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2016年04月30日

●信心の聡明さと継続する力

 先日あるお方が「人があれこれと私のことを仰るのですが…」とお届けされました。そこで[人から何を言われても、「はい、有難うございます」と答えておきなさい。「なんで私がこんなこと言われないといけないのか…」と思っておりますと、段々と不足心が大きくなってしまいます。信心の聡明さを身につけることが必要ですよ。そのために自分自身の受け物を大きくしてゆくことです。

『人の口に戸は立てられない』とみ教えを下さっていますように、人は色んなことを仰ってこられますから、いちいちあれやこれやと反応せずに、「有難うございます。結構におかげ頂いております」とお礼を申したらよいのです。すると相手の方も「そうですか。あなたもしっかりとおかげを頂いて下さいよ」という風に、互いに挨拶が交わせるようになってくるのです。それを根気強く続けさせて頂く様におかげを頂きましょう]とお話しさせて頂いたことでした。

★『神の一言は千両の金にもかえられぬ。ありがたく受けて帰れば、みやげは舟にも車にも積めぬほどの神徳がある。心の内を改めることが第一なり』とみ教え頂いております通り、私達は様々な場面で神様からみ教えを頂いております。それを「これこそ神様のお言葉として頂かねば!」と悟らせて頂けるだけの受け物にならせて頂かねばなりません。人間はつい自分中心の考え方に陥ってしまいやすいものです。そこで、日参と聴教をさせて頂き、日々金光様のお取次を頂いて天地の親神様の御神徳を蒙らせて頂けるように、自分自身を鍛え信心の勉強をしてゆかねばなりません。そうすれば迷いがなく、良いことが長く続かせて頂けるだけの受け物が出来てくるのです。有難いおかげを頂いてゆくためには信心の聡明さと、毎日継続していく力を身につけることが必要ですね。

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2016年04月29日

●楽は望まぬ。苦労しがいのある苦労を…

 二代教会長伊藤コウ師が同窓生の方から「御主人の亡くなられた後、現在の状況になられるまでおかげを受けておられる上には、色々な苦労があられたことでしょう。その苦労話を聞かせて下さい。」と問われたことに対して、コウ師は「いつかは苦労させて頂かねばならないと思っておりますが、私は未だ苦労ということを知りません。苦労とは、思ったことが思った通りにならない、願ったことが願った通りにならないということを経験して苦労だと言えますが、私の場合は思ったことが思った以上になり、願ったことが願った以上のおかげを頂いておりますから、苦労らしい苦労はしておりません。ですから、おかげを頂いたおかげ話は出来ますが、苦労話は出来ません。」と仰せになりました。

★阿倍野教会が布教より5年を経た大正15年に、初代教会長伊藤徳次師が32才でお国替えなさいました。その後、初代教会長先生のご遺志を受け継がれて、二代教会長伊藤コウ師が神様におすがりされ、旧広前の建築が完成され、今日の阿倍野教会があります。

★『親を大切に思わず、師匠を粗末に思いましたら、神様のおかげもお道も立ちません。』『何年たっても親を離すなよ。変わったことを言うことはない。金光大神の理解の通りを伝えておけ。』(二代金光様のみ教え)

★二代金光様も教祖様のご信心を受け継がれ、現わされるということに一所懸命になられたのです。先代の心を受け継がずに、何か新しいことをせねばならないと思って迷うことは、我流となってしまい、立ち行かない因です。また、つい楽な方へ楽な方へ流されてしまい、自分中心の勝手気ままな生活に陥ってしまいますと、尊い生き方にはなりません。私たちは初代、二代と、苦労を覚悟してその礎を築き上げてこられたご信心を各自が習わせて頂くことが大切なのです。

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2016年04月28日

●心と身体の掃除をする

 私達が肉眼で見ている部分というのは本当に狭い範囲です。他の人に対して「善い、悪い」と批判しているとしても、その人の全てを見ることが出来ているわけではありません。私達人間が見ているのと、神様の眼からご覧になられた範囲とでは、大きく異なります。また、「心コロコロ」と言いますが、人間の心はすぐに変わりやすいものです。先ほどまで「有難い!」と御礼を言っていたのに、ちょっとした事ですぐに「もうどうにでもなれ!」と投げやりになってしまったりします。日々心行(心を磨くこと)の稽古をさせて頂いていても、足らないところや思い違いは次々と起こってきて、磨いてもまた錆びてくるのです。それほど私達の心には、様々にはびこっているものがあるのです。ですから日々み教えを頂き、心と身体の掃除をさせて頂く事が必要です。

★「心の掃除をする」とは、どのような所を掃除させて頂くのでしょうか。@いつも不平・不足が出る。A人と比べて羨ましく思う。B人を批判する。C人に勝とうとする。D人に頼る、依存する。Eすぐに怠ける、楽をしようとする。…こういった悪癖・悪習慣を掃除させて頂きますと、どれほどすっきりすることでしょう。

★また、「身体の掃除をする」とは、暴飲・暴食や偏食といった、不健康な習慣を改めて、規則正しい、バランスのとれた健康的な生活習慣を身に付けさせて頂くということです。

★阿倍野教会の天地金乃神大祭まで、あと2週間ほどとなりました。この2週間、日々自分自身の心と身体を掃除させて頂くつもりでみ教えを頂き、ご修行に励ませて頂きましょう。そうすれば、起きてきた出来事に対して、「自分自身の心を磨かせて頂くために神様から与えて頂いた出来事だ」と有難く頂いて、取り組ませて頂く事が出来るのです。

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2016年04月27日

●神様がすべてご存知である

 昭和9年の頃のことです。地方のある小さな新聞に三代金光様のことを悪し様に書く記事が載りました。全く事実無根のことをあらゆる最大級の雑言をもって書き立てるので、長男様(四代金光様)は腹が立って腹が立って、ある日御母様である金光キクヨ姫様に申し上げられますと、キクヨ姫様は「ご本人の金光様が腹をお立てになっていないことを、あなたが腹を立てるということはどういうことですか?」と静かに呟くように仰せになられたのでした。その時長男様はハッとなされたそうです。「本当にそうであった。今更のように金光様の常の御姿を思わせて頂き、神様にお詫びを申し上げたことだった。私が金光様、金光様と申し上げながら、いつしか5人の親になったこの年まで、三代金光様は一度も腹をお立てになったことがない。」と気付かれたのでした。

★三代金光様は、全く動じられることなく、いつも通り御神勤をなさったのです。そして、ご家庭でもどこでもご自分の感情を表に出されることなく、我を放す稽古を徹底なさり、神様に心を常に向けておられたのです。
『人の悪いことをよう言うものがある。そこにもしおったら、なるだけ逃げよ。陰で人を助けよ。』
『真の信心をする人を見よ。おかげで無病息災、諸事よきこと子孫へ続く。信心する人は慈悲深くして、真の信心をするがよい。』

★江戸時代後期にある藩の財政を立て直した平尾源太夫という方が残された言葉があります。(1)常に心掛けて陰徳を積むべし。
(2)足るを知れば家は貧しくとも心は福者なり。足る事を知らざれば家は富めりと云えども心は貧者なり。
(3)家を治める事においては堪忍を第一とする。驕りをこらえて欲を抑え、欲しいままにせざるもこれ堪忍なり。
(4)無理に利益をむさぼれば却って財を失い、禍いがくる因になる。
(5)人の悪しきことを告げ知らす者があっても、みだりに取り上げ用いるべからず。聞かざるがごとくするもよし。これ家族の多く暮らす者の心得るべきことである。
(6)金銀を多く子孫に残し与えようとするよりも、財を捨て広く善事を行い、陰徳を積みおくべし。その徳善は、子孫にめぐりて子孫の幸となる。

