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2015年04月30日

●信心辛抱

 二代金光四神様はお隠れになる二日前、ご家族にご遺言を残されました。その御遺言通り、金光攝胤様(三代金光様)が数え年14才で御結界の御用を継がれることになられ、明治26年から70年間にわたって84才まで御用におつき下されたのでした。

★三代金光様は、後に東北地方のある教会の在籍教師にみ教え下さっています。「天地の事は、人の力に及びませんでなぁ。神信心には何事も辛抱することが一番大切でございます。教祖様が欲を放して神様の御取次をお受けなさって、四神様がお跡を10年、夜に昼に欲を放れてお座りなさって早うお国替えなされてなぁ。それから何も知らぬ私が座りさえすれば楽じゃと言うて座らしてもらいました。

初めのうちは辛うて辛うてよう泣きましたがな。親様の教えを守らしてもろうて泣く泣く辛抱しいしいに座っとりましたら、欲しいものも考える事もいつの間にかなくなりましてなぁ。有難うて有難うてならんようになり、なんぼう御礼を申しても足りませんのじゃ。御礼の足りませぬお詫びばかり申しております。勿体ない事でございます。」と仰せになられたのです。

★ 三代金光様も数え年14才というご年令で、初めはお辛い思いをなさっておられましたが、神様の思し召しと有難く受け切られ、親様のお祈りを受けられて、ひたむきにお縋りなさって信心辛抱のお徳を表して下されたのです。本当の辛抱とはおかげを蒙らせて頂かねば出来ないことです。辛抱させて頂けば頂くほど、有難い信心辛抱のお徳を積ませて頂けるのです。夫々に与えて頂いているご修行を神様の思し召しと有難く受け切らせて頂き、「どうぞ信心辛抱させて頂けますように」とお縋りさせて頂いて、おかげを蒙らせて頂きましょう。

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2015年04月29日

●「して見せる」

 以前、幼稚園と小学校低学年の子供さんを連れて参拝しておられるご信者がお届けに来られ、「子供はお広前にじっと座ることが辛く、教会へお参りしますよと声をかけますと、じっと座っているなら嫌だ、と言います。」とお届けされました。

★私は、ご信者に「毎日食事をされる時に、子供さんにどういうように声をかけておられますか?一緒に御祈念して御礼を申して頂いておられますか?食前訓を唱えさせて頂いた後に、『日々有難い食事が頂けるのはお父さんが一生懸命働いて下さっているからですよ。おじいちゃんとおばあちゃんが一生懸命今まで働いてきて下さったおかげなのですよ。神様、御霊様、祖父母様、両親のおかげによって、美味しいお食事を頂くことができるのですよ。』と話をしてから頂くようにしましょう。

家でそのようにしておられますと、朝起きた時、外出する時、帰宅した時、夜に寝る前など、神様、御先祖に手を合わすことを嫌がることはなくなりますよ。」とお話しさせて頂いたことでした。

★『して見せて、言うてきかせてさせてみて、ほめてやらねば人は育たぬ』と教えて頂いておりますが、何を「して見せる」のでしょうか?それは、御祈念させて頂くことを親がして見せるのです。毎日、家の玄関の出入りに、車の乗り降りに、お風呂やトイレの使用時など、いつでも手を合わせて拝ませて頂くのです。小さい子供が分かっても分からないでも、親がして見せてお手本を示すことを油断なく続けさせて頂きますと、自ずと子供の身について離れなくなってゆくのですよ。

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2015年04月28日

●油断のない生活

 10年前の25日に、JR福知山線の列車脱線事故が起きました。107名の方が生命を亡くされ、562名の負傷者が出ました。犠牲者、また遺族の方たちが受けた深い傷は消えることはありません。事故後、事故を未然に防ぐことを目的とした高性能の装置(ATSP等の新型自動列車停止装置)をつけることが義務付けられましたが、その装置がうまく作動しないということもあったようです。

人間のすることは完全無欠ではなく、「もうこれで良い、大丈夫である。」ということはないのです。人間の力は微力であるにもかかわらず、大きな力を持とうとするところに過信がうまれてくるのです。自分の力に過信、慢心しておりますと、大きな事故が生じてきます。

★教祖様は『此の方といえども、ひとつ間違えればいつ神様からおひまが出るやらわかりません』と油断のないご姿勢を示して下さいました。また、三代金光様は、『何十年つとめましても、油断がなりません。日々がさらです』と御理解下さいました。「さら」とは「新しい」という意味です。

驕りがましい心を去り、天地に対する畏敬の念を心に頂きながら、今日一日与えて頂いているすべてを大切にさせて頂いて、常に一から出発させて頂くつもりで日々新たな勉強に取り組み、新たな知識や技術を取り入れていく努力をさせて頂くことが油断のない生活となるのです。そしてさらにこれまでの良いところは残し、より一層高度な技術を目指して切磋琢磨し、日々研鑽させて頂くことが大切です。

★生涯を未完成の心持ちで、油断なく日々神様に心を向けて信心を基にした生活をさせて頂き、今日一日を精一杯真剣に取り組み、世の為、人の為にお役に立たせて頂きましょう。

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2015年04月27日

●親も子も共に信心の向上を願う

25日には、青年会学生会総会が開催され、北川明彦氏より有難いおかげ話を聴かせて頂きました。また田川元康氏より講演を頂き、有難い子孫の信心教育の場を与えて頂きました。

★阿倍野教会では「信心と勉強と御用がさせて頂けますように」と、幼い頃から願いを持たせて頂くことを教えて頂いております。信心を基にして勉強をさせて頂き、信心を基にして家のお手伝いや御用もさせて頂くのです。その稽古を積み重ね、将来立派に世のお役に立つ人間に成長させて頂くことを願わせて頂いております。

また、家庭に於いて子供さんが小さい頃から手を合わせて拝むことが出来るように、親が子供の真心を作ってゆくのです。その家庭環境を作っていくのは親の役目ですから、それを怠りなくさせて頂くことは大変大切なことです。幼小の頃からみ教えを頂き、手を合わせて拝ませて頂く稽古をさせて頂いておりますと、自ずと真心が育っていきます。

★二代教会長伊藤コウ師は「ただ勉強が出来たら良い、ただ仕事が出来たら良い、ということではありません。人間の徳性を磨かなければなりません。学習はしても人としての心が育ってなければ、大変恐ろしい事になってしまうのです。」とみ教え下さいました。正しいことが正しい、間違っていることが間違っているということが分かる、「是非の心」を育てなければなりません。

