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2015年11月30日

●親の願いを自分の願いとする

 二代教会長・伊藤コウ師は、幼少の頃、肋膜炎と腹膜炎を併発し、骨と皮だけに痩せてしまわれ、医師も匙を投げる程の重症になられました。その時、母親の伊藤ハル氏が、「この私のご無礼により、幼い子供がこんなに苦しんでおります。数々のご無礼の点、何卒お許し下さいませ。今日迄この子を私の子供だと思っておりましたが、これは大きな間違いでした。今日限り私の子供だとは思いません。」と一心に自分自身が改まられました。

さらに、「成長後も決して伊藤の家の為には使いません。只々神様の御用にお使い頂けるような人間に育てさせて頂きますから、今一度、神様のおかげによりまして生き永らえさせて頂きます様に、どうか宜しくお願い致します。」と一心に願い続けられ、全快のおかげを頂かれたのでした。

★また、初代教会長・伊藤徳次師は、32歳で「おかげやで、おかげやで」と、おっしゃりながらお国替えになられ、御霊の神となられて、阿倍野教会の発展をお支え下さったのです。

★伊藤コウ師は、親様の願い、御霊様の願い、御取次ぎ下さる金光大神様の願いをご自身の願いとなさり、御用一筋におかげを頂かれました。私たちも、親が願って下さっていること、神様が自分に願いをかけて頂いているところを自分の願いとさせて頂くことによって、大きな力を頂くことが出来るのです。とても自分の力では成し得ないと思えるようなことでも、させて頂けるようになるのです。その為には、ご祈念してどこまでも反復練習をする必要があります。日参と聴教に励み、日々稽古に励ませて頂きましょう。
『金光大神は形がのうなったら来てくれという所へ行ってやる』

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2015年11月29日

●御神徳の中に生かされて

杉村氏は、結婚なさってから元気な長女を授かられ、続いて二人目の娘さんを授かられました。その二女さんが生後十ヶ月の時に風邪のような症状で受診したところ、そのまま入院となったのでした。

そして、心臓が肥大しているとの診断を受けられ、治療を施して頂きましたが、入院10日目にお国替えなさったのでした。ご夫婦とも大きな悲しみに包まれて、「なぜこのようなことが起こるのだろう・・・」という思いが拭いきれずにおられました。

★その時お導きの親様が、
「これからの生き方が大切ですよ。亡くなられたことは悲しくて大変なことですが、神様のなさることには深い深いご意味があります。このままでは苦しみだけが残って、先々不安な生活を送らなければならないことになりますから、これ以上苦しみのないように、神様にしっかりおすがりさせて頂いてご信心させて頂きましょう。そして、生き死にを通してこのお道におすがりさせて頂きましょう」とお話しなさったのでした。

★杉村氏は、これを機会に帰教式をお仕え頂くことを決心なさいました。霊様も金光教式でお祀り頂かれることとなり、霊様のご安心をお祈りなさり、家の守りの神様となって頂けるようお願いなさったのでした。帰教式の折りに三代教会長先生から「亡くなられた子供さんは、家族の身代りになられ、霊神となられてこの家を守られ、子孫を守らせて頂かれるのです。霊様は永遠に働いて下さいます。一本の木に例えれば根になられたのです。後に残った家族がしっかり信心させて頂きますと結構になりますよ」とみ教え頂かれたのでした。

★まもなく奥様は懐妊のおかげを頂かれました。8月の出産予定日であられましたが、一ヶ月ほども延びて、なんと亡くなられた次女さんと全く同じ誕生日の9月24日に、どこにも心配のない丈夫な体の女の子(三女さん)を授かられたのです。ご家族は皆、神様の深い思し召しを分からせて頂かれ、御礼を申されたのでした。

★神様が氏子の生命を授けて下さる時も、生命をお引き取りになる時も、神様の思し召しのままにして下さることが分かります。

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2015年11月28日

●不自由をも喜べるように 

『神参りをするに雨が降るから風が吹くからえらいと思うてはならぬ。その辛抱こそ、身に徳を受ける修行じゃ。』

★先日、食道癌の手術を終えられたご信者が「無事に退院させて頂きまして有難うございます。今は口から食事が頂けるようになりました。有難いことでございます。」と仰っておられました。術後の摂取はお水から始まり、重湯、おかゆ、普通食となったそうですが、そこまでになるのに大変時間がかかるのです。食道を切除なされ胃をつないだので、前よりも胃が上の方にあるそうです。

食道には食物を飲み込むと下に送ってくれて、弁で逆流しないような働きがありますが、その食道を切除したということは、飲み込むということが難しく、水分で押し流さなければいけませんし、逆流してくることもあるそうです。さらに、経口摂取が十分できませんので、腸に穴をあけて直接栄養分を入れるという処置を1日3回補給されていたそうです。お届けに来られた時には栄養分は1日1回には減っておられましたが、今までとは違う食生活をされなければいけません。

★何でも美味しく頂けるということはどれほど有難いことでしょうか。しっかり咀嚼させて頂いて飲み込むことができます。飲み込みますと自分で意識しなくても体内で消化吸収して下さいます。天地の親神様から頂いたお命・お体を日々使わせて頂いているのが私達です。

★寒ければ寒くならせて頂いたのを有難いと思って拝ませて頂いたらよいのです。そうして日々すべてを喜んで拝んで生活をさせてもらうのです。有難く信心辛抱させてもらうということは、ただ辛いことを抱えるということではなく、有難いという心持ちをいつもどんな時にも絶やさぬように、すべてにお礼を申して生活させてもらうということなのです。

『八寸のものを一尺に喜ぶものには、足りぬだけは神が足してやる。』(二代金光四神様のみ教え)毎日お礼を申すことを一生懸命探させてもらい、世間一般の方がお礼を申せないようなことにも、お礼を申せるように心掛けていく、そのようにおかげを頂いていく生き方をさせていただくのがお道のご信心です。不自由をも行として受け切り、喜べる人間にならせて頂きましょう。

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2015年11月27日

●常平生の信心・地を肥やすということ

あるご信者が二代教会長・伊藤コウ師のもとへ来られて「嫁に正月用に綺麗な着物を買ってあげてもひとつもお礼を言いません。」とお届けされました。コウ師は「それはあなたが普段からお嫁さんに対してお礼の心が足りないのではないですか?お嫁さんのお礼が足りないのではない、あなたのお礼が足りないのです。」と仰ったのでした。

ご信者は心から合点され「結構なみ教えを頂きまして、ありがとうございます。申し訳ございません。私の真心が足りませんでした。」と即座に御詫び申されたのでした。コウ師は大変喜ばれ「あなたは日々み教えを頂いているので、私の言った事がすぐに分からせて頂けるのですね。有難いことです。」と仰ったのでした。

★それからご信者は一生懸命お礼を申して喜んで生活され、日参と聴教を重ねられ、円満な家庭を築かれて子孫繁盛のおかげを蒙られました。そして、88歳の米寿のお祝いの席で、子供さん、孫さん等の前で「これからは子ども孝行をさせて頂きます。」と挨拶をなさいました。

