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2015年05月31日

●お知らせは常に頂いている

 教組様は、先頭に立ってご修行して下さり、神様から絶対的な御信用を頂かれるまでにご神徳を頂かれました。後に続く私たちに神様の氏子としての正しい生き方をお示し下さったのです。教祖様のご信心に少しずつでも近づかせて頂けるよう、み教えを素直にコツコツと実行させて頂きましょう。

あれやこれやと、色々なことに気を取られるのではなく、一つのことを生涯貫き通すような、芯の通ったご信心がおかげを頂く元です。「親を思う真剣な信心」を目指して何が何でも親孝行をさせて頂けますようにと願いましょう。そして親を喜ばせ安心させる親孝行な信心を心がけましょう。

★また、御祈念してふと心に思わせて頂くことを、素直に実行する稽古をさせて頂くことによって、神様のお知らせを受けさせて頂く感度が向上します。また、人の口を通して、あるいは出来事を通して神様から教えて頂くことも、決して疎かにしないように、気が付かせて頂いたことはすぐに実行させて頂く稽古をさせて頂きましょう。

★二代教会長・伊藤コウ師は、事前に計画をお立てになったことでも、「これは神様がお止めになっている」と、心に感じられたら、すぐに計画を中止なさいました。そうして、大きな問題や危険なことに遭遇しないようにおかげを頂くように、私たちをお守り下さったのです。

★私たちは皆、常に神様からお知らせを頂いているのです。ご神徳を頂けば頂くほど、何事においても神様からのお知らせを感じ取らせて頂けるようになり、運よく間よくおかげを頂くことが出来るようになるのです。『神様、金光様とお願いでつながっているのではご信心が浅い。おかげを受けていつもお礼を申しておると、神様とのつながりが深くなるからご信心が強く厚うなる』

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2015年05月30日

●出来事をおかげにさせて頂く信心

 あるご信者が、お結界で次のようにお尋ねになりました。「先日、自動車運転の速度違反で捕まってしまいました。私の信心がまだまだ至らず、すぐに『おかげだ!』と思うことが出来ませんでした。このことはどういうご意味なのか?とあれこれ考え、1日経ってようやくお届けに来させて頂きました。

よく考えましたら、本来ならもっと大きな事故に遭うはずのところを、このように今のうちに大難を小難におまつりかえ頂いたこととも思わせて頂きます。また、私はついスピードを出し過ぎてしまう所がありますので、その戒めとして受け取らせて頂くことも出来ます。他にも色々と考えることが出来、反省も改まりもさせて頂かなければならないと思うのですが、この出来事をどのように考えさせて頂くのが一番正しいのでしょうか?」

★そのお方に対して「そのご意味を小さく1つに絞ってしまう必要はありません。あなたのお考えになっている事は、どれも正解なのです。『御礼を申さねばならないのだろうなあ…。お詫びを申し上げなければならないなあ…。どのように改まらせて頂かねばならないのだろうか?』といろいろ考えさせて頂く機会を与えて頂いているという事が有難いのです。

また、家族中が車に乗っておられたということは、家族中がこのことを通して話し合いをさせて頂き、それぞれの立場で信心を基にして考え直しをしなければならない機会を与えて頂いているのです。それが有難いのです。そして、御礼とお詫びを申し上げ、これからの改まりをお願いさせて頂くことで、その出来事をおかげにさせて頂けるのです。出来事には神様のお手紙がついていると教えを頂いています。神様から頂いたお手紙を読み解き、練りだしてゆくということが大切なのですよ」とお話しさせて頂いたことです。

★『信心すれば、目に見えるおかげより目に見えぬおかげが多い。知ったおかげより知らぬおかげが多いぞ。後で考えて、あれもおかげであった、これもおかげであったということがわかるようになる。そうなれば本当の信者じゃ』


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2015年05月29日

●日々、ご先祖御霊様にお守り頂いている私達

8月10、11、12日は私の命のおかげ日であります。

丁度30年前の昭和60年、学校に勤めさせて頂いておりました時に、8月10日から12日までの予定で出張するはずでありましたところが、10日程前に急遽変更になりました。そして8月12日に日航123便の事故が起こりました。後になってわかったことですが、その飛行機に私は乗る予定であったのです。

★三代教会長先生にご報告させて頂きますと、三代教会長先生は増田家の霊神名簿を持ってくるようにおっしゃいました。

調べてみますと、三代教会長先生の御実家である増田の家の姉様・増田のぶ霊神様(8月10日) お父上の伯母様・増田よね霊神様(8月11日)お父上の養父様・和田亀次郎霊神様(8月12日)の御命日でありました。

知らず知らずの内に、神様、霊様のお守りによって生命を助けて頂いている事がよく分からせて頂きました。三代教会長先生より「あなたが知らないところでご先祖御霊様に守って頂いていることがある、ということを自覚しなさい。」とみ教えを頂いたのでした。

★私は30年前までは「知らぬ、存ぜず」で安気に暮らしていたのです。守って頂いている自覚もなければ、知ろうともせず、理解しようともしない、そういう自分であったことをお詫びせずにはおれません。

知らず知らずのうちに守って頂いている現実を、目の前に突きつけて頂ける体験をさせて頂けたことは、真に有難いことであったと思います。

★私達には、ご先祖が何千、何万とおられます。どこでどのように守って頂いて今日があるのか、分かっておらない私達なのですが、御霊様方のお働きによって今日私達は、お命を頂き、生活を続けているのです。

ご先祖、また生みの親、育ての親を大切にし、敬い、尊ぶ心を大きくさせて頂くことが、神様・御霊様に通じ、近づかせて頂くことになり、さらにはご先祖が助かっていかれることにつながるのです。

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2015年05月28日

●親孝行は信心の要

 『死んで、ものを言わぬようになってから、ああもしてあげておけばよかった、こうもしてあげておけばよかったと、残り多いことが多かろうが。親孝行は親の達者の間にしておかねばならず、信心は生きておるうちにしておかねば、後の祭りになるぞ。早うて間に合わぬためしはあるまい。親の達者の間の孝行と、生きておるうちの信心とが、家繁盛のもとじゃ。』

★7月の信行期間の信心目標は、「親を思う真剣な信心」とさせて頂きたいと思います。「何が何でも親孝行させて下さい」と願うのです。私達には産みの親、育ての親があります。あるご信者は実家の両親、そして養女に入られた先の養父母、そしてご主人の実両親と養母さんをお祀りしておられます。七名の親をご霊神としてお祀りなさっておられるのです。有難いことですね。

生命の親は天地の親神様です。教えの親は生神金光大神様、歴代教会長先生ですね。生きておられる親様だけではなく、すでに御霊様になっておられる方々の御存在も大切にさせて頂くことが、行き届いた親孝行となります。特に自分の親のご命日を忘れるようなことでは申し訳ないことですね。

★あるご信者が、「7月9日に病院の受診日となりましたので、二代教会長先生の例年祭は参拝させて頂けません…」とお届けなさいましたので、

「今の時点で、参拝が無理と決めてしまうことはないのではないですか?あなたの家は、二代教会長先生・伊藤コウ姫のお取次を頂いて、難しいところを商売も繁盛させて頂いて、家も立ち行くおかげを頂いて、今日があるのでしょう。ご恩を忘れるということは、自分自身を忘れることと同じ事ですよ」と、お話しさせて頂いたことでした。

後日、受診日を一週間早めて頂けるように病院にお話をさせて頂いて、都合よく変更させて頂くご都合を頂きました。と、御礼のお届けがあり、コウ師も喜んで下さることと思わせて頂きました。

