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2015年01月31日

●人の助かりを願いわが身も助かる

昨日は、伊藤亨先生の告別式をお仕え申し上げました。1月28日、82才6ヶ月でお国替えになられたのです。伊藤亨先生は、20代の時に両目の視力が段々と低下していかれ、二代教会長・伊藤コウ師のお取次を頂かれました。

そして、「人間、上を見出したらきりがありません。今、目が見えさせて頂いていることにお礼を申しましょう。」と、み教え頂かれたのでした。亨先生は、素直に熱心にご信心を進められ、視力回復のおかげを頂かれ、そのお礼に教会の御用にお入りになられたのでした。

★急性膵炎で入院治療を受けられたり、あるいは、狭心症の薬を服用しておられた時期もあられましたが、その都度、大病を小病にお祀り替え頂かれました。
また、平成20年4月には、他教会大祭祭員の御用のために阪神高速をバイクで走行中、カーブで転倒し下肢を怪我なさったことがありましたが、日中であったのにもかかわらず後続車もなく、そのまま起きて走行し続け、大祭祭員の御用を無事お務めになられたのでした。その後、足が痛むこともあられたことと思いますが、愚痴不測を一切言わず、日々喜んで御用に励まれたのです。

★人が助かることを願って御用にお使い頂かれ、親神様の氏子としての尊い在り方をお示し下さった伊藤亨先生のご信心のお徳を偲ばせて頂き、これからは徳の高い御霊様としてお働き頂けますよう、御祈念させて頂きたいと思います。

『神信心しておかげを受けて、難儀な人を助ける身にならせてもらうがよい。神心となって、受けたおかげを人に話して真の道を伝えるのが、神へのお礼である。それが神のお喜びとなる。』


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2015年01月30日

●生涯掛けて身に徳を受けるご修行に励む

 教祖様は『氏子身の上のこと何なりとも、実意をもって願え』とみ教え下さっておられます。

(1)まず自分自身のことをお願いします。それは体の丈夫のことや、子孫のことや商売のこと、また勤務先のことから、農作物のことや犬猫のことまで、何なりとも遠慮なく神様にお願いさせて頂くのです。完全無欠な人間はおりませんから、身の回りのこと全てにお願いさせて頂いて、生涯み教えを頂き続けていくことが大切です。

(2)次に家族・親族や周囲の方々が助かって頂かれることをお願いさせて頂きます。しかし、ただ自分勝手にお願いさせて頂くだけでは、神様は願いを聞き届けて下さいません。

(3)そこで実意をもってお願いするのです。それは真心をお供えする、すなわち何か心を込めてご修行させて頂くということですよと教えて頂いております。ご修行の内容は、不平不足を言わないご修行もありますし、人と争いをしないご修行もあります。またどんなことでも喜ばせて頂くことを御修行にさせて頂くことも出来ます。
毎日の生活の中で「これだけは守らせて頂こう!」ということを一つでも決めさせて頂き、この寒修行信行期間中に取り組ませて頂きましょう。

★1月28日午後11時34分、82才6ヶ月で伊藤亨師がお国替えになられました。伊藤亨師は、稲田の家から伊藤スエ氏(二代教会長伊藤コウ師のお姉さん)の家に養子に入られ、後を受け継がれて生涯かけてご修行なさったのです。

ご体調がすぐれない中もお結界の御用に精励なされ、体の続く限り御用なさっておられました。二代教会長先生、三代教会長先生にお守り頂かれて、無い命を何度も繋いで頂かれ、生涯掛けて御用に精励なさったことは真に尊いことでございます。

★ご生前中のお礼を申し上げ、お徳の高い御霊神となって頂けますよう、御祈念を込めさせて頂きたいと思います。皆様方が夫々に伊藤亨師より説いて聞かして頂かれたみ教えを忘れることなく、常に心の守りとして日々の生活に生かしてゆかれますように。おかげを蒙って頂きたいと願っております。

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2015年01月29日

●『来てくれというところへ行ってやる』

中井氏は、心筋梗塞、脳梗塞を患われましたが、両方とも全快根切れのおかげを蒙られました。脳梗塞の時には、両手両足の麻痺、言語の障害が現れました。入院し治療を受けられましたが、造影検査をすることも難航し、薬を取り寄せなければ検査できない状態になりました。 しかし、その間に大みかげを頂かれたのです。

★昭和61年7月28日の明け方3時40分ごろ中井氏は、夢の中で御本部で二代教会長先生と三代教会長先生と一緒に金光様のお出ましを拝ませて頂いている先景を見られたのです。

二代教会長コウ師と三代教会長先生が前に立って最敬礼しておられ、その後ろに中井氏が立って拝んでおられた夢でした。目が覚めて「今夢を見た。金光様のお出ましを拝んでいる夢だったなあ…」と思ったらその時、「金光様お出まし…」と言葉が出たのです。

横で休んでおられた奥様がびっくりなさって「どうしたのですか?」と聞かれますと、中井氏はみられた夢の内容を話されたのです。

それから手も足も動かしてみますと手も足も動きます。なんと痒い所が掻けるようになられたのです。

さらに朝にはストローで牛乳が飲むことが出来、翌29日には、教会より前日の月例霊祭でお供えになったバナナのお下がりを頂きましたので、二回に分けて食べることが出来られたのでした。

後になって調べてみますと、頸部の詰まった太い血管はそのままでしたが、詰まった血管を回避して新しい血管が出来て、血液が流れていたのです。そして、後遺症なくリハビリする必要なしに全快なさって退院させて頂くことが出来られたのでした。

★心を神様に向けさせて頂きますと、金光大神様は病床であろうとどこであろうと、どこへでも私たちの元へ駆けつけて下さって、有難い神様のご庇礼を授けて下さるのです。

常の信心に励ませて頂いて地を肥やしていると、いざという時にさっと心が神様に向かわせて頂き、神様・御霊様にお守り頂くことが出来るのですね。

『金光大神は形がのうなったら来てくれという所へ行ってやる』

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2015年01月28日

●生まれ変わる喜び

 御本部の金光教学院でご修行させて頂いておりました時に、当時の学監の高橋行地郎師が、長時間の正座で足が痛いのは、「生まれ変わる痛みです」と教えて下さいました。

★学院に入学したての頃は、すぐに足に座りだこが出来、それがつぶれて化膿したりというような経験をする人が少なくありません。「生まれ変わる痛みです」と教えて頂いた瞬間の「有難いなぁ!日々生まれ変わらせて頂くことが出来るのだ!」と痛みを感じても有難く思えるようになったものです。

★体の細胞は、日々新しいものに生まれ変わっています。心もご信心させて頂くことによって、親神様のご恩が分かるように生まれ変わらせて頂くことが出来るのです。親神様のおかげを受け通しに受けて、日々お命を頂いている私達です。

『有り難いことを知らぬ者に、困ったり難儀な者が多い。信心して思い分けが出来て有り難いことが分かってお礼が言えるようになると、難儀災難が払われて達者にもなってくる。』とみ教え頂いておりますように、「有り難いことが分かる」ということが、大変大切なことなのです。

★み教えを頂いて、それまでの自分の考え方や行いの至らない部分に気が付かせて頂き、お礼の念、お詫びの念が心の底から湧き上がってくると、真の喜びが生まれます。そこから、正しい願いが生まれ、繁盛の方向に一歩一歩進ませていただくことが出来るようになるのです。

