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2015年10月31日

●心が通じてゆく

 人間は、1個の細胞が分裂して60兆個ほどに増加して体の働きをなします。生まれたばかりの赤ちゃんでも数十兆個の細胞があるそうです。代々のご先祖から受け継がれた膨大な情報が記憶された遺伝子があり、それら数十兆個の細胞が見事に調和し合っているのが、私たちの体だということです。

★また、1組の両親から生まれる子供の組み合わせというのは70兆通りあるので、同じ遺伝子を持った子供というのはまずあり得ないそうです。70兆分の1の確率で生まれてくる私達の身体というのは、唯一無二の存在で、大変尊いものであり、現在「存在している」ということ自体が大変奇跡的なおかげを頂いている姿なのですね。

★『天は父なり、地は母なり』とみ教え頂いておりますように、私達がご信心させて頂く天地金乃神様は、全ての生命の親様です。その親神様から、私達人間を、「万物の霊長」と仰せられておりますことは、真にもったいなく有難いことですね。人間の尊い所は、神様からご分霊(神心)を頂いており、あらゆるものを拝ませて頂くことが出来る唯一の存在です。神様、霊様を拝み、天地自然を拝み、周囲の人を拝ませて頂くことで、おかげの受け物が出来、自分の身体はもちろんのこと、仕事にも人間関係にも、全てにおいておかげを頂いていくことが出来るのです。

★御大祭に向けまして、一人でも助かって頂けるように心からお願いし続けておりますと、神様がその人に働きかけて下さって、心が通じてゆく有難い瞬間を与えて下さるのです。そのような有難い体験がさせて頂けます様、一心に人のことを願わせて頂く稽古をさせて頂きましょう。

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2015年10月30日

●今日という日の大切さ

あるご信者が「あなたはとても動けるような体ではありませんから、用心しなさい。」と医師から言われた為、家でじっとすることに専念してましたら、体が弱って動けなくなってしまい「『私はいつ死ぬんやろか。』『生きておったらあかんのやろか。』等つまらんことばっかり考えて家族に嫌な思いばかりさせてしまっております。」とお届けなさいました。

そこで「あなたの命は誰に与えて頂いたのですか?命をいつまでと決めて下さるのはどなたですか?」と聞きますと「神様です」と仰いますので「では人間が決められるわけではないのですよね。それでしたら、普通の生活をなさったらどうですか。自分でするとは思わずに神様にお願いしてさせて頂いて、出来たことに喜んで『今日は〇〇が出来ました有難うございます。』とお礼申させて頂いたら良いのです。あれも出来ないこれも出来ないと言いますが、自身で食事を頂いたり、お手洗いに行ったり、洋服を着ることも出来ておられる。出来ていることはいっぱいあるのですから、そこにお礼申しましょう。そしてしっかりとお日様の光に当たらせて頂いて歩かせてもらいましょう。」とお話しさせて頂いたことでした。

★『昨日を忘れ 今日を喜び 明日を楽しめ』とみ教え頂いておりますが、なかなか過去を忘れることが出来なかったりするものです。過去は変わらないのに「あの時こうすればよかった」等と考えてしまうこともよくあります。また生まれる前のことも分かりません。過去のことは神様にお任せすれば良いのです。今月今日の信心を一生懸命にさせて頂きましたら、過去一切が救われていくのです。そこを分かって信心をさせて頂けば過去から離れることが出来る、すなわち昨日を忘れることが出来るというご意味です。

★今日一日、今日一日信心に基づいて一心に目の前のことに打ちこんでいくことを一生懸命させてもらい、今日命を頂いていることを喜んで明日を楽しんでお願いをさせて頂きましょう。今日という日は過去一切を含んだ今日であります。また今日今日の生き方、今日からの生き方というものによって未来を良き方向へ導いてゆくことも出来るのです。ですから今日という日ほど大切なものはありません。今日出来たことにお礼を申し、出来ることを一生懸命させて頂き、おかげを蒙らせて頂きましょう。

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2015年10月29日

●五カ年計画第4年目の信心

 昨日は、天候をはじめ万事万端のご都合お繰り合わせを頂き、初代教会長・伊藤徳次彦霊神の89年廻れる例年祭をお仕え申し上げることが出来ましたことは、真に有り難いことでございました。

★大正10年9月11日に吉野通りに布教を移され、一年後大阪府庁の認可が下り、「金光教阿倍野教会所」として御用がさせて頂けるようになりました。阿倍野の地にご布教を始められた5年後、大正15年徳次師は「おかげやで、おかげやで」と言い残され、お国替えされました。

★徳次師の10日祭の当日、「教会長先生とはお約束しましたが、奥さん(伊藤コウ師)とはお約束しておりません。」と言われ、旧広前建築委員総辞職の連判状が届けられるということがありました。コウ師は、その連判状をご神前にお供えされて神様にお礼を申され、「御大祭も初代教会長先生の御生前中よりも盛大にお仕えさせて頂けます様に」とお願いなさり、神様一筋にお縋りなさって、5日後の11月11日の阿倍野教会の御大祭を無事に盛大に奉行させて頂かれたのでした。

そして、翌年の11月11日には、旧広前の新築落成奉告祭を無事お仕えになられたのでした。コウ師は心配する心をすべて神様にお預けされ、初代教会長先生の願いを受け継がれて、何が何でもというお心で神様にお縋りしきられたところに願い成就のおかげを頂かれたのです。

★来月11日より五カ年計画第4年目の信心が始まります。五カ年計画満願の年(阿倍野教会開教95年祭)まで、後2年あります。それぞれに立てさせて頂いた五カ年計画が、満願までに成就させて頂けますように見直し、立て直しをさせて頂きましょう。この2年では到底出来ないと思わず、大きな願いを立て、その願いを放さず、あきらめずに何が何でもという心で神様にお縋りさせて頂くことにより、神様が人を差し向けて下さり、環境を整えて下さり成就させて下さるのです。

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2015年10月28日

●天地のお徳を身一杯に頂くために

 本日2時より、初代教会長・伊藤徳次彦霊神様の89年廻れる例年祭をお仕え申し上げます。ご家族ご親戚、お導きの方々打ち揃って参拝のおかげを頂かれ、日々お守り頂いているお礼を申し上げ、11月11日の御大祭に向けて願いを新にさせて頂きたいと思います。

★あるご婦人が、16年前の今日10月28日に、近所の方にお導き頂かれて初めてご参拝になられました。百貨店にお勤めの息子さんが、心身の疲れからか、体が食事を一切受け付けなくなってしまい、日に日に衰弱していかれたのです。

困っておられるのを見かねた近所のご信者が、「お医者も結構ですが、もっと結構なところがありますよ」と、お母様をお導きなさったのでした。お結界でお話を聞かせて頂き、「神様から授かった心と体ですから、神様に治して頂く心にならせて頂くことが大切です。薬を必要に応じて使わせて頂くのも結構ですが、まずは神様にお願いして、『祈れ薬れ』でおかげを頂きましょう。まずは、息子さんも一緒にお参りさせて頂きましょう。」と、お話しさせて頂きました。

★その日のうちに、息子さんも一緒にお参りになられましたので、「私たちは、全て天地のお恵みを頂いているのです。お水も食事も手を合わせて拝んで頂きましょう。何を頂いているのかというと、私たちはそのものの命を分けて頂き、その中から天地のお徳を頂いているのです。

拝んで頂く事によって、天地のお徳を心身に現して頂けるのです。『天地のお恵みを頂き有り難うございます。どうぞこのお水、お食事が血となり肉となり、健康な心身を作って頂きまして、しっかりお役に立たせて頂くことが出来ますように』と、お願いさせて頂きましょう」とお話しさせて頂きました。すると、その晩から拝んで頂くようになさいましたら、食事がおさまるようになられ、次第に体力回復のおかげを頂かれたのでした。現在も一家勢信心のおかげを頂いておられます。

