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2014年09月30日

●敬いの心を大きくする

 今月も月末を迎えさせて頂きました。今月おかげを頂いてきましたところをしっかりとお礼申し上げましょう。月末の地代、家賃、光熱水費、税金等、支払いを滞ることのないようにさせて頂き、期日の前には余裕を持ってお支払いさせて頂いて、真心を足すことを教えて頂いております。そのような生活を心掛けておりますと、「あなたの家(会社)なら融通を付けましょう。」と信頼を頂け、それが積もり積もって徳の貯蓄となってゆくのです。

★しかし反対に、新聞などの集金に来られた方に「ちょっと待って下さい。また、出直して下さい。」と支払いが滞っていては、人の手を煩わし、人の時間を取って、人に迷惑を掛けてめぐりを積んでいることになるのです。それは結局廻り回って全部自分に返ってくるのです。そのような人に迷惑を掛けた生活をしておきながら、「なぜ私ばかりこのようなことが起こってくるのか…」と悪いことばかりに目を向け、人を恨む生き方をしていては立ち行きません。自分のどういう所にその元があるのか、自分自身を見つめ直させて頂くことが大切です。

★神様の分け御霊を与えて頂いている私達ですから、互いに拝み合いをさせて頂くことが大切です。それは夫婦の間でも、親子や兄弟や親戚、仕事の同僚や友達でも、また親しい間柄であろうとなかろうと、皆それぞれに神様の氏子同士ですから、神様から頂いている神心を拝ませて頂くことが大切です。そして、心を大きくさせて頂いて、自分自身の受け物を大きくさせて頂くのです。『人を敬ってわが身に徳を受ける』

★今月も広大無辺なおかげを頂いたことに御礼を申し、また知らず知らずのお詫びを申し上げ、さらに10月も万事万端におかげを蒙らせて頂きますよう、共々にお願いさせて頂きましょう。

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2014年09月29日

●お使い頂く心で

 教祖様は、数え年の12才でご生家の香取家から川手家に養子に入られました。幼い頃から神様を拝む事が大好きであられ、ご養父に「休み日には神参りをさせて下さい」とお願いなさったということです。川手家は、決して裕福な農家とは言えず、時代も天保の大飢饉、安政の大地震などから年貢の取立ても厳しく、疫病も流行るなど、人々は困難を極めていました。しかし、教組様は、何事も実意丁寧に神様にお願いなさり、一心におすがりなさりながら農作業に励まれ、天地の親神様のお徳によって家は次第に栄えていかれたのです。

★御用も、仕事も、家事も、万事に神様にご都合お繰り合わせを頂いて、お使い頂くということです。農業は、天地が作物を育まれるほんの一部分をお手伝いさせて頂くということですし、製造業は元となる材料は全て天地の賜り物です。天地の親神様のおかげで仕事がさせて頂けることをお礼申し、知ってのご無礼知らずのご無礼をお詫び申しつつ、より一層有り難い働きがさせて頂けるよう実意丁寧にお願いさせて頂きながら、それぞれの持ち場を一生懸命に励ませて頂けば、広大な天地のお徳を現わさせて頂くことの出来る結構な働きにならせて頂けるのです。

『信心する氏子、一日に木綿一反織れる人が、六根の祓にもあるとおりの潔き心持ちで朝より一反半織るつもりになれば、一反半成就する。神様へおかげを受けるお願いも、その人、人で違いがある。おかげも仕事も人なみ以上のおかげでこうむり、人にほめられる(認められる)ようにしなさい。また、百姓なれば、一反歩に二石の米を作る人もあり、二石五斗作る人もあり…』

『人間は小天地で自分の頭をいつも天地の神様がお守り下されてあるゆえに、自分の体を思うように使われるのである。信心も仕事も同じことで、信心に進めば神徳もおかげも一日まさりである。』

★10月5日には御本部の金光大神大祭に参拝させて頂き、28日には初代教会長先生の例年祭をお仕え申し上げます。そして、11月11日には阿倍野教会の金光大神大祭が、天地金乃神様の御庇礼のもとに無事お仕え申し上げることが出来ますよう、神様にお使い頂く心で共々に御用のおかげを頂きたいと思います。

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2014年09月28日

●神様の御心に適うお願いとは?