★また、過去に起こった出来事でも、今日からの信心で心も体も生まれ変わらせて頂くことによって、おかげにさせて頂くことが出来るのですよ。

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2015年01月27日

●信心の辛抱を強くせよ

福田美亮先生の信者の心得・商人の心得より…

1)良心的で親切な行届いた仕事をせよ。仕事に責任を持つ事。

2)高い、不親切、無愛想、汚い、サービスが遅いというようではいけない。親切で綺麗に、なるべく手早くサービスをしてお客様に満足を与える。

3)我が店に無いからと無愛想に断らない。ある所を教えてあげよ。その親切がお客を引き寄せる。

4)僅かな買い物だからといって粗末にしない。

5)店の主人よりお客の方が値段を知っている。お客が知らないと思わない事。…等々

★実意・丁寧・正直・親切に心がけることは、人に対しても神様に対しても同じです。前述のこれらの事は、神様を目当てに信心辛抱しなければ出来ることではありません。

★昨日の青年会学生会例会でおかげ話をして下さった藤本氏は、現在コンピューターのシステムエンジニアとして仕事に励まれ、どれ程忙しくても、全く不足を言うことなくお役に立つ働きをさせて頂いておられます。

休日返上でサービス残業もこなしておられるのです。お客様の喜びを自分の喜びとして仕事にやりがいを感じておられます。それも神様を目当てにしなければ、到底出来ることではありません。さらに、必ずご祭典の際には仕事の都合をつけて御用奉仕なされ、四代目としてしっかりとご信心を受け継がれています。

★『何事も辛抱が大切である。信心においてはなおさらのこと、辛抱が弱くてはおかげは受けられない。中には、やけを起こして信心をやめる人がある。気の毒な事である。車でも辛棒が弱ったり折れたりしたら、車が回らない。辛抱をしないで幸せを得た者は、あまりない。

漁師でも農民でも商人でも、辛抱のない者は出世ができない。漁師や農民には雨風の天災があり、商人は損をしたりして、不幸せなことがある。それを辛抱していかなければ、幸せにはなれない。

信心するにも辛抱が大切である。神からおかげが出ると思わないで、信心からおかげが出ると思って、信心の辛抱を強くせよ。』

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2015年01月26日

●願う氏子におかげを授ける

 二代教会長伊藤コウ師が小学校一年生の御頃、ハル氏(コウ師のご母堂)に「これから毎朝起こして頂かなくても、自分で起きてご飯を炊いて学校へ行かせて頂きます。」と自ら申し出られたのでした。明治33年頃のことですので、当然かまどで炊くわけですから、簡単には出来ません。火を入れて湯を沸かし、ご飯を炊くのもひと仕事です。

★そして学校から帰られますと、近所の子供さんたちのお世話をさせて頂かれたのでした。そして近所の子供達10人ほど連れて教会にお参りなさったのでした。さらに、近所で貧しいお家があり、内職をしておられることを知ったコウ師は、「私もお手伝いさせて下さい。」とその内職を家に持ち帰られ、それを仕上げて一銭も頂かずにお渡しになられたということです。ご母堂のハル氏がどれほど心を込めて信心教育をなさっておられたかがよく分かります。

★そのような有難いお話を聞かせて頂いた時に、「小学校一年生でありながら、そのようなことが出来たというのは、コウ師だから出来られたことであって、私達には到底出来るはずがない…」とか「ハル氏だからそこまでの信心教育が出来られたのだ。私には出来ない…」と思ってしまいますと、そこでおかげを受ける器はこわれてしまいます。

そこを「どうぞ、有難いお話しを聞かせて頂いたので、万分の一でも習わせて頂けますように!少しでもその様なご内容に近づかせて頂けますように!」とお願いはさせて頂けるはずです。本気でお願いをさせて頂きますと、その願いに基づいた努力がさせて頂けるようになるのです。お願いさせて頂ける人と、そうでない人の違いは1年、3年、5年、10年、20年と年月が経てば大きな差となって表れてくるはずです。

★私達は一人一人が、神様から御分霊を頂いた尊い神様の氏子同志です。ですから「ご高徳な先生だから出来られたことだ。」と思うことなく「有難うございます。私も信心させて頂いておかげを頂かせて下さい。」と願う心にならせて頂きましょう。

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2015年01月25日

●信心の向上

 人間には段階があります。言われずとも自分から求めてさせて頂く人もいれば、言われてからする人もいます。また言われてもしない人もあります。言って頂いた事がなかなか出来ないというのは、何が邪魔しているのでしょうか。それは不成心です。我情我欲、気随気儘、偽りの心、驕り、慢心…といった不成心をお取払い頂くことが大切です。

★現在、金光教学院でご修行のおかげを頂いております修行生二名から、手紙のお届けがありました。2月に入ってから2週間ほど、在籍外教会実習で他のお教会に、それぞれご修行に行かせて頂くとのことです。その返事のお手紙に「他のお教会に実習に行かせて頂く際には、心が全く白紙の状態で行かせて頂きなさい。

『私はこのように教わって行ってきました』というような我は出さないようにさせて頂きましょう。その我がご修行を妨げてしまいます。実習先の教会長先生のおっしゃることをそのまま有難く聞かせて頂き、全てを有難いご修行とさせて頂いて、自分自身を向上させて頂きましょう」と書かせて頂いたことです。

★神様から言って頂いたことに対しても、不成心を出さず、素直に有難くさせて頂けるようにならせて頂くことがおかげの元です。その為には信心の段階を一歩ずつ向上させていく必要があります。いつまでも小学生の信心のままではいけません。明き、清き、直き心になる稽古をさせて頂き、信心の向上に励ませて頂きたいと願わせて頂いております。

(1)明き…明朗活発というだけでなく、先を楽しみに願い、思い分けの出来る賢さを持つ。
(2)清き…生涯かけてみ教えを頂き続けて、自分の心を改め磨き純粋な清い心を保つ。
(3)直き…心を空にして、み教えを心から有難く頂き、素直に実行させて頂く。

★『病気になると、欲しい物が食べられないので困る。その時に、不自由を行と思い、物を不足に思わず、物を苦にせず、万事、神様を一心に頼み、万物をありがたく頂くという心を磨いておると、早くおかげが受けられるのである。信心はむつかしいことはないなあ。家内中、心そろうて親切な信心がよろしい。一時に心そろうようになるのも、めいめいの心々でおかげを受けるのである』(山本定次郎師の伝え)

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2015年01月24日

●お道の奥義九か条

 何事も計画・準備・実行・後始末が大切ですね。早くから計画を立て、行き届いた準備をさせて頂いて、細心の注意をはらって実行し、その後始末を忘れないことです。

★あるご信者は、四世代の家族が住む住宅を新築するべく長年に亘って願いを立て、五カ年計画に基づいて努力を重ねてこられました。現在は時間をかけて、家族で相談しながら設計を考えておられます。先日もお届けにこられ、現段階での図面を見せて頂きました。

★神様・霊様をお祀りする御神殿・御霊殿を中心に設計を考えておられ、祖父母両親にしっかり親孝行させて頂き、まだ幼い子供を正しくしつけさせて頂けるように、との願いを持っておられることがよく分からせて頂け、結構なことと神様にお礼申させて頂いたことです。

