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2016年02月29日

●何百回でも何千回でも頂き直す

ある娘さんのお父さんは、大層酒乱でお酒を飲むと、お母さんに対して暴言を吐き、さらには暴力を振るうなど、家族を大変困らせていました。親戚も「あの酒呑みは焼き直さなければ治らない」というほどでした。そこでその娘さんは、母親の悲しむ姿を見るのが大変辛く、なんとか助けて頂きたい一心で、教会へお参りなさり「お父さんが飲酒をやめますように」とお届けなさいました。しかし、なかなかお父さんの酒乱は治らず、お届けされました。

するとお結界で、「神様は親孝行が一番お好きです。あなたのお願いは親孝行になっていますか?あの父親さえいなければ私の家は結構になるのに…等と思っていませんか?それでは神様のお心には適いません。心で殺していることになるからです。神様のお心に適う願いとなるには、〜どうぞ父親が健康で長生きして頂けますように、そのためにはお酒を止めてくれますように〜とお願いさせて頂きましょう。それが神様のお心に適うのです。」とみ教え頂かれたのでした。

★そのみ教えを頂かれた娘さんは、ハッと自分自身の間違いに気付かれて、今までのお願いの仕方を改められたのでした。それからは、お父さんに対しての責める心を取り払い、一心に健康と長寿をお願いされるようになったのでした。すると、有難いことにお父さんは自らお酒を止めてくれるようになられたのです。そして、お父さんが熱心に信心をして下さるようになり、家庭が円満で健康な姿になってゆかれたのです。

★自分では正しいと思ってしていることが、み教えに照らし合わせてみると間違っていることがあります。それはみ教えの頂きようが足りないからです。み教えを何百回も頂き直して、自分の心を改め磨いていきませんと、段々と我情我欲の方へ寄ってしまい様々な我流が生まれてしまいます。

さらにみ教えを全く頂いておりませんと、天地の道理から外れてしまう生き方になってしまい、立ち行かなくなっていきます。我流を修正して頂ける場所がお広前であり、お結界です。お広前を離れてしまいますと、自分自身の正しい舵取りが出来なくなってしまうのです。日参させて頂き、み教えを何百回でも何千回でも頂き直して、天地の道理に添った生き方をさせて頂き、おかげを蒙らせて頂きましょう。

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2016年02月28日

●『前々のめぐりあわせで難を受けおる』

 伊藤の家は、家中どこの引き出しを開けても薬だらけ、というほど病気の絶えない家でした。三人の娘達は各々が生命にかかわる大病ばかりを患いました。そこで、伊藤家の信心の初代であられる伊藤ハル氏(二代教会長伊藤コウ師の御母堂)は、「私がしっかり信心させて頂いて、めぐりのお取り払いを頂き、お徳を積ませて頂いたら、子の代、孫の代と次々と結構にならせて頂け、先が開けてゆくのだ。その為には、伊藤家の礎とならせて頂けるよう、しっかり信心辛抱させて頂き、陰の徳を積ませて頂こう。」と、心に決められました。

それは荒れた土地を岩や石、木の根を取り除き、肥やしを入れて肥沃な土地にするが如く、徳と力を頂いて立派な人物が育つ家に生まれ変わることを意味していました。そこで、日参と聴教に励み、生き方を改めて道理に添うように、またお導きに励まれ、人の助かりを願うことに尽力なさいました。「私一代で伊藤の家のめぐりをお取り払い頂けますように。」「楽は望まん、苦労は覚悟、苦労しがいのあるように」という強い願いを持たれ、一心に積徳の信行を進められたのです。

★『前々のめぐりあわせで難を受けおる』と教祖様はみ教え下さっておられますが、過去・現在・未来を通しておかげを頂いていくためには、めぐりをお取払い頂かねばなりません。相手があって起こる事故や怪我や病気・難儀というものも、過去に積み重ねてしまっている自分のめぐりが他の人のめぐりとが出会って起きてくるのです。そこで、日々信心をさせて頂いてお徳を積む生活を心掛けさせて頂いておりますと、前々のめぐりと信心の徳がせめぎ合って、一番軽い状態で表われてくるようにして下さるのです。

★日々、積徳の心行に励ませて頂き、先祖代々から積み重ねているご無礼不行き届きや、考え違い、間違った生活や悪習慣・悪癖などの前々のめぐりをお取り払い頂いて、危ない所から逃れさせて頂き、大難を小難に、小難を無難に、また大病を小病に、小病を無病におまつり替え頂きましょう。

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2016年02月27日

●信心の肥をする

以前のお話ですが、当時小学生の子供さんが突然学校の黒板に書かれてある文字が見えなくなりました。眼科医に診て頂きますと、視力が低下したのではなく、本人が見たい、見なければならないと思った所が見えなくなる「心身症」という心の病であると診断されました。医師より「子供に対して高圧的か、放任かどちらかに偏っていませんか?」と尋ねられましたが、その事実もありません。

★私はお結界でお話を聞かせて頂いておりますと、あることに気付かされました。同居しておられるお祖父さん(実のご両親)に対してお父さんが暴言を吐き、それを諌めようとするお祖母さんに対して厳しく当たられることがあられたのです。

ご両親がお届けに来られました際に「いつもお祖父さんに対してきつく当たるという事はありませんか?それを見ているお子さんは大好きなご両親と大好きな祖父母様が円満でない状態を見て大変辛い思いをしておられます。そこを改まってゆかねばならないのではないでしょうか。次の診断までの2週間、神様から日を切って頂いたと思って、どうあってもおかげを頂く為にも、しっかり改まらせて頂きましょう。」とお話しさせて頂きました。

それから一生懸命に親孝行を心掛けられ円満に努められ、神様におすがりなさいましたら、次の診断の際には小学生の子供さんは、なんと全快しているというおかげを蒙られたのでした。その子供さんは無事成長し、現在は2人の子宝に恵まれ、結構な家庭を築いておられます。

★『心正しくして後に身修まるということがあるが、何事によらず人間は心が第一ぞ。心には信心の肥をせぬと、なかなか正しくはならぬ』信心の肥をするとは、み教えを頂き、反省と改まりをするということです。それこそがまさにおかげであり、喜びが生まれてゆくのです。1)お広前、お結界でみ教えを頂く喜び。2)実際に生活に現し、進歩向上する喜び。3)自分に肥やしを与えながら、自分の経験を活かし、人を教え導く喜び。

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2016年02月26日

●楽は望まぬ、苦労は覚悟。苦労しがいのあるように。

『金光様は喜びの道を開いて下されたのじゃから、それをご信心申す者が、喜ばぬつらい顔をして日を過ごしてはならぬ。天地の親神様をご信心するのじゃもの、天地のような広い心にならねばならぬ。』

★羽衣教会の松岡安枝師は独身の頃、二代教会長伊藤コウ師のお取次を頂かれ、お父様の残された借金を自分が代わりに真心こめて返済し、その証文を全て手元に返して頂くという大みかげを頂かれました。安枝師とお母様は、そのおかげを頂いたことが有難くて有難くて、どのようにして神様にお礼の心を表させて頂こうかと考えて話し合われました。

