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2015年09月30日

●問題が起きたおかげで…

 9月の月末を迎えさせて頂きました。今月ひと月おかげを頂き続けてきたお礼、お詫びをしっかりと申させて頂き、10月も家族、親戚の端々までおかげを蒙らせて頂けますようにお願いをさせて頂きましょう。

★『いかにご信心しておるとはいうても足らんところもあって、色々難儀にあうことがあろうが。病気、災難に負けずにご信心しておれば、おかげでそれが払い取られていく。けれどもご信心がなかったら難儀が難儀を生むことになる。おかげを受けて払い取ってもらわねばならぬぞ。』(続尋求教語録)

★伊藤ハル氏(二代教会長伊藤コウ師のご母堂)は70歳の御年になられた際に、娘さんであるカツ氏、スエ氏、コウ師を上座に据えられ、下座から手をついて「あなた方が幼い頃から次々と命にかかわるような病気をしてくれ、さらに次から次へと問題が起きたおかげで、私は今日まで信心が続かせて頂けました。今ではこんな結構にならせて頂いております。有難うございます。あなたたちのおかげです。」と御礼を申されたのでした。

このお話をお聞きになれたご信者は、ある時お結界で「私も70歳を過ぎましたが、子供に手をついて御礼が申せるような自分にはなれておりません。もっと信心が進ませて頂けますように。」とお詫びとお願いのお届けをなさったのでした。

★出来事に対して不平不足を思うことが難儀を生んでゆくのです。病気も災難も御礼を申し、「自分自身を鍛えて頂ける良い機会である」と有難く取り組んでゆくことがおかげとなってゆくのですね。11月の御大祭に向けて、出来事を通して我情我欲を取り払い、日々良い方へと生まれ変わらせて頂ける信心に向上させて頂きましょう。

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2015年09月29日

●祈りに変えると、心が開ける

 山を一歩一歩のぼってゆきますと、視野が広がり、雄大な景色が見えて、小さなことが気にならなくなります。階段を一段一段上がるように信心も向上しますと、人を見るよりも神様を見て生活させて頂けますので、心が広く大きくならせて頂けますことは本当に有難いことです。

★あるご信者の職場の上司は、普段から物忘れや手抜かりが多く、ご信者は、部下の世話をしなければならない上に、上司の失敗の後始末までしなければならず、気を揉む日々が続いているとのことでした。そこで、「相手の人のことが重荷にならず、気が楽になる方法がありますよ。それは、気になる人の助かりと立ち行きを、毎日神様にお願いさせて頂くことです。

人に腹を立てて、敵対するような心のままでいると、心がどんどん狭くかたくなになってしまい、自分もしんどくなるばかりです。相手の立ち行きを願い、また職場全体の立ち行きを願わせて頂いていると、心が開け、浄化され、大きくならせて頂けるのです。その方のすぐれた点も見えてきます。時間はかかるかもしれませんが、今まで腹が立って仕方がなかったことが、段々と気にならなくなり、次第に気の毒に思え、心から立ち行きを願えるようになっていきますよ」と、お話しさせて頂いたことでした。

★みな神様から願いをかけて頂き、お役目を頂いて現在の生活をさせて頂いているのです。家族の一員として、クラスの一員として、会社の一員として、夫々の立場で立ち行かせて頂く為には、祈り合い、願い合うことです。そして、目の前に与えて頂いたお役目は、難しいと思えることでも、反対に簡単に思えることでも、「どうぞさせて頂けます様に、お使い頂けます様に」と、謙虚な心でお願いし、神様にさせて頂くことが大切な姿勢なのです。そうしますと、自分の力の足りないところは、人を差し向けて下さり、環境も整えてくださるのです。

★一段一段と、より心が開け、大きくならせて頂けるように、11月の御大祭に向けて、それぞれに頂いている環境の中でご修行に励ませて頂きましょう。

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2015年09月28日

●天地に鳴り渡りてみせよう

 先日あるご信者が「心から御礼が申せません。頭では分かっているのですが、心からの御礼が申せないのです。先生がみ教え下さっていることも、その時は分かったつもりになっておりますが、すぐに忘れてしまい、元の生活に戻ってしまうのです。申し訳ないことです…。」とお届けされました。

そのお方に「そうですね…。誰しも、そうですよ。一段ずつ階段を上ってゆくように信心が向上させて頂いたら良いのです。それをお願いさせて頂きましょう。ただし、心からの御礼を申せるようになるためには、心からのお詫びが申せるようにならねばなりません。そのようにならせて頂くには月日がかかります。簡単なことではありませんが、年月がかかってもよいですから、本物にならせて頂けるよう、向上させて頂きましょう。」とお話しさせて頂いたことです。

★私達の願いは、生神金光大神様のお取次によって、神様に通じてゆきます。私達の信心次第で、神様はどこまでも御慈愛に満ちたお姿をお示し下さるのです。信心の程度が上がってゆけば、神様もそれにお応え下さいますが、反対に下がってゆきますと、おかげが頂けないのは当然ですね。ですから、教祖様は『鐘は打ち割る心でつけ。太鼓はたたき破る気でたたけ。割れも破れもせぬ。ただ、その人の打ちよう、たたきようしだい。天地に鳴り渡りてみせよう』と壮大なみ教えを下さっています。

★神様の氏子であることを自覚させて頂き、日々神様の御心に近づくことを願わせて頂きましょう。『神の子が神にならずはいかにせむ 瓜(うり)には瓜のなる世なりけり』(安武松太郎師)

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2015年09月27日

●将来が開ける安心の道

 以前、あるご信者がよちよち歩きのお孫さんを連れて銀行に行かれました。銀行の手続きをなさっている間、お孫さんがウロウロしておられますと、突如、テレビの台が崩れてお孫さんの頭上にテレビが落ちてきたのです。お孫さんは頭を打って倒れ、すぐに病院に搬送され、検査をして頂かれますと、念のため一晩入院する事になったのでした。

★銀行からご信者宅にお詫びに来られ、慰謝料を持ってこられましたが、ご信者はその慰謝料を頂いてよいかどうかを思案なさった上で三代教会長先生にお届けされますと、「あなたは子供に後遺症が残らないおかげを頂きたいとお願いしているのでしょう。それならば、そのお金は受け取らない方がよろしいでしょう。」とみ教え頂かれました。その当時ご信者は借金返済のため、経済的に大変困っておられたそうですが、素直にみ教えを守られ、「当方にも監督不行き届きなところがありましたから…」と慰謝料は受け取らなかったのでした。

★少し経って、今度はそのお孫さんが路地で遊んでいる時、トラックが方向転換のためバックで入ってきて、トラックの後部に頭をぶつけ、トラックの荷台の下で後輪のタイヤとタイヤの間に倒れこんでしまいました。ご信者はその際も慰謝料を受け取ることなく、後遺症の無いように一生懸命お願いされ、無事に後遺症もなく、そのお孫さんは成人のおかげを頂かれ、現在は社会人として立派に役に立っておられます。本来ならばそれぞれが命にかかわる大きな事故のところを、軽い事故にして2回に分けて頂き、大難を小難におまつりかえ頂かれたのです。