しかし、まだまだ家族それぞれに相談すべき内容が山積されているとのことでした。そこで決して面倒だと思わずに、家族の意見を十分練り合わせて、『これこそがより一層良い!』と、皆が喜んで納得出来るものが出来るよう、しっかり心を神様に向けて何事も辛抱強く相談して、準備のおかげを頂きましょう。」と、お話させて頂いたことです。

★教祖様は、「此方の道は九か条である」と、残して下さっておられます。
一、方位(迷信による日柄方位の良し悪しを絶つ)
二、毒断て(迷信による食物の良し悪しを絶つ)
三、不成《此方のふじょうは、不浄にあらず、成らずと書くのぞ》
 (神様にお願いもせず、無理だ、出来ない、と思わない)
四、欲徳(健康で繁盛したい、平和円満でありたい、というような、正しい欲をしっかり持つ)
五、神徳《寿命長久》(神様からご信用頂き、用いて頂く)
六、人徳《人に用いられること》
七、神(神様を敬う)
八、皇上(ご先祖を敬う)
九、親(親を敬い孝養を尽くす)
 
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2015年01月23日

●不自由な所を喜びに変えてゆく努力と工夫

 あるご信者は、去年の年末より右膝を痛めておられたのです。教会へ参拝されお結界へ来られても、立ち上がられるのに大変な思いをなさっておられました。そこで日々御神酒を頂いて、全快のお願いをしておられたのでした。先日18日の教徒会総会が開催され、ご信者は後始末の御用にお使い頂かれました。

すると、その後あれだけ痛んでいた右膝が全く痛みが無くなられたのでした。「先生、御用がこれだけ有難いということを実感させて頂きました!」と昨日お結界に来られてその御礼のお届けをなさったのです。立たれる時には、すっと立ち上がられる姿を拝ませて頂き、御用のお徳でおかげを頂かれたことを御礼申させて頂きました。

★二代教会長伊藤コウ師がお年を召された時、「近頃耳が遠くなりましたが、有難いことです。いらんことは聞こえてきませんし、必要なことは孫が大きな声で耳の傍で言ってくれますので、結構なことです」と喜んでお礼を申しておられました。

★段々と年齢を重ねるごとに手入れをしなければならない所が出てきたり、痛みが出てきたり不自由になってくることがあります。しかし、その時にこそおかげを頂けるような言葉を出すことが周囲の方も助かり、信心の有難いことが伝わってゆくのです。

自身がみ教えを頂いておかげを頂いているのは自覚していますが、家では「お教会で頂くみ教えは難しい」「あんなに言われても守られない…」とか「ここが痛い、あそこが痛い。もう何もできない」とばかり愚痴不足を言っておりますと、生活に有難いものが表せてゆけません。

もちろん自身も周囲の方も助かってゆきませんし、周囲に信心の有難いことは伝わってゆきません。不成のことを思わず、不成口を出さないで、不自由な所を喜びに変えてゆく努力と工夫によって、自身と周囲がおかげを頂いてゆくのです。

★『信心する者は常に守りを心にかけておれよ』『心にかくる守りは汚るることはなきものぞ』

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2015年01月22日

●『人を呪わば穴一つ』

 あるご信者は、「ゆくゆくは会社経営の中心となって働いてくれ」と、社長からの信頼厚く仕事に励んでおられましたが、社長の息子さんが入社した途端に、不当解雇されるという憂き目に会われたのでした。納得いかない胸の内を何度もお届けに来られましたので、その都度お結界でお話しさせて頂きました。

★「以前の会社の悪口を言わないように心掛けましょう。『人を呪わば穴二つ』と世の中では言いますが、人を恨んだり憎んだりした人間は確実に落ちることになりますから、『人を呪わば穴一つ』と考えればよろしいでしょう。徳を失うことのないよう、しっかりとご信心に励ませて頂きましょう。これまでの得意先には、『一身上の都合で退社いたします。今日まで有難うございました。』と、潔くご挨拶させて頂くのです。

あなたは、これからのことを考えなくてはなりません。中には、あなたに協力して下さる方も現われるに違いありません。そして以前から独立の願いを持っておられたのですから、これを機会に独立開業のおかげを頂いてはどうですか?」とお話しさせて頂いたことでした。

★繰り返しみ教えを頂かれるうちに、思い分けが出来てこられ、以前の会社を恨むことのないよう、み教えを実行していかれたのです。独立開業にあたっては心配ごとばかりでしたが、一心に神様におすがりさせて頂かれました。

すると、材料の仕入れは、以前の会社と同様の条件でさせて頂ける様になり、人手の問題は、以前の会社の職人さんがやはり解雇されたとのことで、「一緒に仕事をさせて下さい」と言って下さったのでした。現在も会社は順調に経営出来ておられます。

★教祖様は『人の悪口を言う者がよくある。もし、その場にいたら、なるべく逃げよ。陰で人を助けよ。陰で人を助けておけば、おのずと神の恵みがある。』とみ教え下さっておられます。さらに『大勢寄り合った時、人の陰口を言ってそしる者がよくある。そのような場合には、あの人はそういう人ではないと言って打ち消しておけ。』と教えて頂いております。

物事には自分に都合の良い面と都合の悪い面があります。その都合の良い面をしっかりと見させて頂く癖を身に付けさせて頂き、人の良い所を見て良い所を認める稽古をさせて頂きましょう。

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2015年01月21日

●肉眼おいて心眼を開けよ

 ある時、高校生の方がクラスの委員長になりました。遅くまで残って、お役目を全うしようとして一生懸命に取り組みました。しかし、一生懸命にすればする程、妨害する人が出てくるのです。
少し位なら辛抱するけれども、腕っ節の強い喧嘩早い人から、「お前は気に入らん。ええ恰好しやがって、殴ったろか。」と言われる始末でした。

★どうにもこうにも腹が立って収まらないので、御結界に来て「先生、どういうふうに考えさせて頂けばよろしいですか。」と、お届けなさいました。この方のみ教えを頂こうという姿勢が有難いですね。

★三代教会長先生は、「徳と力を頂く事が大事なことですよ。ただ努力していますというだけでは無く、お徳と力を頂かなければなりません。あなたは、十代にして徳と力を頂くという事に心を配らなければならない事に立ち至ったということがおかげですよ。
ここで大切な事は、まず自分自身がもっともっと一生懸命に改まり努力して、人よりも更にずば抜けてしまう事です。まだまだ足らんのです。クラスの人から、どこから見ても有難い働きを皆の為にしてくれているという風に見て頂くだけの人間になりなさい。
もう一つは、『あの人の言うことだったら聴かせて頂こう。付いて行こう』と思うて頂けるだけの徳性を磨きなさい。そうなるまでは、どんな嫌がらせや、悪口を言われても挫けないことです。
そして大切な事は、いつも謙虚である事です。人間がどんなに一生懸命にさせて頂いても足りないことばかりです。どうぞ足りない所を足して下さいと神様にお願いさせて頂きなさい。
その人の口をもって自分自身の中に思い上がった所があるという事を知りなさい。自分をより良く見せたい、褒めてもらいたいという心があるのを神様が戒めて下さっているのです。」とみ教えなさったのでした。