その結果、大阪から岡山県浅口郡金光町のご本部まで、歩いて参拝なさることを決意なさったのです。汽車で参拝したら楽なのです。それをあえて片道250キロの道のりをお礼の一心で歩いて参拝することを選択なさったのでした。そして無事に三代金光様にお礼のお届けをさせて頂く事が出来られたのです。すると、お礼の真心を天地の親神様にお取次ぎ下さった三代金光様より「ようお参りでした。帰りは汽車になさい。」との、ご慈愛に満ちたお言葉を、お下げ頂かれたのでした。

★安枝師とお母様は、御礼の心をどのように表させて頂くかということを考えられ、汽車よりもずっと時間がかかり身体にも負担がかかる、徒歩での参拝を選ばれたのでした。一歩一歩有難い心に満ちてお礼を申しながら踏み歩まれたのですね。「いかに楽にしようか、合理的にしようか」等ということを考えている内に、有難さ・勿体なさは薄れてしまいます。そして「忙しいのに用事を言いつけられた…」「もっと楽に出来ればよいのに…」という考えが出てきて、「有難さ」ではなく、「有難くない」ことが周囲に伝わってしまいます。私達は「どのようにすればもっと御礼の心を大きくさせて頂けるのか」、「どのようにすればお徳を積ませて頂けるのか」ということを中心に考えさせて頂かねばなりませんね。

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2016年02月25日

●神様を杖につけば楽である

 松山成三師(元・大連教会長、後に岡山中部教会長)は、満州・大連教会より戦後引き揚げられたのでしたが、戦後昭和21年に着の身着のままで引き揚げられたご経験は、実に厳しいものであられたようです。

★しかし、松山成三師が教師の会合で演台に立って講話をして下さった時のことです。三代教会長伊藤良三師もその場に居られたのです。ある教師が尋ねました。「松山先生、これからどこに落ち着かれるのでしょうか?」すると「はい、毎日神様がお使い下さるままに、来いと仰る所へと参ります。京都へ来いと言われたら、京都へ行かせて頂きますし、大阪へ来いと言われたら、大阪に参りますし、御本部に留まれと言われたら、御本部で御用させて頂きます。その日その日、今日一日御用にお使い頂くだけだと考えております。」とお答えになられたのです。

★以前、松山成三師のご遺稿を拝読させて頂く機会を得たのです。その一部分をご紹介させて頂きます。「略…我は終戦と共に何故その様な事になったと、悩み患ひ、或は先々を憂慮、煩悶もしない。この時こそと、本気に一心に信心に飛上り、教師の本分一途にと、心は立上り、信心する時はこの時なり、神の御用をする時はこの所じゃとその日その日を後先忘れて、信心御用にのみ立上り、その気持ちこそ、『今月今日なり』と、嬉しく楽しく有難く思ひ続けて人々が心配苦悩している事も、我には一向その様な気になれず、悪い妙な気は起らず、その事その時も良い事のみ思い出しては喜びニコニコして暮らされてあり。 人々に比べて阿呆になった。

良い阿呆になれたと感謝している。『我心で我身を救ひ助けよ』とはこの様な事かと、み教えを一層有難く思へる。何を食ふても同様においしゅうて、何が無くても苦にならぬ。人のしてくれる事はみな有難い。人が他人に親切をしているのを見ても嬉しくてたまらん。礼が言いたくてたまらん。…中略…生活上苦が苦にならず、何事も嬉しく有難く受け取れるこの境地、こんな気持ちを一人でも多く施し伝えるこそ人助けの最大なる事最も尊い事ではないか。…後略」

★今日の日本で、結構な生活をさせて頂きながら、喜びの足りないことでは、これほど神様・御霊様にご無礼なことはありません。み教えを頂いて心を開かせて頂き、神様を杖について喜びとお礼の心に満ちた生活をさせて頂きたいと思います。

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2016年02月24日

●教えを自分自身を改める材料に!

 ある家庭で、ご主人に対して誠心誠意尽くされた奥さんがおられました。毎朝、ご主人が起きられる前に、洗面器にお水を張り歯ブラシに歯磨き粉を付けて準備され、さらにご主人が顔を洗われたら、タオルでご主人の顔を拭かれるまで、徹底してご主人の為に心を配られたのでした。

★その話を聞かれて皆さんはどのように感じられたでしょうか?「行き届いた方がおられるなあ。私も見習わせて頂こう!」と思われたでしょうか?それとも「そんな良妻が世の中に居られるのか。うちの家内にも言い聞かしてやろう!」と思われたでしょうか?

★三代教会長先生はお説教の中で[そのお話を聞かれて、自分は相手に対してどれほどの心配りが出来ているだろうかという所を頂かねばなりません。夫は妻に対して「自分はどれほど妻に真心を尽しているだろうか?」と振り返るのです。また、妻は夫に対して「私はどれだけ主人に真心を尽してきただろうか?」と振り返らせて頂くのです。親が子供に対して、また子供が親に対しても同様です。

それを「世の中にはあのように行き届いた人がいるらしいから、あなたもあのような人になって下さい。」と要求しますと、教えが刃物となり、それを相手に突き付けてしまい、もめごとの原因になってしまうのです。教えは自分自身に頂くものです。夫が改まり、妻が改まり、親が改まり、子も改まることが大事です。お徳を頂こうと思えば自分自身を戒めていくことが大切です]とみ教え下さいました。

★み教えは我が心に頂いて、自分自身を見つめ直し、改まらせて頂くために頂くのです。み教えを武器にして人を責めていては相手も自分も助かりません。行き届いた方の姿を習い、自分自身を振り返る材料にさせて頂けたら有難いですね。今日一日、人の良い所を見て見習い、良いことを口に出す稽古に励ませて頂きましょう。するとそれが自ずと周囲に広がって、家庭の上でも仕事の上でも良い環境が整ってゆくのです。

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2016年02月23日

●揺るがぬ信心に

昨日は、三代教会長先生の8年廻れる例年祭を無事にお仕え申し上げることが出来まして、真に有り難いことでございました。

★三代教会長先生が62歳の御時、くも膜下出血で40日間絶対安静を必要とする状況になられました。私はベッドのそばで御祈念させて頂いておりましたが、心配や不安で離れることができませんでした。「今晩徹夜してでもかまわない。御祈念させて頂く。」と思っている最中に

奥様が「あなたが一晩徹夜しても治られるわけではありません。一人では何も出来ません。皆が交代しながら長期に亘ってお世話をさせて頂き、おかげを頂かねばならないことです。気が済むまでお広前でしっかりと御祈念させて頂いて、すべて神様にお任せさせて頂きなさい。先生は必ずおかげを頂かれます!」と言って頂いたのでした。

★私が高校3年生の時でしたので、三代教会長先生に「私は高校を卒業させて頂いたら、大学には進学せずに、金光教学院に入らせて頂きます。」と申しますと、先生は「大学を受験させて頂きなさい。私は必ずおかげを頂きます!」と仰って下さったのです。

★40日後、歩く事からリハビリをなされ、お説教やお結界の御用を通して徐々に回復のおかげを頂かれたのでした。そして先生は「今日まで60年間お生命を頂き、身体を使わせて頂いたお礼をさせて頂こうと思ったら60年かかる。これから60年間かけてでも御礼の働きをさせて頂けますように。」と新たに願いを立てられ、90歳6ヵ月で天寿を全うされるまで、御用にお使い頂かれたのです。