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2016年04月26日

●『祈れ・薬れ』

 あるご信者は、突然呼吸困難に陥られ病院で検査を受けられますと、肺に水が6・5リットル程溜まっていることが判りました。早速その水を抜いて頂かれ、原因を調べて頂かれますと、肺腺癌という病を患っておられることが判明したのです。

そして、医師が「あと一年もたない。放射線での治療は不可能である。そして抗癌剤でしか治療が出来ず、その薬の効果もこれまでになかなか良い結果が出ていない。それでも治療を受けられますか?」と尋ねられました。

★そこでそのご信者はお届けに来られ「今日迄、お生命を頂いてまいりまして、真に有難うございました。この度、肺に腫瘍を見つけて頂きました。治療が受けられるということは有難いことです。

どうぞお医者様のお手をお借りして色々と薬を試して頂きますが、体に合うものが見つかりますように。そして薬の効果が絶大に発揮し、副作用は最小限に済ませて頂いておかげを蒙らせて頂けますように。私自身は何も分かりませんので、神様に治療を受けさせて頂くつもりでおかげを頂きたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します」とお願いされました。

★それから治療を続けられますと、何と有難いことに薬の効果が最大限に発揮され、きれいに癌が消えてしまったのです。医師は「私は同じ病気の方をたくさん診てきましたが、あなたのように回復した人をみたことがない」とおっしゃり、大変驚かれたということです。

そのご信者は、同じような症状で、同じような薬を用いて治療して頂いても、その効果の表れ方が違うということが分からせて頂かれました。今もお礼の心に満ち満ちて、より一層元気にお参りされ良い状態を保っておられます。

★私達は、夫々の身体の中に頂いている治癒力・回復力・免疫力等々…尊いものを、神様から生まれながらにして備えて頂いているのです。それをしっかりと表にあらわさせて頂けるか否かは、自分自身の心の持ち方次第であり、決して悪いことを思わず、良いことを思い、良いことを口にすることが大切です。

薬も天地のお働きによる賜り物から抽出して頂いたものです。"祈れ・薬れ"の心で一心に御祈念し「お医者様のお手をお借りしますが、神様に治療して頂いておかげを頂けますように」という心持ちで有難く拝んで投与して頂きますと、どれほど有難い結果を生み出すことになるでしょうか。ご信心を基にして、心の良い状態・体の良い状態を保たせて頂いて、病気の進行を抑え、病を治して頂けるようなおかげを蒙らせて頂きましょう。

★『祈れ薬れにすればおかげも早いが、薬れ祈れにするからおかげにならぬ』

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●『祈れ・薬れ』

あるご信者は、突然呼吸困難に陥られ病院で検査を受けられますと、肺に水が6・5リットル程溜まっていることが判りました。早速その水を抜いて頂かれ、原因を調べて頂かれますと、肺腺癌という病を患っておられることが判明したのです。

そして医師が「あと一年もたない。放射線での治療は不可能である。そして抗癌剤でしか治療が出来ず、その薬の効果もこれまでになかなか良い結果が出ていない。それでも治療を受けられますか?」と尋ねられました。

★そこでそのご信者はお届けに来られ「今日迄、お生命を頂いてまいりまして、真に有難うございました。この度、肺に腫瘍を見つけて頂きました。治療が受けられるということは有難いことです。どうぞお医者様のお手をお借りして色々と薬を試して頂きますが、体に合うものが見つかりますように。

そして薬の効果が絶大に発揮し、副作用は最小限に済ませて頂いておかげを蒙らせて頂けますように。私自身は何も分かりませんので、神様に治療を受けさせて頂くつもりでおかげを頂きたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します」とお願いされました。

★それから治療を続けられますと、何と有難いことに薬の効果が最大限に発揮され、きれいに癌が消えてしまったのです。医師は「私は同じ病気の方をたくさん診てきましたが、あなたのように回復した人をみたことがない」とおっしゃり、大変驚かれたということです。

そのご信者は、同じような症状で、同じような薬を用いて治療して頂いても、その効果の表れ方が違うということが分からせて頂かれました。今もお礼の心に満ち満ちて、より一層元気にお参りされ良い状態を保っておられます。

★私達は、夫々の身体の中に頂いている治癒力・回復力・免疫力等々…尊いものを、神様から生まれながらにして備えて頂いているのです。それをしっかりと表にあらわさせて頂けるか否かは、自分自身の心の持ち方次第であり、決して悪いことを思わず、良いことを思い、良いことを口にすることが大切です。

薬も天地のお働きによる賜り物から抽出して頂いたものです。“祈れ・薬れ”の心で一心に御祈念し「お医者様のお手をお借りしますが、神様に治療して頂いておかげを頂けますように」という心持ちで有難く拝んで投与して頂きますと、どれほど有難い結果を生み出すことになるでしょうか。

ご信心を基にして、心の良い状態・体の良い状態を保たせて頂いて、病気の進行を抑え、病を治して頂けるようなおかげを蒙らせて頂きましょう。

★『祈れ薬れにすればおかげも早いが、薬れ祈れにするからおかげにならぬ』

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2016年04月25日

●神様のお知らせ

 上田喜久子氏は、ご祈念してふと心に思わせて頂いたこと(神様に教えて頂いたこと)は、すぐに実行し、お結界で頂いたみ教えを守り行うことに生涯つとめておられました。上田氏が御生前中のこと、子供さんと教会へ参拝された帰りの事です。教会を出られて地下鉄の昭和町の駅に着いた時にお母様から頂いた形見の櫛がないことに気付かれたのです。どこかで落としたことに気付かれた上田氏は、すぐに心中御祈念をされました。すると、心に上町線の線路に櫛が落ちている光景が浮かんだのです。急いでその場所まで戻られますと、何と心に浮かんだ通りの線路のレールのところに落ちていたのでした。

★また、ある日の夕食の片づけの途中、あと5,6枚お皿を洗えば終わるという時に「干してある洗濯物を今取り込もう」と、ふと心に思わせて頂かれたそうです。4人のお子さんがおられましたし、雨の日が続いていた晴れ間だったので、たくさんの洗濯物を干しておられたのです。洗い物の手をすぐ止めて、洗濯物を取り込まれたまさにその直後に、激しい雨が降ってきたのでした。上田氏は、日常茶飯どんな些細なことでも、心中御祈念を欠かさず、その時にふと心に思わせて頂かれたことを神様のみ教えと頂いて、即実行させて頂くことを実践なさったのでした。

★私達は、日々常に選択をしながら生活をしています。無意識に選択していることもありますが、どちらを先にしようか、どちらの道を行こうか…等々意識的に選択していることが多々あります。ふと心に思わせて頂いたことを実践するということは、純真な心、初心(うぶ)な心がなければ出来ません。年齢を重ねてゆきますと経験も備わってゆき、段々と純真さ、素直さ、謙虚さが失なわれがちになります。何歳になっても初心な心で毎日の卑近な所から、心中御祈念してさせて頂く稽古をさせて頂くことにより、神様が大切なことを教えて下さるようになるのです。

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2016年04月24日

●日々小さな勝利を積み重ねる

教会の境内地の木々を見させて頂いておりましても、自然の移ろいとは実に日々目ざましいものですね。また、小さなお子さんの成長も、昨日出来ていなかったことが今日出来ている、というように、日々すくすくと目に見えて変化を感じさせて頂きます。それは、親にとっても本人にとっても、無上の喜びとなります。