★私たちは、決して自分の力だけで生きているのではありません。生神金光大神様のお取次ぎを頂いて天地金乃神様のご庇礼を蒙らせて頂き、初代教会長先生、二代教会長先生、三代教会長先生の霊様、ご先祖の霊様方に、付きに付いて守って頂いているのです。日々頂いているおかげにお礼を申し、お礼の足りないお詫びを申し上げ、天地のお徳を身一杯に頂いて、より一層お役に立つ働きがさせて頂けますよう、子孫の端々までおかげを頂いてまいりたいと思います。【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】
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2015年10月27日

●み教えに基づいた生活

 先日、入信なされて84年のご信者のお宅祭を仕えさせて頂きました。子孫繁盛のおかげを蒙られているお宅でありますが、入信当時は長女さんがはしかに罹られていて、両眼とも失明するということがあられたそうです。お導き頂かれて日参に励まれておられましたが、なかなか良くならないので二代教会長伊藤コウ師に「まだ良くなりません」とお届けすると「一日に何回お参りなさってますか?」と聞かれ「1回です」と答えると「2回お参りしなさい」とみ教え頂かれました。その通りに参拝なされても良くなりませんので、また同じお届けをして次の日には前日より1回多く参拝するということを続けられました。

★ある日コウ師が「家へ帰って炊事場を見直してみなさい。流しのところにお米の洗った後のご飯粒が落ちている、野菜のクズが落ちている。前のドブさらいをしなさい。ずっと掃除出来てないから汚いでしょう」と仰ったのです。しかしコウ師は一度もお宅に行かれたことはあられませんので、「先生は家に来てないのに、どうして分かるのだろう。それにうちはそんなことにはなってないのに…」と思いながら帰って確認してみると、コウ師の仰る通りであられたのです。「うちの家はご無礼なことが積もり積もっていたんだなあ」と気づかれ、「親先生は『み教えを頂きなさい』と仰っているのだ。『1回み教えを頂いても分からなかったら2回でも3回でも頂きなさい。み教えの頂き方があなたは足りませんよ』と仰って下さったのだ」と気付かせて頂いたのです。

★それ以降、み教えを基にする生活に改まらせて頂きましたら、一週間で娘さんの両眼が見えられるようになったのです。その娘さんも現在80歳を超えられて現在も日参をなさっておられます。

★自分は間違っていないと思っていましても、み教えに基づいて考えさせて頂きましたら、足らないことばかりです。自分の小さな考えだけで固まらないようにさせて頂けるのがみ教えを頂く有難さです。そこで、日参させて頂き、何度もみ教えを頂き、日々改まりの生活をさせて頂きましょう。


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2015年10月26日

●まず人の話を聞くことが大切

 最近では「人間力」という言葉を耳にします。自身に備わっている力を見出し、磨きをかけて社会で生き抜いてゆく力のことだと理解しています。中でも、物事が成就するためには、計画・準備・実行・後始末の段取りをつける力が必要ですね。

★『このお道は話を聞いて助かる道である』とみ教え頂いておりますように、教会では話を聞く稽古をさせて頂きます。それは内容を聞き取り、心に刻み、日々の生活で実践を心がけるための信心の稽古ですが、相手の気持ちを理解しようと努力し、相手の心になって、理解を深めてゆく力を身につけることになるのです。また話を聞かせて頂いて、その内容を頭の中でまとめ、ノートに書き取り、見直しをし、心がけて日々実行させて頂く稽古、それはまさに、段取り力がついてゆくことになるようです。

★小学生、中学生の子供さんが、月例祭のお説教の後にノートを持ってお届けをされます。お説教を聞かせて頂き、み教えをノートに書かれているのです。拝見させて頂きますと、小学校低学年の方でも、実によく聞き取り、要旨をまとめることが出来ておられます。最初の頃はなかなか書けず、聞いた言葉を書くことから始まります。それが稽古をしていく内に、だんだんと文章を書いてまとめることが出来るようになってゆくのです。

★またある時、幼稚園の2人の子どもさんに「今から3つのことを言います。後で、質問しますので答えて下さいね。」と伝えますと、3つともきちんと答えることが出来られました。幼い子供でも、聞く心になればしっかりと聞き取り、頭の中でまとめて言葉にすることが出来るのですね。

★小さい頃からじっと正座をしてみ教えを聞く稽古をさせて頂くことは、大変重要なことです。相手の気持ちに思いをめぐらし、その心を読み取る力が身について、コミュニケーション能力が高まります。人の心を慮る良い癖が身についてゆき、それが社会に出てからも役に立ってゆくのです。教会のお広前だけでなく、家庭でも信心教育を基にした生活をさせて頂くことが大切ですね。

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2015年10月25日

●互いに感謝し、お礼を言い合う生活

 あるご信者は、「息子が近頃随分真面目になってくれて、神様のおかげですわ。有難いことや。」と自宅でお嫁さんに言って喜んでおられました。それを聞かれたお嫁さんが、「神様のおかげではありません。私が一生懸命頑張ったからです。」と言われ、お姑さんとお嫁さんの意見が食い違い、関係が悪くなってしまったのでした。

★その事をお結界でお届けされ「どうにも仕方のない嫁です。」と話されますと、三代教会長先生は「それは、あなたの心掛けが間違っていますよ。そのような言い方では、お嫁さんにしてみれば『私が(お姑さん)これだけ一生懸命お願いしているから、神様がおかげを下さったのですよ』というように恩着せがましく聞こえてしまったのです。信心が進ませて頂きますと、『あなた(お嫁さん)が一生懸命に息子に尽くしてくれるから、息子が結構にならせて頂けた。あなたのおかげや。有り難う。』とお礼を言えるようになります。」と仰せられました。

「では、神様のおかげはどこへいってしまったのですか?」と続けて尋ねられますと、「お嫁さんこそが神様のおかげの現れです。あなたがご信心を進ませて頂いて、お嫁さんを心から拝めるようになりお礼を申せるようになったら、今度はお嫁さんの方も『そんなに言ってもらったら恥ずかしいです。お母さんがご信心して下さるおかげです。』となり、円満に収まるのです。神様のお働きをお嫁さんの中に見つけさせて頂きましょう」とみ教え頂かれたのです。

★親子の間でも嫁姑の間でも夫婦の間でも、どんな間柄であっても「あなたのおかげです。」とお互いに感謝し、御礼を言い合って生活することが大切です。「私がしてやってるからだ!」と心で思っていたり口に出していては、有難いものが伝わってゆきません。実際に口に出してお礼を申す生き方を心掛けておりますと、そこに有難いものが生まれ、自ずと信心が伝わってゆくのです。喜びが喜びを導き幸せを連れて来て下さって、家庭の上にも仕事の上にも身体の上にも、有難い神様のおかげが表れるのです。

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2015年10月24日

●責任感を持つ

 旧広前のお土地を購入させて頂く時に、二代教会長伊藤コウ師のお姉さんであるスエ氏は、「どうぞお土地を神様にお供えさせて頂けますように。」と願われ、徹底して質素倹約されました。

★しかし、このお土地は、地主さんがもっている大きな土地の一部分で、晴明通りに面した一番良い条件の所にあって、地主さんは切り売りをすることには乗り気ではあられなかったのです。母のハル氏を始め、姉のスエ氏、カツ氏は、自分のことは横へ置いて、教会設立の為に、とにかく一生懸命に神様の御用にお使い頂きたいと願われたのでした。そのお心をコウ師は受けられ、どうあってもその願いを成就させて頂きたいと願われたのでした。コウ師は、初代教会長伊藤徳次師に「どうぞその交渉の役目を私に任せて下さい。」と申し出られますと、初代先生は「それなら任せましょう。」と仰って下さったのです。