★三代教会長先生と奥様が、神様にすべてをお任せされ、どんな状況になられても揺るがないご信心を示して下さり、信念を現わして下さいました。私達も三代教会長先生にご安心頂けて、お喜び頂けるような信心にならせて頂けますようにとお願いさせて頂きながら、信心向上のおかげを蒙らせて頂きましたら、それが三代教会長先生へのお礼となるのです。どうぞこれからも油断なく、共に信心を進めさせて頂きたいと思います。

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2016年02月22日

●神様とお約束してさせて頂く  

 本日お昼の2時より、三代教会長伊藤良三大人霊神の8年巡れる例年祭をお仕え申し上げます。ご家族ご親戚の方々、お導きの方々揃ってご参拝になられ、ご生前中より御霊神となられましても日々変わりなくお取次ぎ下され、お祈り下されていますことにお礼を申し上げさせて頂きましょう。

★先日あるお方が「私も段々と信心が続かせて頂きまして有難うございます。しかし、まだまだ信心の程度が進まず、日々の生活の中でみ教えを守らせて頂くということにはなっておりません。日参と聴教を続けさせて頂きますと、だんだんと進ませて頂くことが出来るのでしょうか」とお届けされました。

★そこで「これまでご信心が続かれて結構なことです。毎日お参りが続かれ、み教えも毎日少しずつ頂くことが出来られて、さらにはお届けも続かれておられますことは、有難い信心の稽古が出来ておられるということです。大変有難いことです。車の両輪に例えますと、日参と聴教、お届けは車の片輪です。もう片輪というのは、信心のご修行を決めさせて頂いて、それに倦まず弛まず取り組ませて頂くことです。両輪が揃ってこそ前へ進ませて頂くことが出来るのです。

例えば腹を立てないご修行や、愚痴不足を言わないご修行、自分に打ち克つご修行等々…を決めさせて頂くのです。お参りでも遅れずにお参りさせて頂くというのも立派なご修行になります。前の日から神様にお願いし、段取りを付けてご都合お繰り合わせ頂けますよう、お徳を積ませて頂く参拝になさったら結構です。家ではご主人や子供に対して腹を立てず、常に笑顔で接しさせて頂くというのも一つのご修行です。そうして神様とお約束してご修行をさせて頂いておりますと、車の両輪の如く前進させて頂き、結構なおかげを授けて頂けるのですよ」とお話しさせて頂いたことでした。

★ご修行というのはいくらでも自分自身から生み出すことが出来ます。前向きに神様とお約束して自らさせて頂きますと、おかげを頂く道が開けるのです。

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2016年02月21日

●全てをおかげにさせて頂ける信心 

 あるご信者は、近所でも有名な気難しいお舅さんと同居しておられ、日々辛く感じておられました。そんな時、ご神縁を頂かれて、二代教会長伊藤コウ師にお届けなさいますと、「あなたは神様から結構な宝物を頂いておられるのですよ。お義父様はあなたの家の宝物です。あなたがご信心を元に、真心込めて孝行なさるか否かで、家が結構に栄えていくかどうかが決まります。」とみ教え頂かれたのでした。

★そのご婦人が、ある時教会で御用奉仕をなさっておられますと、何事においても実に心配りが行届いておられるあるご信者の姿に目が止まられたそうです。「あの方はどうしてあのような行届いた心配りが出来られるのですか?」と、伊藤コウ師にお尋ねになりますと、「あの方は、自分のことよりもいつも人のことを第一に考えておられるのですよ」とみ教え頂かれたのでした。それを聴いたご信者は、「お義父さんのことを第一にさせて頂いて、何事も逆らわないことをご修行にさせて頂こう」と有り難い決心が出来られ、生活の全面に渡って実行していかれたのです。

★すると次第に、「主人を苦労なさりながら育てて下さり、私のような至らない者を嫁にして頂いて、長い間辛抱して下さっている。こんなに有り難いことはない。しっかりお義父さんに喜んで頂かなくては申し訳ない」と、心底思えるようになられたのでした。そんな日々を送っておられますと、お義父様が80才を過ぎた頃に、教会に一緒にお参りしたいとおっしゃったのです。そして、伊藤コウ師に、「うちの嫁をこんなに立派に育てて下さって有り難うございます。これからは、日参させて頂きます」と、おっしゃって下さったのでした。

★もちろんこのご信者の信心のお徳は子供の代、孫の代、曾孫の代と続いておかげを頂ける家にならせて頂いておられます。

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2016年02月20日

●慎みの心を大きくして、一心になる稽古

 私の娘が生後10ヵ月の時に、あごの下にウズラの卵くらいの大きさの腫れ物が出来ました。すぐに三代教会長先生にお届けさせて頂き病院に受診させて頂きますと、医師より「良いものでも悪いものでもどちらにしても手術をした方が良いでしょう。」と診断して頂きました。良いものでも悪いものでと言われると不安に思うものです。

★しかし、夫婦で話し合い「これからは一切悪い事を思わないようにして、御神酒でおかげを頂こう!」と決め、一心に御礼とお詫びとお願いを申し上げながら、日々娘のあごの下にある腫れ物にお剣先に御神酒をひたして当てさせて頂きました。すると何と、前から見ても見えていなかった腫れ物が、2・3日の内に見えるほどに下がり、受診予定日の朝には腫れ物の口が開いたのです。そして、どんどんと血膿をお取り払い頂いたのでした。年末には、ウズラの卵くらいあった腫れ物は、3分の1ほどまでに小さくなったのです。

★その後、病院に行く事もなくメスを入れることもなく、一年間かけて計10回も腫れ物に口が開いて血膿をお取り払い頂いたのでした。つい2年ほど前には、25年間開かなかった腫れ物の口が開いたのですが、御神酒をつけさせて頂いて、全快のおかげを蒙らせて頂きました。

★お広前・お結界というところは、神様に対する慎みの心を大きくして、我を放し、神心を頂いて帰る場所です。物事にはすべて神様の思し召しが込められています。どんなことが起きてきても、神様に御礼とお詫びを申し上げ、お願いさせて頂き、素直にみ教えを頂く、素直な心で御神酒を頂くというところに、ご庇礼が表れてゆくものです。

★『天地金乃神のご神体は天地である。宮社に鎮まり納まっておられるのではない。真一心の心に神がおられて、おかげになる。』

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2016年02月19日

●心を直して健全な体を作る

 昭和10年代頃のことです。30代後半の女性が、胸全体が紫色に腫れ上がって痛むということで、二代教会長・伊藤コウ師にお届けに来られました。

コウ師は、「これはおかげですよ!あなたがこれまで、信心のない時に積み重ねてきたご無礼不行き届きを、神様がこうしてお取り払い下さろうとしておられるのです。体の悪毒病毒をお取り払い頂き、悪い性根をしっかり直して頂けるようおかげを頂きましょう。」とみ教えなさいました。

そして、胸全体にお神酒を頂き、悪毒を集めて頂けるよう、毎日ご祈念することを教えられました。すると、胸全体に広がっていた紫色の部分が、両脇の下に集まってきてリンゴのように腫れ上がったのです。

それからは、両脇の下の腫れ物にご神酒を浸したご神米のお剣先を貼らせて頂かれ、ご神酒が乾いては、再び付け直しながら、これまでのご無礼をお詫び申されたのです。そうしますと、三週間ほどの間にお剣先に血膿をお取り払い頂かれ、全快なさったのでした。

