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2015年12月27日

●神様がさせなさるご修行

『このお広前へある山伏が来てかれこれ(暴挙を働く)したことは、よくご承知であるが、これを自分が腹を立ててかれこれ(仕返し)してはいけない。これくらいのことは、神様のお力でお払いのけになることはわけはない。

それなのに、そのようにたびたび来るのは、神様がおやりなさるのであるから、私はいっこうに腹は立てない。…この神様のお道は年々にご繁盛なさる。氏子先で合点せよ』

★教祖様は、ご自身が引き受けてご修行なされ、範を示されました。荒らしに来たその山伏達に対しても、仕返しをする心を持たれずに一切腹を立てられることはあられませんでした。それどころか、神様がさせなさるご修行として有難く受け切られ、相手の立ち行きを願われたのです。

そして、山伏の暴挙について口々に不平不足を言い合っている信者に対して、「皆が不浄の言を言い言い汚すばかりして人に腹を立てさせる者ばかりで、神を勇め慰める者がない」と戒めなさったのです。

山伏の荒らしにやってきたことを通して、信者一同の信心が向上します様、先々尊いものが人々の心に生まれることを願われたのです。

★家の中で病人があられるとします。その病人の助かりを願うことによって家の中は改まらせて頂くことが出来ます。神様は家中がそのことを通して信心が向上してゆくことを願って下さっておられるのです。

「今、この子が私達の代わりに病気で寝込んでおります。この子が家のめぐりを全て引き受けてくれております。私達もしっかりと改まらせて頂き、助かりを願って家中が心を揃えて信心が向上させて頂けますように」と願わせて頂くのです。

家族の難儀を「自分の代わりにご修行してくれているのだ」と思わせて頂けますと、家族皆が助け合うことが出来、病人が助かってゆくのですよ。

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posted by 金光教阿倍野教会 at 06:26 | 平成27年の「み教え」