★親神様は、氏子である私達一人一人が、日々進歩発展、向上していくことをどこまでも願って下さっておられるのです。そのご慈愛に満ちたお心に適わせて頂けるように、日々良い方に改まらせて頂きたいものです。

★あるご信者は、糖尿病の治療と生活習慣改善のために二週間の予定で入院し、一週間経った時のことです。食事療法と運動療法を併せて続けておられましたら、初めは、食事に無塩のパンが出たそうですが、普段食べておられたものよりも、甘く感じられたそうです。

一週間経ち、入院生活の終盤には、通常のパンよりも相当塩分の低いパンを頂かれたそうですが、食べた瞬間に「辛い!」と、感じられたということです。

たった一週間の食事の改善で、それまでには感じられなかった味も感じさせて頂ける程に、味覚が鋭敏に変わられたのですね。身体も余分なものは取り払われ、引き締まっておられましたし、血糖値も随分改善されたということです。

★良い習慣を身に付けさせて頂くということは、小さなことの積み重ねからです。
5月11日の御大祭まで、半月余りあります。その間、どんな小さなことからでもあっても、心掛けて改まらせて頂きましたら、どれ程大きなおかげにつながっていくことでしょうか。

「これくらいならいいだろう・・・」というような、弱い自分に打ち克ち、日々小さな勝利を積み重ねさせて頂いて、大きな願いに向かって、改まりに励ませて頂きましょう。


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2016年04月23日

●己の働きを見直す 

 二代教会長伊藤コウ師が小学校にお勤めになっておられた時、同期の男の先生だけが昇給されました。コウ師は「私は女性だから認めて頂けないのだ。」と憤りを感じられました。丁度その時に、友人から別の小学校で今よりも良いお給料で働くお誘いを受けられたのです。そのことをハル刀自にお伺いされますと、「京で鳴らん太鼓は大阪でも鳴らん。今の学校で役に立たん人間が他の学校へ行っても役に立たん。」と仰せになられたのでした。コウ師は、そこで初めて自分は役に立っていなかった、怠け癖があったという事に気付かれ、一生懸命にお詫びされたのです。

★それからは一番早く学校へ行って掃除をして授業の準備をされ、そして子供たちを放課後に残して分からない所を教え、今までよりも輪をかけて丁寧に教えていかれたのでした。すると、学年で一番成績が悪かったクラスが、一年も経たない内に学年で一番になったのです。そしてなんと次の年に、二年分の昇給を与えて頂くことが出来られたのでした。

★同じ働くのであれば、給料の高い所に雇ってもらいたい、より認めて下さる所に行きたいと考えがちです。しかし、自分が今頂いているお給料に見合った働きがさせて頂けているのか、昇給をして頂けるだけの働きがさせて頂けるのか…と、自分自身の働きがどれ程のものなのかを見直すことが大切です。自分の出来ていない所を棚に上げて、愚痴不足ばかりを言っているのでは、お役に立つ働きにはなり得ません。自分の間違っている所を改まらせて頂いた結果、給料以上の働きをさせて頂くことが出来るのですね。

★『これほど信心するのにどうしてこういう事が出来るであろうかと思えば、信心はもう止まっておる。これはまだ信心が足らんのじゃ。と思い一心に信心していけば、そこからおかげが受けられる。』

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2016年04月22日

●親も大きく成長せねば…

 私たちは、親神様の広大なお徳の中に日々お命を頂き、おかげを頂きながらも何事もさせて頂くことが出来ているのです。自分の力だけで出来るというのは、無いに等しいと言えるかもしれません。

★自分の子供と言いましても、それは神様の氏子を授かって頂いて、お預かりし養育の御用を頂いているということです。3歳の息子さんを連れて御本部にお参りなさったある教会の先生が、金光キクヨ姫様に、「子供が大きゅうなるのはいいんですが、大きゅうなるほどいたずらがひどうございまして、親を困らせております。」と話されたそうです。金光キクヨ姫様は「子供が大きゅうなる、大きゅうなると言うけれども、親がじっとしていて、子供だけが大きゅうなったんでは子供の方が大きゅうなるぞ。」

さらに「子供が大きくなる程、親の方も大きくならねば、親の値打ちがなくなってしまう。いたずらをするといっても、いたずらをするのは子供の仕事だから、あなたが思うように、いたずらもせずに家の中にじっとしている子供でおってみなさい。よその子のように少しは外へ出て、遊んでくれればいいのにと思うに決まっているでしょう。今日も服を汚すほど遊ばせて頂いて有難うございましたと、神様にお礼が申せるようでなければ、親としての信心が出来ているということにはならん。」と、み教えを下さったということです。

★私達一人一人は、神様のご分霊を頂いた神様の尊い氏子です。そうした自覚を共々に持たせて頂き、疑い、慢心、怠け心、驕り、愚痴不足、非理性的な行い、怒り、貪欲といった心の穢れを信心の稽古によってお取り払い頂きまして、日々信心の根張りをしっかりさせて頂きたいと思います。

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2016年04月21日

●肉眼をおいて心眼を開けよ

熊本地方を中心として多発している地震による、数多くの被災者の方々には、初めの地震から一週間が経つ今日も、厳しい避難生活を送っておられるということです。

被災者の方々お一人お一人の助かりと立ち行きを願わせて頂きましょう。そして銘々が自分の生活を見直させて頂き、常々お礼の足りないお詫びを申し、お礼の心を新たにさせて頂いて、少しでも世のお役に立つことを願って、今日一日、目の前の家業に打ち込ませて頂くことを心掛けてまいりたいと思わせて頂きます。

★『肉眼をおいて心眼を開けよ』物事を心の目で見、心の耳で聴かせて頂くことが出来ますと、そこに込められた神様の思し召しを分からせて頂けるようになり、真のお礼、真のお詫びを申し上げることが出来るようになります。

お取次ぎ、み教えを頂くことから遠ざかりますと、知らず知らずのうちに視野が狭くなり、辛いこと、悲しいことしか見えず、それが全てのように感じて自分を苦しめてしまい易いのです。それは例えて言うならば、森全体、あるいは山全体を見ることができず、木一本や枝葉の一つしか見えていないような状態と言えるでしょう。

心眼が開け、物事に込められた神様の思し召しが分からせて頂けるようになりますと、至らぬ自分の姿が正しく見えるようになり、そんな自分でもご慈愛に満ちたおかげの中に生かして頂いていることを感じさせて頂くことができ、有り難い世界が開けるのです。

★これから御大祭までのおよそ三週間、銘々に家業の行に打ち込んで信心の稽古に励ませて頂きましょう。『心行というて、人を不足に思わず、物事に不自由を行とし、家業を働き、身分相応を過ごさぬよう倹約をし、だれにも言わずに行えば、これ心行なり』

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2016年04月20日

●真の助かり

昨日は、昭和49年72歳でお国替えされました松本光治氏の御命日でした。松本氏は「盲目の画家」と称され、文部省美術展覧会や台湾の総督府美術展、一水会の美術展に入選され、後進の方々の育成にもお役に立たれたお方です。

★松本氏は、網膜色素変性症というご病気で両眼の視力をほとんど失われました。松本氏は画家であられましたので、医師から次第に視力を失うことを告げられた時には、36才の時には自殺未遂を図るほどに生きる気力を失われたのでした。 そうした時に、奥様がお導き頂かれ、二代教会長伊藤コウ師より、「今から神様にお願いさせて頂いて、絵を描かせて頂けるようになりましょう。」と有り難いお取次ぎを頂かれたのです。

