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2014年12月31日

●日々の改善

平成26年も残す所、今日一日とならせて頂きました。御信者皆様には日々御祈念を賜りました事をあつく御礼申し上げます。

★『信心は日々の改まりが第一じゃ。毎日、元日の心で暮らし、日が暮れたら大晦日と思い、夜が明けたら元日と思うて、日々うれしゅう暮らせば、家内に不和はない。』

★お正月は、家族の間でも丁寧に挨拶を交わします。「新年明けましておめでとうございます。旧年中は色々とお世話になりありがとうございました。本年もどうぞ宜しくお願い致します。」と旧年中のお礼を申して、さらに今年一年のお願いを申し上げます。

お正月だけに限らず、一年中、元日のような心持ちで、日々を大切に生活させて頂くことが出来ましたら、どれほど有難い生活がさせて頂けるでしょうか。

★この『日々の改まり』が、なかなか簡単なことではありません。お正月を過ぎると忘れてしまう。前の親先生は「分かっていますと言っても行うことが出来なければ分かっているという事になりません。ただ知っているだけの事です。」とよくおっしゃっておられました。

★改めるべき所を知りながら改められないことが多いのです。日々忙しくしていますと、まあこれで良いと思ってしまうからです。

ところが暇になってきたら、「これはえらいことになった」と、真剣に考え、『日々の改まり』が出来ていないことに気付くのです。外からのプレッシャーを与えられてこそ改まりも進歩をとげられますことを考えますと外圧も難題も有難いことなのです。

★しかし、順調な時にこそ改善出来てゆけば、どれほど素晴らしいおかげを頂いていけるかわかりません。改善するという事は、次の準備をする事になります。

神様は、常にチャンスを与えて下さいます。準備が出来ておればこそ、そのチャンスを掴むことが出来るのです。神様は幾らでもチャンスを与えて下さいますから、チャンスを掴めるだけの準備をさせて頂きましょう。

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2014年12月30日

●「我(われ)よし」の心を放す   

 現在、阿倍野教会在籍の修行生二名が金光経学院でご修行のおかげを頂いております。金光教学院は、御本部御広前の修行生として起居一切をご修行とし自分自身を見つめ直し、我よしと思う心をお取り払い頂く場所であり、そういう意味では大変有難い貴重な場であります。

★学院にはお年を召された方や、お若い方、またご信者子弟やご信者さん等、全国から集まられて入寮して、お道の教師を目指してご修行させて頂かれます。私も欠参なし、講義に欠参なしの目標を立ててお願いし、間飲間食せずに一年間過ごすことをお願いして、取り組ませて頂きました。

一年間衣食住を共にするわけですから、一人一人の様々な部分が見えてくるのです。私が御本部の学院でご修行させて頂いておりました時、三代教会長先生に電話でお届けさせて頂き「人のことが見えて仕方がありません」と申しますと、三代教会長先生は「あんたは暇やなあ。人を見ている時間など無いはずやがなあ。神様に心を向けさせて頂き、もっと忙しく御用をさせて頂きなさい。そうすれば自分自身の至らないところが見えてきます。いつも神様と二人連れです。」とお取次を下さいました。

★ある日、炊事の御用をさせて頂きました時に、炊飯器の火を入れるのを忘れてしまったことがありました。慌てて炊事場へ向かいますと、他の学院生の方が気付いて下さって火を入れて下さっていたのです。自分は人のお世話になることばかりで、行き届かないことがたくさんあるのだなあと気付かせて頂いたことでした。

★人の悪い所を見聞きし、口に出し、自分が出来ているかのように思うのは大間違いです。人の足らない所は責めるのではなく、こちらが足させて頂けばよいのです。そして、自分自身も人から足して頂いているという事に気づかせて頂くことが大切です。様々な方々にお世話にならなければ生きてゆけないのが日々の生活です。


★安武松太郎師(甘木教会初代教会長先生)がお詠み下さっているお歌
「我よしと 思うは智慧の行きづまり 怪我あやまちもそこよりぞ来る」
「我よしと思う心を仇として 戦いて行け 日ごと夜ごとに」
「我よしと思う心は 道のあだ 我が身のあだと戒めてゆけ」
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2014年12月29日

●計り知れぬ広大なご神徳

 あるご信者が、医師から白内障の手術を勧められたということで、お届けがありました。そこで、「専門の医師とよく相談させて頂いたら結構ですよ。そして、『祈れ薬れ』でおかげを頂きましょう。手術を受けるといっても、時期、場所(病院)、医師を初めとするスタッフの方々の状態、自分の体調等、全てに運よく間良くおかげを頂かなければなりません。生神金光大神様のお取次を頂き、万事にご都合お繰り合わせ頂けるよう神様にお願いさせて頂きましょう。」とお話させて頂いたことでした。

★淡路島のあるご信者は、大阪の知り合いの家に泊めて頂かれて春秋の御大祭にお参りなさり、御本部にお礼参拝をなさってから淡路島に帰られるということを長年続けておられました。この方も白内障の症状があられ、御本部では御神水を頂かれ、目に御神酒をつけ、御神水で目を洗って御祈念なさっておられたのです。

80才を過ぎたある年、医師から手術が必要だと告げられ、阿倍野教会の御大祭の直前に、「次回の来院で手術の日時を決めましょう」という段取りになったそうです。御大祭に参拝なさり、御本部にお礼参拝をなさってから、診察を受けられますと、なんと、「手術の必要はありません。視力が回復しています。」と言って頂くおかげを頂いておられたのでした。常平生の実意丁寧なご信心のお徳によって、大みかげを頂かれたことがよく分からせて頂けます。

★天地金乃神様のご神徳は広大無辺です。しかし、み教えを頭で理解するだけに留まっていては、十分なおかげは頂けません。頂いたみ教えを素直に実行し、至らない部分を改まらせて頂いて、一心に神様におすがりさせて頂くことによって、人間の見地では計り知れないようなおかげも頂くことが出来るのです。

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2014年12月28日

●ご修行とは「省く」こと

 この年末の時期には、1年のお礼のお宅祭が次々とお仕え頂かれ、大変有難いことでございます。今年1年を振り返ってみますと、身体、仕事、あるいは家族の上にと、皆それぞれに必ずどこかでおかげを頂いています。

お道のご信心は知らず知らずの内に頂いているおかげに対して、しっかりとお礼を申すと同時に、知らず知らずの内のご無礼不行き届きがあるという事を分からせて頂き、お詫びするという慎みの心が育ってゆくことが大切であると教えて下さっています。

知らない内にご無礼がある事を気が付かないという事自体がめぐりとなるのです。小さな事をなおざりにせず、ごお礼・お詫びの心を厚くさせて頂きますと、正しいお願いがさせて頂けます。

★私達は毎日生活をしていく中で、不平不満、妬みや腹立ち、心配、不安…といったものがたくさん付いてしまっています。そのことで生まれながらにして神様から授かっております神心が覆いかくされてしまうのです。

まずは、その事を自覚し、常に自分自身を見直して、省いていくことが大切です。新たなものを「引っ付ける」ことではなく、「省く」事によって神心を表に出していくことがご修行となるのです。

★心についている汚れをお取り祓い頂き、有難い心になってお仕えするのが大祓感謝祭(越年祭)です。大祓式とは、中祓いでも小祓いでもありません。"大祓い"です。

今年の残りの数日間は、心の垢を全て取って、清々しい心で新しい年を迎えられるように、しっかりと改まらせて頂きましょう!

