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2015年03月31日

●神様のお心に適う願い

 ある娘さんのお父さんは、大層酒乱でお酒を飲むと、お母さんに対して暴言を吐き、さらには暴力を振るうなど、家族を大変困らせていました。親戚も「あの酒呑みは焼き直さなければ治らない」というほどでした。そこでその娘さんは、母親の悲しむ姿を見るのが大変辛く、なんとか助けて頂きたい一心で、教会へお参りなさり「お父さんが飲酒をやめますように」とお届けなさいました。

しかし、なかなかお父さんの酒乱は治らず、お届けされました。するとお結界で、「神様は親孝行が一番お好きです。あなたのお願いは親孝行になっていますか?あの父親さえいなければ私の家は結構になるのに…等と思っていませんか?それは神様のお心には適いません。神様のお心に適う願いとなるには、「どうぞ父親が健康で長生きして頂けますように、そのためにはお酒を止めてくれますように」とお願いさせて頂きましょう。それが神様のお心に適うのです。」とみ教え頂かれたのでした。

★そのみ教えを頂かれた娘さんは、ハッと自分自身の間違いに気付かれて、今までのお願いの仕方を改められたのでした。それからは、お父さんに対しての責める心を取り払い、一心に健康と長寿をお願いされるようになったのでした。すると、有難いことにお父さんは自らお酒を止めてくれるようになられたのです。そして、お父さんが熱心に信心をして下さるようになり、家庭が円満で健康な姿になってゆかれたのです。

★どんな方でも、神心を頂いており、神様の御分霊を頂いております。ですから、「あんな人はどうにもならん。」「あんな人は助かるはずがない…。」等と心で人を殺すことのないよう、その方の助かりと立ち行きを祈らせて頂くことが大切です。そうすれば、自分自身が神様から頂いた神心を育てさせて頂くことができ、心も豊かになってゆくのです。

★『人を殺さないといっても、心で人を殺すのが重大な罪である。人を鉄砲で撃ったり、刀で切ったりしなければ、私は人を殺してはいないと言うが、それは目に見える。目に見えないの心で人を殺すことが多い。それが神様のご機感にかなわないことになる。』

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2015年03月30日

●おかげにさせて頂く信心

松下電器に勤めておられたあるご信者は、上司から一年半仕事を与えて頂くことが出来られませんでした。毎日辛くて辛くてお届けに来られ、「どうぞお役に立つ働きがさせて頂けますように。」とお願いされると、覚えず知らず涙がこぼれるのでした。しかし、このことを一年半神様におすがりしてご信心を以って受け切られました。

★そして後に異動を命じられました。するとその部署で大きな研究課題を与えて頂かれたのでした。そのことによって仕事に対する意欲がどんどんと湧き出て、東大卒や京大卒の方々が「三年かかっても結果が出ない仕事だからそのつもりで…」とおっしゃった仕事を、「ようし、それなら一年半で結果を出させて頂けますように!」と願いを立てられ、仮説を立て実験を重ねられました。そのことにより課題を克服されました。結果、特許を取らせて頂くおかげを頂かれたのでした。さらにこの特許を論文にして、工学博士にまでならせて頂くことが出来られたのでした。

★そして、以前の上司に「あなたが厳しく教えて下さったおかげで、これだけの賞を頂くことが出来ました。有難うございます。」と丁寧に御礼を申されたのでした。

★4月は進級・進学の有難い月です。社会人であれば異動があり、この新年度に新しく環境が変わられる方もあられますが、出来てくること全てをご修行にさせて頂き、有難く受け切らせて頂きますと、有難い結果を与えて頂けるようになるのです。目の前に起こってくる出来事には、神様の思し召しがあり、その出来事をどの様におかげにしていくかが大事です。それをおかげにさせて頂けるか否は、一人一人の受け物次第です。
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2015年03月29日

●心豊かなもの

 金光キクヨ姫様は、食べ物の好き嫌いの多い子供さんに対して、次のように分かりやすくみ教えを下さったそうです。「自分はこれが好きだとか、自分はこれが嫌いだとか、そうそう自分を立てずに、それぞれの食物の味わいを味わってみる気になってはどうですか?食物には、それぞれ違った持ち味というものがあって、それが天地のお恵みというものです。そのひとつひとつにこもる天地のお恵みを味わうことが出来れば、それだけあなた自身も豊かなものにならせてもらえることになるのですよ」

★人間は食物に限らず、人や仕事、物事に対して、「合う、合わない」等と好き嫌いを言うことがあります。自分の心が偏ってしまいますと、偏見が生まれたり、先入観をもって物事を見たりして偏った生き方になってしまいます。全てを有難く頂く心にならせて頂きますと、バランスの良い、豊かな生活にならせて頂けるのです。

★先日、少し胃腸の具合が悪くなりました。丸1日水分や食べ物が頂けず、身体の中の不必要な物をお取払い頂きました。身体の中の悪毒、病毒をお取払い頂き、すっきりと解毒して頂きましたことは大変有難いことでした。食物が頂けなくなりますと、普段食べさせて頂けることがどれ程有難いかを実感することが出来ます。それと共に、普段から余分な物を取り過ぎていたことにも気付かせて頂きました。毎日食物を拝んで頂いているつもりでも、本当に心から有難く拝んで頂くことにはなっていなかったのだなと、改めて反省させて頂いたことです。

★毎日神様のお恵みの中に生活しておりながら、御礼も申すことを忘れ、あれもこれもと要求ばかりしてしまってはいないでしょうか?与えて頂いている全てを有難く喜んで頂き、心身共にバランスの良い生き方をさせて頂きましょう。

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2015年03月28日

●本当の真心とは…

 旧広前のご時代に、ある熱心なご信者が二代教会長伊藤コウ師に「親先生、この度の記念大祭のお供え物は全て私がさせて頂きとうございますので、足りないものは何でもおっしゃってください。」と言いました。
すると、コウ師は即座に「あなたに何もかもしてもらおうなどと教会は思っていません。あなたは、分相応に自分が今日まで頂いてきたおかげに対して心から御礼を申しながら、真心こめて有難いと思う分だけお供えさせて頂いたら宜しいでしょう。足りているから返すということもないし、足らないから催促するというようなこともありません。あなたが今考えておられることは本当の真心ではありませんよ。」と仰せになられたのでした。

★何かあれば言って下さいというような姿勢というのは、神様に真心から御礼をさせて頂くという姿勢からはほど遠いものです。
要請があればするが、要請がなければしないとか、出来たらするけれども、出来ないようでしたらしないというのは、そこに真心はありませんね。
例えば、親に毎月の仕送りをさせて頂くということも、一ヶ月間使った後で、お金が余ればする、というのではそこにお礼の心はありませんし、決して続きません。