 ある娘さんのお父さんは、大層酒乱でお酒を飲むと、お母さんに対して暴言を吐き、さらには暴力を振るうなど、家族を大変困らせていました。そこでその娘さんは、母親の悲しむ姿を見るのが大変辛く、なんとか助けて頂きたい一心で、教会へお参りなさりお届けなさいました。

★するとお結界で、「神様は親孝行が一番お好きです。あなたのお願いは親孝行になっていますか?あの父親さえいなければ私の家は結構になるのに…等と思っていませんか?それは神様のお心には適いません。どうぞ父親が健康で長生きして頂けますように、そのためにはお酒を止めてくれますように、とお願いさせて頂きましょう。それが神様のお心に適うのです。」とみ教え頂かれたのでした。

★そのみ教えを頂かれた娘さんは、ハッと自分自身の間違いに気付かれて、今までのお願いの仕方を改められたのでした。それからは、お父さんに対しての責める心を取り払い、一心に健康と長寿をお願いされるようになったのでした。すると、ふと気が付いた時にはお父さんは、有難いことに自らお酒を止めてくれるようになられたのです。現在はそのお父さんが熱心に信心をなさっておられるのです。

★神様の御心に適うお願いとは、自分の事だけ願うのではなく、「周囲の方々に助かって頂きたい。そのために自分自身がご修行させて下さい。」というお願いです。自分のお願いが神様に通じてゆくものになっているのかどうかは、み教えを頂いていかなければ分かりません。『このお道は、話を聞いて助かる道である』とみ教え下さっています。日々み教えを頂き、自己を改めさせて頂いて、正しいお願いにならせて頂けるよう信心を進めさせて頂きましょう。

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2014年09月27日

●何事も、どこまでも、前向きに!

神様は人の口を以て教えて下さることが度々あります。人の厳しい言葉も勇気を以て受け切ってゆき、神様の教えて下さることと、有難く頂きましたら、それは困難に打ち勝つ力を授かることになってゆくのです。苦しい辛いことを避けようとしたり、改まる勇気を持たないことは人の可能性を狭くしてしまいます。

★阿倍野教会は大正8年、巴通り(現在の近鉄百貨店南側)に布教の第一歩を印されました。しかし近くのお教会より「教会設立の願いがあるならば、8丁離れなければなりませんので、他へ移って下さい。」と言われました。

初代教会長伊藤徳次師、二代教会長伊藤コウ師はそのお言葉を有り難く受けられ、吉野通り(阿倍野区)へ移られ、現在の阿倍野教会を設立させて頂く事が出来ました。当時の吉野通りは人通りが少なく、野原や松林ばかりの場所で、牛が育てられ、乗馬の訓練をする場所があったということです。すべてがゼロからのスタートであられたにもかかわらず、徳次師は吉野通りに移られて御祈念とお説教が出来られる状態に整えられたのです。

★布教当初は夜の御祈念は3人でした。一方、裏の空地には夕涼みに人形浄瑠璃の一座が開演され、にぎやかなことこの上なしという状態で、百数十人が浩笑したり、手をたたいたりしていました。あの中の百分の一でもお参りして下さったら…と、どれ程願われたかわかりません。徐々にご信者は増え晴明通りに移らせて頂き、90年後の現在は、お教会の前に大きな道路ができ、立派な住宅街に発展し、とても有難い場所で御用させて頂いております。

★もしもそのまま場所を移らなければ、現在の巴通りは阿倍野の近鉄百貨店の南にあたり、繁華街となってしまい、祭典をお仕えすることもままならない等の不都合もあったかもしれません。「他へ移って下さい」と仰って頂き、初代教会長先生が有難く受け切られ、移らせて頂かれたことが大変なおかげでありました。世の中は釘づけではありません。神様が将来を願って下さって、良い方へ良い方へと導いて下さったのです。

★環境の変化も前向きに受け取り、与えて頂いた御修行を有難く受けてゆくことが、可能性を広げ、有難いおかげを頂くことができるのですね。

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2014年09月26日

●先々は必ず成就する!