それからも一人で暮らされ、家事全般自分の事は自分でなさって、なるだけ子供さん方にお世話をかけないように心掛けて生活なさったのです。おかげを頂かれて100歳10ヶ月の天寿を全うされました。現在では、子供さん、孫さんご家族併せて56人の方が、お宅祭に参列され、信心相続のおかげを蒙っておられます。

★相手に真を尽くすことにより、相手からも真を尽くしてくれるようになるのです。常平生からみ教えを頂いておりますと、何か起きてきてもすぐに思い分けができ、それをおかげと受け取ることが出来ます。なぜこういうことが起きてくるのかと思うのは、常平生からの準備が足らず、受け物が出来ていないからです。時節が来た時にそのチャンスを掴ませて頂けるように、常平生から信心の地を肥やしてゆきましょう。

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2015年11月26日

●『一心になれ。つるべで水をくむごとくに、おかげはいただけるぞ。』

 羽衣教会の二代教会長松岡安枝師は、全身に重い関節リュウマチを患っておられました。どんな医師にも、「リウマチは難病ですから、治ることはありません。あなたは椅子にも座れませんよ。」と言われたそうです。そんな中、二代教会長伊藤コウ師にお取次を頂かれ、「必ずおかげを頂きましょうなあ。」と、仰って頂いたのでした。松岡先生は、コウ師から頂かれたみ教えを心に刻み、覚悟を決められて神様を杖にして、「何が何でもおかげを頂こう!」と願いを持たれたのです。

★初めは便所にも四つん這いで這ってゆかねばならず、椅子に座ることも出来られなかったそうですが、椅子に座る稽古に取り組まれました。そうしますと、椅子に座ることが出来られるようになり、今度は大きめのお茶の缶に座られ、段々と小さい缶に替えて座ることが出来ていかれ、遂には正座が出来るようになられたのです。阿倍野教会へは電車に乗って日参を続けられ、月例祭では最後まで座礼で祭員の御用に就かれたのでした。迷いのない一心のご信心でおかげを頂かれたのです。

★松岡安枝師が80歳を越えられました時に 「先生、リュウマチの痛みはなくなったのですか?」とお伺いしたことがあります。すると先生は「痛まないということはありませんが、以前のようには痛まなくなり、大変有難いことです。」とお答え下さいました。「まだ痛むんです。あそこもここも痛いんです」という言い方をなさらず、病気に囚われない、困難に負けない生き方をなされたのです。

★「私はこの年になりましたから、あれも出来ません、これも出来ません。」と出来ないことを探して次々と外してゆくような生き方ではなく、「どうあっても、何が何でもさせて下さい!」という強い気持ちで一心に願われ、全てを神様にお任せなされたのでした。そのお姿がご信者様方の良いお手本となられ、おかげを頂いてゆかれたのです。毎日何か辛抱しなければならないことがあれば、その事を通して自分自身がおかげを頂けるような信心をさせて頂きますと、周囲の方々の良いお手本とならせて頂けるのですね。

★『一家の内に一人、本当にご信心な者があれば、一家はみな信心になる。一村に一軒、本当にご信心な家があれば、一村みんなおかげを受けるようになる。信心は一粒万倍じゃから、はじめに信心する者がよい種をまいておかねばならぬ』

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2015年11月25日

●御修行して有難い体験をさせて頂く

昨日は、羽衣教会の金光大神大祭がお仕えになられました。

★羽衣教会の二代教会長・松岡安枝師は、ご結婚なさるまでお母様と共に阿倍野教会で熱心に御信心を進められました。しかし、一生懸命働いても働いても経済が楽になられることがなく、お母様も肺結核を患っておられたのでした。

日々み教えを頂かれて、「ご信心させて頂いて我が家のめぐりをお取払い頂こう」と決心するに至られたのです。

★そこで、すでに亡くなっておられたお父様が残された負の遺産である多額の借金を返済する覚悟をなさったのでした。そのことをお結界で二代教会長伊藤コウ師にお届けなさいますと、大変喜ばれ、「3年でおかげを頂きましょう!」とみ教え下さったのです。当時の月給から考えますと、とても3年で返せる額ではなかったそうです。

★そこで、松岡師は先輩のご信者に、「親先生は計算が出来られないのでしょうか?」と尋ねられますと、「あなた、そろばんを離しなさい。親先生がおっしゃったということは、神様が親先生のお口を通しておかげを授けてやろうとおっしゃっておられるのですよ。どうぞおかげを頂かせて下さいとお願いしなさい。」と、真の信心にお導き下さったのでした。

このことによって、迷わず一心に神様におすがりなさることが出来られるようになり、返済が済むまでは、ご自分のものはたとえ靴下一足でも新調せず、お母様は大好きな甘い物は買わないという御修行を神様とお約束なさったのです。

またお母様も「借金が返済出来るまでは病院に行きませんので、この塩水で喀血を止めて頂けますように!」とご神前にお供えなさった塩水を薬と思っておかげを頂く信念を貫かれたのでした。

★ある時、神戸のシバニ石鹸という会社の社長さんの所へ借金の一部を返済しに行かれたところ、「親の借金を相続して返済なさるとは、感心なお心掛けですね。あなたのような娘さんが世の中におられるということを社員に伝えたく思います。これをお父さんのご霊前にお供えなさって下さい」と、風呂敷包みを渡して下さいました。

なんと、借金の全額返済の証文と、返済した以上のご霊前のお供えを包んで下さったのでした。そのように真心に先方が真心で応えて下さり、無事に借金の証文が全て手元に返ってくる大みかげを頂かれたのでした。

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2015年11月24日

●『神徳を受けよ、人徳を得よ』

 昨日は、28才の時に交通事故でお国替えになった、家内の兄の御命日でした。まだ結婚されてまもない新婚家庭であられたそうです。家内は、一男五女の六人兄弟ですので、ご両親は一人息子を不慮の事故で突然失われ、悲痛極まりないことであられたと思います。しかし、お父様は、事故を起こした相手の青年の将来を考えられ、罪を出来るだけ軽くしてもらうよう、警察に願い出られたのでした。そして、家族の間でも恨みごとは勿論のこと、事故の話を一切話題に出されることはなかったそうです。辛い出来事から、恨みや更なる悲しみを生むことなく、お徳を頂く方向へと進んでいかれる手本となる在り方を、お示しになったのでした。

★人間には先のことは分からないので、つい目の前の出来事にとらわれてしまいがちです。しかし、過去も未来も、今ここからの信心によって、良い方向にも悪い方向にも変わっていくのです。どんな時にでも神様に心を向け、お徳を頂くためのご信心に邁進することによって、どんなに辛いところからでも、将来は開けてゆくのです。

★また、自分がここからの信心でお徳を頂くことによって、ご先祖様も徳の高い霊様となって頂くことができ、より一層のお守りを頂けるようになっていきます。そして子孫の繁栄も、徳の貯蓄をさせて頂くことによってのみ、実現してゆくのです。親と子、ご先祖様と子孫は、いつもつながっているのです。仕返しをする心を去り、お徳を頂くご信心に一心に取り組ませて頂きましょう。

