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2016年02月05日

●心の中にいる神様と鬼

 以前、あるご信者のご家庭では病気の奥様が知らぬ間に家を出られ、行方不明になってしまわれました。警察に捜索願を出す一方、ご主人はご親戚によって阿倍野教会へお導きを頂かれ参拝されました。お結界で「ご神米を身にお供して(大切に身につけて)、心中ご祈念をして探させて頂きなさい。」とみ教えを頂かれ、どこにいるのか見当もつかないまま、ご祈念させて頂いて思いついた場所へと向かわれたのでした。お住まいがあられた広島県から岡山、大阪…と東の方へと奥様を懸命に捜しに行かれましたが、一向に見つかりません。

とうとう名古屋まで行かれ、尋ね歩かれました。帰宅せねばならない日となり、広島へ向かう新幹線のプラットホームで、ふと「もう一度下まで降りてみよう…」と心に思われて、ご祈念をして階段を降り、待ち合い室を眺められますと、なんとそこに奥様の姿があられ、出会わせて頂かれたのです。その後、共に家に戻られて奥様の病気も全快させて頂く大みかげを頂かれました。そして、現在も家庭円満でお礼のご信心をずっと続けておられるのです。

★心中御祈念を続けられ、奥様の居場所へだんだんと近づいていくことが出来られたのです。人間は、あれこれと迷ってしまうものです。「こうして探しても無駄なのではないか…」「なぜ私がこのような思いをしなければならないのだろう…」というようにいろいろな感情が出てきてしまいます。自分の心の中には神心もあれば、鬼も顔を出します。思い来る不成の心を打ち消し、「ただいまはお願いと正反対の事を思ってしまいました。申し訳ありません。」とお詫びを申し、正しいお願いがさせて頂けるように御祈念させて頂く。その繰り返しがご信心です。不成心を離して神様に一心におすがりするところに、おかげを受けることが出来るのですね。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:40 | 平成28年の「み教え」