★自分の狭い視野では分からない事を、御取次頂く事により、人の後ろにおられる神様を拝み、人の意見も神様のみ教えと受けてゆく事を教えて頂かれたのでした。


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2015年01月20日

●おかげにさせて頂く信心

 伊藤コウ師は、「私はどんなことがあっても女学校へ入る」と思われ、ハル刀自のお言葉を振り切って、清水谷高等女学校へ受験の願書を提出されました。ハル刀自は師範学校へ入ってもらいたいと強い祈りを込めておられました。

★コウ師は試験の為に登校されたところ、最も肝腎な受験票を忘れたのです。
しかも試験場に入るギリギリになって無いことに気付かれ、宙をとんで我が家に帰り、引き返された時には数学の時間は余すところ僅かとなっており、満足な解答が出来ず、不合格となられました。
そのことにハル刀自は「おかげや!おかげや!」の一点張りであったのです。それこそ、神様のお繰合せであり、ハル刀自の祈りのままであったからです。翌年、師範学校を受験されたところ、見事合格されました。

★コウ師は、寄宿舎から週に一度実家に帰られ、教会への御礼参りを欠かすことなく続けられました。
ある時、寄宿舎の同僚3人が同じ病気に罹られました。他の2人は病気が治らずに卒業することが出来られませんでした。しかし、コウ師はお礼を申すことを教えて頂かれ、その通りになされて全快のおかげを頂かれたのでした。そして四年間一日の欠課もなく、優秀な成績で卒業なされたのでした。

★自分の思い通りにいくことばかりがおかげなのではありません。神様がつけて下さる道があります。それを素直に受け切って、有難いの一心にならせて頂く努力をしておりますと、おかげにさせて頂けるのです。
「あれもおかげ、これもおかげ」と喜ばせて頂いておりますと、次々と喜ぶ事が増えてきます。出来てきた事全てをおかげにさせて頂けるご信心にならせて頂きましょう。

★『おかげを受けるのに巧者がある。誰でもおかげを頂いたらその有難いという事をいつまでも忘れないようにせよ。それを忘れたらもういけない。あとのおかげを頂けない。それさえ忘れなければ、おかげは思うように頂ける。』


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2015年01月19日

●いつでもどこでも実意丁寧に

 昨日は、教徒会総会が無事に開催され、加納氏より大変有難いおかげ話を聴かせて頂きました。加納氏は3代目のご信心で、お祖母様が昭和16年3月に足が痛く歩けなくなられた時にあるご信者から阿倍野教会にお導きを頂かれたことに始まります。

★加納氏は昭和15年にお生まれになり、昭和20年3月戦災に遭われて松虫通に住んでおられた叔父様のご家族にお世話になられました。阿倍野教会が近くなり、お母様と共に7人の子供さん達もお参りさせて頂かれるようになったのです。高校卒業後、カメラメーカーに就職され、42年間生産管理・品質管理の職責を全うされました。

★55才の時には会社の取引先の工場の経営不振を立て直すべく、中国に派遣されました。加納氏は子供会、学生会、青年会で「実意・丁寧・正直・親切」にすべてを大切にする信心、「整理、整頓、清掃」や「計画、準備、実行、後始末」を教えて頂かれ、身についておられることを元に、まず、工場内の整理整頓、清掃を徹底して行うことを指導されたことにより、その会社は順調に発展なさったのです。

その後、11年間、中国の青島、上海、広州で派遣された会社の立て直しに貢献されたのでした。定年退職後は、大阪でNPO法人に再就職なさり、企業支援などの活動を行っておられます。そこから派遣された会社でも、5S(整理、整頓、清掃、清潔、躾)を基本に指導に当たられ、「計画、準備、実行、後始末」の徹底を図られ、現在は監事としてお役に立っておられます。

★ご結婚されてからは、5つのお願いを基に五カ年計画を立てられ、お取次ぎを頂かれ、お願いして、次々と成就のおかげを頂いておられます。昭和56年にご自宅を新築のおかげを頂かれ、新築落成奉告祭と入信35年祭をお仕え頂かれ、翌年帰教式をお仕え頂かれ教徒になられました。

日曜日には、5人の子供さんを連れて朝参りや日曜例会等、事あるごとに参拝され、信心相続に心を配っておられます。現在では、子供さん5人、お孫さん7人を頂かれ、それぞれのご家族が結構におかげを頂いておられ、御礼のご信心に励んでおられるのです。

★信心のお徳を頂きますと、国内・海外どこへ行かせて頂いてもそのお徳を表すことが出来、お役に立たせて頂き、喜んで頂ける働きをさせて頂くことが出来ることは大変有難いことです。
『国のため、人のため、わが身のためも思い、すべてを粗末にしない様に、真の信心をせよ。』

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2015年01月18日

●震災の教訓を忘れない

 本日午後2時より、教徒会総会が開催され、加納隆司氏のおかげ話を聴かせて頂きます。一人でも多くの方がご参拝になられ、信心向上のおかげを蒙られますようお祈り致しております。

★昨日1月17日で、阪神・淡路大震災から20年が経ちました。多くの御用奉仕のご信者の方々と被災地に出向かせて頂いて御用奉仕をさせて頂いたことが、昨日のことのように思い出されます。

住所録を洗い出し、被災地のご信者お一人お一人の安否も確認させて頂きましたが、一人も命を落とされることなくおかげを頂いておられたことを、神様にお礼申させて頂きました。

また、全壊、半壊の建物が至るところに見られ、寝ること、食べること、排泄すること、何もかもが普通に出来ない被災地の惨状を目の当たりにし、日常生活で一切の不足を言わないようにしようと心に誓ったことでした。

★被災地の中でも、新しい建物でも全壊しているものもあれば、同じ地区でもしっかり建っているものもありました。同行なさった一級建築士のご信者にお聞きしますと、基礎がしっかりしており、シロアリ被害や雨漏り等の無いよう、日ごろから手入れが出来ている建物と、基礎が弱く、手入れが不十分な建物とでは、同じ災害を受けても被害がまるで違うということでした。

★信心においても、基礎となるお礼の信心を常日頃からしっかりと心掛けさせて頂きたいとおもいます。そして家内中が円満で、すぐに皆が意志の疎通が出来、力を合わせることが出来る家にならせて頂くことが大切です。いざという時に、大病は小病に小病は無病にご都合お繰り合わせを頂けますよう、油断なく信心の稽古に励ませて頂きましょう。

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2015年01月17日

●真の改まり

『信心は手厚くせよ。我が家で信心しておりますというのは、信心の抜けはじめである。』なぜ、我が家で神様を拝んでおります、ということでは足らないのでしょうか?