★毎日の生活に於いて、何が正しいか、何が間違っているかその場その場で判断してゆかなければなりません。しかし、判断できにくいことが起こってきた時には、み教えに基づいて考えさせて頂くのです。それでもどうしても分かりにくい時には、すぐに教会にお参りし、お結界でよくよく打ち明けてお届けなさってお伺いさせて頂くのです。すると、目先の利害損得だけでなく、将来的におかげを頂いてゆく道を教えて下さるのです。それが一番安心の道で、みやすい信心なのですね。

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2015年09月26日

●先々が開けるご信心

このお道の信心は自由闊達な信心であり、窮屈なものではありません。何より難行苦行を強いるものでなく『家業が行』と教えて頂いております。また「○○を食べてはいけません」等の戒律はありません。ただ何をするにも信心を基にしてみ教えを守らせて頂くことが大切です。

★先日も小学生の方が運動会のお届けをなさっておられました。その時に「走る時でも、ダンスをする時でも競技一つ一つに『金光様!』とご祈念してさせてもらいましょう。運動会だけではありません。何事にもご祈念してさせて頂きましたら、十二分に実力を発揮させて頂くことが出来ますからね。」とお話しさせて頂いたことでした。

★全てにおいてご祈念してさせて頂くことが大切です。家事でも育児でも仕事でも勉強でも同じことです。それぞれの立場で御祈念してさせて頂く稽古をさせて頂くのです。そうしますと「今のうちにこれをしなければいけない」と気付かせて頂くことがあります。気付かせて頂いたことは、機会を逃さないうちにすぐにさせて頂きましょう。心掛けてさせて頂いておりましたら、すべての事が間に合うように、役に立つようになるのです。

★これは時間を生かし、材料を生かし、人の働きを生かすということを教えて下さっているのです。すべてを活かしていくのが信心生活です。人に迷惑をかけたり、心で人を殺すようなことは神様からお叱りを受けます。信心させて頂くことを窮屈に感じることがあれば、それはその人の怠け心がそう感じさせるのです。『心行というて、人を不足に思わず、物事に不自由を行とし、家業を働き、分相応を過ごさぬよう倹約をし、人に言わずに行えば、これ心行なり』

★中国宋時代の朱新仲というお方が人生には五つの計画が大切であると伝えておられます。

『人生の五計』
1.生計(体の健康、健やかに生きる道を考える)
2.身計(自分の身をどのように役立てるか、社会生活を考える)
3.家計(家庭をどのように維持していくかを考える)
4.老計(衰えないためにいかに年を取るかを考える)
5.死計(どのように死に向かうか、死を考える、人生の大切なことを学ぶこと)

★先々が開けて明るい生き方をさせて頂けるのがご信心です。先々が結構になりますようお願いさせて頂いて、有難い御修行に取り組ませて頂きましょう。

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2015年09月25日

●真面目にこつこつと良い事を続ける

 ある熱心なご信者が70歳を超えられた時に、脳梗塞を患われ、左半身にマヒが残ってしまいました。しかし強い願いを持たれ、リハビリのつもりで日参を続けておられました。その後、左足の甲から足首にかけて腫れ上がり、医師に診て頂かれますと、即入院となりました。糖尿病と痛風の合併症に加えて、大腸にポリープが出来て腸閉塞を起こしているとのことでした。しかし全身に膿が広がっているため手術が出来ず、最悪の場合、2・3日のお命だと余命宣告を受けられたのです。

★その夜に家族中が泣いてお届けにこられました。そのご家族に「泣いている暇はありませんよ。今こそ真剣に神様、霊様にお願いさせて頂かなければなりません。人の寿命は人が決めるのではなく、神様がお決め下さるのです。これまでのお礼とお詫びを申し上げさせて頂き、『長生きして頂いて親孝行が出来ますように』と、本気になってお願いさせて頂きなさい。神様は、真心からのお願いを必ずお受け取り下さいます。」とお話しさせて頂き、一緒にご祈念をさせて頂きました。

★するとその夜に、そのご信者が入院しておられる病院のベッドの周囲を、白いお装束を付けられた4・5人の先生方が囲むようにお立ちになり、ご祈念して下さっている光景を見せて頂かれたのです。その翌朝、肛門から茶色の液体をお取り払い頂かれ、宿便までお取払い頂かれたのでした。医師も大変驚かれ、もう一度大腸内視鏡で検査されますと、肛門から45p奥にあった大腸ポリープがなんと跡形もなくきれいになくなっていたのでした。それからちょうど一年お命を延ばして頂かれ、その間にお孫さんの結婚式の報告も聞くことが出来、安らかな最期を迎えられる大みかげを頂かれたのです。

★真面目にこつこつと信心を続けさせて頂いておりましたら、どこまでも一心におすがりさせて頂くことが出来るようになります。その心に感応して神様・霊神様がお働き下さり、命の無いところも助けて頂くことが出来るのですね。

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2015年09月24日

●足して下さるお働きあってこそ

 昨日は秋晴れの下、秋季霊祭を無事にお仕え申し上げさせて頂き、共々に教徒信徒の霊様に御礼申させて頂き、御霊徳とご安心を御祈念させて頂けましたことは真に有り難いことでございます。

★二代教会長・伊藤コウ師は、「今までおかげを頂いてきたことと、これまで取り組んできた信心と、天秤にかけたらどちらが重いですか?頂いたおかげの方が重いのであれば、釣り合いがとれないでしょう。

世の中で、釣り合いのとれないことは長く続くものではありませんから、あなたの信心の足りないところを足して下さる働きがあるということです。それが生神金光大神様のお取次ぎのお働きであり、霊様のお働きです。よくよく御礼申させて頂きましょう」と、み教え下さっておられます。

★起きてくることに決して無駄事はありません。病気や怪我であっても、難しい仕事であっても、全ては自分の本心の玉を磨くためのご修行となるのです。

生神金光大神様のお取次を頂いて一心におすがりさせて頂くところに、足りないところを足して下さるお働きを受けさせて頂くことが出来るのです。必要な人も差し向けてくださり、環境も整えてくださり、付きについてお守りを受けることが出来るのですよ。

★『金光大神は形がのうなったら来てくれという所へ行ってやる』【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】
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2015年09月23日

●本日は秋季霊祭です!

 本日は、お昼二時より秋季霊祭をお仕え申し上げます。ご家族揃って参拝のおかげを頂かれ、御霊様にお礼を申し上げ、またより一層徳高い御霊の神様となって頂けますよう、御祈念を込めさせて頂きましょう。

★先日、あるお方が「なかなか心が真っ直ぐにならず、み教えを頂いてもそれがすっと自分の心に入ってきません。つまらないことを考えてしまう自分が情けないのです。こんな事ではダメだ、申し訳ないと思い、自分自身に言い聞かせているのですが、こんな私では助からないでしょうか…」とお届けされました。

★そこで「このお道では、やせ我慢をすることは教えて頂いておりません。しんどかったらしんどい、痛かったら痛い、不安、心配…等、今このような状態であることを全てお届けしてお願いに変えさせて頂き神様にお預かり頂くのです。そして、『徳も力も足らない私でありますが、どうぞここからおかげを蒙らせて頂けますように。親孝行ご恩返しが出来、親に安心して頂ける私にならせて頂けますように』とお願いさせて頂きましょう。