松本氏は、日々教会に参拝なさり、み教え頂かれた通りに180度心を変えられ一心にお願いが出来るようになられました。すると、暗闇の中に針ほど光を見ることが出来る時間が朝の一分間程ですが頂けるようになったのです。そのわずかな映像を脳裏に焼き付けて、奥様の献身的な手助けを頂かれながら、手探りで油絵を描くことを始めることが出来られたのでした。

そうして、一水会という芸術展に昭和27年から40年までの14年間、連続で入選されるという大変素晴らしい功績を残されたのでした。更に有難いことには、松本氏は、無償の奉仕で後進の指導に力を入れられ、若い方の縁談のお世話なども積極的になさったのでした。まさにみ教えを頂かれたことによって、神様から与えて頂いている力を引き出して頂かれ、新しい人生を歩ませて頂くことが出来られたのです。

★私達は、苦難を切り開いておかげにさせて頂く強い力を神様から頂いております。その事を自覚させて頂きますと、過去をもおかげにさせて頂き、現在を喜び将来を楽しんで、今日一日を大切に暮らすことが出来るのです。神様が喜んで下さり、また自分自身が有難い生き方がさせて頂け、そのことによって職場でも家庭でも周囲の方が助かって頂けることが、真の助かりと言えるのではないでしょうか。
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2016年04月19日

●良い事を思い、良い事を口に出す

北九州にお住まいのご信者は、娘さんが熊本県に嫁がれており、この度の地震で被災なされました。現在は避難所に身を寄せておられるそうです。

ご信者も度重なる地震に、眠れない夜を過ごしておられます。そういった状況にあられる方々が一日でも早く、安心した生活が過ごされますよう、願わせて頂くばかりです。

★その娘さんがお世話になっておられる避難所で、食事を頂かれた時のことです。小さなお子さんが欲しそうに眺めていたそうです。

すると、その娘さんがご本人はお腹がすいていたけれども、この子があまりにも可哀そうに感じて、その子供さんに自分の分を譲ってあげられたそうです。尊いことですね。

もしそのような状況に陥った時に、どのような対応がさせて頂けるでしょうか。「自分の食べ物なのだから、自分が食べる」となってしまいやすいところを、譲ってあげられる心持ちになられたということが真に有難いことです。

★譲るということについて金光大神様は『人に物をあげる時でも、自分によい物を残しておくようなことではいけない。たとえ前かけ一枚でもよい方をあげ、悪い方を自分が使うようにせよ』と、み教え下さっています。

さらに『真の信心をする人をみよ。慈悲深くするから、おかげで無病息災、諸事よいことが子孫へ続く。信心する人は慈悲深くして、真の信心をするがよい。』とも説いて下さっています。

★私共は、何時どのような事態に遭遇するか分かりません。その咄嗟の時に、良い事を思い、良い事を口から出させて頂き、小さな良い行いをさせて頂くということが本当に大切なことだと感じさせられます。

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2016年04月18日

●立ち行きと助かり

 14日以降に熊本県熊本地方で多発している地震で、少なくとも42名の方々が亡くなられ、1000名を超える負傷者がおられるということを報道で聞かせて頂きました。また、今現在も余震が続いている状態で、多くの住民の方々が避難所等で不安な日々を過ごされているということです。被災なされた方々の立ち行き・助かりと被災地の早期復興を共々にお願いさせて頂きたいと思います。また私達がこれからどのようにお役に立たせて頂いてゆけば良いか、しっかりと考えさせて頂き、お願いさせて頂きたいと思います。

★21年前の1月17日、阪神淡路大震災が発生しました。震災発生直後、1月19日に兵庫県のお教会に物資を届けさせて頂く為に、西宮北口を降りて歩かせて頂きましたら、大変な被害であることを実感致しました。大阪に帰り着きますと、大阪は一部地域を除いてほとんど大きな被害はありませんでしたから、地下街は何の影響も受けておらず、いつもと変わりない光景であり、大変なギャップを感じました。その時に私は「生涯掛けて一切不足は言うまい!」と堅く誓いながら帰ってまいりました。

★それから20年以上経ちますが、その気持ちが現在も変わらずに持ち続けているだろうか?と自問自答しております。私達は帰らせて頂く家があり、毎晩暖かい布団で休ませて頂けて、お水は美味しく安全なものを飲ませて頂け、食事も毎日頂かせて頂いて、仕事も与えて頂いている、という大変結構な生活をさせて頂いております。忙しい時や体調が悪い時には少々食べられないと言っても、食べるものがないわけではありません。何も不自由なことはありませんのに、その中からでも細かい事を見つけ出して不足を思い不自由を感じてしまっているのです。水や食べ物、住居等々を与えて頂き、怪我や事故、或いは火災や盗難も無く居住させて頂いていることは大変有難いことです。 知らず知らずの内におかげを頂いていることに、しっかりとお礼を申させて頂きましょう。

★『信心して我欲を放れて毎日を楽しみ、日に三度の食事を有難いと気がつけば長者じゃ。信心して長者の暮らしをしなさい。』(二代金光四神様み教え)

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2016年04月17日

●常に積徳を心掛けて

 ご信心させて頂く上には、身のめぐり、家のめぐりをお取り払い頂き、お徳を積ませて頂くことを、最大の目標にしてゆかねばなりません。その為に自分はどのように日々心配りをさせて頂いたらよいのか、ということを考えて生活させて頂くことが大切ですね。ですから、1)日参と聴教の徳、2)お届をして金光様のお取次ぎのお徳を頂くこと、3)御用のお徳、4)お導きのお徳、を積ませて頂くことを教えて頂いているのです。

★先日もあるご信者が、「自分がまだまだとても信心が至りませんのに、とても人様のお導きなど出来ません」と、おっしゃった方がありましたが、それは少し考え違いをしておられるのです。完璧な人間など世の中に存在しません。周囲の人の助かりを願ってお導きをさせて頂き、神様にお喜び頂ける生き方にならせて頂きましょう。世の為、人の為に心も体もしっかり使わせて頂くことが、めぐりをお取り払い頂き、お徳を頂く一番の近道なのです。私達一人一人が身に徳を頂いてこそ、私達自身も、子孫も立ち行き、更に神様も助かられるのですから、生涯心がけてゆかねばなりませんね。

★婦人の五徳 
1)平素人と競争せず…人と比べて見栄を張ったり、体裁を飾ることのないように。
2)苦難の時に恨み事を言わず。…苦難の最中に、口からも悪い事を言っておりますと、そこから更に悪い気が出てしまいます。良いことを思い、良いことを口にし、助かる方向に舵取りをさせて頂きましょう。
3)飲食を節する。…衣食住が十分に足りている時でも、信心を元にして節することを心掛ける。
4)感情をむき出しにしない。…腹立ち、不安、苛立ちを抑えられずむき出しにしてしまうのは、自分を律することが出来ない状態。意思をコントロールし、正しい在り方に自分を導く為にも朝参りをさせて頂き、心も体も整えて頂く。
5)よく尊敬する。…神様・ご先祖霊神様・周囲の人に対して尊敬する。


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2016年04月16日

●み教えの頂き方の違い

 以前にある修行生が、二代教会長伊藤コウ師より「煙草をやめなさい」とみ教えを頂きました。ところが本人の為を思って言ってくださっている意味が理解出来ず、とうとう「親先生はこのように仰るが、三代金光様はどう仰るのだろうか?」と三代金光様のもとへお伺いに行ったのでした。そして「煙草を私は吸いたいのですが、コウ先生は止めるようにと仰います。どのようにさせて頂いたらよろしいでしょうか?」とお届けしました。すると三代金光様は「煙草を吸わずに、頂きなさい。」とみ教えを下さいました。その修行生は、「それでは、これからは煙草を吸わずに、拝んでから頂きます。今日は結構なみ教えを頂きました。」と帰ってきたのでした。