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2014年12月27日

●「自分」は全体の一部分

 先日、あるご信者が「願いというものは長い間ずっと持ち続けていかねばならないものですね。自分の代で実現しなければ子供の代、また孫の代で願い続けていくように御霊様も願って下さるのですね。私の祖父母が長年『金光教の教徒にならせて下さい』とお願いさせて頂いておりましたが、なかなか実現させて頂くことができませんでした。

しかし今、何十年経って実現させて頂くことが出来、息子夫婦、また孫夫婦が教徒にならせて頂くことが出来ました。どれだけ祖父母が喜んで下さっておられることでしょうか。お願い成就のための期間というものは短く考えては間違いで、親の願いが子供の願いになり、子供の願いが孫の願いになるのですね。親の代、子供の代、孫の代と長期に亘って願い続けなければならないものなのですね。」とお届けされたのでした。

★私達は一人一人、神様から御分霊を頂いた尊い神様の氏子です。その尊い存在である一人一人が互いに尊重し合って生活させて頂かねばなりません。「自分」という存在は、家族の一部分であり全体の一部分であり社会の一部分であることを悟らなければなりません。

ご先祖から肉体を頂いているということと、天地の祖神様から命を頂いているという根本は、大変重要な普遍的な事実なのです。私達一人だけの命だけでなく家族ともご先祖とも繋がり、縦にも横にも繋がっているのですから、一部分が自分勝手にふるまって、全体を狂わすようなことをしますと、大きな影響を及ぼしてしまうのです。

私達一人一人から進歩向上させて頂くことによって、社会全体をまた世界中を良い方向へ導かせて頂く元になり得るのです。ですから、自分一人がおかげを頂いていくということは、家族・親族全体がおかげを頂いて、千人も万人もおかげを頂いていく元になるのですよ。

★初代教会長先生、二代教会長先生、また三代教会長先生が表して下さったおかげの元を私達もしっかりと受け継がせて頂き、一人一人がおかげの元とならせて頂けますよう、大きな願いを持って信心を進めさせて頂きましょう。

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2014年12月26日

●一家離散という事態を…

 私が高校に勤務させて頂いて2年目の時に、1年目に受け持っていたある生徒の家が一家離散という事態が起きました。生徒のお父さんは事業の借金が膨らみ、息子2人と奥さんを残して行方不明になってしまったのでした。

生徒はある日、家に帰宅しますと家は差し押さえられ、洋服や教科書やカバンなどすべてに差し押さえの赤札が貼られていたそうです。家の前には借金を返済してもらおうと金融会社の方が待っておられ、家に入ることもできない生徒は、休み中友人宅へ泊めてもらい、衣食住の全てにお世話になっていたのです。

★生徒のお母さんは、「息子を連れて関東にいる親戚の家を頼ります」と言われましたが、生徒は「学校に通いたい」と言って、大阪に残ったのです。休みが明けた時に関係する先生達が呼ばれ、今後のことを話し合うことになりました。

★ある先生が「伊藤さん、生徒を教会のお広前の一部分に寝かしてもらえないか?」と聞かれましたので、私は「私の一存では決められませんので、一度教会長にお伺いさせて頂きます。」と返事をして帰宅し、三代教会長先生にお伺いさせて頂きました。そうしますと、三代教会長先生は「衣食住の上でいくらでもお世話はさせてもらえるが、生徒さんにとってそれが本当の助かりになるのかなあ…」とおっしゃいました。

★学校の先生方に三代教会長先生がおっしゃったことを伝えますと、「その通りです。すべて世話をしてあげることが本人のためになるとは思えない。住み込みで働けるところを探してあげましょう」ということになりました。

先生方が多方面に働きかけて下さって、西宮で住み込みで働きながら学校へ通える場所が見つかり、そこへ移って生活することになったのです。生徒さんは初めは両親に対して不平不満がありましたが、段々と考え違いをしていたということが分かられ、自ら望んで転校し、母親の近くに住み、定時制の学校に通いながら働きました。

そして、さらに夜間の大学に進学することが出来、昼間は学校の事務職員として働くことが出来たのです。現在も便りを頂きますが、そこには「あのことがなければ、私の人生はより一層間違えた方向にいっていたかもしれません。あのことがあってよかったと思えるようになりました」と書かれており、大変有難いことに気付かれたことを喜ばせて頂いております。

★御恩に報いるということを忘れては人生は成り立ってゆかないのです。私達の足元にはお世話になった分の大きな穴が開いていると思えばよいのです。御恩に報いる生き方をさせて頂くことによって、その大きな穴を埋めることが出来、基礎がしっかりとしたものになってゆきます。その上にこそ立派なものが建てられるのです。

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2014年12月25日

●一心の改まり

 植田氏は、幼い頃から心臓脚気という病を患っておられました。17才になったある月の御本部参拝の時、御本部広前で、「私の体が弱いばかりに親を始め皆さんにご心配をかけております。どうぞ病気の根を置いて帰らせて下さい。」と、一心に御祈念なさったのです。
すると、なんとも言えず心が清々しくなり、神様がお聞き届け下さったと感じられたのでした。そして、それ以来病気根切れの大みかげを頂かれたのでした。

★それから植田氏はお礼の信心に励まれることを決意なさり、「1、絶えず喜ぶ稽古をします。2、日参を続けます。3、毎日の食事は2食にします。」と、自らご修行を決められました。ご結婚なさった後、甲子園に引っ越されてからも日参を続けられ、出産の当日も参拝なさいました。産後の入院中等、どうしても参拝がかなわない時には代参を立てられ、生涯神様とのお約束を守ることを心掛けられたのでした。

★開教95年祭の五ヵ年計画満願までおよそ千日あります。自分の姿を見直し、聞き直し、考え直し、小さなことから一つ一つ改まらせて頂くのが、信心の稽古です。五ヵ年計画の満願の平成29年11月11日には願い成就のおかげを頂くことを楽しみに、各自が改まりのご修行を決めさせて頂いて、何が何でもという心持ちで、取り組ませて頂きましょう。

『座敷、押し入れ、板場にちりが積もるごとく、人間、我欲のためにわが心にちりが積もる。わが心わが身が汚れぬように、心と体の掃除をするごとく、今月今日で信心をしなさい。』

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2014年12月24日

●おかげの元、難儀の元

『おかげは和賀心にあり』とみ教え頂いていますように、おかげの元は、和らぎ喜ぶ心にあります。過去を振り返ってみますと、全て神様が一番良いようにして下さっています。

そのことを分からせて頂き、しっかりとお礼を申すことが出来れば、より一層のおかげが頂けるのです。

次に、明るい心で、出来てくること全てを良い方へ良い方へと考えさせて頂く事がおかげの元となります。物事には良い面と悪い面が必ずあります。思い分けが出来て、良い面を見て喜ばせて頂きますと、神様が次々に喜びを与えて下さるのです。