神様に「どうぞ御恩返しがさせて頂けますように、親孝行がさせて頂けますように」とお願いし、給料を頂いた時に、先に親に仕送らせて頂くことをさせて頂きますと、神様はその真心を受け取って下さり、自分たちの生活は神様が都合をつけて下さるのです

★天地にも通じ、人の心にも通じていくのが真心と一心です。どんな状況下でも覚悟を決めて「どうぞさせて頂けますように」とお願いして、本当に有難く真心からさせて頂きますと、神様はその真心をお受け取り下さり、氏子の足りない所は足して下さってさせて下さるのです。

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2015年03月27日

●いざという時に現れる常の信心

 伊藤ハル刀自(伊藤コウ師のご母堂)が、地方債を買って娘さんに預けておられたことがあったそうです。ところが、その地方債が紛失してしまうということが起こったのです。それなりの額のものであったようですが、伊藤ハル刀自は一切動揺されることなく、「あのお金は、ご信心させて頂くようになってから、めぐりをつまんように、お礼するところにはきちっとお礼をさせて頂いて、工夫して始末して貯めさせて頂いた穢れのないお金です。今は、伊藤の家に必要がないから、必要な人のところにいっているのでしょう。必要な時が来たら必ず戻ってきます。」とおっしゃったのでした。

★また、そうはおっしゃって頂いていも、地方債を紛失してしまった娘さんは大変申し訳なく思われ、ご自分の信心として、預かっておられた金額を返済させて頂かれたそうです。そして実際に、伊藤ハル刀自がお国替えになられた後でしたが、なくなった地方債が、紛失した時の倍の価値をもって、伊藤家に戻ってきたのでした。

★何か事が起こってきたときに、常の信心が現れるのです。神様に心を向け、お礼を申す稽古が出来ていませんと、人に心を向けて腹を立てたり、心配に囚われたりしてしまうのです。神様はどのように思し召し下さっているのか、その上で自分はどのようにさせて頂いたら良いのかを考えさせて頂き、とるべき行いをさせて頂けますように、日々生神金光大神様のお取次を頂きつつ、稽古させて頂きましょう。

★『自分のことになってくると仲々わからぬものじゃが、そういう時には、金光様はどうなさったじゃろうか、どうなさるじゃろうか、おかげを蒙っておる者はどうしたらよいじゃろうか、と考えたらすぐに合点がゆく。しかし我々はつまらぬから、合点がいっても仲々出来ぬ。そこでお参りせねばならぬ。お参りすると教えて下さり、出来るように願うて下さり、引張って導いて下さる』

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2015年03月26日

●口先だけでなく…

『「この神様のご恩が忘れられますものかいな。寿命をつないでいただきましたのですもの。これを忘れたら罰が当たります。一生忘れませぬ」と、よく高言するものがあるが、よう覚えておらぬと、後から後から忘れるぞ。…(中略)…けれども、一生忘れように忘れられぬようなおかげを受けながら、そのご恩を忘れたら、自分が自分を忘れたも同然じゃから、つまらぬ、もったいないことが、またできてきて、わが身が立ち行かぬようになるかも知れぬ。』

★このみ教えの中の「もったいない」とは、「申し訳ない」という意味です。
口先だけでなく、本当に真心のある生き方をさせて頂かねばならないという事を教えて下さっています。
御恩を忘れてしまうという事は、自分自身を忘れる事と同じなのです。自分がどのように生まれ、お育て頂き、おかげを頂いてきたのか、どれ程周囲の方々のお世話になり辛抱して頂いてきたのか、を忘れてしまいますと、全て「自分の力でしている」「自分だけが努力してきた」と思い違いをしてしまいます。このような御恩を忘れた生き方になってしまっては、それこそ神様に申し訳ないことです。

★あるご信者は、二代教会長伊藤コウ師より、「あなたの御礼の心は小さいなあ。顕微鏡で見ないと見えないような、小さな小さな御礼の心では情けないですよ」と、み教えを頂かれたそうです。そのことを現在でも毎日のように思い出し、ご自身に言い聞かせておられます。

★お礼の心が小さくなると、腹立ち、不足、ひがみ、妬み…といった不成心がたくさん身についてしまいます。金光教は『心と体のそうじをするつもりで今月今日で信心をしなさい』とみ教え下さっています。それと同じように、毎日お広前で、自分の持っているさまざまな不成心を取り去り、清々しい心にならせて頂くのです。日々心の掃除をするつもりで信心を進めさせて頂きましょう。

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2015年03月25日

●改まりを自ら練り出す

 二代教会長・伊藤コウ師が13才の年に肋膜炎・腹膜炎を併発され、医者もさじを投げてしまわれました。その時、昼夜なく看護に努められたハル氏は、「この私のご無礼により、幼い子供がこんなに苦しんでおります。数々のご無礼の点、何卒お許し下さいませ。今日迄この子を私の子供だと思っておりましたが、これは大きな間違いでした。今日限り私の子供だとは思いません。」と一心に自分自身が改まられました。

さらに、「成長後も決して伊藤の家の為には使いません。只々神様の御用にお使い頂けるような人間に育てさせて頂きますから、今一度、神様のおかげによりまして生き永らえさせて頂きます様に、どうか宜しくお願い致します。」と一心に願い続けられました。

すると、骨と皮のガリガリの細い体にお腹だけは腫れている状態であられたコウ師は、2週間で全快のおかげを頂かれたのでした。その後、ハル氏が何十年と願い続けられご修行して下さったことにより、コウ師はお道の教師としてお引き立て頂かれ、現在の阿倍野教会の礎が築かれていったのです。

★改まることを自ら練り出しご修行させて頂くことが、信心向上につながり、道が開けてゆくのです。改まるべきところに気付かせて頂くことこそがおかげなのです。み教えを聴かせて頂いて、わが心から練り出す稽古をこのお広前で求めてさせて頂くことが大切です。

★御大祭まで50日を切りました。夫々の家庭に於かれまして、神様から目の前に与えて頂いている課題を、どうあってもおかげを頂いて成就させて頂くために願いを立て直しさせて頂きましょう。

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2015年03月24日

●柔軟な心で

 信心させて頂く上での賢さとは、「思い分けの出来る賢さ」や「柔軟な姿勢」を意味します。もちろん、決めたことを貫き通すという意味での「強固さ」も必要ですが、物事に対処する時には、柔軟に考えることが大切です。『理屈もくさびも八分詰め』『詰め過ぎる紙袋は破ける』と教えて頂いておりますように、正しい理屈であっても、詰め過ぎてはいけません。み教えを守り通す信念と、皆の立ち行きを願う柔軟さのどちらも必要なのです。

★御神願(神様が願って下さっていること)とは、皆が助かることです。例えば家族や兄弟の間で、骨肉の争いが起こってくるということは、大変なご無礼です。ですから、私達氏子も自ら周囲の人々皆が立ち行くようにお願いさせて頂くことが大切です。有難いことに阿倍野教会では、皆が初代教会長先生から代々頂いてきたみ教えを、皆がその通りに守らせて頂いています。

