、義理の弟さんが出来られました。その義母はいつも義弟ばかりを大事にし、「自分は疎んじられている」と僻んでしまわれた山階氏は、10代の終わりに家出をされ、30年間以上も音信不通となっていました。

「成功して親を見返してやりたい」という思いを原動力に、山階氏は小さな鉄工所を営んでおられましたが、多額の借金を抱え、公園でアイスを売って日銭をかせいで生活をしなければならない苦しい状態であられたのです。

★49才の時に伊藤ハル氏(二代教会長伊藤コウ師のご母堂)にお導き頂かれ、「何十年も音信不通になっているとは、どれ程親は心配されていることでしょう。それは、親不孝の極みです。そこにあなたが結構にならない元があるのです。根性を改めなさい!親の御恩のわからない人間にどうして天地の親神様の御恩が分かるでしょうか!相手がどうあろうと、親は親です。まず両親にお詫びに行かせて頂き安心して頂きなさい。これからは親孝行させて頂けるように改まりなさい。」と熱心にみ教え下さったのでした。

山階氏は、ハル氏のみ教えを素直に頂かれ、早速実家に戻られ、お詫びをされました。それはどれほど勇気のいることだったでしょうか。

しかし、何十年も心が離れてしまった状態であった為、なかなか信用して頂くことが出来られませんでした。その中を、「親孝行出来ますように。」とお願いされながら、どこまでも真心で孝養を尽くされたのです。

★そうして一心にお詫びをなさり、道に落ちている古釘さえも拾って拝んでおし頂くようになられ、身を粉にして働かれました。鉄工所は10年の間に目覚ましい発展を遂げ、従業員100名を超える大きな工場に繁盛のおかげを頂かれたのです。

また、お義母さんには先々は安心して喜んで過ごして頂けるようにと、南向きの一番良い部屋を用意させて頂かれ、親孝行がさせて頂かれたのでした。

★いい人の集まりであっても、ちょっとしたボタンのかけ違いで、家庭の中に不和が起きてしまうことがあります。それは、神様から信心の課題を与えて頂いているのです。

山階氏は49歳から一心にご信心に励まれ、それまでのお詫びを申し上げることを学ばれました。心から改まった信心をさせて頂いたことにより、自分が乗り越えなければ幸せになれない課題に気付き、み教えを基に克服させて頂かれたのですね。
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2016年08月22日

●我れ人ともに助かる道

 20日には、子供会列車を編成して頂き、御本部御礼参拝をさせて頂きました。一人も怪我や病気をすることなく、また食中毒や熱中症を起こすことなく無事に参拝させて頂けましたことは誠に有難いことでした。清々しい天候のおかげを頂き、各会の方々の御用奉仕を賜り、御霊地での行事も全て滞りなく終えさせて頂ましたことは、大変有難くお礼申させて頂きます。

★御本部御礼参拝をさせて頂いた際に、私達も利用させて頂く金光図書館は、四代金光様となられた金光鑑太郎様が昭和18年に創立されました。四代金光様が初代館長であられる頃から今日まで、御用される上で3つの方針を掲げて御用なされているそうです。
1)どんな注文が来ても、「できません。」は言わない。神様に「どうしたらできるでしょうか。」とお願いして努力と工夫をさせて頂く。
2)「ありません。」は言わない。「お探ししましょう。作りましょう。」を心がける。
3)「分かりません。知りません。」で済ませない。「教えて下さい。気付かせて下さい。」とお願いさせて頂く。

★現在、図書館長であられる金光英子先生もこのご方針を貫かれ、教内者・教外者分け隔てなく、どこまでもお役に立つ図書館を目指しておられます。一人の利用者の為に、実意丁寧に親切を尽くされる御用のご姿勢を、私達も生活の上でしっかりと学ばせて頂かねばなりませんね。金光教では、我れと人ともに助かる道を教えて下さっています。人に助かって頂けるような信心をさせて頂いて、神様に喜んで頂ける生活に向上させて頂きましょう。

★『自分のことは次にして、人の助かることを先にお願いせよ。そうすると、自分のことは神がよいようにしてくださる。』


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2016年08月21日

●自分自身の改まりによっておかげを頂く            

18日には教徒会例会にて、土井修氏の大変有難いおかげ話を聞かせて頂きました。

★土井氏のお家は、修氏のお祖母様(土井つちの氏)の長女さんが9才の時に肺門リンパ腺炎に罹られ、その病気全快の為に、東天下茶屋に開業していた専門の医師を探している時に、偶然阿倍野教会の旧広前の提灯を見つけられ門をくぐられたのが参拝の始まりでした。初めて二代教会長・伊藤コウ師にお届けされた時、コウ師から「娘さんが胸の病気ということですが、親が今、胸を悩まされていることは何ですか?」と尋ねて頂かれたのでした。土井氏はお米の卸しと小売業を営んでおられ、一軒売掛金の回収が滞っているところがあり、そのことで家庭が不和になっている事をお話しされました。

★コウ師より「親がそうして心を悩まし、家の中が不和になっていることが、子供の病気につながっているのです。売掛金は神様の銀行に預けて無期限の定期を作ったと思って、後は催促をせずに時節を待たせて頂きなさい。御信心によって改まらせて頂いておかげを頂きましょう。」とみ教えを頂かれたのでした。

★それからはご夫婦で西九条から日参されて信心に打ち込まれたのです。すると、なんと今まで滞っていた食堂から未払いの分を何回かに分けてすべて支払って頂けるおかげを頂かれ、また同時期にお子さんの病気も全快の大みかげを頂かれたのでした。そして奈良に移られてからは、神様におすがりなさって、農業をなさいました。そしてご近所の方々にこの有難いお道のお話をなさって、お導きされたのです。