★それからというもの、コウ師は日々夜中にそのお土地の前で座られ神様にお願いされたのでした。なんと、その熱い願いが神様に届いたのです。地主さんは数人の知り合いに相談なさったところ、皆が「教会のご用地に使って頂くというが、こんな結構なことはない。」と言って下さり、遂に売ることを決心して頂けることになったのでした。後になって、その続きのお土地も購入のおかげを頂かれ、コウ師はスエ氏の真心に対し「倍にして御礼のお返しをしたい。」と願われ、お家を建てられ住んで頂くことになられたのです。姉妹は信心を基にして互いに真心で尽くし合いをなさったのでした。

★大きなお役目を頂き、それを果たすということは、徳と力を頂かねば出来るものではありません。そして責任感のない人間に仕事は与えられません。神様に「どうぞ私に責任を担わせて下さい」と願い、神様におすがりして事にあたらせて頂くことにより、足りない所は神様が足して下さり、願いが成就してゆくのです。

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2015年10月23日

●己の信心の程度を知るところから

 先日あるご信者が、身の回りに心配事が山積し、用事も手に付かず、ついには頭痛まで起きてきて、「『金光様』と、ご祈念しておすがりさせて頂いているつもりなんですが…なかなか一心になれません」と、お届けがありました。そこで、私にも同じような経験があることをお話しさせて頂きました。

★幼い頃より脱腸の症状があり、大学生の時にご時節を頂いて手術を受けることになりました。担当の医師はベテランの医師で安心しておりましたが、いざ執刀して下さったのは、若い研修医でした。下半身麻酔でしたので、ベテランの先生が若い執刀医に指示する、「そこは違うだろ」とか「そこまでしなくて良い」等、気にかかる言葉が耳に入ってくるのです。「金光様…金光様…」とご祈念させて頂いておりましても心配がとれず、緊張は極限に達してしまい、出血多量かと見紛うばかりに、顔面蒼白になってしまったのでした。

★後に分かったのですが、研修医の先生だったので、全てにおいて丁寧に念入りに処置をして下さり、看護師の方に「あなたはラッキーでしたよ!」といって頂いた程に、後々まで再発の心配のないような、結構な手術をして頂いたとのことでした。「金光様…」と御祈念させて頂いていたにもかかわらず、神様に一心におすがりできていなかった、自分の信心の程度を分からせて頂いた出来事でした。

★この経験をお話しさせて頂き、先のご信者にも、「あなたも今、手術台に乗っているようなものですよ。家庭のこと、職場のこと、全てにおいて、神様にお手入れして頂く時期なのです。『どうぞ、存分にお手入れして頂けますように』という心になって、腹をくくって神様におすがりさせて頂きましょう」と、お話しさせて頂いたことでした。

★「無知の知」と表わされるように、何も分かっていない自分ということを分からなければなりません。大変有難い環境に置いて頂いていることを分からずに心配ばかりしているのです。また『神様が一番良いようにして下さる』と常に自分に言い聞かせねばなりませんね。有り難いみ教えを頂いても、「そんなことは分かっている。この話はもう知っている」というように感じてしまうのは、受けものが壊れている時です。難儀を通して、何も十分には分かっていない自分の信心の状態を自覚させて頂くことは、おかげを頂く道を一歩踏み出させて頂いているのです。御大祭に向けて、自分の信心を見直し聞き直し考え直させて頂き、信心向上のおかげを頂きたいと思います。

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2015年10月22日

●より一層の実意丁寧を心がけて

昨日10月21日は、初代教会長・伊藤徳次師の実父であられる池田太市氏の御命日でした。池田家の信心の初代であられる太市氏は、甘木教会でご神縁を頂かれ、熱心にご信心を進められました。太市氏の四男であられた徳次師は16歳の時、兄の庄五郎氏が病気全快のおかげを頂かれた身代わりに、家中が助からせて頂く為に甘木教会にご修行に入られました。足かけ8年間御修行の後、23歳の時に伊藤コウ師と御縁を頂かれました。

★太市氏は、吉井町から甘木教会へ参拝なさる途中、筑後川を渡って参拝されていました。ある日、生きた鯉をお供えさせて頂こうと、藁で縛って下げ持っておられたのです。川を渡られる際に渡し船に乗って、鯉が元気になるだろうと船べりから水につけたところ鯉が逃げてしまったのでした。ところが、太市氏は船頭さんにお願いをしてもう一度鯉が逃げたであろう所まで戻られたのです。すると、川の流れがあるにもかかわらず、その鯉が逃げたその場所にとどまって水面から一尺ほどの所にいるのを見つけたのでした。そして、網ですくってつかまえ無事に甘木教会へお供えさせて頂くことが出来られた時に、安武大先生が「御供えさせて頂きたいというあなたの真心が神様に届いていたのです。」と仰って下さったのでした。

★真の信心を伝えさせて頂くということが、次の代また次の代へとおかげを頂いていく元になるのです。ある方が金光様に「手品にはタネというものがございますが、信心にはどういうものがタネでございますか?」とお聞きになられましたら、教祖様が『実意丁寧というのが信心のタネである』とみ教え下さいました。

★「実意・丁寧・正直・親切」とは年々向上させて頂きたいものです。これはまさに信心の向上ということです。一段一段向上していくことは、教祖様のご信心に習わせて頂くことを願うことですから、「理解を極めた」とか「これで到達した」ということはないのです。神様からご信用を頂き、天地に通じてゆかれた教祖様のご信心を習わせて頂けますようにと、諦めることなくお願いしましょう。そして生涯かけてご修行をさせて頂き、次の代また次の代がより一層実意丁寧な信心にならせて頂けるように、おかげを蒙らせて頂きましょう。

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2015年10月21日

●共に願い合う生活

 先日、あるお方がお届けに来られ「この度、主人の両親と同居させて頂くことになりました。まだ少し先ですが、両親がその様に言って下さっておられるので、主人も私も心が定まりました。そこで、あちらの両親と円満に過ごさせて頂けるよう、何か心掛けていかねばならない大切なことがあれば教えて頂けますでしょうか」とお届けされました。

★そこで「ぜひともご主人のご両親をお立てするということを心掛けていかれたらどうですか。お父さんやお母さんに相談することを心掛けたら結構ですよ。そして、毎日の三度の食事の時に、『お祖父さん、お祖母さんのおかげで食事が頂けます。有難うございます。お父さんが一生懸命働いてくれているおかげで食事が頂けます。有難うございます』と食前訓を唱えさせて頂いた後に、口に出してお礼申して頂くことを心掛けさせて頂きましょう。常に心掛けていますと、子供さんもそのように言葉に出してお礼を申せるように育ってゆき、身に付いて離れないようになってゆきますから、そのようにおかげを頂いて下さいよ」とお話しさせて頂いたことでした。

★毎日、神様・御霊様にご拝礼させて頂くように、家族にも毎日ご挨拶をさせて頂いてお礼を申させて頂くのです。子供は親に対して立ててご挨拶をし、親もまた子供の事を立てて願って下さるのです。共に願い合うことを毎日の生活の中で実践させて頂くことが大切です。

★「三惚れ」というみ教えがありますように、お土地を「これ以上ない結構なお土地を与えて頂いて有難うございます」と喜ばせて頂くのです。次に、神様から与えて頂いたお仕事を「天職」だと喜んで、一生懸命励ませて頂くのです。さらに、神様から授かった家族を「こんな有難い家族はない」と喜ばせて頂くのです。毎日喜んでお礼を申して生活させて頂いておりますと、神様からより一層喜ばせて頂くところを与えて頂くことが出来るのです。

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2015年10月20日

●「素直」さに神様が応えて下さる

 先日の教徒会例会でおかげ話をして下さった藤原氏のお家は、今年で入信65年を迎えられます。昭和25年の入信当初は、大変なご苦労を経験されました。3畳と4畳半の古い二階を借りて、炊事は物干し場で行い、軍隊から持って帰って来た飯盒でお米を炊いておられたそうです。

