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2016年05月31日

●神様のお心に適う願いを持つ

5月も月末を迎えさせて頂き、しっかりと1か月間のお礼を申させて頂きましょう。

★初代教会長伊藤徳次師が実家・池田の家の代表としてご修行に入らせて頂くことになり、16歳より甘木教会で初代教会長安武松太郎師のお手厚い御祈念・お取次を賜り、御薫陶を受けて足かけ8年間ご修行させて頂きました。

そして、23歳の時に伊藤コウ師と御本部で結婚式を挙げられて、徳次師は伊藤の家に養子に入られ大阪に布教なさったのです。大正15年10月28日32歳で徳次師がお国替えなさった次の年、二代教会長となられたコウ師は徳次師のご遺志を受け継がれ、昭和2年に旧広前の新築落成の祝祭を11月11日に挙げられることが出来られたのでした。

その後、増田家から三代教会長先生(伊藤良三師)が伊藤の家に養子に入られ、大橋の家から奥様(伊藤愛子師)が養女として入られ、結婚させて頂いて、私達4人の子供を頂き、各々が伴侶を頂いて、今日神様の御用にお使い頂いております。

次の代、次の代へと願いを受け継ぎ、「何が何でも成就させて頂かねばならない」という心でお願いさせて頂きますと、徐々に道は広がり、その大きな願いを受け継ぐ人が現れて力を合わせて、続けてゆくことが出来るのです。神様のお心に適った願いを持ち、覚悟を持って、それぞれ自身に頂いているお役目を全うさせて頂きましょう。

★この度、有難いことに私の一人娘が、結婚のおかげを頂きました。5月29日、御神前に於いて、結婚式をお仕え頂き、その後に親族が集まって食事会を開かせて頂きました。

去年、2人が私の所へ来て、結婚の願いを持つことを伝えてきました。親としては、すべて神様にお任せをさせて頂き、神様、御霊様に一番お喜び頂けるように日々御祈念しておりました。こちらが「ああしなさい、こうしなさい。」と強要するのではなく、二人でどのように歩んでいくかを話し合って、決断してくれました。

そして、今年4月6日相手の方が、伊藤の家に養子に入って頂き、結婚式の翌日より阿倍野教会の修行生として、御用にお使い頂いております。

親は徳も力も足りませんのに、願い以上のおかげを蒙り、まさに有難く、勿体なく、恐れ多い気持ちで、神様、御霊様にお礼を申し上げております。これもご先祖がご修行して下さったおかげであり、積み重ねて下さった徳の表れだと感謝している次第です。

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2016年05月30日

●神様は親孝行を一番お喜びくださる

 阿倍野教会の信徒総代をなさった山階氏は、幼い頃に実母を亡くされ、義理のお母さんに育てられたのでしたが、「義母はいつも義弟ばかりを大事にし、自分は疎んじられている」と思い続けておられたのでした。そして、10代の終わりに家出をされ、「成功して親を見返してやりたい」という一念で、小さな鉄工所を営んでおられましたが、多額の借金を抱え、公園でアイスを売って日銭を稼がなければならない苦しい状態に陥られたのでした。

★そうして、30年以上も親に音信不通の状態が続いておられたのでしたが、49才の時、伊藤ハル刀自(二代教会長伊藤コウ師のご母堂)にお導き頂かれ、「何十年も音信不通になっているとは、どれ程親は心配されていることでしょう。それは、親不孝の極みです。そこにあなたが結構にならない元があるのです。親の御恩のわからない人間にどうして天地の親神様の御恩が分かるでしょうか!相手がどうあろうと、親は親です。まず両親にお詫びに行かせて頂き安心して頂きなさい。これからは親孝行させて頂けるように改まりなさい。」と熱心にみ教え下さったのでした。

★山階氏は、ハル刀自のみ教えを素直に頂かれて、早速実家に戻られてお詫びをされました。み教えを頂くことによって、30年以上積み重ねてきた親不孝の心から、真に親孝行を願う心に切り替えることが出来られ、神様におすがりしながら、どこまでも真心で孝養を尽くされたのです。

★そうして一心にお礼とお詫びの信心に打ち込まれ、仕事に対する態度も、道に落ちている古釘さえも拾って拝んでおし頂くようになられ、身を粉にして働かれたのでした。鉄工所は10年の間に目覚ましい発展を遂げ、従業員100名を超える大きな工場に繁盛のおかげを頂かれたのでした。また、お義母さんには先々は安心して喜んで過ごして頂けるようにと南向きの一番良い部屋を用意させて頂かれたのでした。

★神様のお心に適うような、まこと真心のお願いを持たせて頂けるようになると、神様が応援してくださり、人も使わしめになって、結構な繁盛の道が開けていくのです。たとえ、自分の真心を相手が思うように受け取ってくれなかったとしても、目先の結果に囚われることはありません。全ては神様がご覧下さっているのです。親孝行、ご恩返しという中心となる願いから外れることの様に、神様を杖にして、有り難いおかげを頂く道を歩ませて頂きましょう。

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2016年05月29日

●「御神願成就」「総氏子身の上安全・世界真の平和」

5月27日は歴史的な日となりました。オバマ大統領が広島(被爆地)を訪問・献花し、所感を述べたのです。終戦より71年を経てようやく実現したアメリカの大統領の被爆地訪問でした。

★1945年8月6日には広島に、8月9日には長崎に原爆が投下されました。被爆により10万人を超えるたくさんの尊い命が奪われたのです。私達は霊様方の助かりを願わせて頂くと共に、二度と過ちを繰り返す事の無いよう、この様な惨事が二度と起きないように、努力してゆかねばなりません。

★戦後71年を迎えた今、有難いことに日本は平和で豊かな国に発展を遂げました。しかし、平和となった今もさまざまな社会問題が世界各国で起こっています。科学は素晴らしい進歩を遂げた反面、天地の道理から外れてしまうと恐ろしい事態を引き起こしてしまいます。私達、夫々の家庭に於いても同じことで、「今日も健康で円満で良い状態が保てます様に」と日々願って努力してゆかねばなりません。しかし、一時の感情に流されたり、利欲打算によって願いとは裏腹に自らみ教えに背いた生き方をしてしまう危険性もあります。常にみ教えに基づいた生活を心掛け、一人一人が心配りをして周囲の助かりを願わせて頂くことが、地域・社会・国家が助かることに繋がるのです。地域・社会・国家が助かってゆきますと、戦争など起こり得ませんし、世界中の人々が助かることにつながるのです。その目標に向かって何十年何百年かけても代々重ねて願い続けてゆくことが大切ですね。

★三代金光様が御在世中、昭和34年6月16日、アメリカ・シカゴ大学の教授(世界宣教研究所長)ビーバー博士という方が、御本部のお結界で「日本の人々だけでなく、世界中の人々に対して何かメッセージがありましたら聞かせて下さい」と三代金光様にお願いなさったそうです。その時に「色々願いがありますから、そのご都合をいただかれますようにお願い致しております」と三代金光様が仰せられたのです。ビーバー博士は「はっきりいたしまして大変有難うございました」と御礼を申されたそうです。三代金光様は、広いお心で周囲の人々を初め、世界中の人々の助かりを生涯掛けて切に願われ、私達氏子に伝えて下さったのでした。

★その願いを私達氏子は受け継がせて頂き、次の世代に正しい道(生き方)を残せるようにあきらめずに努力する必要があります。私達が国を支える力となり、正しい繁栄の道を歩ませて頂く為に、「御神願成就」「総氏子身の上安全・世界真の平和」を共にお願いさせて頂きましょう。何十年、何百年かかっても成就させて頂けるように、正しい願いを次の代また次の代とあきらめることなく願い続けてゆくのです。
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2016年05月28日