昨日は、三代教会長先生の奥様(愛子先生)のお母様のご命日でした。行年40才でした。

★後妻としては実母の妹さんが来られたのでした。その後に小学校四年生の時に、東京より1人で阿倍野教会に入所されることになられたのが愛子先生です。

★ある時、愛子先生が二代教会長伊藤コウ師に「両親の元へ顔を出して、親孝行の真似事でもさせて頂いてよろしいでしょうか。」とお伺いされました。

すると、コウ師は「10年辛抱しなさい。」と仰せられました。愛子先生はそのみ教えを素直に守られて10年辛抱なさり、20年後に同じことをお伺いされました。

するとコウ師は「10年辛抱しなさい。」と同様のみ教えをされました。愛子先生は30年辛抱され、その後に関東から両親を呼び、大阪で暮らして頂いてお世話が出来られるようになられたのでした。

コウ師は先々のことを御祈念下さり、また愛子先生も「親孝行させて下さい。」と願い続けられてコウ師のみ教えを守り通されたことにより、全てに於いて神様が間に合うように環境も整えて下さり、ご都合お繰り合わせを頂かれたのでした。

★私が高校に勤務させて頂いておりました時に、三代教会長先生に「御礼に御用させて頂きなさい。」と仰って頂いた時のことです。

「私には徳も力もありません。今の私にはとてもさせて頂けそうにありません。人が助からなければ御礼になりませんので。」と申し上げますと、「あなたは御礼の御用の意味が分からないかなあ…。」とおっしゃいました。

「出来るからする、出来ないからしない、ではないのですよ。どうぞ何としてもこれまでの御礼にさせて頂けますように、とお願いするのです。生まれてから今日迄、どれほどおかげを頂き続けてきたでしょうか…。お礼の御用が出来なければお詫びにさせて頂きなさい。」とみ教え頂いたのでした。

私は「よく分からせて頂きました。お詫びになら、させて頂けます。」とお答え申し上げて、今日まで続かせて頂いております。これらのみ教えはは生涯忘れてはならない心構えであると思わせて頂くのです。

★ご修行の間は辛抱の連続のように思えますが、実は将来に向けて神様が一番良いように環境を整えて下さっているのです。今与えて頂いているご修行を喜んで、「先々は必ず成就する!」と思って、喜び勇んで毎日の生活を進めさせて頂きましょう。

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2014年09月25日

●唯一無二の存在

二代教会長伊藤コウ師は、「このお広前にいくらお金を積んだとしても、生命を買うことは出来ません。」と仰せになられ、人の生命というのはそれほど尊いということを教えて下さっています。

★遺伝子の研究をなさっておられる学者さんの本を読ませて頂きました。その内容は感動の連続です!父親となる人の精子が数億ある中から、一つだけ卵子に届いて生命が宿ります。選びに選ばれた中のエリート中のエリート、そのたった一つの細胞が38週から40週かけて分裂し、なんと数十兆の細胞の集まりになるのです。

その一つ一つの細胞にすべて遺伝子が入っており、その1つの遺伝子の設計図というのは、1ページ1000文字書いてあるとして、1000ページを1冊としますと、それが3200冊あるそうです。それほどの情報量がお米1粒を60億分の1にした大きさの中に入っているそうです。

★遺伝子を解読なさる学者さんが、「わずか一つの細胞で出来ているカビや大腸菌をはじめとして地球上に存在する全生物のDNAの基本構造が人間と同じです。」

また、「私達一人一人の体には、生物の進化の歴史を遺伝子の情報として持っている」と言っておられます。お腹の中にいる胎児は、初めは魚の形に似ており、次には爬虫類に似た形になり、次には哺乳類に似た形になり、そして次第に人の形に変化して誕生するそうです。その過程は過去の進化がすべて刻まれているということなのです。

★1組の両親から生まれる子供の組み合わせというのは70兆通りあるので、同じ遺伝子を持った子供というのはまずあり得ないそうです。
70兆分の1の確率で生まれてくる私達の身体というのは、唯一無二の存在で、大変尊いものであり、現在「存在している」ということ自体が大変奇跡的なおかげを頂いている姿なのですね。

日々与えて頂いている生命をどれほど大切にして、生活させて頂いているでしょうか?不足を申したり、自暴自棄になってやけを起こす自分勝手な生き方は、「神様の氏子」とは言い難いと感じます。