そういった中で、ご家族中が揃って神様を杖になさり、3年間の御修行をされました。そして、なんとお家を与えて頂く大みかげを頂かれたのです。その後「御礼の信心をさせて頂くにはどうすればよいか?」ということを基本として生活をされ、母上は毎月、家計簿を持ってコウ師の元にお届けに行かれて、徹底的に無駄・ムラを省くことを心掛けられたのでした。

★藤原氏の兄上が、幼稚園に上がる時に「幼稚園に行きたいです。」と二代教会長伊藤コウ師の元へお届けされました。お家の生活が苦しい時代のことです。コウ師は「今は経済的に無理があります。幼稚園に今は行かずに、先々結構にならせて頂く道を選ばせて頂いた方がよろしいですよ。どうしても幼稚園に行きたいのであれば行ってもよいですが、先々結構にならせて頂きたいか、今、幼稚園に行きたいか、どちらを選びますか?」と幼稚園に入る前の幼子に問いかけられました。兄上は「幼稚園には行きません。先々結構にならせてもらいたいです。」と答えられたのでした。

★兄上のその素直なご信心に神様がお応え下さったのですね。神様から可愛がって頂かれた結果、藤原氏の兄上はコウ師の仰った通り、高校卒業後、企業に就職され、50年以上も勤められ仕事の上にも経済的にも大変有難いおかげを頂いておられます。

★小さい頃に「はい、させて頂きます。」とすぐに答えさせて頂くのは、なかなか出来ることではありません。理屈よりも自分の感情が先に立ってしまうからです。三代教会長先生は、『本当の「素直」という姿には、賢くなければなれないものだ』とみ教えを下さっています。操り人形のように言われたままにさせられるのではなく、本当に心底納得して自ら進んで行えるように、理解力と思い分けの出来る賢さを身に付けさせて頂かねばなりません。そのためには、小さい頃からみ教えを頂き続けることが大切であるのですね。

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2015年10月19日

●徳と力を頂くには…

 ある学生さんが学校でクラスの委員長になり、委員長として一生懸命クラスの数人と放課後に残って話し合いをしたり、催しの準備に向けて真面目に活動していました。しかし、クラスの中で「お前は気に入らん、ええ格好しやがって、半殺しの目にあわせてやろうか!」等とひどく妨害をする生徒がいたそうです。なぜこのような言いがかりを付けられて、嫌なことばかり言われないといけないのかと無性に腹が立ったので、その方はお結界に来られ「どういう風に考えさせて頂いたらよろしいでしょうか?」とお届けされました。

★すると三代教会長先生は「あなたは、10代にして徳を頂くということについて考える良い機会を与えて頂きました。有難い事ですね。知識があり成績だけ良くても、それでは解決できないことです。そこで大切なことは一生懸命努力に努力を重ねて、どこまでも諦めずにクラスの人からも一目を置かれるぐらいに、ずば抜けていくということが大事なことですよ。あの人の言う事なら付いていこうと思ってもらえるようなお徳を頂いていかねばなりません。それがいまあなたに求められていることですよ。そして認めて頂けるまでは、どんな嫌がらせを受けても悪口を言われても、くじけず自分自身を磨き上げてゆく覚悟を持たなければなりません。脇目も振らず一生懸命になり実力を付けていくことです。

★そして、次に大切なことは、謙虚であるということです。人の口をもって、自身の足りない部分を神様が教えて下さっていると思わせて頂いて、相手にお礼が言えるようにならせて頂くことが謙虚な姿勢なのです。そのためには人を目当てにするのではなく、常に神様を目当てにすることです。そうしますと、どんな場面に遭遇してもどんな環境に置かれても、謙虚な姿勢はぶれず、自分を見失うことなく実力を十二分に発揮させて頂くことが出来るのです。日々教会に足を運び、お広前で教えて頂くのです。この経験を通してあなた自身も結構なおかげを頂きなさい。これが本当に分からせて頂いたら世の中に出た時には本当に役に立つ人間にならせて頂けるでしょう。」とみ教え頂かれたのでした。

★み教えを頂きませんと、なかなかこうした受け取り方は出来ません。心が豊かであるか、貧しいかによって物事の受け取り方も変わってゆきます。日々み教えを頂き、心を神様に向け豊かな心を養わせて頂き、様々な出来事を通して、自身の受け物を大きくさせて頂きましょう。

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2015年10月18日

●これをおかげにさせて下さいと願う

 10月11日から11月11日の阿倍野教会の金光大神大祭までの一月間を、特別信行期間とさせて頂いております。出来てくる事の全てを信心を磨く材料とさせて頂き、自分の信心を見直し聞き直し考え直させて頂きましょう。

★思うように物事が運ぶことが、自分にとってのおかげだと思いやすいものですが、決してそうばかりではありません。ご信心させて頂きながら思うようにことが運ばない中には、自分の信心を引き上げてやろうという、神様の思し召しが込められているのです。

そこを、自分の物差しで物事をはかって、「もっと順調にことが運べばいいのに」「あの人がもっとこうしてくれればいいのに」等と、他に向かって要求するばかりでは、自分の力をおとしめることになってしまうのです。

★金光キクヨ姫様(三代金光様の奥様)は『難しい事、出来そうにない事、出来るはずがない事をお願いしてさせて頂きましょう。』と仰せになっておられます。金光キクヨ姫様はリウマチを患われ、雑巾も絞る事が出来られませんでした。

しかし、夜のうちから濡れた雑巾を竿に干しておかれ、翌朝、適度に水の切れた雑巾を使って拭き掃除をなさっておられたのです。キクヨ姫様は、『リウマチの私が病気だから出来ないと言ってしまえばそれだけのこと。そこをお願いして掃除をさせて頂けた時の喜びは元気な者が掃除をさせて頂く喜びより何倍の喜びか分かりません。神様におすがり申して、させて頂きたいという願いを立てれば掃除の仕方まで神様は教えて下さいます。』と仰せになられたのでした。

★辛抱や努力を必要とするとき、「神様有難うございます。今はこの事を通しておかげを頂かせてください。めぐりのお取り払いを頂けますように」と、その事を通して成長の機会を与えて頂いていることに、お礼が申せるようにならせて頂けたら有り難いですね。

また、自分が難儀を通しておかげを頂いた経験をもとにして、同じ難儀で苦労している方を信心にお導きさせて頂くことが出来ましたら、こんなに有り難いことはありません。11月11日の御大祭に向けて、共々にお導きと信心向上のおかげを頂きましょう。
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2015年10月17日

●世話になるすべてに礼を言う心

 教祖様は『信心する者は山へ行って木の切り株に腰を下ろして休んでも、立つ時には礼を言う心持ちになれよ。』とみ教え下さいました。また、四代金光様は『世話になるすべてに礼を言う心』『実意をもってすべてを大切に』とみ教え下さいました。例えば山登りをしました時、休憩の為に岩に座ってしまいますと、荷物が重いので腰が上がらなくなってしまいますから、岩によりかかりましても、出発する時には岩にお礼が申しているかと言うと、なかなか言えておりませんでした。

また、山で夜明けを迎える時は夏であっても、気温が4度程度まで下がりますから、新聞を体に巻き付けて体温を保ちました。ご来光は拝んでも、使用して体温を保った新聞に拝んでお礼を申しているかと言うと、それもなかなか言えておりません。そして下山してガイドさんに「お世話になり有難うございました」と御礼を申しても、身に付けていた靴にお礼を申しているかと言うと、それも言えていなかったということがあったのです。

★日常でも同じことです。電車に乗る時、自転車に乗る時、御礼を申せているでしょうか。毎日自分自身の信心の見直しをさせて頂き、稽古をさせて頂くことが大切です。信心が行き届いた方は神様からみ教えを頂いた時も、お気付けを頂いた時も、御礼を申させて頂けるのです。「この度は結構なお気付けを頂きました。今のうちに対処しなさいと教えて頂きましたので、小さなことで済ませて頂き、実に有難いことでございました。有難うございました。」と御礼を申させて頂けるのです。