三代教会長先生がお国替えされました後に、先生が書き残して下さった方針があり、子供が揃ってその書類に署名押印させて頂きました。「三代教会長先生の思し召しの通りに」と皆がさっと心を合わせさせて頂き、一切不足がありません。三代教会長先生は皆が相手を尊重し合い、協力してゆくことをみ教え下さいました。その通りに皆がすぐに団結し、円満に物事を進めさせて頂くことが出来ることは誠に有難いことです。

★み教えを頂いて生活をさせて頂いておりますと、親が喜んで下さる生き方とはどのような生き方かを中心に考えさせて頂くことが出来ます。私達はそのような姿勢を基本としてお育て頂いたこと、そしてさらにその精神が受け継がれていることを大変有難く御礼申させて頂いております。

★教祖様は、神様のみ教えに対してそのまま守り通され、また一方で家族の立場も尊重させて頂けるようお願いされ工夫されました。このように水の流れるが如く柔軟な教祖様のご信心のご姿勢を、万分の一でも見習わせて頂きたいと願わせて頂いております。

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2015年03月23日

●生涯かけて受けものを作る

 あるご信者は、教会でお下げ頂かれる教話集は、百回読ませて頂くつもりで常に携帯し、電車の中でもどこでも読ませて頂かれるそうです。大変結構な、み教えを頂く受けものが出来ておられることを有り難く思わせて頂いております。

★有り難いみ教えも、それぞれの受けもの次第で、現れるおかげが大きく変わってきます。生涯かけて我が心を磨かせて頂き、受けものを大きくさせて頂きましょう。稽古すればするほど信心は磨かれ、向上させて頂くことが出来ます。信心の稽古とは、常に自分自身の姿を見直すことであり、その姿が子孫に伝わっていくのです。信心のご修行に終わりはありません。

『実意丁寧、これが金光様が神様からご信用を受けられて生神様になられたもとじゃ。天地金乃神様を信心する者は、このもとの実意丁寧を一番に見習わねばならぬ。』

★心の成長を妨げる9つの弊害として…
1、過ちを聞くことを嫌がる。
2、人に勝ちたがる。
3、口で言い負かしたくなる。
4、威張りたがる。
5、賢ぶる。
6、無理を通す。
7、媚びへつらう。
8、物を欲しがる。
9、意気地がない。

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2015年03月22日

●今日一日この瞬間を大切に

昨日は、天候初め万事にご都合お繰り合わせ頂きまして、春季霊祭をお仕え申し上げることが出来ました。共々に教徒・信徒の御霊様に御礼を申し上げ、ご霊徳とご安心をお祈り申し上げさせて頂きましたことは、真に有り難いことでございました。

★御霊様のお働きは、目には見えませんが私たちを日々お守り下さる大変尊いご存在です。「ご先祖様、御霊様方のご生前中のお働きによって、また、日々お守り下さっているおかげで、今日結構におかげを頂いております。有り難うございます」と、日々丁寧に御礼申し上げ、より一層徳高い御霊様となって頂けますようお願いさせて頂きながら信心生活を進めさせて頂いておりますと、付きに付いてお守り下さるようになるのです。

★また、生前中に積み上げた徳もめぐりも、御霊となった後に持って行くことになります。生きているうちにめぐりをお取り払い頂き、お徳を積ませて頂くことを目標とさせて頂きましょう。神様からご信用頂けるよう、み教えに基づいた生活を送らせて頂いておりますと、次第に神徳、人徳を身に頂くことが出来るのです。 そして、肉体の働きが終わった後も、霊神として時間も空間も越えて活き活きと働かせて頂くことが出来るようになるのです。

★私達が、一生懸命ご信心に励ませて頂き、御霊様の助かりをお願いさせて頂くことにより、我が家の何千、何万という御霊様が助かって頂けるのです。さらに現在の自分自身がおかげを頂くことはもとより、未来の子孫の端々までもが助かってゆくおかげが頂けるのです。
今日一日・この瞬間を大切に信心を基にした生活をさせて頂くことによって、過去も現在も未来までもが助かることが出来ることは真に有難いことではありませんか。
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2015年03月21日

●心と体に積もった塵

 本日、お昼の二時から春季霊祭をお仕え申し上げます。共々に参拝させて頂き、御霊様にお礼を申し、一層のご霊徳をご安心を頂かれますようお祈りさせて頂きたいと思います。

★一家心中を決心するほどに悩み苦しんでいたご婦人が教会へお導き頂かれました。ある時子供の目の見えなくなった事をお届けしますと、二代教会長伊藤コウ師に「毎日お参りしてみ教えを頂きなさい。」とみ教えを頂かれたのです。
毎日1回お参りするようになられましたが、娘さんの目に変化はありません。2回参るようになられても娘さんの目が見える兆しがありませんので、「先生、毎日2回お参りさせて頂いても娘は目が見えないままです・・・」とお届けなさいますと、「あなたはどんなお参りの仕方をしていますか?お参りさせて頂きなさいというのは、『み教えを頂きなさい』ということです。み教えを頂くと、生活に改まりが生まれるのです。家の炊事場はどうなっていますか?野菜のくずは落ちている、お米粒は落ちている、毎日お参りをしてあなたは何を聴いているのですか!」と、み教え頂かれたのでした。

★伊藤コウ師は、そのご信者の家を見られたことはなかったのです。不思議に思って、帰ってみると、先生の仰せの通り、炊事場は野菜くずとお米粒がたくさん落ちたご無礼な状態になっていたのでした。毎日見ているはずの場所さえも見えていなかったのでした。ご信者は、それまでのご無礼な生活を神様にお詫び申して改まっていかれました。すると、有り難いことに娘さんは目が見えるようになるおかげを頂かれたのでした。

★日々み教えを頂いて、心と体に積もる塵をお取り払い頂きましょう。神様は、病気を通して、人間関係の問題を通して、仕事上の問題を通して、一人一人に合ったようにお気付けを下さるのです。お気付けを頂いた時には、「神様ありがとうございます。どうぞしっかり改まらせて頂き、心も体も丈夫に、一層お役に立つ人間にならせて頂けますように。」と、有り難く受けさせて頂き、改まらせて頂きましょう。