★伊藤コウ師は、「体の不調は、心も体も健全に作り変えて頂き、より神様に近付かせて頂ける絶好の機会。その機会を無駄にすることなく、心の健康を頂いて、健全な体を頂くことが、天地の神様対する孝行、親様への孝行になるのです。」と、み教え下さっておられます。

艱難辛苦・病苦災難など、何事が起きてきても、ご信心によって、心根を直させて頂いておかげを頂いてゆくところに、信心させて頂く者の本当の有り難さがあるのです。
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2016年02月18日

●願いを込めて有難い参拝に

 二代教会長伊藤コウ師の御母堂、伊藤ハル刀自のご主人の房次郎氏は、「神様を拝むくらいなら、わしを拝め!」と仰るほど、ご信心に大反対なさっておられました。ですから、ハル刀自は「買い物へ行く」と言って買い物かごを持って教会に参拝なされたり、「お風呂へ行く」と言って洗面道具を持って参拝なされたり…と苦労なさって参拝なされたのでした。

★ハル刀自が参拝なさるようになってからは、夫婦喧嘩を一切されなくなったそうです。それは、いくら房次郎氏から喧嘩をふっかけられても、ハル刀自が一切受けられない御修行をなされたからです。有難いご修行のお徳を頂かれ、娘のカツ氏の体が動かなくなった時も、房次郎氏が神様におすがりなさるまでご辛抱なされたのです。「あなたが御無礼なことをしたから、娘の体がこんなことになったのです」等と房次郎氏を責めたりなさいませんでした。

「私がこの家の信心の礎になり、信心の機関車にならなければならないから、ここで愚痴不足を言うている場合ではない」という心持ちで、一心に神様におすがりなされました。どうあっても一家が勢信心にならせて頂けますようにとの願いを立てられ、自分自身のお役目を全うなされた結果、勢信心のおかげを蒙られ、現在の伊藤の家の信心があるのです。

★毎日参拝をさせて頂けているということは、大変有難いことです。それは家族の方々の理解と協力があるからこそ、させて頂けることです。また状況・環境が整っており、願いが込められてこそさせて頂けていることですから、「私が一人で参っている」という気になるのは間違いです。たとえ家族が参拝をなさっておられなくても、「家族の為に参拝をしているのに…」等と、恩着せがましく思っていてはおかげを蒙ることが出来ません。

★有難いの一心にならせて頂き、おかげを蒙らせて頂きましょう。参拝をさせて頂いていることに対して、家族と神様にお礼を申して、家族も周囲の方々も自ずと有難い心にならせて頂ける参拝をさせて頂きましょう。

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2016年02月17日

●家の機関車となって… 

 昨日は婦人会総会が開催され、小中美智子氏の大変有難いおかげ話を聴かせて頂きました。小中氏は高等女学校(現在の中学2年生)の頃に、母方の叔父の家の跡取りとして養女に迎えられました。養女となられてからは、お母様に連れられて、毎日お説教を聴かせて頂く信心中心の生活にならせて頂かれたのでした。その後、ご両親の仰る通りのことを素直に守らせて頂かれ、結婚して2人の子宝を頂かれたのです。

★娘さんが小学3年生の時に微熱が続き小児結核と診断されて、二代教会長伊藤コウ師に御取次ぎ頂かれました。その頃、家計のため内職の仕事をしており、家事がおろそかになってしまい、お父様は良く思っておられませんでした。しかし、小中氏は「生活費のためなのだから仕方がないことだ」と思っておられました。じっと聞いておられたコウ師から「娘さんの熱は摩擦の熱です!」とみ教えを頂かれ、自身の至らなさを痛感され、一心にお詫び申されました。すると、娘さんの腎臓の病気は僅か半年間で全快のおかげを頂かれたのです。

★ご両親に親孝行を尽くされ、養父、実母の御国替えの後に経済的に大変苦しい時期があられました。しかし、小中氏は家の跡取りとして何としてでもおかげを頂こうと、借金返済のために一日のおかず代は百円でやりくりし、交通費を節約し、それでも月々のご本部参拝はおかげが頂けるよう工夫をこらされたのでした。御主人の三度の多額の借金もご信心を元におかげを頂かれ、御主人が御国替えされるまで懸命に尽くされました。

★その後、ご縁があって行政書士事務所で仕事をさせて頂かれるようになり、8年かけて勉強し、難しい行政書士試験にも58才で合格のおかげを頂かれました。現在は、お孫さんと一緒に事務所を経営され、家業相続のおかげを頂かれています。

★そして、昨年9月には四世帯同居エレベーター付、三階建て住宅新築のおかげを頂かれ、家繁盛・一家勢信心の大みかげを頂かれているのです。これも小中氏が家の機関車となって、一心に神様におすがりされたお徳によるものですね。

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2016年02月16日

●真心と一心 

 阿倍野教会の初代教会長・伊藤徳次師の実父であられる池田太市氏は、甘木教会でご神縁を頂かれ、熱心にご信心を進められました。息子・庄五郎氏(徳次師の兄)が泌尿器の病気の時には、片道4里(16キロ)ある甘木教会へ病気平癒のため歩いて参拝され、全快のおかげを頂かれたのでした。

★太市氏は、吉井町から甘木教会へ参拝なさる途中、筑後川を渡って参拝されていました。小料理屋を営んでおられた太市氏はある日、生きた鯉をお供えさせて頂こうと、藁で縛って下げ持っておられたのです。川を渡られる際に渡し船に乗って、鯉が元気になるだろうと船べりから水につけたところ鯉が逃げてしまったのでした。

★太市氏は船頭さんにお願いをしてもう一度鯉が逃げたであろう所まで戻られました。すると、川の流れがあるにもかかわらず、その鯉が逃げたその場所にとどまって水面から一尺ほどの所にいるのを見つけたのでした。そして、網で捕らえて甘木教会へお供えさせて頂くことが出来られたのです。甘木教会の先生がことのほか喜んで下さり「あなたが真心で願ったので、途中で神様が水に付けねば鯉が死ぬかもしれんというので、そのようになさったのです。それで鯉は元気になりました。あなたの真心が神様は受け取って下さったのです。」と仰って下さったのでした。祭典後、鯉をほどかれますとまだ元気に生きていたので、甘木教会の池に放されました。それが金光四神様の10年祭のことで、さらに20年祭の時には三尺(90センチ)に育っていたのでした。

★天地にも通じ、人の心にも通じていくのが真心と一心です。本当に有難く真心から一心に願いますと、神様はその真心をお受け取り下さり、ご庇礼を蒙らせて頂くことが出来るのですね。

■本日2時より 婦人会総会(おかげ話:小中美智子氏)

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2016年02月15日

●人間は生まれ変われるからありがたい

昨日は、万事万端にご都合お繰り合わせを頂いて、団体列車1車輌とバス7台を運行させて頂き、御本部御礼参拝を共々におかげを頂きましたことは、真に有難いことでございました。
初代教会長・伊藤徳次師は、布教当初の経済的に厳しい状況の中でも、「ふんどしを質に入れてでも御本部に御礼参拝をさせて頂きたい」との強い願いと覚悟を持って毎月続けてきて下さった御修行のおかげで、今日私共は結構に参拝が毎月続けさせて頂いております。