★「婦人の五徳」の中に『感情をむき出しにしない』という教えがあります。これは怒りや悲しみといった負の感情はむき出しにしないということを教えて頂いているのですが、反対に喜びの感情はしっかりと喜ばせて頂けば良いのです。にわとりが大地を餌を探してついばむように、喜ぶことを探して、小さいことでもしっかりと御礼を申させて頂く稽古をさせて頂きましょう。

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2015年10月16日

●豊かな生活とは…

『欲得にふけりて身を苦しむることなかれ。』

★ずっと以前のことですが、あるご信者が血相を変えて二代教会長伊藤コウ師にお届けに来られました。「先生、夜も眠れません。食事ものどを通りません。主人が残してくれた大事なお金が戻ってきません。」訳を聞きますと、ご信者のご主人が子供さんのために生命保険に入られ、「これからわしはどうなるか分からない。わしが死んだらそのお金を子供のために使ってやってくれ。」と言われ、しばらくしてお国替えなさったのでした。

★ご信者は残されたお金を受け取り、落着いた生活をしておりましたら、ある方から「うまい儲け話がありますよ。そのお金を銀行に預けていても、雀の涙しか金利がありませんよ。ある人に貸したらきちんと利息が入ってきますよ。」と言われたのです。ご信者は「うらやましいわあ。それなら私もその方に貸したいので、紹介して下さい。」と言って、その方の所まで行かれますと、その方は「今、預けられてもなあ。そこへ置いといて下さい。」と素っ気ない返事でした。

ご信者は「証文を書いてもらえますか。」と言いますが、なかなか書いてくれません。「お金はどうなりましたか?」と聞いても「今、有利な所を探してますから。」と言って一向に利息が入ってきません。証文もなければ、お金もどうなるか分からない日々が続き、心配で夜も眠れず、食事ものどを通らなくなられたのでした。ご主人が生命と引き換えに残して下さったお金が自身の我情我欲によってお金を失うか分からない状態になり、人間関係も失うことになってしまわれたのです。

★この話は、他人事ではなく、ごく身近な事で私達も常に心得ておかねば、油断をすればそういう事に陥ってしまうのです。また、どれほどお金や物をたくさん持っていても「あれも欲しい、これも欲しい」と貪欲で、心が豊かでなければ豊かな生活とは言えません。二代金光様は『信心して我欲を放れて毎日を楽しみ、日に三度の食事を有難いと気がつけば長者じゃ。信心して長者の暮らしをしなさい。』とみ教え下されています。阿倍野教会では五つのお願いの中に「豊かな生活」とありますが、物質的にも精神的にも豊かであることを意味します。分相応な生活をして「足るを知る生活」をするということが豊かな生活であり、お金や物を浪費することなく無理・無駄のない幸せな生活を送らせて頂くこととなるのです。

★『「金光様、私は長い間信心しておりますが、貧乏で困ります。」と申し上げたら、金光様は「貧乏といって食べない時があるか。」とお尋ねになった。「いや、食べられないことはありません。」と申し上げたら、「いくらお金や物を積み重ねていても食べられないことがあってはどうにもならない。健康でご飯が食べれられればそれが金持ちと同じではないか。それが分限者ではないか。」と仰せられた。』

『信心をする者は、我慢我欲な事はしてはならない。ぬれ手で粟のつかみ取りの気を持つな。人より一年遅れて分限者になる気でおれ。』

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2015年10月15日

●心身ともに元気になる働きかけを!

 先日、ある奥さんがお届けに来られ「主人が休みを取る暇もないぐらい、毎日忙しく働いてくれているのですが、家に帰ると『ああしんどい…』と愚痴をこぼします。そこで、『あんまりしんどいと言わない方が良いですよ。せっかく神様がお仕事を与えて下さっておられるのに、しんどいばかり言うと暇にしてやろうかと思われますよ。なるだけその様に言わない方が良いのではないですか。』と主人に言いました。」とお届けされました。

★そこで私は「それも正論ではありますが、ご主人が毎日一生懸命働いておられるのですから、もう少し考えてあげてはどうですか。一日中立ち仕事でクタクタですから、『しんどいと言わない方が良いですよ』と言うよりも『今日も一日お疲れ様でした。疲れたでしょう。有難うございます。忙しいのは有難いことですね。有難いですね、有難いですね…』と言いながら体を摩ってあげたらどうでしょう。それこそが手当てなのですよ。手を体に当てて摩らせて頂く。愛情を込めて祈りを込めて摩らせて頂く。するとご主人は『本当やな、忙しいことは有難い事やな。ここまで疲れるまでに働かせて頂けることは結構なことや。有難いことやな…』と言ってくれるようになれば、それがお導きになっているのです。まず自分が『有難い、有難い』と喜んでお礼を申す稽古をさせて頂くことが大事なことですよ」とお話しさせて頂いたことでした。

★人間ですから、ため息をつきたくなる時や、愚痴を言いたくなる時があります。その時に人に言うのではなく、神様にありのままをお預けさせて頂いて、ご祈念に変えさせて頂くのです。しんどい時や辛い時はお結界に来られて「今これだけ辛いです、しんどいです」と全てお届けされ、神様にお取次頂いておかげに変えさせて頂くのです。その後で「金光様有難うございます。この痛みの中をこうして生かして頂いております。生かして頂いておりますから、痛みが感じさせて頂けます。辛いことがあるのはこうしてお命を頂いているから感じさせて頂けるのです。有難うございます。」とお礼が申せるようになってくるのです。

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2015年10月14日

●最も大切なところ

 二代教会長・伊藤コウ師が13才の年に肋膜炎・腹膜炎を併発され、医者もさじを投げてしまわれました。その時、昼夜なく看護に努められたご母堂のハル刀自は、「この私のご無礼により、幼い子供がこんなに苦しんでおります。数々のご無礼の点、何卒お許し下さいませ。今日迄この子を私の子供だと思っておりましたが、これは大きな間違いでした。今日限り私の子供だとは思いません。」と一心に自分自身が改まられました。

さらに、「成長後も決して伊藤の家の為には使いません。只々神様の御用にお使い頂けるような人間に育てさせて頂きますから、今一度、神様のおかげによりまして生き永らえさせて頂きます様に、どうか宜しくお願い致します。」と一心に願い続けられました。すると、骨と皮のガリガリの細い体にお腹だけは腫れている状態であられたコウ師は、2週間で全快のおかげを頂かれたのでした。

★ハル刀自がなされたこの御祈念の内容が、私達信者にとっては実に大事な部分です。この御祈念は、本当に信心が分からせて頂かなければ出来ない御祈念であり、私達が学ばなければならない信心の根本となる内容です。まず、初めに自らの思い違いを心からお詫び申され、その後に神様を中心としたお願いをされます。本当のお詫びが申せなければ、正しいお願いは申せません。

★私達信者一同は、幸せです。日々、ハル刀自をはじめとする信心のお手本を示して頂き、おかげを頂くための最も大切な部分を教えて頂いているからです。しかし、「一度み教えを聞いたから、今日一日出来たから、もう大丈夫だ。」ということではありません。心からの御礼・お詫び・お願いを申せるようになるには、毎日稽古をしていくしかないのです。「明日は良くなる、明後日はもっと良くなる!」と信じて、先を楽しみに、日々のご信心に励ませて頂きましょう。