★子供の信心向上を願うならば、親の信心も向上させて頂かねばなりません。親が心の底から信心とは有難いものだということを感じていなければ、子供には尊いものは伝わりません。「まだまだ私の信心は本物にはなっておりません。どうぞ本物に近づかせて頂けますように。」と実意丁寧に信心させて頂いておりますと、「お父さん、お母さんのおっしゃることは間違いない!何か迷うことが出来てきたら、両親に尋ねよう。そうすれば必ずみ教えに基づいた正しい道を教えて頂ける!」と子供にも有難いものが伝わってゆくのです。
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2015年04月26日

●徳と力を頂く道

 ある高校生の学生さんが、三代教会長先生のもとにお届けに来られました。「クラスで、学校行事の実行委員になりました。委員になった仲間と放課後も話し合い、進めていこうと頑張っているのですが、クラスの中に、『お前らは気に入らん、良い格好しやがって!』などと言い、妨害したり、時には脅してきたりする人がいます…私も腹が立ってなりません。どのように考えさせて頂いたらよろしいでしょうか?」とのことでした。

★三代教会長先生は、「徳と力を頂く事が大事なことですよ。ただ努力していますというだけでは無く、お徳と力を頂かなければなりません。あなたは、十代にして徳と力を頂くという事に心を配らなければならない事に立ち至ったということがおかげですよ。ここで大切な事は、まず自分自身がもっともっと一生懸命に改まり努力して、人よりも更にずば抜けてしまう事です。

まだまだ足らんのです。クラスの人から、どこから見ても有難い働きを皆の為にしてくれているという風に見て頂くだけの人間になりなさい。もう一つは、『あの人の言うことだったら聴かせて頂こう。付いて行こう』と思うて頂けるだけの徳性を磨きなさい。そうなるまでは、どんな嫌がらせや、悪口を言われても挫けないことです。

そして大切な事は、いつも謙虚である事です。人間がどんなに一生懸命にさせて頂いても足りないことばかりです。どうぞ足りない所を足して下さいと神様にお願いさせて頂きなさい。
その人の口をもって自分自身の中に思い上がった所があるという事を知りなさい。自分をより良く見せたい、褒めてもらいたいという心があるのを神様が戒めて下さっているのです。」とみ教えなさったのでした。

★お道のご信心では、よい運命に導いてく為の基礎を教えて頂きます。特に、若い人の信心が向上し、徳も力も身に付けた有り難い姿に成長させて頂くことは、国全体、世界全体が結構になることにつながっていくのですよ。

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2015年04月25日

●日々油断なく…

 先日も大変有難い御礼のお届けがありました。そのお方は、会社で輸出入を担当されているのですが、ある時、海外の得意先から会社に「振込先をポーランドの銀行に変えたので、そちらに送金して下さい」という内容のメールが届きました。代金は日本円にして1000万円以上だったそうです。そのお方がその通りに振り込もうとされますと、銀行から連絡があり、口座番号が合わず、振り込むことが出来なかったそうです。

銀行から「メールではなく、FAXで先方に確認して下さい」と指示を受けられましたので、確認させて頂きますと、海外の得意先から回答があり、「振込口座を変更するようなメールは送っていない」ということが判明しました。なんと、企業に対する振り込め詐欺だったのです。一度で送金できなかったことがおかげで、被害にあう所を未然に止めて頂かれたのでした。

★私達の生活の中には、常にさまざまな危険が潜んでいます。便利なところにほど落とし穴があります。ですから神様からお守り頂けるよう、日々油断なく御祈念させて頂くことが大切です。金光様は『清き所も汚き所もへだてなく天地金乃神はお守りあるぞ。わが心に不浄を犯すな』とみ教え下さっています。日の当たる所も当らない所も、清い所も汚い所も、皆お守り下さる神様です。氏子が「おかげが頂けない」と思っているだけであって、神様はいくらでもおかげを下さいます。日々み教えを頂いて不浄の心を去る事が大切です。

★本日は、夜7時より青年会学生会総会が開催されます。ご家族揃って参拝させて頂き、おかげを頂く受け物を作らせて頂きましょう。

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2015年04月24日

●一生が修行

 甘木教会の初代・安武松太郎師が、あるお方に、「一心に信心しておかげを頂きなさい」とみ教えになられたそうです。そしてその一年後に、同じお方に、「一心に信心しておるか」とお尋ねになりますと、「はい、一心に信心しております」と答えられたそうです。安武松太郎師は、「そうか。信心する、というのではまだいかん。信心させて頂くのでなければならん」とみ教えになられたそうです。

更に一年後、同じお方に、「信心させて頂いておるか」とお尋ねになりますと、「はい、信心させて頂いております」と答えられたそうです。そこで安武松太郎師は、「そうか。しかし、信心させて頂くだけではまだいかん。言うこともすることも、信心になりきらねばならん」と、み教えになられたということです。

★安武松太郎師は、『研きてもなお研きても研きても さびてはてなきわがこころかな』と、お歌に残して下さっておられます。磨いているつもりでも、「錆びて果てなき」と、教えて頂いているのです。日参と聴教に励み、み教えの鏡に照らし合わせて、常に自分の心と体をみつめ直させて頂きましょう。油断をすると、いつのまにか心と体に塵がつもり、有り難い心が薄れ、おかげを取り外してしまうことになります。どんな時にでも、誰に対してでも、和らぎよろこぶ心で、神様のご機感に適う姿になりきらせて頂くことは、生涯のご修行です。

★青年期には青年期の、壮年期には壮年期の、老年期には老年期のご修行があります。おかげを十分に頂ける心と体を作るつもりで、いつも油断なくご修行の日々を積み重ねさせて頂きましょう。

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2015年04月23日

●あと19日間あります!

 先日、あるご信者が「父の歯茎がゆるんで、歯がぐらぐらしてしまっているのですが、治療方法がないと医師から言われました」とお届けされました。

「お医者様が手を離されたというのは、有難いことではありませんか。御大祭前にそのような事が起きてきたということは、御大祭に向けて今からご神酒でおかげを頂きなさいと神様が教えて下さったと思わせて頂きましょう。毎日ご神酒を口に含ませて頂き、指でしっかりと歯茎をマッサージさせて頂きましょう。日を切ってご修行させて頂く大変良い機会ですね」とお話しさせて頂いたことでした。

★皆それぞれに、御大祭までに目の前に与えて頂いた課題があります。それを我が家の課題、自分自身の課題に気付いて「どうあってもおかげを頂かせて下さい!」という気にならせて頂けるかどうかが、おかげを頂けるかどうかの境目となるのです。『おかげをぜひいただかなければ帰らないという気でいる者こそ、おかげがいただけるのである』と仰せられますところの御意味は、「何が何でもという気持ちでお参りさせて頂き、自分自身の心を改めさせて頂きなさい」ということです。

★5月11日の阿倍野教会の御大祭まで当日を含めてあと19日となりました。19日間あれば、身体の上にも心の上にも、充分な準備がさせて頂けます。福田美亮師は「信者の心得」の中で『大祭前には十日でも一週間でも、只の一日でも何か特別の修行をする事』とみ教えを下さっています。今から御大祭までを信行期間だと思って、しっかりとご修行させて頂きましょう!