★信心、辛抱させて頂くと、ご修行が進ませていただけます。ご修行が進ませて頂くとお徳を頂けます。そのお徳によってまわりの人々が助かり、環境が良い方へ変わっていくのです。神様に対して真を尽くし、自分自身が改まらせて頂くと、相手も改まって下さるのですね。一日、また一日と改まらせて頂くと先々が見えてきます。改まりの生活を続けさせて頂き、先々を楽しみに信心させて頂きましょう。

★『一心に信心致しましたら、明日のことがわかります。明日の事がわかりましたら、十日向こうの事が分かります。十日向こうの事がわかりましたら、百日向こうの事がわかります。一年先の事がわかりましたら結構じゃなあ。』(二代金光四神様のみ教え)
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2016年08月19日

●真のお導き

ハル刀自がご生前中のこと、初代教会長先生は御用で外に出ておられ、コウ師は学校で教鞭を取っておられた時でお仕事に出ておられた為、ハル刀自が留守番をなさっていた時のことです。あるお方が参拝され、「うちには身寄りのない厄介者の居候がおります。その居候が浮腫で体が腫れ上がっており、お医者さんは何日と持たんと仰ったのですがまだ生きております。この厄介者が早く死にますように」とお願いをなさったのです。

★そのお願いを聞かれたハル刀自は「この神様はそういうお願いはしません。そういうお願いをするならお断りします。この神様は天地の親神様ですから、とにかく生かしてやる、どこまでも生かしてやろうとして下さっていますから『早く死にますように』なんて命の親様に対して親不孝です。だからそんなお願いは致しません。『どうぞ長生きさせて頂けますように』というお願いならさせて頂きます。」と仰せになりました。

参拝された方もご理解下さり「これは私が考え違いをしておりました。そしたら、良くなってもらえますようにというお願いでしたらしてもらえますでしょうか、どうぞよろしくお願いいたします。」とお願いを変えられました。そうしますと、ハル刀自は「そしたら3日間腫れが引くようにお願いしましょう。」とお取次のお手代わりをなさいました。

★居候の方は、願い通りに腫れが引いておこわ(餅米で炊いたごはん)が食べられるほど元気になられ「有難い有難い、こんな私のことをお世話して下さいまして」と喜ばれ、1週間後に穏やかにお国替えされたそうです。そして「早く死にますように」と間違ったお願いをなさっていた方が本当のご信心をなさるようになられたのです。

★その当時の事をコウ師は、「布教したてでみ教えがまだ地域に伝わっていない(お導きが十分に出来ていない)から、そんなお願いをする方が来られ、神様に申し訳ないことでした。」と仰っておられました。み教えが段々と伝わっていくと、正しいお願いをなさる方が日増しに増えていくということです。

真の信心を伝えていくということが真のお導きになる。人が助かる基になっていくのです。どうぞ私達も真の信心を伝え真のお導きをさせて頂けますよう、日々み教えを頂き直し信心向上のおかげを蒙らせて頂きましょう。
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2016年08月18日

●頂いたお徳を減らさない努力

 16日は婦人会例会が開催され、井氏より有難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★井氏のお母さんは、二代教会長伊藤コウ師より「自分の子供と言いますが、子供は神様からお預かりした大切な御氏子です。だから自分の思う通りにしようとしてはいけません。お願いして育てさせて頂くのです。子供がこの世に生を受けた時、すでに神様から大きなお徳を頂いて生まれてきます。多くの人は成長するに従って、そのお徳を減らしていってしまいがちです。そのお徳を減らさないように育てさせて頂くのが、親にならせて頂いた者の責任です。お徳を積むと言ってもお世話になるばかりで、なかなか積めるものではありませんが、子供の時からお徳を積ませて頂く事と、頂いたお徳を減らさないことを心掛けさせて頂くことが大切です。」とみ教え頂かれました。

★そこで、お母さんは子供達に、頂いたお徳を減らさずお役に立つ人間に成長するように、小さい頃から家庭に於いて様々な御用を教えられました。井氏は、幼児期から配膳や食後の食器のお運び、洗濯物をたたんだり掃除や雑巾がけのお手伝いを遊びの延長で教えて頂かれました。少し大きくなると、食器洗いや食材の下ごしらえが出来るようになり、小学校五年生になると簡単な料理が出来、中学生になる頃には二人の弟さんの弁当を作るようになられました。掃除も朝一番と夜布団を敷く前の二回、そしてお風呂やトイレ掃除、庭の手入れ、さらには障子・襖張り、網戸の張替え、ペンキや壁土塗り等、様々な事を教えて頂かれ、何でもさせて頂けるようになられたのでした。ですから、学校でも職場でも困ったり辛い等と思われたことは殆どあられなかったそうです。

★短大卒業後は、家業を継がれたのでしたが、卒業して二ヶ月経ったある日、短大の先生から「学校を代表してある会社の入社試験を是非受けてくれませんか。」との依頼を受けられました。その会社名を聞かれたお母さんは、「自分の子供がこの会社に勤めさせて頂けたら…」とまだ生まれる前から神様にお願いなさっておられた会社だったそうです。早速お取次ぎを頂かれ受けさせて頂かれますと、百倍を超える競争率の中、無事合格のおかげを頂かれたのでした。

★小さい頃より自ら求めて家のお手伝いやお世話をされてこられたお徳により、就職のことも結婚のことも何もかも思う以上におかげを頂いておられるのですね。

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2016年08月17日

●「おかげを頂く」とは…  

 あるご婦人が二代教会長伊藤コウ師に、「先生、この度、息子が同居しようと言ってくれ、有難いことだと大変喜んで楽しみにしておりましたら、お嫁さんから『お母さんが来て下さったら嬉しいですわ。あれもしてもらえる、これもしてもらえると思ったら有難いです。』と言われました。やっとお世話をしてくれるようになったかと思えば、私に世話をしてもらう気でいたのです。それなら、同居なんかしない方が良いかもしれません…」とお届けされました。