★その事を聞かれた三代教会長先生は、「それは違うでしょう。金光様は、『煙草を吸わずに、み教えを頂きなさい』と仰せられたのです。私だったらそのように頂いて帰ります。み教えの頂き方が違うのではないですか。」とお話しなさったのでした。

★人間というのは、なかなか素直に有難くみ教えを頂くということになり得ません。しかし、コウ師は「その修行生が一人前の教師になりますように。」と願い続けられ、辛抱強く導かれました。後にその修行生は金光教の教師に御取立て頂くことが出来られたのです。

★三代教会長先生は、『哀しいのは、良いことを聞けば聞くほど反発したくなる人間です。』と仰せられました。おかげ話を聞いても「本当なのか?」「嘘でしょう」と疑う人があります。それはおかげを受ける器、すなわち頂く心が欠けているのです。だから有難く素直に頂くことが出来ません。信心させて頂きみ教えを頂く稽古をさせて頂いて、そういった不成の心、邪心をお取払い頂きましょう。自分の至らない点を改まらせて頂いて、おかげを頂いている方々に少しでも近づかせて頂こうという願いを持たせて頂くことが大切なのです。

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2016年04月15日

●生活を見直すことこそが立ち行くおかげとなる

 お父さんの代から工場を経営なさっておられたご信者が、ある日取引先から500万円の不渡りを受けられました。

★そこで教会へお届けに来られますと、二代教会長伊藤コウ師より「不渡りを出した相手を決して憎んだりしてはいけませんよ。恩人だと思って拝みなさい。500万円の不渡りを受けたというけれども、あなたの会社がこれまで500円、1000円という単位で無駄を積み重ねてきた結果なのです。あなたの会社にとって貴重な改まりの機会を頂いたのです。神様に一心におすがりして、必ず立ち行くおかげが頂けますようにとお願いしなさい。まず、一番大きな仕入れの会社へ相談に行かせて頂き、現状を正直に伝えさせて頂きなさい。他の所へは一切何も言ってはいけません。そして、長年経営してきた工場が危機に陥っていることには何か理由があります。朝一番に起きて工場内を見直しなさい。」とみ教えを頂かれたのです。

★早速、ご信者は仕入れ先の会社へ出向かれ、すべてを正直に話されますと、先方の社長は「今まで真面目に働いてこられたあなたのお父さんを信用して、力にならせて頂きましょう。20ヶ月の間に立ち直って下さい。」と言って下さり、立ち直るきっかけを与えて頂き、仕入れは以前と同じ条件でさせて頂けることになりました。さらにご信者は、工場内を見直しされますと、あちこちに使いかけの材料が無駄に置いてあることに気付かれたのです。そこで、材料の無駄、時間の無駄、人の労力の無駄など、生活全般の無駄を見直し、更には親子で一番に出勤して、仕事の準備をするように改まられたのです。信心を基にして生活、仕事全般を見直しをさせて頂くことが出来、現在も繁盛のおかげを頂いておられます。

★『十銭の無駄をすれば十円の罰をこうむる。それは天地が許さないからである。百円の無駄は何でもないと思うであろうが、千円の罰をこうむるから貧乏をする。無駄をしないようにすれば出世もできる。』

★私達も生活の中で、必ずどこかに無理無駄ムラがあります。そこに、気付かないので、立ち行かなくなるのです。それが、天地の道理なのです。一つ一つ見直してゆく生活こそが、無理無駄ムラを省いてゆき、立ち行くおかげが頂けるのです。

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2016年04月14日

●神様を杖に

 二代教会長・伊藤コウ師がご用なさっておられた頃のことです。あるご信者は、ご主人が重度のアルコール依存症で入退院を繰り返し、仕事はおろか、一度家を出たら何日も帰ってこず、他所で騒ぎを起こしたり、警察のお世話になったりすることも、しばしばあられたのでした。そのため、奥様ご自信が二人の子供を育てながら仕事もなさり、家を支える生活を10数年続けられたのです。その間、他所でご主人の愚痴をこぼしたり、親、親族に頼るということも一切なさらず、ただ一心にお子さんと三人で日参なさり、お取次を頂かれ、「神様だけを頼りにおかげを頂くのだ」という信念を貫かれたのでした。

★その一心のご信心のおかげで、ご主人のお導きが出来られたのです。ご主人は、心を入れ替えて朝参り日参が出来られるようになられ、神様にお縋りしてアルコール依存症から脱することが出来られました。そして大手の会社に中途採用して頂かれ、三年間無遅刻無欠勤で、課長に就任なさいました。就職して五年目には、五年間継続勤務のお礼のお宅祭をお仕えなさり、涙ながらに家族でお礼申すことが出来られたのでした。

★伊藤コウ師は、この奥様のご信心について、「このような有り難いおかげを頂くことが出来られたのは、『そんな主人はさっさと見限ってしまえばよい』というような、人の言葉に惑わされる事なく、楽な道に逃げることなく、人としての道、その信義を全うさせて頂いた結果です。『神様を杖にして何としてもここを信心で乗り切らせて頂いて、おかげにさせて頂くのだ』との信念のおかげで道が開け、家が蘇るおかげを頂くことが出来られたのです。」とみ教え下さっておられます。

★「親にご安心頂きたい」「ご先祖にご安心頂きたい」、そして「自分にかけて頂いている神様の願いに沿わせて頂きたい」という真一心の祈りをもって、与えて頂くご修行を有り難く受けさせて頂くところに、有り難い道は必ず開けていくのです。

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2016年04月13日

●神様と心一つに

松山成三師は、戦後満州・大連より、ご夫婦で着の身着のまま引き揚げて来られました。お子達とも離ればなれになったままで内地に引き揚げてこられ、まだお住まいも定まらない状態であられた時に、金光教教師に対して講演の御用を頂かれたのでした。三代教会長伊藤良三師はその講演を聞かせて頂かれたのです。

★松山先生のお話が終わられますと、その場にいた方が「これから後はどこに落ち着かれるのでございましょうか?」と質問されました。すると松山先生は「毎日、神様がお使い下さるままに来いと仰る所へ参ります。京都へ来いと言われたら京都に行かせて頂きますし、大阪に来いと言われたら大阪に参りますし、御本部に留まれと言われたら御本部で御用させて頂きます。その日その日、今日一日、御用にお使い頂くことだけを考えております」と仰っしゃったのでした。

★さらにある教師は「これから食べることや着ることはどのようになさるのですか?」と質問されました。それに対して「着ることでしたら着の身着のままですけれども、今着てるものがございます。当分これでいけます。食べることでしたら、私共は年寄り夫婦二人のことでございますから、何か少しでもあれば二人で分けて頂きます。何もなければ断食のご修行をさせて頂きます」と仰られたのでした。

★松山先生は、大連に渡った時も「さあ、いよいよこの広い大陸で初めて金光教の布教をさせて頂くのだ。どんな問題が出来てきても全てをおかげにせずにはおかぬ。どんな苦労も覚悟の上だ。後へは退かん。色々な宗教があるけれども、これほど有難いお道はないのだから、必ずこのお道は開ける」と喜び勇んで布教なされたのです。さらに日本に帰られた時も、後のことは全て天地にお任せして、今日一日どのように御用にお使い頂くか、そればかりを一生懸命考えて御用にお使い頂いておられました。すると、それから一年も経たぬ間に、松山先生のお広前が完成し、岡山中部教会の初代教会長となられたのでした。伊藤良三師は是非参拝したいと思われ、岡山中部教会に参拝され、直接お話を聞かせて頂かれたのです。時は終戦直後の混乱期で、何もかも無い無い尽くしの時代で建築資材も不足していたにも関わらず、檜造りの立派なお広前が完成していたのでした。