『障子ひとえがままならぬ人の身ぞ』
『まめなとも信心の油断をすな』

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2015年11月23日

●めぐりをお取り払い頂き御神徳を積む生き方

信心させて頂くということは、今まで天地の御恩も親や御先祖の御恩も知らない生き方をしてきた人が、御恩を知って御恩に報いていく生き方に変えさせて頂くということです。教祖様は『信心する人は、めぐりを取り払ってもらっているのであるが、信心せず、うかうかと暮らす人は、めぐりを積んでいるのである。』というみ教えを残して下さっています。

お世話になっても何のお返しもせず、お世話になりっぱなしでは恩知らずです。人間の一番恥ずかしい姿とは恩知らずな姿のことです。恩知らずのままでいると徳切れになります。世の中で徳切れほど恐ろしいものはありません。

★反対に御神徳を頂いていくことほど有難いことはありません。毎日食事もさせて頂けて、きれいな水も頂けて、普通に過ごさせて頂ける私達は、実に有難い生活をさせて頂いております。日々雨露をしのがせて頂き、食事も頂くことができるのは、昔でいう長者の暮らしであると、教えて頂いております。

★毎日変わりなく有難い生活をしたいものですね。心身共に健康であることも、人間関係が円満であることも、毎日変わりなく働けることも、変わりなく食事が美味しく食べられることも、変わりなく手足が思うように動かせることも、その良い状態を続けたいものです。しかし、その為には自分が新しく生まれ変わる努力が必要です。新しく筋力トレーニングをし、新しく仕事の研究や勉強をし、新しく体質改善させる取組みをしてゆかなければ良い状態は継続出来ませんよね。ですから信心させて頂く私達は有難い御神徳を頂かせてもらう稽古をさせて頂き、めぐりを取り払って徳切れにならないようなおかげを蒙らせて頂きましょう。

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2015年11月22日

●いざという時の正しい舵取り

 大正15年10月28日にお国替えになられた初代教会長・伊藤徳次師の十日祭の当日、旧広前のご建築の為の建築委員が総辞職の連判状を持ってこられました。二代教会長・伊藤コウ師は、「何とご慈愛の深い神様かなあ。もし役員・建築委員の方々が『後の事は私達がみな引き受けて何もかもさせて頂きますから御安心ください。』と言うて下さったとしたら、ついそのご厚意に甘えておったかもしれない。人に頼って建ててもらう教会は人間の教会。神様におすがりして建てさせて頂く教会は神様の教会。私は神様の御用をさせて頂くのであるから、神様の教会を神様に建てて頂こう。」と思われたのでした。

★連判状を御神殿にお供えされ、「神様、可愛がって下さいまして有り難うございます。この度は、人に頼るな、神様におすがりせよとみ教え頂きました。有り難うございます。どうぞ建築を成就させて頂けますように」とご祈念をされました。そして、5日後に控えた御大祭も、「初代教会長先生の御生前中よりも盛大にお仕えさせて頂けます様に」とお願いなさり、実際にそのようにおかげを頂かれたのでした。そうして翌年の11月11日には、旧広前の新築落成奉告祭を無事お仕えになられたのでした。

★「人に頼ることなく、神様におすがりする」というみ教えは、阿倍野教会が今日まで大切に守らせて頂いているみ教えです。建築委員の総辞職という大変な事態の中に、神様の思し召しをしかと掴まれた伊藤コウ師のご信心のお徳によって、御庇礼を頂く道が開かれたことは真に有り難いことと思わせて頂きます。

★人間は放っておくと、つい自分中心の考え方に陥ってしまい易いものです。日々み教えを頂いて、信心の聡明さを身につけさせて頂くことによって、どんなことに遭遇しても、正しい判断、正しい舵取りをさせて頂くことが出来るようになるのです。また、み教えを頂いて、初心(素直さ、純真さ、謙虚さ、熱烈さ)を忘れないようにさせて頂きたいと思います。

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2015年11月21日

●知らず知らずの内に…  

 15日の御本部御礼参拝の際には、人身事故の影響により、団体列車の大阪駅出発が1時間程遅れるということがありました。ホームで立って待っておられた方々は大変辛抱なされたことと思います。

★しかしその翌日16日の朝には、JR神戸線において人身事故と架線事故が発生したということをニュースで拝見させて頂きました。5000人以上の方々が線路を歩いて移動され、電車の運転が再開したのはお昼を過ぎていたそうです。

★もし、これが前日であったらどうなっていたことでしょうか。遅れるどころか御本部に参拝させて頂くことさえ出来ませんでした。いつ起こってもおかしくない事故です。それが翌日に起こったことで、私達が大変なおかげを頂いていたということを神様がお知らせ下さったのです。大難を小難にお祀り替え下さり、お繰り合わせを頂いての有難い参拝であったことを後になって分からせて頂きました。誠に有難いことと御礼申させて頂いております。

★出来てくることは皆おかげの中での出来事です。参拝の道中のことも神様は何もかもご存じで、全てが有難いご修行の場となります。「今回は結構なご修行をさせて頂けた!有難いことであったなあ。」と受け取らせて頂きますと、さらにお徳を積ませて頂ける参拝にならせて頂けるのですね。全てをおかげにさせて頂けるご信心に進ませて頂きたいと願わせて頂いております。

★『信心すれば、目に見えるおかげより目に見えぬおかげが多い。知ったおかげより知らぬおかげが多いぞ。後で考えて、あれもおかげであった、これもおかげであったということがわかるようになる。そうなれば本当の信者じゃ』

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2015年11月20日

●己に克つことこそが修行

 先日、大学受験を控えた学生さんがお届けに来られました。学生さんは「受験に向けて過去10年の試験問題を解きましたが、一回目ではどうしても合格点が取れず、間違えてしまうのです。しかし、もう一度落ち着いてさせて頂きますと、合格点を取れるのです。分かっているはずなのに間違いますし、一生懸命努力しているつもりですけれども…。」とお話しなさいました。

私は、「それは、まだやり方が足らないのです。平常心を保てずに、焦ってしまったりして実力が出せないということも、まだまだ取り組みが足らないのですよ。本番に強くなるように、良い結果を出せるようになる為に常の稽古が大切ですね。何度も弱い所を見直しをしてやり直してゆきますと、確実に向上してゆきますよ。しているつもりでもまだ足らないということに気が付かせて頂くということが、今回のおかげなのです。」とお話ししたことでした。

★記憶するということについて、10回書いて覚えようとしても、記憶は定着せず、13回を超えると定着してゆくそうです。そこに気付かず「これだけしたのに、覚えることが出来ない」とあきらめてしまいがちです。

★日々の生活の上でも常に自分に打ち克つご修行をせねばなりません。「もう少し食べたい、もう少し飲みたい。」というような我飲み、我食いをすることや、人を責めること…等々を戒めてゆく稽古をさせて頂くことによって、自分自身の信心が強く確かなものに向上してゆくのです。

★三代金光様は『日に日に新たに』とみ教え下さっております。どんなご修行でも、もう到達したということはないのです。生涯かけて一段一段、階段を上ってゆくのです。ですから、「もうこれで良い」という心や「もう出来ない」という心を去り、日々新たな心で「今日一日信心が向上しますように」とお願いさせて頂き、己に打ち克つ力を養ってゆきましょう。