階段を一段一段登るように進ませて頂きましょう。「自分で自分の心さえどうすることも出来ない」自分自身であるということを自覚できたということは、大変有難い「おかげ」なのです。自分の至らないところに気が付くことこそが「おかげ」なのですよ。今こそ本気になって、おすがりさせて頂く機会を神様から与えて頂いたのです。神様に心を向けさせて頂いて、「金光様、金光様」とおすがりさせて頂き、足らない所は足して頂きましょう。まずは今日一日というつもりでそこから始めさせて頂きましょう。」とお話しさせて頂いたことでした。

★み教えを頂く機会はいくらでもあります。そのみ教えを本当に有難く心に頂いて日々稽古を積み重ねさせて頂きましょう。決して出来ないことはありません。しないだけです。出来ないということは、反復練習や辛抱が足らないからです。反復練習させて頂いておりますと、自ずと鍛えられて有難い結果を与えて頂くことが出来るのです。

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2015年09月22日

●辛抱強く信念を持って

 昨日は二代教会長伊藤コウ師のお父上の房次郎氏の御命日でした。房次郎氏は胃がんを患われ、明治37年コウ師が9歳の時に55歳でお国替えされました。コウ師のご母堂ハル氏の入信当初は、房次郎氏は信心に大反対で「神様を拝むくらいなら、わしを拝め!」「誰が食べさせてやっているのか!このわしだ!」と口に出すほどでした。

★ある時、房次郎氏は、「神様なんぞいるはずがない!もしいるなら、このわしの手足が動かなくなるはずだ!」と言い、家にお祀りしてあった小さなお社を庭に投げつけて足で踏みつけ壊してしまったのでした。

★すると、ほどなく愛娘・カツ氏の手足が動かなくなり、食事も喉を通らない状態になられたのでした。毎日医師・薬・針やお灸など色々手を尽されましたが、一向に良くならず、とうとう房次郎氏が「どうしたら良かろう…」とハル氏に尋ねる心になられたのです。それまで辛抱して神様に祈っておられたハル氏は房次郎氏を一切責めることをなさらずに「お父さんが教会に参拝なさってお願いして下さったら、きっと良くなります。」と信念を持って伝えられ、その時初めて教会へ一緒に参拝なさったのです。

★そこで房次郎氏は、お結界で畳が濡れるほど涙を流してお詫びを申し上げ、「どうぞ助けて下さい。」と願われたのでした。するとお結界の先生は、「伊藤さん、貴方の心は神様に届きました。帰ってごらんなさい。おかげを受けていますから…。」と仰せになりました。急いで帰られると、それまで言葉もまともに出ない、食事も喉を通らない状態であられたカツ氏が房次郎氏の下駄の音を聞いて、玄関まで飛んで迎え出たのでした。そこで親子が抱き合って泣いて喜び、そこから、家族中が勢を揃えてご信心なさるようになられたのでした。そして房次郎氏のお国替えなさる4年前の明治33年には金光教教徒の列に加えて頂かれたのです。

★「冷暖自知」という言葉があります。冷たいということも、暖かいということも、自分で体験してみないと分からない、体験してこそ分かるものです。ハル氏の辛抱強い信念を持ったお導きにより、房次郎氏はこの体験を通して信心の有難いことを分からせて頂かれたのでした。私達も残して頂いた有難い信心を、様々な体験を通して子孫へと、正しく伝えていくことが肝要です。

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2015年09月21日

●真心が神様に届く

 先日、初代教会長・伊藤徳次師の実父であられる池田太市老翁の80年祭が、親族の方の年祭に併せてお仕えになられました。池田家の信心の初代であられる池田太市氏は、甘木教会でご神縁を頂かれ、熱心にご信心を進められました。息子・庄五郎氏(徳次師のお兄様)が泌尿器の病気の時には、片道4里(16キロ)ある甘木教会へ病気平癒のため歩いて参拝され、全快のおかげを頂かれたのでした。

★池田太市氏は、吉井町から甘木教会へ参拝なさる途中、筑後川を渡って参拝されていました。ある日、生きた鯉をお供えさせて頂こうと、藁で縛って下げ持っておられたのです。川を渡られる際に渡し船に乗って、鯉が元気になるだろうと船べりから水につけたところ鯉が逃げてしまったのでした。ところが、太市氏は船頭さんにお願いをしてもう一度鯉が逃げたであろう所まで戻られたのです。すると、川の流れがあるにもかかわらず、その鯉が逃げたその場所にとどまって水面から一尺ほどの所にいるのを見つけたのでした。そして、無事に甘木教会へお供えさせて頂くことが出来られた時に、安武先生が「御供えさせて頂きたいというあなたの真心が神様に届いていたのです。」と仰って下さったのでした。

★太市氏の四男であられた徳次師は16歳の時、兄の庄五郎氏が病気全快のおかげを頂かれた身代わりに、家中が助からせて頂く為に甘木教会にご修行に入られました。足かけ8年間御修行の後、23歳の時に伊藤コウ師と御縁を頂かれ、大阪に布教する準備をなさいました。

★太市氏の熱心なご信心と、初代教会長先生の御修行して下さったお徳により、縁につながる多くの親族が戦時中の戦死者なしにおかげを頂かれました。今日も子孫繁盛のおかげを頂かれ、子孫の方もお道の御用にお引き立て頂いておられます。子孫の端々まで助かるご神徳を頂けるよう、生きている間にしっかりとご信心のお徳を積ませて頂きましょう。

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2015年09月20日

●お道の信心の奥義

お道の信心の奥義九ヶ条(佐藤範雄師の伝え)

一、方位(迷信による日柄方位の良し悪しを絶つ)

二、毒絶て(迷信による食物の良し悪しを絶つ)・・・これらの迷信を取り払うこと。

三、不成・・・成らずの心。「無理だ」「出来ない」など、可能性を小さくさせる思いを持たないこと。
『此方のふじょうは、不浄にあらず、成らずと書くのぞ』

四、欲徳・・・食欲等、生きる為に必要な欲は、神様から与えて頂いたもの。正しい欲はしっかり持たせて頂く。ただし我情我欲にならないように。
健康でしっかり働かせて頂き、繁盛する家にならせて頂きたい、平和円満でありたいというような正しい願いを持たねば国は立ち行きません。

五、神徳(寿命長久)・・・神様からのご信用を頂くこと。「寿命長久」とは、肉体の命だけではなく、徳の高い霊(魂)となって永遠の働きをさせて頂くこと。

六、人徳・・・人から信用して頂き、用いられること。 

七、神(神様を敬う)

八、皇上(日本の国のご先祖を敬う) 

九、親(親を敬い、孝養を尽くす)・・・ご恩を知ってご恩に報いること。

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2015年09月19日

●祈れ薬れにおかげがある

 津田タミ氏は33才の頃、右足の甲が歩くと痛む為、病院で検査を受けられたところ、骨髄炎と診断され「骨が腐っていくから、2週間ほど様子を見ましょう。悪化すると場合によっては切断しなければいけません。」と医師から言われたのです。津田氏は京都の東山で姉妹で美容室を営んでおられた為、切断となっては仕事になりませんので大変悩んでおられました。そんな時にお客さんとして来られたご信者・寺鍛冶さんにお導き頂かれたのです。