★出来てくることをおかげにされ、難しい問題から逃げず、無一物でも不足に思わず、どんな困難な中にあっても必ず道は開けると信じて、神様を杖に生きてこられたからこそ道は開かれたのですね。
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2016年04月12日

●実意を以て願うとは改まりの実践なり 

 10日には昨日は、素晴らしい天候の中、万事にご都合お繰り合わせを頂き、共々に御本部に於いて天地金乃神大祭を拝ませて頂くことが出来ましたことは、真に有難いことでございました。

★あるご信者は入信以来40年間、遠方から御本部御礼参拝、月初の手紙のお届け、阿倍野教会への参拝を続けておられます。「先生、以前に比べると今は夢のようです。大変なおかげを頂いております。有難うございます。以前はもう死にたいと思っていました。家庭は崩壊し、家は売らねばならず、会社ではまともなお給料が頂けずに、親の介護を始めなければならないという八方塞がりの状態でした。何もかも上手く行かず、こんな状態であれば死んだ方がましだと思っていました。しかし、今では息子は結婚し、息子夫婦には子供を授かりました。娘も去年結婚させて頂いて幸せに暮らしてくれ、親は健康で生活してくれています。落ち着いて住まいさせて頂く家も与えて頂きました。仕事はというと、給与の条件も良くなり、今は会社に於いても大変有難い立場を与えて頂いています。こんな結構なことはありません。本当に有難うございます。」と、参拝の度にいつも御礼を申されています。

★さらに、次のように振り返っておられました。「そもそも、なぜそのような窮地に陥ったのかというと、私の驕りが原因でした。いつの間にか、私自身が有難い生活に胡坐をかいて思い上がってしまっていました。ご無礼不届きが積み重なって、全ての歯車が上手く噛み合わなくなってしまったのです…。自分の力でしているという考えが大間違いでした。」 

★以前は直接お会いしてお話を聞かせて頂いても、電話や手紙でのお届けでも、「どうか金光様、改まって信心をさせて頂きますから、こんな私ですが助けて下さい!どうにもならない状態です…!」という切実なお願いを懸命になさっておられました。実意を以て願えば、神様は決して氏子を見捨てられることはありません。心の底から改まって、改まりの信心を進められた結果、今では万事におかげを頂かれ、喜びに満ちた人生にならせて頂かれたのですね。『神の綱が切れたというが、神からは切らぬ。氏子から切るな』

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2016年04月11日

●「お礼の参拝」

 昨日は、天候初め万事にご都合お繰り合わせを頂き、共々に御本部に於いて天地金乃神大祭を拝ませて頂くことが出来ましたことは、真に有難いことでございました。御本部御大祭の御庇礼の下に、5月11日の阿倍野教会の天地金乃神大祭に向けて、より一層信心を進めさせて頂きますようおかげを蒙らせて頂きましょう。

★三代教会長先生のお姉さんであられます大黒トクさんは、胆石の痛みを患っておられました。その痛みというのは、突然背中や腹部に激痛が走り、七転八倒するような強い痛みでした。ある時、御本部参拝の日にその発作が起こり、ご祈念して御神酒や御神米を頂かれましてもなかなかその痛みは治まらず、大変苦しんでおられました。そこで、そのことを随行の先生にお伝えなさると、先生は二代教会長伊藤コウ師にご報告され、お取次ぎをお願いなさりました。するとコウ師は、「この飴をご祈念してから頂かれるようにお伝え下さい」と飴をご祈念を込めて下されたのでした。早速そのことをトクさんにお伝えなさると、トクさんはそのお下げ頂いた飴を一生懸命ご祈念して頂かれました。すると、その日以来亡くなるまで一度も胆石の痛みが再発することがなかったのです。御霊地で病気の根を切って頂かれたのでした。

★月々の御本部御礼参拝は、日々おかげを頂きお守り頂いております「御礼の参拝」という心で参拝させて頂きますと、めぐりのお取り払いを頂くことが出来、また病気災難の根を御霊地に置いて帰らせて頂くことが出来るのです。共々に、月々の御本部御礼参拝が続かせて頂けますよう、ご都合お繰り合わせを願わせて頂きましょう。そして御霊地に満ち満ちた有難いお徳を身一杯に頂いて、船にも車にも積めぬほどのお徳を頂いて帰らせて頂きましょう。

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2016年04月09日

●互いに祈り合う有難さ

 昨日はみかげ会例会が開催され、郷上氏より有難いおかげ話を聞かせて頂きました。

★郷上氏は、結婚後、奥様のお導きを頂いて、お参りされるようになられました。転勤が多い中、御本部参拝の時には転勤先から帰られ、欠かさずに家族揃って参拝を続けられました。そして、大阪に戻られてからは日参と聴教、御用と信心中心の生活をされ、定年退職後は、教会への朝参り、日曜日の御用、お導きの御用に差し支えることなく、再雇用のおかげを頂かれ、週3回の勤務でお願い通りの勤務先で仕事をさせて頂いておられます。また、65歳以降は雇用延長して頂かれ、現在もお役に立たれています。

★郷上氏は、平成18年、胆嚢に石が20個見つかり、胆嚢を摘出する手術を受けられ、順調に回復して退院してから一週間後には職場復帰のおかげを頂かれました。また、平成19年には直腸癌の手術を受けられて、開腹手術にも関わらず、術後10日で退院のおかげを頂かれました。そして、なんとその退院の日が前回と一日も違わずに一年後の同じ月の同じ日に退院されたのでした。大病を二回に分けて頂き、それぞれを軽く済ませて頂いた事、さらに術後も順調に回復のおかげを頂いたことを喜んで御礼を申しておられます。

★平成23年から24年にかけては、3人の子供さんが教会で結婚式を挙げて頂かれ、それぞれに円満な家庭を築かれ、信心相続のおかげを頂いておられます。

★郷上氏は、小さなことから大きなことまで何事もお届けしてお取次ぎを頂き、ご家族が心一つに信心に励んでおられます。また、家族親戚中がお互いに願い合って数々のおかげを頂いておられます。「親の事を子が願い、子の事を親が願う」ことの有り難さ、尊さを感じさせて頂きます。

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2016年04月08日

●子を想う親の心

 以前、ある親子がお届けなさいますのに、お子さんの方が、「先生、私が勉強をしている時にでも、横から母があれやこれやと口うるさく言います。先日はどうにも腹が立ってしまい、鉛筆を投げつけてしまいました」と、おっしゃるのでした。「これは大変な思い違いをしておられるなあ・・・」と思いながら話を聞かせて頂いたことでした。

★「這えば立て、立てば歩めの親心」と言われますように、子供の成長を想う親の願いは、どこまでも深く、尽きることがありません。また、親の方も子供の成長と共に信心を向上させて頂き、子供の心に正しいことを伝える為の努力と、工夫が必要になってまいります。