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2015年04月22日

●有難いお気付け

 お父さんの代から工場を経営なさっておられたご信者が、ある日取引先から500万円の不渡りを受けられました。

★そこで教会へお届けに来られ、二代教会長伊藤コウ師より「不渡りを出した相手を憎んだりしてはいけませんよ。恩人だと思って拝みなさい。あなたの会社にとって貴重な改まりの機会を頂いたのです。今回500万円の不渡りを受けたということですが、これまでに500万円以上無駄が積み重なって、ご無礼があったということに違いないのです。」とみ教えを頂かれたのです。

さらに「神様に一心におすがりして、必ず立ち行くおかげが頂けますようにとお願いしなさい。そしてこの仕事で必ず立ち行かせて頂いて、御恩返しをさせて頂こう、という覚悟をしっかりと持たせて頂くことです。長年営業していた工場を閉めなければならない状況に陥ったことには何か理由があります。朝一番に起きて工場内を見直しなさい。」とみ教え下さったのでした。

★早速そのご信者は、工場内を見直しされますと、あちこちに使いかけの材料が無駄に置いてあることに気付かれたのです。そこで、材料の無駄、時間の無駄、人の労力の無駄など、生活全般の無駄を見直し、更には親子で一番に出社して、仕事の準備をするように改まれたのです。み教え通り、不渡りを受けたという事実を有難いおかげにさせて頂かれたことによって、生活全般、仕事全般を見直させて頂くことが出来、現在も繁盛のおかげを頂いておられます。

★改まりに気付かせて頂いたことがおかげであり、本気になってお願いさせて頂き、取り組ませて頂いたことにより有難いご庇礼を蒙らせて頂くことが出来るのです。自分に都合の良いことが起こってきたらすぐにお礼を申すことが出来ますが、自分に都合の悪いことが起こってきますと、不足が先に出てきやすいものです。そこで、何か事が起って来た時にすぐに「神様、有難うございます。この度は有難いお気付けを頂きました。これをおかげにさせて頂けますように!」と御祈念させて頂くのです。そして毎日謙虚な心でご修行に励み、相手の立ち行きと助かりを願うことから、真の改まりが生まれてくるのですよ。

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2015年04月21日

●心が豊かになるもと

 三代教会長先生のご長兄の妻女増田得子氏は102歳までご長寿のおかげを頂かれました。95歳を超えられても1人で自炊や散髪をなさっておられたのです。何を召し上がられても「美味しい」と頂かれ、日々いつも喜んで生活しておられました。

また人のお世話をすることが好きで、お若い時には勤め先の近くに非常に忙しいお店があり、そこのお子さんのお世話を真心込めて親切丁寧になさったそうです。そのお子さんが段々と成長されて「第2のお母さん」とまで言って下さるようになり、結婚される時にはお嫁さんを紹介しに訪ねてきて下さったのです。

何の見返りも求めず、真心込めて親切にさせて頂いたことは、すべて自分自身に返ってくるのです。心が豊かになるもとは、どれほど人のことを広く大きく祈らせて頂くかということです。

★『人が人を助けるのが人間である。』『たとえ人にたたかれても、決して人をたたくのではないぞ。人に難儀をさすな。良い心にならせてもらえば有難いと思い、すれ違った人でも拝んでやれ。出来るだけ人を助けるが良い。』

★日々様々なことが出来てくる中で、どのような状況でも喜んで人の助かりをお願いさせて頂くということは御修行となりますね。人の悪いところを見て、悪いところを耳にして、悪いところを口に出して生活していますと、自分自身を不孝にしてしまいます。愚痴不足の多い生活をしていますと、マイナスのエネルギーに引き寄せられるように、次々と不足を言いたくなることが起きてくるのです。反対に良いことを見て、良いことを口に出し、良いことをお願いさせて頂きましたらプラスのエネルギーに引き寄せられて良いことが集まってくるのです。

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2015年04月20日

●祈りは届く

 三代教会長先生は御生前中、御用のご都合の付かれる限り、阿倍野の大阪市南霊園にある奥城に参拝なさっておられました。阿倍野教会の奥城を拝まれ、伊藤家の奥城を拝まれ、親教会を始めご縁につながるお教会の奥城を丁寧に拝んでおられたのです。

ある時、偶然に戦友(桂岡正三命霊神)のお墓を見つけられたのです。その碑には聯隊長のお詠みになった歌が刻んでありました。
○「砲声の谺(こだま)するなる月今宵(つきこよひ)サマット山に君をしぞ思ふ」 その方は、フィリピンで戦死なさったのでした。同じように訓練を受け、戦場に出征なさり、大変親しくなさっておられた方であられたそうです。それからは、その方のお墓も毎回拝んでおられたのです。

★するとある日、その方のご遺族から教会に、「墓前祭を仕えて頂けますか。」とお電話があったのです。教会にご縁があられたご家庭ではありません。どのような事情かは分かりませんが、わざわざ阿倍野教会にお願いしてこられたのでした。三代教会長先生の真心からのお祈りが御霊様に届き、御霊様がご遺族に働きかけられたのでしょう。

★よく、「何も出来ません」という言い方をする人がありますが、その考えは大きな間違いです。祈ることが出来るのです。人間の力だけで出来ることは微々たるものですが、祈ることは無限にさせて頂けるのです。生神金光大神様のお取次を頂いて、周囲の人々のこと、御霊様のこと、子孫のことを祈らせて頂きますと、広大なご神徳のご庇礼によって、有り難い助かりの世界が開かれていくのです。

★大切なのは、生神金光大神様のお取次を頂いて祈らせて頂くことの有り難さを分からせて頂き、心の底からお縋りしきって、真剣に祈らせて頂くことです。それこそが、私たちがさせて頂ける唯一のこと、と言っても過言ではないのですよ。

★『氏子、石金でも舟に積んだら浮かぶであろう。人はおかげの舟に乗るがよい』

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2015年04月19日

●強く確かな信心を目指して… 

 私は、幼い頃より脱腸の症状があり、幼稚園に行く前には腸を上から押さえるベルトを装着していたこともありましたが、おかげを頂いてその後の小・中・高時代も何の支障もなく生活させて頂いておりました。ところが、大学生になってから、運動をしている最中に脱腸が起き、20才の頃で手術の必要ありと診断され手術を受けることとなったのでした。