★『信心は親に孝行するも同じこと。』とみ教え頂いております。「親孝行」という信心の中心に改めて立ち返らせて頂き、それぞれに真剣に取り組ませて頂きましょう。

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2015年05月27日

●我情我欲を取り払う

先日あるご信者が自転車に乗っておられますと、向こうから自転車に乗った男性がわざと当たってきたのです!いわゆる当たり屋ですね!そして倒れたその男性は「当てられて倒れたので被害届を出す。後ほど連絡する」と言ってきたそうです。

★そのご信者は、警察に連絡して状況を説明しました。

警察は「何か強要強迫されるようなことがあれば、すぐに警察に連絡して下さい。」と理解して下さいましたので、安心なさったようですが、私達の毎日の生活では、いつどのようなことが起こってくるか分かりません。

事が起こってきた時に、冷静に落ち着いて対処させて頂けるように、常に神様に心を向ける稽古をさせて頂くことが大切です。

★ご家族はこのことを機会に話し合われました。本人は相手が近づいてきた時に何か危険だと感じたのですが、そのまま通過出来るだろうと思って進んでしまったため、当たり屋の標的になってしまったのです。

これからは、相手がよけてくれるだろうと安易に思わずに、自転車から降りて止まって待つことを心掛けるように家族で話し合いが出来ました。これは他人事ではありませんね。つい、油断が生じたり、横着、気ままといった我情我欲を出してしまいますと、自ら難儀を生み出すこととなってしまうのです。

★『神様は、かわいいからとて人間に勝手気ままは許してはおられない。勝手気ままをする者ほど難儀をしておろうが』とみ教えを頂いています。

み教えを頂いているつもりでも、何か起こってきた時に実際に行動に表れてこないものです。それはなぜかというと、おかげを頂きたいと思っておりながらも、持っている良くない心や悪習慣や悪癖をなかなか手放せないからです。

だからこそ、毎日お参りさせて頂いて、自分の心の中にある間違いを生み出す部分をお取り払い頂き、清々しい心と正しい生き方に変えて頂けるように信心の稽古をさせて頂くことが大切であるのですね。

★「五濁」…お取払い頂くべき我情我欲
○貪(欲深く自分に取り込もうとする心。)

○瞋(怒りは自分の身も心も、周囲の人の身も心も害してしまう。)

○痴(非理性的なこと。愚痴不足を言うこと)

○慢(横着、気まま我がまま)

○疑(疑いの心)

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2015年05月26日

●自分の事よりも先に人のことを思う

『どんな物でも、よい物は、人に融通してやれば人が喜ぶ。それで徳を受ける。人にやるのでも、自分によい物を残しておくようなことではいけない。人に物をやる時には、たとえ前かけ一枚やるのでも、よい方を人にやり、悪い方を自分が使うようにせよ。』

★ある会社が倒産し、そこで働いておられた従業員の方々に会社を退職して頂かねばならない状況に陥りました。そこで、その会社の社長さんは、自分自身の手元にあった物や、さらに奥さんと娘さんの所有する大事な物を全てお金に替えました。そして家族三人が従業員の方々の前で手を付いて「皆さんにご迷惑をおかけしました。私達が身の回りのものを全て処分させて頂いたお金で、皆さんに少しでもお分けさせて頂きたいと思います。少しではありますが、皆さんの生活の足しにして頂けますように。」とお詫びされたのでした。

すると従業員の方々は「社長のご家族がそこまでして頂いたことは真に勿体ない事です。その大事なお金を頂くわけにはいきません。私達は今まで働かせて頂いた蓄えがありますから、そのお金を元手にしてもう一度会社を立ち上げて下さい。私達は軌道に乗るまで給料を頂かなくても結構ですから、そこで喜んで働かせて頂きます。一緒にもう一度やりましょう。」と心を揃えて覚悟を決めてくれたのでした。

それから皆でもう一度力を合わせて、会社を再建させることが出来、会社も順調に発展されたのでした。人のためにさせて頂くことは、全て自分に返ってくるのです。相手を思う心をもって自分の事よりも人の為に尽くしていきますと、相手もこちらのことを思って下さって互いにあちらも立ち行き、こちらも立ち行くという有難い世界が開けてゆくのです。

★『真の信心をする人を見よ。慈悲深くするので、おかげで無病息災諸事良いことが子孫に続く。信心する人は慈悲深くして、真の信心をするがよい』

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2015年05月25日

●「命を運ぶ」  

 先日の御本部参拝の折に、金光英子先生の元にご挨拶に行かせて頂きました。英子先生は「私の母は金光キクヨ姫様から頂いたみ教えをずっと頂き直しています」とお話し下さいました。

★キクヨ姫様から
『難しい、出来そうにない、出来るはずがない、ことに、お願いしてさせて頂きましょう』
『手を切ったから炊事が出来ません。おむつの洗濯が出来ませんというのでは困るでしょう。頭を働かせて分別をしてさせて頂きましょう』
とみ教えを頂かれましたので、90才を越えられてから、骨折なさって療養の後に『あれも出来ない、これも出来ない』ということは思わないようになさっておられるのです。現在は炊事をさせて頂けるようにさまざまな工夫をなさって、台所にお立ちになっておられるそうです。

★「病人だから…」「自分は生まれつきこうだから…」と決めつけてしまうとそこで止まってしまいます。御祈念させて頂きますと、足らない所は神様が足して下さるのです。また「運命は定まり切っていて、決して変わることはない」と考えるのは、間違いです。

運命というものは元来自分で道をつけたもので、幸福も不幸も自分の招いた結果です。善いことをすれば神様が幸福を下さり、悪いことをすれば、その積み重ねで禍を自ら招くのです。信心によって自分自身のめぐりをお取払い頂き、お徳を積ませて頂くことによって、良い方向へ変わらせて頂けます。運命は「命を運ぶ」と書きます。誰が運ぶのでしょうか?それは他の誰でもなく、自分自身であるのですね。

★塵が積もって山となるように、小さな善行でも積もり積もれば、大きな幸福となって現われてくるものです。反対に小さな悪行でも、積み重なれば大きな禍を招く因になるのです。だからこそ、自分の欠点を改めようという強い願いをもつことです。

そうすれば、必ず、神様は改まる方向へ導いて下さいます。荒れた土地を耕して、岩や木の根を取り除いて、肥やしを入れれば、有難い土壌に変わっていくものです。その耕し、肥やす行いが、よい物を育ててゆくのです。信心はまさに、自分の運命を良い方向へ開いてゆくための生き方の改善です。

(1)人の生命を救う。(2)人の善い所をほめる。(3)人の心を明るくする。(4)人を活かす。(5)けんかをしない。(6)腹を立てない。(7)人に喜びを与える。(8)物を活かす。

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2015年05月24日

●一心は必ず届く

 昨日は、御本部御礼参拝をさせて頂きまして、11日の阿倍野教会の天地金乃神大祭の御礼を共々に金光様にお届けさせて頂きましたことは、真に有り難いことでございます。

★『人間は、生まれるときに証文を書いてきているようなものである。どういう災難があるとか、こういう不幸せがあるとかいうことは、決まっているのである。神様はよくご承知なのである。信心を強くすれば、大厄は小厄にしてくださり、小厄はお取り払いくださるのである。それが、おくり合わせをいただくということである。』このように有り難いみ教えを頂いております。御本部参拝をさせて頂き、心からのお礼とお詫びとお願いをさせて頂くことによって、病気・災難の根を置いて帰らせて頂くことが出来、有り難いご霊地のお徳を頂かせてもらうことが出来るのです。