★初めは妹さんが大阪の阿倍野教会まで代参をなされていましたが、ある夜ご本人が痛む足を引きづってお参りをさせて頂かれましたら、二代教会長伊藤コウ師が座っておられ「私もお医者さんから使うなと言われておった足のギプスを取って、しっかりと使わせて頂いたら元通り使わせて頂けるようになりました。」とアキレス腱を切って手術をなさったときのお話をして下さったそうです。そして「あなたも神様から頂いた足ですから、しっかり使わせて頂けるだけ使わせて頂きなさい。」とみ教え下さったのでした。

★その日からギプスを取って、毎日御剣先と御神酒を付けて休ませて頂いて、2ヶ月程したら御剣先一面に膿のお取り払いを頂かれたのです。そしてお医者さんに行かせて頂いたら、「もう膿はたまっておりません」と言って頂かれ、それからはお医者さんには行かずに御神酒と御神米と御剣先をつけさせて頂かれたら、傷口も無く再発もしないおかげを頂かれたのです。そして70歳になっても元気に美容室を営んでおられ78歳でお国替えなされました。

★コウ師は「御神酒は冷やすべきところは冷して下さり、温めるべきところは温めて下さる。だから御神酒は有難いのです。」とよくみ教え下されておられました。また、御剣先を貼らせて頂きましたら、身体にピタッとくっついて下さり、悪毒病毒をお取り払い下さるのです。すぐにお医者さんや薬などに頼ってしまいがちですが、御神酒や御神米でおかげを頂かせてもらえるその有難さをよく分からせて頂けたら、おかげの体験をさせて下さいます。天地の大恩を良く分からせて頂き、み教えに基づいた生き方をさせて頂き、おかげを蒙らせて頂きましょう。

★『祈れ薬れにすればおかげも早いが、薬れ祈れにするからおかげにならぬ。』

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2015年09月18日

●願いをかけて下さるからこそ与えられる

 先日の婦人会でおかげ話をして下さった杉本氏の息子さんは、薬学部の5年生の時に、学生講演会の御命を頂かれました。その同時期に学会の発表が重なってしまい、学校から夜12時に帰宅した後、学生講演会の原稿を作成するという過酷な毎日でした。心身共に辛く、教会へお届けされました。

「神様はその人に出来ないことをお与えにはなりません。あなたに成長するきっかけをつくって下さっているのです。『この人間なら出来るはずだ』と見込んで下さり、願いをかけて下さっているからこそ、試練を与えて下さるのです。自分で出来る範囲を決めつけてしまってはいけません。それは、健康や家庭、勉強、仕事、人間関係…と様々な面に於いて云えることです。

まずはあなたの心持ちを代えさせて頂きましょう。人を目当てにしてしまいますと、不足が出てきますが、神様を目当てにさせて頂きますとおかげとなります。自分が変わり、人の助かりを願えるようになれば、自分自身を成長させて頂けるのですよ。」とみ教えを頂かれ、無事御用にお使い頂かれたのでした。現在は、6年生になられますが、有難いことに教授から推薦して頂かれ、製薬会社から就職内定の大みかげを頂かれました。

★神様は「今のあなたに必要ですよ、今の内ならまだ間に合いますよ。」と、その人に出来事を与えて下さり、鍛えて下さっているのです。また、人もそれを見て下さっています。人の為に尽くしたことは、違う所から、また別の形で全て自分に返ってくるのです。しかし、思い分けをして、出来事を有難く受け切ることも、陰徳を積むことも、ご信心してみ教えを頂いておらねば、なかなか出来ることではありません。ですから、日々み教えを頂き、受け物を大きく広げさせて頂くことが大切であるのですね。

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2015年09月17日

●良い手本となる

 先日、「列車を駅のホームで待っているときに、子供が黄色い線から線路側に出まして、『危ないですよ!』と駅員さんから注意を受けてしまいました…」とあるお母さんからお詫びのお届けがありました。危険が及びそうな時に、注意を受けるのは有り難いことですね。

★何が幸せかと言いましても、間違っていることを神様からも人からもすぐに指摘して頂き、注意して頂けることは実に幸せなことです。その人の為を思って、可愛がって下さるからこそ、注意して下さるのですから、御礼を申し上げなければなりません。それを不足に思ってしまうのは、自分をより一層不幸にしますし、不幸を呼び寄せてしまいます。また、何が不幸せかと言いましても、間違っていることを指摘して頂けず、注意をして頂けないことは実に不幸せなことです。

★子供が生命をなくさないように、怪我をしないように、あるいは、公共の場で周囲に迷惑をかけないように、マナーとルールを教え、正しく躾けていくことは親として、また大人としての役割です。お広前でのありかたも、言葉の話せないような小さなお子さんにでも、神様をご拝礼する神聖な場としての振る舞いを根気強く教えさせて頂きますと、段々と身に付いていくものです。それを、「子供に言っても分からないから」「厳しく言うと嫌がるから」等と言って、躾けることを放棄してしまっては、子供の為、家庭の為にはなりません。親・大人は、子供の正しいお手本となり、正しいこと、間違ったことをきちんと教育させて頂けるように、普段からして見せることを心がけさせて頂かなければなりませんね。

★お広前は「氏子の願い礼場所、信心の稽古場所」です。生涯教育を受ける場であり、心も体も癒して頂き、治して頂く場でもあります。そして修行の場でもあるのです。正しいこと、間違った事、改まるべきことを、日参と聴教によって教えて頂くのです。そして、生活の場で実践させて頂き、行くところ行くところで良い手本とならせて頂きたいものです。

★『一粒万倍といおうが。一人がおかげを受けたので千人も万人もおかげを受けるようになるから、よい手本になるような信心をせよ。』

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2015年09月16日

●本当の救いとは…

 息子さんの家庭内暴力に悩まれていたある方が、ご信者にお導き頂かれて参拝され、二代教会長伊藤コウ師より「息子さんを拝みなさい。」とみ教え頂かれました。子供と云えども神様から授かっている尊い生命であり、神様から預かっている御氏子です。自分の子供、自分が育てたと思わずに、神様がお預けになっているという心で、拝んで育てなさいとみ教え下さったのです。そしてお礼の足らない所を改めなさいと教えて下さったのでした。しかしそのご信者は、なかなかみ教え通りに拝むことが出来ませんでしたので「どうぞ息子を拝める私にならせて下さい。」とお願いし続けられました。

★すると、その息子さんが、大学へ行き、就職をされ、いつの間にか暴力がおさまっていたのでした。そして、結婚もされて、お孫さんを連れて教会へお参りして下さるようになられたのです。それでも、そのご信者は「このようにおかげを頂いていても、私はまだ心の底から息子を拝めてはいません。どうぞ心の底から拝める私にならせて下さい。」と、御国替えなさるまで一筋にお願いし続けられたのです。

★私達はご信心させて頂いて、何を教えて頂くのでしょうか?ご信心させて頂きますと、自分自身の中には神様から与えて頂いた尊い力があり、苦難をおかげに変えて、強く生き抜いてことが出来るということを分からせて頂くことが出来ます。「どんな出来事もおかげにさせて頂けるのだ」という自信が、自らの足で立ち上がる力となるのです。それが、本当の救いであるのです。

★伊藤コウ師は、『いろんな出来事には神様のお手紙がついています。ご信心が進みませんと、そのお手紙を読むことができません。信心の勉強をさせて頂けば、お手紙が読ませて頂けるようになるのです。』とみ教えを下さっています。どんなことが起きてきても、うろたえることなく、人や状況を恨んだりすることなく、神様一筋にお縋りし、神様のお心が分からせて頂けるよう、家業を行として、信心の稽古に励ませて頂きましょう。