★一方で、難儀の元とは、我情我欲です。驕り、慢心といった心に取りつかれ、心が不安定な状態でありますと、神様から信用して頂けません。

『心険しきは、盗賊よりなお悪し』と教えて頂いておりますが、不平不足ばかり言っていては、神様を中心にした生活とは言えません。

常に有難い気持ちで安定した心にならせて頂くためには、鍛練が必要です。そのために細くても長く続く信心をさせて頂くのです。

★あるご信者は「今、孫が闘病生活を送っておりますが、この子が福子となって、家のめぐりを全て引き受けてくれております。そのおかげで家の者がみな結構なおかげを頂いております。

孫が家の中心となり、この子を大切に育てさせて頂くということによって、家族が団結させて頂け、心が優しく思いやりが出来、会社も繁盛し立ち行かせて頂いているのです。本当に有難いことです。」とお礼を申されています。

家族の難儀は自分の代わりになってくれていると思わせて頂けますと、皆が助け合うことが出来ます。ご信心を元になさっておられますから、家族が互いに思いやりがあり、子供さんも優しく成長なさっておられます。自分の心次第で、出来てくる事をおかげにさせて頂けるのですね。

『おかげを受けられるか受けられないかはわが心にあり。わが心さえ改めれば、いくらでもおかげは受けられる』


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2014年12月23日

●素直な信心、しとやかな信心

 二代金光四神様のご時代に、備中では一番という程の納税家があり、家は大変繁盛していました。しかし、息子が病気で五年もの間、各地へ病院巡りをしておりましたが、一向に治りませんでした。とうとう医師からさじを投げられてしまったのです。そこで「どうせ死ぬのなら親の元へ帰りたい。親が信心している天地の親神様におすがりしてみよう」と考えたのでした。

★二代金光四神様の元へ参り「金光様、お助けくださいませ」とお願いしますと「助かりたいと思うのなら、これから毒を止めて、薬を食べなさい」と仰せになりました。「五年もの間一日もお薬を食べない日はありません」と申しますと「それは毒を食べたのじゃ。幼い時から食べて大きくなった好きなものを薬だと思って食べなさい。これまで食べて治らなかった薬は、一週間止めてみなさい。」と仰せになりました。

★そのご信者が、体に合っていない薬を飲むことは止めて、素直にみ教えの通りになされますと、一週間目にはだんだん良くなり、その後もみ教えの通りに続けてゆきますと、なんと五年の難病をたった二十日程で治して頂かれたのでした。親子は共に三里(12km)ほど歩いて御礼参りをさせて頂いて御礼届けをいたしました。

「金光様、恐れ入りました。こんなにうれしいことはありません。何か神様へお礼させていただきとうございます。…金ですることなら何でもいたします」と申し上げますと、四神様は「命の代わりのお礼を、神様へ供えたければ、今後、神様へ不足をお聞かせ申さぬようにせよ。それが真のお礼じゃ」とみ教え下さったということです。

★このお話は薬を否定するものではありません。金光様は『祈れ薬れにすればおかげになる』とみ教え下さっておられます。五年も治らなかった病が、たった二十日で治ったのは、そのお方が大変素直な方だったからです。そして日々頂いている食事を薬だと思って拝んで頂くことが出来られ、有難いご神徳を蒙られたと考えられます。

三代教会長先生は、本当の「素直」というのは賢くなければなれないものだとみ教えを下さっています。操り人形のように言われたまま行うのではなく、本当に心底納得して自ら進んで行える賢さが本当の素直であるということです。頂いたみ教えを本当に有難く頂き、実行させて頂ける者に、神様はすぐにおかげを授けて下さるのですね。

★『信心は素直な信心をせよ。信心はしとやかな信心をせよ。言う通り守らないからおかげはない。言う通りを守らずに、まだ治らない、おかげが無いというてきても神は 知らんと申される。 おかげがない時は我が心をよく調べてみよ』(二代金光四神様のみ教え)

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2014年12月22日

●相手を立ててお礼を申す

 先日、あるご家庭でお宅祭が仕えられました。そのお家の娘さんは、今年結婚し、妊娠のおかげを頂かれて、12月に入って無事安産のおかげを頂かれました。皆大変喜んでお宅祭を拝まれ、神様にお礼を申されたのですが、その娘さんが嫁がれた先では、まだ金光教のご信心に理解があられません。

★そこで「今年一年結構なおかげを頂き続けて来られましたことは、大変有難いことでございます。これから嫁がれた先にお祝いなどで行かれた際、心掛けておかなければならないことがありますよ。

まず第一に先様に伝えさせて頂かねばならないことは、『娘は結構なお婿さんに巡り合って結婚させて頂き、有難い子宝にも恵まれましたのは、お婿さんのおかげです。そしてそちら様の御両親が愛情深くいつも見守って頂いているおかげで、この度娘も無事に出産させて頂くことが出来ました。至りませんのに娘がいつもお世話になり有難うございます。』と相手を立ててお礼を申すことが第一ですよ。

それを神様は喜んで下さるのです。まずお婿さんや御両親を立ててお礼を申すことを心掛けておりますと、相手もこちらを立てて下さるようになるのです。『神様のおかげで無事出産させて頂きました』ということを先様に言ってはなりませんよ。

ましてや『私たちが日々お願いしているから…』等とは口に出さないようにしなければなりません。そこをどこまでも稽古して心配りをさせて頂かなければなりませんよ。」とお話しさせて頂いたことでした。

★自分のことは後回しにして相手を先に立てることを心掛けておりますと、神様のおかげが表れて相手に有難さが伝わり、ご信心の有難さが伝わってゆくのです。そして互いに助かってゆくのです。家の中が円満になり有難い家庭になってゆくことを神様がより一層喜んで下さるのです。

★『喜び上手がおかげの頂き上手』とみ教え頂いております通り、何事も喜んでお礼を申すこと心掛け、今年一年火災も盗難もなく無事安全におかげを頂きましたことをしっかりと御礼申させて頂きましょう。

★『八寸のものを一尺に喜ぶものには、足りぬだけは神が足してやる。』(二代金光四神様のみ教え)

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2014年12月21日

●信念を貫く

本日夜7時半から、二代金光様、歴代金光様の例年祭をお仕え申し上げます。
共々に参拝させて頂き、今日までおかげを頂いてきた御礼を申させて頂きたいと思います。

★12月20日は、門田豊実先生のご命日です。門田先生は、東京の警察大学に通われる時、教会に日参出来る場所に下宿を探して、日参を欠かさないようにしながら通学されたそうです。

ある時、そのお教会が場所を移転されることになったのでしたが、先生は、教会の近くに引越しなさり、日参を欠かされることなく学生生活を送られたのでした。

★熱心にご信心を進められながら職務に従事なさり、周囲から羨まれる程の早さで出世なさり、36才というお若い年齢で警察署長の任命を受けられました。

異例とも言える早さだったので、「あなたは何かコネを持っているのですか?」と、同僚から尋ねられたそうです。

そこで先生は、「はい。私には天地金乃神様という強いコネがあります。」と、お答えになったというほど、強い信念を持って神様におすがりなさっておられたのでした。

★また、先生は80才でお国替えになられましたが、70才を過ぎても御大祭の神饌長の御用をお受けになられました。

献饌行事の時には、神饌長は重たいお三方を持って立ったり座ったりを繰り返しますので、水の入った一升瓶6本をお三方に載せ、それを持って献饌行事の動きをご自宅で稽古なさり、体を鍛えておられたそうです。