★すると、コウ師は「同居させて頂けるのは有難いことではありませんか。私ならこんな有難いことはないと喜んで御礼を申します。」と仰いました。ご婦人が「私も最初は有難いと思っていましたが、途中から有難うなくなりまして…」と言いますと、コウ師は続けて[あなたと私の有難いは少し違います。私がもし同居しようと言ってもらえたら、「ああ、息子家族のお世話もさせてもらえる、家事もさせてもらえる、孫のお世話もさせてもらえる、有難いことだ。まだまだ何でもさせてもらえますから、何でも言って下さい。」と最初から言わせて頂けます。

しかし、あなたは「あれもしてもらいたい、これもしてもらいたい。」と思っているので、お嫁さんからお願いされることが嫌になってしまうのです。お願いの方向が正反対なのです。お嫁さんが「お母さん、あれもお願いします、これもお願いします」と言ってもらえたら、どれほど有難いことでしょうか。私が責任をもってさせて頂けますようにとお願いさせて頂くのですよ。]とみ教えを下さいました。

★「おかげを頂く」とは、どのようなことでしょうか?「人にしてもらうこと」をおかげを頂いたと思う人も世の中にはありますが、三代教会長先生は「自分から進んでさせて頂けるようになることが、おかげを頂いている姿である」と教えてくださっています。例えば、何か用事をお願いした時に、「はい、私がおかげを頂きます!」とすぐに言わせて頂ける方がいるとします。それはとても自発的で能動的であり、神様から御用を与えて頂ける器が備わった、おかげを頂いている姿であるのですね。

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2016年08月16日

●終戦記念日を迎えて

 昨日は、終戦記念日でした。昭和20年8月15日より、今日まで71年間二度と同じ過ちを繰り返してはならないと皆様がご苦労下さり、平和に安心して生活させて頂けるように祈りを込めさせて頂いている事は、大変有難いことです。

★戦争というのは恐ろしく残虐なものです。人の生命を粗末にして多くの有能な人々が次々と亡くなってゆかれたことはどの国にとっても大きな損失です。日本においては戦争によって、軍人、軍属230万人、民間人80万人が亡くなったのでした。

★三代教会長伊藤良三師は、第二次世界大戦時に陸軍砲兵として招集され、内地だけではなく満州、中国とフィリピンの戦地にも赴かれました。戦地に赴かれる時、二代教会長伊藤コウ師より「あなたは戦地に人を殺しに行くのではありません。人を助けに行かせて頂くのです。場所がお広前でなく戦地での御用となるのです。」とみ教え頂かれたのでした。三代教会長先生は、頂かれたみ教えをひた受けに受けられ、過酷な戦地に於いて、「部下全員が遺骨なしで帰国させて頂けますように」と願われ、中隊長としての任務を全うさせて頂くべく、尽力なされました。それはどんな困難な中でも諦めてしまわずに願われたということです。日々、生命の危険を感じられることも度々あられたそうですが、御神米を身につけておともし、常に心中御祈念を続けられ、有り難いおかげを頂き続けて、部下に配属された100名の方々が一人も欠けることなく無事に帰還なさったのでした。

★現在、生命を頂いている私達がさせて頂くべきことは、苦しんでおられる霊様方が助かられ安心なさって、お徳の高い御霊となって頂けるように、日々ご祈念させて頂き、先を楽しみにお徳を積む生活をさせて頂くことだと考えます。そして、戦前、戦中、戦後を生きてこられた人々、ご苦労下さった人々や亡くなられた人々の生命の上に私達の現在の生活があるということを決して忘れず、これからも平和に安心して安全に暮らすために、二度と過ちをしないように、親から子へ正しいことが伝わってゆくように願いを新たにさせて頂きたいものです。

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2016年08月15日

●1人がおかげを受けたので千人も万人もおかげを受ける 

『一粒万倍といおうが。一人がおかげを受けたので千人も万人もおかげを受けるようになるから、よい手本になるような信心をせよ。』

★先日あるご信者が入信75年を迎え、神様への入信75年の御礼のお祭とお母様の20年祭を仕えさせて頂かれたのです。この75年の間に子孫の端々まで次々とおかげを頂かれ、現在もそれぞれの家族が結構に生活されています。熱心にお参りし、ご信心なさってこられた家庭は有り難いおかげを頂いておられるということをよくわからせて頂きました。

★霊様になられても生前中の不徳を持っており苦しむということがあります。しかし、ご祭典を仕えさせて頂き、生神金光大神様のお取次ぎを頂いて、天地金乃神様の御神徳を蒙ることで、過去に苦しんでおられた霊様も助かっていかれるのです。自分から数えて両親は2人、祖父母は4人というように、ご先祖を十代さかのぼれば1024人、十五代さかのぼれば32768人もの霊様がおられるはずです。私たちが信心のお徳を頂くということは、そうした過去の霊様方が何千人何万人と助かっていかれるということです。ましてや、自分の周りの方々が助かっていくとなれば、その方々だけでなく、その霊様方まで助かられることになるのです。一人ひとりが本当のご信心をさせて頂くと、どれほど多くの方々が助かっていかれるでしょうか。

★このように考えると、私たちのご信心がどれほど大切なものかを分からせて頂けますね。過去の霊様も助かって頂き、現在の私たちもおかげを頂いていき、未来の子孫の端々まで縁につながる方々にも結構になって頂ける様に、ご信心を基にして有り難い生き方をさせて頂きましょう。

