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2015年12月22日

●『石になるなよ、綿になれ』

 昨日は、金光四神貫行之君・歴代金光様の例年祭を無事に仕えさせて頂きました。

★二代金光四神様は、九州布教の始めとなられた桂松平師・ミツ師ご夫妻のご出立に際して、ご夫婦を前にして各々にみ教えをなさいました。

★ご主人の桂松平師に対しては、「長い年月の間には、塩の辛いこともあれば、甘いこともあるが、甘い辛いを言うなよ。(味付けのこと)」

★私(金光四神様)があるとき、妻に、『同じいただくご飯なら、もう少し軟らかく炊いたら食べよかろうにのう』と言うたら、妻は謹んで、『さようでございます。何とも申しわけございません。ちょうどご飯のできます時、子供が手をとりましたので』と詫びた。それからご神前に出ようとすると、普段なら当たるはずのない八足の角で、いやというほど頭を打った。そのとき、神さまからお声があり、『頭の痛いのが苦しいか、ご飯の硬いのが苦しいか』とご意見を受けたことがあるからのう。

奥様であられる桂ミツ師には、「のう、おミツさん。この桂という人間は、世界中に一人というか二人というか、三人とはない者になろうという所存であるから、ずいぶん難しいぞ。…いかに夫婦というても、長の年月にはよいことばかりではない。腹の立つ時もある。腹を立てれば心の鏡がくもるぞ。そうすれば、神のおかげは映らぬ。腹の立つ時には、すぐ神にあげよ(ご祈念しておあずけせよ)。夫が腹を立てて茶わんを投げた時には、石にならず、綿になっておれ。石になると茶碗は割れる。綿になっておりさえすれば、茶碗は割れぬ」とみ教えなさいました。

★夫婦の間でも互いを思いやり、寛大に受け入れていくことが大切です。そして妻は「主人が今日も健康でお役に立つ働きが出来、願い以上のおかげが頂けます様に」と願い、夫は「妻の身の上が健康で、家事・育児がさせて頂けます様に」と願いましょう。初めのことを忘れずに、互いに後ろ祈念をして支え合って生活させて頂きたいものです。

★『教祖さまは、「信心と夫婦は、初めのことを忘れるな」と教えてくだされたが、おかげをいただいて信心するようになっても、日にちがたつに従って次第に初めのことを忘れて、ありがたさが薄くなる。もったいないことである。夫婦でもそのとおり、初めのことさえ忘れねば、一代むつまじゅう暮らすことができる。よく心得ねばならぬことである。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:50 | 平成27年の「み教え」