★中井氏は、重い心筋梗塞を患っておられ、いつ発作が出るかもしれず、ニトロールを常に携帯しておられました。ある時、「御本部参拝で病気の根を切って頂こう」と、決心なさり、ニトロールを持たず参拝されたのでした。すると、ご霊地で発作が起こったのです。中井氏は、「金光様、金光様」と御祈念なさり、帰りの車中では大袚詞を53巻奉唱なさって、何とか無事家に帰り着かれたのでした。

それからは、生涯発作が起こることなく、全く後遺症なしに根切れの大みかげを頂かれたのでした。また、腎機能が低下し、人口透析を必要とする為にシャントの手術を受けた途端に腎機能が回復し、人工透析を受ける必要もないまでにおかげを頂かれたのでした。

★日参と聴教に励ませて頂き、神様に届く一心を養わせて頂きましょう。素直な心で生神金光大神様のお取次を頂き、一心にお縋りさせて頂けば、必ずおかげは頂けるのです。

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2015年05月22日

●陰徳を積む

 二代教会長伊藤コウ師のご母堂ハル氏は、「陰の徳を積む」ということを徹底して心掛けておられました。陰徳とは、人の見ていない所で善い事をさせて頂き、善行を続けることによってお徳を頂くということです。御本部に対しても御礼の参拝と御礼の奉献を続けられました。またハル氏は、近所近辺の道路の掃除をなされる時も、人からお礼を言ってもらうことのないよう、人目につかないように朝早くからお掃除されるなど徹底しておられました。

★またハル氏は、ご自身のことは徹底して質素倹約した生活を心掛けておられました。しかし、決して吝嗇(りんしょく=けち)ではあられず、人にお世話になった時には行き届いて御礼なさったのでした。修行生の一人に私用で頼み事をなさることがあられました。

早速にお手伝いの御用をさせて頂いた修行生に対してハル氏は、一か月の小遣い以上のお礼をなさったのでした。神様は常にご恩返し、お礼の働きということを十分に心掛けられ、釘の一本も、木切れ一つも、糸くずの一本も、すべて天地の賜り物として大切にすることを教えて下さったのです。

★江戸時代後期に藩の財政を立て直した平尾源太夫という方が残された言葉があります。
(1)常に心掛けて陰徳を積むべし。
(2)足るを知れば家は貧しくとも心は福者なり。足る事を知らざれば家は富めりと云えども心は貧者なり。
(3)家を治める事においては堪忍を第一とする。驕りをこらえて欲を抑え、欲しいままにせざるもこれ堪忍なり。
(4)無理に利益をむさぼれば却って財を失い、禍いがくる因になる。
(5)人の悪いことを告げ知らす者があっても、みだりに取り上げ用いるべからず。聞かざるがごとくするもよし。これ家族の多く暮らす者の心得るべきことである。
(6)金銀を多く子孫に残し与えようとするよりも、財を捨て広く善事を行い、陰徳を積みおくべし。その徳善は、子孫にめぐりて子孫の幸となる。

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2015年05月21日

●積徳の修行

 金光教では『家業が行である』とみ教えを下さっています。日々の生活を喜んで営み、仕事を有難くさせて頂き、自分の事だけでなく、周囲の方々のことを考えてお役に立つ働きをさせて頂くことを教えて頂いています。

★先日あるお家では、御主人の15年祭のお宅祭がお仕えになられ、奥様は今年で95才になられました。その奥様が「戦後は皆が食べ物を食べられない時代で、大変苦労致しました。仕入れたお菓子を住吉公園で売っていた事がありました。学友が公園を通る度に、木の陰に隠れたことを覚えています。

そのお菓子を10個売って初めて、1個分の利益が得られます。そのお菓子を食べたい気持ちを抑えるのに、どれ程辛抱したことでしょうか。皆が苦しい時代で、その辛抱をせねば、生きていけなかったのです。今は本当に結構です。何もかも整えて頂いて、子ども達やお嫁さんが毎日よくお世話して下さって…有難くて仕方がありません」とお話し下さいました。

★積徳のご修行がどれ程大切であるかがよく分からせて頂きます。しかし、お徳を積みながらその一方でそのお徳を崩すような生活をしていては、何も残らなくなってしまいます。先ほどのお菓子の話のように、一生懸命10個売ったとしても、たった1つ食べてしまえば、立ち行かなくなるのです。ですから、つもり貯金をさせて頂き、「食べたつもり、買ったつもり」でその分を貯金させて頂くことを教えて下さっています。

「辛抱した」と思っていても、実はその辛抱のおかげで自分自身を鍛えて頂き、後々のおかげに繋がっているのですね。お徳は誰かが代わりに積んでくれるものではありません。自分が勉強しないで、勝手に成績が上がることはないのと同じように、自分自身がしっかりと信心させて頂いて家業に励ませて頂き、お徳を積む生活をさせて頂きましょう。

★(二宮尊徳先生)報徳の生活を送るためには…
1、勤勉(まじめに働き、勉める。)
2、分度(分限を知り、分をわきまえる。)
3、推譲(推し量って譲る。社会貢献をする。)
4、報恩(御礼の為に働く。)

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2015年05月20日

●神様のお手紙が読める信心に

 初代教会長・伊藤徳次師の十日祭の当日、旧広前のご建築の為の建築委員が総辞職の連判状を持ってこられました。二代教会長・伊藤コウ師は、「何とご慈愛の深い神様かなあ。もし役員・建築委員の方々が『後の事は私達がみな引き受けて何もかもさせて頂きますから御安心ください。』と言うて下さったとしたら、ついそのご厚意に甘えておったかもしれない。

人に頼って建ててもらう教会は人間の教会。神様におすがりして建てさせて頂く教会は神様の教会。私は神様の御用をさせて頂くのであるから、神様の教会を神様に建てて頂こう。」と思われ、連判状を御神殿にお供えされ、「神様可愛がって下さいまして有り難うございます。この度は、人に頼るな、神様におすがりせよとみ教え頂きました。有り難うございます。どうぞ建築を成就させて頂けますように」とお礼を申されました。

★そのようなことが起こった10日祭の5日後には、11月11日の阿倍野教会の御大祭が控えておりました。もし、役員・建築委員の総辞職に際し、コウ師が人を恨み、悲嘆に暮れておられたとしたら、とても有り難い御大祭とはなり得なかったでしょう。

しかし、コウ師は、神様一筋にお縋りなさり、お礼を申され、「御大祭も初代教会長先生の御生前中よりも盛大にお仕えさせて頂けます様に」とお願いなさり、実際にそのようにおかげを頂かれたのでした。そうして、翌年の11月11日には、旧広前の新築落成奉告祭を無事お仕えになられたのでした。

★伊藤コウ師は、『いろんな出来事には神様のお手紙がついています。ご信心が進みませんと、そのお手紙を読むことができません。信心の勉強をさせて頂けば、お手紙が読ませて頂けるようになるのです。』と、み教え下さっておられます。どんなことが起きてきても、うろたえることなく、人や状況を恨んだりすることなく、神様一筋にお縋りし、神様のお心が分からせて頂けるよう、家業を行として、信心の稽古に励ませて頂きましょう。

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2015年05月19日

●足らぬところを足し合う

三代教会長先生が金光教学院でご修行されていました時、金光英子師のお父様であられます金光眞整(しんせい)師が教壇にお立ち下さり、突然歴史の試験をなさったそうです。

それまで一度も試験をなさったことがあられなかった金光眞整師が、予告もなしに突然試験をなさったものですから、学院生の皆がなかなか良い成績を取ることが出来ませんでした。