●練り出す信心・練り出す修行

 ここ数日、蒸し暑い日が続いています。季節はどんどん移り変わって南の方ではもうすぐ梅雨に入ろうとする時期ですから、蒸し暑い日があっても不思議ではありませんが…。「蒸し暑い!蒸し暑い!」と大仰に騒ぎたてるようなことは皆さんは全くなさいませんので、「流石に鍛えられた方々ばかり、平然としておられる!」と感心いたしております。

★さて、このお道の辛抱はただただ我慢するというものではありません。辛いことを「やせ我慢」して「私ばかりが我慢させられている!こんな不条理なことがあるものか!」と心中穏やかでなかったり、人に責任を転嫁したり、人や環境を不足に思ったりしていますと、自分の心も体も痛めてしまいます。そういう「我慢をしてやっている」というものではなく、「信心辛抱」といいますと、神様にお願いして神様と共に辛抱させて頂く姿勢を言います。ですから「痛い」「辛い」ということが「痛うございます。金光様、有難うございます。」「辛うございます。金光様、有難うございます。」と、痛い中を生かせて頂いていることに御礼を申させて頂くのです。

★神様と共に辛抱させて頂くということは「心の法を守る」ということです。「私は実意丁寧正直親切な生き方がしたい!」と心に強く願いを持ち続け、どんな時にも神様に心を向けて、神様が見て下さっていると思って不自由なことを乗り越えてゆくのです。生きてゆく中で、何も不自由な事が起こってこないということはありません。確かに自分にとって不自由なことも起こってきますが、それでもおかげを頂いていることの方が大きいのです。ですから、日々不自由を行とさせて頂いて、御礼に変えさせて頂くのです。

★今年は初代教会長先生の九十年祭を迎えさせて頂いております。この夏の信行期間には、自分自身を鍛えさせて頂くために、『練り出す信心、練り出す修行』を信行テーマとさせて頂きます。自分から神様とお約束させて頂き、練り出す信心をさせて頂きましょう。それは、古い信心ではないという意味です。水が滞ると腐ってしまいます。水はずっと流れているからこそ、命が生まれ、育まれてゆくのです。私達の信心も停滞してはいけませんね。辛抱しなければならない事柄をとっても『やれ痛やという心でありがたし、今みかげをという心になれよ』とのみ教えの通り、自ら練り出し、有難い信心の材料とさせて頂く心にならせて頂きましょう。

★『神信心する者は 我慢我欲はしてはならんぞ 一寸ずつ太る楠は 千石船の帆柱になるが 一年に三尺も 五尺も伸びる梅のひこばえに大木はないぞ とかく世の中は 楠の一寸太りでなければならぬ』

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2016年05月27日

●心配は神様にお預けして

 私が金光教学院にご修行中に学院長として御用なさっておられました内田守昌師は大変立派な先生であられました。その先生がネフローゼ症候群を患われ入院なされた時のお話です。

★入院されて薬を毎日投与して頂かれ、一週間が経ってもなかなか効果が表れず、医師から「今日も効果が無い。」と言われたそうです。毎日効果がないと言われますと、「もうこれで私は死んでしまうのではないか。」「私の家族はどうなるのか」と、心配に捉われて不安で不安でたまらない日々を過ごしておられました。

★そんなある日松山先生の親奥様いち先生が、病院にお見舞いに来て下さり、帰り際に『内田さん、お願いしておりますよ。』と一言仰っしゃられたそうです。その瞬間そのお言葉がすとんと心に納まられたのです。内田師は、「そうだ!御祈念して頂いてるじゃないか。親奥様の願いの中にすべてお任せしたらいいじゃないか。」と思われたそうです。そして、涙があふれ神様に心からお礼を申され、「今日がおかげ日だ!今日からおかげが頂ける!」と大変有難い気持ちになられたそうです。すると次の日に医師から「内田さん、薬の効果が上がってきた!」と告げて頂かれ、それからどんどんと良くなられて、病院食も美味しく毎日完食され、全快のおかげを頂かれたのでした。

★神様に心からお礼が申せるようになりますと、そこからおかげが頂けるのですね。心からお礼が申せるというのは、我を放さなければできないことです。心配は神様にお預けし、神様から与えて頂いた出来事を心から喜んで取り組ませて頂く信心に向上させて頂きましょう。

★『人間じゃもの。生きている間は先々のことを考えもしようし、心配の尽きる時はなかるまいが、心配がみなおかげになれば心配はなかるまいが。心配は信心しさえすればみなおかげになる。心配は体に毒。神様に御無礼。今日からは心配する心を神様に預けて信心する心になりなさい。おかげになります。』

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2016年05月26日

●神徳を受ければ心配はない

昨日は、羽衣教会の天地金乃神大祭がお仕えになられました。

★羽衣教会の二代教会長・松岡安枝師は、ご結婚なさるまでお母様と共に阿倍野教会で熱心に御信心を進められました。しかし、一生懸命働いても働いても暮らしは楽になるどころか厳しくなるばかりで、お母様も肺結核を患っておられたのでした。そんな中、日々み教えを頂かれて、「ご修行させて頂いて我が家のめぐりをお取払い頂こう」と決心するに至られたのです。

★そこで、亡きお父様が残された負の遺産である多額の借金を返済する覚悟をなさったのでした。そのことをお結界で二代教会長・伊藤コウ師にお届けなさいますと、大変喜ばれ、「3年でおかげを頂きましょう!」とみ教え下さいました。ところが、借金の額は、当時の月給を全てつぎ込んでも3年で返せる額ではなく、松岡師は先輩のご信者に、「親先生は計算が出来られないのでしょうか?」と尋ねられたのです。すると、「あなた、そろばんを離しなさい。親先生がおっしゃったということは、神様が親先生のお口を通しておかげを授けてやろうとおっしゃっておられるのですよ。どうぞおかげを頂かせて下さいとお願いしなさい。」と、真の信心にお導き下さったのでした。

★覚悟を決められた松岡師は、返済が済むまでは、ご自分のものはたとえ靴下一足でも新調せず、お母様は、「借金が返済出来るまでは病院に行きませんので、この塩水で喀血を止めて頂けますように!」とご神前にお供えなさった塩水を薬と思っておかげを頂く信念を貫かれたのでした。

★ある時、神戸のシバニ石鹸という会社の社長さんの所へ借金の一部を返済しに行かれたところ、「親の借金を相続して返済なさるとは、感心なお心掛けですね。あなたのような娘さんが世の中におられるということを社員に伝えたく思います。これをお父さんのご霊前にお供えなさって下さい」と、風呂敷包みを渡して下さいました。なんと、借金の証文と、返済した以上のご霊前のお供えを包んで下さったのでした。そのように真心に先方が真心で応えて下さり、お願い通り3年で借金の証文が手元に返ってくる大みかげを頂かれたのでした。

★生神金光大神様のお取次を頂き、お礼の心、お詫びの心を厚くして、正しいお願いをさせて頂けるようになると、神様が人智の及ばぬお力添えを下さるのです。心配は神様にお預けさせて頂き、真の信心を進めさせて頂くことに日々打ち込ませて頂きましょう。『徳のないうちは心配する。神徳を受ければ心配はない』

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2016年05月25日

●神様が一番良いようにして下さる

 あるご信者は、今までパートで勤めていた会社から退職するようにといわれました。ご信者は、「これもおかげである」と不足に思わず、退職されました。次の仕事を探しに、お届けなさってハローワークに行かれますと、ある会社を紹介して頂くことになり、面接に行かれました。有難いことにすぐに採用して頂いて、職場も円満で、現在大変有難い環境で仕事をしておられます。会社側からも「一番良い時に来て下さった。」と喜んで頂いているそうです。ご信者は、お結界に来られ「私の信心は足りませんのに、金光様のお取次によって、神様が一番良いようにして下さいます。有難うございます。」と御礼を申しておられました。