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2016年08月14日

●怠け心を去って家業を潔く務める

 ある熱心なご信者がおられました。その方は、一生懸命働いて商売をなさって家計を成り立たせていたのですが、ご主人がまともに働かずに怠けているように感じておりました。そのことを近所の人に相談すると、「あなたが働いているからご主人が働かないのですよ。商売をやめなさい。」と言われたのでした。奥さんも「その通りだ。」と思われ、教会で二代教会長伊藤コウ師にそのことをお届けされました。

★するとコウ師は「ご主人が怠け者だと言うけれど、あなたが怠け者です。それが証拠に商売をやめたがっている。『牛は牛連れ、馬は馬連れ』というように、主人も怠け者と言うのであれば、あなたも怠け者です。『私の働きが足りませんでした。もっともっと働かせて下さい。主人を養えるような私にならせて下さい。しっかり繁盛する店にならせて下さい。もっときれいで広いお店にならせて下さい。』とお願いさせて頂くのです。自分が一生懸命になってわき目も振らず働き、主人にはゆっくり休んでもらえるほど繁盛させて頂けるような店にならせて頂いたらどうですか。」とみ教えを頂かれたのでした。奥さんは早速改まってお願いし、工夫して商売させて頂いておりますと、段々とお客も増え、繁盛する店に変わらせて頂けたのです。さらに、今まで何もしなかったご主人も、家事を手伝ってくれるようになり、一生懸命精を出して働いてくれるようにまで変わられたのです。

★人からご信用を頂くには・・・1)最後まで諦めず、途中で投げ出さない。2)陰で人の悪口を言わない、言わせない。3)自己保身の為にごまかさない。4)正論で人を追い込まない。5)良いことは毎日コツコツと続けさせて頂き、勝手気ままに休まない。

★『信心する氏子、一日に木綿一反織れる人が、六根の祓にもあるとおりの潔き心持ちで朝より一反半織るつもりになれば、一反半成就する。よそへ行く人でも、一日に十里歩ける人が、十五里は運びができるぞ。神様へおかげを受けるお願いも、その人、人で、違いがある。おかげも仕事も人なみ以上のおかげをこうむり、人にほめられるようにしなさい。』

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2016年08月13日

●運命を愛し、運命を生かす

中山亀太郎先生は、5才の時に貨車にひかれて両腕片足を失われました。お母様は熱心にご信心をなさり、温かくも厳しく教育なさったのでした。そして、神様にご祈念させて頂きながら自分で何でも出来るように一つ一つ稽古をさせられたのでした。足の指にエンピツを挟んで字も書かれ、大学では授業中に書き留めたノートは、健常者の友人が借りに来るほどきれいに書いておられたそうです。肩の下に少し残った腕で脇にお箸を挟んで食事も頂かれ、自転車にも乗られました。また、義足をはめての歩行はご不便もあったことと思われますが、「電車の中では、席に座れない時には義足をはずしてその上に座るとなかなか便利です」と、喜んでおられたそうです。先生は、「信心させて頂いての三つの幸せ」として1)「より健康にならせて頂いたこと」2)「不自由の少ないこと」3)「明朗になったこと」とおっしゃったのでした。

★亀太郎師は「真剣に苦しみ、真実に生き、運命を愛し、運命を生かす」と表現され、「(中略)運命を愛するということになった私は、一本足になったことさえも有難く思えるようにならせて頂いたのです。金光様のお取次を頂いて、神様のお心に添い奉るような信心をさせて頂きましたならば、いかなる難儀からも救い助けられ、真のおかげ・真の幸せというものを得ることが出来るようになってまいります。

運命を呪う苦悩の生活から解放され、運命を素直に受け入れて、それを生かしていく信心の世界のあることを分からせられ、『あれもおかげ、これもおかげ』と生活全体が有難くならせて頂けるようになりました。(中略)金光教の信心をさせて頂いて頂くおかげとは、信心させて頂くということによって、自分自身の命が生き生きとさせて頂く、自分の生活が力強く輝かしいものにならせて頂いて、助かっていくということになっていくのだと悟らせて頂きました。」とお話し下さいました。そして亀太郎師は、満99才を越えてご長寿のおかげを頂かれたのです。

★不自由の中に幸せを見つけ、今ある境遇を最大限に喜んで生活させて頂いておりますと、同じ境遇の中にあっても以前より生き生きと輝いた人生を送らせて頂くことが出来るのですね。
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2016年08月12日

●仕返しをする心を去る

 慶応2年の年の暮れに、山伏が教祖様のお広前を何度も荒らしに来たことがありました。時には、教祖様のお命さえ脅すような振る舞いをした山伏達でしたが、教祖様は『このお広前へある山伏が来てかれこれしたことは、あなたも(津川治雄師)よくご承知であるが、これを自分が腹を立ててかれこれしてはいけない。これくらいのことは、神様のお力でお払いのけになることはわけはない。それなのに、そのようにたびたび来るのは、神様がおやりなさるのであるから、私はいっこうに腹は立てない。』と仰せになり、全て神様がお与えなさるご修行と受けられ、全ての立ち行きを願われたのです。

★そして、山伏の暴挙について口々に不平不足を言い合っている信者に対して神様は、『皆が不浄の言を言い言い汚すばかりして人に腹を立てさせる者ばかりで、神を勇め慰める者がない。』と戒めなさったのです。教祖様は山伏の荒らしにやってきたことを通して、信者一同の信心が向上します様、先々尊いものが人々の心に生まれることを願われたのでした。

★「仕返しをする心」とは、日常あらゆる場面で起こってきやすいものです。「仕返しをしない」ということは出来ても、「仕返しをする心を去る」のはなかなか難しい事です。しかし相手を憎んだり、仕返しをしようとしたりしては、自分の徳を失うばかりです。善意を持って自分の前に現れてくる相手に対しては、助かりと立ち行きを祈ることが出来ますが、悪意を持って現れてくる相手に対しても変わらずに祈らせて頂くことが出来ましたら、どれほど進んだ有難い姿とならせて頂けるでしょうか。御祈念をさせて頂いて仕返しをしないように、さらに仕返しをする心にならないように身に徳を頂いてゆく信心を進めさせて頂きましょう。