すると、金光眞整師は「私の教え方が未熟でございましたので、この様な結果となりました。心からお詫び致します。」と教壇から頭を下げてお詫び申されたのです。

そのお姿をご覧になられ、三代教会長先生は大変恐縮され「これが金光様のご信心であるのだ」と、改めてそのお姿を拝ませて頂かれたそうです。

★佐藤照師は『みんなよいことばっかり思っていても、思い方の寸法が違うから、合わそうと思うたら、辛抱が要る。それで自分だけを通そうとすると、どうしても合わぬことになるなあ。

それをこちらから、向こうに合わせていくようにしたら、合うようになるでしょう。合わすようにするいうたら、どうしたらよいか。

それは向こうの足らぬところを足していくとよい。大抵の者は、その足していくいうことを思うておらぬ。それから信心するものは、人を受けるくらいの心でおらねばならぬ。

誰でもを受けていくくらいにならねばならぬ。受けるいうたら、力が大層要ります。相撲でも受ける方がどれだけ力が要るかなあ。そのように受けるのには力が要るが、そういう力は辛抱せねばできてこぬから、神様のおかげを頂いて、辛抱のお徳を蒙らせてもらうのです。

年寄りと若い者というたら、知恵分別が合わんこともありましょう。それを自分の思うとおりにばっかりしようとしたら、立ち行きはせぬ。みんな世話になり合うてこそ、立ち行くのでしょう…』とみ教え下さいました。

★例えば、学校の先生であれば、「生徒の皆さんがいらっしゃるおかげで、私が働かせて頂くことが出来ます。有難うございます」と御礼を申して授業をさせて頂くのです。

また、会社の社長さんであれば「従業員の皆さんが一生懸命働いて下さるおかげで今の会社があります。有難うございます」と御礼を申してお給料を払わせて頂きます。

すると、従業員の方々も「この会社で働かせて頂くおかげで生活させて頂けます。こちらこそ辛抱して頂き有難うございます」と互いに礼と尽くすことが出来るようになるのです。「あなたのおかげで私が立ち行く」という「あいよかけよ」の心を養うことが大切なのですね。

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2015年05月18日

●神様の綱を離さず、神様を杖に

『神の綱が切れたというが、神からは切らぬ。氏子から切るな』
『金の杖をつけば曲がる。竹や木は折れる。神を杖につけば楽じゃ。』
『建てた柱はたおれることがあるからのう。吊ったのれんにもたれる心になっておかげを受けなさい。』

★「建てた柱」というのは自分がこれまで築き上げてきたものを表して下さっています。例えば金銭や地位、権力、名誉を初めとして自身が積み上げてきたものでしょうか。また、「これだけの努力をしてきました。」「会社をこれだけ大きく発展させました。」「利益をこれだけ上げてきました。」等々…という自負する心でしょうか。

建てた柱は確かなように思いますが、人間が建てたものですから、虫が入りどんどん穴だらけになって朽ちて倒れてしまうことがあるかも知れません。また長年の間に水が回ってくさってしまうこともあるかも知れません。その金銭や地位、権力、名誉等の形のある物も、自負する心も、徳と力を頂かなければ、いつどのような時に崩れ落ちるか分からないということを教えて下さっています。

★「吊ったのれんにもたれる心」という意味は、どう見ても頼りにならないとしか思えないものに体を傾ける意ということでしょう。誰しものれんにもたれかかることは出来ませんからね。「吊ったのれんにもたれる心」とは、神様の綱(み教え)をぐっとつかんで離さず、神様を目当てにさせて頂き、神様を杖にさせて頂くということですね。頂いたみ教えを神様の綱と思って、つかんで離さず守り通せば、神様が守り通して下さるのですよ。

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2015年05月17日

●『今月今日で一心にたのめい』

以前に海外の小学校の教科書に載っていたお話だそうです。

★ある青年が小さな町の食堂で出前の仕事をしていたところ、学生時代の友人にばったり出会いました。「ここで君は何をしているのか?」と問われ、その青年は「僕は大会社の重役に迎えられることが決まっているので、ここで社会勉強をしているのだ」と答えました。

「若いのに重役に迎えられるとは大したものだ」と友人は感心していました。

その数年後に、また別の店で皿洗いをしているその青年に出会いました。「あの重役の話はどうなったのか?」と尋ねますと、「その話は延期になったので、ちょっと腰掛けのつもりでここで皿洗いをしているのだ」と答えました。

それから更に20数年たった後に、その友人が道を歩いていると、体の不自由な男が石に腰掛けていました。

よく見ると、以前に皿洗いをしていた友人だったのです。「あの重役の話はどうなったのか?」と問いかけますと、「その話は流れてしまった。腰掛け仕事ばかりしているうちに、体が不自由になってしまったのだ」と言いました。

★このお話は、『腰掛けの青年』というお話だそうですが、戒めとして伝えられています。

今の仕事を疎かにしていては、結局いつまでたっても成就しません。どんな仕事でも、今、自分に与えて頂いた仕事は打ち込んで一生懸命させて頂くことが大切です。

今日を大切にしなければ、明日を切り開いていくことが出来ないのです。大切にしなければならないのは、今日この一日、今この瞬間であるのですね。

『今月今日で一心にたのめい。おかげは和賀心にあり』

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2015年05月16日

●過去はお任せし、御礼の働きに努める

 大学を卒業してから教会にご修行に入らせて頂くまでの数年間、高校の教員として勤めさせて頂きました。幼少の頃から、二代教会長・伊藤コウ師のみ教えを聴かせて頂き、「給料泥棒(働きが少ないのに給料だけ頂くこと)になってはならない。給料の二倍、三倍の値打ちのある働きをさせて頂けるようにお願いしなさい」ということを教えて頂いておりました。私も子供心に「大人になったら給料泥棒にだけはなりたくない」と、思ったものでした。

★ところが、いざ勤めさせて頂くようになりますと、しばらくは仕事のことは右も左も分からず、お給料を頂きながら勉強させて頂き、お育て頂いているような有様でした。仕事も至らないながらも心を込めてさせて頂いたつもりではありますが、十分なことは全く出来ない状態でした。なんとか、勤めておりました時のご恩返しをさせて頂きたいという思いを、強く持っておりました。

★そんな中、私が勤めさせて頂いておりました高校が所属する学校法人が、大学を創設することになりました。私にも寄付の案内が届き、有り難いご恩返しの機会を頂いたことを神様に御礼申させて頂いたことでした。

★『昨日を忘れ 今日を喜び 明日を楽しめ』過去をいくら後悔しても、取り返しがつくわけではありません。過去のことはお礼とお詫びを丁寧に申し上げましたら、神様にお任せさせて頂くのです。そして、今月今日改まらせて頂き、めぐりをお取り払い頂き、お徳を積むことに邁進させて頂きましょう。現在与えて頂いている家業をご信心を元にして打ち込んでさせて頂き、御礼の働きに努めさせて頂いておりますと、過去に縛られることなく、一切が救われ、未来が開けていくのです。

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2015年05月15日

●心の守り

 あるお方が腸捻転の手術を受けた後に、傷口が閉じにくい体質で傷口を閉じる手術を4度手術を受けても上手く行かなかったのでした。そして、教会にお導き頂かれ神様にお願いされて、5度目の手術を受けられました。すると、5度目で傷口がぴったりとくっつき、無事成功のおかげを頂かれたのです。次はお仕事をさせて頂きたいとお願いをされましたが、病気で身体は痩せ細り、体重は37kgほどにまで減っていて、とても仕事が出来るような状態ではありませんでした。