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2015年03月20日

●叱って教えてもらうのはありがたいのぞ

先日あるご信者が息子さんを連れて学業についてお届けに来られました。
息子さんは、現在徐々に成績が上がってきており、ある科目ではクラスでも上位の成績を修めているのですが、苦手な科目もあり、総合的に見れば目標とする所へはなかなか到達できないという状況でした。
親御さんは息子さんに「苦手科目が克服できるように、学習塾でその科目も習ってはどうか」と言われたのです。息子さんにしてみれば、「ここまで一生懸命努力してきた。これ以上塾に時間を取られるのが嫌だ。もう少しゆっくりとさせてほしい。」という思いがあったのです。
私は息子さんに「あなたは親にどういってもらえば喜ぶのですか?もっとゆっくりして怠けても良いですよ。自分の好きなことをして日々いい加減な生活になっても良いですよ、と言ってもらえば喜ぶのですか?
親はどうぞこの人間が立派な、一人前の役に立つ人間になってほしいと願って下さっているからこそ足りない所を教え、厳しいことを言うのですよ。
あなたは自ら両親に、私を甘やかさないで下さい。もっと厳しく言って下さい。とお願いさせて頂きなさい。」とお話しさせて頂いたことでした。
息子さんは「私の考えが甘く、努力が足りませんのでした。努力させて頂けますように。」と考え違いをお詫びし、お願いして帰られました。

★これは、学生さんも社会人も同じことです。勤め先でも家庭でも厳しいことを言って下さる人があるということは有難いことです。一人前の人間になってほしい、成長してほしいと思って言って下さっているのです。
それを負担に思い、「なぜ自分ばかり…。私には出来ません…。」等と不足に思い、そこから逃げれば一向に成長はしません。
厳しい状況に陥ったり、厳しい言葉をかけられた時、神様のお心を悟り、有難く受け切らせて頂けるような心持ちにならせて頂きましょう。

★『信心しながら次へ次へ不幸せが重なると、「なんぞの所為(しわざ)ではないでしょうか。なんぞの罰ではないでしょうか」と言うて参る者があるが、どうして、神様がかわいい氏子に罰をお当てなさろうぞ。
「心得が違うておるぞ。気をつけい」とお気づけがあるのじゃから、今までとは心を改めてご信心すれば、不幸せがおかげになってくる。叱って教えてもらうのはありがたいのぞ。叱られるくらいでなければどうならぬ。「あんなものはしかたがない。どうなりとなれい」と思えば、人間でも叱りはすまいが。「どうぞ。あれが」と、ためを思うからこそ叱りもするのであろうが。』


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2015年03月19日

●相手の幸せを願い、祈りに変える

 3月13日は、平成18年に82歳でお国替えいたしました、家内の父のご命日でありました。
家内の父は大変辛抱強い方であられました。家内には兄弟が女5人男1人で、一人息子である兄は第五管区海上保安庁に勤めておられました。

★昭和55年、兄は仕事の帰りに車にはねられ、意識不明の状態で病院に運ばれましたが、28才という若さでお国替えされました。相手の方は20才くらいの若い方で、その父親は家内の父に土下座して謝罪されました。
家内の父は、警察へ行かれて「相手の方はまだ若く将来がありますから、なるだけ罪を軽くしてあげて下さい。」と嘆願書を出されたのでした。
一人息子を亡くした父にとって、大変悲しい出来事でありましたが、その後、父は生涯恨みがましい事を一切口に出されませんでした。
父は相手を恨むのではなく、相手の幸せを願われ、後々にめぐりを残されぬように祈りに変えられたのでした。

★教祖様は『たとえ人にたたかれても、決して人をたたくのではないぞ。人に難儀をさすな。良い心にならせてもらえば有難いと思い、すれ違った人でも拝んでやれ。出来るだけ人を助けるが良い。』とみ教え下さっておられます。
日常卑近なところでご修行させて頂ける材料がたくさんあります。
例えば「おはようございます。」と挨拶をしても返してくれないと、「もう二度と挨拶するものか!」と思うことはありませんか。
たとえ相手が返してくれなくとも「私には分かりませんが、どこかにご無礼があり、相手に不快な思いをさせてしまっております。申し訳ありません。私もどこまでも実意丁寧にさせて頂きますので、相手の方も助かって頂き、今日一日幸せになって頂けますように。」と願わせて頂くのです。
誰に対しても笑顔で親切に、どこまでも謙虚に、思い分けの出来る賢さを身につけることを心掛けさせて頂き、どこまでも周囲の人々の立ち行きを願わせて頂きましょう。


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2015年03月18日

●凡夫の自覚

 教祖様の42歳の大患の御時に、家族親族が神様にお願いをなさっておられました。

その時に義弟の古川治郎氏に神がかりがあり、家の建築について「金神に無礼している」というお告げがなされました。

教祖様は神様に「このたびの建築に当たり、してはならないと言われたのを無理にお願いして、方角を見てもらい何月何日といって建てましたが、狭い家を大きい家にしましたから、どの方角へご無礼しておりますか、凡夫で相分かりません。方角を見て済んだとは、私は思いません。ご無礼のところ、お詫び申し上げます」とお詫びをなされました。

★「凡夫で相分かりません。」とお詫びなさった教祖様に対して神様は「その方は行き届いておる」と認めて下さったのです。

私共人間はどこまでも至らないところがあるという心持ちであられます。教祖様のこのご姿勢こそがご信心の最も重要なところです。

★お詫びが申せるということは、神様を中心とした生活をしているということです。そして、本当の改まりが生まれてくるのです。

お詫びが申せないのは、自分の中に「われ良し」と思う心が居座ってしまうからです。「われ良し」と思う心が過ちを生む元となります。

★親様から言って頂いたことに対して、幼い子どもが「もう聞いた、分かっている」と言い返すように、神様のみ教えに対して「そんな事は知っています」と素直に頂けないようでは、おかげを落としてしまいます。

★本当に御礼・お詫びが申せる人は、心が柔軟な人です。我を取り去り、み教えに対して素直にならせて頂きますと、おかげを頂く受け物を作らせて頂けるのですね。


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2015年03月17日

●一人一人が掛け替えのない存在に

 先日、御本部参拝の折に金光英子先生から結構なみ教えを頂きました。

★二代金光様の奥様であられる高清姫様は、金光家に嫁がれた当初、反物を渡され、袴を縫う御用を頂かれたそうです。農家から嫁がれた高清姫は、袴の縫い方をご存知なかったので、反物を前に御祈念なさり、しらじらと夜が明けるころ、やおらはさみを取り上げて反物を断ち、袴を縫い上げられたというお話は、以前ご講和で聞かせて頂いたことがありました。

しかし金光英子先生がお調べになられましたら、どなたかが高清姫様から「袴の縫い方が分からなければ、古い袴をほどいてみれば分かります」と、み教え頂いておられたことが分かったそうです。おそらく、高清姫様も反物を前に御祈念なさった時に、古い袴をほどいて、そこから学ぶということに気付かれたのではないか、ということでした。

★その他にも諸々のお話を聴かせて頂き、「神様から与えて頂く気付きと工夫を大切にさせて頂きましょう」「何事も生神金光大神様のお取次を頂いて、起きてくる出来事、人から言って頂くことも大切に受けさせて頂くところから、神様、ご先祖様から頂いている尊いものをより一層発揮させて頂くことが出来るのではないでしょうか。そうして、目の前に与えて頂いている使命に打ち込んで取り組ませて頂いていると、世の中で掛け替えのない存在となる働きをさせて頂けるようになるのだと思います」と、み教え頂き、大変有り難いことでございました。