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2015年09月15日

●受け物を作らせて頂く参拝

 13日の御本部御礼参拝では、岡山管内での接触事故発生により、列車が金光駅に到着するのに一時間近く遅延しましたが、大難を小難に小難を無難におまつり替え頂いて、全員無事帰らせて頂き、有難い御礼参拝をさせて頂くことが出来ました。神様より、平常の参拝よりも結構なご修行を与えて頂き、より一層めぐりのお取り払いを頂ける参拝にならせて頂き有難いことでございました。

★昭和20年代の御本部参拝で、機関車の故障があり、別の機関車に繋ぎ変えて御本部に到着させて頂くということがありました。列車はずいぶん遅れ、帰りは23時近くに大阪に到着になったそうですが、全員無事に帰阪させて頂くことが出来たのでした。

★その翌朝のお説教で、二代教会長伊藤コウ師は「昨日は、汽車の故障がありましたが、大難を小難に小難を無難におまつり替え頂いて、全員無事に帰らせて頂くことが出来、大変結構な有難い参拝をさせて頂くことが出来ました。布教の初めから私の母(ハル氏)が『今はなかなか参拝しにくい状態ですが、どうぞ私がしっかりと改まってご修行させて頂きますから、子供の代になりましたら楽々と参拝させて頂くことが出来ますように。また孫の代になりましたらもっともっと楽々と参拝させて頂き、お礼の信心がさせて頂けますように。』とお願いして下さり、陰の徳を積むことを心がけておられました。そのご隠居様のご修行のお徳でもって、今日この様に有難い御礼参拝を続けさせて頂いております。」とお話なさったのです。

★初代教会長先生、二代教会長先生、三代教会長先生の御修行のお徳でもって、今日ではそのお願い通り毎月御礼参拝をさせて頂けますことは、真に有難く勿体ないことであり、どれ程喜ばせて頂かねばならないことでしょうか。一回一回の御本部御礼参拝で、めぐりのお取り払いを頂くと共に、受け物を作らせて頂きお徳を頂く参拝にさせて頂きましょう。

★『あなたが、親神様にああして下さいこうして下さいと色々に願うのも結構じゃが、それよりは、親神様あなたのおっしゃることがすぐ素直に有り難うございますと頂けるような人間にならせて下さい、というて願う方が心配がないぞな。』

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2015年09月14日

●日々の積み重ねを大切に

 昨日は、9月の御本部御礼参拝を共々におかげを蒙らせて頂きまして、真に有り難いことでございまいした。

★先日、あるご婦人の息子さんと娘さんが、お母様の乳癌の手術成功の御礼届けにお参りなさいました。早期発見でしたので、部分切除で病巣は全て取り除かれ、転移も見られないとのことで、大変喜んでお礼参りが出来られたのでした。

そこで、「結構なおかげを頂かれましたね。お母さんは、毎月御本部に御礼参りなさっておられます。今月は術後の為お参りできられませんね。そこでお母さんに、『この度は、私たちがお母さんの代わりに御本部に御礼参拝させて頂きますから、安心してください』」と、伝えせて頂き、お母さんにご安心頂きましょう。ここから、お母さんの病気根切れのおかげを頂けるよう、しっかりご信心させて頂きましょうね。」と、お話しさせて頂いたことでした。

★日々変わりなく生活させて頂けるということは、大変なおかげの連続なのです。知らず知らず頂き続けているおかげを自覚して、お礼を申すことを忘れないことが、繁盛の元です。心に油断が出来ていないか、心配、おごり、腹立ちなどの不成心はないか、み教えに照らし合わせて自分を見直し、心の掃除をさせて頂くのが日々のお参りであり、月々の御本部御礼参拝です。油断のない、お礼の信心を積み重ねさせて頂いて、子孫繁盛家繁盛のおかげを蒙らせて頂きましょう。

★『氏子、忙しければ信心をせよ。壮健ならば信心をせよ。とかく氏子は反対をするから、真のおかげが受けられない。』

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2015年09月12日

●喜びを探す稽古

 台風18号から変わった温帯低気圧と秋雨前線・台風17号の影響で関東や東北で記録的な豪雨が降り続きました。10日には茨城県常総市の鬼怒川の堤防、11日には宮城県渋井川の堤防が決壊し、大規模な水害が起こり、多くの家が流されたり、地域全体にわたって甚大な被害を受けておられ、現在も救助活動が行われております。共々に被災された人々の助かりと立ち行き、早期救出、復興をお願いさせて頂きましょう。

★私達は、すべて親神様の大恩恵を受けて生活させて頂いております。人間が創造するものは、何一つとしてないのです。金光キクヨ姫様(三代金光様の奥様)は「私達は丁度、降り注ぐ雨の中に立っておるように、親神様の注ぐようなお徳の中に生かされています。みんな改まって今月今日どういうおかげを下されるかと勇み切った、そのお徳を十分頂かせてもらわねばなりません。」「人間は変転極まりない。大宇宙の中に生きさせて頂くものであります。いくつになっても色々なことが自分たちの上に起きてきます。どのようなことが起きてきても、驚かない自分にならせて頂くことが幸せであります。…」と仰せになっておられます。

★キクヨ姫様は9人の子供さんを頂かれましたが、お1人亡くしておられます。子供さんを亡くされたあるご信者の涙ながらの話をすべてお聞きになった上で「そうでしょう…。そうでしょうねえ…(悲しいのも)無理はありません…。」と受け止めて下さり、その後に「そうでありましょうが、それでもなあ、少しぐらいよいことはありませんか?爪の先ほど、針で突いたほどでもよいことがありはしませんか?」と仰せになられたのです。ご信者は「はい、ございます。」と答えますと、キクヨ姫様は「そしたらそのよいことを喜ばせてもらいなさい。つらいことはちょっと後ろの方へ寄せておきなさい。」と仰せになられたのでした。

★『喜び上手がおかげの頂き上手』とみ教え頂いております。日々の生活の中で様々な問題が起きてくる中で、100のうち1つの問題に囚われてしまい、残りの99の上に頂いているおかげに対してのお礼がなかなか申せておりません。辛いことばかりに焦点を当てるのではなく、おかげを頂いている有難い部分に焦点を当て、御礼を申す稽古をさせて頂きましょう。

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2015年09月11日

●心の守り

 昨日9月10日は、上田喜久子氏の御命日で、平成8年に63才でお国替えされました。喜久子氏は、お母様のお導きによって20才の頃からお引き寄せ頂かれ、病気全快のおかげを頂かれました。二代教会長先生、三代教会長先生のご教導を頂かれ、頂いたみ教えは「心の守り」として何としても守らせて頂きたいと熱心な信心へと進んでいかれました。そして、日参してみ教えを頂かれることによって、常に心中御祈念をなさりながら、「何事も神様にさせて頂く」生き方を教えて頂かれたのです。

★喜久子氏は、4人の子宝を授けて頂かれました。三男さんが2才の頃より、小児喘息に罹られました。「なんとかこの子供が元気にならせて頂けますように!」との一心で、ご夫婦で毎朝4時に起き、豊中から一番電車に乗って朝参りをさせて頂くというご修行を決められました。喘息の子供を置いての朝参りは、どれほど心配だったでしょうか。喜久子氏は歩いている時も、車中でも「親先生、金光様、どうぞ留守中盗難も火難もございませんように、また喘息の子供をお守り下さい。」と一心にお願いされました。