★『人間は死ねるからありがたい。信心しておかげを受ければ生まれ変われるからなあ。この生まれ変われるような信心をせねば、ご信心がご信心になるまいが。』
『有難いことを知らぬ者に困ったり、難儀な者が多い。信心して思い分けができて、有難いことが分かって御礼が言えるようになると難儀災難が払われ、達者にもなってくる。』

★「人間は死ねるからありがたい」というのは、今までの「我の強い」自分を放すことが出来るようになることは有難いということです。
何事も神様がさせて下さることと思って有難く受けさせて頂く、何事も神様に使って頂くつもりで御祈念してさせて頂くとみ教え頂いても、なかなか自分を離せないのが私達です。
病気災難が起きてきても、神様がさせなさる御修行と思ってお礼を申し上げる。そして、何事も神様に使って頂くという心で御祈念してさせて頂けばそこから新しい自分に生まれ変わることが出来、自分自身の器も大きくなってゆくのです。

★おかげという言葉は、自分の願いが成就した時に「おかげを受けた」とよく使いますが、他にも色々な意味で使われることがあります。
仕事や御用を与えて頂いた時に「はい、おかげ頂きます。」と答えさせて頂く中身には、神様に使って頂くという意味が込められています。
難しい仕事をもおかげにさせて頂く。御用を通してお徳を積ませて頂く。難儀もおかげにさせて頂く生き方が出来ることはどれほど神様がお喜び下さることでしょうか!そこに大きなご神徳を現わして下さることでしょう。日々我を取って、生まれ変わるつもりで信心をさせて頂きましょう。

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2016年02月13日

●周囲の助かりを先に願う

先日あるご信者が「最近家族が亡くなりまして、御神前・御霊前を拝んでおります。亡くなった直後は何かと忙しく考える時間がありませんでしたが、近頃のほうが淋しくなってきました。この淋しい・悲しい気持ちをどうさせて頂いたらよろしいでしょうか」とお届けに来られました。

★二代教会長伊藤コウ師も夫であられる初代教会長先生が亡くなられた時には、二代教会長として後継をなさる覚悟を決められましたが、次々と大変なことが起こってこられました。(建築委員の総辞職・役員の辞職等々…)後になって述懐なさっておられましたのは、

「夫が亡くなって淋しくない、悲しくない妻がおりますか。しかしそこを生神金光大神様・天地金乃神様におすがりをして一日一日助けて頂いているから、私も霊様も助からせて頂けるのです。私が取り乱していては霊様も助かりませんから、それでは申し訳ないことです。なんとしてでもご信心を基にしておかげを頂いていかねばならんと思い、一生懸命おすがりさせて頂きました」と仰っておられたことでした。

★そこでそのご信者に「生神金光大神様の御取次ぎを信じ、どこまでもおすがりすればよろしいですよ。亡くなった霊様が助かりますように、立ち行きますように、霊徳も高くなられ安心のおかげを蒙られますようにとお願いさせて頂いて、その後に自分自身も助かりますように、立ち行きますようにとお願いすることを稽古させて頂きましょう。」とお話しをさせて頂いたことでした。

毎日稽古をさせて頂いておりましたら、日々お世話になって生かして頂いていることにお礼が申せるようになってくるのです。御礼を言う心が厚くなれば厚くなる程心が元気になってくるのです。

★その方には子どもさんもお孫さんもおられますが、それぞれ一人一人についてまわって守ることは出来ません。ましてや、亡くなった方々を守ることも私達に出来ることではありません。しかし私達には金光様のお取次ぎを頂いて御祈念させて頂くことが出来るのです。御礼も御詫びも御願いも足らないところは足して下さいます。

また『人を助けてわが身が助かる道である』とみ教え頂いております。周囲の方が助かるように願わせて頂いてこそ、自分自身が助かっていくのです。ですから、周囲の人々のことを先に祈らせてもらえるということは真に有難いことなのです。霊様方も含め、周囲の人のことを第一に願わせて頂く稽古をさせて頂いて、自分自身もおかげを蒙らせて頂きましょう。

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2016年02月12日

●喜びとお礼の働きを重ねる

 日本書記では建国の精神として、一、養生(正しい心を養う)二、積慶(喜びを積み重ねる)三、重暉(御礼の働きを重ねる)四、為宇(誰とでも円満にする)とあります。このような尊い精神を昔から説いて頂き、今日平和で豊かな日本に住まわせて頂いていることは、どれ程有り難いことでしょうか。日々天地のお恵み頂き、国家社会の恩恵を受けて生活させて頂いていることに感謝の心をしっかりと持たせて頂き、ご恩返しの働きを心がけさせて頂くことが、個人にとっても、社会全体にとっても、より一層の繁盛の元となるのです。

★(甘木教会 安武松太郎師のみ教えより)「土地はもともと日本の土地である。その土地をお互いが所有し得るのは、納税の義務を果たしているからであって税金を納めるのは、いわば借り賃である。更に信仰的に申せば天地はもとからの天地であって人が造った天地ではない。この天地があって人は生まれたのである。…作物は神様がお作りなさるのである。人間はそのお手伝いである。それに神様には少しもお礼は言わぬ、自分の田畑、自分の山、自分が作った、自分が収穫すると思っている。自分の山に自分の木や竹があると思っている。神様の御物とありがたく頂戴しているかというとそうではない。国には税金を納めるのであるから、神様にはお礼を申し上げなければならぬ」

★阿倍野教会では、甘木教会の安武松太郎師のご薫陶を受けられた初代教会長先生のご信心、伊藤家の信心の初代である伊藤ハル刀自のご信心によりまして、布教の当初より、お礼の信心を第一にさせて頂くことを教えて頂いております。何をさておいてでも、御本部へのお礼参拝をさせて頂くのです。また、お支払いすべきところにはすぐに全てお支払いをさせて頂き、収めさせて頂くべき税金はきちんと納めさせて頂く、そうしたことを徹底して教えて頂いてまいりましたことは真に有難いことです。

★日々のお恵みに感謝して、喜びに満ち満ちて日常の生活を営ませて頂き、お礼の働きにしっかり努めさせて頂きましょう。

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2016年02月11日

●御礼が第一

 昨日は大阪府下の私立高校の入学試験がありました。連日、ご信者の子弟の方々が次々と受験をなさっています。受験といいますと、みな心配が先に立ってしまいがちです。金光教では『心配する心で信心せよ』とみ教えを頂いております。まずは、御礼を申すことを教えて下さっています。今日まで健康でお育て頂き、受験の日を迎えさせて頂けることにお礼を申させて頂くのです。その上で不行き届きの多いことをお詫び申し上げ、足らない所を神様に足して頂けますようお願いをさせて頂くのです。

★先日も大学センター試験を終えられ、志望大学の前期入試を控えておられるお方がご家族でお礼参りに来られました。その方のお母様が「うちの息子は生まれた時には大変小さく虚弱体質で、まず第一にまともに歩けるかどうかが心配されました。人よりも遅れて成長し、4歳近くまで言葉も出ませんでした。通常の学校に通えるかどうかという状態で大変心配しました。しかし、おかげを頂きまして小・中・高と順調に進ませて頂き、今回大学受験を迎えさせて頂いております。振り返ってみますと、ここまで来させて頂けたことが大変なおかげです。有難うございます。」とお礼のお届けをなさっておられました。

