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2015年12月19日

●大きな罪とは?

 あるお方が胃に腫瘍ができ切除手術をしましたが、再度手術の必要があるということで、阿倍野教会のあるご信者にお導きを頂かれて、二代教会長伊藤コウ師にお届けをされました。「先生、私はよほど罪深い者だと思います。しかし、いったいどのような大きな罪を犯したのかわかりません。どのような罪を犯したのでしょうか?」と尋ねられました。

コウ師は「確かにあなたは大きな罪を犯してきました。であるから、そうして苦しんでいるのです。それを神様が可哀想に思われて、こうして人をお使いになってお導き下さったのです。『神の恵みを人知らず。親の心を子知らず。』というみ教えがあります。天地の有難いお恵みを知らないという大きな罪を犯しているのです。毎日お参りをして、み教えを頂くずつに今日まで考え違い、思い違いをしていたと気付き、お詫びをさせて頂きましたら、今までの罪が取り払われてゆくのですよ。」と仰せになられたのです。

★人間社会の法律上にふれるような罪を犯しておりませんが、信心の上では罪を犯していることが多々あります。与えて頂いている生命、物、仕事、人に対して不平不足を思い、神様の御恩を知らず、神様のお働きにお礼を申していないことが神様に罪を犯しているのです。つまり今月今日で一心に信心させて頂くことが出来ていないことが罪になっているのです。

そしてわが心が「和らぎ賀こぶ心」にならせて頂いていないことが罪となっているのです。私達が休んでいる間も神様はお働き下さっています。天地のお働きにお休みはありません。その御神徳によって私達は生かされていることを自覚し、日々お礼を申して生活させて頂くことにより、心も身体も生まれ変わらせて頂いてゆけるのです。そして、前々のめぐりをお取り払い頂いてゆくのです。「今日一日だけでも、ありがたく御礼を申して過ごさせて下さい。」「今日一日不平不足を言わずに、腹を立てない生活にならせて下さい。」と願い、めぐりを積む生活を改めて、すべてを有難く喜ぶ生活を心掛け、お徳を積む生活をさせて頂きましょう。

★『信心する人は、めぐりを取り払ってもらっているのであるが、信心せず、うかうかと暮らす人は、めぐりを積んでいるのである。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 06:14 | 平成27年の「み教え」