★人間の身体は、水素や窒素など色々な元素で出来ていますが、地球上にある元素を借りて生かして頂いているのだそうです。
生かされて生きていることを自覚し、唯一無二の自己の存在に対して、その有難さに気付く生き方をさせて頂きましょう。


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2014年09月24日

●無限の力を引き出す生き方

昨日は、爽やかな秋晴れのもとに秋季霊祭を無事お仕えさせて頂き、真に有り難いことでございました。

★竹本駒蔵師は、阿倍野教会旧広前ご建築の際に、図面を引くことから大工の手配まで、先頭に立ってご尽力下さいました。
竹本師が42歳の頃、心臓病と腎臓病を併発され、頭から足の先まで腫れ上がって医師もさじを投げられ、最期を看取るべく親戚が集まる状態にまでなられました。
しかし、親戚の中に金光教のご信者がおられ、その方が親戚の方々を説得されて、入れ替わり立ち替わり教会に皆が参拝し、お願いさせて頂かれたおかげで、生死を彷徨うほどの大病であられたのが、快復に向かわれたのでした。
竹本師は、生命を助けて頂いた御礼参拝をされ、『氏子が神の用をすれば、神が氏子の用をしてやる。』とみ教えを頂かれ、まだまだ病弱なお体でしたので、まずは御礼に日参なさることから始めらました。
やがて、「42歳まで働けなかった弱い身体でありますが、これからは健康な体にならせて頂いて仕事をさせて頂き、お礼の御用にしっかりお使い頂けます様に。」とお願いすることが出来られ、それからの後半生は健康な体に作り変えて頂かれ、立派に仕事が出来られるまでになられたのです。
一生懸命に働かれつつご自分の身の回りのことは徹底的に始末なさって、いくつもの教会のお広前を次々と一建立で建築なさってお供えされ、ご恩返しの働きを重ねられたのでした。

★生まれながらに神様から頂いている力は無限です。目の前に与えて頂くこと全てを有り難いご修行にさせて頂いて、自分自身を改め磨かせて頂き、より有り難いものを表に出させて頂くのです。
有り難い生き方を残させて頂けば、子孫に受け継がれ、子孫繁盛家繁盛のおかげを頂く事が出来るのです。

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2014年09月23日

●本日は秋季霊祭です!

本日は、お昼二時より秋季霊祭をお仕え申し上げます。ご家族揃って参拝のおかげを頂かれ、御霊様にお礼を申し上げ、またより一層徳高い御霊の神様となって頂けますよう、御祈念を込めさせて頂きましょう。

★橋詰さんという御信者が入信前のこと、任侠の世界にあこがれていました。喧嘩が好きで、無理難題を言うことが男らしいと思って生活をし、家賃も払わずに何年間もためていました。

あらゆる所に借金を重ね、誰からも信用されない状態に陥っていたのでした。ところが息子さんが教会の子供会にお参りされるようになり、息子さんのお導きによって入信されたのです。

橋詰さんは、ブリキ職人でありましたので、二代教会長・伊藤コウ師から「一軒一軒、御用聞きにまわりなさい。」とみ教え頂かれ、御神米をお供して御用聞きに廻られました。

最初は門前払いばかりでしたが、あるお屋敷を訪ねた時に奥様がちりとりを注文して下さいました。 信心によって心を入れ替えたご信者は、頂いた仕事を実意丁寧にさせて頂き、その確かな腕を認めて頂けるようになり、そこから道が開けていったのです。

そしてお礼のお宅祭を仕えられ、住んでいた四軒長屋を買わせて頂くほどに、立ち行くおかげを頂かれたのでした。

★天地金乃神様は、悩み苦しんでいる氏子がいることを悲しまれ、生神金光大神御取次の道を示して下されたのです。まだまだ信心が行き届かず、徳も力も足らないことばかりでありましても、生神金光大神様のお取次・御祈念を頂くことによって、天地の親神様の御神徳にお守り頂くことが出来るのです。

そして氏子がご信心させて頂きましたら、徳切れのような状態の氏子でも救い助けて下さるほどの御慈愛を現して下さるのです。それは、過去の御霊様方もことごとく助かって頂くことが出来、現在お命を頂いている私達、さらには子孫の端々までおかげを頂くことが出来る道なのです。