★私達は毎日の生活を当たり前だと思ってしまいがちですが、奇跡的なおかげの連続であるのです。今朝も目を覚まさせて頂けたこと、自由に思索させて頂け、思うように身体を動かせて頂けること、それら全てが有難いおかげなのだと理解させて頂くことが大切です。おかげを頂き続けている自分だからこそ、「どうぞお礼に勉強させて下さい」「お礼に働かせて下さい」とお願いさせて頂くのです。親孝行・御恩返しをお願いの中心とし、御礼に勉強をさせて頂きますと、神様から与えて頂いている能力を十二分に発揮させて頂くことが出来るのですよ。

[勉強前後のご祈念文]
(1)神様・霊様・家族のおかげで勉強させて頂けます。有難うございます。
(2)今日までお育て頂いたお礼の勉強が出来ますように。
(3)時間を大切にし、集中して出来ますように。
(4)読み違い、書き違い、考え違いのありませんように。
(5)神様より与えて頂いている能力を十二分に発揮できますように。
(6)親孝行ご恩返しお礼の働きが出来ますように。
(7)世のお役に立つ人間にならせて頂けますようにお願い申し上げます。

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2016年02月10日

●感謝や敬いの心を持ち続ける

 2月8日は竹中哲哉氏の御命日でした。平成元年に80歳でお国替えされたのです。大正11年13歳の時に盲腸炎で手遅れの中を、初代教会長先生の御取次を頂いて全快され、九死に一生を得るおかげを頂かれました。病弱であられた体を健康にして頂かれ、今宮中学、第三高等学校、京都帝国大学に進まれたのでした。

★大学卒業後、松下電器に入社し、十指に余る特許を出願、その優秀な働きを認められ、千代子氏との縁談が進み、クボタ鉄工(株)に迎えられたのでした。京都大学で学ばれたのは電気工学でしたのに、鋳物を研究する所を担当されました。与えて頂いた仕事を天職だと思って、有難くお受けになり、仕事に惚れて、打ち込んでさせて頂かれますと、恩鹿島工場長をはじめとして、新日本パイプ(株)社長・クボタハウス(株)社長・クボタ精機(株)社長・旭精工(株)社長・日本鋳工所社長を歴任されたのです。

★しかも新大阪駅の丸型の柱を鋳物製で作られ、ポーランド・ワルシャワで開かれた世界鋳物大会に日本代表として研究発表をされました。仕事をする上で研究なさったことにより、60歳を過ぎられて工学博士になられたのです。

★そんな実績を積まれた方でありますから、関係会社で赤字の会社を立て直す仕事を次々と頂かれたのでした。普通なら「皆が嫌がる仕事を何故自分だけ重責を担わなければならないのか」と断りたくなるところです。しかし、神様が「貴方なら出来るでしょう」との思召しがあって、神様から与えて頂いた仕事として、有難く拝んで受けなさったのです。

★竹中氏は毎日朝参りをなさって、頂くみ教えをいつも日々新しく自分の心に頂き直されたのでした。そして常に油断なく御祈念を先にさせて頂かれ、心に気付かれたことはすぐメモに書き記して、神様がお知らせを下さっているところを受け切ってゆかれました。お国替えなさる直前まで御礼の信心を続けられ、世の中の役に立たれたのです。

★毎日、感謝の心や尊敬の念を大きくしていくことを心掛けている人こそ、行く所行く所で徳と力を発揮してお役に立つ働きが出来るのですね。

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2016年02月09日

●おかげを頂いた後の信心を大切に

昨日は、みかげ会例会が開催され、北尾氏より有難いおかげ話を聴かせて頂きました。
心臓が弱かったお母様が昭和20年に御神縁を頂かれ、大変熱心に信心され、北尾氏は2代目の信心になられます。奈良に住んでおられた北尾氏は、学校を卒業後、大阪へ出てこられ、大阪市中央卸売市場の塩干物仲売店へ就職のおかげを蒙られました。
そして、7年間、朝4時から夕方まで店員の躾、商品の取り扱い、仕入れ販売など大変厳しく指導して頂かれ、7年後の昭和37年に独立のおかげを頂いて、塩干物専門店を今日まで商売しておられます。

★昭和45年に家を購入され、47年に結婚のおかげを頂いて、2人の子宝を授かられました。2人の子供さんを小さい時から連れて、お参りされ、信心相続のおかげを頂いておられます。
平成8年に家を買い替えさせて頂くことになり、お取次ぎを頂いて買い替えさせて頂くこととなりました。半年後には家を空け渡すことになり、それまでに家を探すことになりました。しかし、なかなか思った家が見つからず、不動産業者に相談しても予算内での家は大阪市内にはありませんでした。

★教会長先生に「市内では私の予算内の家は買えませんので、郊外を探してもよろしいでしょうか」とお届けされますと、「きっとあります。行く所行く所お願いをして探しに行かせてもらいましょう。遠い所へ行くとお参りが遠のき、信心が抜けますよ。市内で買わせて頂きましょう。」とみ教えを頂かれたのです。
そして、心新たに願いを立て直され、教会に近く、環境がよく、交通が便利で借金なしの予算内で購入させて頂ける物件を何百軒となく探しました。あきらめず願い続け、無駄のないように生活も改まり、日参と聴教に励まれ、御本部御礼参拝、月例祭、各会例会にも欠かさず参拝されたのです。
仮住まいをしてから3年半ほど経った平成12年にお願い以上の40坪の土地と住宅を借金なしで購入させて頂くことが出来られたのでした。北尾氏はお宅祭を仕えられ、より一層お礼の信心に励んでおられます。

★『信心も広大なおかげを受けた時は、これまでの信心の徳によって助かったのであるから、それからはまた改めて信心させて頂いて徳を積んでおかんと後の大難がきた時に助からんわい。』

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2016年02月08日

●今させて頂ける親孝行

 あるご信者は軽度の認知症であられる親の介護をなさっておられます。以前、お一人で外出なさって、電車で一時間半ほどかかる前の住居に記憶を辿って戻られていたのでした。家族は、「もう一人では外出しないでほしい…」と思ってしまうのですが、それをご本人に伝えてしまうと、認知症が進行してしまうのでは…と悩んでおられました。

★そこで「行きたいと仰るところへ一緒に行かれるのも大事なことですよ。自分の都合を第一に考えず、親様が『○○へ行きたい』と仰ったところへ一緒に行かせて頂くことも大切です。」とお話しさせて頂きました。

★三代教会長先生が車いすでの外出が出来ておられた時に「家に帰りたい」と仰ったことがありました。奥様が「今は教会がお家ですよ」と答えられると「いや、自分の生まれた家へ帰りたい」と仰せになりましたので、車を運転させて頂いてご実家があったであろう所の近くまで向かわせて頂きました。三代教会長先生は小学校6年生の時に、両親の元をはなれて教会に入所なさったので、そのご実家に対する思いが強く出られ、帰りたいと感じられたのでしょうね。養子縁組が出来られた20才ごろ以降は、特に実家に帰って実の親に会うことをなかなか許して頂けなかったこともありましたので、実の両親に対する慕情がつのっておられた若い時代が、蘇る瞬間があられたのかなと思います。