それはみ教えに触れる機会が少なくなってゆくからです。そして、自分自身の求める心が薄れてゆくことに気づかないからです。

★ご信心させて頂きますと、今まで気づかなかったことに気づかせて頂け、見えなかったところが見えるようにならせて頂けます。

それは、暗闇に光を照らして下さるようなもので、その光こそがみ教えであるのです。

★あるご信者は、信行期間にお参りをさせて頂くようになられ、「これまで全く気付かなかった所を気づかせて頂きました」とお礼届けをされました。

大工であるそのお方は「私ほど一生懸命に仕事をしている人間はいないと思っておりました。ところがお参りをさせて頂きみ教えを頂きますと、それが思い違いであったことが分からせて頂きました。

自分の利益に直接関係する釘や道具等は大切にしていましたが、自分に関係のない得意先の材料は粗末にして、捨ててしまっておりました。

しかし、神様の眼から見られますと、誰の物であるかなど関係なく、その人間がどのように物を生かして使うかどうかが大切であるのだということに気づかせて頂きました。

一日では小さなことであったとしても、それが毎日、何年、何十年…と続きますと、どれ程めぐりを積んでしまっていたか分かりません。申し訳ないことでした」とお詫び申されたのでした。

★そのご信者の入信のきっかけは、子供さんの病気でした。ご信心させて頂かれてから、今まで知らず知らずの間に積んでしまっていためぐりが、さまざまな形で表れており、子供さんの病気もその一つなのだと分からせて頂かれ、真に改まることが出来られたのです。真の改まりこそがおかげの元です。そして、日参聴教が改まるきっかけとなるのですね。

★『みな忙しいからなかなかお参りが出来ませんと云う。おかげを受けていれば暇な日という日があるものか。今日は雨が降ったらお参りしよう。今日は休みだからおかげを受けようと、暇をつくって参り、おかげを受けるがよい。』 

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2015年01月16日

●心で人を殺すことのないよう

 ある娘さんのお父さんは、大層酒乱でお酒を飲むと、お母さんに対して暴言を吐き、さらには暴力を振るうなど、家族を大変困らせていました。親戚も「あの酒呑みは焼き直さなければ治らない」というほどでした。そこでその娘さんは、母親の悲しむ姿を見るのが大変辛く、なんとか助けて頂きたい一心で、教会へお参りなさり「お父さんが飲酒をやめますように」とお届けなさいました。

★するとお結界で、「神様は親孝行が一番お好きです。あなたのお願いは親孝行になっていますか?あの父親さえいなければ私の家は結構になるのに…等と思っていませんか?それは神様のお心には適いません。神様のお心に適う願いとなるには、「どうぞ父親が健康で長生きして頂けますように、そのためにはお酒を止めてくれますように」とお願いさせて頂きましょう。それが神様のお心に適うのです。」とみ教え頂かれたのでした。

★そのみ教えを頂かれた娘さんは、ハッと自分自身の間違いに気付かれて、今までのお願いの仕方を改められたのでした。それからは、お父さんに対しての責める心を取り払い、一心に健康と長寿をお願いされるようになったのでした。すると、ふと気が付いた時にはお父さんは、有難いことに自らお酒を止めてくれるようになられたのです。現在はそのお父さんが熱心に信心をなさっておられるのです。

★どんな方でも、神心を頂いており、神様の御分霊を頂いております。ですから、「あんな人は助かるはずがない…。」等と心で人を殺すことのないよう、その方の助かりと立ち行きを祈らせて頂くことが大切です。そうすれば、自分自身が神様から頂いた神心を育てさせて頂くことができるのです。

★二代教会長伊藤コウ師は、テレビでニュース番組を見ておられる時、いつも手を合わせて、その方々の立ち行きと助かりを御祈念なさっておられました。家庭でも職場でも、いつでもどこでも見ること聞くこと目の前のことを祈る稽古はさせて頂けるはずです。

★『神信心をしておかげを受けて、難儀な人を助ける身にならせてもらうがよい。神心となって、受けたおかげを人に話して真の道を伝えるのが、神へのお礼である。それが神のお喜びとなる。』

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2015年01月15日

●人の助かりと立ち行きを願う

『人にはできるだけのことをしてあげ、人にものをあげたくてしかたがない、というような心を持ち、自分だけよいことをしたい、というような心を持つな』

人の助かりと立ち行きをお願いさせて頂くということが大切です。見返りを求めずに人に親切を尽くしていますと、それが回りまわって自分に返ってくるのです。

★昨日もあるご信者が、専門学校を受験なさる前にお届けをされ、「クラスの皆がそれぞれ希望する進路へ進ませて頂かれますように」とお願いされました。そのお方は高校受験の時も、大学・専門学校の受験の時も、いつも変わらずクラス全体の事をお願いされています。

決して自分の事だけに留まらず、幅広く周りの方々の事を願わせて頂くことを心がけておられますのは、本当に有難いことと思わせて頂きます。

★あるご信者は中学生の頃、学校の先生から「あなたは教会へお参りしているそうだが、自分一人だけが受験に合格するように神様にお願いしているのか?」と問われたそうです。

しかしそのご信者は「いいえ、神様から授けて頂いた能力が十二分に発揮出来るように、お願いしています。」と答えられたのでした。中学生といえども本質的な所を理解する力が身についておられたと云えます。

★その神様から授けて頂いている能力の中に、人の事を思わせて頂くという神心も与えて頂いているのです。日々み教えを頂いて、神心を養い、育ててゆくことが大切です。

★『どんな物でも、よい物は、人に融通してやれば人が喜ぶ。それで徳を受ける。人にやるのでも、自分によい物を残しておくようなことではいけない。人に物をやる時には、たとえ前かけ一枚やるのでも、よい方を人にやり、悪い方を自分が使うようにせよ。』

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2015年01月14日

●心と体は日々生まれ変わる

 あるご信者は、定年退職後に新たな仕事を探しておられました。一級建築士の資格を持っておられたので、それ相当の仕事を探しておられたのですがなかなか見つからず、貯蓄を切り崩す生活を続けることに段々と焦りを感じ始められました。

そこで、資本金が少なくても始められるお好み焼き屋かたこ焼き屋のような商売を夫婦でしようかと考え、二代教会長伊藤コウ師のお取次を頂かれたのでした。

★伊藤コウ師は、
「建築の仕事をしてこられたのでしたら、建築に携わる仕事ならどんな仕事でもさせて頂く、という気になられたらどうですか?『一級建築士の私が、こんなつまらない仕事はできない』というような考えは捨てましょう。

建築の仕事ならどんなことでも喜んでさせて頂く心になれば、神様は、あなたの年齢も、経験も、全てよくご存知な上で、今のあなたに一番合った仕事を与えて下さいますよ」
と、み教えなさったのでした。

そのご信者は、素直にみ教えを頂かれ、『建築の仕事ならどんな仕事でもさせて頂く』という覚悟で、改めて仕事を探されました。すると、大きな建築現場の監督を任して頂けることになり、その仕事を機に次々と新しい仕事を頂かれたのでした。

★私たちの心と体は、天地に満ち満ちている親神様のお徳を現す器です。心も体も、お取次を頂いてみ教えを頂き直すことによって、日に日に鍛えられ親神様のお心に適う在り方に近付かせて頂けます。反対に、み教えから遠ざかった生活を送り、鍛えることを怠りますと、我情我欲に囚われてしまうのです。

先のご信者も、「建築の仕事はさんざん探したけど見つからなかったし、店を出す準備も始めたし・・・」というような思いに心が囚われていたとしたら、素直にみ教えを頂き、そこからおかげを頂くことは出来ませんでしたね。日参と聴教に励み、油断なく心と体の掃除をさせて頂いて、有り難い方向に鍛え直して日々生まれ変わらせて頂きましょう。

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2015年01月13日

●神様の大恩を悟る

昨日は、御本部年賀参拝を団体列車1列車とバス8台の併用で団体参拝を無事させて頂けるおかげを頂きました。御霊地では、成人式や御神酒授与を万事におかげを蒙りましたことは、大変有難いこととお礼を申し上げております。