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2016年08月11日

●見えない部分に焦点を当てる稽古

 8月10、11、12日は私の命のおかげ日であります。丁度32年前の昭和60年、学校に勤めさせて頂いておりました時に、8月10日から12日までの予定で出張するはずでありましたところが、10日程前に急遽変更になりました。そして8月12日に日航123便の事故が起こりました。後になってわかったことですが、その飛行機に私は乗る予定であったのです。

★三代教会長先生にご報告させて頂きますと、増田家の霊神名簿を持ってくるようにおっしゃいました。調べてみますと、8月10日は、三代教会長先生の御実家である増田の家の姉様・増田のぶ霊神様、8月11日は、三代教会長先生の大伯母様・増田よね霊神様、8月12日は、三代教会長先生のお祖父様・和田亀次郎霊神様の御命日でありました。知らず知らずの内に、神様、霊様のお守りによって生命を助けて頂いている事がよく分からせて頂きました。三代教会長先生より「あなたが知らないところでご先祖御霊様に守って頂いていることがある、ということを自覚しなさい。」とみ教えを頂いたのでした。

★私は32年前までは「知らぬ、存ぜず」で暮らしていたところを、神様が出来事を通して教えて下さったのです。知らず知らずのうちに守って頂いている現実を、目の前に突きつけて頂ける体験をさせて頂けたことは、真に有難いことであったと思います。何でも見る気にならなければ、焦点は合いませんね。霊様は目には見えませんが、知らない、見えないで済ませるのではなく、知ろうとする、見ようとする稽古を重ねてゆくところに段々と焦点があってくるのです。見えない働きに焦点を当て、神様・霊様と共にある生活をさせて頂きましょう。

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2016年08月10日

●相手を祈る  

 ある家庭で、息子さんの家庭内暴力や暴言がひどく、両親が大層悩んでおられました。そこでお導き頂かれ、お参りなさるようになられ、二代教会長伊藤コウ師にお届けされました。すると、「息子さんを拝みなさい。」とみ教え頂かれたのでした。

★しかしこれまでお父さんは、「自分が働いて息子をここまで育て、子供の為にお金も費やしてきた。」と、自分が育てたという感情の方が先に立つ為、なかなか息子さんを拝む事が出来られませんでした。そこでお父さんは毎日毎日、「どうぞこの息子を心の底から拝めますように。」とお願いなさる稽古をされたのでした。

★しかし、息子さんを目の前にするとなかなか拝む事が出来られません。そこを繰り返し繰り返し年月をかけて、神様におすがりして拝む稽古を続けられるうちに、いつしか家庭内暴力も収まっていったのです。さらにその息子さんは立派に成長なさり、大学を卒業して就職しまた結婚もされて子宝を頂かれ、ついにはその子供を連れて教会へお参りしてくれるようになられたのでした。

★そのお父さんが亡くなる直前に、「私は、おかげだけは人一倍頂いております。今息子は親の事を祈ってくれるようになりました。勿体ないことでありますが、私はまだ心から息子のことを拝むことが出来ません。どうぞお許し下さい。」とお礼とお詫びを申され、入信の初めに頂かれたみ教えを、生涯かけて素直にまた謙虚に守り通されたのでした。

★皆、至らない者同士です。自分自身が真心を尽くさせて頂けば、子供も真心を尽くしてくれます。相手を変えようとするのではなく、まずは自分自身が成長させて頂き、相手を祈らせて頂ける自分にならせて頂くことが大切ですね。

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2016年08月09日

●御礼の信心を続ける

 昨日は、みかげ会例会にて、中川氏の有り難いおかげ話を聞かせて頂きました。中川氏は、昭和32年に親戚に大阪の会社の業務の手伝いをして欲しいと滋賀県より阿倍野に出て来られました。

★昭和33年、会社が火事に遭い、倒産となり落ち込んでおられたところに、昭和35年に奥様にお導き頂かれたのです。二代教会長伊藤コウ師より「桜の花の信心より、梅の花の信心をせよ。梅の花は苦労しておるから永う散らぬ。明日から元気な心で日参と聴教に励みなさい。」とみ教えを頂かれました。翌年には晴明通に住宅購入、また就職のおかげを頂かれたのです。しかし、東奔西走しておられる間に参拝が抜け始め、昭和47年に取引先が計画倒産をし、自身の部門から多額の不良債権が発生しました。コウ師より「近い所に居ながら近頃のあなたの信心はタガが緩んでおりますよ。初めの心を忘れず間違いを改めて、心配する心で信心しなさい。」と厳しいお声でみ教えを頂かれ、大変反省されたそうです。その後、人事の配置替えとなられましたが、その部門で格別の業績をあげられたため無事元の部門に復帰されるおかげを頂かれました。定年後も15年間も嘱託として異例の待遇をうけられ、70才まで勤務なさり、71才から80才までシルバー人材センターで別のお仕事を頂かれました。

★平成24年に右眼の異変に気付かれ、2月1日に病院で右眼加齢黄斑変性と診断され、治療を受けられていました。平成25年4月3日の検診で黄斑円孔を併発していることがわかり、すぐに入院および手術をするように勧められましたが、「4月7日の御本部御大祭参拝、5月11日には阿倍野教会の御大祭がありますので、6月に延ばして頂きたい。」と延期して頂かれたのです。5月31日の再検査の5日後、病院から電話があり、「手術は中止です。先日の検査の結果、滅多にないことですが黄斑の穴が塞がっています。」と言われ、手術なく回復、御大祭の御庇礼を頂かれました。