★各家庭のご先祖様が安心され、お徳の高い御霊様となってお守り頂けますよう、共に願わせて頂きましょう。
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2014年09月22日

●良い運命に導くには

 伊藤の家の信心は、二代教会長伊藤コウ師のご母堂・ハル氏から始まりました。ハル氏が入信以前は、家内中で喧嘩が絶えず次から次へと家族が病気にかかり、また経済も立ち行かない等、様々な難儀がありました。ご神縁を頂かれ教会に参拝なさるようになられてからは、率先してみ教えに基づいた生き方に改まられ、一切喧嘩をしないと決められて、毎日の生活の中に実践なさったのでした。それでも入信当初、ハル氏のご主人・房次郎氏は「神様を拝むくらいなら、わしを拝め」と言われるほど信心に大反対でした。

★しかし、ハル氏は家族勢信心の願いを持ち続けておられますと、ある時、房次郎氏の神様に対する無礼な行いから、愛娘のカツ氏の手足が動かなくなり、水も喉を通りにくい状態になられたのです。色々手を尽くされましたが一向に良くならず、とうとう房次郎氏が「どうしたら良かろう…」とハル氏に尋ねられました。

するとハル氏は、「あなたが教会に参拝なさって神様にお願いして下さったら、必ず良くなりますから。」とすすめられ、初めて教会へ一緒に参拝なさったのでした。そして、涙ながらに心からのお詫びを申され、カツ氏の回復をお願いなさったのです。すると、たちまちにカツ氏の容態が回復なさるというおかげを頂かれ、そこから一家勢信心のおかげを蒙られたのでした。

★人間は、生まれたばかりの赤ちゃんでも数十兆個の細胞があるそうです。代々のご先祖様から受け継がれた膨大な情報が記憶された遺伝子があり、それら数十兆個の細胞が見事に調和し合っているのが、私たちの体だということです。

★しかし、有り難いものだけではなく、悪癖悪習慣といっためぐりも受け継いでいることを忘れてはなりません。日々み教えを頂いて正しい願いを持ち、願いの方向に前進させて頂けるよう、自分を鍛えて頂くのです。それは信心させて頂いてめぐりをお取り払い頂けるということです。良い方向に改まらせて頂きますと、体の働きも、生活の中身も、必ず有り難いものに生まれ変わらせて頂くことが出来るのですよ。

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2014年09月21日

●神様・霊様にも笑顔を見せる

 私達は神様からご分霊を頂いています。誰の心にも神心があるのです。脳科学の研究では、脳の前頭葉に「ミラーニューロン」という、相手の感情を認識する部分があると言われています。
赤ちゃんの笑顔を見ると思わずこちらも笑ってしまうように、相手の感情や表情が映り、自分も同じような感情になるのだそうです。私達は人の気持ちを感じ取り、人の事を思う能力を生まれながらにして与えて頂いているのです。

★あるご信者は、突然ご主人を亡くされ、後に残ったのは山のような借金と家賃の滞納金でした。幼い子どもを抱えながら借金を返すのは無理だと、親戚の方々は田舎に帰ることを勧めました。
教会で二代教会長伊藤コウ師にお届けされますと「田舎へ帰らなくてよろしい。今、借金がある事がおかげです。借金があるおかげで、あなたがしっかりと信心させて頂けるでしょう。しっかり信心させて頂きなさい。」とみ教え頂かれました。
そうして親戚に頼って田舎に帰るという楽な道ではなく、詳しく内容を知らないところの御主人の仕事を継がせて頂くという、難しい方の道を選ぶ決心がつかれたのです。

「借金を返しながら子どもを養育させて下さい。」というお願いを本気になって立てられましたら、その願いの方向に周りの方々が協力して下さるようになったのです。以前は家主さんに対して不足ばかり言っておられた方が、家賃を分割して返済し、「住まわせて下さり有難うございます」とお礼を申して笑顔で接するようになられました。すると、家主さんも笑顔で快く接して下さるようになられ、「近くまで来たから寄りました。不自由なことはないですか?」と尋ねて下さるようになられたのです。