★「神様が一番良いようにして下さる」と信じて、疑わず、神様に万事お任せをし、すべてを有難く受け切るということが出来れば毎日が有難いですね。「お願いしているのに、思うようにならなかった。」と不足に思ったり、人や社会のせいにしたり、神様に「ああしてほしい、こうしてほしい。」と口先だけでお願いして、自分自身は何も変わらないというのでは、神様に自分の都合だけで指図しているのと同じことです。

良い時節を頂くということも、ただただ待っているのではなく、改まって準備をするということが必要です。すべてを神様にお任せをして、出来てきたことを有難く受け切って改まってゆくところに、時間のご都合、人のご都合…全てにご都合を頂いて運良く間良くおかげを頂いてゆくのです。

★『天地金乃神は天地を一目に見ておるぞ。神は平等におかげを授けるけれども、受け物が悪ければおかげが漏るぞ。すべて、神の徳を十分に受けようと思えば、ままよという心を出さねばおかげは受けられぬ。ままよとは何か。死んでもままよのことぞ。』

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2016年05月24日

●幼少からみ教えを頂くことの大切さ

 22日は子供会日曜例会が開催され、有難い信心教育の場を与えて頂きました。

★その後、あるご信者がお届けに来られ〔子供会で有難いみ教えを頂きました。有難うございました。「人に迷惑をかけない、危険なことはしない、挨拶をする」等のルールを守る、マナーを守るということを分かりやすく教えて頂きました。さらに「注意して頂いたら注意して下さった方にお礼を申す事」を結構に教えて頂いたのです。「注意して下さるということは、あなたのことを思って下さっているからですよ。」と教えて頂き、改めて気付かせて頂きました。〕と御礼を申しておられました。続いて「人に親切にすること、困っている人がいたら、助けてあげることを教えて頂いたのは大変有難いことでした」と喜んでおられたのでした。

その後にうちあけて話されたのは、〔自宅に帰ってから子供が家族に注意を受け、本来ならば「有難うございます」と私が注意して頂いた家族に対してお礼を申さなければならないのに「そんな言い方しなくても…もっと優しく言ってくれたらいいのに…」と不足に思ってしまいました。先ほどみ教え頂いたところなのに、家に帰った途端にみ教えを忘れてしまい、親である自分自身が本当に至らないなあと反省致しました]とお礼とお詫びを申されたのでした。日々親も子も共にみ教えを頂くということが、大変大切なことだと分からせて頂きます。

★毎日の生活に於きまして、「しなければならないこと、してはならないこと、してもしなくてもどちらでも良いこと」があります。毎日の仕事や家事育児、子供でしたら勉強というのはしなければならないことですね。しなければならないことは後回しにせず、前向きにお願いしてさせて頂くことを稽古したいものです。また、してはならないことは絶対にしないということを小さい頃から教え諭してゆくことが大切ですね。

★幼少の頃からみ教えを頂いておりますと、早くから一人前の大人の考え方を身に付けさせて頂くことが出来、社会に出た時にお役に立つ働きが出来るのです。

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2016年05月23日

●人や物を大切に

 私が金光教学院の御修行を終えて教会へ戻らせて頂いた時の事です。三代教会長先生と共に住宅の屋根裏の物置を整理させて頂いたことがありました。その物置に二代教会長・伊藤コウ師のご母堂、伊藤ハル氏のご時代から使っておられたタンスなどが置いてありました。その中にハル氏が嫁入り道具として持参なさった鏡台がバラバラになって置いてあったのでした。それを使わせて頂くことを三代教会長先生にお許しを願いましたら、「それは有り難いことです。ご隠居様が大変お喜びのことでしょう」とお許し下さったのです。それを木工用ボンドで組み合わせますと、元通りに使用させて頂くことが出来、現在まで毎日使わせて頂いております。

★阿倍野教会では、初代教会長先生が御布教なされた当初から、お説教の演台は実に93年以上も同じものを使わせて頂いております。初代、二代、三代教会長先生と長きに亘って、力を込めて説き続けて下さったその熱き心を感じ取ることが出来ます。阿倍野教会にとっては大切な宝物です。その天板の無垢の一枚板には力を込めて説かれる為に、両手の親指の爪の跡が刻まれています。そうした精神を失わないように大切にしながら、毎日の四回のお説教時に今日も現役で使わせて頂いております。

★喜んで使わせて頂いておりますと、物も喜びます。物が喜ぶということは、鏡台を伊藤の家に嫁入り道具として持参されたハル氏が喜ばれることに、また、演台を使い始められた初代教会長先生も喜ばれることに繋がるのです。物をおろそかにすると人の働きをおろそかにすることになり、天地のお働きをおろそかにすることになります。人や物を大切にさせて頂いて、神様からも人からも信頼して頂ける生き方をさせて頂きましょう。

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2016年05月22日

●おかげを頂く近道

 先日あるお方が、息子さんのご病気のことでお届けに来られました。働き盛りの年齢で、会社でも幹部の役職を頂いておられるのに、腎臓が悪く体中に浮腫が出来て、思うように働くことが出来ないということです。

★目の前に問題が起きますと、つい解決のお願いばかりに力が入ってしまいがちですが、それ以前にまずは、今日までのお礼と、お礼の足りないお詫びを申してから、真心込めてお願いをさせて頂くことが、正しい順序であり、おかげを頂く近道なのです。そこでそのお方に、「生まれてから今日まで、神様に頂いたお恵みを考えますと、空気、お水、食物、衣類、人の働き等々、山のように積み上げると大きな部屋いっぱいになる程で、到底計り知れるものではありません。

そうしたお恵みの上に日々お命を頂き、働かせて頂いているのにもかかわらず、御礼の一言も申し上げることもなく、何をするにも『あれをする。これをする』と、いかにも自分の甲斐性でするように考えてはいませんでしたか?病気回復のお願いをさせて頂く上に、まずは、今日まで広大なおかげを頂き続けてきたお礼を申し、お礼の足りなかったお詫びを申しましょう。そして、これまでは信心らしい信心も出来ておりませんでしたが、これからは改まってご信心させて頂きますので、どうぞよろしくお願いしますと、実意を持ってお願いさせて頂きましょう。毎日ご神酒を気になるところに付けさせて頂き、お洗米を頂き、体の内側からも外側からも清めて頂き、ご祈念させて頂きましょう。」と、お話しさせて頂いたことでした。

★生神金光大神様のお取次を頂くことによって、足りないところは足して頂き、間違っているところは正して頂けるということは、どれ程有り難いことでしょうか。何事も実意をもってお届けさせて頂き、頂いたみ教えを心に刻み、守り行うことが、おかげを頂く一番の近道なのです。

★『此方金光大神あって、天地金乃神のおかげを受けられるようになった。此方金光大神あって、神は世に出たのである。神からも氏子からも両方からの恩人は、此方金光大神である。金光大神の言うことにそむかぬよう、よく守って信心せよ。まさかの折には、天地金乃神と言うにおよばぬ。金光大神、助けてくれと言えば、おかげを授けてやる。』

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2016年05月21日

●幸せを生み出す元とは?