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2015年03月16日

●病気災難の根を置いて帰らせて頂く

 昨日は、天候初め万事にご都合お繰り合わせ頂き、無事に御本部御礼参拝のおかげを蒙らせて頂きました。

★三代教会長先生のお姉さんであられます大黒トクさんは、胆石の痛みを患っておられました。その痛みというのは、突然背中や腹部に激痛が走り、七転八倒するような強い痛みでした。ある時、御本部参拝の日にその発作が起こり、ご祈念して御神酒や御神米を頂かれましてもなかなかその痛みは治まらず、大変苦しんでおられました。

そこで、そのことを随行の先生にお伝えなさると、先生は二代教会長伊藤コウ師にご報告され、お取次ぎをお願いなさりました。するとコウ師は、「この飴をご祈念してから頂かれるようにお伝え下さい。」と飴をお下げ下されたのでした。早速そのことをトクさんにお伝えなさると、トクさんはそのお下げ頂いた飴を一生懸命ご祈念して頂かれました。 すると、その日以来一度もその胆石の痛みが再発することなく、御霊地で病気の根を切って頂かれたのでした。

★月々の御本部御礼参拝は、日々おかげを頂きお守り頂いております「御礼の参拝」という心で参拝させて頂きますと、めぐりのお取り払いを頂くことが出来、また病気災難の根を御霊地に置いて帰らせて頂くことが出来るのです。共々に、月々御本部御礼参拝が続かせて頂けますよう、ご都合お繰り合わせを願わせて頂きましょう。そして御霊地に満ち満ちた有難いお徳を身一杯に頂いて、船にも車にも積めぬほどのお徳を頂いて帰らせて頂きましょう。

★一回一回の御本部御礼参拝で、しっかりとめぐりのお取り払いを頂き、ご神徳を蒙らせて頂ける有難い参拝とさせて頂けますよう、共々に毎月おかげを頂いて参りましょう。

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2015年03月14日

●今日一日今日一日とお願いさせて頂く

 二代教会長伊藤コウ師は「人間は勉強だけできれば良いというのではありません。また、仕事だけできるというのでもダメなのです。何が大事か。人間を作るということが大切です。人間を作るために、天地の道理を教えて頂き、人の道をわきまえ、道理に適った生き方にならせて頂くのです。

その勉強をするために日々朝、10時、2時、夜にと教会へお参りさせて頂いてみ教えを頂くのです。そうして、学ばせて頂いて徳と力を頂き、神様に喜んで頂く私達にならせて頂きましょう。」と仰せになっておられます。ただ自分勝手なお願いをするのではなく、神様、親様から喜んで頂けるお願いができますように日々み教えを頂き、勉強させて頂くのです。

★『お広前を遠ざかるは信心の抜けはじめである。』とみ教え頂いています。お広前を遠ざかり信心が抜けますと、人間の徳性が失われてゆき、自分本位の生き方になってゆくのです。み教えを頂きますと、自身の行き届かない所や間違えた考えに気付かせて頂くことが出来、そこから改まりの心が生まれ、お願いの仕方も自分本位のお願いから神様に喜んで頂ける中身へと変わらせて頂けるのです。

「どうぞ今日一日神様のお心に適いますように。今日一日ご恩に報いさせて頂けますように。今日一日努力と辛抱ができますように。今日一日無駄のない生活がさせて頂けますように。信心が向上させて頂けますように。」と今日一日今日一日とお願いさせて頂く、その積み重ねが1カ月になり、1年、2年、5年と細くても長く続く信心をさせて頂くのです。そうして、痛い時の神頼みではなく、常の信心によって自分自身に磨きをかけ、徳と力を頂き、生き抜いていく力を高めてゆきましょう。

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2015年03月13日

●足りない足りないと感じるのは・・・

 もし、「あれも足りない、これも足りない・・・」と感じることがあったら、それは、実際の生活が貧しいのではなく、心が貧しくなっているサインです。
特に、現在の日本は食物があふれておりますし、誰でも最低限の教育や、医療が受けられるよう制度が整えられております。そうしたことも、世界的にみれば決して当たり前のことではありません。
何もかも十二分に与えて頂いている大変結構な生活を送らせて頂いているのです。

★たとえ人間関係で悩むことがあっても、「今、結構な勉強をさせて頂いております、有り難うございます。どうぞこのことを通して人間としての器を大きくさせて頂き、より一層お役に立つ人間にならせて頂けますように。」と、お礼を申して受け切らせて頂いておりますと、自分の成長につながり、心を苦しめることもありません。

★困難は、神様が与えて下さる試練です。自分が改まるべきことを、難儀を通して教えて下さっておられるのです。目の前の困難を、神様におすがりさせて頂きながら乗り越えさせて頂くことが、今させて頂くべきご修行なのです。

難に処する道(四代金光様は、「おかげの中の難儀である」ということを忘れないように、み教え下さっておられます。)
1、難を知る・・・難儀を通して、自分にはどの様な改まりが必要なのかを分からせて頂く。
2、時勢を知る・・・今何をすべきなのか。世の中の流れはどうなっているのかを知る。
3、天命を知る・・・神様からかけて頂いている願いを知る。
4、足るを知る・・・今与えて頂いているお恵みを分からせて頂く。
5、退くことを知る・・・進むべき時にはしっかり進ませて頂くことも大切だが、引くべき時に速やかに引か             せて頂くことも大切。

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2015年03月12日

●生かされて生きていることの自覚

 4年前の3月11日は東日本大震災が発生しました。千年に1度と言われる大災害が起きる中に、私達は遭遇しました。この4年間、復興に向けて歩みが進んでおられますが、その一方でその歩みに乗り切れない方や地域も数多くおられ厳しい状況にあられます。これまでに1万5889名の方々がお国替えされ、未だに2594名の方々が行方不明になっておられます。

この4年間、阿倍野教会では毎朝の一斉御祈念に於て、「亡くなられた御霊様のご霊徳とご安心、更に被災地の方々の助かりと立ち行き、被災地の早期復興」を信奉者の方と共にお願いさせて頂いてまいりました。21日の春季霊祭にも心を神様・御霊様に向け、真心込めてご奉仕させて頂き、引き続き助かりと立ち行きをお願いさせて頂きたいと願っております。

★震災が発生し、ご信者と共に被災された教会へ救援物資を持っていかせて頂きました。1年後、ある教会の教会長先生より、「東日本大震災1年祭」を無事にお仕えさせて頂かれたことをお手紙でご報告下さり、「故郷永久」という大震災前の故郷と、震災後の変わり果てた風景をともに納めた写真集を送って下さいました。