★コウ師は「しっかり信心しなさい。まだまだお参りが足らないのです。朝、昼、晩とお参りさせて頂きなさい。今の状態では仕事を始めてもお役に立つ働きはさせて頂けません。同じ働かせて頂くのであれば、お給料以上の働きをさせて頂きましょう。そのような身体につくり変えて頂くためのお参りなのですよ」と、病み上がりのそのお方にとっては、厳しいみ教えを下さいました。

★しかし、ご信者はそのみ教えを素直に守られて、朝、昼、晩にお参りさせて頂き、さらにお掃除の御用にも励まれました。すると、次第に身体も丈夫になり、体重は55kgまで戻らせて頂かれて、無事就職のおかげを頂かれたのです。

★このお方がもし「病み上がりの身体でそんな無茶な参拝は出来ません」と仰っていたら、このようなおかげは頂けなかったことでしょう。教えを有難く頂く器があられたのですね。金光教のお道には「守り札」はありません。教祖様は『心に守りをかけておれ』とみ教えを下さっています。心の守りとは「み教え」です。厳しく言い聞かせて頂けるということは何よりも有難いことであり、実は自分自身を鍛えて頂いているのです。

★教会は、心と体を癒す病院のような場所でもあり、正しい信心を教えて頂く学校のような場所でもあり、自分自身を鍛えなおし練り上げていく修行の場でもあります。しっかりと日参させて頂きみ教えを頂いて、生涯の心の守りとさせて頂きましょう。

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2015年05月14日

●お礼と後始末

 旧広前のご時代の頃に、ある年の記念大祭で、当日に後片付けが出来ず、新調なさった御幕やさまざまな用具を翌日片付ければよいと、掛け出しに置いて寝られたことがあられました。すると、翌朝になったらその御幕や用具が全てなくなってしまっていたそうです。 なんと、一晩の間に泥棒が入り、全て持って行ってしまったのでした。

★二代教会長伊藤コウ師は、「このことは決して忘れてはいけない」と心から神様にお詫びを申し上げ改まられ、それ以降は必ずその日の内に後片付けをすることを徹底なされました。そして現在も、御大祭の後始末は必ず当日にさせて頂くことや親教会、関係教会への御礼参拝は当日または次の日にさせて頂くこと等、決して省略をしないということなど様々なことを初代教会長先生から、二代、三代、四代と今日まで守り続けさせて頂いておりますことは大変有難いことです。

★御大祭の翌日も配膳の方々や内膳の方々、衛生係の方々その他たくさんの御信者皆様が、引き続いて朝早くから後始末して頂きました。テントも、当日に全て解体して頂きましたので、翌日の台風による強風でも何の心配もなくおかげを蒙らせて頂くことが出来ました。もしテントの解体が御大祭の翌日になっていたらどうでしょう。翌日のお湿りや強風の中、大慌てで解体しなければなりませんでした。神様は、頂いたみ教えを素直に守らせて頂くことをお喜び下さり、ご庇礼を蒙らせて下さるのですね。

★私達は、何事においても御礼を早速にさせて頂くことを教えて頂いております。御礼をさせて頂くということは、後始末をさせて頂くということであり、行届いた後始末は、次のおかげを頂くための準備とならせて頂くのです。これからも良いことはずっと続けさせて頂き、年々有難い御大祭をお仕えさせて頂くことが出来ます様、より一層信心向上に務めさせて頂きたいと思います。

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2015年05月13日

●明き・清き・直き心

 以前に金光英子先生から「金光教報」の一頁を見せて頂いたことでした。松山成三師(元・大連教会長後に岡山中部教会長)のご遺稿を拝読させて頂く機会を得たのです。その一部分を紹介させて頂きます。

★「略…我は終戦と共に何故その様な事になったと、悩み患ひ、或は先々を憂慮、煩悶もしない。この時こそと、本気に一心に信心に飛上り、教師の本分一途にと、心は立上り、信心する時はこの時なり、神の御用をする時はこの所じゃとその日その日を後先忘れて、信心御用にのみ立上り、その気持ちこそ、今月今日なりと、嬉しく楽しく有難く思ひ続けて人々が心配苦悩している事も、我には一向その様な気になれず、悪い妙な気は起らず、その事その時も良い事のみ思い出しては喜びニコニコして暮らされてあり。人々に比べて阿呆になった。良い阿呆になれたと感謝している。『我心で我身を救ひ助けよ』とはこの様な事かと、み教えを一層有難く思へる。何を食ふても同様においしゅうて、何が無くても苦にならぬ。人のしてくれる事はみな有難い。…中略…生活上苦が苦にならず、何事も嬉しく有難く受け取れるこの境地、こんな気持ちを一人でも多く施し伝えるこそ人助けの最大なる事最も尊い事ではないか。…後略」

★松山成三師は戦後満州・大連教会より着のみ着のままで引き揚げられましたが、私共が筆舌に尽くせぬ艱難辛苦を経験なさったのでした。我を離れて「神様の仰せのままに」というご姿勢に徹しておられたのです。終戦後の体調が優れぬその中での生きられ方の尊い部分を教えて頂いたことです。松山師の明き・清き・直き心を万分の一でも見習わせて頂きたいと願わせて頂いております。

★(1)明き…明朗活発というだけでなく、先を楽しみに願い、思い分けの出来る賢さを持つ。(2)清き…生涯かけてみ教えを頂き続けて、自分の心を改め磨き純粋な清い心を保つ。(3)直き…心を空にして、み教えを心から有難く頂き、素直に実行させて頂く。

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2015年05月12日

●天地金乃神大祭をお仕え申し上げて

 昨日は、天候をはじめ万事万端のご都合お繰り合わせを頂き、天地金乃神大祭を麗しくお仕え申し上げることが出来まして、真に有り難いことでございました。

★祭典後は、西宮教会長・西村憲正師より「のぞみ あらたに」という御講題でお説教を賜りました。「先代教会長・西村祝善師は、『かつがつも よくぞ来たりし船旅ぞ のぞみあらたに更に進まん』と、93才の時にお歌を詠んでおられます。齢を重ねても願いをしっかり頂いて歩ませて頂きたい、という大願に溢れたお歌です。生神金光大神様は、生死を超えて、いつも「ここから」の大みかげを願うことを教えて下さっておられるのです。

★『この度、生神金光大神を差し向け、願う氏子におかげを授け、理解申して聞かせ、末々まで繁盛いたすこと、氏子ありての神、神ありての氏子、上下立つようにいたす』『わが心でわが身を生かすこともあり殺すこともあり』等、有り難いご理解を残して頂いております。天地の親神様は、おかげをやろう、助かる道を教えてやろうと、常に思し召し下さっておられます。そして更に有り難いことには、生神金光大神様の御取次の道が開かれているのです。しかし、氏子が心を閉ざしてしまっては、親神様のおかげを十分に受けることは出来ません。氏子の願う心、我が心のありようが大切なのです。今月今日、力強い願いを一心に培ってまいりましょう。

★『真にありがたしと思う心、すぐにみかげのはじめなり』いかなる問題にぶつかっても、悲しみの淵に留まっていてはなりません。喜びを見出し、お礼を申して、一心に願う氏子を必ず助かりに導いてくださいます。生神金光大神様の御取次を頂いて、未来へののぞみあらたに、ここから一層大みかげを蒙らせて頂きましょう。」との、大変有り難いご内容でした。御大祭の御庇礼を蒙り、ここからより一層の信心向上のおかげを頂いて参りたいと思います。

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2015年05月11日

●本日は天地金乃神大祭です!