 土井つちの氏の長女さんが9才の時に肺門リンパ腺炎に罹られた時、病気全快の為に、東天下茶屋に開業していた専門の医師を探している際に、偶然阿倍野教会の旧広前の提灯を見つけられ門をくぐられたのが参拝の始まりでした。初めて二代教会長伊藤コウ師にお届けされた時、コウ師から「娘さんが胸の病気ということですが、親が今、胸を悩まされていることは何ですか?」と尋ねて頂かれたのでした。土井氏はお米の卸しと小売業を営んでおられ、一軒売掛金の回収が滞っているところがあり、そのことで家庭が不和になっている事をお話しされました。

★コウ師より「親がそうして心を悩まし、家の中が不和になっていることが、子供の病気につながっているのです。売掛金は神様の銀行に預けて無期限の定期を作ったと思って、後は催促をせずに時節を待たせて頂きなさい。御信心によって改まらせて頂いておかげを頂きましょう。」とみ教えを頂かれたのでした。

★それからはご夫婦で熱心に西九条から日参されて信心に打ち込まれたのです。すると、なんと今まで滞っていた食堂から未払いの分を何回かに分けてすべて支払って頂けるおかげを頂かれ、また同時期にお子さんの病気も全快の大みかげを頂かれたのでした。その後奈良に移られてからも、生活全面に亘って、すべてを神様におすがりしきっていかれ、農業の上でも大みかげを頂いてゆかれたのです。そしてご近所の方々にこの有難いお道のお話をなさって、お導きされたのです。

★土井氏は、心配はすべて神様にお預けされ、頂いたみ教えを守り通されたことによって、おかげを頂いてゆかれたのです。み教えを頂けるということは、大変有難いことで幸せな事です。しかし、み教えを頂いても実践しなければ、不幸せのままです。み教えを頂いて神様の心を頂き、生活の上に表してゆくことこそが、幸せを生み出す元なのです。

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2016年05月20日

●有難いお気付け

10歳の娘さんとそのお母さんが、二代教会長伊藤コウ師のもとへお届けに行かれ「先生、子供が耳が痛いと泣いております。どうぞ早く治りますように。」とお届けされました。するとコウ師は「あなたは人が名前を呼んで下さっても、お母さんがお手伝いを頼んで下さっても、自分に都合が悪い時や、面倒臭いと思った時は、ちっとも返事をしないのではありませんか。聞こえていながら、聞こえないふりをしていませんか?」と尋ねられました。するとお母さんが「その通りです。いくら呼んでも最近はちっとも返事をしません。」と答えました。

★そこでコウ師は「お嬢ちゃん、そこをお詫びさせてもらいましょうね。呼んでもらったら、直ぐにお返事しましょう。お返事は大切ですよ。耳が痛いというのは、そこを改まるように神様が教えて下さったのです。これからは呼んでもらったら直ぐに返事をさせてもらいましょう。神様にお詫びして、鼓膜にも傷が付かずに聴力にも影響なく、早く耳が治るようにお願いしましょう。」と娘さんの左耳に御神酒を吹かれました。そして「今から家に帰ってしばらく休ませて頂きなさい。その間にきっと神様はおかげを下さいますからね。」と仰せになったのでした。

★それから10歳の娘さんは家に帰って休まれ、夕方目を覚まされると耳の中がコソコソと音がし始めました。そこで耳鼻科に行かれると、何と耳に虫が入っていたのです。虫を取り出して頂いた結果、お願い通りに鼓膜にも傷つかずに、大したことにもならずおかげを頂かれ、親子共に大変喜ばれたのでした。その後その娘さんは「親先生の言われた通りやね。これから私、呼ばれたらすぐにお返事します。そうしなかったら今度は耳に何が入ってくるかわからない。神様は怖いからね。」と改まられたのでした。

★出来事を通して何を神様から教えて頂いているのか、ということを悟らせて頂かねばなりません。小さなことすべてが信心の材料となります。神様のお気づけと有難く頂いて改まり、次々におかげを頂ける生活にならせて頂きましょう。


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2016年05月19日

●幸せに感じる瞬間

先日、真栄根会の勉強会にて昭和37年9月19日の二代教会長伊藤コウ師のみ教えのテープを拝聴させて頂きました。

★昭和37年、あるご信者のお家のお宅祭が仕えられました。そのお宅祭にお参りなさっておられた方は、漬物屋、魚屋、乾物屋、鰹節屋等々、殆ど近所の市場の町民の方々でした。

そのご信者は、「この市場中の人をお導きさせて頂いて、共々に店が繁盛発展しこの市場が栄えます様に、この町が栄えます様に」と日夜願っておられるのです。

そこでコウ師は[市場が結構になるということは、自分の家が結構になるということです。どうしたら結構になれるかということを三つ教えましょう。

一番は、自分の市場の土地が一番結構な土地であると思わせて頂くことです。「このお店が繁盛しないのは土地が悪いからだ。もっとこういう所であったら繁盛するのに…」など悪いところばかり考えて、その土地を有難く思わない人は絶対繁盛しません。次は、自分の商売を拝ませて頂くことです。自分の与えられた仕事が一番有難い仕事だと、毎日神様にお礼申して拝むということが、繁盛する道です。

もう一つが、家族の者が仲良くするということです。これが一番大事なことです。主人が家内に惚れ、家内は主人に惚れることです。家中の者は、家の人同士が皆惚れ合いをする。「自分の子供ほど良い子供はない、自分の親ほど結構な親はない、自分の主人ほど世の中にこんな良い人はない、どこの家内を見てもうちの家内が一番良い」こういう様に家族の者が互いに惚れ合いをする、これが一番繁盛する道です。

この三つを守らせて頂くことが、子孫繁盛・家繁盛のおかげが頂けるのです]とみ教えなされました。

★私達が、幸せに感じる瞬間とは一体どんな時でしょうか。お金がたくさんあることが幸せなことでしょうか。お金がたくさんあっても家中でいざこざを起こしていては幸せな姿とは言えませんね。健康で円満のおかげを頂かなければなりませんね。

しかし、病院のベッドで寝ている方は幸せを感じられないでしょうか。そうではありませんね。「今日も良い病院で手当てをして頂いて、親切丁寧な方に囲まれて有難いな」と思えることは幸せを感じる瞬間ですね。

このように、その一瞬一瞬を有難いと思えることが幸せに感じる瞬間なのではないでしょうか。小さなことも有難く思い、喜ばせて頂くことを毎日積み重ねることが、より一層幸せな生活になってゆくはずです。

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2016年05月18日

●元を忘れない生き方 

 昭和の初め頃、植田氏というお方が阿倍野教会にお導きを頂かれ、子供の病気全快とセルロイドの製品の工場の立ち行きとを願って、熱心に日参と聴教に励んでおられました。セルロイドという材料は保存の仕方を誤ると自然発火してしまうそうで、入信以前、この工場は三度も火事を出し、三度目の火事では三人の従業員が亡くなられ、多額の借金を抱えておられたのでした。

★植田氏は日々のみ教えを拝聴するたびに、有難く胸につき刺さるような思いになり、涙があふれてきて泣き伏してしまわれるほどの頂きようでした。なぜならみ教えを頂くことによって、それまでの自分の考え方、生き方がいかに間違っていたかを悟られたからでした。そこで心配を神様にお預けし、必死におすがりなさって立ち行きを願われたのでした。

★家族内では、奥様たった一人で教会に参拝なさっておられましたが、毎月お宅祭を仕えられるようになられ、ご主人や従業員の方と共にみ教えを頂く機会をつくられたのでした。ところが初めのうちは、ご主人と従業員の方はお祭りの最中も外で煙草を吸い、全く聞く耳を持たれませんでした。しかし、お宅祭の回数を重ねるたびに、み教えの有難さが伝わり、ご主人も拝まれるようになって、従業員の方も正装してお祭りを拝まれるまでに変わられたのでした。

★そして、工場全体、家族全体がみ教えに沿って改まらせて頂くことが出来られ、植田の家の霊様だけでなく、火事で亡くなられた三人の従業員の霊神様をお祀りされて霊祭を仕えさせて頂くまでにおかげを頂かれました。すると、工場は拡張し繁盛されて立ち行くようになられたのです。現在も子孫の方々が御礼のご信心を変わらずに続けておられます。大切なことは、元を忘れない生き方であるのですね。

★『おかげを受けるのに巧者がある。誰でもおかげを頂いたらその有難いという事をいつまでも忘れないようにせよ。それを忘れたらもういけない。あとのおかげを頂けない。それさえ忘れなければ、おかげは思うように頂ける。』