三男さんは、夜中ずっと喘息の発作を起こされましたが、朝参りをさせて頂く時間になると、スヤスヤと眠り出し、両親が帰りつくまで喘息の発作が起きたことはなかったそうです。雨の日も風の日も一日も欠けることなく、日参聴教を続けさせて頂かれ、三男さんは喘息全快の大みかげを頂かれたのでした。今日4人の子供さんはそれぞれにご家族を頂かれ、信心相続のおかげを頂かれて、社会のお役に立っておられます。

★喜久子氏は、「少しでも周囲の方々に助かって頂けますように」と願われ、親切丁寧にたくさんの方々をお導きされました。喜久子氏が亡くなられて今年で19年が経ちますが、未だに10日の御命日には、お導き頂かれた方々が御恩を忘れず御礼を申しておられます。ご家族、お導きなさった方々の心にいつも上田喜久子氏が生き続けておられるのです。私達も生き通しのおかげが頂ける信心に成長させて頂きましょう。

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2015年09月10日

●心の凝りを取り除く

土井つちの氏は、大変熱心なご信者であられ、お参りすること、み教えを頂くこと、お届けをすることが大好きなお方でありました。

★土井氏の長女さんが9才の時に肺門リンパ腺炎に罹られました。その子供さんの為に専門の医師が東天下茶屋に開業しておられると聞かれ探されている時に、阿倍野教会の旧広前の提灯を見つけられて門をくぐられたのが参拝の始まりでした。

初めて二代教会長・伊藤コウ師にお届けされた時、コウ師から「娘さんが胸の病気ということですが、親が近頃胸を悩まされていることはありませんか?」と尋ねて頂かれたのでした。

★土井氏はお米の卸しと小売業を営んでおられ、一軒の売掛金の回収が滞っているところがあり、そのことで家庭が不和になっておられることをお話されました。

コウ師は、「親がそうして心を悩まして家の中が不和になっていることが、子供の病気に繋がっているのです。売掛金は神様の銀行に預けて無期限の定期を作ったと思って、あとは催促せずに時節を待たせて頂きなさい。ご信心によって改まらせて頂いておかげを頂きましょう。」とみ教え頂かれたのでした。

★それからはご夫婦で西九条から日参されて信心に打ち込まれたのです。すると、なんと今まで滞っていた食堂から未払いの分を何回かに分けてすべて支払って頂けるおかげを頂かれ、また同時期にお子さんの病気も全快のおかげを頂かれたのでした。

そして戦災の為、店舗を焼失して後に奈良に移られてからは、神様におすがりなさって農業をされ、ご近所の方にこの有難いお道のお話をなさって多くの方をお導きされたのです。

★我情我欲をお取払い頂いて、愚痴不足を言わず思わず、全て神様にお預けし、今与えて頂いているお仕事に打ち込ませて頂いたからこそ、子供さんの身にもおかげを頂かれ、またお仕事の上にもご都合お繰り合わせ頂かれたのですね。日々み教えを頂いて、心の凝りを取り除く稽古をさせて頂き、子孫繁盛・家繁盛のおかげを蒙らせて頂きましょう。

★心を汚してしまうもの…○貪…むさぼって止まらないこと。

○瞋…怒ること。不平不足を思って人に腹を立てること。

○痴…理性を失うこと。

○慢…驕り慢心。

○疑…疑うこと。

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2015年09月09日

●油断のない信心を

 昨日は、みかげ会例会が開催され、今村氏のおかげ話を聞かせて頂きました。今村氏は、昭和49年2月に急性腎炎を発病され、退院の後二代教会長伊藤コウ師より、「これから朝参りをさせて頂き、秋の御大祭までに根切れのおかげを頂きましょう」とみ教え頂かれました。それから毎日朝参りが続かれ、秋の御大祭後の検査では尿蛋白が陰性となり、今日まで根切れのおかげを頂いておられます。

★平成16年には肝臓に3つの癌が見つかり、17年に生体間移植の大手術を受けられました。医師から手術の説明を受けられた当初は、失敗の可能性が35パーセントあること、肝臓を提供してもらう息子さんを初め、ご家族に負担をかけてしまうことなどから、手術を受ける事を諦めかけられました。しかし、お取次を頂かれ、「65パーセントも成功の可能性があるのなら、神様にお願いして、一番良い時に手術を受けさせて頂きましょう」と、み教えを頂かれ、手術を受ける決心をなさり、平成16年11月に手術の予定が組まれました。

★ところが、肝機能の数値が良かったので一旦手術は見合わせることになったのです。しかし、癌は時と共に大きくなっていたので、平成17年6月に再び手術日が組まれました。5月末に入院なさったのですが、「他の入院患者さんの容態が急変したので、手術日を延ばさせて下さい」との申し出があり、最終的には7月5日に手術日が決定したのでした。この、度重なる手術日の延期が大変なおかげで、6月から手術までの一月の間に、免疫抑制の新薬が開発され、術後の拒絶反応を抑え、副作用も少なく、成功率が上がることが期待される、とのことでした。手術は無事成功し、今年で術後10年を迎えておられます。

★お仕事は、軽トラックの運送業をなさっておられ、月の半分以上は「スポット仕事」という、突然の電話での配達依頼に対応する仕事をなさっておられます。配達先が長距離ですと、夜中に出発して徹夜で走行し、翌朝品物を届ける、という事もあるそうですが、どんな時にも出発前と、到着後には電話でお届けをなさいます。そして、お仕事の時意外は、朝にはお願いのお届け、夜にはお礼のお届けに参拝なさり、油断のない実意丁寧なご信心によって、万事万端にご都合お繰り合わせを頂いておられます。

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2015年09月08日

●親の仕事

 以前に新聞に、斉藤学医師という精神科医が書かれた記事が掲載されていました。
★「親の子育ての仕事の中には、規範の受け入れということが含まれていて、それをわかりやすく言おうとして、私は『我慢させる仕事』と呼んでいる。『子どもを抱く仕事』や『子どもと別れる仕事』と並んで親の三大仕事の一つであると思う。これらはどの一つも欠けてはならないし、相互に関連している。…」

★ある先生が金光キクヨ姫様(三代金光様の奥様)に「うちの子供がやんちゃで困ります。障子をよく破るので注意しておりましたが、度重なるごとに怒鳴ったり、叩いたりしてしまいます…」とお届けをなさったそうです。キクヨ姫様(三代金光様の奥様)は「あなたは子供に障子を破られたら、その障子をどうしているのですか?」と尋ねられました。

そのお方は「また破ると思って、放ってあります。」と答えられました。キクヨ姫様は「口では『破ったらいかん』と言いながら、心の中では『また破るじゃろう』と思って、破られることを待っておるのではないか。破られたままにしておるから子供心に破っても良いと思うのです。破られたらすぐ貼る。すると子供ながらに『私が一生懸命に破っているのに、お父ちゃんお母ちゃんはすぐ貼るが、これは破るということは良くないことだな。』と思うようになり、破るのをやめる。」また「子供が破ったのを貼ると思えば大儀だが、あなたが30年前にやんちゃをして破ったのを、今貼りよるんじゃ。と思って貼りなさい。子供はまた20年,30年したら貼らされますよ。」と仰ったそうです。