被災者の方々の文章を読ませて頂きますと、大変な思いで避難され、大震災を通して生命の大切さや家族の大切さ、普通に生活をさせて頂ける有難さ、人間の無力さ、普段からの訓練の大切さ等、感じ学ばれたことを忘れないように復興を願われ、それぞれに希望と目標を持たれ懸命に生きておられることが分からせて頂きます。

★私達は天地のお働きによって、生かされて生きているということを悟り、現在頂いている生命を大切にし、我欲を放し、自分の使命は何であるかを考え、世のお役に立たせて頂けるよう、日々信心の稽古を進めさせて頂きたいと願わせて頂いております。

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2015年03月11日

●して見せて範を示していく

 先日あるご信者が、「8日のみかげ会総会で、門田永治さんのお話しを聞かせて頂いて、豊實先生や登子先生に色々とご教導頂いたことを思い出させて頂きます。その御高徳なご両親のお姿を見てじっと傍で習っておられたから、ご信心の一番基本のところが身に付いていかれたんだなあと推察させて頂きます。」とお届けされました。

★「毛穴からでもみ教えが入る」と教えて頂いております通り、赤ちゃんの頃から親がお広前に連れてお参りさせて頂いて、親の姿勢を示していくことがとても大切なことです。「子は親の鏡」と申しますように、親の姿が子供にそのまま写っているということはよくあることです。自分の姿勢を正していかなければ、鏡の中の自分の姿勢は正されません。

ですから、子供や孫の身の上に何か起こってきた時には、親として自分自身を見つめ直す必要があります。「これだけしてきたから、あとは若いものに任せよう。」ということではなく、どこまでも至らないことを自覚して、どこまでも先頭に立って範を示していく必要があります。そのようにさせて頂いておりますと、次の代また次の代へと良いものが伝わってゆくのです。

★四代金光様は「繰り返す 稽古の中に 自ずから 生まれくるなり 新しきもの」とお歌を詠まれておられます。日々求められる信心の実践と共に、繰り返し同じみ教えをわが身、わが心に頂き直すことによって、培われてゆくものがあり、新しいものを身に付けることが出来るということを教えて下さっておられます。

★昨日の自分と今日の自分は変わりがないように思いますが、少しずつ進歩向上して行きますから、すでに変わっているのです。日々新しい心持ちでみ教えを頂き直し、求め求めて習わせて頂いて、日々進歩向上させて頂きましょう。

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2015年03月10日

●神様から与えて頂く御修行

 8日のみかげ会総会でおかげ話をして下さいました門田氏は、ある病院で勤務しておられる時にあまりにも忙しい状況を少しでも打開しようと思われ、事務的な仕事ができる方を一人ほしいと人事の方にお願いなさったのです。

そうすると、「一人おります。現在調理場で仕事をしてもらっている人ですが、大変頑なな女性がいまして、職場の方も大層困っているんです。その方は上司と馬が合わず、一度上司から何もするな!そこへ座っとけと言われてから、勤務時間が終わるまで座って、ただ本だけ読んでいたのです。そのような状態が2年以上続いているのです。そのような方でよければおられますが…」と言われました。

門田氏は「その方なら何とかいけるかもしれない…」と思われ、「その方で結構ですので、来て頂きたいのです。」と返答されたのでした。

★そしてその方が来られた時に、門田氏は手元にあったお孫さんの写真を何枚か見せられました。その方は、その中にあった御本部の御門の写真に釘付けになられ、「小さい頃にお祖父さんに連れられて行ったことがあります」と仰ったのです。

それから、心が打ち解け、仕事にも一生懸命に励んで下さり、さらには職場の皆さんにお昼のおかずを作ってきて下さるようにまでなられたのでした。

★目の前に与えて頂いている問題や人、出来事というのは、神様から自分自身に「このことを通しておかげを受けてくれよ」と願って下さっている御修行の材料なのです。目の前に与えて頂いたことから逃げず、喜んで有難い御修行と思わせて頂いて、心行に励ませて頂きましょう。

★『心行というて、人を不足に思わず、物事に不自由を行とし、家業を働き、身分相応を過ごさぬよう倹約をし、だれにも言わずに行えば、これ心行なり。』


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2015年03月09日

●良い心が持つ無限の力

 昨日は、みかげ会総会を開催させて頂き、門田氏のおかげ話を聴かせて頂きました。門田氏は、元阿倍野教会在籍教師の、門田豊実先生と登子先生のご長男で、病理医として医療に従事しておられます。

★門田氏の奥様は、平成25年2月に、骨髄異形成症候群(白血病の前段階で、骨髄に異常な細胞がみられ、血小板が少なくなり、脳出血の可能性が非常に高くなる。)と診断され、治療法はなく、確実に進行する病気だと、医師から告げられたのでした。

★その後数ヶ月間で病気は急速に進行し、神様にお縋りしつつ経過を見守っておられますと、ある時大切な事に気が付かれたそうです。それは、「妻が亡くなって一人になったらどうしよう・・・」と、自分本位な心に凝り固まってしまっていたこと、そして奥様は、病気が進行しているにもかかわらずいつも笑顔で、心の状態が非常に良いという、大きなおかげを頂いていることでした。

★初めに検査を受けてから一年経つ頃には、「病気を通して、夫婦でご修行させて頂き、めぐりをお取り払い頂いて、子孫の幸せにつながるようにおかげを頂こう」という心持ちになられたそうです。そうした心に変わられた矢先の検査で、病気の最大の特徴と言える血液細胞の異常が消え、血小板の数値も落ち着いていることが分かったのです。病名も、「再生不良性貧血」という、治療法もあり、長期生存率がぐんと高い病名に変わり、治療効果も上がってきておられるということです。

★このようなことは、40年医師を務めてこられた門田氏でも初めての経験であられたそうです。しかし、心の良い状態が、病気の進行や合併症を抑えたり、時には病を治してしまうことがあること、反対に、絶望、迷い、怒りというものが病を進行させ、合併症をも引き起こす可能性があることが、最近の医学の研究でも分かってきているそうです。

★日参と聴教に励み、和らぎ喜ぶ心でおかげの受けものを作らせて頂きましょう。
『真にありがたしと思う心すぐにみかげのはじめなり』

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2015年03月08日

●貧乏になる人・豊かになる人

★貧乏になる人(佐藤範雄師)
(1)人の欠点のみ数えて己の欠点を改めない人。
(2)百芸に器用にして一芸に通じない人。
(3)くだらない長話をして要領を得ない人。
(4)夜更かしをして朝寝をする人。
(5)金銭・物品の貸借を延び延びにする人。
(6)いたずらに希望のみ大きくして実行に努力しない人。

★豊かになるには(佐藤範雄師の教えから考えさせて頂きますと)

(1)人の欠点を見れば自分の改まるところとし、人の優れたるところを見ると少しでも近づかせて頂こうと努力する。耳と目と口の葉刈りをさせて頂く。良いことを聞き、良いことを見、良いことを口に出す.