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2016年05月17日

●実意丁寧に親切を尽くす姿勢

御本部御礼参拝をさせて頂いた際に、私達も利用させて頂く金光図書館は岡山県下で障害者に対する対応が一位、児童書については全国の中でも大変優れているということです。金光図書館は、四代金光様となられた金光鑑太郎様が昭和18年に創立されました。四代金光様が初代館長であられる頃から今日まで、御用される上で3つの方針を貫いて御用なされているそうです。

1)どんな注文が来ても、「できません。」は言わない。神様に「どうしたらできるでしょうか。」とお願いして努力と工夫をさせて頂く。

2)「ありません。」は言わない。「お探ししましょう。作りましょう。」を心がける。

3)「分かりません。知りません。」で済ませない。「教えて下さい。気付かせて下さい。」とお願いさせて頂く。

★一人の利用者の為に、実意丁寧に親切を尽くされる御用のご姿勢をしっかりと学ばせて頂かねばなりませんね。

★三代金光様の奥様であられる金光キクヨ姫様は『「手を切ったから炊事が出来ません」、「おしめの洗濯はできません。」では困るでしょう。頭を働かせて、分別してさせて頂きましょう。』『リュウマチの私が「病気だからできない」と言うてしまえばそれだけのこと。そこをお願いして掃除させて頂けた時の喜びは、元気な者が掃除させて頂く喜びは何倍の喜びか分かりません。

神様におすがり申してさせて頂きたいという願いを立てれば、掃除の仕方まで神様は教えて下さいます。御用させて下さいます。』と仰せになっておられます。「難しいこと」「できそうにもないこと」をお願いしてさせて頂くことをみ教え下さっています。仕事の上に御用の上に、心配りをして、工夫と努力をさせて頂きましょう。
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2016年05月16日

●問題は改まりの鍵

 昨日は、5月11日に天地金乃神大祭を無事お仕え申させて頂きました、お礼の御本部参拝を共々にさせて頂きまして、真に有り難いことでございました。御本部参拝は、お習字に例えますと、清書を先生に手直しをして頂くようなものです。常から日参と聴教で信心の稽古をさせて頂き、御本部参拝では、清書を手直しして頂くようなつもりで、神様にご覧頂いて身も心も改まらせて頂くところから、更なる信心向上のおかげを頂くことが出来るのです。

★二代教会長・伊藤コウ師の元に、あるご婦人が、ひどい便秘に悩まされてお届けなさった時のことです。コウ師は、「私も以前、あなたと同じようにひどい便秘を患いました。その時に、ご祈念させて頂いて、有り難いみ教えを頂いたのです。それまでの私は、自分に取り込むことばかり考えて、出すこと(働きを現す)が出来ておりませんでした。仕事でも、手間隙を惜しんで横着を決め込む怠け者であることに、気が付かせて頂いたのです。そこで早速、『私は、親切も、働きも、お礼も足りておりませんでした。人にして頂くことばかり考えて、自分からさせて頂くことが出来ておりませんでした。これからは、少しでもお礼の働きが出来るように、自分から何でもさせて頂くことに一生懸命にならせて頂きます』と、神様にお詫びをさせて頂きました。そして、少しでも手が空いたら、お掃除をさせて頂くなど、心も体も使ってお礼の働きを心掛けさせて頂くようになりますと、腸の働きも活発になり、きちんとお通じを頂けるようにおかげを頂きました。あなたも一度、自分の生活を振り返って、よく考えてみてはどうですか」と、み教えなさったのでした。

★ご婦人は、「確かに私は、人にしてもらうことばかり考えて、人に尽くすことも、親切も足りていませんでした。これからは、人のために働くことを心がけ、主人にも子供にも、もっと心配りが出来るよう改まらせて頂きたいと思います。」と、結構にお結界で改まりを誓わせて頂かれたのです。すると、下剤を使っても治らなかった便秘が、お届けなさった数日後から、隔日にお通じを頂けるようになりましたと、お礼のお届けが出来られたのでした。

★起きてくる問題を通して、自分の思うこと、してきたことに間違いがあることを教えて頂いているのです。日参と聴教に励ませて頂いて、自分の改まるべきところを悟らせて頂き、日々信心の稽古に励ませて頂きましょう。

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2016年05月14日

●神様のお知らせ

 先日お宅祭を仕えられたご家庭のことです。以前の住居を購入させて頂かれる際に、「この土地と家屋を購入させていただきますので、どうぞよろしくお願い致します」とお届けされました。そして、いよいよ契約の為の手付金を支払う当日の朝のことです。そのご信者のご兄弟の家に、全く知らない方から一本の電話がかかってきたのです。その電話の内容は「あなたのご兄弟が購入しようとされているあの家は、理由ありの家ですからやめといたほうがいいですよ」という内容であったそうです。そのことを連絡して頂かれたご信者は、早速お届けに行かれ三代教会長先生にその旨をお届けされました。

すると三代教会長先生は「それは神様のお知らせでありますから、すぐに止めなさい。大体良い時というのは物事がさっさと進むのです。ところが、上手くいかない時には神様が止めて下さるということがあります。ましてや全く知らない人から、こちらの知らない情報を教えて頂いたということは、神様のお知らせだと思って止めさせて頂きなさい」とみ教えなされました。そのご信者は、み教え頂かれた通り契約されるのを止められ、また改まってお願いさせて頂かれて、次の新しい住宅を購入させて頂かれるようにおかげを頂かれたのでした。

★本当に一心におすがりさせて頂きますと、ギリギリのところでも神様は止めて下さるのです。神様は先の先までご存知ですから、自分達では分からないことでも、お届けしてお願いしてさせて頂きますと、良い時には物事が順調に進みますし、良くない頂く時には止めて下さるのです。それは自分の心に教えて頂く時もあれば、人の口を通して教えて下さることもありますし、また物事で以て教えて下さることもあるのです。そのお知らせを悟らせて頂けるだけの受け物にこちらがならせて頂かなければなりませんね。

★常にお礼を申して生活させて頂くことを心掛け、神様と繋がりが深くならせて頂きますと、危ないところも逃れさせて頂いて、直々に神様からお知らせが頂ける様になってくるのです。

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2016年05月13日

●万事万端におかげを頂いて

11日には、万事万端において結構なおかげを頂き、天地金乃神様の御大祭をお仕え申し上げることが出来ましたことは、真に有り難いことでございます。お湿りも、時間のご都合お繰り合わせを頂きまして、参拝の方々がお帰りになる頃には止んでおりました。

12日には、気温も上がり、快晴でしたので、内膳、配膳の後始末、テントの後始末等、絶好の片付け日和でした。

★また、御大祭当日は千人分を超える折を準備させて頂き、遠方各地からお参りなさる方々にも、お直会としてお持ち帰り頂きますので、涼しい気候は食中毒などの心配の面でも、実に有り難いおかげを頂きました。

以前、保険所の方においで頂いて、食品管理の指導をお願いした時に、「これまでは一度も食中毒が出た事はありません」とお伝えさせて頂きました。

すると、「それは奇跡的なことですよ。正に神様のご加護ですね。」と、言って頂き、改めて微にいり細にいり神様のお守りを頂いていることに、気が付かせて頂いたことでした。

★お願いさせて頂いて出来てくることは、全て神様が一番良いようにご都合お繰り合わせを付けて下さっているのです。「一生懸命にお願いさせて頂いたのに、なぜこんなことになるのだろう・・・」というような思いになる時には、自分の視野が狭くなり、神様が全体を最善の方向に導いて下さっていることが、見えていないだけなのです。

★これからさっそく、秋の御大祭に向けて実意丁寧にお願いさせて頂き、広大な神様のおかげに気が付かない、というようなことのないように、信心向上のおかげを頂きたいと思います。

『氏子らは小さい所に気をつけて、夜分に提灯を借りても、手みやげをつけて、大きにありがとうと礼を言って返すが、日乃神様には、どのくらい大きなお礼を申しても、過ぎることはあるまい』