★十分なおかげを頂けられるだけの受けものをしっかりと作らせて頂けますよう、「これ」と決めたら揺るがない信念を持って神様に向かわせて頂き、信心のご修行に励ませて頂きたいと思います。

『信心せよ。信心ということは、しんはわが心、じんは神なり。わが心が神に向かうをもって信心と言うなり。恩徳の中におっても、氏子、信なければ、おかげはなし』

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2014年12月20日

●好きなことをするつもりで…

仕事をさせて頂くのでも、神様から授かった天職と思って、自ら好きなことをするつもりで「有難い、有難い!」と喜んでさせて頂くことが大切です。

その正反対が、他の仕事が良く見えて羨ましく思い、愚痴不足を言いがら仕事をするという状態です。それでは、おかげを頂く事を自ら拒んでいるようなものです。

★あるご信者は、勤めさせて頂いていた時に、朝は誰よりも早く来て職場のお掃除をし、夕方帰る時にも掃除をしてから帰ることを心掛けて続けられました。

それは、子供会の頃からずっと『神様は荒地荒れ屋敷をお嫌いなさる』というみ教えを頂かれ、お掃除を有難くさせて頂くことを教えて頂かれたからです。

上司に言われたからでもなく、誰かに頼まれたわけでもなく。自ら進んでみ教えを守ろうと心がけられたのでした。

すると、職場の方々は「あなたが来て下さって職場がきれいになりました。有難うございます。」と喜んで下さり、気持ちよく仕事をして下さるようになりました。

また、そのお方の姿が良いお手本となって周りの人々も掃除をして下さるようになり、大変きれいで、活気のある職場と変わっていったのでした。

★そのご信者は、どの職場に行かれても変わらずに掃除を続けられ、今では5S担当として第一線で皆を指導する立場となっておられます。その原点は子供会で『早く きれいに 丁寧に』とみ教えを頂かれて、箒1本、雑巾1枚の使い方から教えて頂かれた所にあります。み教えを真面目に、自ら有難く喜んでさせて頂かれたことがおかげとなったのです。

★一生懸命打ち込んでさせて頂くと、神様から頂いている能力を十二分に発揮させて頂くことが出来ます。どんなことでもお願いさせて頂きますと、神様がさせて下さるのです。今与えて頂いている仕事を天職だと思って、有難く打ち込んでさせて頂きましょう。

★打ち込んでご修行させて頂くこと
(1)冷たさ(社会、人の冷たさ)
(2)苦しみ
(3)煩わしさ(実意丁寧にさせて頂くほど、煩わしいことが起こってきます。神様にお願いさせて頂き、全てを大切にさせて頂く。)
(4)暇な時間(どのように時間を有意義に使わせて頂くかをご修行とさせて頂く。)


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2014年12月19日

●信念を持って

 伊藤ハル氏(二代教会長伊藤コウ師のご母堂)がご生前中、娘さん(伊藤コウ師のお姉様)に預けておられた地方債が、盗難に遭うということがあられました。ハル氏は娘さんを決して責めることをなさらず、心を神様に向けて信心で受け切ってゆかれました。

★そして娘さん達に「この度の出来事は有難いことです。あのお金がなくなったことによって生活することが出来ないということはありません。また、あのお金はご信心させて頂いてからコツコツと貯金させて頂いてきたお金です。お支払いさせて頂くべき所にお支払いをし、ご恩返しさせて頂くべき所にはきちんとお礼をさせて頂いておりますから、めぐりも汚れも付いていない清いお金です。

今あのお金は差し当たって必要でないのだから、神様が世の中の困っておられる所へしばらく貸してあげなさいと言って下さっているのです。神様からお許しを頂いたお金ですから用事が済めば、必ずお金は戻して下さいます。ですからそのお金が役に立ち、持って行かれた方が立ち行かれますようにお願いさせて頂きましょう。」と仰ったのです。

★預っておられた娘さんは責任を感じられ、それを弁償なさってお詫びをされました。するとなんと、盗難から10年後、ハル刀自がお国替えされて半年が経って、元の金額より利息が付いて倍になって戻ってきたのでした。親も子も出来てきた事を信心で受け切ってゆかれた結果です。常平生の信心の稽古を積み重ねておられたからこそ、いざという時に信心の強さを発揮できられたのです。

★どのような出来事が起こってきましても、「これは神様が差し向けて下さった御試験だ。」と思わせて頂き、落第点を取らぬようにすべてを有難く受け切ってゆく信心をさせて頂くことが大切です。

その瞬間にどのように有難く受け切らせて頂いて、どの方向へ舵取りをさせて頂くべきか、日々私達も勉強させて頂かねばなりません。先へ先へ苦労させて頂いて、神様が一番良いようにして下さると信念を持って、出来事を有難く受け切らせて頂きましょう。

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2014年12月18日

●怪我や病気、様々な出来事を通して…

先日、のどが痛み熱気がありまして、朝のお説教の御用にお使い頂いた後、お結界の御用を少し早めに退かせて頂いて休ませて頂きました。

その前の晩は、身体がだるく一睡も出来ませんでした。寝たくても寝られないという経験は初めてで、毎日ぐっすりと休ませて頂けていることは健康な証拠であり、大変おかげを頂いているということだと分からせて頂いたことでした。
 
 食事は、お下げ頂いた小判餅を薄く切り一緒に炊いたおかゆと梅干が美味しく頂け、夜には平熱のおかげを頂きました。日々3度の食事を頂けていることの有難さ、また何でも美味しく頂けることの有難さを改めて感じ、真に有難い心にならせて頂いたことでした。

★金光キクヨ姫様(三代金光様の奥様)は『あなたは怪我をされましたが、私は今病気をしています。怪我をしても病気をしてもする前の自分より、した時の自分の信心がより進んでいるようでなければ、怪我や病気に対して相済まん事になります。怪我をする前のままでは怪我をしたということが何もならない。しっかり信心をお進めください。』と仰せになっておられます。

 怪我も病気も信心の材料、ご修行であり、怪我や病気によって信心が進ませて頂くように神様が体験させて下さることであると教えて下さっています。

★あるご信者は「親戚の中に、私に厳しく注意をしてくる人がいます。どのように受け止めればよろしいでしょうか。」とお届けにこられました。

 私は「注意をしてくれる親切な人は世の中にどれほどいるでしょうか。その方を自分を磨いてくれる砥石だと思わせて頂き、自身を磨かせて頂きましょう。」とお話しさせて頂いたことでした。

 怪我や病気以外にも日々様々に起きてくる出来事を通して神様の思し召しを分からせて頂き、出来事によってより信心が進ませて頂けるようにならせて頂きたいものです。


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2014年12月17日

●今日一日の使命を全うする

 『女の信心が、神様のお楽しみお喜びである。懐妊の時、心を改め磨き、真心の子供を産んで養育し、日々食べ物を取りあつかい、この注意不注意によりて、病気のできることもあり病気を除くこともあり、子供の間は母親が子供の真心を作るのである。また、着物の洗濯をするのも体の養生である。この役目を油断なく注意する氏子を見て神は楽しみ喜び、ここに女の大責任があるぞ。』