★昭和27年1月11日の月例祭の日のことです。奥さんがご主人に「今日は月例祭なのでお参りして頂けますか。」と言われました。

するとご主人は「今日は戎さんに残り福をもらいに行く。月例祭は毎月あるが、戎さんは一年に一回しかない。」と言われ今宮戎神社まで行かれました。そして帰る途中、いつもとは違う遠くの銭湯へ寄られました。

脱衣所で着物を脱いで、貴重品を番台で預けることなく、着物と一緒に全て脱衣所へ置いたままお風呂へ入られました。お風呂から出ると、貴重品だけでなく着物から下着まで全て盗まれていたのでした。

ご主人は、「戎さんで福をもらいに行ったのに、服を盗られた!」と立腹なさいました。そこで奥さんは「これはあなたに神様の罰があたったのではないですよ。あなたに本当の道が分かるように教えて下さったのですよ。

大事なことは信心して神様の大恩を分からせて頂くことですよ。」とご主人に伝えられました。そのことを聞かれたご主人はハッと気付かれ早速改まられたのでした。

そして、月例祭はどんなことがあっても欠かすことなく参拝し、商売の品物のお初穂は必ず月例祭にお供えされることを心に決められたのでした。

さらに、毎月家族親族中が御本部参拝をさせて頂かれ、宅祭を丁寧に仕えさせて頂いて結構なご信心のお徳の積み重ねにより、現在も息子さんやお孫さんが家業と信心の相続のおかげを頂かれ繁盛させて頂いておられます。

★天地の道理に基づいた生き方をさせて頂き、全てに天地の親神様にお願いしてさせて頂くことが出来ましたら、思うままにおかげを頂くことが出来るのです。

毎日お命を頂いて、思うように手も足も使わせて頂き、結構に生活をさせて頂いていることにお礼を申し、有難いお礼の心に満ち満ちておりましたら、何もかも良いようにご都合お繰り合わせをつけて下さるのですよ。

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2015年01月11日

●自らを限らない

 論語物語の中に「自らを限る者」というお話があります。

冉求(ぜんきゅう)という孔子の弟子は、孔子の優れた弟子と比べて特に優れたところがないと感じており、何とか彼らと肩を並べようと、小策を弄(ろう)したり言い訳をすることが多かったのです。

そしてある時、孔子に「私には、真実の道をつかむだけの素質がないのです。本来、だめにできている男なのです。私は卑怯者です。偽りものです。そして…」と、やたらに自分をけなしたのでした。

冉求自身も、負け惜しみや、ずるさから出る表面だけの謙遜であることを自覚しており、そうした弱い部分を改まりたいと一方で思いつつも、悪い癖が孔子の前で露呈されてしまったのでした。

★孔子は、「お前は、自分で自分の欠点を並べ立てて、自分の気休めにするつもりなのか。そんなことをする隙があったら、なぜもっと苦しんでみないのじゃ。お前は、本来自分にその力がないということを弁解がましくいっているが、本当に力があるかないかは、努力してみた上でなければわかるものではない。

まだ試してもみない自分の力を否定するほどの悪はない。それは、天に対する冒涜(ぼうとく)であり生命そのものの否定を意味する。本当に求道心が燃えておれば、自他におもねる心を焼き尽くして、素朴な心に返ることができる。」と諭され、冉求は清々しい心で求道の一歩を踏み出すことが出来たというお話です。

★神様は氏子の助かりと立ち行きを願って下さっています。何か問題が起きてきた時に、「自分にはもう何もできない」と自分の心を閉ざし自身を見限ることが、一番神様に対するご無礼なのです。

様々な欲しいものが出てくるとされる伝説上の物で「打ち出の小槌」がありますが、実は自身の心の中に「打ち出の小槌」はあるのです。

お金や物や人に頼らず、自分の心と身体が健康であれば、気力と体力を十二分に発揮させて頂くことができ、自身の中から神様から頂いている有難い尊いものをいくらでも生み出すことが出来るのです。


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2015年01月10日

●実意・丁寧・正直・親切 

 12日は御本部年賀参拝をさせて頂きます。年の始めに去年の御礼を申し、お詫びを申し、今年一年のお願いをさせて頂きます。皆が「今日は有難かったなあ。もう何もかも結構な参拝であったなあ」と、喜んで帰らせて頂けるようなおかげを頂きましょう。

★12日の御本部には、阿倍野教会だけでなく全国から多くのお教会が御参拝なされます。どなたに対しても、御礼ばかり申しながら参拝させて頂きましょう。二代教会長伊藤コウ師は「信心とは、実意・丁寧・正直・親切ですよ」と何度も何度も繰り返し教えて下さいました。

★実意とは、真心の事であり、「御恩を知り、御恩を感じ、御恩に報いさせて頂きたいと願う心」であります。

★丁寧とは、「まだまだ至らない、まだまだ行き届かない私であります」と自覚し、繰り返し繰り返し反復練習させて頂くことです。「心を込めてさせて頂ける私にならせて下さい」と願う心が大切ですね。

★正直とは、どんな時でも、神様にまた自分の神心に正直にうそをつかないことです。神様は見抜き見通しであることを自覚し、人が見ている所、見ていない所で態度を変えることの無いことです。

★実意・丁寧・正直・親切を尽くすことは、簡単にさせて頂けることではありません。簡単なことではないからこそ、神様に「実意・丁寧・正直・親切に真の信心をさせて頂ける私にならせて下さい」とお願いしていくのです。お願いをして、鍛錬していくことによって、共々に上達させて頂きましょう。

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2015年01月09日

●万事神様におすがりしてお任せさせて頂く

 昨日は、みかげ会初例会が開催され、津田氏の有難いおかげ話を聴かせて頂きました。津田氏は奥様にお導き頂かれ、昭和55年に結婚されてから現在まで35年ご信心を続けておられます。

★結婚後は森ノ宮にお住まいなされていましたが、お子さん達の成長により合ったお家をお願いしておられました。お取次ぎ頂かれ、教会から近い所で探させて頂かれたのです。そして、松虫通に転宅させて頂かれました。前の家の売却の際には、不動産会社の方からすぐには売却できないと言われておられましたが、同じマンションに住んでおられた方の娘さん夫婦から「ぜひ購入させて頂きたい」とのお話があり、2週間で売却のおかげを頂かれたのでした。

★それから3年後に、会社が大阪の西区から堺市に移転し、通勤もスムーズにさせて頂けるおかげを頂かれました。

★さらに、奥様のお母様と同居させて頂かれ、その後も近くの施設に入所させて頂かれて、充分に尽くして親孝行させて頂ける環境を与えて頂かれました。人のご縁、土地のご縁において見事にご都合お繰り合わせ頂かれたのです。人間では先の事までは分かりませんが、全て神様が先を見通して準備させて下さっていたのだと実感させて頂かれたのでした。

★またご家族の身の上においても万事におかげを頂かれています。現在では、ご家族の皆様が奉仕係の御命を頂かれ、お礼のご信心を進めさせて頂いておられます。

★神様は先々を見通して準備させて下さいます。私達は先の事を見通すことは出来ませんが、先々のお願いを立てさせて頂く事は出来ます。津田氏のように、親孝行と御恩返しを中心に正しい願いを立て、常にご信心に基づいた生活をさせて頂きますと、神様が全てご都合お繰り合わせをつけて下さるのですね。

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2015年01月08日

●体の丈夫を願え 体を作れ

 毎年1月7日は、教会では七草粥を炊かせて頂いて御神殿にお供えさせて頂いております。私達も、お正月の御馳走で胃腸も疲れている時期です。消化の良いお粥を頂いて胃腸を休めると共に、青菜の不足しがちなこの時期に栄養補給するという、昔ながらの習慣は大切にさせて頂きたいものです。

★『体の丈夫を願え 体を作れ 何事も体がもとなり』とみ教え頂いております通り、自分自身の体を健康に保っていく願いを持つことが大切です。もうお腹は充分に満ちていますのに、「もうちょっと飲みたい、もう少し食べたい。」と思うことはありませんか?