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2016年05月12日

●天地金乃神大祭をお仕え申し上げて…

 昨日は、皆様方のお手篤いご信心とお導きによりまして、 天候をはじめ全てに亘り万事万端ご都合お繰り合わせを蒙り、信奉者一同が真心込めて盛大に天地金乃神大祭を仕えさせて頂きましたことを、厚く御礼申させて頂きます。また、たくさんの方々の真心からの御用奉仕に、心より御礼申させて頂きます。

★私たちは、天地の親神様の御神徳に満ち満ちた世界で、神様のお恵みを享受させて頂き、様々な命を分けて頂いて、お命を繋いで頂いて生活させて頂いております。また、天地のお働きの中で、様々な人や漁業、農業、林業、各種工業、多くの産業、国家社会にお世話になって生活させて頂いているのです。その有形無形の恩恵に対してしっかりと御礼を申し、一段と進んだ姿に成長させて頂きたいと思います。

★祭典後は、西宮教会長・西村憲正師より『和賀心、われ人を助く』という御講題でお説教を賜りました。[私達は、天地金乃神様から分け霊を頂いております。この親神様から賜った尊い神心は、油断をしますと「我さえよければ…」という我情我欲の心に成り下がってしまわないとも限りません。教祖様は『おかげを受けられるか受けられないかは、わが心にある。わが心さえ改めれば、いくらでもおかげは受けられる』とみ教え下さっておられます通り、和賀心の本質は、自分を助け、人をも助けていく心であると思います。

私達信奉者一同は、このお道の信心に生きる喜びを、家庭生活全般の上にいささかでも言葉や行動にあらわしてゆくことです。そして、いかなる難儀が起こってきましても、氏子の方が決して神様を見離さず、天地の親神様に一心におすがりさせて頂くことが何より大切であると思います。天地の親神様は、私達に命を与えて下さっておられるのみならず、「生かそう生かそう」と惜しみなく恵みを与えて下さっておられます。その親神様の恵みのお導きを、我賀心で悟ってゆくことが大切なことであると思います]との大変有り難いご内容でした。

★御大祭の御庇礼を蒙り、ここから一層ご信心を進めさせて頂き、秋の金光大神大祭に向けましてより一層に信心が向上させて頂きますよう、共々におかげを蒙らせて頂きたいと願わせて頂いております。


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2016年05月11日

●本日は天地金乃神大祭です!

皆様、おめでとうございます。本日は天地金乃神大祭をお仕え申し上げます。結構な神様のご都合お繰り合わせを頂きまして、また、ご信者皆様の真心からのご祈念と御用奉仕を賜りまして、無事に御大祭当日を迎えさせて頂きましたことは、真に有り難いことでございます。

★『氏子が神と仲ようする信心ぞ。神を恐れるようにすると信心にならぬ。神に近寄るようにせよ。』神様は命の親様であり、身体を作って下さった親様であります。私達は皆、天地金乃神様から生命と身体を授かり、天地のお恵みの中で生かされており、慈愛深く願いをかけて頂いている存在です。

日々生かして頂いているお礼を申し、日々働かせて頂いているお礼に何としてでも御用にお使い頂き、そのご恩の万分の一でも報いる働きがさせて頂けますように、という心持ちで御用にお使い頂きましょう。天地の大祖神様への御礼の大みまつりを、信奉者一同勢を揃えて有難く奉行させて頂きましょう。

★御大祭の一番のお直会はお説教で頂くみ教えです。ご祭典の初めから拝ませて頂き、お説教の最後まで聞かせて頂きましょう。そして、家族、親戚、お導きの方々、お知り合いなど洩れなくお伝えの上ご参拝され、御大祭の御庇礼を蒙られることをお願いさせて頂いております。

■午後一時より おかげ話 3名
 小池孝次氏・三上美恵氏・西山一郎氏

■午後二時より 天地金乃神御大祭 奉行
■祭典後説教 講題『和賀心、われ人を助く』
■講師 西宮教会長 西村 憲正師
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2016年05月10日

●我よしと思う心

 あるご信者は、「息子が近頃随分真面目になってくれて、神様のおかげですわ。有難いことや。」と自宅でお嫁さんに言って喜んでおられました。それを聞かれたお嫁さんが、「神様のおかげではありません。私が一生懸命頑張ったからです。」と言われ、お姑さんとお嫁さんの意見が食い違い、関係が悪くなってしまったのでした。

★その事をお結界でお届けされ「どうにも仕方のない嫁です。」と話されますと、三代教会長先生は「それは、あなたの心掛けが間違っていますよ。そのような言い方では、お嫁さんにしてみれば『私が(お姑さん)これだけ一生懸命お願いしているから、神様がおかげを下さったのですよ』というように恩着せがましく聞こえてしまったのです。信心が進ませて頂きますと、『あなた(お嫁さん)が一生懸命に息子に尽くしてくれるから、息子が結構にならせて頂けた。あなたのおかげや。有り難う。』とお礼を言えるようになります。」と仰せられました。

★「では、神様のおかげはどこへいってしまったのですか?」と続けて尋ねられますと、「お嫁さんこそが神様のおかげの現れです。あなたがご信心を進ませて頂いて、お嫁さんを心から拝めるようになりお礼を申せるようになったら、今度はお嫁さんの方も『そんなに言ってもらったら恥ずかしいです。お母さんがご信心して下さるおかげです。』となり、円満に収まるのです。神様のお働きをお嫁さんの中に見つけさせて頂きましょう」とみ教え頂かれたのでした。

どんな間柄であっても「あなたのおかげです。」とお互いに感謝し、御礼を言い合って生活することが大切です。「私がしてやってるからだ!」「自分の方が正しい!」と心で思っていたり口に出していては、有難いものが伝わってゆきません。実際に口に出してお礼を申す生き方を心掛けておりますと、そこに有難いものが生まれ、自ずと信心が伝わってゆくのです。


★安武松太郎師(甘木教会初代教会長先生)がお詠み下さっているお歌
「我よしと 思うは智慧の行きづまり 怪我あやまちもそこよりぞ来る」
「我よしと思う心を仇として 戦いて行け 日ごと夜ごとに」
「我よしと思う心は 道のあだ 我が身のあだと戒めてゆけ」

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2016年05月09日

●おかげの元を頂き直す

昨日はみかげ会例会が開催され、神月氏の有り難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★入信の初めであられるお父様は、13歳から16年間木津市場の卸売店に丁稚奉公に出られました。奉公を終えられ、ご夫婦で木津市場に店を持つようになられてからも、戦争による疎開を経験なさったり、ご信心を元に8人の子供を育てながら苦労を乗り越えてこられたのでした。

★長男である神月氏は、ご両親からはもちろんのこと、二代教会長・伊藤コウ師から、家業を立派に相続し、家繁盛の中心となるよう、並々ならぬお祈りを受けてお育て頂かれたのでした。12歳のとき、お母さまが神月氏のことについて、
「うちの息子はぶっきら坊で気性が激しくて・・・」と、悩みをお届けなさいますと、伊藤コウ師より、
「今日から私とあなたで、息子さんの事、10年祈り続けましょう。きっとおかげは頂けます」と、み教え頂かれたのでした。それからちょうど10年後の22歳の時に、家業に入る準備として他店に修行に行くこととなられたのでした。

★今日も、二代教会長先生、三代教会長先生から、人生の岐路において頂いてきたみ教え、そして、ご両親が家業に精を出して打ち込んで来られた姿を心に深く刻みながら、ご信心を進めておられますことは、真に有り難いことです。

★今日頂いているおかげの元を忘れては、決して結構にはなりません。11日の御大祭をお迎えさせて頂くにあたって、我が家の入信から信心を振り返らせて頂き、どのようなみ教えを頂いて、どのように改まらせて頂き、おかげを頂いてきたのかということを再確認させて頂きましょう。