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2015年11月19日

●正しい欲を持つ

論語物語にあるお話です。

孔子が、弟子である顔淵(がんえん)と子路(しろ)に「今日はひとつ銘々の理想といったようなものを話し合ってみなさい」と言われました。すると、すでに政治の世界に身を置いていた子路は答えました。

「私は、私が政治の要職につき馬車に乗ったり毛皮の着物を着たりする身分になっても、友人とともにそれに乗り、友人とともにそれを着て、たとい友人がそれらをいためても、うらむことのないようにありたいものだと存じます」と答えました。

次に顔淵は「私は善に誇らず、労をてらわず(ひけらかさないという意味)、自分の為すべきことを、ただただ真心込めてやってみたいと思うだけです」と答えました。

★そこで弟子たちに先生の意見を問われた孔子は答えました。「わしは老人たちの心を安らかにしたい、朋友とは信を以て交わりたい、年少者には親しまれたい、とただそれだけを願っているのじゃ」それを聞いた顔淵は、自分の善を誇らないとか自分の労をてらわないとか云うことは、要するに自分を中心とした考え方であるということに気付いたのでした。

先生はただ老人達と朋友と年少者とのことだけを考えていて、それらを基準にして自分を規制し、目の前の人が助かっていけばそれでいいという考え方を持っておられることに気付かれたのです。

★教祖様は「私にも欲がある。世界の人を助けたい欲がある。欲を捨ててはいけない」と仰っておられます。「自分さえ助かればそれでよい」というような小さな考えではなく、周囲の方々に助かってもらいたいという大きな欲を持つことが大切です。

「欲」といっても金銭欲、権勢欲、名誉欲にとらわれず我情我欲を放し正しい欲を持たなければなりませんね。「欲」の中には、生活する上で欠かせない欲(食欲・睡眠等)や向上心・探究心などがあります。そのことを教祖様は「欲徳」と仰っておられますが、その「欲徳」は必要不可欠なものです。

生まれながらにして頂いている神心に沿った正しい欲を持つ事によって、段々と人の事が願えるようになり、お世話がさせて頂けるようになってゆくのです。

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2015年11月18日

●有難いことを分からせて頂く

『有難いことを知らぬ者に、困ったり難儀な者が多い。信心して、思いわけができて、有難いことがわかってお礼が言えるようになると、難儀災難が払われて、達者にもなってくる』

★先日は婦人会例会が開催され、木村氏と中本氏から有難いおかげ話を聞かせて頂きました。木村氏のおかげ話の中に90年の記念大祭の直前に自転車同士での事故に遭われたお話がありました。頭から出血をして病院に運ばれたのですが、「還暦を前にしてよく考えてみよ」と神様から突き付けられた気がしたそうです。自分自身を見つめ直す機会を頂いて、改めて分からせて頂いたことは、金光教にご神縁を頂いた幸せ、今までどれだけ周囲の人に恵まれてきたかということ、そして自分自身がどれだけ愚鈍で傲慢で横着な人間であったかということが分からされたということです。

★「ご信心を頂かなかったら私は一生天地の御恩も分からず、生かされて生きる喜びも知らぬまま、愚痴不足の多い人生で終わっていたことは想像に難くありません」と話しておられました。自分自身や娘さん、ご主人の身の上に起きてきたことを振り返られて「人の心の痛みや苦しみが理解できなかった自分であったが、段々と理解させて頂けるようになった。それがおかげであった。色々な問題を通して、自分の我・不成心・不足心・人をうらやむ心・すぐに折れそうになる軟弱な心・イライラする険しい心、そんな自分の実態があぶり出されて見えてきた」とも話しておられました。

自分自身の実態に気が付かせて頂け、改めさせて頂けるのがおかげなのです。自分を客観的に見て「私にはこんなところがあります」等と言葉に表すことは、自分の恥ずかしい部分を見せることになるので一般的には避けたいことですが、木村氏はまさに謙虚に素直に表現なさっておられました。さらに「そのことが分かれば分かるほど日々の稽古が大切だと気付かせて頂けた」と話しておられました。

★もし自分自身にご信心がなかったらどうなっていたでしょうか。もちろんご信心をしていても足りないところばかりではありますが、ご信心を頂いていなければ何にも基づかない生き方をしていたに違いありません。自分自身が見えず周りも見えず、人や世の中などの周囲のせいにして、自分を振り返ることも知らない人間になっていたかもしれません。

神様からご覧になられたら本物の信心になっていない現状かもしれませんが、生涯かけて一段一段向上させて頂けますようにおすがりしていく他ないのです。毎日み教えに基づいて生活させて頂き、全てにおいて有難いの一心にならせて頂き、おかげを蒙らせて頂きましょう。

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2015年11月17日

●檜舞台で踊りそこなわないように…

『昔から、親が鏡二つ買うて持たして嫁入りをさせるのはなにゆえか。これは顔をきれいにするばかりではない。第一、その家を治めに行くのである。心につらい悲しいと思う時に鏡を立て、必ず人に悪い顔を見せんようにし、その一家を治めよということである。』

★甘木教会の初代教会長・安武松太郎先生はあるご信者に『ここは教会だから、神様の教えをお話してきかせ、信心の稽古をするところ、家庭はいわば、檜舞台。教会で習ったところを、家の檜舞台で踊りそこなわないように、しっかり信心の稽古をさせていただきなさい』とみ教えを下さっています。

★教会で頂いたみ教えを実行させて頂く場所が家庭であり、職場であるのです。教会でみ教えを頂きましたら、その時には心から有難く感じていても、家に帰って自分勝手なことをしていては家老としての働きは務まりません。家庭においては、家事(掃除、炊事、洗濯)、育児も全て、一つ一つ御祈念をしてからさせて頂くのです。一つ一つに御祈念をこめさせて頂くということは、そこに真心がこもり、家族の心と身体の健康を守らせて頂くことができるのです。子供の真心を育てるのも、親の役目です。自分自身が真心になっておらねば、子供も真心にはなり得ず、自分が改まっていかなければ、子供を正しい方向へ導いてゆけません。

★何か言いたくなる時にも、じっと御祈念させて頂きますと、そこに立ち行きと助かりが生まれるのです。油断しますと、余計なことを言い過ぎてしまうことがあります。それぞれに与えて頂いた役目を喜んで全うさせて頂き、周囲が助かって頂けるように、日々み教えを頂いて、何事も御祈念してから取り組ませて頂きましょう。

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2015年11月16日

●お守りを十分に受ける

 昨日は共々に御本部御礼参拝をさせて頂き、11月11日の阿倍野教会の生神金光大神大祭を麗しく無事奉行させて頂きましたことを、お礼申させて頂きましたことは、誠に有り難いことでございます。

★以前、ご本部御礼参拝の当日に、ご信者の家の近くで空き巣の被害があったことがありました。家族全員が御本部に参拝され、家は戸閉めにしておられました。近所の家は三、四件も被害に遭っておられたのですが、ご信者の家だけは無事だったのです。しかし、後日犯人が捕まって取調べの際にご信者の家のことについて「あの家だけは、入ろうとすると怖くなってどうしても入ることが出来なかった。」と自白していたそうです。