★心身共に数々のおかげを頂いてこられましたのは、素直にみ教えを頂かれ、御礼のご信心が続いてこられたからです。そうして、お徳をこつこつと積ませて頂くことが大切なのですね。

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2016年08月08日

●新たに頂き直してゆく信心

 先日もあるご信者がお届けに来られ、「夜休ませて頂いておりましても、何度も目が開きまして、朝になったら何とも体がしんどく、疲れが出まして、なかなかしっかり働かせて頂くことが出来ません。」とお届けされました。

★そこで、「そうですか。夜休ませて頂くのも、少しクーラーをかけるなど、ゆっくり休ませて頂けるように工夫せねばなりませんね。それからもう一つ、御祈念させて頂いて今、気が付かせて頂いた事ですが、あなたは寝る前にアルコールを飲まれませんか?寝る前にアルコールを飲んで休みますと、眠りが浅くなるのです。体は眠っているつもりだけれども実は眠っておらず、体が休めていないのです。それで夜中にトイレに行きたくなって、なかなか寝付けなくなるのです。寝酒と称して、寝つきが良いからと寝る前にアルコールを飲まれることは、実は体に良くないのです。そこを少し気を付けさせて頂きましょう。」とお話しさせて頂いたことでした。

★最近の研究によりますと、クーラーをかけずに汗をかきながら寝ておりますと、寝ながら運動しているのと同じで、寝ながら疲れているのだそうです。そして、朝になると疲れが取れているかと言えば、かえって体が疲れているのです。寝汗をかかない程度に軽くクーラーをかけて、朝までぐっすり休ませて頂くことが、一番体の疲れが取れるのだそうです。

★私達が勘違いや思い込みでしていることは、かえって命を粗末にしていることがあります。以前の考え方を変えて意識を変えていかなければ、神様に対してご無礼になります。神様から頂いているお命を大切にして、一日でも長くお役に立つ働きをさせて頂く為には、毎日道理にかなった生活をさせて頂かねばなりませんね。今までの固定概念は改まり、毎日新しく勉強させて頂いて、新たに頂き直してゆく信心を進めさせて頂いておりましたら、家中が健康で円満で、さらに子孫も繁盛し、家も繁盛してゆく有難い姿にならせて頂くのですね。

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2016年08月07日

●信心の有難さが伝わるように…

5日に真栄根会例会でおかげ話をなさった北川氏は、お母様が昭和25年にお祖母様の病気平癒を願われ、お引き寄せを頂かれました。当時中学3年生であった北川氏も参拝されるようになられ、今日まで熱心な信心を受け継がれ、出来てくることをおかげにしておられます。

北川氏は、奥様のお母様と同居しておられる中、北川氏のお母様も同居なさることとなったのです。奥様のお母様は少し認知が進んでおられましたので、奥様一人でのお世話は限界となり、北川氏は62歳で退職され、お二人を見送らせて頂くまで夫婦で真心厚く親孝行されたのです。

同居されるようになってから、北川氏は、毎日朝参りをされるようになり、道中電車の中で阿べの誌を拝読することを今日まで続けておられるのです。

★北川氏は、神様を杖にすべてをおかげにさせて頂くというお母様が残して下さった信心を受け継がれ、自身のお体の上に、また子供さん家族の上に色々なことが起きてくる中を、み教え・お取次ぎを頂いておかげにさせて頂いておられます。

★子供に信心を伝えるということは、どういうことでしょうか。いくらみ教えを頂いていてもみ教えを守り行うことが出来ていなけば、子供に有難いものは伝わってゆきません。

どんなことが起きてきても相手を責めたり、責任から逃れたりするのではなく、信念を持ち、有難く受けおかげにさせて頂く信心が、子孫に伝わる信心になってゆくのです。

★8月は、子孫の信心教育、信心相続の機会を与えて頂いております。
16日には、婦人会例会が開催され、小、中学生、高校生、大学生、若婦人、婦人会の方々が吉備楽奉納の御用にお使い頂かれます。

20日には子供会列車を編成して頂いて、御本部御礼参拝をさせて頂きます。
25日には、学生講演会が開催され、6名の学生さんより有難い講演を聞かせて頂きます。子孫に信心の有難さが伝わってゆきますように、親がしっかりと信心を進めさせて頂きましょう。
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2016年08月06日

●何事も神様におすがりして…

 熱心なご信者であられた土井徳松氏は、最初、西区で米穀商を営んでおられましたが、戦災に遭われ、奈良に移られました。全くの素人が一から農業を始められたのですが、新参者に教えてくれる人はいなかったそうです。ですから、稲作、畑作(スイカ・大根等)、果樹園の農作業の上に大変なご苦労をなさいました。土井氏は自分自身で神様とお約束されたことを守り通され、農作業が終わって帰られますと、必ず自宅の御神前に座って大祓詞10巻奏上されてから食事を頂いておられました。その熱烈なご信心に神様がお応え下さり、作物の上に次々とおかげを頂いてゆかれたのです。

★ある時には、たくさんのスズメが田んぼに実った稲穂を食べに来るので困られたのでした。土井氏は、御礼と御詫びを申し上げた後にどのように神様にお願いなさったかというと、「スズメも立ち行かなければなりませんので、どうぞスズメにも餌を与えてやって下さい。」とお願いなさったのです。そうしますと、隣の松林にたくさんの虫が発生し、今まで稲穂を食べていたスズメがその松林の虫を食べてくれ、お米も無事収穫させて頂くことが出来られたのでした。普通であれば、スズメに稲穂を食べられたら、スズメに腹を立ててしまいがちですが、そこをスズメの立ち行きをお願いなされたのです。