また「私は2,3時間の睡眠で大丈夫だ。」や「私は生まれながらにして体は丈夫です。」などと自身の体力を過信していることはありませんか?それらはすべておごりがましいことであり、神様に対してご無礼なことです。起居一切を意識してご修行させて頂くことが大切です。日々、生活や体質の改善を願うことは大変大事なことですね。

★あるご信者は「この信行期間中は、自転車を使わないご修行をさせて頂きたいと思います。普段は自転車でお参りしておりますが、自転車を使わずに足を使ってお参りさせて頂いて身体を鍛えたいと思います。」とお願いされました。日々使っているものが使えないと不便だと感じます。

しかし、その不便だと感じることは実は体を作っていくための有難い修行をさせて頂いているのです。ですから、「今日も一つ不自由させて頂きました。有難うございました。」とお礼を申させて頂くことが出来、さらに自分を鍛えてゆく御修行に繋がるのです。

★日々喜びに満ちた生活をさせて頂くことを御修行にさせて頂き、さらに日々頂いております有難いお命を大切にさせて頂くことが、神様がお喜び下さる生き方です。すると大難は小難に、小難は無難に、また大病は小病に、小病は無病におまつり替え頂くことが出来るのですね。

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2015年01月07日

●真心を尽くす

昨日は、昭和45年に81歳でお国替えされました伊藤スエ大刀自霊神様(二代教会長伊藤コウ師のお姉様)の御命日で、45年祭をお仕えさせて頂きました。

スエ氏は阿倍野教会創設の頃には、上のお姉様のカツ氏と一緒に一信者として教会のために熱心に信心され、陰の御用に励まれ、ご自身のことは徹底して質素倹約されて旧広前の150坪の御土地をお供えされました。

★このお土地は地主さんがもっている大きな土地の一部分で、晴明通りに面した一番良い条件の所にあって、地主さんは切り売りをすることには乗り気ではあられなかったのです。

しかし、スエ氏の真心に対してコウ師は何としてでも成就させて頂けるように、日々夜中にそのお土地の前で座られ神様にお願いされたのでした。

その熱い願いが神様に届き、地主さんは数人の知り合いに相談なさったところ、皆が「教会のご用地に使って頂くというが、こんな結構なことはない。」と仰り、遂に売ることを決心して頂けることになったのでした。

後に、コウ師はその続きのお土地もすべて購入のおかげを頂かれたのでした。

★コウ師はスエ氏の真心に対し「倍にして御礼のお返しをしたい。」と願われ、スエ氏のお家を建てられ住んで頂くことになられたのです。

姉妹は信心を基にして互いに真心で尽くし合いをなさったのです。家族みなが心を揃えてそれぞれの立場で一生懸命に御用され力を合わされたからこそ、阿倍野教会の礎が出来られたのです。

実意をもって丁寧にどこまでも神様に心を向け、一心に貫かせて頂くその真心は神様に必ず通じてゆくのです。真心でご建築されました旧広前は現在も大切に使わせて頂いております。

★『真で成就せんことなし。成就せん時には、真が欠けたと思え。』

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2015年01月06日

●神様のお与え下さることに無駄ごとはない

 私達は、自分の身体の事でも知らない事がたくさんあります。皆さんは盲腸の働きをご存じでしょうか?昔は、盲腸はあまり重要な働きがないと言われ、他の手術の際に取り除く事があったようです。

しかし、最近では、盲腸にも重要な働きがあるという事が分かってきました。盲腸には消化酵素を処理する働きがあるということや、大阪大学の研究では虫垂は免疫細胞を作り出し、腸内細菌のバランスを保つ働きがあることが明らかとなり、現在ではなるべく虫垂を残すようになさっているそうです。

★つまり、神様がお作りになった人間の身体に、無駄な部分はないということです。医学の研究が進み、身体のそれぞれの器官の働きは分かるようになってきましたが、各器官の相関作用ということは未だ解明されていないそうです。私達が知らないだけで、全て必要だから与えて下さっているのです。

★先日あるご信者が「信心の初めの頃は、身体の上や仕事の上にたくさん問題を抱えており、『なぜこんなに問題が起こってくるのだろう…』と思っていました。しかし、今となっては、神様がお与えになる事全てに無駄ごとはなかったのだということが分からせて頂けます。」とお礼のお届けをされました。

神様は将来のことをお考え下さった上で「あなたなら、この出来事を受け切っておかげに出来るであろう」との思し召しで事を与えて下さっているのだと解ります。

★私達の身体の中の器官も、日々の生活での出来事も、全ての事は神様が私達のとって必要であるから与えて下さっているものです。今は必要でない事のように思えても、後々のために神様が準備させて下さっているのです。時節を待ち、全てを有難く受け切る覚悟を持たせて頂きましょう。

★『人間は、生まれてくる時に証文を書いてきているようなものである。どういう災難があるとか、こういう不幸せがあるとかいうことは、決まっているのである。神様はよくご承知なのである。信心を強くすれば、大厄は小厄にしてくださり、小厄はお取り払いくださるのである。それがおくり合わせをいただくということである。』

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2015年01月05日

●成長の日々を積み重ねる

 先日、お宅祭に行かせて頂いた時のことです。幼稚園のお子さんと、そのお母さんの話を伺いますと、幼稚園のお子さんが墨と筆で書く毛筆の書に興味を示すので、白い紙と筆を持たせてみると、「神様」と書かれたそうです。

見せて頂きますと、初めて筆を持ったとは思えない程の立派な字を書いておられ、感心したことでした。お届けを平仮名ですが、自分で書くように教えて頂かれている、日頃からの積み重ねの成果を見せて頂き、有り難い事と思わせて頂きました。

★子供会では、「信心と勉強と御用がさせて頂けますように」「けがや病気のありませんように」「誰とでも仲良く出来ますように」と、幼い頃から願いを持たせて頂くことを教えて頂きます。信心を基にして勉強をさせて頂き、信心を基にして家のお手伝いや御用もさせて頂くのです。その稽古を積み重ね、将来立派に世のお役に立つ人間に成長させて頂く基礎を作られますことを願わせて頂いております。

★本日から、寒修行信行期間に入らせて頂きました。それぞれに決めさせて頂いたご修行が成就しますよう、一回でも多く参拝させて頂いてみ教えを頂き、信心向上のおかげを頂きましょう。また、本日から仕事初めとなられる方も多いと思います。

論語に、「三人行へば必ず、我が師有り。其の善なる者を択びて、之に従ひ、其の不善なる者は之を改むと。」(三人寄れば必ず師となる人がいる。優れた人の行いはそれを学ばせて頂き、悪い人の行いは自分の戒めとして改まらせて頂く)とあります。目の前に起きてくること全てを信心向上の糧とさせて頂くつもりで、職場や学校でも嬉しく有り難く信心の稽古に励ませて頂きましょう。

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2015年01月04日

●明日から信行期間が始まります!