(2)一芸に秀でるようになる。永年修行を積み重ねてきた伝統工芸士は「70歳を越えてから自分の思うように座れ、集中して仕事に打ち込めるようになった」とある番組でおっしゃっているのを聞いて感心しました。一芸に秀でるには根気良く、辛抱が必要なのです。

(3)時間の無駄遣いをしない。要領を得た話をする。人の時間も無駄にしない。

(4)早寝早起き・朝参りをさせて頂きますと、心も体も健康にならせて頂きます。

(5)貸し借りはしない。やむを得ず借りた物はすぐに返す。支払いも期日の三日前にはお支払いするように教え て頂いています。鉛筆・消しゴム一つでも貸し借りはしない。小さい時からのあく習慣が身についてと、借りて当たり前、返さずにいることをなんとも思わないというように恥知らずな人間になってしまいます。付け加えて分相応の生活をすることが大切です。

(6)願いは大きく持たせて頂きなさいと教えて頂いております。本気になってお願いをさせて頂くのならば、その成就の為には生涯かけて願い続け、生涯かけて努力させて頂くことが大切です。

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2015年03月07日

●心の「こり」を取る

 前教務総長・佐藤光俊師のお書きになった文章の中に、常々繰り返し心に頂き直されるみ教えとして記されています。

★信心のある人とない人が、同じ病気をし、同じ年月患って回復したとします。信心のない人は「この度は大病をして大変だった。長い間患いました。難儀をいたしました。お金も随分かかりました。・・・」と、難儀と体の衰弱が残りやすい。ところが信心のある人は、「この度は大病の中をよう助けて頂きました、有り難うございます。」と、体の芯に有り難い徳が残る。一度患えば一度、二度患えば二度、有難さがはっきりしてお徳が頂ける。

★常日頃からお礼を申す稽古をさせて頂いておりますと、命にかかわる病気等、いざという難儀に出会ったときにでも、難儀の中に有り難いおかげのあることに気が付かせて頂き、お礼を申すことが出来ます。そして、自分の改まるべきところを分からせて頂き、正しい願いを持つことが出来、難儀の中から更なるおかげを頂くことが出来るようになるのです。

★『こりを取っての信心ならしてみよ。すぐにおかげがある。世に水を浴びて神を祈る人は、こりを取らずして、こりをつけるのじゃから、おかげにならぬぞ。凝りは寝間の中でも取り除かれるぞ。』日々御取次、み教えを頂いて、自分の心にある「こり」(不必要なこだわり、わだかまり)に気が付かせて頂き、「こり」を取り除く稽古をさせて頂きましょう。そうして、余計なものを取り除かせて頂きますと、日々生かされている事に対するお礼の心、喜びの心が大きくならせて頂き、結構なおかげの受けものが出来ていくのです。

『広大なおかげ、広大なおかげと言うが、おかげとは氏子のめいめいの真に映る影のことじゃから、神様に大きな真を向けて見よ、大きなおかげがわが身にいただける。小さな真で大きなおかげはもらえぬぞ。影は形にそうと決まったものじゃ。』

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2015年03月06日

●不成心を去る

『金光様は 有難き 恐れ多き 勿体なきの三きを備えて祈れ 一切の願い事を成就させてやる とおっしゃったが この有難き 恐れ多き 勿体なき三きの心に 新気 根気 働きが立ち添うてこそ 一切成就の御信神がそなわるのじゃ これが真の神徳を受けるもとになるのぞ』(片岡次郎四郎師)

★(1)新気・・・服を着替えるようなつもりで、日々新たな気持ちで信心生活を進める。み教えは、いつも
         初めて聴かせて頂くつもりで、感動をもって有難く頂く。
(2)根気・・・飽き性、ムラっ気がある人はおかげにならない。細くても長く続く信心をさせて頂く。
(3)お礼の働き・・・天地の御恩を感じ、お礼の働きを常に心がけさせて頂く。

★先日あるお方が「60歳になり還暦を迎えますと、急に年を感じる身体になりました」とお届けなさいました。そこで「『50、60花ならつぼみ、70、80は働き盛り』と教えて頂いています。そのつもりで、今からしっかりと御礼の働きをさせて頂きましょう」とお話しさせて頂いておりますと「おっしゃる通りですね。そう言って頂きますと、気持ちの持ちようで身体の働きも少し違うような気が致します」と元気を出してお帰りになりました。

★阿倍野教会の熱心なご信者であられました臼井とめ氏は、80歳を過ぎられた時に非常に危険な状態に陥いられましたが、そこから回復のおかげを頂かれ、90歳を過ぎられても一日4回参拝されるほどに元気な信心が出来られたのでした。

★自分自身で「これ以上出来ない」と限界を決めてしまっては、神様に申し訳ありません。老若男女を問わず、不成心を取り去ることが一生のご修行であるのですね。

★不成心とは?
1、偽りの心…神様、人に対して偽りの心。
2、私心…私利私欲、自己中心的な考え。
3、放らつ…勝手気まま・わがまま。人から言われる事を受け入れない。
4、奢りの心…おごり、慢心。自分がするという心。
5、卑下慢…私には出来ないと卑下して、慢心する心。

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2015年03月05日

●心の内を全てお届けして願いに変えてゆく

 先日あるお方が、様々な家庭の事情を打ち明けてお届けされ、「兄弟や子供にも誰にも言えないことばかりで、愚痴不足のようなことばかりで申し訳ありません。」とお詫び申されました。

★そこで「ここへ何でもお届けに来なさいよ。よそへ言いに行って恥を売り歩くことは絶対にしないようにしましょう。自分の値打ちを落とすことになりますよ。どんなことでもお届けして神様にお聞き頂くようにしたら結構です。お届けさせて頂きますと、お礼とお詫びとお願いの足らない所は金光様に足して頂くことが出来るのです。お結界という場は自分の胸の内を吐き出してお願いに変えさせて頂く場所です。ですから遠慮なくどんなことでもお届けさせて頂いて、おかげを頂きましょう」とお話しさせて頂いたことでした。

★お届けをさせて頂いてこそ、神様のおかげを表してゆくことが出来るのです。それはお礼もお詫びもお願いも足らない所は足して頂くことが出来るからです。人間の力と言うものは本当に微々たるものです。神様が「助けてやろう」と手を差し伸べて下さっておられるのに、その手を振り払って「自分がする」と我を張っていますと、結局自分で難儀を生み出すことになるのです。

★一生懸命努力するなら、おかげを頂く方へ努力をしましょう。それは金光様のお取次を頂いて、「お願い成就の方向へ少しでも改まった信心をさせて頂けますように」と一心に願わせて頂くことです。生神金光大神様のお取次によって天地の親神様の御神徳を蒙らせて頂くのですから、どんなことでもお結界で打ち明けて、一心に神様におすがりさせて頂くことが大切です。そこから改まりが生まれおかげを頂く道が開けてゆくのです。