★留守中のことは私達がどうすることも出来ません。しかし、天地金乃神様は、天地を一目に見通してお守り下さいます。家のこと、仕事場のこと、人間の体のこと、全てにおいて生神金光大神様のお取次を頂いて、天地金乃神様にお願いさせて頂けば、天地に満ち渡る親神様のお徳を、十分に受けさせて頂き、お守り頂く事が出来るのです。住ませて頂いている土地、住宅も、徳高いお土地となって親神様のお守りを十分に頂けるよう、日々家のご神殿においてもしっかりとご祈念を込めさせて頂きましょう。

★『神を親と思って信心をしていれば、神の方から子と思う。たとえて言えば、子供のそばに、親がいなければ、悪い者に棒でたたかれることもあろうが、親がついていればたたかれることはない。悪事災難は棒を持って来るのではないから、しのごうと思ってもしのげないけれども、神を父母と思って信心していれば、目に見えないところは神が守って下さる』

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2015年11月14日

●改まりの一歩を踏み出す

 明日は、11日に万事万端のご都合お繰り合わせを頂いて金光大神大祭をお仕えさせて頂きました、お礼の御本部参拝をさせて頂きます。行き届いた後始末、すなわちお礼の信心を心掛けてさせて頂くことが、次のおかげを頂く準備となります。万障繰り合わせて、何が何でも御礼の参拝をさせて頂けるよう、共々におかげを頂きたいと思います。

★以前あるお方が、「小遣いの額が減って旅費の都合が付きませんので、御本部参拝をご無礼させて頂きたいと思います…」とおっしゃいました。しかし、よくよくお話を聞きますと、1日にタバコを2箱、ビールを大瓶1本以上飲んでおられるとのことでした。

当時、タバコは一箱250円ほどであったと記憶しています。当時の御本部参拝の旅費は往復でおよそ5千円ですから「そうですか。お金の都合が付かないといっても、自分の嗜好品には月々3万円程度使っていることになりますね。そこを、全部とは言いません、少しずつでも辛抱させて頂けば、御本部参拝の旅費に、お小遣いも出来るのではありませんか?」とお話しさせて頂きました。その方は、少しずつ工夫なさりながら、御本部御礼参拝を続けておられます。

★「健康にならせてください」「豊かな生活をさせてください」等と、お願いさせて頂くことは大切なことですが、そうした願いが成就させて頂くために、手元足元のところで、自分がどのようなことをさせて頂くべきなのでしょう。「願いが成就させて頂くためにも、このことが出来るような自分にならせて頂けますように」と、正しく改まらせて頂けるよう、お願いさせて頂くことが大切なのです。「出来ない」というのではなく、「どうしたら出来るだろう?」と考え、「出来ますように!」と願い、一歩でも二歩でも、前に進ませて頂く努力をさせて頂きましょう。

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2015年11月13日

●「さあ、ここから…」と新たな願いを立てる

『一心に信心致しましたら、明日のことがわかります。明日の事がわかりましたら、十日向こうの事が分かります。十日向こうの事がわかりましたら、百日向こうの事がわかります。一年先の事がわかりましたら結構じゃなあ。』(二代金光四神様のみ教え)

★このみ教えは、信心させて頂きましたら、今日からの生き方が変わるということを教えて下さっておられます。先々の願いを立てさせて頂きますと、その願いに基づいて行動し、願いに基づいた生き方にならせて頂くことが出来ると教えて下さっておられるのです。

更に、信心が向上しご神徳を蒙りましたら、先々のことも神様がお知らせ下さることも分からせて頂けるのです。

★「家中が健康で円満に、お役に立つ働きがさせて頂けますように。また、大難を小難に小難を無難に、大病を小病に小病を無病におまつり替え頂き、無事安全に生活させて頂けますように。そして、今自分が打ち込まなければならないことに打ち込ませて頂き、家業に精励させて頂けますようにおかげを頂かせて下さい。」と願わせて頂きます。

しっかりとした大きな願いを立てさせて頂きますと、その願いのもとに今日一日をどのように生きさせて頂いたらよいか、ということがはっきりします。

そして、一週間先、一ヶ月先、一年先、十年先までも見通させて頂くことが出来るようになり、願いに向かって迷うことなく歩ませて頂くことが出来るのです。

★次に、願いを立てさせて頂きましたら、改まらせて頂く所やご修行させて頂く所が定まり、願いに沿った努力をさせて頂くことができます。そして、日々ご修行させて頂いて自分自身を育てていくことにより、神様からご神徳を頂き、願いが成就してゆくのです。

そのように、一年先、十年先を見越した大きな願いを持たせて頂きますと、先の心配に捉われない生活になり、お願い以上のおかげを蒙らせて頂くことが出来るのです。

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2015年11月12日

●金光大神大祭をお仕え申し上げて

 昨日は、秋晴れのお天気の下、全てに亘り万事万端御都合お繰り合わせを蒙り、生神金光大神大祭を盛大にお仕え申し上げることが出来ましたことを、厚く御礼申させて頂きます。これもひとえに、皆様方のお手篤いご信心とお祈り添え、またたくさんの方々の真心からの御用奉仕とお導きの賜物であると思わせて頂きます。心より御礼申し上げます。

★、祭典後のお説教を、島之内教会の三矢田光師より『心に山を』という御講題で、有難い御教話を賜わりました。金光様に近藤藤守師が山に入ってご修行したいことをお届けされ、『なるべく深い山に入って浮世を逃れるつもりでおります』と申し上げられますと、金光様は近藤藤守師に『それは結構である。しかし近藤さん、何もわざわざそんな不自由な山に行かなくても、心の中に山をこしらえて、その中で修行をしたらそれでよい。自分が山に入った心になっていれば、どんな不自由なことがあっても、また家内のこしらえたものがまずくても、けっして不足を言うことはないであろう。』 と仰せになられたということです。

★わざわざ山に入って修行するのではなく、自分の心の中に深山幽谷を作り、山に入ったつもりで人や物や出来事に対して不足に思わず、不自由を行とさせて頂けばよいのです。そのように日々ご修行しておりますと、いざ何か不都合なことや難儀なことが起きて来ても、腹を立てたり、不安に思うことなく、冷静に有難く受け止めさせて頂き、正しい対処がさせて頂くことが出来るようになるのです。

★有難い御大祭の御庇礼によりまして、この一年をより一層有難いものとさせて頂き、来年は一段と信心向上のおかげを蒙らせて頂くことが出来ますよう、ここからの信心を進めさせて頂きたいと思います。

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2015年11月11日

●有難い御用に使って頂く

 おめでとうございます。本日は、生神金光大神大祭をお仕え申し上げます。ご家族、お導きの方々揃ってご参拝になられ、おかげを蒙られますようにお祈り致しております。

★以前、楽人の御用をなさっておられたご信者が「どういう心構えで御用させて頂いたらよろしいでしょうか?」とお結界でお伺いしましたら、三代教会長先生は「信心をしなさいや。楽器を奏ずるのもただの奏楽になってはいけない。信心をもって奏かせて頂く。信心を基にして御用をさせて頂くのです。家業でも同じことです。信心を基にして商売をさせて頂いたり、お勤めをさせて頂いたり、家事育児をさせて頂いたり、家を守らせて頂く。信心に徹するのですよ」とみ教え下さいました。楽人さんの心が乱れましたら、神様にお供えさせて頂く楽も乱れてしまいます。心を乱す基になる不足心や悩み事があっては、神様への真心へのお供へになっていないのです。