 皆様、おめでとうございます。本日は天地金乃神大祭をお仕え申し上げます。結構な神様のご都合お繰り合わせを頂きまして、また、ご信者皆様の真心からのご祈念と御用奉仕を賜りまして、無事に御大祭当日を迎えさせて頂きましたことは、真に有り難いことでございます。

★天地の大祖神様は、世の中の難儀な氏子を救い助けてくれよと、生神金光大神様を差し向けて下さり、この有難いお道を開いて下さいました。さらに、私達は皆、天地金乃神様から生命と身体を授かり、天地のお恵みの中で生かされており、慈愛深く願いをかけて頂いている存在です。日々生かして頂いているお礼を申し、日々働かせて頂いているお礼に何としてでも御用にお使い頂き、そのご恩の万分の一でも報いる働きがさせて頂けますように、という心持ちで御用にお使い頂きましょう。天地の大祖神様への御礼の大みまつりを、信奉者一同勢を揃えて有難く奉行させて頂きましょう。

★御大祭の一番のお直会はお説教で頂くみ教えです。ご祭典の初めから拝ませて頂き、お説教の最後まで聞かせて頂きましょう。そして、家族、親戚、お導きの方々、お知り合いなど洩れなくお伝えの上ご参拝され、御大祭の御庇礼を蒙られることをお願いさせて頂いております。

★『世界中天が下の者はみな天地金乃神の氏子である。天地金乃神のおかげは世界にいっぱい満ちておる。そのおかげがなければ空気がないのと同じで、人間は一時も生きてはいられない。』

■午後一時より おかげ話 3名
 中田照章氏・新宅登代子氏・前田依宏氏
■午後二時より 天地金乃神御大祭 奉行
■祭典後説教 講題『のぞみ あらたに』
■講師 西宮教会長 西村 憲正師

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2015年05月10日

●御用の心構え   

 ある楽人さんが御用されることとなりました時、三代教会長先生に「どのような心構えで御用させて頂いたらよろしいでしょうか?」と尋ねられました。三代教会長先生は「信心しなさい。笛を吹くのでも、笛吹きになってはいけません。信心で以って、吹かせて頂くのですよ。」と仰せられました。信心にも段階があります。教祖様のご信心と私共の信心とでは、雲泥の差があります。どこまでも実意丁寧な教祖様のご信心に少しでも近づかせて頂けるように、毎日稽古し続けさせて頂くことが大切です。

★「これで大丈夫だ」「準備できている」と思っていても、足りないところはたくさんあります。御大祭の御用奉仕でも「毎年同じである」という心では、行き届いた御用にはなりません。実意丁寧にしっかりと心を配らせて頂く、その真心が神様に届いてゆくのです。高橋茂久平師のみ教えの中に 『上農は草を見ずして草を取る。中農は草を見て草を取る。下農は草を見ても草を取らず』とあります。

どれほど良い土地を与えて頂いていても、手入れをしませんとよく育つ田畑にはなりませんね。皆の真心が結集して御大祭が盛大に仕えられ、御大祭の御庇礼が各家庭、各人、そしてその周囲に輝くこととなります。明日の御大祭に向けてしっかり心を引き締めて共々に心配りをさせて頂きましょう。

★『実意丁寧、これが金光様が神様からご信用を受けられて生神様になられたもとじゃ。天地金乃神様を信心する者は、このもとの実意丁寧を一番に見習わねばならぬ』

★「御用の心構え」
(1)心の汚れを取り去る。
(2)人の助かりを願う。
(3)自分で何かご修行を決めて実践させて頂く。
(4)御神願成就を願う。

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2015年05月09日

●全てをおかげにさせて頂く信心

 昨日はみかげ会例会が開催され、西山一郎氏の有難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★西山氏は、奥様の熱心なお導きによってご神縁を頂かれ、3人の娘さんとそのご家族も共に、勢信心のおかげを頂いておられます。結婚10年目の年に、3人目のお子さんが流産となられた事が契機となり、ご自身から積極的にお取次を頂かれるようになられました。それ以来、今日まで42年間、毎日朝参りを続けておられます。現在は78歳になられ、勤務先で取締役として第一線で働いておられるのです。

★平成23年の御本部御大祭参拝で、ご祭典が始まってすぐに意識を失って倒れてしまわれました。しかし、すぐに意識を回復され、検査を受けられましたが、その後どこにも異常は見つかりませんでした。教会長先生より「御本部で起きたことは、全ておかげです」とのみ教えを頂かれた通り、御本部御大祭の御庇礼によって、大難を無難におまつり替え頂かれたのでした。

そして、その出来事を通して「いつ何が起こるか分からない」という事を実感され、長年先延ばしになっていた、高知県土佐市の西山家のお墓に納められていたお骨を、教会の納骨殿に納めさせて頂くことを決意されたのでした。墓前祭、納骨式や手続き等全てにおいて万事にご都合お繰り合わせ頂かれ、子供や孫も皆そろって賑やかに、ご先祖様、御霊様をお祀りさせて頂かれました。まさに御本部御大祭での出来事がおかげとなり、有難い方向へと導いて頂かれたのです。

★現在は、三女さんご家族と共に教会の近くに二世帯住宅購入のおかげを頂かれ、日参聴教と日々の信心生活に励まれています。西山氏は日常生活の中で起こってくるさまざまな出来事をお取次ぎ頂かれることにより、全てをおかげにさせて頂く信心を進めてこられました。その素直なご信心をしっかりと見習わせて頂きたいと願っております。

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2015年05月08日

●常の地を肥やす

 薬剤師をなさっておられた布浦氏は西区で一番小さな薬局を営んでおられました。ご主人は二代教会長先生のお取次ぎを頂かれ、五ヵ年計画の願いを立て、「西区で一番の薬局にならせて頂けますように。」というお願いをなさったのです。その願い成就までは、自分の背広は新調しない等、ご修行を自ら決められ、どんなことがあっても、朝参りを欠かさず、日参と聴教に励みつつ日々の商売に努力されました。

二代教会長先生から頂かれたみ教えの通りに、薬の卸問屋さんへは、期日の三日前までに、自ら出向いてお礼を申してお支払いさせて頂くということを続けておられるうちに、厚い信頼を頂かれ、珍しい商品などを優先的に手配して頂ける様になっていかれたのでした。 また、朝早くから開店され、食事を摂る時間も惜しんで接客なさって、一切不足を言わず日々のお商売に実意丁寧に打ち込まれました。すると、なんと西区で売り上げが一番の薬局になるおかげを頂かれたのでした。

★御大祭まであと3日です。いつも御大祭の前には様々な課題を神様は与えて下さいます。それは開教95年の記念大祭までに改まりなさいよと神様が出来事を通して教えて下さっておられるのです。ですから一回一回が実地の学問であり、何事も必要であるからこそ起こってくるのですから、油断なく実意丁寧にお願いさせて頂いて乱れかける心を正しく整え、常の地を肥やしてゆくのです。そしていつも神様が一番良いようにして下さると信じて、迷いなくお願いして準備させて頂いておりますと、突然のことにもうろたえることなく正しい判断と対処がさせて頂けるのですよ。

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2015年05月07日

●井戸は清水になるまで、病気災難は根の切れるまで

 5月6日は太田氏のご命日でした。42才の時に心膜炎にかかり、心臓に水が溜まり体中に浮腫が起きられたのです。それは大変な浮腫でした。一日に摂取出来る水分量に制限があられた中で、ご家族が御洗米を毎日炊いて病院に持っていかれました。すると、大量の尿が出て身体に溜まっていた水分をどんどんとお取払い頂かれ、全快のおかげを頂かれたのでした。