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2015年03月04日

●正しいかじ取り  

 2日には、大阪府立・市立の公立高校の前期試験の合格発表がありました。信奉者のご家庭におかれましても受験生の方々の合格の御礼届けをなさっておられます。また、「この度は前期入試で不合格という結果を頂きまして有難うございました。次は後期入試に向けてしっかりと準備を進めさせて頂きます」という御礼届けもなさっておられたのです。

★伊藤コウ師は、尋常小学校を終えられた際に「私はどんなことがあっても女学校へ入る」と思われ、ハル刀自のお言葉を振り切って、清水谷高等女学校へ受験の願書を提出されました。ハル刀自は師範学校へ入ってもらいたいと強い祈りを込めておられました。

★コウ師は試験の為に登校されたところ、最も肝腎な受験票を忘れてしまわれたのです。しかも試験場に入るギリギリになって無いことに気付かれ、急いで取りに戻られましたが、引き返された時には数学の時間は残り僅かとなっており、ほぼ白紙のままの提出となってしまい、不合格となられました。

★そのことにハル刀自は「ほら見てみなさい」等ということは一切おっしゃらずに、「おかげや。おかげや」と言い通されました。そのようにして、おかげの頂ける方へと舵取りをされたのです。ここに親の信心教育の大切さがあります。事が起こってきた時に、正しい方向へ導いてゆくことが親の役目です。この受験の時期に不合格という結果を受けましても、親がどのように子どもを正しい心持ちが保てるように導いてゆくかが大切です。

★社会人になってからも常の生活の中で神様のご試験にことごとく合格させて頂くことは難しいことです。ですから、日参聴教により、正しい心を養い、心と身体を鍛えさせて頂く必要があるのですね。

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2015年03月03日

●責任を全うさせて頂く

 あるご信者は、「以前の私は、朝参りをさせて頂いていたと申しましても、三代教会長先生に愚痴不足ばかりを聞いて頂き申し訳ないことでございました。家業も自転車操業で借金もあり、自分の苦労ばかりに囚われておりました。三代教会長先生と親に辛抱して頂いて、今日の私がありますので、これからはしっかりと親孝行をさせて頂きたいと思います」と、おっしゃっておられました。

★このご信者は、お父様がご病気で家業に借金もある中を、日々お取次を頂いておかげを頂いてこられました。作る製品は、次々と売れるようになり、間もなく借金を完済して、立派な家も建てられました。また、家業を終えられた後には再就職も都合よくおかげを頂かれ、これからもしっかり親孝行をしたいと、結構な願いを持っておられます。

★お道のご信心にご縁を頂いている私たちには、神様から、身代と人間と達者とが代々続いて繁盛させて頂き、周囲の人々にも有り難いご信心のお徳を伝えさせて頂くように願いをかけて頂いております。「どうぞ、願いをかけて頂いていることに対して、そのお役目を果たさせて頂けますように。自分の責任が全うさせて頂けます様に。」と、生神金光大神様のお取次を頂いて日々願わせて頂きましょう。

★大きな願いを持たせて頂きますと、目先の事に感情が囚われることはありません。そのためには、信心の聡明さ(感情を支配し、意思を正しく方向付ける力)を身に付けさせて頂き、今すべき事、お願いすべきことを誤らず、間違いを正す勇気を持たせて頂きましょう。

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2015年03月02日

●ご先祖のご存在

3月の月は、御霊様の月で21日に春季霊祭をお仕えさせて頂きます。

私達には、ご先祖が何千、何百とおられます。両親は2名で祖父母は4名、曽祖父母は8名というように代を逆上るごとに倍増し、10代前になれば1024名となります。15代前になれば32768名となるのです。それほど多くのご先祖があられて遺伝的に受け継いでいるものがあり、現在の自分の生命があります。

★『木のもとへ肥をやれば、枝振りまで栄える。ご先祖や親を大切にすれば繁盛させてくださる』

★ご先祖、御霊様は、木に例えれば根の働きをされています。根の働きがなければ、枝葉は茂りませんね。目には見えない根の働きのおかげにより、幹が太り枝葉が繁るように、御霊様が助かられてこそ子孫が繁栄させて頂けるのです。

ご先祖、また生みの親、教えの親を大切にし、敬い、尊ぶ心を大きくさせて頂くことが、神様、御霊様に通じ、近づかせて頂くことが出来、さらにはご先祖が助かっていかれることにつながるのです。

★三代教会長先生は、常々「お願いしていることがまだ成就しないなあと思っている時には、ご先祖が助かられて、おかげを蒙っている時であると考えさせて頂けばよろしい。そういう心持ちで信心させて頂きなさい。」と仰せになっておられました。

私達が助からせて頂こうと思えば、まず先にご先祖が助かって頂くことを願わせて頂くのです。おかげを頂いた御霊様の働きは永世生き通しとなり、御霊様も助かられ喜んで頂くと共に、私達子孫も守って頂けるのです。ご先祖の御霊様がお徳の高い御霊として生き生きと働かせて頂けるように日々信心の徳を積み重ねさせて頂きましょう。

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2015年03月01日

●お礼の心を篤く

 『信心信心というても、神様に頼むばかりが信心ではない。知らず知らずのご無礼のお断りもせねばならず、日々こうむっておるおかげのお礼も申さねばならず、もちろんお願いもせねばならぬが、お礼の足らぬのはご無礼ぞ。ご無礼を重ねて、どうしておかげになるものか。人が、あほうじゃと言うてもかまわぬ。丁寧にするがよい。神様が、お利口じゃとかわいがってくださる。神様にかわいがってもらう方がよいぞ。』

★「お礼の足らぬのはご無礼」とみ教え頂いておりますが、私たちは日々、お礼を申しても申しても、申し足りない程の広大なおかげを頂いております。目の見えること、耳が聞こえ、口から食事を頂けること、家族がいて住む家があること等、全ては神様・御霊様(ご先祖)・親・社会のおかげなのです。

★四代金光様は、「試験中に回答が思い出せない時には、お礼を申せるようになったら思い出すのが早くなります」と、み教えくださっておられます。皆、回答を思い出す事に必死になりますが、心が凝り固まってはおかげを十分に受けさせて頂くことは出来ません。神様に心を向けてみ教えを思い出し、今日までおかげを頂き無事試験を受けさせて頂いていることに、お礼を申す心にならせて頂くと、おかげになると教えて頂いているのですね。

★素直な心で日々お礼を申し、お礼の働きを心掛けることを丁寧にさせて頂き、人に助かって頂けるように、神様にお喜び頂けるように、という生き方をこつこつ積み重ねさせて頂きましょう。『お願い一ぺんにお礼十ぺんというように、お礼を言う心が篤いほどご信心が篤い。ご信心が篤いほどおかげが篤い。』

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