★三代教会長先生は、小学校6年生の時に教会に入所なさいました。それからは、二代教会長・伊藤コウ師より、箸の上げ下ろしに至るまで、事細かにみ教えを頂かれることとなっていかれたのでした。同じく小学生から教会に入所なさり、後に三代教会長先生とご結婚なさった親奥様は、三代教会長先生が、伊藤コウ師より厳しくみ教え頂かれるお姿を、一番近くでご覧になっておられました。そして、「三代教会長先生ほどの御辛抱をなかなか真似出来るものではない」と、常々感じておられたということです。しかし、三代教会長先生はご晩年、「親先生にみ教え頂くことに対して、不足に思ったりしたことは一度もない」と、おっしゃっておられたということです。それは、子を想う伊藤コウ師の深い深い親心を、ご信心をもってしっかりと受け止められ、得心なさっておられたからに他なりません。

★親様のお心を分からせて頂けるようになることが信心の成長であり、ひいては天地の親神様のお心を分からせて頂くことにつながっていくのです。

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2016年04月07日

●元々備わっている働きが蘇る 

あるご信者は、嚥下が出来なくなる(飲み込む事が出来ない)状態に悩んでおられました。喉には神経が通っているので、唾液でも飲み込むことが出来ますが、ご信者はその神経が麻痺してしまわれたのです。様々な検査を受けられましたが、原因不明で根本的治療は不可能ということで、医師より胃ろうの手術を行う事を勧められたのです。

ご信者は決断を迫られ、ご家族と共に二代教会長伊藤コウ師にご面会を願われました。応接間に通して頂かれ、コウ師より「まず今日命があることがおかげです。手足が自由に動くこと、耳が聞こえ、目が見えること、また、今の症状が出るまでは何不自由なく飲食させて頂いてきたことも、大変なおかげであったということをよく分からせて頂きましょう。今日頂いているおかげにお礼を申し、お礼の足りないお詫びをしっかり申させて頂きましょう。」とみ教えを頂かれたのでした。

★その後コウ師に勧めて頂かれ、出して頂かれたジュースをご信者が飲もうされました。奥様は横でご信者の口の下にタオルを添えられました。すると、今まで飲み込めなかったご信者が “ゴクンッ!”とジュースを頂くことが出来られたのです。

コップに入っていたジュースを全て頂かれましたが、それでもまだ信じられず、隣りの奥様のジュースまで全て頂かれました。それからは、喉の神経が通う様になって嚥下がさせて頂かれるようになられました。そして医師より胃ろうの手術をする必要はないと言って頂くおかげを蒙られたのでした。

★聞こえる耳を持っていても、聞こうとしなければ聞こえません。見える目を持っていても、見ようとせねば見えません。自分にその気がなければ働きを成すことは出来ないのです。信心させて頂いておかげを頂いていくというのは、働きを失っている身体の部分が回復していくのと同じことです。

み教えを頂くことで、元からある正しい働きを蘇らせることが出来ます。心の洗濯をして、たくさんついてしまっている汚れを取り払うことが大切ですね。

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2016年04月06日

●真実の姿に気付く

 あるご信者は、先日お結界で【私は、今日までのことを振り返らせて頂きますと、心の根底に、不足があるように思います。これまで親のお世話をしてきた中で、お世話をさせて頂くことは有難いと理屈では分かっているのですが、心の底では、「今まで自分は一生懸命してきたのに、兄弟や家族は協力してくれない。何もしてくれない。誰も評価をしてくれない。」という不満を持っていました。以前よりそこに気付いていましたが、そこを見ようとしませんでした。

しかし、近頃み教えを頂いて、本当に私がおかげを頂いてゆかねばならないことは、ここであると分からせて頂きました。どうも、私の信心は上辺だけの信心で中身が伴っていないことに気付き、何としてでもおかげを頂かねばならないことは、真心を養うことであると気付かせて頂きました。】とお届けなさったのでした。私は「よくそこに気付かれましたね。大変有難いことです。本物の信心に近づいてゆくように常に練り直しをしてゆきましょう。そうすれば、思っている以上に神様が整えて下さいますよ。」とお話しをさせて頂いたことでした。

★『難儀になるのもわが心、安心になるのもわが心からである。』とみ教えがありますように、自分の心の持ち方ひとつで、変わってゆきます。すべて自分の心から生み出されてゆくのです。神様のお目からご覧になれば、自分は一生懸命しているというつもりでも、行き届かないことばかりです。『我、日に三省す』という言葉がありますが、それは「一日に三度省みる」ということではなく、「一日に何度も省みる」という意味です。常に自分自身の心の内を見つめ直し、反省と改まりを重ねてゆくことが大切です。「信心をする」という所から、「信心させて頂く」姿になってゆき、さらには「信心になる」という姿にならせて頂けるようには、生涯かけて信心を進めさせて頂きましょう。

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2016年04月05日

●神様がさせなさるご修行 

 山伏が金光様のお広前を何度も荒らしに来たことがありました。教祖様は「これくらいのことを神様のお力で払いのけるのは、さしたることではない。それなのに、山伏がたびたび来るのは、神様がやりなさるのだから、私はいっこうに腹は立てない。」と、神様のさせなさるご修行として受け切られたのです。

★慶応2年12月24日、高橋富枝先生が御神前で拝んでおられましたら、「大谷には山伏が来て荒らしたが、来春3月の7、8日頃にはお上へ通り、公に拝めるようになるから、酒と肴とを持って歓びに行け。」と神様からお知らせがありました。高橋富枝先生は、すぐにその通りになされ、お広前に参拝されますと、献納の提灯や絵馬・幕などが所狭しと置かれていた物が何もかも山伏に持って行かれ、ささやかに御神殿にお社がお祀りされており、涙が出るような光景でありました。参拝者がみな異口同音に、山伏の暴挙に対して不満を申す中、高橋富枝先生は涙を堪えて「結構なお煤(すす)払いでございます。」(大掃除の意味)と持参されたお酒や鯛をお供えされました。

★すると、今度は教祖様のお口を通してご裁伝(ご本人のお口を通してお言葉が下がる)があり、天地金乃神様は「何千何百人とご参拝者はあるが、皆気のふさがるような事を言い、一人として神を勇め慰める者はない。其方はおさなき婦人ながら先の歓びを言い立てて神を勇める。神も誠に喜ぶぞ。」と伝えられました。そしてその後、神様のお知らせの通り、3月にお上のお許しを頂かれて公に拝むことが出来られたのです。

★難儀が起きてきた時にそれに打ちひしがれたり、不満を言うのではなく、「神様が『このことを通して、また一つ成長しなさい』とご修行を与えて下さっているのだ!」と、元気な心で素直にご修行に受ち込ませて頂くことが大切だということですね。

★『神様は、氏子を救い助けてやろうとこそ思うてござれ、このほかには何もないのじゃから、氏子の身の上にけっして無駄事はなされはせぬぞ。ご信心しておるがよい。みな末のおかげになるぞ。』

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2016年04月04日

●己の徳性を磨く

 以前、クラス委員になられたある学生さんが、問題を抱えて三代教会長先生にお結界でお伺いなさいました。クラスの為に一生懸命になればなるほど、ある一部の人から活動を邪魔をされたり、「お前ら気に食わん!」と、暴力に出るような事を言われて、脅されたりすることもあるということでした。

★話しを全てお聴きになられた後、三代教会長先生は、「あなたは十代にして、『徳を頂く』という大変重要な問題に直面させて頂いてるのですね。それは大変有り難いことです。ここで大切な事は、何事も今以上に一生懸命努力して、人よりもずば抜けてしまうことです。クラスの誰からも、『あの人の言うことなら聴かせてもらおう』と、思ってもらえるように、自分を磨いて磨いて高めていくのです。それまでは、人からどんなに悪く言われても、時には暴力を受けようとも、決してくじけてはなりません。自分を磨くことに脇目もふらず一生懸命努力するのです。

その上で、大切なことは、『いつも謙虚である』ということです。神様の目からご覧になれば、いくら努力を重ねても『これで十分』ということはない、ということを忘れないことです。そうすれば、どこまでも謙虚にならせて頂くことが出来るのです。そのためには、教会でみ教えを頂いてお取次を頂くことが、一番の基本です。次に、どんな人の口を通してでも神様がみ教え下さっていると思い、耳の痛いことほど自分の肥やしにさせて頂くのです。後ろに神様がおられるということを、常に忘れなければ、人と対立することがありません。人間どうしのありとあらゆる関係で、対立のない争いのない謙虚で有り難い世界が開けていきますよ。」と、み教えなさったのでした。

★ご信心させて頂く者は、いつも神様を目当てにさせて頂き、人間としての徳性を磨かせて頂くことを、生涯かけての目標とさせて頂きましょう。

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2016年04月03日

●現在与えて頂いている環境を喜んで!