★二代教会長・伊藤コウ師の元にあるご信者がお届けなさり、「女に生まれて実につまらんことです。朝から晩まで台所仕事ばかりで、地味で目立たない仕事です。いくらやってもその場限りで、お金にもなりませんし・・・」とおっしゃったそうです。

★伊藤コウ師は、身震いする思いでその内容をお聞きになり、「どのようにすればこの女性に理解してもらえるでしょうか。神様どうぞ正しく伝えさせて頂けますように。」と御祈念なさってからお話しになりました。

「汽車に例えたら女性はもっとも重要な機関車といえます。食事を作り、洗濯をすることで、家族の心と体の健康を保つのです。女性が家の仕事を責任持ってさせて頂くことによって、子どもは健康でお役に立つ人間に成長し、家族はそれぞれの働きを十分にさせて頂くことが出来るようになるのです。そこを疎かにしてしまうと家がもちません。女性の役割ほど尊いものはありませんよ。」とみ教えになったのでした。

★それぞれの持ち場立場で、一日一日与えられた使命を有り難く全うさせて頂くつもりで、日々積徳の信行に励ませて頂きましょう。

 三代教会長先生が十代の頃、日常の心得として決められた事
(1)何事も好きなことをするつもりでさせて頂く。
(2)今日出来ることを明日に延ばさない。
(3)足るを知る。(分相応を過ごさないように生活させて頂く。)
(4)目前の事に迷わない。(み教えに沿った判断をさせて頂く。)
(5)腹を立てれば、3度「金光様」と御祈念する。(3度で治まらなければ、治まるまで御祈念させて頂く。)

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2014年12月16日

●一言に込められた思いを知る

 昨日15日は、三代教会長先生のお母さん増田うのさんの御命日であります。私の祖母にあたる方で、昭和18年67歳でお国替えなされたのです。前の親先生は、三代教会長先生をなかなか実家である増田家に行くことを許しては下さらなかったのですが、この時は、数日お家に帰られて、お世話をさせて頂く機会を頂かれ、お見送りすることが出来られたという事です。

★三代教会長先生は、「親よりも長生きさせて頂けて有難い。」と、何時もおっしゃっておられました。『他の子供と同じように、早くに亡くなることの無いように。』との、お母様の願いがお教会への入所を覚悟なされて、そして送り出されたのです。小学校6年生で阿倍野教会に入所なされました。

★阿倍野教会から26号線に面した弘治小学校に通われたそうです。当時はお弁当を持って登校できる子が少なく、薩摩芋を焼いて新聞紙に包んできた子も多かったそうです。そういう境遇の方々が多い中を御隠居様が、毎日一生懸命にお弁当を作って下さり、お腹を空かさないように気を使ってお育て下さった。その事が本当に有難かったとおっしゃっていました。

★毎日お洗米を頂かせてもらい、お教会でお育て頂く事により、腺病質、虚弱体質であられたのを、健康な体に作り替えて頂かれたのです。軍隊には甲種合格しかも身体がしっかりしていなければ勤まらない信太山の野砲四連隊に配属になられたのでした。馬の方がくたばるような山でも、人力で野砲を押したり引っ張ったりして山越えをなさったのです。

★「親よりも長生きさせて頂けて有難い。」という一言は、どれ程に親様が願いをかけて下さった上でのお命であり、お守り頂かれてのお命であるという意味が含まれています。私達はもっと深く味わい、学ばせて頂かねばならない一言であると思うのです。


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2014年12月15日

●受継いでゆかれるご修行

 昨日は、万事にご都合お繰り合わせ頂き、無事に御本部御礼参拝のおかげを蒙らせて頂きました。御本部では布教功労者報徳祭並びに金光キクヨ姫様の50年祭が執り行われ、皆様と共に拝ませて頂けました事は大変有難いことです。

★布教功労者報徳祭は、歴代金光様をはじめ、教団各面のご用にご尽力くださったご霊神様方のお働きにお礼を申し上げる祭典です。九州地方の請願によって、明治27年12月、金光四神様の一年祭が本部教会所の霊祭として執行されたことに始まります。

★二代金光四神様は教祖様のお跡を受けられて、10年間命がけで御神勤下さいました。すずりの墨が凍るほどの厳しい寒さの中でも暖を取られることなく、夏の炎天下の元でも涼を取られることはあられませんでした。また、夜も床に就いて休まれずに、昼夜を問わずご修行に励まれたのです。

★四神様はお隠れになる二日前、ご家族に次のようなご遺言を残されています。「われは六歳のとき死ぬるを、親様の一心願より、助けていただいたは神様のおかげならこそ……どうぞ攝胤 をつこうてくだされ。万事言い付けてくだされ。攝胤もあれくらいになったら、お広前の用使いはします」

 この御遺言通り、金光攝胤様(三代金光様)が14才で継がれることになられ、70年間にわたって84才まで御用におつき下されました。その後四代金光様、五代金光様と今日までこのお道が続いているのです。

★教祖様のお跡を受継いで下さった、二代金光様・歴代金光様が存られませんでしたら、別派独立もありませんし、現在の金光教信者一同の助かりもあり得ません。受継いでゆかれるご修行があられてこそ、後々までが助かることになり、有難い世界が開けてゆくのだと解らせて頂きます。

★『先の世まで持ってゆかれ、子孫までも残るものは神徳じゃ。神徳は、信心すればだれでも受けることができる。みてる(尽きる)ということがない』


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2014年12月13日

●与えて頂いているお命を生かして使わせて頂く

 先日、筋萎縮性側索硬化症(ALS)という難病を患ったお方がお参りになられました。ALSとは、体を動かす神経が徐々に侵され、全身の筋力が弱まっていく原因不明の難病です。手足が動きにくい、食べ物がのみ込みにくい、話すことが困難になったりする症状が出てきて、進行すれば人口呼吸器が必要となるときもあります。詳しい原因は不明で、効果的な治療法はないそうです。

★そのお方が46歳の時に、昨日まで持てたコップが急に持てなくなり、直ぐに転んだり、言葉さえも出なくなってしまわれました。発症時は原因も分かられなかったのですが、その3年後にALSであることを診断されたのでした。以前は建築デザイナーとしてお役に立っておられたのですが、病気を発症後、仕事をたたまれ車いすの生活に変わられました。

歩くのもままならないそのお方が、描かれた絵を贈られた友人が喜んで下さったことがきっかけで、絵を描かれることを習慣になさっておられるうちに、絵本の製作をなさるようになられました。そして様々なところで原画展を開かれ、多くの方に元気と勇気を与えるようになられたのです。

★そのお方が先日お参りになられて、「是非この絵を神様に奉納して頂けますように。」とお供えになられました。「永遠(とわ)のつながり」という題名だそうです。常に「見た人を幸せにする力のある絵を通じて、諦めずに努力することの素晴らしさを多くの人に伝えさせて頂きたいと願っておられますが、奥様は「主人が元気に腕が動く限り書き続けることが出来ますように。」とお願いされました。

すでに発症なさってから20年経たれますが、歩くことも手を動かすことも体を自由に動かすことも出来られない中で、自分自身に出来ることを見出されて、最大限の努力をし続けておられるのです。

