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2016年05月10日

●我よしと思う心

 あるご信者は、「息子が近頃随分真面目になってくれて、神様のおかげですわ。有難いことや。」と自宅でお嫁さんに言って喜んでおられました。それを聞かれたお嫁さんが、「神様のおかげではありません。私が一生懸命頑張ったからです。」と言われ、お姑さんとお嫁さんの意見が食い違い、関係が悪くなってしまったのでした。

★その事をお結界でお届けされ「どうにも仕方のない嫁です。」と話されますと、三代教会長先生は「それは、あなたの心掛けが間違っていますよ。そのような言い方では、お嫁さんにしてみれば『私が(お姑さん)これだけ一生懸命お願いしているから、神様がおかげを下さったのですよ』というように恩着せがましく聞こえてしまったのです。信心が進ませて頂きますと、『あなた(お嫁さん)が一生懸命に息子に尽くしてくれるから、息子が結構にならせて頂けた。あなたのおかげや。有り難う。』とお礼を言えるようになります。」と仰せられました。

★「では、神様のおかげはどこへいってしまったのですか?」と続けて尋ねられますと、「お嫁さんこそが神様のおかげの現れです。あなたがご信心を進ませて頂いて、お嫁さんを心から拝めるようになりお礼を申せるようになったら、今度はお嫁さんの方も『そんなに言ってもらったら恥ずかしいです。お母さんがご信心して下さるおかげです。』となり、円満に収まるのです。神様のお働きをお嫁さんの中に見つけさせて頂きましょう」とみ教え頂かれたのでした。

どんな間柄であっても「あなたのおかげです。」とお互いに感謝し、御礼を言い合って生活することが大切です。「私がしてやってるからだ!」「自分の方が正しい!」と心で思っていたり口に出していては、有難いものが伝わってゆきません。実際に口に出してお礼を申す生き方を心掛けておりますと、そこに有難いものが生まれ、自ずと信心が伝わってゆくのです。


★安武松太郎師(甘木教会初代教会長先生)がお詠み下さっているお歌
「我よしと 思うは智慧の行きづまり 怪我あやまちもそこよりぞ来る」
「我よしと思う心を仇として 戦いて行け 日ごと夜ごとに」
「我よしと思う心は 道のあだ 我が身のあだと戒めてゆけ」

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:28 | 平成28年の「み教え」