★担当の医師はベテランの医師で安心しておりましたが、下半身麻酔をして頂いていざ執刀して下さったのは、若い研修医でした。私はそれを聞かされてから心配でたまらなくなりました。「金光様…金光様…」とご祈念させて頂いておりましても心配がとれません。おまけに手術の間に全ての音声が聞こえてきます。余計に不安に駆られ、手術が終った時には、緊張のあまり自分で指を動かし開くことが出来ないほど強く手を握り締めていたのでした。

★後に手術室の看護師の方にお聞きしたところによりますと、本来なら30分で終わる手術を、研修医の先生だったので、丁寧に念入りに処置をして下さったおかげで、これから再発の心配のないような手術をして下さったとのことでした。「金光様…」と御祈念させて頂いていたにもかかわらず、神様に一心におすがりできていなかったことを恥ずかしく思った出来事でした。

★おかげを頂いておりながら、ふとした瞬間に不安や心配に駆られてしまい、自分自身を見失ってしまうことがあります。筋肉も鍛えなければ衰えてしまうように、心も鍛えなければ、何事も乗り越えてゆくことは出来なくなってしまうのです。ですから、日々み教えを頂き心に栄養を頂いて、どんな時も迷うことのない強く確かな信心へと成長させて頂きましょう。

★『神様、金光様とお願いで繋がっておるのでは、ご信心が浅い。おかげを受けていつもお礼申しておると、神様とのつながりが深くなるからご信心が強く篤くなる』

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2015年04月18日

●初めの心を忘れることなく

 伊藤の家の信心の初めは、コウ師のご母堂ハル氏お一人の熱心なご信心によるもので、コウ師のお父上・房次郎氏は信心に大反対でした。しかしハル氏は、どこまでも諦めず、心が変わって頂けるように一心におすがりなさいました。

★ある時、房次郎氏は、「神様なんぞいるはずがない。もしいるなら、このわしの手足が動かなくなるはずだ。」と言われ、家にお祀りしてあった小さな御神殿を庭に投げつけて壊してしまわれたのでした。すると、程なくして房次郎氏の愛娘・カツ氏の手足が動かなくなり、水も喉を通らない状態になられたのでした。毎日人力車に乗せて医師・薬・針やお灸など色々手を尽されましたが、一向に良くなりません。 とうとう、房次郎氏が「どうしたら良かろう…」とハル氏に尋ねる心になられました。するとハル氏は、「お父さんが教会に参拝なさってお取次頂いて下さったら、きっと良くなります。」とすすめられ、その時初めて教会へ一緒に参拝なさったのです。

★そこで房次郎氏は、お結界で畳が濡れるほど涙を流し、「どうぞ助けて下さい。」と願われたのでした。するとお結界の先生は、「伊藤さん、貴方の心は神様に届きました。帰ってご覧なさい。おかげを受けていますから…。」と仰せられました。急いで帰られると、それまで口もきけない、水も喉を通らない状態であられたカツ氏が、「お父さん、お帰り!」と玄関まで飛んで出て来たのです。そこで親子が抱き合って泣いて喜び、そこから、家族中が勢を揃えてご信心なさるようになられたのでした。

★阿倍野教会に於きましても初代教会長先生が伊藤家の世継ぎとなられた後は、四条教会・島之内教会でご修行して下されたことによりまして、大正11年11月11日に開教式をお仕え申し上げることが出来、阿倍野教会の布教の礎を築いて下さいました。

★御大祭までの20日間、入信当初のことを振り返り、商売でも夫婦の間でも、初めの頃を忘れない生き方をさせて頂いて、現在の有難さを再確認し、ご恩に報いる生き方に務めさせて頂きましょう。

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2015年04月17日

●受け継がれてゆく道

 15日には池田豊一氏、真名美氏夫妻が金光教学院を卒業し、修行生として阿倍野教会に戻りました。そして6月15日の教団独立記念祭で金光教教師の補名を受けることになられます。

★池田家のご信心は、池田太一氏から始まります。太市氏は、九州の筑後川の吉井という所から甘木教会に参拝され、熱心に御信心なさったお方で、そのご信心のお徳により池田の家も縁に繋がる親族が戦時中に一名の戦死者も無しにおかげを頂いています。そして、太一氏から続くご信心が子孫代々に続かせて頂いているという事は、大変有難いことであります。

★初代教会長先生(池田徳次師)は、兄(庄五郎氏)の病気全快のおかげを頂かれたことがきっかけで、家族で話合いをした結果、16才の時に甘木教会に御修行に入られました。足かけ8年間甘木教会で御修行なさった後に、御縁を頂かれて23歳の時に伊藤コウ師と結婚なさって伊藤の家に入られ、阿倍野教会の礎を築いて下さいました。

★太市氏のその熱心な御信心と、初代教会長先生の御修行して下さったおかげで、池田の家も伊藤の家も今日まで6代目のご信心が続かせて頂くおかげを頂いているのです。★御先祖がおかげを頂かれた元を習わせて頂き、それを後の者が受け継がせて頂きますと、自分自身はもちろんのこと、子孫の端々までおかげを頂いていくのです。

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2015年04月16日

●気付かない自分の姿

 二代教会長伊藤コウ師は、あるご信者に、「あなたの御礼の心は小さいなあ。顕微鏡で見ないと見えないような、小さな小さな御礼の心では情けないですよ」とみ教え下さったそうです。その事を思い出してはそのご信者は「未だ私の御礼の心はまだまだ小さいことを申し訳なく思っています。

一番大切でありながら、私の分かっていなかったところを教えて頂いたことは、有難いことです」とお礼とお詫びのお届けをなさっておられます。誰しも信心に至らない部分があり、日々頂いているおかげに対してお礼の心が足りていないのです。

★しかしながら、そうした自分の姿が、なかなか自分自身で分からないものです。そこで、親神様は、それぞれに必要なご修行を日々の生活の中で与えて下さるのです。神様は、その人間に必要だからこそご修行を与えて下さるのですから、ご修行から逃げようとしても、それは先延ばしにするだけのことです。ご修行の意味が分からないと、「なぜこんなご修行をしなければならないのか」というような思いになるようなこともあるかもしれません。

そうではなくて、神様が与えて下さるご修行を、「どうぞめぐりのお取り払いを頂けますように。一歩でも半歩でも信心を進めさせて頂けます様に」とお願いさせて頂きながら、有り難く受けきらせて頂くことによって、生き抜いていく力を大きくして頂き、鍛えて頂き、より一層お役に立つ人間に成長させて頂くことが出来るのですよ。

★『金光様のご信心をしております、毎日神様を拝んでおります。おかげを受けておりますというだけでは、まだ金光様のお道はわかってはおらん。色々のご修行を頂いて、骨を折ってご信心しておると、次第に金光様のご信心のお道が本当に分かってくる。』