★私たちは、自由自在に手も足も動かすことが出来、何でもさせて頂けることがたくさんあります。しかし「あれも出来ない、これも出来ない。」と口走りやすいものです。出来ない出来ないというのは不成心です。不成心は自分の値打ちを下げ、徳を失うことになるのです。

毎日生かして頂いている喜びを噛みしめ、神様から与えて頂いているお役目・天命を悟らせて頂くことが大事です。どのような恩恵を受けて今日までお育て頂いてきたのか、どのようにしてこれから生かして頂くべきかをしっかりと悟らせて頂いて、神様から与えて頂いている無限の可能性を最大限に生かし、お役に立つ働きに務めさせて頂きたいものです。

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2014年12月12日

●御恩を決して忘れない

私は、10日に福岡県の甘木教会へ今年一年の御礼の参拝をさせて頂きました。
初代教会長伊藤徳次師が実家池田の家の代表としてご修行に入らせて頂くことになり、16歳より甘木教会で初代教会長安武松太郎師のお手厚い御祈念・お取次を賜り、御薫陶を受けて足かけ8年間ご修行させて頂きました。23歳の時に伊藤コウ師と御本部で結婚式を挙げられて、大阪に布教なさったのです。

★大正10年9月11日に吉野通りに布教を移され、一年後大阪府庁の認可が下り、「金光教阿倍野教会教会所」として御用がさせて頂けるようになったのでした。そして、大正15年10月28日32歳で徳次師がお国替えなさった次の年、二代教会長伊藤コウ師は徳次師のご遺志を受け継がれ、昭和2年に旧広前の新築落成の祝祭を11月11日に挙げられることが出来られたのでした。

★その2年後、昭和4年3月18日に甘木教会の初代教会長安武松太郎師が徳次師の御帰幽後を御心配下さり、旧広前に参拝して下さり「結構な広前ができたなあ。」と柱を撫でて喜んで下さったそうです。その時に安武松太郎師は『雨に濡れ 日に焦がされて ひともとの 木にも花実の ある世なりけり』と御詠を詠んで下さいました。雨に濡れることもあり、日に焦がされる日もあって1本の木が茂る。難儀があるごとに奮い立ち、節の出るごとに一層の緊張をなし、さらに大進展をなすという御意味の御詠を詠んで下さったのでした。
 安武松太郎師のご祈念を賜り、徳次師、コウ師がご修行下さったおかげで今日阿倍野教会は結構におかげを頂いております。私達は、その御恩を決して忘れることなく、残して下さったご信心を頂き続けてゆくことを心掛けてまいりたいと願っております。

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2014年12月10日

●刃先の焼き直し

12月6日は平成7年にお国替えなされた中井久夫氏の御命日でありました。中井氏は、心筋梗塞、脳梗塞を患われましたが、両方とも熱心な信心のお徳により全快根切れのおかげを蒙られたのでした。

★昭和46年12月11日心筋梗塞を患われた時、12日が御本部参拝でありました。家族に代参を頼み、無事一人で留守番をなさったのです。そして、13日に入院をなさり、約一ヵ月半の間治療を受けられました。

入院時の日記には、「御庇礼の高い教会の親先生のお祈りを頂きながら、ようおかげを受けん鼻たれの信者ではいけない。私は鼻たれの信者にはならない。阿倍野教会の信者である。信心がぼけるとおかげがぼける。

退院をするには、病気に打ち克って治さなければならない。何としてでもおかげを頂かねばならない。み教えを求め、目的に信念に燃える心、これが元気な心だ。神様にすがる、一心にすがるということだ。」と自らを鼓舞し、決意なさっておられたのです。

★翌年1月29日退院後、いつ発作が起きるか分からない状態になられ、ニトロールという薬をいつも持ち歩くことになられました。「御本部参拝で病の根を置いて帰らせて頂き、根切れのおかげを頂きたい。」と強く願われ、「御神酒と御神米でおかげを頂かせて下さい。」とお願いなさり、ニトロールを携帯せずに参拝されたのでした。

★昭和50年6月の御本部参拝の行きの列車で発作が起こり、苦しくて岡山で列車を降りられ、引き返し帰宅されました。そのことが悔しくて「こんな弱い信心でおかげを頂けるはずがない。」と、願いを新たにされました。

同年9月御霊地で発作が起こり、6月の3倍も苦しまれましたが、御神米と御神酒を頂き、生命のことは神様にお任せされて帰りの列車では53巻大祓詞を唱えさせて頂かれ無事帰宅されたのです。なんと、それ以来お国替えなされるまで一度も発作が起こらず病気根切れのおかげを頂かれたのでした。

★中井氏が「どうあっても、この病気を通じておかげを頂かせて下さい!」という信念を貫かれたことが、大変有難いのです。

神様は、私達氏子に「苦難を通じておかげを頂いてくれよ」と願いをかけて下さっています。痛い苦しい事をおかげにさせて頂けるよう、信心の稽古をさせて頂きましょう。

『鉄でも使えばちびるぞ。人間、生身に痛いかゆいは当たり前ぞ。物にたとえれば、鍬でも刃先の焼き直しをしたら、はじめよりよう切れるようなもので、人間、時々痛いかゆいがあるのが刃先の焼き直しじゃ。と金光様は言うてござった。これがもとで信心もできるようになり、これが修行になって信心も進んでくる。人間は勝手なものじゃから、痛いかゆいがあるとご信心できるが、なにもなかったら信心が寝入る。』


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2014年12月09日

●親に孝養を尽くす

 昨日は、みかげ会例会が開催され、中田氏の有難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★昭和36年、中田氏のご両親は当時阿倍野教会の近くに住んでおられたご信者にお導き頂かれ、お参りされるようになられました。自宅から参拝するのに片道一時間以上もかかりましたが、当時家庭内の不和と商売が立ち行かないこともあられ、助かりたいご一心で朝参りを始められ、二代教会長伊藤コウ師にお取次を頂かれるようになられました。そこでコウ師に「せめて10年は辛抱するように。」とのみ教えを頂かれ、日参と聴教に励まれました。

★昭和46年、お母様が51才の時に腫瘍ができられました。コウ師に御取次頂かれますと、「60才を過ぎたら元気になりますから、先を楽しんで神様にしっかり手入れをして頂きましょう。」とみ教えを頂かれました。その後、腫瘍の切除手術を受けられて無事成功のおかげを頂かれ、コウ師のみ教えの通り60才を過ぎてからお国替えなさる93才までの33年間、再発することなく元気なお体で過ごされたのでした。

★今年は、御祖父様がお国替えされて50年廻れるお年であられ、ご命日のある7月頃に50年祭をお仕え頂こうと教会長先生にお伺いされました。すると「家族が皆揃いやすい、5月4日にさせて頂きましょう。」と、中田氏の思いとは違う日を決めて頂かれました。

そして5月4日、無事に御祖父様の50年祭が仕えられ、お母様も「私は若い人たちと同じ食事が大好きです。脂っこい物や洋食など何でも頂きます。」と仰られるまでに、大変お元気で式年祭を拝まれたのでした。しかし、その翌日から食欲不振を訴えられ、6月になって病院でお腹の検査をされますと、大腸癌と診断され、肝臓にも転移していると宣告されました。