★私達が出来ることというのは少ないのですが、今しておかなければいけない親孝行というものがあります。たとえば「○○へ行きたい」と言われて「今行くことは出来ません!」と反対してしまうのではなく、親の気持ちを汲み取って、どうすれば助かって頂けるかということを考えて行動させて頂くことが大切だと感じます。私自身も、振り返らせて頂きましたら、一緒に出掛けさせて頂いたことが有難い時間であったなあと思わせて頂きます。そうして親の心が豊かになるように過ごして頂く為との思いをもって、行動させて頂くということが大切であるなあと改めて思わせて頂いたことでした。

★私達はどうしても視野が狭くなってしまいがちです。また、自分中心に考えてしまいがちです。「今の時代はこうだ」とか「こちらの方が正しい」とか思ってしまいますが、そういうことでは計り知れないものがあります。理屈ではないもの、天地の道理であること、御神徳に満ちた世界があります。狭い狭い視野しかない私達ですが、もっと広いところを見させて頂けるようになれば、さらに有難いおかげを蒙らせて頂けるようになるのがご信心です。『信心は親に孝行するも同じこと』というみ教えを改めて頂き直して、今させて頂ける信心・親孝行を考えさせて頂きましょう

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2016年02月07日

●日々の積み重ねが鍵

 小学校低学年の頃、大工道具を使って、木の切れ端等を切ったり釘を打ったりして遊んでおりましたら、二代教会長伊藤コウ師より、「ここに曲がった釘がたくさんあるから、平らな所で叩くなりしてまっすぐにして、何かに使えるようにしておきなさい。」と教えて頂いたことがありました。大工さんのお仕事には使えないような曲がったものでも、私共が何かの際に工夫して使わせて頂くことを教えて頂いたのでした。

★甘木教会の安武松太郎師は、「マッチ一本、釘一本、銅版の切れ端一つ、薪一本、紙一枚、お水一滴、お湯一杯、木炭一塊、縄切れ、落葉、お米の一粒、醤油の一滴、また、タオルの使い方しぼり方、石鹸の使い方、下駄の履きよう、全て神様の賜わり物だから粗末にしては相済まない」と、み教え下さっておられます。ご修行、改まりというものは、日常の小さなことの積み重ねです。その積み重ねが大きなものとなるのです。改まりを積み重ねれば、結構なお徳の貯蓄となりますし、悪癖悪習慣を積み重ねれば、恐ろしいめぐりとなってしまいます。

★日々天地のお恵みを有り難く頂き、ご無礼のない御礼の心に満ちた生活に改まらせて頂けば、身の回りには自ずと有り難いことばかりが起こってくるようになります。「物事が思い通りに運ばない…」と感じるときには、目先の出来事の成就をお願いするばかりではなく、お取次を頂き、み教えを頂いて、自分に必要な改まりをこつこつと積み重ねさせて頂くことが、願い成就の一番の近道なのですよ。

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2016年02月06日

●どんな仕事も喜んで命がけで取り組ませて頂く

 あるご信者は、定年退職後に新たな仕事を探しておられました。一級建築士の資格を持っておられたので、それ相当の仕事を探しておられたのですがなかなか見つからず、貯蓄を切り崩す生活を続けることに段々と焦りを感じ始められました。 そこで、資本金が少なくても始められるお好み焼き屋か、たこ焼き屋のような商売を夫婦でしようかと考え、二代教会長伊藤コウ師のお取次を頂かれたのでした。

★伊藤コウ師は、「建築の仕事をしてこられたのでしたら、建築に携わる仕事ならどんな仕事でもさせて頂く、という気になられたらどうですか?『一級建築士の私が、こんなつまらない仕事はできない』というような考えは捨てましょう。 建築の仕事ならどんなことでも喜んでさせて頂く心になれば、神様は、あなたの年齢も、経験も、全てよくご存知な上で、今のあなたに一番合った仕事を与えて下さいますよ」 と、み教えなさったのでした。そのご信者は、素直にみ教えを頂かれ、「建築の仕事ならどんな仕事でもさせて頂く」という覚悟で、改めて仕事を探されました。すると、大きな建築現場の監督を任して頂けることになり、その仕事を機に次々と新しい仕事を頂かれたのでした。

★「これまでのご恩返しに仕事をさせて下さい」とお願いしておりますと、お仕事の上に真心が表れて全てにご都合お繰り合わせを頂けるようになります。御祈念のこもった勤務・商売になり、御祈念のこもった品物が製造できるようになり、愛情のこもった仕事がさせて頂けるようになってゆくのです。その人の働きぶりに神様は次々とおかげを授けて下さいますから、どんな小さな仕事であっても、喜んで一生懸命取り組ませて頂くことが大切です。「ご恩を知ってご恩に報いる働き」を心掛けさせて頂いておりますと、次々と仕事を与えて頂け、さらに大きな責任を与えて頂くことが出来るのです。何事も神様がご覧になっておられると思って、実意丁寧に取り組ませて頂いておりますと、将来が開けてゆき有難い人生にならせて頂くのです。

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2016年02月05日

●心の中にいる神様と鬼

 以前、あるご信者のご家庭では病気の奥様が知らぬ間に家を出られ、行方不明になってしまわれました。警察に捜索願を出す一方、ご主人はご親戚によって阿倍野教会へお導きを頂かれ参拝されました。お結界で「ご神米を身にお供して(大切に身につけて)、心中ご祈念をして探させて頂きなさい。」とみ教えを頂かれ、どこにいるのか見当もつかないまま、ご祈念させて頂いて思いついた場所へと向かわれたのでした。お住まいがあられた広島県から岡山、大阪…と東の方へと奥様を懸命に捜しに行かれましたが、一向に見つかりません。

とうとう名古屋まで行かれ、尋ね歩かれました。帰宅せねばならない日となり、広島へ向かう新幹線のプラットホームで、ふと「もう一度下まで降りてみよう…」と心に思われて、ご祈念をして階段を降り、待ち合い室を眺められますと、なんとそこに奥様の姿があられ、出会わせて頂かれたのです。その後、共に家に戻られて奥様の病気も全快させて頂く大みかげを頂かれました。そして、現在も家庭円満でお礼のご信心をずっと続けておられるのです。

★心中御祈念を続けられ、奥様の居場所へだんだんと近づいていくことが出来られたのです。人間は、あれこれと迷ってしまうものです。「こうして探しても無駄なのではないか…」「なぜ私がこのような思いをしなければならないのだろう…」というようにいろいろな感情が出てきてしまいます。自分の心の中には神心もあれば、鬼も顔を出します。思い来る不成の心を打ち消し、「ただいまはお願いと正反対の事を思ってしまいました。申し訳ありません。」とお詫びを申し、正しいお願いがさせて頂けるように御祈念させて頂く。その繰り返しがご信心です。不成心を離して神様に一心におすがりするところに、おかげを受けることが出来るのですね。

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2016年02月04日

●楽は望まぬ、苦労は覚悟

『逃れように逃れられぬ難というと、出来物のようなもので、身の内に毒があるのが吹き出るのじゃ。もし身の内にこもっておるとわざ(害)をするが、出ておる時はつらいようでも、出てしまうと毒が抜けるから、身の内がきれいになる。信心しておると、ご無礼お粗末が少のうなるから、身の内の毒が少のうなる。これがありがたいのぞ』

★毎日の生活の中で私達が色々なことを経験させて頂いて、様々な苦労もあったり、心配事もあったり、難儀なことが起こってくるのですが、それを全てご信心を基にして喜びに変えていく、おかげにさせて頂く生き方がお道のご信心です。