★どんな御用でもご無礼不行き届きがないように御祈念して、御神米をお供して御用に使って頂くところに、その真心を受けて下さるのです。そうして神様が自分の体の中に入って下さって、手足を動かして下さり、言葉も出させて下さるのです。そのように使って頂く御用になられましたら、おかげを蒙らせて頂けるのです。

★徳を積む生き方を心掛けさせて頂くのが、信心をさせて頂いている私達の心構えです。もちろん全てに完璧に出来る人間はいませんので足りないところばかりですが、足りないところをお許し頂いてご辛抱頂いて足して頂いているのです。信心は出来ておりませんのにおかげばっかり頂いていることが有難く恐れ多くもったいないことと思わせて頂きます。

★ですから、有難いの一心にならせて頂くように、日に日に新たにみ教えを頂いて、良い方へ良い方へ生まれ変わるつもりで御祈念をさせて頂き、お礼の働きをさせて頂くことが、御大祭に向けての心構えであります。また、拝詞とは自分の心を清く磨き、心の掃除をさせて頂くものです。ですから、御大祭には遅れずに参拝させて頂かれ、御祭典を初めから拝んで頂きたいのです。始まる前からお広前に静座して有難いの一心で拝ませて頂けるお祭にさせて頂きましょう。

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2015年11月10日

●自己を見直す

 昨日にはお餅つき、御内殿のお掃除、お琴の総稽古を無事に終えさせて頂きました。また本日には、小判餅くくり、大掃除、調撰の御用、習礼をさせて頂きます。明日の御大祭に向けまして皆様の御用奉仕を賜り、準備を整えさせて頂いておりますことは、誠に有難いことと御礼申し上げます。

★御本部の御大祭の御用にお使い頂きます際にも、前日に習礼があり、所作の説明をして下さいます。姿勢の指導もして下さり、御用の度に毎回、微に入り細に入り丁寧に教えて頂けるのですが、常に感じますことは「私は我流になってしまっている」ということです。つい、楽な姿勢を取ってしまいやすいのです。

御本部の先生方に教えて頂いた姿勢を守ろうとしますと、筋肉痛になるほど緊張していなければ出来ません。意識をしなければ、正しい姿勢を保ったり、笏を真っ直ぐに持っていられず、我流になってしまいます。毎回御用させて頂く度に丁寧に教えて頂けることは、大変有難いことです。見直しをさせて頂けることが御大祭の有難さであるのですね。

★、二代金光様は信心させて頂くものに対して、3つのことを心掛けるように教えて下さいました。
1、うそをつかないこと。(人に対してだけではなく、神様とお約束した事をどこまでも守らせて頂きましょう。)
2、盗みをしないこと。(借りた物を返さないということも盗みになります。また、給料泥棒にならないように、頂いている給料以上の働きをさせて頂き、お役に立たせて頂きましょう。)
3、腹を立てないこと(自分中心に考えるから腹が立つのです。全ては神様のご神意が含まれている事だと悟り、思い分けをさせて頂きましょう。)

★御大祭を前に、御用の在り方を改めさせて頂くと共に、日々の自分自身の信心も見直させて頂くことが大切ですね。

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2015年11月09日

●おかげの船に乗せて頂く

 昨日は、みかげ会例会にて、前田氏のおかげ話を聴かせて頂きました。★ご両親は、お菓子を製造する商売を営んでおられ、前田氏は、大学を卒業されるとすぐに、「商売(家業)の補佐をして親孝行させて頂きなさい」と、三代教会長先生よりみ教え頂かれました。

まもなく、お父様が脳卒中で左半身不随になられ、お母様とすがる思いで日参朝参りに励まれつつ、慣れない商売に打ち込まれたのでした。しかし、何をしても商売がうまくいかず、多額の借金を抱えこんだ時代もあられたのでしたが、信心を離すことなく家族で必死に神様におすがりなさったのでした。

すると、行き詰まりそうになる間際に資金のご都合を頂かれたり、今にも沈みそうな船を神様が舵をとって下さっているような感覚で、一番厳しい時期を乗り越えさせて頂かれたそうです。そして、徐々にヒット商品を売り出すことが出来るようになられ、仕入れ先や取引先の方々の懸命な協力も頂かれて、わずか二年ほどで、借金完済の大みかげを頂かれたのでした。

★その後、ご時節を頂かれて家業を閉められ、洗剤や紙おむつ、化粧品などを扱う外資系の会社に転職されました。前田氏は、営業統括本部に所属なさり、外資系独特の厳しい成果主義の中で心労があられたようです。教会で頂いた、「会社の考え方がドライでも一方的であっても、周囲に対しては実意・丁寧・正直・親切の信念を貫いて、血の通った接し方をする方をしましょう」との、み教えを守り通され、会社にとってなくてはならない存在となっていかれたのでした。

成果を出し続けなければ、定年まで勤めることさえ許されない社風であったそうですが、前田氏は、退職の際にも、「まだうちで働いてください」と言って頂かれた程に、用いて頂くとこととなられたのでした。厳しい現実に直面しても、「どうぞ神様、させて下さい」とお願いなさり、環境が変わっても行く先々でお役に立たせて頂かれたのは、ご両親から受け継がれたご信心に基づいて、真心込めて実意丁寧に働かせて頂いたお徳と力によるものだと思わせて頂きます。

★ご信心が進むと、目に見えるおかげ、目に見えないおかげに対してお礼が申せるようになり、知らず知らずのご無礼をお詫び申せるようになります。そして、難儀を通して、お取次ぎを頂いて心が改まり、「自分の信心は至らないのに、おかげばかり頂いてもったいない」と、心の底からいつもお礼が申せるようにならせて頂けるのです。御大祭に向けて銘々に信心が向上しますように、おかげを頂いてまいりたいと思います。
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2015年11月08日

●御用を通しておかげを蒙らせて頂く

 御大祭をお迎えするにあたりまして、お広前の内外のお掃除の御用、小判餅を整えさせて頂く御用、小判餅に付けさせて頂く榊葉を一枚一枚形を整えながら拭く御用、そして、お導きの御用など、様々な御用がございます。それぞれのところで、御用を通して真心をお供えさせて頂くところに、有り難い御大祭の御庇礼を蒙らせて頂くこととなるのです。

★ご神前のお供えは、全てご信者皆様の真心こもったお供えです。小判餅の榊葉の一枚一枚も、ご信者様が丁寧に拭いて、形を整えたものを小判餅にくくって頂いております。

★鹿児島に住んでおられるご信者は、御大祭でお下げ頂かれた小判餅の榊葉の一枚もお粗末にしてはもったいないとお思いになり、長年痛んでおられた膝を榊葉でこすりながら御祈念なさって休まれました。すると翌朝、長年痛んでおられた膝の痛みがお取り払い頂かれたのです。御神前で御祈念のこもったお下がりに、頂く方の真心が込められ、一層有り難いご神徳が現れたのですね。