★また、66才の時には膠原病による免疫力の低下で呼吸困難になられました。約3ヶ月余り入院されましたが、この間もご家族が勢を揃えてご祈念なさいました。昼食に看護についておられた奥様がサンドイッチを食べようとすると、45日間食事を頂かれていない太田氏が欲しそうにして見ておられるので、奥様は「少しでも頂かせて下さい。」と神様に御祈念され太田氏の口に入れますと、全て喉を通るおかげを頂かれ、それから、お粥を頂かせて頂けるようになり、みるみる元気になられたのでした。

★また、78才の時には咽頭癌で放射線治療を受けられました。免疫力が低下しやすいお体であったにもかかわらず、医師から「放射線に強い体ですね」と言って頂かれ、十分な治療を受けることが出来、子供さん達、孫さん達がお世話をされ、全快させて頂かれたのでした。そして、85歳まで生命を頂かれ、天寿を全うさせて頂かれました。子孫の方々はみな体質を受け継ぐことなく、同様の症状に悩むことのない健康な身体を頂かれ、それぞれに信心相続のおかげを頂いておられます。常日頃からの日参と聴教、御用のお徳、そして家族勢信心のお徳によって、度重なるご病気を大病を小病におまつりかえ頂かれ、全快根切れのおかげを頂かれたのです。

★子孫も繁盛し、家も繁盛させて頂くには長い年月がかかるものです。教祖様は『3年5年の信心では、まだ迷いやすい』と仰せになっておられます。10年20年30年と信心を続けさせて頂き、子供の代、孫の代へと信心が伝わってゆくことによって、先祖代々のめぐりがお取り払い頂け、体質の改善、性質の改善が出来てゆくのです。

★『長患いの人やまたは代々難儀の続く人が神様のおかげを受けることを例えて言えば、井戸水が濁った時、井戸替えをするのに八、九分替えて退屈してやめれば掃除はできん。それでやはり水は濁っているようなもので、信心も途中でやめれば病気災難の根は切れん。井戸水は清水になるまで、病気災難はその悪い根の切れるまで一心に天地金乃神様へ願い、まめで繁昌する様に元気な心で信心をしなさい。』

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2015年05月06日

●小さなことから大きなことまで、何時でもどこでもご祈念する.

昨日は、素晴らしい五月晴れの中、真栄根会総会を開催させて頂き、上田恒久氏の有り難いおかげ話を聴かせて頂きました。熱心にご信心を頂いておられたお母様の上田喜久子氏のお導きによって、お父様もご信心なさるようになり、家族勢信心のおかげを頂かれました。

★喜久子氏は、ふと心に思わせて頂いたこと(神様に教えて頂いたこと)は、すぐに実行し、お結界で頂いたみ教えを守り行うことに生涯つとめておられました。

★弟さんが4才で小児喘息を発症された時、夜中咳き込むことが続かれたそうです。
しかし、朝参りをする時間が来るとすやすやと眠ることが出来るので、留守中のお子達は神様にお預けなさり、一心に神様にお縋りする思いで、ご夫婦で豊中から電車に乗って、朝参りを続けられたのです。そうして、13才の時には喘息根切れのおかげを頂かれたのでした。

★どんな大変な状況でも、愚痴不足を思わず、強い願いを持って神様にお縋りし、何事もお取次を頂いておかげを頂いてこられたご両親の有り難いご信心を、上田氏もしっかりと受け継ぎ、お子達に伝えたいと、強く願っておられます。

「ご信心させて頂いたら、自分の力が一でもお取次を頂いて九十九足して百にしてやる」と教えて頂いております。上田氏は三十代まではお父様の家業を補佐し、四十代は家具や空間デザインの会社の経営、五十代の現在は、母方の化粧品会社でデザインの仕事にお使い頂いておられます。
何事も、御結界で御取次頂き、お願いしてさせて頂きますと、自分の周りの人や物との関係を神様御霊様に整えて頂き、必要な事に気づかせて頂いて実力以上の仕事をさせて頂いておられます。
ご家族の健康の上にも、万事にお取次を頂いておかげを頂いておられますことは、真に有り難いことと思わせて頂いております。

★11日には、天地金乃神様の御大祭をお仕え申し上げます。それぞれに、自分の家の信心の初めを振り返らせて頂き、行き届いて御礼の申せる有り難い御大祭をお迎えさせて頂けますよう、共々におかげを頂いてまいりましょう。

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2015年05月05日

●「仁」「義」「礼」「智」

ある奥さんは、初めて阿倍野教会へ参拝なさった時に、お説教の中で二代教会長伊藤コウ師より「親は親たらずとも子は子たれ」というみ教えを頂かれ、そのみ教えが心に突き刺さり衝撃を受けられたのです。
ご主人のご両親は、戦時の混乱の中で小さかったご主人を他の家へ預けられました。ですから奥さんがご両親について聞かれても、ご主人は「親はいないと思っている。探す必要は無い。」との一点張りでした。
ご主人は奥さんの親は大事にして下さっておりますが、奥さん自身はご主人の親には、何も親孝行させて頂いていない事実に気付かれたのでした。そして「どうあっても主人の親に孝行がさせて頂けますように」と願われ、ご主人に隠れて縁をたどって探されました。

★なんとお母様が堺に住居なさっておられることがわかり、そこへ訪ねていかれました。するとそのお母様は、体の不自由な娘さんと一緒に住んでおられ、生活保護を受けておられたのです。

事情を聞かせて頂きますと、生きていくことが難しかった戦時中、体の不自由な娘さんを育てる事に精一杯であられた為、健康であったご主人を他のお家へ預けられたのでした。
それからというもの奥さんは、毎月お見舞いに行かれて「親孝行のまねごとなりとも…」とさせて頂かれたのです。そしてお母様がお国替えなさってからは、ご主人に全てを話して理解してもらい、家でお祀りさせて頂きたいと願われ、帰教式を仕えて頂かれ御霊様としてお祀りして頂かれたのです。
するとその後、お国替えされたお母様がつきについてお守り下さり、何とご主人の仕事の上で、今までに無いような利益が上がらせて頂くおかげを蒙られたのでした。

★孟子の「四端の説」にありますが、人間は誰しも生まれながらにして神様から尊い心を授けて頂いています。
1)惻隠(そくいん)の心…かわいそうだと思う慈愛の心。「仁」の始まり
2)羞悪(しゅうお)の心…己の不善を恥じて己の不義を憎む心。「義」の始まり
3)辞譲(じじょう)の心…辞して人に譲る心。「礼」の始まり
4)是非(ぜひ)の心…善悪を判断する心。「智」の始まり

この4つの心は、それぞれに「仁」「義」「礼」「智」の芽生えで、これらを大きく育てていけば、立派な人物になれるとあります。

★信心させて頂いてみ教えを頂きますと、頑なな心が取り払われ、世界が開ける思いとならせて頂け、授かった神心を大きく表してゆくことが出来るのです。

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2015年05月04日

●『静中動あり、動中静あり』 

 三代教会長先生は60歳を越えられてから、くも膜下出血で40日間絶対安静を必要とする状況になられました。先生は、その様な中「私は必ずおかげを頂きます。」と仰られ、40日後には歩くことからリハビリをなされ、お結界でのお取次の御用、お説教と日々御用下さり、徐々に回復なされたのでした。しかし、常に頭痛を抱えておられ、冬場でも頭を氷枕で冷やさなければ休むことが出来られない状況であられました。