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2016年05月08日

●徳切れにならないように…

 二代金光四神様は、桂松平師に「桂さん、世の中で何が一番恐ろしいかのう」と問われた時「さようでございますなあ・・・、昔から、地震・雷・火事・親父と申しますが、私もそれが恐ろしゅうございます」と申し上げられました。すると四神様は、「そうじゃのう。それもあるが、世の中に徳切れということがある。その徳切れが一番恐ろしいものじゃ。ちょっと見は立派な顔をして、髭の一つも生やしている旦那さまで、牢の中で赤い着物を着て苦悶している者がある。これは徳切れのために、めぐりが出てきて、白いものが黒う見え、黒いものが白う見え、悪いことが面白うなったのじゃ。信心も広大なおかげを受けた時は、これまでの信心の徳によって助かったのであるから、それからは、また改めて一心に信心させていただいて、徳を積んでおかぬと、後の大難が来たとき助からぬわい」とみ教えなされたのでした。

★二代教会長伊藤コウ師は、「徳切れの姿になると、前へも後ろへも進むことが出来ず八方塞がりになるのです。また、生きたくても生きられない、死にたくても死なれない、というような状況になってしまう人がありますよ。」とみ教えを下さったことを思い出します。さらにコウ師は「お世話になり恩恵を受け続けて生活しているのですから、そのご恩に報いる御礼の働きをさせて頂くことを願わせて頂かなくてはなりません。今日まで頂いているご恩の有難さが分からず、御礼をさせて頂くことを忘れていると、恩詰まりになり、恩詰まりは徳切れになるのです。恩知らずほど恐ろしく、人として恥ずかしいことはありません」とみ教え下さっておられます。

★徳切れにならないために、私達は日々しっかりとお徳を積む生活を心がけさせて頂き、前々の悪習慣や悪癖によるめぐりを取って頂く様に改まらせて頂かねばなりません。そして、おかげを頂いたら徳の貯蓄はゼロになったと思って、一からまた改まってお徳を積む生活を心掛けてゆくことが大切です。自分自身がしっかりと信心させて頂いて家業に励ませて頂き、積徳の心行を心掛けさせて頂きますと、自分自身だけでなく周囲の方も助かってゆくのです。

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2016年05月07日

●真剣なご祈念

 あるご信者(奥様)が自転車で出掛けられ、用事を済ませて帰宅された後に、鍵の束が無くなっていることに気付かれました。いろいろと探されたのですが、日も暮れてしまい、その日は見つけることが出来ませんでした。その日の夜、ご主人は鍵が見つかる夢を見せて頂かれました。翌朝、奥様にその事を伝えられますと、なんと奥様も同じように見つかる夢を見ておられたのです。有難いことに、ご夫婦揃って鍵が見つかる夢を見せて頂かれたので、「これはどうあってもご祈念をして見つかるおかげを頂こう!でなければ、信心をさせて頂いている甲斐がない!」と思われ、ご主人は心中御祈念なされて再び探しに行かれました。

★昨日に用事先まで通った道を自転車で探しましたが、見つかりません。帰る時、横断歩道で信号が赤になり、立ち止まりました。すると、ふと車道と歩道の間に置いてあるプランターの車道側に鍵があるような気がされたのです。そして、回り込んで見てみますと、プランターの車道側に鍵が落ちていたのでした。神様が教えてくださったのですね。往路では、見ていたつもりが気づく事が出来なかったところを、復路に信号で止めて下さり、神様が心にお知らせ下さったのでした。

★ご主人が、その御礼届けをされた際に「いつも御祈念させて頂いているつもりでしたが、今回のように、鍵を探しに行くという思いで一生懸命に御祈念させて頂く時を経験すると、普段のご祈念がどれ程いい加減であったかが良く分からせて頂けました。真剣さの度合いが全く違っていました。その事を神様が教えて下さったのだなあと実感いたしております。」とおっしゃっていました。

★子どもが迷子になった時や、大切な物を無くした時のような「どうあっても…」という真剣さ・一心のお願いが普段なかなか出来ていません。出来事を通して、普段の自分を見つめ直す機会を与えて頂くことは大変有難いことですね。

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2016年05月06日

●神様を杖に…

 昨日は、素晴らしい五月晴れの中、真栄根会総会を開催させて頂き、内木一年氏の有り難いおかげ話を聴かせて頂きました。内木氏の奥様のお祖母様が昭和23年、戦後の混乱期に御主人を亡くされ、小さな子供さん4人とお姑さんを女手一つで養うこととなられたのです。そんな中、御親戚にお導きを頂かれて、阿倍野教会へ参拝になられたのです。初めて二代教会長伊藤コウ師にお届けなさった時、『金の杖をつけば曲がる。竹や木は折れる。神を杖につけば楽じゃ。』のみ教えを頂かれ、お祖母様はそれから日参と聴教に励まれ、生活全面に亘ってお取次ぎを頂かれるようになられたのでした。

★内木氏は、信心のある奥様と結婚なさったものの、信心する気になられませんでした。しかし、内木氏の長女さんが生後間もなく髄膜炎を発症し、「後3日の命」と医師より告げられたのでした。三代教会長先生より、「子供さんが助かりますようにしっかり御祈念させて頂きましょう。あなた自身が金光様にお願いさせて頂き、1日何十回となく御礼を申させて頂きましょう。」とみ教えを頂かれたのです。そして翌日から日参とお届けを続けられました。

★娘さんは生命を継いで頂かれ生後2ヶ月の時、脳圧を下げる手術を受けられることになられ、三代教会長先生より「お医者様のお手をお借りして神様に手術して頂くのです。しっかり御祈念させて頂きましょう」とみ教え頂かれました。手術は無事に成功し、手足の麻痺など必ず後遺症が残ると言われておりましたが、一切後遺症なしに全快の大みかげを蒙られたのでした。後に、内木氏は御本部の御大祭に参拝された際に、御霊地で執刀医の先生に偶然出会われたそうです。何とその医師は、奈良県のある教会で熱心にご信心なさっておられる方であったことが分かり、神様が医師の手を以て手術させて下さったことを改めて分からせて頂かれたのでした。

★内木氏は、これまで2回の交通事故でも、大難を無難のおかげを蒙られ、家業(すし店)の上に、健康の上で様々なおかげを頂かれ、また親戚の端々までも大みかげを頂いておられます。内木氏は、長女さんの病気をきっかけに信心に目覚め、お祖母様のご信心を頂かれて、一心に神様に心を向けられました。そして、今日日参と聴教に励まれ、お礼の信心を続けておられます。

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2016年05月05日

●心の凝りを取る

あるご信者が入信以前のことですが、ご主人が借金をして事業を行い失敗して借金が増え、また借金をして違う事業を行い、失敗して借金が増えるという事を繰り返し、行き詰まってしまわれました。その結果、離婚してしまわれ、大阪で子供と生活する事になりました。その時、阿倍野教会にお引寄せ頂かれたのでした。「別れた主人が私を苦労させた。あの人が悪い」と不平不満・憎しみが消え去りませんでしたが、み教えを頂かれましたら、有難い心にならせて頂き「このお道でおかげを頂こう」と覚悟を決められたのでした。そこで、日参と聴教に励まれ、お取次ぎを頂き続け、日々信心を元に生まれ変わっていかれたのです。

★ある時、その別れたご主人が「お金を貸して欲しい」と来られたのです。ご信者は「かわいそうやなぁ」と思い、生活費を助けてあげられました。すると次は一緒に住んでいる女性を連れて現れたのでした。ご信者は「今はこの方が私の代わりに苦労しているのだなぁ。かわいそうになぁ」と思われたそうです。そこまで慈愛に満ちた心に変わられたのでした。晩年には「あの主人がいたからこそお道にお引寄せ頂けた。私にとっては恩人です」と仰るまでに心が変わられたのです。そして、曾孫、次の代と囲まれた生活を送られ、90歳を超えるまで御長寿のおかげを頂かれました。まさに、お徳を頂かれる働きをされ、自分自身も助かり、周囲も助かるという生き方に変わられたのでした。