3年程前のことですが、あるお方が「今勤めている会社がとても厳しく体がもちません。それに給料は安いし休みが取れませんので、今の会社を辞めてから勤める会社を探したいと思います」とお届けされました。

★そこで[それはいけません。コンピューター関係のあなたの仕事柄、実力を養う為に様々な会社に渡り歩いて経験を積まれる方が多いかもしれません。しかし、あなたは今の会社でしっかりと実力を付け、どんな場所へ行っても役に立つ人材になるように、おかげを頂かなければなりませんから、今の会社で辛抱して実力を付けなさい。

そうしている間に「あなたのような人材がおられるならうちに来て下さい」と引っ張って頂けるようなおかげを頂いたらよろしい。それまで何年かかるか分かりませんが「どうぞ一人前にならせて下さい」と神様にお願いして、良い環境を与えて頂けることを楽しみに、今の仕事を有難く打ち込んでさせて頂きなさい。

給料の不足を言わず、上司の不足を言わず、働いている環境の不足を言わないように心掛けさせて頂いておりますと、段々と責任のある仕事を与えて頂ける様になり、結構な力が付いてくるのです。今、鍛えて頂いている期間だと思って、一生懸命現在の会社で鍛えて頂きなさい]とお話させて頂いたことでした。

するとそのお方は、考えを180度変えられて、様々な難しい仕事も一生懸命打ち込んでさせて頂かれ、与えて頂いている環境に不足を言わず、有難く取り組まれました。

★なんと有難いことに昨年、今の会社よりも好条件のところから「ぜひうちの会社で働いてくれませんか」と言って頂かれたのでした。そこで上司にその旨を伝えられますと「平成28年の6月まで辞めないでほしい」と言われました。

そこで次の会社に「平成28年の7月から働かせて頂いてよろしいでしょうか」と尋ねますと「あなたの都合の良い時点で結構ですよ」と言って頂かれたのでした。頂かれたみ教えを有難く素直に守られ、ご信心を基に一生懸命仕事を打ち込んでさせて頂かれたことにより、あちらも立ち行きこちらも立ち行かれるように都合がついて、より良い条件の所へ引っ張って頂かれたのでした。

★今与えて頂いている環境や仕事を喜んで、お礼の働きをさせて頂くつもりで心掛けておりますと、いくらでも神様が良いように引き立てて下さるのです。

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2016年04月02日

●良き手本となる信心をせよ

 あるご信者は、入信当初に御本部御礼参拝をされた時に、先輩のご信者の姿に感銘を受けられたのでした。一緒に参拝される中で、先輩方は食事に出されたお弁当の蓋についたご飯も一粒も残さず頂かれ、宿で出して頂いた割箸はすべて使わずに返却され、持参なさったお箸を使って頂かれるというように、ひとつひとつすべてに行き届いた先輩方の実意丁寧な姿を拝まれ、感激なさって信心が進んで行かれたのでした。

★そうして、ご信者は、天地の親神様のおかげで生活がさせて頂けるということを感じ、神様を第一にした生活を送られるようになってゆかれました。仕事も天地の親神様のおかげでさせて頂いているのだから、月例祭には必ず時間に遅れないように参拝すると心に決められ、仕事を早く切り上げられるほど徹底しておられたのです。

★中国大陸に住んでおられたご信者は、世界大戦が終わり、奥様は着の身着のまま、ご信者の遺骨をお供して日本に引き上げてこられました。そして、二代教会長伊藤コウ師に「主人の告別式をお仕えして頂きたい」と願われました。コウ師は「是非ともおかげを頂きましょう。」と受けて下さり、告別式をお仕え頂かれたのでした。今日子孫の方が、信心相続のおかげを頂いておられます。

★お導きさせて頂くということは、ただ言葉で伝えだけではなく、信心の実践をさせて頂いて、その後姿を見て頂いてお手本となる信心をさせて頂くことが大切です。信心させて頂く私達は、金光教の信者であるという看板を背負って生活させて頂いているようなものです。生きた手本とならせて頂けるように頂いたみ教えを生活に現わしてゆきましょう。

★『一粒万倍といおうが。一人がおかげを受けたので千人も万人もおかげを受けるようになるから、よい手本になるような信心をせよ。』

★今晩7時より、勧学祭をお仕え申し上げます。新学年・新学期を迎えるにあたり、学生の皆さんを始め、皆で心を新たに前年度のお礼、お詫びを申し、新年度のお願いをさせて頂きますよう、共々に参拝させて頂きましょう。

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2016年04月01日

●お礼とお詫びを先に

 昨日3月31日は、昭和42年に70才でお国替えされた植田氏の御命日でした。植田氏は信徒総代の御用にお使い頂かれた方ですが、お若い頃に会社で鉄板が倒れてきて、右手の親指が皮一枚残して切れてしまう事故に遭われました。すぐに病院に行かれたのですが、医師からは、「一応手術しますが、元の通りにはなりません。」と言われたのです。当時の外科手術では治る見込みは少なかったのです。植田氏の奥さんは、早速教会へお参りし、二代教会長伊藤コウ師に、「親先生、体裁が悪いですからせめて格好だけでもひっつくように、おかげを頂きたいと思います。」とお届けなさいました。

★するとコウ師は、「私はそんなお取次はようしません。役に立たない格好だけの指なら、セルロイドでも木でもひっつけておきなさい。そんなお願いは、天地の親神様に対してご無礼でしょう。天地をまる生かしになさる親神様の御神徳を、汚し奉るようなお願いは出来ません。『元通りにしっかり働きの出来る指にして下さい。』というお願いならさせて頂きましょう。」と仰ったのでした。

★そのみ教えを頂かれた奥さんは、すぐに改まられました。普段から、危険な現場でご主人が無事に仕事にお使い頂いておられたお礼と、お礼の足りないお詫び、妻として後ろ祈念の足りなかったことをお詫びを申され、ご主人の側で夜通し御祈念なさったのでした。すると後日、手術なさった医師が「血管も全てひっついています。奇跡的です!」と大喜びをなさった程の回復のおかげを頂かれ、元通りに働きの出来る指に治して頂かれたのでした。

★私たちは、お礼もお詫びも足りないところを、生神金光大神様のお取次ぎによって足して頂いて、お祈り頂き、願う以上のおかげを頂いておりますことは、真に有り難いことでございます。お願いをさせて頂く時にも、お礼とお詫びをまず丁寧にさせて頂いてから、実意をもってお願いをさせて頂きましょう。

『お願い一ぺんにお礼十ぺんというようにお礼を言う心が厚い程、ご信心が厚い。ご信心が厚い程おかげが厚い。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 07:15 | 平成28年の「み教え」