★ある夏の暑い日三代教会長先生が、京都方面に宅祭に行かれた時のことです。私は随行の御用にお使い頂きました。宅祭の帰り道で車のエアコンの具合が悪くなり、エアコンを切って走行せざるを得ない状況になりました。その日は37度を超える猛暑で、天王山トンネルに入りますと、渋滞で車が徐行するようになり、外気も入れられず車内は40度を超える大変厳しい暑さになったのでした。

★運転の御用の方は、行き届いた心配りで、夏場はクーラーボックスを用意なさって冷たいおしぼりを準備して下さっており、早速三代教会長先生にお渡しされました。三代教会長先生は決して責める事は仰らずに、「車は結構やなあ。有り難いなあ。」とずっと御礼ばかり申され、運転の御用の方も、随行させて頂いた私も、心が救われる思いで大変有り難かったことを記憶しております。

★忙しい時や自分に都合の悪い事が起こってきた時は、心が乱れやすいものです。しかし、そういう時ほど実意・丁寧に、落ち着いて人に接することが大切です。中国の古典「菜根譚」の中に『動中静あり』という言葉があります。動いていても、心の内はいつも穏やかで、落ち着いているという意味です。

また反対に『静中動あり』とは、身体は動かずにじっとしていても、いつでも動けるように準備ができているという意味です。その都度正しい判断をさせて頂くには、常に稽古をしていかなければ身についてゆきません。ですから、どんなことも御祈念させて頂く必要があるのですね。

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2015年05月03日

●一心に願う

 以前、あるご信者がお礼のお届けに来られました。そのご信者は、ミニチュアダックスフンドを飼っておられるのですが、その犬の後ろの両足が突然麻痺して動かなくなり、後ろ足を引きずって歩くようになってしまったのです。そこでそのご信者は、犬を動物病院に連れて行かれました。
そしてレントゲンを撮られ色々調べて頂かれますと、獣医より「腰椎が原因の麻痺です。手術せねばこのままでは治りません。手術には老犬でリスクがあります。痛み止めの針治療をして温めておきましょう。」とのことです。そこでそのご信者は、早速お届けに来られました。


★そこでそのご信者に「家にお祀りしておられる御神殿の前に犬も連れて行って一緒に御祈念させて頂きましょう。そして『今から天地の祖神様にお願いさせて頂くから、あなたも一緒にお願いさせてもらいなさい。』と犬に話して聞かせてあげましょう。そして、麻痺している足や腰部に御神酒を付けさせて頂いておかげを頂きましょう。犬は純心ですから有難いおかげを頂きますよ。」とお話しさせて頂いたことでした。


★早速そのご信者は家に帰られて、犬を家の御神殿の前に連れて行かれて一緒に御祈念されました。そして腰部や後ろ足に御神酒を付けられて一心に御祈念されました。すると翌朝、なんと麻痺していた後ろ足が元に戻り、全く以前と変わらない姿で歩くことが出来たのでした。早速病院に連れていかれますと、獣医が「こんなことがあるのですね。」と大変驚かれたのでした。


★ご信者は、飼い犬のことを犬の代わりにこれまでのお礼もお詫びも申されて御祈念されたことにより、有難いご庇礼を蒙らせて頂くことが出来たのです。お導きの方々も同様に、「私がしっかりと改まってご信心をさせて頂きますので、あの方が助かって頂けますように。」と一心にお願いさせて頂いて、一人でも助かって頂ける御用にお使い頂きましょう。

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2015年05月02日

●真心は必ず届く

 私が金光教学院を卒業させて頂いて、御用にお使い頂くようになった年の8月のことです。京都からある老婦人が参拝になられ、「先生、○○君という青年をご存知ですか。大変困っておられるので、是非相談に乗ってあげて頂きたいのです」とおっしゃいました。それは、私が高校に勤めさせて頂くようになって、初めて受け持った生徒の一人でした。

その青年は、大学受験に一度失敗し、次年度に向けて勉強している最中だそうですが、自宅が改築中で、更に父親と意見の相違があって家族の仲も落ち着かず、受験に向けた大事な夏だというのに勉強に集中できず、大変気の毒だというのです。私は、「よくお届けして下さいました。帰られたらさっそく連絡してくるよう、伝えてあげて下さい」と申したところ、早速翌朝にその青年から電話がかかってきました。

★ところが、驚いたことに、お届けになったご婦人からは、まだ青年に連絡がいっていなかったのです。私に連絡を取りたくて仕方がない思いが膨らんで、自ら電話をしてきたという事でした。その後、青年は教会にお参りして一緒にお届けをし、神様にご祈念をさせて頂きました。そして、帰りは車で自宅まで送らせて頂くと、ちょうど、お父さんが自宅から出てこられ、お父さんとも直接話しをさせて頂くお繰り合わせを頂きました。

★青年は、秋季霊祭、御大祭、元日と参拝され、無事希望の大学に合格させて頂くことが出来たのでした。

★私達は、神様から尊い神心を頂いております。その神心を働かせると神様に通じてゆくということが、はっきりと分からせて頂きます。金光様のお取次を頂いて、天地の親神様に通じるように御祈念を足して下さいますと、神様が人の心も動かして下さり、環境も整えて下さる等、一番良いようにお繰り合わせを頂くことが出来るのです。

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2015年05月01日

●歴史を振り返り…

 初代教会長伊藤徳次師は、甘木教会で16歳から足掛け8年、四条教会で半年、島之内教会で1年ご修行して下さいました。

★徳次師が24歳で島之内教会にご修行なさっているとき、当時流行していた悪性のインフルエンザ(スペイン風邪)に罹られたのです。なんと意識不明の重体になられ、医師からも手を放されたのでした。徳次師は自宅へ戻られ、伊藤コウ師が一心に神様にお願いし、教師の職務も学校閉鎖・学級閉鎖とお繰り合わせ頂き、5週間手厚く徳次師の看護が出来られ、全快のおかげを頂かれたのです。

そして島之内教会でのご修行の後、阿倍野の地にご布教を始められました。それから5年後、大正10年徳次師は「おかげやで、おかげやで」と言い残され、お国替えされました。二代教会長となられたコウ師は徳次師のご遺志を受け継がれ、昭和2年11月11日に旧広前の新築落成祝祭を挙げられることが出来られ、次々とおかげを頂かれるご信者が増えていかれる礎を築いて下さったのです。

★今年は大きな節の年で、戦後70年、阪神淡路大震災から20年、JR福知山線の列車脱線事故より10年、私が乗るはずのところを生命を助けて頂いた日航123便の事故より30年が経ちます。人間は天地の間に生かされて生きている存在であることを忘れ、何事も人間の力で出来ているかの如く、驕り、慢心した生き方に陥ってしまっています。その事によって過ちを犯してしまうこととなってしまっていることに気付かねばなりません。

★戦中、戦後には大変なご苦労をなさった方々が多数あられて、そのご苦労のおかげで現在日本は結構に発展を遂げ、平和で安心して生活させて頂いております。戦時中には、優秀な方々が戦場で次々と亡くなられ、日本にとっては大変な損失であり、実に悲しいことでした。

戦前、戦中、戦後を生きてこられた人々、亡くなられた人々の生命の上に私達の現在の生活があるということを決して忘れず、後に残された私達は歴史を振り返り、その過ちを二度と繰り返さないようにさせて頂く心構えを持つことが大切です。それぞれの家においてもご先祖の働きにより、現在有難い生活を送らせて頂いていることを忘れず、ご先祖にご安心頂き、喜んで頂ける信心に向上させて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:34 | 平成27年の「み教え」