自宅で療養なさっておられましたが、次第に病状は進行していかれました。そんな中、7月9日に中田氏の長男さんに男の子が誕生され、お母様も初曾孫を授かったことに大変お喜びになられました。しかしその12日後の7月21日、お母様は93才10ヶ月でお国替えされました。

★誰しも先のことはどうなるか分かりませんが、真心から願わせて頂いていることは、神様が願いを受けて下さり、おかげとなって表して下さるのですね。

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2014年12月08日

●命のあらん限り

 先日、金光教阿倍野教会、在籍教師であられた門田登子先生の25年祭がお仕えになられました。門田豊実先生の奥様で、ご夫婦共に阿倍野教会の在籍教師として御用なさっておられました。乳癌を患われ、ご晩年には背骨に癌が転移し、平成2年1月3日にお国替えになられました。ご長男は、病理医をなさっておられますが、多くの症例を見れば見る程、登子先生が大変なおかげを頂いておられたことが分かられたというそうです。

★先生は、入院もなさらず、一切治療を受けられず、薬を飲む事もなさらず、お国替えになる2ヶ月前まで、お結界の御用にお使い頂いておられたのです。癌が背骨に転移してからは、お体が動きにくくなられたので、お国替えになられるまでの2ヶ月間は教職舎で療養なさっておられました。

その2ヶ月間は、先生からご信心のお話などをゆっくりと聴かせて頂ける有り難い時間であったと、ご家族はお礼申しておられます。また、通常背骨に癌が転移すると相当の痛みがあるそうですが、処方された痛み止めのお薬も一切必要なく、1月3日にお国替えになられたそのお正月も、教会のおせち料理を「美味しい、美味しい」と、喜んで頂かれたそうです。

また、お国替えになられた時、ご長男さんの自宅の表札が落ち、お国替えの連絡が入る前に、ご長男さんのお嫁さんはそのことをもって先生のお国替えを知らせて頂かれたということでした。

★神様の御用にお使い頂かれることを第一になさり、命の限りお役に立たせて頂かれた先生のお徳を、改めて偲ばせて頂いたことでした。『人は此方のことを生神であると言うが、此方でも、あなた方と同じ生身の人間である。信心しておかげを受けているまでのことである。あなたも、神様の仰せどおり真一心に神信心しておかげを受け、人を助けて神にならせてもらうがよい』

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2014年12月07日

慢心・油断のないように 

『氏子十里の坂を九里半登っても安心してはならぬぞ。十里を登り切って向こうへ降りたらそれで安心じゃ。 途中で気を緩めると後へ戻るぞ』

『生きておる間は修行中じゃ。ちょうど学者が年をとっても眼鏡をかけて本を読むようなものであろうぞ。』
私共は、命のある限り信心の道の旅をしていくようなもので、命が終わるまで心を緩めてはならないのです。慢心が大怪我の元であり、油断をしないようにしなさいと教えて頂いています。

★結構なおかげを受けたものが元の姿に転落してしまったり、せっかく助けて頂きながら同じことで心配をおかけする。そういうことでは神様に対して申し訳ないことです。途中で気を緩めてしまうとそうなります。

★体の上におかげを頂かれた人でも、医師から「ちょっとぐらいは良いですよ」と、言われるとすぐに止められている食物もたくさん食べてしまう。制限を受けているはずのアルコール類やタバコも摂取してしまう。
 
経済の上におかげ頂くと、これぐらいは良いだろうと自分を甘やかして、悪い状態に戻ってしまう。それがめぐりというものです。ちょっとよくなると慢心してしまう。自分が自分がという気持ちになる。この危険性は、誰もが持っているものです。悪習慣・悪癖をお取り払い頂かねばなりません。

★神様は氏子に対して一年勝り代勝りに、良いほうへ良いほうへとおかげを頂いて欲しいと願って下さっておられます。私の場合を考えてみましても、先に先に神様はおかげを授けて下さっていますのに、自分の信心の程度がこんなことでは申し訳ないと心の底から思います。どうぞ信心を向上させて下さい、神様にお喜び頂ける私になりますように、と願い続けさせて頂きたいと思います。
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2014年12月06日

●『おかげは和賀心にあり』 

 三代教会長先生は9人兄弟であられましたが、その内の6人が次々と御国替えされました。ご両親は、大変辛い思いをなされたのです。
末っ子であられた三代教会長先生は虚弱体質で小さい子供でありましたから、親は「どうあっても元気に育って長生きしてほしい」という悲痛な思いで、小学6年生の年齢で教会に入所させたのでした。後に20歳頃になって養子縁組が整ったのです。

★三代教会長先生は、戦地から長兄にあたる寅之助さんへ送られた御手紙の中で、「私は伊藤の家に養子に入らせて頂いた身でありますから、私は伊藤の親に孝養を尽くし、補佐をしっかりとさせて頂いてまいります。増田の家のことは、お兄さんどうぞ宜しくお願いいたします。」と綴っておられました。自身が頂かれたお役目を有難く一筋に全うされたのです。

★本当の辛抱というのは、有難い心でなければさせて頂けません。嫌々辛抱しているのでは、本当の信心辛抱にはなっていないのです。毎日新たな生命を授かっている心持ちで、全てを有難く喜んで受け切ってゆきましょう。 労働も有難い。日々のストレスも有難い。そのことにより自分を鍛えて頂ける。病気、投薬でさえも有難い。身体を手入れして頂くのだ。…というように、全てを喜んでさせて頂く所には、もっともっと嬉しく有難いことが次々と集まってきます。今日一日新たな命を授けて頂いたと思って、大切に喜んで生活させて頂きましょう。

『今月今日で一心にたのめい。おかげは和賀心にあり』
『やれ痛やという心でありがたし、今みかげをという心になれよ』

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2014年12月05日

●三代金光様

 昭和9年の頃のことです。地方のある小さな新聞に三代金光様のことを悪し様に書く記事が載りました。全く事実無根のことをあらゆる最大級の雑言をもって書き立てるので、長男様(四代金光様)は腹が立って腹が立って仕方なく、ある日御母様である金光キクヨ姫様に申し上げられますと、キクヨ姫様は「ご本人の金光様が腹をお立てになっておられないのに、どうしてあなたが腹を立てているのですか?」と静かに呟くように仰せになられたのでした。

その時長男様はハッとなされたそうです。なぜなら、三代金光様は何事にも腹をお立てになられた事があられなかったと気付かれたのでした。

★また、長男様(四代金光様)が小さい頃に、弟様がお机の上の水をこぼしてしまったことがあられましたが、三代金光様は、「ここへ置いていたのが悪かったなあ。」と仰ったそうです。長男様は後になって「そのことが私には今でも忘れられない。みじんも他人を責めるところがあられない。」と仰せになっています。

★三代金光様は、二代金光様のご遺言によって14歳より84歳まで70年間、お結界にお座りになられました。三代金光様は「はじめは辛うて辛うてよう泣きましたがなぁ。泣く泣く辛抱しいしいに座っとりましたら、 欲しい物も考える事もなくなりまして有難うて有難うてならんようになり、なんぼお礼を申しても足りません。 お礼の申したらないお詫びばかり申しております。勿体ないことです。」というお言葉を残しておられるのです。