★また、スイカの苗が病気になった時には、スイカの苗にバケツの水に御神酒を少し入れてかけさせて頂き、泣きながら神様にお願いされたところ、苗の病気はなくなり、元気に成長することが出来たのでした。ところが、スイカが成育しますと今度は水害が起きて、途中の小川にかかっている小さな木の橋が流されてしまい、その間に市場には他家のスイカがどんどん出回ってしまったのです。しかし、橋のかけ直しが出来た後に、市場が品薄になった頃に出荷したため、高値で売ることが出来られたのでした。他にもさまざまな苦難を、神様におすがりさせて頂かれて、万事におかげを頂いてゆかれたのです。ご修行があられる中も、日々仕事を与えて頂けていることが有難いと御礼申され、毎日欠かさず大祓詞10巻奏上されたところに、作徳のおかげを頂いてゆかれたのですね。

★何事も不平不足を言わず、神様にお礼を申す稽古をさせて頂くことによって、少しずつ結構な姿に生まれ変わらせて頂くことが出来るのです。

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2016年08月05日

●子孫に続く信心の徳

 昨日は、阿倍野教会在籍教師の池田豊師のご母堂、池田廣子氏の告別式をお仕え申しげました。8月1日、88歳3か月でお国替えされました。廣子氏のお祖父様であられます池田太市氏は、金光教甘木教会で熱心にご信心なさったお方でした。

★池田太市氏は、吉井町から甘木教会へ参拝なさる途中、筑後川を渡って参拝されていました。小料理屋を営んでおられた太市氏は、金光四神様の10年祭の時に、生きた鯉をお供えさせて頂こうと、藁つとに入れて下げ持っておられたのです。川を渡られる際に渡し船に乗って、鯉が元気になるだろうと船べりから水につけたところ鯉が逃げてしまったのでした。

★太市氏は船頭さんにお願いをしてもう一度鯉が逃げたであろう所まで戻られました。すると、川の流れがあるにもかかわらず、その鯉が逃げたその場所にとどまって水面から30センチほどの所にいるのを見つけたのでした。そして、網で捕らえて甘木教会へお供えさせて頂くことが出来られたのです。甘木教会の先生がことのほか喜んで下さり「あなたが真心からお供えをと願ったので、途中で神様が水に付けねば鯉が死ぬかもしれんというので、そのようになさったのです。それで鯉は元気になりました。あなたの真心を神様は受け取って下さったのです。」と仰って下さったのでした。祭典後、鯉をほどかれますとまだ元気に生きていたので、甘木教会の池に放されました。それが、なんと10年後の金光四神様の20年祭の時には、90センチに育っていたのでした。

★太市氏の熱心な信心と、初代教会長先生の御修行して下さったお徳により、縁につながる多くの親族が戦時中の戦死者なしにおかげを頂かれました。廣子氏も、ご先祖・ご両親の信心を受け継がれ、温厚篤実なお方で、常に喜んでお礼を申されながら信心生活をなさっておられました。ご先祖の信心のお徳によって今日子孫の端々まで立ち行くおかげを頂いておられ、子孫である池田先生のお家が神様の御用にお使い頂くおかげを頂いているのです。

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2016年08月04日

●今日一日、今日一日、おかげを頂く

 先日、ある会社に勤務されているお方の奥様が、「今、経営が厳しい状態で会社が明日にもどうなるかわかりません。皆、将来が見通せなくて不安の中におります。会社全体が暗くて、主人も悩んでおります。」と、お届けなさいました。

★国のあり方や政治等、あらゆるものが変化し、明日の我が身がどうなるのかも分からない状態であった、江戸時代の末期から明治維新の頃と比べると、現在の私たちはずいぶんと落ち着いた世の中で生活していることを分からせて頂けます。しかしながら、私たちは目先のことであれかこれかと心配してしまいます。尋求教語録には、「日は年月のはじめじゃによって、その日その日のおかげを受けたら何十年何百年も立ち行こうが。」と残して下さっています。「今日一日。今日一日。とおかげを頂く」ということは日々改まりを進めてゆくことだと分からせて頂きます。不安をお取り払いさせて頂き、安心して立ち行かせて頂くためには、信心をしてお徳を頂ける様に、信心に基づいて生活を改めさせて頂くことが大切です。

★先日、また別のお方が、「幸せとは、何もかもが恵まれ、身のまわりの世話をしてもらい、裕福に暮らさせて頂くことをいうのだと思っておりましたが、親先生が仰せになる如くに信心をさせて頂いて、どんなことが起こっても常に神様に心を向けて一心におすがりさせて頂くことができ、どんなに大変なことでも乗り越えさせて頂き、おかげにさせて頂けるだけの徳と力を頂いていくということが本当の幸せなのだと理解させて頂きました。」と話しておられました。神様に一心におすがりさせて頂いていれば、起こってくることは皆おかげになっていきます。

★先がどうなるか不安に思うときはみ教えを頂き直し、神様にこれまでのことを御礼申して、今日一日を喜んで過ごさせて頂き、来たる明日を楽しみにさせて頂くということを心掛けて生活を改めることです。「今日一日。今日一日。」とおかげを頂く生活を積み重ねて、何十年、何百年と立ち行かせて頂きましょう。

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2016年08月03日

●深井戸に落ちた幼児が助けられる 

 先日から命のおかげ日の御礼のお届けを次々と聞かせて頂いております。手術成功のおかげを頂かれた日、退院をさせて頂かれた日…とそれぞれにおかげ日を忘れることなく、御礼を申されている事は大変有難いことと御礼を申しております。