★また、ある教会の御大祭にお参りさせて頂いた時、下足の御用をされている老人の方が、実に実意丁寧な御用をされているお姿を拝ませて頂きました。どれだけお歳を召されても、変わらぬ信念を持ってお礼の心を御用に表しておられました。

★全ての御用がどんな御用でも尊い御用です。与えて頂いている御用を有難い御用と思って、御礼の心に満ち満ちて御用にお使い頂いておりますと、有難い御大祭のご庇礼を蒙らせて頂くこととなるのです。★御大祭当日も、御用の一つ一つを通して自分の心を改め磨き、真心を御供えさせて頂くつもりで実意丁寧に御用にお使い頂きましょう。

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2015年11月07日

●めぐりを積まない生き方

御用をさせて頂く時、お仕事をさせて頂く時、家事をさせて頂く時、何をさせて頂く時にでも、まず始める前には必ず御祈念をさせて頂くことが大切です。例えばお仕事を始める前でしたら、

1)神様家族のおかげで家業に精励させて頂いております、有難うございます。
2)今日までお命を頂きお育てを頂いた御礼の働きが出来ますように。
3)天地のお恵みである水や火や電気を使わせて頂きますから、無理無駄ムラのありませんように、ご無礼不行き届きのございませんように。
4)材料を無駄にしませんように。
5)時間を大切にして集中して出来ますように。
6)思い違い考え違いのありませんように。
7)神様より与えて頂いている能力を十二分に発揮出来ますように。
8)親孝行御恩返しが出来ますように。
9)お客様に喜んで幸せになって頂ける店(会社)づくりが日々新たに出来ますように。
10)地域の他店舗や同業者が共に繁盛しますように。
11)地域社会の発展に貢献出来てお役に立つ店舗(会社)にならせて頂けますように。

と御祈念してお仕事をさせて頂きます。

★果物屋を営んでいるご信者があられました。その果物屋の隣には別の果物屋があられたのですが、隣の店からはいつも商売敵のように見られていたそうです。それでもご信者は「同業者が共に発展なさいますように」とお願いなされ、隣の果物屋に対して丁寧に挨拶をして親切にしておられました。

すると隣の果物屋が「どうしてあなたは商売敵にそんなに丁寧に親切にされるのですか?」とお伺いに来られたので、「私は金光様のみ教えを頂いております。縁あって共に商売させて頂いているのですから、共に発展させて頂けますようにとお願いさせて頂いております。ですから商売敵などと思っておりません。」と仰ったら、隣の果物屋も感銘を受けられ、一緒に参拝なさるようになられたのです。

★毎日毎日相手のことを悪く思って、いつも反感や憎しみを持っていては、めぐりを積んでしまいます。『人を呪わば穴ひとつ』とみ教え頂いております。相手が落ちるかは分かりませんが、必ず呪った側の人間は穴に落ちるのです。み教えはめぐりを積む生き方を戒めて下さっているのです。お仕事の上にも、家庭の上にもみ教えに基づいて生活をさせて頂き、めぐりを取り払って頂き、おかげを蒙らせて頂きましょう。

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2015年11月06日

●不成心を取る

 橋詰さんという御信者が入信前のこと、任侠の世界にあこがれていました。喧嘩が好きで、無理難題を言うことが男らしいと思って生活をし、家賃も払わずに何年間もためていました。あらゆる所に借金を重ね、誰からも信用されない状態に陥っていたのでした。ところが息子さんが教会の子供会にお参りされるようになり、息子さんのお導きによって入信されたのです。

★橋詰氏は、ブリキ職人でありましたので、二代教会長・伊藤コウ師から「一軒一軒、御用聞きにまわりなさい。」とみ教え頂かれ、御神米をお供して御用聞きに廻られました。最初は門前払いばかりでしたが、あるお屋敷を訪ねた時に奥様がちりとりを注文して下さいました。 信心によって心を入れ替えた橋詰氏は、頂いた仕事を実意丁寧にさせて頂き、その確かな腕を認めて頂けるようになり、そこから道が開けていき、長年積み重ねてきた借金を完済させて頂かれたのです。そして、お礼のお宅祭を仕えられ、住んでいた四軒長屋を買わせて頂くほどに、立ち行くおかげを頂かれたのでした。

★「論語物語」の中で孔子は再求という弟子に「…力のない者は途中で倒れる。倒れて初めて力が足りなかったことが証明される。倒れもしないうちから、力がないということを予定するのは、天に対する冒涜じゃ。何が悪いというても、まだ試してもいない自分の力を否定するほどの悪はない。それは天から授かった命そのものを否定を意味するからである。…」と諭しておられます。

★「自分はこんな人間だから」とか「私はだめですから、おかげは頂けないでしょう」と自分に言い訳をして不成心を持ち、自分の力を限ることは神様への冒涜です。みなそれぞれに神様から与えて頂いた尊い能力を最大限に発揮させて頂けるように、不成心を去り、どこまでもあきらめずに願い続けて、日々信心を進めさせて頂きましょう。

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2015年11月05日

●『人生の五計』

中国宋時代の朱新仲というお方が人生には五つの計画が大切であると伝えておられます。

『人生の五計』
1.生計(体の健康、健やかに生きる道を考える)
つい車や自転車を使ってしまいがちですが、歩かせて頂いて足腰を鍛えさせて頂いたり、血糖値を改善するために食生活を見直させて頂くことも「生計」です。これから5年先、10年先のことを考えさせて頂き、今から身体を整えさせて頂くことが大切です。

2.身計(自分の身をどのように役立てるか、社会生活を考える)
『50、60花ならつぼみ、70、80は働き盛り』と教えて頂いています。お年を召した方こそ、周囲の方々が助かる為のお世話を先頭に立ってさせて頂くことが出来るのです。

3.家計(家庭をどのように維持していくかを考える)
家を建てて、新築落成祝祭を仕えたら終わりなのではありません。その後、維持管理をしてゆくための徳と力を頂けるよう、次の準備をさせて頂くことが大切です。

4.老計(衰えないためにいかに年を取るかを考える)
言って頂いたことを「明日します」と自分を甘やかすことは、自分を衰えさせる生き方となるということをみ教え頂いています。気づかせて頂いたことをすぐに「はい、させて頂きます」と言えると、何事にも間に合う生き方となってゆくのです。

5.死計(どのように死に向かうか、すなわちどのように生きてゆけばよいのかを考える、人生の大切なことを学ぶこと)人間は役に立つようになれば、より一層実地の学問を生涯かけてし続けてゆく必要があります。

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2015年11月04日

●難儀に込められたご意味

 教祖様がお開きくださったこのお道のご信心は、「祈念祈祷で助かるのではない、話を聞いて助かるのである」とみ教え頂いております。一方、修験道の山伏は、祈念祈祷を重んじていたので、教祖様のみ教えを敵対視し、お広前を度々荒らしに来たのでした。