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2015年04月15日

●『我、日に三省す』  

 幸代先生が小学校2年生の頃のことです。ある日、二代教会長伊藤コウ師の元に漢字書き取り練習ノートを持って来ました。そして「親先生、昨日までは、ずっとAの三重丸を学校の先生から頂いていたのに、今回はCの一重丸でした。どうしてでしょうか?」と尋ねました。

コウ師は「よく尋ねに来ましたね。尋ねに来るということが有難いのですよ。一緒に見て考えてみましょう」と、お手本と見比べて間違っている所を教えて下さったそうです。そして、幸代先生は教えて頂いた通りに、時間も忘れて一生懸命に練習し、翌日の練習ノートをコウ師に見て頂きますと、その日はAの三重丸を頂いていました。

★小学生の子どもが、自分の間違っている所が見えておらずに、尋ねに来るのと同じように、信心の上においても、教えて頂きたいという気持ちにならせて頂くという事が肝要です。さらに、教えて頂いたことをそのまま素直に実行させて頂きますと、すぐにおかげが頂けるのです。

★人間は、自分の姿がなかなか分からないものです。どこが間違っていて、どこを改まってゆけばよいのかが、自分では分かりません。ですから、教会でみ教えを頂かねばならないのです。み教えの鏡に照らし合わせて自分の姿を見直す機会を日々多くしてゆくのです。『我、日に三省す』という言葉がありますが、それは「一日に三度省みる」ということではなく、「一日に何度も省みる」という意味です。み教えを日々頂き、常に自分自身の生活を見直し、考え直して、反省と改まりを積み重ねさせて頂きましょう。

★『めでためでたの若松様よ、枝も栄える。葉も茂るとめでたい時に歌うが、枝も栄え葉も茂るのは幹が太るからじゃ。 幹が太るのは地の下に目には見えぬが、大きく根を張っておるからじゃ。 もとになる根が枯たら、太い幹も茂った枝葉も枯れてしまう。日々信心の根張りをよくしておると無常の風が吹いても倒れることがない。おかげで枝葉も茂って繁盛する。これがめでたいのである』

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2015年04月14日

●自分勝手な信心、御用にならないように…

 桜の花も満開の時期を過ぎ、花びらが次々と散り始めました。この頃になりますと、いつも学院で教えて頂いたお話を思い出します。

★金光教学院では洒掃をさせて頂く時間があります。ある学院生が地面に落ちた桜の花びらをほうきで掃いていました。しかし、掃いても掃いても落ちてくる桜の花びらを見て、どうせ落ちるんであれば早く落としてしまえば、掃除も早く済むと思ったのでしょう。桜の木を揺すり始めたのです。

それを、見られた学院の先生は、学院生に「なんと心ないことをするのですか。花びらにも生命があるのです。」と注意されたのでした。散りゆく花びらにも生命の輝きがあり、私たちの目を楽しませてくれるのです。自然の働きの中から享受している有難い物を壊してしまうのは、実に自分勝手なことであると分からせて頂いたお話でした。

★自分にとって合理的、自分の都合、勝手に物事を考えますと、心ないことが生まれてくるのです。御用でも時間を短縮することばかり考えて、合理的に機能的にということばかりに力を入れてしまいますと、心を失ってしまい「今日も有難かったなあ…」と振り返ることが出来るような有難い御用にはなりません。自分は御用をしているつもりでも自分勝手な御用の在り方では、周囲が助かり共に有難いおかげを頂いていくことにはなってゆかないのです。「有難いなあ…」と喜びに満ち満ちて御用させて頂いて、周囲の方が助かり、有難い心でお導きの御用にお使い頂いてこそ、そこに信心のお徳が頂けるのです。

★『私がおかげをあげるのなら今すぐにでもあげるが、神様が下さるのじゃからなぁ。神様からおかげを頂けるような信心をしなければならん。信心は何通りもある。参るのは参り信心。頼むのは頼み信心。拝むのは拝み信心という。また、そのなかでも参り信心が取り所じゃ。数多く参っているうちには、ああいう信心をすればああいうおかげ。こういう信心にはこういうおかげと、神様からおかげの頂ける信心がおいおい分かってくるようになる。』

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2015年04月13日

●凝り固まらないように、心を大きく広く

先日あるお方が、「会社で自分が意見を言うと、全く反対の意見を言い、けなすような言い方ばかりする方がいます。この様な状態で仕事や会議など到底やっていくことが出来ません。」とお届けされました。

★そこで「その方がおられるから、あなたが成長させて頂くことが出来るのですよ。自分の意見がなかなか思うように通らなければ、どの様にさせて頂けばもっともっと認めて頂けるようなものにならせて頂けるか、さらに工夫して努力し何度も重ねて実行させて頂くのです。

そして感情に捉われずに意見を出させて頂くのです。ですからその方の存在を、『あんな人はいなければいいのに…。』等と思わずに、『その方が居て下さって有難い、貴重な意見を出して下さって有難うございます。』と拝ませて頂くのです。敵対する心になりますと、決して結構にはなりません。

また、厳しい言葉の中には、自分自身が聞きたくない、認めたくないというような真実が含まれているかも知れません。その厳しい意見をおかげにさせて頂く方へ有難く頂くことが大切です。そして、誰に対しても実意丁寧に接し、冷静沈着にお仕事に取り組ませて頂いたらよろしいでしょう。そして皆から『あの人の意見なら協力しましょう』と言って頂けるような有難いものをしっかりと育てさせて頂きましょう。それが、あなたに今求められていることですよ。」とお話しさせて頂いたことでした。

★五本の指でもいろんな働きがあるように、色んな意見があってこそ、より良いものが生まれるのです。一つの方向でしか物事を考えることが出来ないというようなことではなく、物事を色んな方向で捉え考えさせて頂くことによって、物事のバランスが取れて、正しい方向へ進めさせて頂くことが出来るのです。
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2015年04月12日

●まずは心のおかげを

 あるご信者は、80才を過ぎてから白内障が進行し、御大祭の後に手術を受けられる事になりました。「手術の日取りを決めましょう」と医師から決断を迫られていたのですが、ご信者は毎日御本部の御神水で目を洗い、それから御神酒を目に頂いて御祈念なさっておられました。すると、次に診察を受けられた時には、手術の必要がないまでに、両眼ともきれいになり、晴眼となる大みかげを頂かれたのです。

★二代金光様は、『心のおかげが大事じゃぞ。心のおかげを先に受けたら、身のおかげは自然に受けられるのじゃ』とみ教え下さっておられます。心のおかげを頂くとは、第一に、喜びに満ち満ちて感謝の念を大きくしてゆくことです。第二に、自分がまだまだ至らないと自覚し、すぐに心からお詫びを申せるようになることです。第三に、どこまでも諦めずに真心で一心に願えるようになることです。