★14日は、御本部に於かれまして布教功労者報徳祭並びに金光キクヨ姫様の50年祭が執り行われます。三代金光様、またキクヨ姫様が示して下さいましたご信心のお手本に万分の一でも習わせて頂けるようにお願いさせて頂きたいと思います。

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2014年12月04日

●神様にそのままお預けさせて頂く

あるご信者は、人からよく「あなたにしか話せないのです。あなたに聞いてもらいたい!」と相談を受けられ、時には5時間も話を聞かれる事もあるそうです。そして「話を聞かせて頂きますと、可哀そうで、可哀そうで…どのようにさせて頂けばよろしいでしょうか?」と涙を流してお届けされました。

「それは、まさしく神様の御用だと思って、しっかりとお話を聞かせて頂きましょう。じっと聞くということは、大変力のいる事です。自分が何かを直接してさしあげる事は出来なくても、話を聞かせて頂くことは出来ます。それを祈りに変えさせて頂き、助かって頂くお手伝いをいたしましょう。」とお話しさせて頂いたことでした。

★大和の土井氏は、近所の方々から悩み相談を受けられた際に、じぃっと話を聞いてあげられた後、その問いに対する答えをすぐに出すのではなく、ご自身のおかげを受けられた話をなされたそうです。

「私はこのようにみ教えを頂き、こんなふうに改まっておかげを頂きました。」というようにお話をされると、相談された方々は「私もぜひ連れて参って下さい。」とおっしゃり、周囲の方々が皆おかげを頂いていかれたのでした。

★日々の生活の中で、人から相談を受けるということがあります。その時に大切なことは、御祈念しながら話を聞かせて頂くことです。「金光様、金光様」と御祈念させて頂いて、そのまますぐに神様にお預けさせて頂くのです。

自分の心に溜め込んでしまいますと、自分自身の心を痛めてしまいます。まずはしっかりと御祈念させて頂き相手の事を祈らせて頂きますと、神様が助けて下さり、土井氏のように有難いお導きへと繋がってゆくのですね。

★『真に有難しと思う心すぐにみかげのはじめなり』

★明き…明朗活発というだけでなく、先を楽しみに、思い分けの出来る賢さを持つ。
清き…常にみ教えを頂き、純粋な清い心で神様に向かわせて頂く。
直き…心を空にして、み教えがわが心に素直に頂け、素直に実行させて頂く。

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2014年12月03日

●身に徳を受ける

あるご信者は、90歳を超えるご年齢になられても、お元気に生駒の方から教会に参拝なさり、いつもニコニコとお礼ばかり申しておられました。ある時、病院に入院なさり治療を受けられた事がありましたが、その時にでも、「結構な病院に入れて頂いて、立派な先生方に診て頂いて有り難い!」と、喜ばれ、「親切にして頂いて有難うございます!」と看護師の方にもお礼ばかり申しておられたそうです。

そうしますと、医師もお世話をして下さる看護師も、「こんな患者さんは初めてです!」と、感心なさったそうです。それをご覧になっていたお子さん、お孫さん方も改めて、長年のご信心で身に徳を受けてこられたことの尊さを感じられたということでした。

★どのような自分にならせて頂きたいのか、どのようなおかげを頂きたいのか、強く確かな願いを持たせて頂いて、日々コツコツとご修行に励ませて頂きましょう。自分自身の信心が本物になってゆけば、家族を始め周囲の人々にもその有難さが必ず伝わってゆきます。

もし、家族をお導きしたくてもなかなか家族にお参りする気になって頂けない時には、「なぜ分からないのか!」と、相手を責めるのではなく、「『一緒に参らせて欲しい』といって頂けるだけのお徳が自分に頂けます様に」と、どこまでもお願いし続けさせて頂き、自らがご修行に励ませて頂けば、必ずおかげになってゆくのですよ。

『神参りをするに雨が降るから風が吹くからえらいと思うてはならぬ。その辛抱こそ、身に徳を受ける修行じゃ。』

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2014年12月02日

●締めくくりの月を迎えて

今年一年の締めくくりの月を迎えさせて頂きました。師走の月は、一年間の御礼の信心すなわち後始末をさせて頂く月です。この一年間を振り返らせて頂き、大病を小病に小病を無病に、また大難を小難に小難を無難に、お繰り合わせを頂いてきたお礼をしっかりと申させて頂きましょう。

また、仕事の上でお世話になっております方々にお礼を申し、支払うべきところには行き届いて喜んで支払わせて頂きましょう。そして、住まわせて頂いている家に対して御礼を申し、隅々まで大掃除をさせて頂きましょう。それが、新年を迎えさせて頂く準備につながるのです。反省と改まりが自身の可能性を広げてゆくのです。

★人間の可能性を妨げること…
1、辛いことを避けようとする。
2、成長への意欲の欠如。(昨日よりは今日、今日よりは明日というように、成長させて 頂きたい!という気持ちの欠如。)
3、勇気の欠如。(新しく一歩踏み出す勇気、自分の至らないところを見る勇気、改まる 勇気の欠如。)

★人間はつい横着をしてしまいます。先延ばしにしたり、「もうこれ以上は出来ない」と自分勝手に見切りをつけたりしておりますと、ますます立ち行かなくなってしまいます。人間には神様から大変有難いものを与えて頂いています。

★その与えて頂いた可能性を目覚めさせるには…
1、どんな時にも明るく前向きに生きる覚悟を持つ。(昨日を忘れ、今日を喜び、明日を 楽しめ)
2、世の中は釘付けではない、世の中が変化してゆくことにも前向きに取り組む。(世は 移り変わってゆくものである。世の中の変化に対応して生き抜いてゆく)
3、周囲の人を大切にする。
4、神様から与えられた機会を大切にする。(どこまでも謙虚に行き届いた準備をして、 与えられた機会を逃さないようにする)
5、日々お世話になる全てに感謝する。


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2014年12月01日

●間違いを正して頂く

 信徒総代をなさった山階氏は、幼い頃に実母を亡くされ、義理の母と折り合いが悪く、10代で家を出たまま音信不通にしておられました。義理の弟ばかりをかわいがる義母を恨み、財を成していつか実家を見返したいという一念で、鉄工所を営んでおられたのです。

ところが経営がうまくいかず、困っておられたところを49才の時にお導き頂かれ、伊藤ハル刀自からみ教え頂かれたのでした。

「何十年も音信不通になっているとは、どれほど親は心配されていることでしょう。あなたは根本が間違っています。『信心は親に孝行するも同じこと』とみ教え頂いています。信心させて頂いて根本を正しくしなければなりません。まず両親に御詫びに行かせて頂き安心して頂きなさい。これからは親孝行させて頂けるように改まりなさい。」

★山階氏は、み教えを素直に守られ、早速実家にお詫びに行かれました。そして、それからは親に安心して頂くことを心掛けられ、工場では、材料となる鉄はたとえ釘一本でも無駄にしないよう拝んで使わせて頂くようになられました。天地のご恩、親様のご恩を忘れない生き方に改まられますと、鉄工所も大変繁盛なさるおかげを頂かれたのでした。

★誰しもが、知らず知らずに間違えた考えを起こしてしまうものです。ですから、お取次を頂き、天地の道理に基づいた生き方に修正して頂くのです。また、出来事や人の口を通して、自分の間違いを正して頂けることも、大変有り難いことなのですよ。

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