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2015年10月13日

●日々新しく頂いている命

 あるご信者は、癌を患われ、「その治療は大変難しい」との宣告を受けておられます。10月10日には、御本部の生神金光大神大祭に参拝のおかげを頂かれたのでした。そして、「御本部の有り難い御祭典を拝ませ頂くことが出来まして、真に有り難うございました。11月には阿倍野教会の御大祭を拝ませて頂けますように。また、新しい年を迎えさせて頂き、お命を頂きまして、来年の4月には御本部の天地金乃神様の御大祭を拝ませて頂けますように。」と、お礼とお願いのお届けをなさいました。

★真に有り難い心持ちで願いを込めて参拝が出来られ、今後に向けての有り難い願いを持っておられることを神様に御礼申させて頂きました。そして「今日一日今日一日、頂いている命をしっかり御礼申して、今現在、自分に与えて頂いている使命を十分全うさせて頂きましょう。そして、明日を楽しみにお願いさせて頂きましょう。健康な人も、お体に事情を抱えておられる人も、『今日を喜び明日を楽しむ』心にならせて頂くところに、有り難いご庇礼を頂く道が開けていくのですよ。神様から命を授からせて頂くのですからね。」と、お話しさせて頂いたことでした。

★『人間は死ねるからありがたい。信心しておかげを受ければ生まれ変われるからなあ。この生まれ変われるような信心をせねば、ご信心がご信心になるまいが』一日一日、新しく生まれ変わったつもりで今日頂いている命に御礼を申し、それぞれに頂いている使命を全うさせて頂けます様に。願いをしっかりと持って信心の稽古に励ませて頂き、10月28日の初代教会長先生の例年祭、また、11月11日の阿倍野教会の生神金光大神大祭に向けて、共々におかげを頂いてまいりたいと思います。


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2015年10月12日

●神様を目当てに良いことを願う

1)優しく(慈愛の心)2)賢く(思い分けの出来る賢さ)3)いつも笑顔で4)謙虚に(天地に対して)

★先日あるご信者が「勤務する場所が変わり、周囲の人も仕事内容も変わりました。全て新しいことに対応しなければいけなくなりました。なかには、心ない言葉や厳しい言葉を耳にするときもあって、辛い思いをしなければいけないこともあるのですが、どうぞおかげにさせて頂けますように」とお届けなさいました。

そこで「色々厳しいことを言われたりということがあったとしても、それは『あなたを鍛えてやろう』『おかげを頂かせてやろう』と神様がして下さっていることだと思って、「どうぞ神様に使って頂けます様に」「どうぞ喜んで頂けるような仕事がさせて頂けますように」と神様を目当てにさせて頂きましょう。そして相手の方のことは「どうぞこの方が助かりますように、立ち行かれますように」とお願いさせて頂きましょう。そうして心掛けてさせて頂いておりましたら、自分自身の心が浄化されていきます。それが人のことを願って自分がおかげを頂いてゆくと教えて頂いているあり方です」とお話しさせて頂いたことでした。

★相手を願う稽古をしておりますと、相手のことを憎んだり恨んだりすることがなくなっていき、有難いことに心が広く大きくならせて頂けます。それは稽古をしなければ出来るようになりません。教祖生神金光大神様は神様からのお頼みをお受けになって、どのような氏子のこともその助かりと立ち行きをお願いして下さり、人が助かる為にお取次ぎの御用に専念なさって下さいました。その後をお受けになって歴代金光様も私達氏子のことを祈り続けて下さっています。私達も自分の中に頂いている神心を大きくさせて頂き、様々な場面で発揮できるよう稽古させて頂きましょう。

★昨日より11月11日(阿倍野教会の御大祭)までのひと月間、阿倍野教会の特別信行期間が始まりました。良い事を思って良いことをお願いさせて頂き、つまらないことは思わないひと月間にさせて頂き、それぞれに日を切ってお願いさせて頂き、おかげを蒙らせて頂けるよう信心に励ませて頂きましょう。

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2015年10月11日

●神様がお喜びとなる参拝

 昨日は、天候の上に大変結構なおかげを頂き、御本部の生神金光大神大祭を共々に拝ませて頂くことが出来まして、真に有難いことでございました。明治16年10月10日に教祖様が100日信行満願成就の日に神上がられました。教祖様が神上がられて132年、おかげを頂き続けているお礼をしっかりと申し上げまして、より一層信心を進めさせて頂きましょう。

★ある熱心なご信者であられた溝口氏は、ご近所の方をお導きなさいました。その方の息子さんが、大学でアメリカンフットボール部に所属されていましたが、試合中に相手の選手と激しくぶつかって、意識不明の状態に陥ってしまったのです。放心状態となられた青年のお母さんが、溝口氏に心配を打ち明けて話されました。溝口氏は、助かって頂きたい一心で、その青年に代わって代参をされ、毎日お届けなさりお願いされました。

★京都の大学病院で二ヶ月間も昏睡状態が続いたところを、青年は有難いことに意識を取り戻すおかげを頂かれたのでした。意識が戻った青年は開口一番、「黒い着物を着た丸刈りの方が助けて下さった。」と話したのでした。その後、溝口氏は京都まで通われて、お洗米を届けられました。初めは何ものどを通らなかった青年ですが、お洗米がひとさじ、ふたさじとのどを通るようになり、徐々に快方に向かい、麻痺をしていた身体も回復され、無事退院のおかげを蒙られたのでした。

★溝口氏は、一年後のご本部の春の御大祭にその青年をお導きされて、三代金光様のお出ましを一緒に拝まれました。すると、初めて三代金光様のお姿を拝まれた青年は、「あのお方が私を助けて下さった。」と言われたのです。溝口氏の一心のお願いがお結界の御取次ぎにより、御本部の三代金光様の元まで届いて、青年の夢の中に三代金光様がお出まし下さり助けて下さったことは真に有難いことでした。その後、青年は立派に社会人になられ、結婚後にお子さんも頂かれ、50年以上も経った現在も、阿倍野教会の御大祭や総会にお参りなさって、お礼のご信心を続けておられます。

★『この方がお参りすると金光様はいつも大変お喜びになって、才崎の金光はいつ参ってもいつ参ってもお礼参りじゃ。参る者の大半はお願いに参るのに、その方はいつもおかげを受けておるお礼に参って来る。神も満足に思うぞ。氏子がお礼に参って来ると、神も喜び金光大神も一層にうれしいが、氏子もうれしかろうが。氏子がおかげを受けてうれしゅうに喜ばぬと神も喜べぬ、とおっしゃったが、皆もおかげを受けて神様に喜んでもらい、自分もうれしゅうにお礼参りのできる信心をせねばならぬぞ』

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2015年10月09日

●どんなことでも喜びに変えるご信心

 昨日は、みかげ会例会が開催され、藤本氏より大変有難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★昭和33年3月2日、藤本氏は奥様のお導きにより、月例祭に初めてお参りされ、祭典後のお説教を聴かれて、そのお話の内容に感銘を受けられ、それからお参りされるようになられたのでした。ある時、二代教会長伊藤コウ師より「お教会への参拝が遠ざかってはいけませんよ。参拝が遠ざかった為に、おかげを落とした方を大勢知っています。どんな事があってもお参りしてきなさいよ。必ず結構になります。」とみ教え頂かれ、今日まで57年間、朝参りを続けておられます。

★ガラス加工職人であられる藤本氏は、家業の上でもおかげを頂いておられます。昭和51年に石油ショックが起きました頃、カットグラス加工だけでは続けていけないと思い、三代教会長先生にお取次頂きますと、「躊躇せず、研究準備にかかりなさい。」とみ教え頂かれました。そして同業者より少し早くサンドブラスト加工を併設させて頂かれたのです。その結果、後々大きな注文に繋がり、昭和33年5月に藤本硝子加工所として独立されてから、ガラス製品加工一筋で57年、現在も繁盛のおかげを蒙っておられます。