★教祖様は『心の凝りをとりなさい』とみ教え下されております通り、心の凝りを取り除きませんと、人の意見も耳に入らず、自分の殻を破ることは出来ません。一口に「心の凝りをとる」と言いましても、なかなか自分一人で出来るものではありません。日々み教えを頂き、天地の道理を悟らせて頂いて、めぐりのお取り払いを頂くことによって、少しずつ結構な姿に生まれ変わらせて頂くことが出来るのですね。
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2016年05月04日

●『石になるなよ、綿になれ』

 二代金光四神様は、九州布教の始めとなられた桂松平師・ミツ師ご夫妻のご出立に際して、ご夫婦を前にして各々にみ教えをなさいました。

★ご主人の桂松平師に対しては、「長い年月の間には、塩の辛いこともあれば、甘いこともあるが、甘い辛いを言うなよ。(味付けのこと)」

★「私(金光四神様)があるとき、妻に、『同じいただくご飯なら、もう少し軟らかく炊いたら食べよかろうにのう』と言うたら、妻は謹んで、『さようでございます。何とも申しわけございません。ちょうどご飯のできます時、子供が手をとりましたので』と詫びた。
それからご神前に出ようとすると、普段なら当たるはずのない八足の角で、いやというほど頭を打った。そのとき、神さまからお声があり、『頭の痛いのが苦しいか、ご飯の硬いのが苦しいか』とご意見を受けたことがあるからのう。」

★奥様であられる桂ミツ師には、「のう、おミツさん。この桂という人間は、世界中に一人というか二人というか、三人とはない者になろうという所存であるから、ずいぶん難しいぞ。…いかに夫婦というても、長の年月にはよいことばかりではない。腹の立つ時もある。
腹を立てれば心の鏡がくもるぞ。そうすれば、神のおかげは映らぬ。腹の立つ時には、すぐ神にあげよ(ご祈念しておあずけせよ)。夫が腹を立てて茶わんを投げた時には、石にならず、綿になっておれ。石になると茶碗は割れる。綿になっておりさえすれば、茶碗は割れぬ」とみ教えなさいました。

★夫婦の間でも互いを思いやり、足らないところがあれば足し合ってゆくことが大切です。そして妻は「主人が今日も健康でお役に立つ働きが出来、願い以上のおかげが頂けます様に」と願い、夫は「妻の身の上が健康で、家事・育児がさせて頂けます様に」と願いましょう。初めの心を忘れずに、互いに後ろ祈念をして支え合って生活させて頂きたいものです。

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2016年05月03日

●特別なご修行には特別なおかげ

11日の御大祭まで、あと10日足らずとなりました。たとえ10日でも、一週間でも、御大祭に向けて日を切ってご修行に取り組ませて頂くところには、必ずや結構なおかげを体感させて頂くことでしょう。

常平生の信心が大切なことは言うまでもありませんが、しっかりとした願いを持って御用に、お導きにと、御大祭を機にいっそう改まってご信心させて頂いておられる方々が、先日から次々と有難いお礼のお届けが出来ておられます。

★あるお方は、誤嚥性肺炎で入院なさっておられたのですが、先日退院なさり、まだ、両腕を支えられて、やっと歩行できる状態の中、息子さん夫婦と奥様と一緒にお礼参拝にこられました。この方は、これまでも命の危機を何度も乗り越えさせて頂くような経験をなさり、その都度「何が何でもおかげを頂きたい」という強い一心でおかげを頂いてこられました。

この方がお偉いのは、どんなに厳しい状況になられても、「もう歩けなくなるだろう」とか、「もう御本部参拝は無理だろう」というように、自分から諦めてしまうことなく、神様を離さず願いを強く持ち続けられることです。今回の肺炎でも、「何が何でも御大祭に参拝させて頂きたい」という願いを強く持ち続けられ、医師も驚くほどの早さで回復させて頂かれたのでした。御大祭に参拝させて頂く為に、ご自身の体調はもちろんのこと、息子さんのお仕事のご都合お繰り合わせも頂かれるよう、今日も一生懸命願い続けておられます。

★御大祭に向けて、共々に一層改まってご信心に励ませて頂き、有り難い天地金乃神様のご庇礼を体感させて頂きましょう。
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2016年05月02日

●親切丁寧に

 現在、会社の先輩を真心親切にお導きなさっているご信者がおられます。ご信者は、先輩がお参りされる際には、一緒に参拝され、分からないことがあれば丁寧に教えておられます。しかし、最近では段々と先輩の方も、一人でお参りをされるようになり、更には、「声をかけて頂いたので、御用の一端に加えて頂きたいと思います。」と自ら仰るようになっておられます。相手の助かりをお願いし、日々お取次ぎを頂いて、どこまでも真心を尽くして親切丁寧にお導きを続けさせて頂くということが、どれほど大切であるかを分からせて頂けます。何事もそうですが、人に教えるのに相手に言いっぱなしにしてしまったり、「一度お伝えしたので、あとは自分で勉強して下さい。」というのでは、相手に真心は伝わりません。

★二代教会長伊藤コウ師は、「親切というのは、相手の心になるということである。」ということを、教えて下さっています。「相手の心になる」ということは、簡単な事ではありませんし、自分の力ではできません。自分の力でしようとしますと、無理が生じてきます。また、心に群雲が出てきて「私みたいな者が言っても…」と思ったり、「言っても聞いてくれないだろう」というような不成心が出てきます。お届けして神様にお願いしてさせて頂きますと、神様がさせて下さるので、無理が生じることなく、足りない所は神様が足して下さるのです。

★御大祭に向けて、不成心を取り去り、周囲の方々の助かりをお願いして、御大祭のご庇礼を一人でも多くの方が蒙って頂けるように、真心を尽くして親切丁寧にお導きをさせて頂きましょう。

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2016年05月01日

●信心辛抱のお徳 

 二代金光四神様はお隠れになる二日前、ご家族にご遺言を残されました。その御遺言通り、金光攝胤様(三代金光様)が数え年14才で御結界の御用を継がれることになられ、明治26年から70年間にわたって84才まで御用におつき下されたのでした。

★三代金光様は、後に東北地方のある教会の在籍教師にみ教え下さっています。「天地の事は、人の力に及びませんでなぁ。神信心には何事も辛抱することが一番大切でございます。教祖様が欲を放して神様の御取次をお受けなさって、四神様がお跡を10年、夜に昼に欲を放れてお座りなさって早うお国替えなされてなぁ。それから何も知らぬ私が座りさえすれば楽じゃと言うて座らしてもらいました。初めのうちは辛うて辛うてよう泣きましたがな。親様の教えを守らしてもろうて泣く泣く辛抱しいしいに座っとりましたら、欲しいものも考える事もいつの間にかなくなりましてなぁ。有難うて有難うてならんようになり、なんぼう御礼を申しても足りませんのじゃ。御礼の足りませぬお詫びばかり申しております。勿体ない事でございます。」と仰せになられたのです。

★三代金光様も数え年14才というご年令で、初めはお辛い思いをなさっておられましたが、神様の思し召しと有難く受け切られ、親様のお祈りを受けられて、ひたむきにお縋りなさって信心辛抱のお徳を表して下されたのです。本当の辛抱とはおかげを蒙らせて頂かねば出来ないことです。辛抱させて頂けば頂くほど、有難い信心辛抱のお徳を積ませて頂けるのです。それは生き抜いてゆく力を身に着けて頂いているのですね。

★信心の上での苦労は、させて頂かねば身に徳を頂くことは出来ません。苦労から逃げようとしたり、責任転嫁ばかりしていては決して結構にはなってゆきません。各家庭においても、家長は家長としての役目があり、家老は家老としての役目があります。 夫々の立場で、自分自身に与えて頂いた責任を全うさせて頂いておりますと、後々の子孫まで助かってゆくおかげが頂けるのです。

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