★『してみせて、言うてきかせてさせてみて、ほめてやらねば人は育たぬ』してみせるのにも、言うてきかせるのにも、辛抱がいります。それは親の仕事です。「そんな辛抱はしたくない」としんどいことがら逃れようとしますと、決して良いことは伝わってゆきません。じっと根競べをするつもりで、親も共に有難くご修行することが大切であるのですね。

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2015年09月07日

●何事も実意丁寧に取り組ませて頂く

 教祖様は、数え年の12才でご生家の香取家から川手家に養子にいかれました。幼い頃から神様を拝む事が大好きであられ、養父様に「私は、神仏に参りとうございますから、休み日には、快く参らせて下さい」とお願いなさったということです。川手家は、決して裕福な農家とは言えず、時代も天保の大飢饉、安政の大地震などから年貢の取立ても厳しく、疫病も流行るなど、人々は困難を極めていました。しかし、教組様は、何事も実意丁寧に神様にお願いなさり、一心におすがりなさりながら農作業に励まれ、天地の親神様のお徳によって家は次第に栄えていかれたのです。

★安政5戊午(1858)7月13日のことです。教祖様のお口を通して御先祖が御礼申されるという神秘的な経験をなさったのでした。『(前略)戌の年さん、お前が来てくれられたで、この家も立ち行くようになり、ありがたし。精霊御礼申しあげ。(後略)』教祖様が川手家に養子に来られたことにより、田畑も買い戻し、家屋も拡充され、子孫繁盛・家繁盛のおかげを蒙られたことに対して、ご先祖の精霊御霊様がお喜び下さって、お礼を申されたのでした。その様に万事に実意丁寧な御姿勢を貫かれて何事も真面目に取り組まれたことにより、神様からご信用頂かれ、さらに周囲の人々からも信頼されるようになられたのでした。

★何事も実意丁寧に取り組み、人のお世話に心を砕いておりますと、そのお徳というものは自分自身だけでなく、子孫にも返ってくるのです。反対に悪行を重ねて、悪いめぐりを積んでしまいますと、自分自身に返ってくるだけでなく、子孫にも返ってくるのです。ご信心させて頂いて、生きているうちにめぐりのお取り払い頂き、お徳を積ませて頂くことを目標とさせて頂きましょう。すると、神様・御霊様からご信用頂くことが出来、次第に神徳、人徳を身に頂くことが出来るのです。

★『ご信心しておくがよい。ご信心してあなたがおかげを受けると、あなただけではない、後々の孫、ひ孫の末の末までがおかげを受けるし、また、ご祖先ご祖先の精霊御霊までが、あなたがご信心して、おかげを受けてくれるからと、安心してお浮かびなさる。あなたの受けたおかげは、いつまでも離れずについてゆくものじゃから、できるだけこの世でご信心して、おかげのもとを作っておくがよい。』

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2015年09月06日

●明るく喜びに満ちた人生を

戦後少し経った頃、二代教会長先生があるお宅祭の席で、たまたま来合わせてお宅祭を拝まれた65才の方がありました。「先生、世の中はつまらんもんですな。正直者はバカを見る。その一人が私ですわ。戦争中にお上が出せと言うから、家にある金品や大事なものを全て国に差し出しました。そんなことをしたばっかりに戦争が終わっても生活は苦しくてやっていけません。そして何より辛いのは戦争で二人の息子を亡くしたことです。わざわざ遠い神社まで参って武運長久を願っていたのに息子達は戦死してしまった。私は以前いくつかの宗教について勉強したこともありますが、どれも腑に落ちないことばっかりでした。」と話されたのでした。

★二代教会長先生は、その方に「あなたにはまだ勉強することがありますよ。金光教という勉強が残っています。ぜひともお道に入れて頂いて、その暗い暗い苦しみに満ちた人生が明るい喜びに満ちた人生に変わられることをお願いしております。見るもの・触るもの一切が有難く変わって見えてきます。『自分の力で何でもできる!』という力みが思い上がりだと分からせて頂けるようになります。本当にご信心されましたら毎日が何と有難いものかと御礼申さずにはおれなくなりますよ。」と教え諭されたのでした。

★他方、あるご信者はやはり二人の息子さんを戦争で亡くされました。その後も毎日一生懸命にお参りをなさって丁寧に御祈念を込めておられたのです。「息子達は今遠い離れた所に出張して、その出張先から親孝行をしてくれて、私達親を守ってくれておるのだと毎日思っております。」と仰ったのでした。息子さん達が御霊ながらに安心し、お徳の高い御霊となられるように御祈念を込めておられたのです。

★『生きても死にても天と地とはわが住みかと思えよ』『生きている間も死んだ後も天地のお世話にならねばならぬ』とみ教えを頂いております。死生の安心を得て、生涯を有意義なものにさせて頂き、御霊となった後も生き生きと働けますように、ご信心のお徳を頂いてゆくのです。

★教えを知らず真の信心を知らないと神様を逆恨みして苦しむようなことになってしまうのです。不足心に凝り固まってしまうと決して結構にはなりません。教会に参拝してみ教えを頂かしてもらうと、心のおかげを頂くことが出来ます。毎日が有難く、喜びに満ちた人生にならせて頂けますよう、日参と聴教を欠かさずさせて頂きましょう。

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2015年09月05日

●難儀の意味を知る

 皆それぞれに改まるべきところがありますが、それをそのままにして放っておくと、悪癖悪習慣はめぐりとなって、子や孫、周囲の人々にまで伝わってしまい、次々と難儀を生む元にもなってしまいます。そこで、親神様は様々な出来事を通して、改まるべきところ、自分が今為すべきことを教えて下さるのです。

★三代金光様の奥様の金光キクヨ姫は、授乳する乳首が切れる「乳切れ」をご経験なさいました。そのことについて、「こうして乳首が切れて、痛み悩んでお願いに参る人がどれほどあるんじゃろうかなあ。』と自分の疼きを自分自身が痛みながら、自分のことよりも『全国の教会にこうして乳の疼きをお願いに来ておる人が、おかげを頂きますように。』とお願いさせてもらうことが出来ました。この痛みは、人の話を聞いたぐらいのことで分かるもんじゃあない。神様が体験をさせて下さったのです。」と仰せになっておられます。

★目の前に起きてくることは、神様が自分に必要なご修行をさせて下さっていると思って、有り難く受けさせて頂くところに、おかげを頂く道が開かれていくのです。それも、「自分の力で何とかしよう」と、力むのではなく、神様にお願いさせて頂きながら信心辛抱させて頂きますと、通れないように思うところも通らせて頂くことができ、更に、身に徳と力を与えて頂くのです。

★また、自分が難儀な中をおかげを頂いた経験を通して、同じような難儀で苦しむ人の助けとならせて頂くことは、世の中全体が助かっていく為の一部分を担わせて頂けることになるのですね。

★『心行というて、人を不足に思わず、物事に不自由を行とし、家業を働き、身分相応を過ごさぬよう倹約をし、だれにも言わずに行えば、これ心行なり。』

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2015年09月04日

●願う氏子におかげを授ける

先日、あるご信者が御礼のお届けをされました。「毎日、子供が『お参りさせて頂きたい』と思いながら前の晩は休むのですが、なかなか朝参りが出来ずにいました。朝参りさせて頂いた時に、たまたま今の自分にぴたりと合うみ教えが頂けたそうです。