★毎日朝参りされ、お取次を頂かれて家族や仕事のこと等一日のことをお願いなさっておられます。ですから、得意先の方々からも心配り頂かれ、無理のないよう出来る範囲でのお仕事の発注を頂いておられます。また、神様から頂かれた家業を天職だと思って、有難く喜んで、実意丁寧にお仕事に取り組んでおられます。さらに、出来てくることどんなことでも喜びに変えてゆかれ、良いことを思い、良いことを口にする稽古を日々心掛けておられます。それが周囲の方々から信頼して頂かれ、良い方ばかりが集まって繁盛に繋がってゆく元なのですね。

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2015年10月08日

●たとえ相手が泥棒でも・・・

 あるお婆さんは、毎朝参拝なさって熱心にご信心をなさっておられたそうです。ある日参拝して帰宅すると、泥棒が荷物を背負ったまま手足が動かなくなって、家の中に居るところに出くわしたのでした。

★お婆さんは冷静沈着にその姿を見て、「あんた、泥棒やな。神様からお叱りを受けて動けなくなったんやな。この家は天地金乃神様が守って下さっている。今から私が神様にご祈念させて貰うから、あんたも心で詫びを申し上げなさい」と、話しかけました。

そして、ご祈念なさった後、お婆さんは泥棒に事情を尋ねました。「生活に困って、魔がさしてこの家に初めて泥棒に入りました・・・」

「この家に入ってもたいして値打ちのあるものはありませんよ。しかし、神様にお叱りを受けてよく分かったやろうから、これからは真面目に働きなさい。住まいはどこですか?あんたの近くにも金光様の教会はありますから、ご信心をさせて頂きなさい。おかげを頂きますよ。やり直す気であれば、許して下さるように神様にお願いしてあげるが、あんたはどう考えますか?」

「よう分かりました。申し訳ありませんでした。心を入れ替えます」「わかったんなら、これを持って帰りなさい」と、品物を持って帰らせ、立ち直りを願われたのでした。

★後日、その泥棒が仕事に真面目に取り組み、立ち直ることが出来たと、妻が御礼を申しに訪問したのでした。このお婆さんにお導きを頂かれた他の方の子孫が、今日も教会に参拝なさっています。

★教祖様のお広前があられた敷地の周りには、藁の垣がありましたが、ある時、その藁の垣に火をつけた者がありました。幸い大事には至らなかったのでしたが、ある人が、「金光様、こういうことをする者には罰を当てておやりなさい」と言うと、教祖様は、「こういうことをする者こそ願ってやって、心を直さなければならない」と、み教えになったということです。

★たとえ、自分に悪意を向けてきたりするような相手に対してでも、恨みを向けるのではなく、相手の立ち行きを願うことが出来るようになると、自分の心も助かり、相手も助かる道が開かれます。み教えを頂き、謙虚な心、人の助かりをどこまでも、本気で願える心を養い、「年が寄るほど位が付く」とみ教え頂いているように、一年一年信心を向上させて頂きたいと思います。【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】
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2015年10月07日

●角度が違えば感じ方が変わる

 『やれ痛やという心でありがたし、今みかげをという心になれよ』とみ教え頂いておりますように、痛いとか辛いとか苦しい等そういう時にこそ信心を発揮せねばなりません。そういう時に信心が弱ってしまうということでは、せっかくこのお道で頂いてきたものを発揮出来ているということにはなりません。痛い辛いということがあってこそ、改めて今生かして頂いていることの有難さを分からせて頂けます。

「痛くても辛くてもあなた様(神様)のおかげです。有難うございます。」という心になればおかげになるのです。生かして頂いているから痛い辛いということが分からせて頂けるのです。常平生み教えを頂いておりますと、そういう心にならせて頂けるのがこのお道の有難いところです。

★み教えを何度も繰り返し頂くということはとても大切なことです。自分の心に何度も言い聞かせて離れないように繰り返し頂かなければいけません。白い布を藍壺に浸けては洗い、乾燥させ、再び浸けては洗い、乾燥させ、やがていくら洗っても落ちないような藍色に染まってゆくように、同じみ教えでも何度も何度も聞かせて頂く事が大切です。たとえば、同じ山を見ても一部分しか見えていないものです。見る角度が違えば、景色も違います。感じ方が変わるのです。み教えの頂き方も、自分自身の信心の程度や、環境、年齢、立場等によって頂き方が全て違ってきます。同じみ教えでも全てを頂くというようになれるには時間のかかることなのです。

★日々信心の稽古を積み重ね、繰り返し繰り返しみ教えを頂くことによって、心と体が培われていきます。それがご信心の有難いところです。そこをしっかりと勉強させて頂き、おかげを蒙らせて頂いたいと思います。

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2015年10月06日

●実意丁寧な頂き方とは?

『食物はみな、人の命のために、天地の神の作り与えたまうものぞ。何を飲むにも食べるにも、有難く頂く心を忘れなよ。』(食前訓)

★食物を"食べる"というあり方と"頂く"というあり方は全く異なります。毎日頂く食事は、天地のお徳を頂ける有難い機会なのです。それぞれの食物の命を分け与えて頂いている事を感謝し、拝んで頂く心になるとおかげになります。皆さんもよくご存じの「食前訓」は、食物のことをみ教え下さっていますが、日々出来起こってくる出来事も拝んで有難く受けさせて頂くことが大切です。それをより一層実意丁寧な頂き方になるように心掛けてゆくのです。

★信心の入り口の頃は、自分に都合の良いことは喜びますが、自分に都合の悪いことは有難く頂けないというのが普通です。赤ちゃんの信心の時には、「思うようにならないのは、周囲の人が悪い、世の中が悪い、神様が悪い」と考えがちです。そこから少し進みますと、「おかげが頂けないのは、どこか自分に間違っている所があるに違いない」と思えるようになってきます。さらに進ませて頂きますと、一つでも二つでも改まらせて頂いて、おかげを頂くことの有難さが身に染みて分かってくるようになるのです。

★'甘い''辛い''苦い''酸っぱい'それぞれに味わいがあり、どれも有難いのです。それは食物だけでなく、人間関係や出来事に対しても同じことです。私達の生活には、仕事や家庭、人間関係…等の上で問題は次々と起こってきます。それをどのように有難く受けさせて頂くのかを、信心させて頂いて勉強させて頂くのです。どんな出来事も、有難く実意丁寧に受けさせて頂けるよう、日参聴教に励ませて頂きましょう。

★生涯かけて願い続けること
(1)限りなくめぐりのお取り払いを頂けますように。
(2)限りなくみ教えを頂き続けられますように。…毎日新たな発見があり、今日一日生まれ変わるつもりで頂き直していく。
(3)限りなく人が助かりますように。
(4)限りなくこのお道が成就しますように。

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2015年10月05日

●ご祈念して家業に取り組む

 家業を有難く努めることがこのお道の心行だと教えて頂いております。家庭に於いて、社会生活に於いて、信心に基づいて家業を有難く努めさせて頂くことによって、生まれながらに神様から頂いている徳性が磨かれ、ご先祖から受け継いでいる能力もより一層高まるのです。

そして、どんな時でも心中御祈念を欠かさないよう心掛けておりますと、生神金光大神様がその祈りを受けて下さり、全てに間に合うように整えて下さるのです。するとそれがお仕事の上に表れて、全てにご都合お繰り合わせ頂け、御祈念のこもった勤務・商売になり、御祈念のこもった品物になって、愛情のこもった仕事がさせて頂けるようになってゆくのです。

★「仕事を始める前と、終わった時には必ずご祈念をさせて頂きましょう。」
一、神様 御霊様 家族のおかげで家業に精励させて頂けます。ありがとうございます。
一、今日までお命を頂き、お育て頂いた「お礼の働き」ができますように。
一、天地のお恵みであります水や火や電気を使わせて頂きます。無理・無駄・ムラ等、御無礼・不行届きのありませんように。
一、原材料を無駄にしませんように。
一、時間を大切にし、集中してできますように。
一、思い違い、考え違いのありませんように。
一、神様より与えて頂いている能力を、十二分に発揮できますように。
一、親孝行、ご恩返しができますように。
一、お客様に喜んで頂け、幸せになって頂ける会社・店舗作りが日々新たにできますように。
一、地域の他店舗や同業者が共に繁盛しますように。
一、地域・社会の発展に貢献でき、お役に立つ会社・店舗にならせて頂けますように