常に心掛けたいことは、「一、心が清く、慎ましやかである。二、愛情が豊かである。親切である。三、改まる勇気を持つ。」の三つですね。せっかく親神様がおかげを授けてやろうと思し召し下さっても、こちらの心が曇っていては、人や医療等にばかり頼り過ぎてしまい、肝心の親神様に一心にお縋りすること、「祈れ、くすれ」ということにはなりませんね。

★阿倍野教会の天地金乃神様の御大祭まで、およそ一ヶ月となりました。御大祭のご庇礼を十分に蒙らせて頂けますよう、熱のこもったご信心を進めさせて頂きたいと思います。ご飯を炊くのに、ロウソクや線香の火では炊けません。それが可能となる火力(熱)が必要です。日参と聴教に励み、また、月例祭等の御祭典には心を込めて参拝させて頂くことによって、熱のこもった信心となり、正しい判断と、正しい努力がさせて頂けるように、心も体も鍛えて頂けるのですよ。

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2015年04月11日

●神様のおかげで生かされている自覚

 あるご信者が先日退院のお礼届けに参拝されました。ご信者は乳癌を患われましたが、どこにも転移することなく部分切除手術を受け、無事成功のおかげを蒙られました。

★癌が見つかった時には、直径2pほどあったのですが、毎日御祈念しながら御神酒を胸につけさせて頂かれましたら、次の検査では1.5pまで小さくなっていたのです。医師からも「こんなことはまずありませんよ。また、こんな初期に見つかって良かったですね!」と驚かれるほど最小限の治療で済まれたのです。ご信者は診断を受けられても気持ちが打ちひしがれることなく、むしろ御礼を申され「一番良いようにして頂けますように」とお願いされ、治療を受けられました。ですから、手術を受けられてからは早く回復され、先日無事に退院のおかげを頂かれたのでした。

★神様のおかげを頂いて生かされている自覚がなければ、心の底から御礼を申すことは決して出来ません。私達は、神様から日々生命と身体を授けて下さり、天地の親神様のお守り下さるご神徳に満ち満ちた大地に住まわせて頂き、天地のお徳に満ち満ちた空気・お水・食物等を頂いて、日々結構に生活させて頂いていることを悟らせて頂きましょう。

★『世界中天が下の者はみな天地金乃神の氏子である。天地金乃神のおかげは世界にいっぱい満ちておる。そのおかげがなければ空気がないのと同じで、人間は一時も生きてはいられない。』『この大地もその他の物もみな神の物であるのに、我が物でする我が金ですると思い、神にお願いをしないでするから叱られるのも無理はない。家を建てるにも神にお願いして神のお土地をお借りし、今までの無礼をお詫びして建てれば差し支えはない。』


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2015年04月10日

●何事も御祈念して取り組む

「仕事を始める前と、終わった時には必ずご祈念をさせて頂きましょう。」
一、神様 御霊様 家族のおかげで家業に精励させて頂けます。ありがとうございます。
一、今日までお命を頂き、お育て頂いた「お礼の働き」ができますように。
一、天地のお恵みであります水や火や電気を使わせて頂きます。無理・無駄・ムラ等、御無礼・不行届きのありませんように。
一、食材を無駄にしませんように。
一、時間を大切にし、集中してできますように。
一、思い違い、考え違いのありませんように。
一、神様より与えて頂いている能力を、十二分に発揮できますように。
一、親孝行、ご恩返しができますように。
一、お客様に喜んで頂け、幸せになって頂ける店作りが日々新たにできますように。
一、地域の他店舗や同業者が共に繁盛しますように。
一、地域・社会の発展に貢献でき、お役に立つ店舗にならせて頂けますように
  お願い申し上げます。 
★『信心するという心におかげはない。信心させて頂くという心におかげはある。商売するというから神は見ておる。商売させて頂くという心になれば、神はつきまとうてさせてやる。』

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2015年04月09日

●親孝行のお徳 

 昨日はみかげ会例会が開催され、三上氏の有難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★三上氏は、昭和57年に結婚されてすぐにお義母様のお導きを頂かれ、入信させて頂かれました。第2子を授かった際に奥様が突然出血され、医師からは「99%流産です。諦めて下さい」と告げられました。

ご家族が懸命にご祈念され神様におすがりされますと、なんと翌日の検査で赤ちゃんが元気にしていることと、破水で減っていた羊水が元に戻っていることが分かったそうです。医師が「不思議なことがあるものだ」びっくりされたほどでした。そして無事安産で元気な次女さんを頂かれたそうです。

★結婚された際には奥様の実家の近くに家を購入されたのですが、その4年後奥様の実家で両親と同居されました。そのお家も手狭になり河内長野市で75坪の土地に新築のおかげを頂かれました。その後、時期もご都合お繰り合わせ頂かれて、家族6人が揃って不自由なく住める100坪の土地に新築のおかげを頂かれ、二度も地鎮祭をお仕え頂かれたのでした。

さらに二度目の新築を機に、以前よりお願いなさってこられた教徒の列に加えて頂かれ、三上氏のご先祖御霊様と奥様のご先祖御霊様を一緒にお祀りされ、毎年有難いお礼のお宅祭を仕えておられます。

★三上氏は島根県のご実家のご両親のことを常に大切に思われ、時間を見つけて帰省され、親孝行されています。また、奥様のご両親とも同居されて、日々孝養を尽くしておられます。ご先祖の御霊様、親様、そして周囲の人に対して実意・丁寧を心がけ、出来てきた事を全て神様におすがりして、ご信心を基にしておられるのです。

そのご信心により、お仕事やご家族の身体の上にさまざまな困難を乗り越えさせて頂かれ、おかげを頂いてこられました。親孝行のお徳がどれ程有難いかという事がよく分からせて頂けますね。

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2015年04月08日

●叱って教えてもらうのはありがたいのぞ

 今月の真栄根会例会でおかげ話をなさった桃井氏のお家は、お祖父様のご病気がきっかけで入信なさいました。お祖父様は乾性肋膜炎を患われ、医師から3年間絶対安静にするよう告げられたのでした。ところが、安静になさっていても症状は悪くなるばかりで、妻であるお祖母様は神社仏閣に参拝なさっては、病気の全快をお願いしておられたのでした。

そんな時、阿倍野教会のご信者にお導き頂かれ、二代教会長・伊藤コウ師より、「あなたのご主人は、大切な恩人のご恩をすっかり忘れておられます。ご主人とよく話し合って、これまでお世話になった方々へ日夜お礼を申しておかげを頂きましょう。」と、み教え頂かれたのでした。

★さっそくご主人に話されますと、ご主人は幼い時に父親と祖父を亡くし、伯父夫婦に大切に育てて頂いて、高等師範学校まで出して頂いたということを、初めて聞かされたのでした。大きなご恩を忘れ、お世話になった方に無沙汰を続けて何のご恩返しも出来ていないということに気が付かせて頂かれたのでした。