★厳しい環境に置いて頂くと、生物は適応して生き抜いていく力を得て進化を遂げていきます。私達も様々なことが起こって来てこそ信心も進ませて頂き、人間としての成長も遂げることが出来るのです。「病苦災難がなければ、楽々と生かして頂けるのに…」という気になりがちですが、それでは人間が成長していきません。精神的にも肉体的にも進歩向上することになる為には「楽は望まぬ。苦労は覚悟。」「苦労しがいのある苦労をさせて下さい。」とお願いする心持ちになりましょう。

★神様の氏子として生まれさせて頂いた私達は、神様の心に近づくための修行をするために、この世に生まれさせて頂いております。それが成就するように、神様からめぐりをお取り払い頂くための修行の材料である様々な出来事を与えて頂くのです。ですから、不必要なこと・無駄事は何一つありません。『出来てくることは皆おかげ』『難はみかげ』と教えて頂いております。「楽は望まぬ。苦労は覚悟。」「苦労しがいのある苦労をさせて下さい。」とお願い出来るような元気な信心をさせて頂きましょう。そうすれば、神様の元へ帰らせて頂いた時には、「これだけおかげを頂いております。」と有難い報告がさせて頂けるようになりますよ。

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2016年02月03日

●信じて疑わない信心

 伊藤ハル刀自(二代教会長伊藤コウ師のご母堂)が、地方債を買って娘さん(コウ師の姉君)に預けておられたことがあったそうです。ところが、その地方債が盗難にあったのか、どこに行ったか分からなくなってしまうということが起こったのです。それなりの額のものであったようで、コウ師は、まだ学校に務めておられました頃で、生徒の中に親が警察署長をなさっている方があり、警察に頼もうかと迷われました。しかし、ハル刀自は一切動揺されることなく、

「あのお金は、ご信心させて頂くようになってから、めぐりをつまんように心がけ、お礼するところにはきちっとお礼をさせて頂いて、工夫して始末して貯めさせて頂いた穢れのないお金です。今は、伊藤の家に必要がないから、必要な人のところにいっているのでしょう。必要な時が来たら必ず戻ってきます。」と仰ったのでした。それを聞かれたコウ師は、ご自身の考えが間違っていたと反省なさり、改まられたそうです。また、地方債を紛失してしまったコウ師の姉君は大変申し訳なく思われ、ご自分の信心として、預かっておられた金額を返済させて頂かれたそうです。すると、10年後に伊藤ハル刀自がお国替えになられた後になって、なくなった地方債が倍の価値をもって、伊藤家に戻ってきたのでした。

★どんなことが起きてきても、神様を目当てにして、どこまでも信じて疑わずに信心を進めさせて頂きますと、神様からもご信用頂き、おかげを頂いてゆくことになってゆくのです。

★『此方金光大神あって神は世に出たのである。神からの恩人は金光大神である。氏子としても金光大神あればこそ天地金乃神のおかげが受けられるようになった。神からも氏子からも両方の恩人は金光大神である。金光大神の言うことを聞いてそのとおりにすれば、神の言うことを聞くのと同じである。金光大神の言葉にそむかぬよう、よく守って信心せよ。』

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2016年02月02日

●わが家の信行期間

 2月に入らせて頂き、信行期間も残すところあと2日となりました。例年の信行期間(1月、7月のそれぞれ1ヶ月間)に120回以上の参拝が出来ておられたあるご信者が、月末にお届けに来られ、「先生、この度は年明けから風邪で半月以上も体調を崩しまして、例年のような参拝が出来ておりません。相済まないことでございます。神様にお詫び申して下さいませ。」とおっしゃいますので、「そうでしたか。今年の1月はゆっくり休ませて下さり、体を整えて下さったのですよ。有難いことでしたねぇ。体調も随分回復しましたね。そうすれば、2月をあなたの家の信行期間にさせて頂いて、取り組まれたら結構ですよ。人は見ていなくても、神様が全てご覧になっておられます。」と、お話しさせて頂いたことでした。

★『とかく、信心は地を肥やせ。常平生からの信心が肝要じゃ。地が肥えておれば、肥をせんでもひとりでに物ができるようなものぞ』と、み教え頂いておりますように、常平生の信心の稽古に打ち込ませて頂いて、地を肥やしておくことが大切です。地を肥やすには「実意・丁寧・正直・親切」が常平生の心がまえです。日々起こってくる諸問題は、実地の学問ですから、自分に起きてくることを「実意・丁寧・正直・親切」を元にして受け切らせて頂き、成長の糧とさせて頂きましょう。

★み教えを頂きますと、「自分は今、このようにさせて頂くべきだなあ」ということが、段々と悟らせて頂けるようになります。更に、それを実践させて頂くためには、「どうぞ、弱い自分に打ち克ち、み教えを素直に実践出来る私にならせて下さい」と、祈らせて頂くのです。一段一段と階段を上らせて頂くように、教祖様の実意丁寧なご信心に近付かせて頂くことを目標に、この月も信行に励ませて頂きましょう。『心行というて、人を不足に思わず、物事に不自由を行とし、家業を働き、身分相応を過ごさぬよう倹約をし、だれにも言わずに行えば、これ心行なり』

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2016年02月01日

●すべてをおかげにさせて頂く

三代教会長先生が62歳の御時、くも膜下出血で40日間絶対安静を必要とする状況になられました。

その時、三代教会長先生は「今日まで60年間おかげを頂き続けてきた。そのお礼にこれからの60年はお礼に御用させて頂こう。寿命は神様にお任せし、お礼に生かせて頂き、お礼の御用にお使い頂きますように。」とお願いされたのでした。

★さらに三代教会長先生は多発性脳梗塞や脳内出血、そして大腿骨頚部骨折の折にも、「神様が一番良いようにして下さった結果である」と一切不足に思われず、どんな症状であっても出来てきたことをおかげにさせて頂くことをご修行となさったのでした。その結果、大病を小病におまつり替え頂かれてお礼の御用に専念され、90歳6ヵ月まで長寿のおかげを頂かれたのでした。

★ある時、三代教会長先生は[親先生から「お酒を飲むことや煙草を吸うこと、また賭け事や遊ぶことは絶対にしてはいけません」とみ教え頂いたことは、私自身の命を永らえ、健康な状態を保たせて頂いて、長く日々の御用にお使い頂けるように教えて下さったのです。

その結果、アルコールやニコチンの汚染がないというおかげで、くも膜下出血の時も多発性脳梗塞や脳内出血の時も手術せずに軽く済ませて頂きましたことは、真に有難いことです]と喜んでおられたのでした。

どのような厳しいみ教えであっても不足に思わず、すべて有難く頂かれてご自身のご修行としてお願いに変えられたのでした。

★三代教会長先生は神様に誓願を立てられ願い続けられました。

1)限りなく、めぐりのお取り払いを頂けますように。(これで良いと思わず、生涯かけて改まり・ご修行を続ける覚悟)

2)限りなく、み教えを頂き続けられますように。(自分自身に日々新たにみ教えを頂き続ける覚悟)

3)限りなく、人が助かりますように。(人が助かる為にお礼の働きを続ける覚悟)

4)限りなく、このお道が成就しますように。(次々と人が助かり、家々が助かり、国全体・世界中が助かり、平和で全ての民族が共に正しい繁栄の姿となるように代を重ねてその一助となる努力を続ける覚悟)

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