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2015年10月04日

●学び、進め、伝える。

 アメリカの34代大統領であるアイゼンハワー大統領が、ある大学に招かれた際に次のような内容の講演をされました。「人間は先人が残して下さったものから、しっかり学ぶことが重要である。しかしそれだけではいけない。そこから誰も極められなかった道をさらに研究して、一歩進めていくことが大切である。

すなわち、先輩が残したものを十分に受けると共に、さらに真理を求め、新たに道を切り開いてゆくということを人間は生涯求めてゆくことが大切なのだ。しかし、それだけでもまだ足らない。それを後に続く人たちに伝え、残してゆくということが重要である。その努力が出来なくては、一人前の社会人であるとはいえない。」

★三代教会長先生はこの内容を引用なさって、「これは、信心の上においても同じことです。親、祖父母が残して下さったご信心をしっかりと受け継ぎ、そこからさらに一歩進めてゆくことが大切です。それだけではなく、次の世代により良い生き方を伝え残してゆくことが重要な役目なのです。それを目標とし、願い続けてゆくのです。」とみ教えを下さっています。

★教祖様のみ教えが記されている教典・尋求教語録をはじめ、歴代金光様のみ教え集や諸先生方のみ教えを、私達は日々頂き直し、自分のものにさせて頂くことが大切です。それだけではなく、さらに一歩進めてゆく努力をさせて頂き、後世へと伝えてゆくのです。
『願うことは何事も、かなわないということはない。金光大神の手続きをもって願え。何事もおかげをいただける。』と教えて頂いておりますが、私達はその手続きを大切にさせて頂かねばなりませんね。

★蔵・修・息・遊
(1)蔵…知識も教養も次々と蔵に納めるつもりで、学ぶ。
(2)修…ただ知識として知っているだけではなく、身に修め離れないものにしてゆく。
(3)息…息をするが如く、自然に無意識のうちに行えている状態にならせて頂く。
(4)遊…遊びの境地で嬉しく、楽しんでさせて頂く。

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2015年10月03日

●小さいことだから…と決めつけない

『徳のないうちは心配する。神徳をいただけば心配はない。』

★台湾の航空会社でパイロットをなさっておられるご信者があられます。そのご信者は1ヶ月に1度は必ず日本に帰国され、関東方面にある自宅に帰られる前に教会にお参りなされてから自宅に帰られ、台湾に出発する前には自宅を出て、教会にお参りしてから出発なされます。

★その方は必ず「天候気象の上に、乗務させて頂く飛行機のコンディションの上に、自分自身の体調の上に、搭乗なさるお客様の健康の上に万事にご都合お繰り合わせを頂けますように」とお願いなさるのです。毎回の乗務の際に天候気象の上に大きなおかげを頂かれますことは、大変有難いことと喜んで御礼を申しておられます。

★乗務するには、定期的な体調の審査や操縦技術の審査があられ、それらの審査に合格しなければ仕事に就けないのです。ある時出発前に心中ご祈念しながら飛行機の計器を調べておられましたら、あるところに不具合の疑いがあるのでは?と気付かせて頂き、細かく調べて頂きますと簡単に治る不具合ではなく、飛行機の乗り換えということになられたそうです。教会に熱心に参拝してお願いなされ、何事も心中御祈念をしてからさせて頂く稽古をなされているからこそ、大事にならないうちに気付かせて頂くおかげを頂くことが出来られたのです。

★心中御祈念をさせて頂きますと、集中することが出来ます。集中しますと大きなことから小さなことまで漏れることなく気付かせて頂くことが出来るのです。「これは小さいことだから…」と最初から決めつけて御祈念せずに軽く見ておりましたら、間違いが生じることがあります。日参と聴教に励み、心中御祈念をさせて頂く稽古をさせて頂き、おかげを蒙らせて頂きましょう。

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2015年10月02日

●願いは実意をもって

 大和の土井氏の田んぼが収穫の時期を迎える頃、たくさんのスズメが田んぼに実った稲穂を食べに来るので困られたのでした。土井氏は、御礼と御詫びを申し上げた後にどのように神様にお願いなさったかというと、

「スズメも立ち行かなければなりませんので、どうぞスズメにも餌を与えてやって下さい。」とお願いなさったのです。そうしますと、隣の松林にたくさんの虫が発生し、今まで稲穂を食べていたスズメがその松林の虫を食べてくれ、お米も無事収穫させて頂くことが出来られたのでした。

★『神様を拝礼するには、此方では別に決まりはない。実意丁寧正直、真一心がかなめである。日々生かしてもらっているお礼を申し、次に、お互い凡夫の身であるから、知らず知らず、ご無礼お粗末お気障りなどをしている道理、それをお断りおわび申して、それがすんだら、身の上のことを何かと実意をもってお願いさせてもらうがよい』

とみ教え頂いております。神様にお願いさせて頂くにも、「実意をもって」願うことが、おかげを頂くことにつながるのです。

★自分の思うことだけをただ願うだけでは、幼い子供がだだをこねているようなものです。御大祭までに、生まれてから今日まで受けてきたおかげ、また、自分の家が入信以来おかげを受けてきたおかげを振り返らせて頂いて、真からのお礼とお詫びが申させて頂けるように、稽古させて頂きましょう。

そして、ことの大小にかかわらず、何事も御取次を頂いて神様にお願いさせて頂き、生神金光大神様のご信心に一歩ずつでも近付かせて頂けるよう、信心向上のおかげを頂きたいと思います。【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】
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2015年10月01日

●おかげの舟に乗せて頂く

教祖様ご在世中の御頃のことです。国枝三五郎師は、片目がうずいて困った時に教祖様にお届けされますと、『春の花の四日(旧三月四日)を楽しめ』とみ教えを頂かれたのでした。

治ることを楽しみになさっておられた国枝三五郎師は、四日になっても痛みがとまらず、五日に参られてそのことを教祖様にお届けなさると、

『午の年(国枝三五郎)、不足信心をするな。その方の命は、花の節句には花のごとくに散るのであった。それを助けてやったのである。命がなくては目はいらないであろう。生きておればこそ、目が痛いのがわかるのであろう』
とみ教え頂かれたのでした。

さらに教祖様は続けて『五月の菖蒲を楽しめ』と仰せになられたのでした。その日までにはよほどよくなられ、その時には『七月の七日を楽しめ』と仰せになられたのでした。

すると、七月には痛みも全快のおかげを頂かれたのでした。

★国枝三五郎師は、六年間に三度盲目になられましたが、熱心にご信心をなされて晴眼のおかげを頂かれました。信心の初めには、「拝み信心」「不足信心」を教祖様から戒められたこともあられましたが、み教えを頂かれてより心を改めるよう信心の稽古をされたのでした。

そして小さな信心から広く大きな信心へと進まれ、長期に亘ったお願いを持たせて頂く事が出来られたのでした。すると、二十年後には「乙島の金光様」と呼ばれるようになられました。

★「生神金光大神様、天地金乃神様」とお縋りさせて頂き、おかげの舟に乗して頂くのです。有難いおかげを頂く方へと導いて下さる水道先案内は金光様がして下さいますから、私達は一生懸命帆を上げさせて頂くのです。

天地金乃神様が後ろから風を当てて下さいますから、ご信心させて頂いて、おかげを受けさせて頂くだけの帆をしっかりと上げさせて頂きましょう。

★『神様を拝むのに手や口を洗っても、心を洗わねば何にもならぬ。心は火や水で洗えない。真一心で心を洗って信心をせよ』

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