★その旨をお届けさせて頂かれますと、伊藤コウ師より、「それでは、朝昼晩、夜中と一日四回のお参りをしなさい。この御神米を目当てに、産みの親、育ての親の顔を思い浮かべながらお礼を申し、お礼の足りないお詫びを申しながら病気の全快をお願いさせて頂き、一週間でおかげを頂きましょう。」と、み教え頂かれたのです。心を改めて、み教え頂いた通りにお礼の信心に励まれますと、一週間と日を切って頂いたところを6日間で病気全快のおかげを頂かれたのでした。

★『信心しながら次へ次へ不幸せが重なると、「なんぞの所為(しわざ)ではないでしょうか。なんぞの罰ではないでしょうか」と言うて参る者があるが、どうして、神様がかわいい氏子に罰をお当てなさろうぞ。「心得が違うておるぞ。気をつけい」とお気づけがあるのじゃから、今までとは心を改めてご信心すれば、不幸せがおかげになってくる。叱って教えてもらうのはありがたいのぞ。叱られるくらいでなければどうならぬ。』

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2015年04月07日

●心配りに徹する

 あるご信者は熱心に楽人としてお琴の御用に励んでおられました。そして、二代教会長伊藤コウ師が御在世中の頃、御本部の御大祭で祭員に就かれるコウ師の御着替えを、毎回お手伝いしておられたお姿をお見かけしておりました。

★ある時、ご信者は他のご信者の行き届いた御用に感心され、コウ師に「あの人はどうしてあんなに気が付かれるのでしょうか?」とお伺いされました。するとコウ師は「あの人は、自分のことは一つも考えずに人の事ばかり考えておられるからあんなに行き届かれるのです。」とおっしゃったのです。

★ご信者はそのみ教えを頂かれ、同居しておられた大変厳しいお舅さんに対して、何事も逆らわないことをご修行に決められたのです。それからは、お舅さんのことばかりを考え、心配りに徹することをご修行なさるうちに「主人を小さい頃から苦労して育てられ、私のような行き届かない者を嫁にもらって下さって、ようここまで辛抱して下さっていることだ。」とお礼が申せるようになられたのでした。

★すると、お舅さんが80歳の誕生日を迎えられた時に、教会へ参拝したいと言って下さり、一緒に参拝して下さいました。お舅さんはコウ師に「今日は80歳の誕生日を迎えさせて頂き、有難うございます。うちの嫁をここまで立派な嫁にお育て下さり、有難うございます。今日から日参させて頂きます。」とお礼届けをして下さり、思いもかけず有難いお導きが出来られたのでした。

★当阿倍野教会の御大祭(5月11日)まで約35日あります。心を神様に向け、有難いお導きがさせて頂けますように心配りをさせて頂きましょう。

★三代教会長先生は神様に誓願を立てられ願い続けられました。
1)限りなく、めぐりのお取り払いを頂けますように。(これで良いと思わず、生涯かけて改まり・ご修行を続ける覚悟)
2)限りなく、み教えを頂き続けられますように。(自分自身に日々新たにみ教えを頂き続ける覚悟)
3)限りなく、人が助かりますように。(人が助かる為にお礼の働きを続ける覚悟)
4)限りなく、このお道が成就しますように。(次々と人が助かり、家々が助かり、国全体・世界中が助かり、平和で全ての民族が共に正しい繁栄の姿となるように代を重ねてその一助となる努力を続ける覚悟)

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2015年04月06日

●神様のお働き 

 昨日は、天候初め万事にご都合お繰り合わせ頂き、無事に御本部御大祭参拝のおかげを蒙らせて頂きました。

★私が金光教学院を卒業させて頂き、教師の末席に加えて頂いてすぐの夏のことです。お結界に座らせて頂いておりましたら、あるご信者が京都からご参拝になられ「先生、Y君という学生さんを御存じですか?」とお聞きになりましたので「はい、以前学校に勤めさせて頂いていた時に、受け持ちのクラスに同じ名前の生徒がおりました。」とお話しました。

すると、「その生徒さんです。私の家の近くに住んでおります。小さいころから素直で純心な子でしたから、懇意にしております。しかし高校を卒業後、現在は浪人生活をしております。家庭の中に心配なところがあり、その子自身も落ち着かないので、どうぞ助かって頂けます様に。」とお届けなさいました。私は「ご親切に有難うございます。お帰りになられましたら、Y君に教会へ連絡してもらえるように伝えて頂けませんでしょうか?」とことづけをお願いしたのでした。

★翌朝、そのY君から早速電話があり「是非、本日お参りさせて頂きたい。」と申しますので、「わかりました。待っています。ところでご近所の○○さんから連絡を受けましたか?」と尋ねると、なんと「いいえ、○○さんとは話はしておりません。無性にどうしても電話がしたくなったのでかけました。」と答えたのです。

Y君とは2年半程、全く会うこともなく連絡も取っていなかったのにも関わらず、神様が、そのご信者の真心を受けられて、聞き届けて下さり、Y君の心を動かすように働きかけて下さったのですね。そして、共に御祈念させて頂き、後にY君の卒業校へ一緒に行き、進路指導の先生より御指導を頂きました。さらに、Y君の家にも行かせて頂くと、お父さんがおられ、経緯をお話させて頂いたのでした。それからというもの、Y君は、御大祭や、春・秋の霊神祭に参拝して一心にお願いなさったのでした。すると、進路が定まって大学への進学が決まり、その後も順調におかげを頂いておられるのです。

★私達は、神様から尊い神心を頂いております。その神心を働かせると神様に通じてゆくということが、はっきりと分からせて頂きます。金光様のお取次を頂いて、天地の親神様に通じるように御祈念を足して下さいますと、神様が人の心も動かして下さり、環境も整えて下さる等、一番良いようにお繰り合わせを頂くことが出来るのです。

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2015年04月04日

●難に処する道

 順風満帆で何もかも思うように行くときも、そうでない時も、常に倦まず弛まずお届けをさせて頂きお取次を頂くことが大切です。お届けをさせて頂きますと、お礼もお詫びも存分に申すことが出来、願いを新たにさせて頂くことが出来るのです。

★次にみ教えを有難く頂くことです。普段からインスタント食品ばかり食し、味覚を鈍らせる生活をしていれば、本当に美味しいものが美味しいと感じることが出来ませんね。み教えを頂くことも同様に、心が純真無垢でありますと「有難い!」と感じることが出来るようになります。自分自身の感覚を研ぎ澄まさなければ、有難いものを有難いと感じることが出来なくなるのです。常にみ教えを有難く頂く稽古をさせて頂いておりますと、神様から与えて頂いている神心が働き、どんなことにも対処できるだけの準備が出来てゆくのです。