★昨日8月2日は、あるお方が1歳半の頃に井戸に落ちてしまわれたところを助けて頂かれた日でした。落ちた井戸は、村一番の深い井戸でした。1歳半の歩き始めた頃で、よちよちと井戸によじ登り、そのまま中へ落ちてしまったのです。ドボーンっ!!と大きな音がして、兄弟が井戸の方を見てみますと、履物が一つ落ちていたのでした。駆け出してお母様にその事を伝えますと、お母様は「金光様!」と大きな声で叫んで井戸へ駆けつけられました。その声を聞きつけて、たまたま通りかかった村一番の井戸掘りの名人さんが「どうしたのか?」と声を掛けて下さったのです。子供が落ちた事を伝えますと、縄を持ち出し木に結わえ、じっと水面を覗かれました。深い井戸ですので落ちてしばらくしますと体が水面へ上がってきます。子供が上がってきた所へ周りにある管へしっかりと掴まるように指示なさり、その方が命綱を付けて中へ降りて助けて下さったのでした。しかし、井戸の水は真夏でも冷たく、外に出てきた時には、その子は唇が真っ青になって震えていました。たまたま近所の方が沸かしておられたお湯を貸して下さり、身体を温めて無事助からせて頂いたのです。

★このご家庭の皆が、その日の御礼を毎年ずっと欠かすことなく続けておられます。本来なら命のなかった所を、お母様の「金光様!」という叫び声を井戸堀り名人が聞きつけてきて下さるという事は、単なる偶然とは考えられません。神様がその人を差し向けて下さり、間一髪のところを助けて頂かれたのです。私たちは金光大神様のお働きを信じ、いつも「金光様!」と御祈念させて頂く稽古をさせて頂きましょう。そして受けたおかげ、おかげ日を決して忘れることなく、御礼の信心を続けさせて頂きましょう。

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2016年08月02日

●身をもっておかげの体験をさせて頂く

 ある小学生のお子さんは、鼓膜に穴が開いており、その為にプールにも入れず、頭を洗う時にも耳に水が入らないように、気を付けながらお風呂に入らなければならない状態が、幼い頃から続いているそうです。先日、医師から「手術はいつでもできますから、するかどうかをあなたたちが決めなさい」と言われたそうで、その旨をお母さんと共にお参りに来られてお届けされました。

★そこで、「毎日お願いをさせて頂いて、御神酒をつけさせて頂いておかげを頂きましょう。手術を受けさせて頂くと言いましても、人間がすることですから、専門のお医者さんがして下さっても必ずしも100%成功するとは限りません。『祈れ薬れ』にしておかげを頂きなさい。」「私も幼い頃より、両耳とも中耳炎を患い、両耳が難聴になったのです。小学生の低学年の頃は風邪を引く度、プールに入る度に痛んで、夜中も痛みで泣きながら寝るというような状態でした。その両耳の前と後ろに御神酒をつけさせて頂きますと、小学生高学年の頃には全快のおかげを頂いたのです。また鼓膜には二等辺三角形の穴が開いたことがありましたが、体液が出てきて、破れた所に膜が張ってふさがり、聞こえるようにならせて頂きました。私も神様に治して頂きましたから、あなたもしっかりと神様におすがりさせて頂きましょう。今までは週に一回のお参りであったのであれば、これからは夏休みですから毎日お参りさせて頂いて、しっかり親子でおすがりさせて頂いておかげを頂きましょう。有難い経験をさせて頂けますよ。」とお話しさせて頂いたことでした。

★神様に治して頂くことが一番有難いことですね。おかげを頂くことは間違いのないことですから、どのようにさせて頂けばおかげになるのかをお広前で教えて頂きましょう。「御神酒で是非ともおかげを頂こう!」という心持ちで、拝んで有難く頂く心にあらたかなおかげが現われるのです。

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2016年08月01日

●み教えを守り通す覚悟

 7月1日から始まりました1ヶ月の信行期間も、昨日を以て無事に終えさせて頂きました。皆様には各々にご修行に取り組ませて頂かれ、有難いことと神様に御礼を申し上げております。それぞれに信行期間中に取り組ませて頂いた御修行が、8月もしっかりと続かせて頂けるよう、より一層ご信心を進めさせて頂きましょう。銘々がお結界で日参表を提出なさって、神様に御礼を申し上げられましたら、御神酒一合瓶をお下げ頂きます。御神酒で悪毒病毒をお取り払い頂かれますように、心身共に健康にならせて頂くおかげを蒙られますように、お祈りいたしております。

★先日、あるご信者の家が、入信65年のお礼のお宅祭を仕えられました。奥様が昭和26年にお引き寄せを頂かれた当初は、御主人は参拝されませんでした。しかし、5年後に御主人は肺結核を患われ、肺に空洞があいており症状が重傷で医師より手術を迫られた事がきっかけで、御主人は入信の覚悟が決まられたのです。二代教会長伊藤コウ師より「手術する必要はありません。手術せずにおかげを頂きなさい。1日に朝、昼、晩とお参りして、祈れ薬れでおかげを頂きなさい。」とみ教えを頂かれたのです。御主人は、「どうぞ治して頂けますように。」と一心になられましたら、その日から熱が出なくなりました。そしてみ教え通り、住吉から電車に乗って1日3回お参りされ信心に励まれたのです。半年が経った頃、段々と症状が良くなり、なんと全快のおかげを蒙られたのでした。そうして、コウ師のみ教えを一心に守り通され、様々な出来事や病気をお取次ぎを頂いて、乗り越え病気も全快のおかげを頂いておられます。そして、現在も、90才を超えてご夫婦がお元気で御礼の信心に励んでおられます。

★お結界で頂いたみ教えを、「有難うございます。守らせて頂きます。」と信じて疑わず有難く頂き、守らせて頂く所におかげを頂く道へとつながるのです。

★『「なんぼうご信心じゃというても、金光様のようなまねができるものか。金光様は神様に生れついてござった」と言う者がある。金光様は、「此方じゃというても、はじめから生神じゃなかった。言うて聞かすとおりにしてこい。此方のようになれる」と言うてござったから、できぬのではない、せぬのぞ。命を助けてもらおうと思う時の一心があったら、できぬということはない。』

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