 先日あるご信者が「5日から始まります寒修行信行期間までに、体がこの寒さに慣れてしっかりとご修行に励ませて頂けますよう、その準備がしっかりとさせて頂けますように。」とお届けされました。

★年の初めから全国的に厳しい寒波が到来しましたが、有難く寒の御修行をさせて頂く心構えを神様が整えて下さっておられると考えれば有難いことです。二代教会長伊藤コウ師のご母堂・ハル氏は、雨の日や風の日や雪の日には「いつもより2倍も3倍もお徳を頂く日だ!」と喜び勇んで参拝されておられました。

明日から始まります寒修行信行期間から朝参りを始めようと思っていましても、寒さが厳しい日ですとなかなか思うように体が動きません。そこで神様は、年の初めから気を引き締めて参拝させて頂けるよう、心と体の準備させて下さっておられるのです。

★日参させて頂くことによって、心も身体も鍛えて頂くことが出来ます。また、御祈念を一生懸命させて頂くことで、一心におすがりさせて頂く稽古がさせて頂けるのです。さらに不成口を出さないことを心掛けておりますと、良いことを思って良いことをお願いさせて頂く稽古が出来ます。参拝と御祈念によって心も体も鍛えて頂き、おかげの受け物をしっかりと作らせて頂くことが出来るのです。

★自分自身の我情我欲をお取り払い頂くことを心がけ、出来てくること全て御修行にさせて頂き自分自身を鍛えてゆきましょう。己に打ち克っていく強さが自ずと身に付いてゆきます。それは優しさにも通じますし、心と体の健康の上にもおかげを頂き、また物事を正しく判断し、正しい繁盛の道に通じてゆくのです。

★一回一回の参拝がめぐりのお取り払いを頂き、有難い御神徳を蒙らせて頂く参拝にならせて頂けますよう、共々に御修行に励ませて頂きましょう。

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2015年01月03日

●信心を基にした生活

 あるご信者は、航空整備会社に勤務しておられ、年末年始は仕事で31日の越年祭には間に合うように仕事を終えられて参拝され、元日には元日祭を少し拝まれ早々に仕事に行かれたのです。そして仕事を終えてお届けに来られ「年始より働かせて頂き、ありがとうございます。」と御礼を申され、1年のお願いを申されました。

★信心を基にした勉強や仕事や家事育児をさせて頂くところに神様が氏子の足らない所は足して下さり、おかげを頂いてゆくことが出来るのです。

★また、あるご信者は1月1日に御礼のお届けをさせて頂かれたのですが、「12月30日から31日にかけて36時間立ち仕事が続きましたが、徹夜して仕上げさせて頂き、注文の商品を無事お客様に届けさせて頂くことが出来ました。お客様に喜んで頂けることが一番の喜びです。両脚も何とかもってくれました。御礼申し上げます。」と愚痴一つ言わずに御礼申しておられたのでした。

毎年そのような仕事を続けてなさっておられることを聞かせて頂き、真に有難く感じたことです。何事も神様にお願いしてさせて頂くつもりで有難く取り組むことが大切ですね。


★「私には到底出来ない」とか「これは無理だ」と不成のことを口にするということは神様を抜きにして自分でしようとしている証拠です。自分の力は真に微力であるということを悟りながらも、神様におすがりして何事もさせて頂く日々の積み重ねが、人からも神様からもご信用を頂いてゆくことにつながるのだと思います。

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2015年01月02日

●起きて来ることは必要なご修行

 昨年あるご信者は、小さな悪性腫瘍の為に、両方の卵巣と子宮を全摘出するという大手術を受けられ、更には、癌の転移を防ぐ為にリンパ節を取り除く手術も受けられたのでした。ですから、傷口は広範囲に及び、術後は歩くことや食事をとることもままならず、夜も痛みの為に不眠が続いたということでした。

★そのご信者は、「神様はすべて間に合うように段取りを整えて下さいました。小さな腫瘍が見つかったのも大きなおかげでした。お医者様は『よく見つかったね。あなたはラッキーですよ』と何度もおっしゃったほどです。そして更に抗癌剤の投与をしなくてもよいという結果になりました。ありがたいことです。

この度のことを通して、何の支障もなく自分のしたいことがさせて頂けることが、どれ程有り難いことかということがよく分からせて頂けました。また、人様の痛み苦しみも、自分のことのように感じられるようにならせて頂いたように思います。神様が、病気を通して私に必要なご修行をさせて下さったことがよく分からせて頂けます。有り難うございます」と、お礼申しておられました。

★三代教会長先生は、「神様は私に必要以外の何ものも与えず、長い人生に遭遇する一切の経験は、全て自分の本心の成長の為にあって、無駄な事は何一つない。元気な心で試練に堪えよ。例えそれが天災や病気や怪我であっても、或いはあらぬ中傷であっても、また気の進まぬ仕事であったとしても、何事も御神意と取り困難を困難とせず、明るく生き抜く覚悟を以てせよ。」と、み教え下さっておられます。

★うかうかと何の願いもなく過ごしてしまう一日と、神様から与えて頂くご修行を有り難く受けさせて頂くつもりで過ごす一日とでは、積み重ねさせて頂いたときに大変大きな違いとなって現れます。与えて頂いているお土地を拝み、仕事を拝み、家族を拝み、日々お礼申して生活させて頂きながら、目の前に起きてくる問題を有り難いご修行と受けさせて頂きましょう。

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2015年01月01日

●平成27年をお迎えして

新年明けましておめでとうございます。平成27年元日祭を午前6時より無事に仕えさせて頂きましたことを有難くお礼を申し上げます。

★昨年一年間万事にご都合お繰り合わせを頂きまして、大難を小難に、小難を無難に、また大病を小病に、小病を無病におまつり替え頂き、本日新たな年を迎えさせて頂くことが出来ましたことを、共々に神様にお礼を申させて頂きたいと思います。皆様方には、私どもの御用の不行き届きな中をご辛抱頂き、またひとかたならぬお祈り添えを頂きましたことを厚くお礼申し上げます。

★一年を振り返らせて頂きますと、「あれもおかげであった、これもおかげであった」ということばかりでございました。様々な出来事は全て神様のおかげの中でのことであり、私達の信心が向上するように神様の思し召しを頂いての出来事であると分からせて頂くことが肝要です。三代金光様は『日優り(ひまさり)月優り年優り 一年優り代優り』と色紙にお書き下さり、各教会にお下げくださっております。

昨日よりも今日、今日よりも明日、先月よりも今月、今月よりも来月、去年よりも今年、今年よりも来年というように一段と信心が向上し、おかげを頂いてゆくように願って下さっています。すべてにお守り頂きおかげを頂き続けてきましたことへのお礼をしっかりと申し上げ、今年一年新たな心持ちで願いを立てて倦まず弛まず信心の稽古に邁進させて頂きたいと思います。

★五カ年計画満願の開教95年記念大祭の日(平成29年11月11日)まで千日ございます。満願の年にそれぞれがお願いしている内容がことごとく成就させて頂けますように共々に千日の御修行に励ませて頂きましょう。

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posted by 金光教阿倍野教会 at 08:06 | 平成27年の「み教え」