★さらに、起こってきたことを全て明るい方へ、良い方へとることが大切です。困難なことが起こってきた時に「これで一段と向上させて頂くよい機会を頂いた!」とお礼を申し、出来事をおかげにさせて頂くのです。すると新たな芽が出て、本当の喜びを与えて頂くことが出来るのです。

★難に処する道 
1)難を知る・・・難儀を通して、自分にはどの様な改まりが必要なのかを分からせて頂く。
2)時勢を知る・・・今何をすべきなのか。世の中の流れはどうなっているのかを知る。
3)天命を知る・・・神様からかけて頂いている願いを知る。
4)足るを知る・・・今与えて頂いているお恵みを分からせて頂く。
5)退くことを知る・・・進むべき時にはしっかり進ませて頂くことも大切だが、引くべき時に速やかに引かせて頂くことも大切。

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2015年04月03日

●良い手本になる信心

 昨日は、平成27年の勧学祭を無事にお仕え申し上げることが出来まして、真に有り難いことでございました。

★御祭典で代表玉串と決意表明の御用された学生さんは、高校3年生の時に左膝の関節に骨肉腫ができる病気が判明しました。大学受験をなさるために目標を決めて勉学に励んでおられましたが、大学受験を一時中断され、治療に専念することになられました。

腫瘍の摘出手術は無事に成功し、リハビリも順調におかげを頂かれて、抗癌剤の治療も受け、約1年かけて厳しい状況から順調に回復されて無事退院のおかげを頂かれたのでした。

そして、次の1年は予備校に通われ、この病気を通して「どうぞ人の助かりにお役に立たせて頂けるような勉強がさせて頂きたい。」と願われ、体力も気力も頂かれて再度大学受験に臨まれ、志望の国立大学に無事に合格され今年度より進学のおかげを蒙られます。

★『皆が習う読み書きもお手本と先生が一番大事じゃ。お手本が良うなければならぬ。ご信心して皆の良いお手本になるおかげを受けてみよ。皆がそれに見習うてくる。』

★四代金光様は私達に尊いみ教えを分かり易く説いて下さっています。
『手本に似るということは、我流が抜けていく姿だと思います。我をはるつもりはなくても、自分の思うことが中心になったり、自分の思いを通したりすることは、結局、自己過保護に過ぎない。我を通すことも、わがままをすることも、みなそうだと思います。』
何事も我流になりますとお手本から遠ざかってゆきます。信心も我流になりますと教祖様のご信心から遠ざかってゆき、子孫に有難いものは伝わってゆきません。
お手本に似るということは、我流が抜けてゆくということにもなります。五カ年計画の中に「子孫の信心教育」とあります。子供を授かりますと、両親・祖父母としての信心が進ませて頂かなければなりません。良い両親・祖父母にならせて頂くために教祖様のご信心に習わせて頂いて、親も子も共々に成長させて頂きましょう。

★『父母も子どもとともに生まれたり 育たねばならぬ子も父母も』(四代金光様)

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2015年04月02日

●み教えは繁盛の鍵

 今晩7時より、勧学祭をお仕え申し上げます。新学年・新学期を迎えるにあたり、学生の皆さんを始め、皆で心を新たに前年度のお礼、お詫びを申し、新年度のお願いをさせて頂きますよう、共々に参拝させて頂きましょう。

★先日、商売をなさっているご信者が、お母さまの年祭をお仕えになられました。二代教会長・伊藤コウ師のご時代から、ご両親共にご信心なさり、今日ではそのお子さん方、お孫さん方もご信心を受け継いでおられます。

★ご両親は、天地の親神様のお恵みのおかげで商売させて頂けることに対するお礼の信心を、徹底して心掛けられました。また、伊藤コウ師より、「一升の枡には一升しか入りません。分相応に、収入の中から支出をさせて頂き、無借金経営をしなさい。」と、み教え頂かれ、生涯そのみ教えを守り通され、家訓として息子さんにも伝えておられるのです。

★息子さんは、「父が大切にさせて頂いておりましたことは、全てその通りにならわせて頂くように心がけております。そうさせて頂いておりますと、近頃は同業者も経営が大変厳しく、店を閉めることを余儀なくされる同業者が少なくない中を、日々繁盛させて頂き、立ち行かせて頂いていることは、有り難いことでございます」と、お礼を申しておられ、真に有り難いことと感じさせて頂きました。

★銘々の家に頂いたみ教えは、その家が守るべきこと、させて頂くべきご修行なのです。家中が心を揃えて、頂いたみ教えを守ることに中心をおかせて頂くことによって、繁盛の道を確実に歩ませて頂くことが出来るのです。

『世に勢信心ということを言うが、一人で持ちあがらぬ石でも、大勢かけ声で一度に力をそろえれば持ちあがる。ばらばらでは持ちあがらぬぞ。家内中、勢をそろえた信心をせよ。』

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2015年04月01日

●御礼を忘れぬ生き方 

 昨日3月31日は、信徒総代をなさって70才でお国替えされた植田藤楠氏の御命日でした。植田氏はお若い頃に会社で鉄板が倒れてきて、右手の親指が皮一枚残して切れてしまう事故に遭われました。すぐに病院に行かれたのですが、医師から「これはダメです。一応手術しますが、元の通りにはなりません。」と言われたのです。当時の外科手術では治る見込みは少なかったのです。奥さんの千代子氏は、早速教会へお参りし、二代教会長伊藤コウ師に、「親先生、体裁が悪いですからせめて格好だけでもひっつくように、おかげを頂きたいと思います。」とお届けなさいました。

★すると、コウ師は「私はそんなお取次はようしません。役に立たない格好だけの指なら、セルロイドでも木でもひっつけておきなさい。そんなお願いは、天地の親神様に対してご無礼でしょう。天地をまる生かしになさる親神様の御神徳を、汚し奉るようなお願いは出来ません。『元通りにしっかり働きの出来る指にして下さい。』というお願いならさせて頂きましょう。」と仰ったのでした。

★そのみ教えを頂かれた千代子氏は、すぐに改まられてご主人の側で夜通し御祈念なさったのでした。すると後日、医師が「血管も全てひっついています。奇跡的です!」と仰られ、元通り役に立つ動く指にならせて頂かれたのでした。植田氏の家では、今も御礼のご信心が続いておられます。

★改まらせて頂き、悪いことを思わず、口にせず、「必ずおかげが頂かせて下さい!」という心にならせて頂けたということが有難いのです。そして、おかげを頂いたことを忘れない生き方をさせて頂くことが大切です。おかげを連続して頂き続けられる人というのは、御礼の信心が続けさせて頂ける人です。「有難い!」「有難うございます!」という御礼の心をどこまでも持ち続けさせて頂きましょう。

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