しかし、教祖様は山伏に対して腹をお立てになるどころか、『これくらいのことは、神様のお力でお払いのけになることはわけはない。それなのに、そのようにたびたび来るのは、神様がおやりなさるのであるから、私はいっこうに腹は立てない。この神様のお道は年々にご繁盛なさる。氏子、先で合点せよ。』とおっしゃり、どこまでも神様のさせなさるご修行と有り難く頂かれたのでした。また、山伏も共に立ち行くことをどこまでも願われたのでした。

★アメリカの心理学者A・H・マズロー氏は、人間の可能性を妨げる6つの要因として、「1.いたずらに安定を求める気持ち2.辛いことを避けようとする態度3.現状維持の気持ち4.勇気の欠如5.本能的欲求の抑制6.成長への意欲の欠如」と、説いておられます。神様は、人間の本心の成長をどこまでも願ってくださっておられるので、様々な出来事を通して、それぞれに必要なご修行を与えて下さるのです。

★「本心を磨いて、徳と力を一層に頂き、世の中全体が助かる為の神様の御用にお使い頂けますように」という、しっかりとした願いを持つことが出来れば、目の前に問題が起こって来ても、「なぜ自分にこんなことが起こるのか・・・」などと悲観的になることはありません。

むしろ、「このことを通して、また一つ成長のおかげを頂こう」と、元気な心で受け取らせて頂くことが出来るようになり、更なるおかげを頂くことが出来るのです。全ての行いが、御神願に基づいた大きなお願いのもとに決断させて頂けるよう、信心成長のおかげを頂きたいと思います。

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2015年11月03日

●お母様の都合を第一に

『神信心しておかげを受けて、難儀なひとを助ける身にならせてもらうがよい。』

★お母様の介護をしておられたご信者があられました。そのご信者はお仕事を在宅でしておられましたので、仕事をしたい時間帯とお母様の介護をする時間帯がかぶってしまうことも多々あられたそうです。仕事をする為にお母様に少し待ってもらったりしていると、段々とお母様の調子が悪くなってしまい、夜中に徘徊したり、下の世話にも以前より手がかかるようになってしまったそうです。

★お結界で「どのようにさせて頂いたらおかげになるのでしょうか?」とお届けをなされましたので「あなたの都合を第一に考えて、あなたの時間帯で動かそうとするからお母様の体調が悪くなられたのです。あなたの都合を第二にしてお母様の都合を第一に考えれば調子も良くなるでしょう。例えば「今お風呂に入りたい」と仰ったら、怖い顔をせず機嫌よく聞いてあげるのです。自分の都合は後にしてお母様の都合を第一に考えて、一生懸命心を込めてにこやかにお世話なさったら有難いおかげを頂けますよ。」とお話しさせて頂いたことでした。

★以前は、お手洗いでも「漏らしたらあかんから、今のうちに行っておいてちょうだい」とお母様が行きたいか、行きたくないかはさておき、自分の都合・段取りで言ってしまっていたそうです。そうしたところを改められましたら、お母様の認知症は見違えるほど良くなるおかげを頂かれたのです。90才を越えて長寿のおかげを頂かれたお母様は平成20年に安らかにお国替えになられました。

★自分が少し辛抱させて頂くだけで、お互いが楽な生き方にならせて頂けるのです。いくら自分が正しいと思うことであっても、それを無理矢理人に押し付けてしまっては、良いものも良い環境も生み出されません。相手を敬って相手を立てて、相手のことをお願いしてさせて頂くことが大切です。

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2015年11月02日

●御大祭をお迎えさせて頂く心構え

 福田美亮先生の「信者の心得」の中で、「大祭の意義と心得」として教え頂いております。

1)一年間のおかげはもとより、入信前の生活と今現在助けて頂いている生活とを比較し、有難さをはっきりと分からせて頂く。
2)我が身・親・子供・夫・妻・仕事・生活の上に、どんなおかげを頂いてきたかを思い返して、心を新たにお礼の参拝をさせて頂く。
3)入信当時の純真さ・熱烈さ・素直さ・謙虚さがおちていないか。
4)信心が停滞して、不平がちになっていないか、忘恩・怠惰になっていないか見直しをする。
5)御大祭までにおかげ頂きたいことを、日を切ってお願いさせて頂く。
6)十日間でも一週間でも何か特別な御修行をさせて頂く。
7)目の前に示して下さっている課題を、自分自身の信心の材料にし、手厚く参拝させて頂く。

★毎日生活させて頂いておりますと、塵もほこりもたまり汚れてしまいます。そこで、常日頃ほこりが溜まらないように家中掃除をしますね。私達の心の内に於きましても、日々我情我欲が出てきてしまいます。そこを御大祭前には特に心の掃除をするつもりで、ご修行をせねばなりません。自己中心的な考え方を戒め、天地の道理に即した生き方を努めさせて頂くのです。

そして、すべての心配や不平不足、腹立ちなどを御大祭までにお取り払い頂けますよう、お願いさせて頂きましょう。御大祭までの9日間、心をきれいに掃除させて頂き、清々しい心持ちで御大祭をお迎えさせて頂きましょう。

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2015年11月01日

●神様に真心を向ける稽古

 阿倍野教会ご布教の頃のお話です。あるご信者が、声帯が炎症を起こし、声が出なくなってしまわれました。本人は一生懸命に声を出そうとするのですが、人の耳に近寄って話さないと聞いてもらえないということが辛かったのです。「どうあっても声が出ますように。」と初代教会長先生にお届けされますと、「日を切っておかげを頂きましょう。」とみ教えを頂かれました。

★すると決めて頂いた日の晩に、休ませて頂いておりますと、いきなり大雨が屋根を叩き付ける音がしました。その瞬間、布団の中で「雨や!」と声を出させて頂けたのです。「なんと有難いことだろう!み教えを頂いた通り、日を切って頂いたぎりぎりの時に声が出させて頂けた!明日の朝、御礼参りに行かせて頂こう。」と思い、そのまま眠りについたのです。すると、翌朝にはもう声が出なくなってしまっていたのでした。

★その旨を初代教会長先生にお届けされますと「どうして声が出たその時に、せめて布団から起き上がってご祈念させて頂いたり、服を着替えて戸口に出て、教会の方を拝ませてもらったりと、真心が表せなかったのですか?『朝になったらお参りさせてもらおう』というのは、確かに一般的な考え方のように思えますが、ご信心させて頂き、み教えを頂いていたら『どのようにして神様に真心を向けさせて頂くか』ということを毎日教えて頂いているでしょう。

おかげを頂いて『ああ、良かった』で終わってしまっていては、神様に申し訳ありません。神様が『あなたはまだ真心を表す信心になっていませんよ』と教えて下さったのです。次におかげを頂くのは、今度は時間がかかりますよ。今からしっかり改まらせて頂きましょう。」とみ教えを頂かれたのでした。

★その方はよく理解され、その後改まりのご信心を進められました。ある日、友人と別れ際に『さようなら』と声が出させて頂けたのです。喜んで有難くて、さっそく電車に飛び乗って御礼参りをされたのでした。

★『神を拝礼するのに別に決まりはない。実意・丁寧・正直・真一心がかなめである。』

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