『今日は有難かった!お参りさせて頂いたら、今自分に一番必要なみ教えを頂けた!』と言ってくれました。本当に有難いことです。御礼申し上げます」私達は、み教えを通して自分自身の心を開いて頂く瞬間を頂くことがあります。

★「?琢同機(そったくどうき)」という言葉を御存じでしょうか?卵の中のヒナ鳥が外へ出ようと殻をくちばしで内側から破ろうとすると、親鳥も外から殻をつついて手助けをするそうです。「さあ出てきなさいよ!」という親鳥と、「もう出るよ!」というヒナ鳥の親子の絶妙なタイミングを「?琢同機(そったくどうき)」と言います。

★神様と氏子の関係も同じことです。氏子が本気になってお願いさせて頂きますと、神様は早速それに応えて下さり、必要な時に必要なことを与えて下さいます。天地金乃神様は「願いなさい。そうすればすぐに授けてあげましょう」と願って下さっている神様です。しかし、私達が願いすがる心になっていなければ、おかげは授けて頂けません。

★三代教会長先生は「『全智全能の神』という言い方をするが、神様は全智全能ではあられない。なぜなら、神様が『どうぞ助かってくれよ』と願って下さっていても、『どうぞおかげを頂かせて下さい』と願う氏子にはおかげを授けられるが、願わない氏子にはおかげを授けることが出来られないからである。そこに神様のお嘆きがある。」と教えて下さいました。

★願いすがる心を強く持たせて頂きましょう。欲で一心になるのでもなく、意地で一心になるのでもなく、有難いの一心で願わせて頂きたいものです。

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2015年09月03日

●ご信心の要

 『金の杖をつけば曲がる。竹や木は折れる。神を杖につけば楽じゃ。』とみ教え頂いております。ですが、どうしても私達は神様ではなく目の前の様々なものにすがってしまいがちです。『ご信心する者にはご信心が要じゃ。ご信心が抜けたりゆるむと、身の上のこと、心のうちがばらばら、ちぐはぐしてくる。しっかりご信心の心で締めくくりをしておきなさい。』とのみ教えは、「どんな時でも神様を信じて迷わず疑わず、おすがりしましょう」ということです。お願い出来たり出来なかったりというのは、迷いがあるということです。それでは後々結構にはなりません。

★また「どんなことでも心から喜んで神様にお礼を申すという生活にならせて頂きましょう」ということです。難難辛苦があるということは、今お手入れをして下さり、おかげを授けて下さっている真っ最中です。苦しい辛い真っ只中にいる時こそ実は有難いのです。不自由があったら「なんでこんな不自由ばっかり」と思うのではなく「今日はひとつ不自由がありました。有難うございます。」とお礼を申すのです。なぜなら、そのことによっておかげを頂く方へと、ひとつ引き寄せて下さっているからです。不自由を嘆き悲しむのではなく喜んで、御礼を申せる生活をさせて頂きましょう。

★心を神様に向ける稽古をさせてもらうことが信心です。お礼とお詫びを土台にしてお願いをさせてもらうということ、これも稽古させて頂かなければ出来ません。ですから、常に神様に心を向けさせて頂き、しっかりご信心の心で締めくくりをさせて頂きましょう。

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2015年09月02日

●先の世までも持ってゆかれ、子孫までも残る神徳

故・加川一夫先生(元在籍教師)の御母堂であられる加川たつの氏は、大変熱心なご信者であられ、御信心の有難いことを常日頃から家族にお伝えになっておられました。

さらに「私が霊様にならせて頂きましたら、ご信心はなんと不思議で有難いものであるかが分かるように見せてあげましょう」とご家族に仰っておられたそうです。

★たつの氏がお国替えされた翌月、昭和62年2月の末のことです。10年ほど前に購入していた白梅の鉢植えに、一枝にだけ紅梅の花が咲いたのです。

お孫さんのお嫁さんである古澤さんがたつの氏の夢を見られ、夢で梅のことを尋ねられますと、たつの氏は「あの花は私が咲かせました」と仰ったそうです。

★古澤さんの家は、8坪の2階建ての自宅に住んでおられ、たつの氏よりご生前中に「朝に隣家のお掃除をして、隣の家が購入させて頂けるように毎日お願いしなさい」と教えて下さっておられましたので、その通りなさっておられました。

するとたつの氏がお国替えなさった半年後、先方から「あなた方に土地を購入して頂きたい」と言って来られたのです。その後、古澤さんはたつの氏の夢を見られ、「おばあさん、隣の家を買って欲しいと仰っています」と話されると「おかげを頂きましたね」と言われたそうです。

しかし先方に返事を渋っておられると、また夢の中にたつの氏が出てこられ「早く決めないとこうなります」と言われ、隣家が無くなっており隣は絶壁で暗闇になっている夢を見られたのです。

慌てて次の日に購入の返事をされると、また次の日の夢にたつの氏が出てこられ、はっきりと4桁の数字が表れ、後日先方から提示された土地の金額と全く同じだったそうです。そして無事にお土地購入のおかげを頂かれ、現在も使われているのです。

★『先の世までも持ってゆかれ、子孫までも残るものは神徳じゃ。神徳は、信心すればだれでも受けることができる。みてる(尽きる)ということがない』

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2015年09月01日

●神様の目を意識して

 以前あるご信者が年末のお届けをなさり、「今年も車の運転を、無事故、無違反、無故障でおかげを頂きまして、有り難うございました。いや、先生間違えました。無事故、無故障は確かにそのようにおかげを頂きましたが、違反の方は、してしまったことも多くありながら、たまたま見つからなかっただけでした。申し訳ないことです。」と、素直におっしゃったことでした。

★神様は、いつも私たちを見守ってくださり、良いことも悪いこともご覧になっておられるのです。人の目だけを気にしていますと、誰かに見られている時と、そうでない時とで、立ち振る舞いや、言葉遣い、表情まで変わるような、表裏のある生き方になってしまいます。

★神様のみ教え、即ち神法神律を守ることは、神様からご信用頂ける生き方です。み教えを頂かずに、人間の知恵分別だけで自ずと理解できるものではありません。例えば、『人を殺さないと言っても、心で人を殺すのが重大な罪である。人を鉄砲でうったり、刀で切ったりしなければ、私は人を殺してはいないと言うが、それは目に見える。目に見えない心で人を殺すことが多い。それが神様のご機感(み心)にかなわないことになる』とみ教え頂いております。人間の法律や善悪の判断というものは、神様の目からご覧になると、さぞかし不完全で不確かなものなのでしょうね。

★私達は、天地の道理(神法神律)を説いて頂いているのです。長い年月をかけてみ教えは頂き続け、身に修めて実践させて頂けるようにおかげを頂かなければなりません。一足飛びに身に付けることはとても出来ませんが、いつまでたっても進歩がなければ神様もお嘆きになります。み教えを頂き、一日一日守り行う努力をして、稽古させて頂くことによって、身に付けさせて頂くことが出来るのです。一段一段進ませて頂き、おかげの受けものをしっかり作らせて頂けるよう、稽古に励ませて頂きましょう。

『天地金乃神といえば、天地一目に見ておるぞ。神は平等におかげを授けるが、受け物が悪ければおかげが漏るぞ』

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