★こちらの心が変わらせて頂けば、それが相手に通じ、心が添ってゆくようになるのです。さらに、二代金光様がみ教え下さっていますように、人に対してだけでなく、神様やご先祖の霊様に対しても笑顔を見せる事を心がけさせて頂きますと、神様・霊様も共に喜んで下さいます。日々喜んでお礼をしっかりと申す稽古をさせて頂きましょう。


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2014年09月20日

●頂いたみ教えを有難く守る

 阿倍野教会在籍教師である伊藤昌道師は、三代教会長先生の孫にあたり、平成14年に教会へ入所しました。平成13年12月大学4回生の時に単車に乗り道路を走行中、反対車線の車が右折してきて、直進していた昌道師の単車を跳ねたのです。昌道師は単車から放り出され、1回転半して数メートル飛ばされたのでした。

相手の方はそのまま逃げてしまい、昌道師は、救急車に運ばれ病院で処置して頂いたのです。有難いことに頭から落ちましたが、ヘルメットが守ってくれ、分厚いコートと手袋が身を守ってくれ、かすり傷程度で済ませて頂いたのです。帰宅後、昌道師は三代教会長先生にお届けさせて頂きますと、「あなたは怪我はなかったのか」と聞かれました。「はい、ありませんでした。」と申しますと、「それは結構やったなあ」と仰って下さいました。

★数日後、昌道師の単車を跳ねて「ひき逃げ」をした運転手が警察に出頭しました。警察から昌道師に連絡があり、治療費や修理代等の話し合いをしてほしいとのことでした。その事を三代教会長先生にお届けしますと、
「治療費や修理代等、相手の方から受け取る必要はない。あなたはこのことでめぐりのお取り払いを頂いたのですから、すべて自分で支払いなさい。ひき逃げをするような相手ですから、助かりと立ち行きを一生懸命お願いさせて頂きなさい。相手の方には、治療費や修理代等を一切支払って頂かなくても結構です。とだけ言わしてもらえばよろしい。」
とみ教え下さったのでした。昌道師はどんな話し合いをしたらよいのかとモヤモヤしていた心が、み教えを頂いて、スッキリとしたそうです。

★そして、話し合いに行かせて頂き、その旨を伝えさせて頂きますと、相手の方は「今は全額用意できませんが、分割してでもすべて払わせて頂きます。」と言われましたが、丁重にお断りさせて頂いたということでした。昌道師は現在に至るまで何の後遺症もなく、より元気で有難く御用にお使い頂いております。

★幼年期、青年期、壮年期、老年期それぞれに与えて頂く御修行は異なりますが、その御修行を通して「これをおかげにさせて頂こう!」と思わせて頂くには常からみ教えを頂くことが大切です。自分自身に頂いたみ教えを守らせて頂きましたら、先々ことは神様がすべて守って下さるのです。

『泥棒を捕まえて縄をなうようなことでは間に合わぬ。ご信心もその通りで、参れるときにたびたび参っておかねば、具合でも悪くなるとなんぼ参ろうと思っても、自分では参れぬ。それじゃから、よく参ってきて先へおかげを受けておくがよい。』

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2014年09月19日

●心の洗濯をさせて頂く

二代金光四神様は、信心の心得を箇条書きにしてみ教え下さっています。

★1)信心は立ち聞きをする心で信心せよ。
:耳をそばだててみ教えを頂く姿勢が大切です。

2)信心は我身我心に克つことを心掛けること。
:修行とは己に克つことと教えて頂き、一生が修行であると教えられました。

3)言いたいことは明日言えということがあれども、(感情にまかせて言うということは)明日も明後日も一生涯言わぬこと。
:では、感情にまかせて言うてしまいたいことはどうすればよいのでしょうか。それは人に言うのではなく、神様に申し上げるのです。人に言うてまわって恥を売り歩くことはせず、お結界で心配や不安、恐れ、腹立ちや不足、どんなことでもお届けさせて頂きますと、金光様のお取次ぎにより、天地の親神様に御祈念して下さり、必ず良い方向へと導いて頂けるのです。

4)堪忍辛抱を去って、自己の不行き届きを悟ること。
:三代教会長先生の奥様は、「昔は自分が一番辛抱していると思っておりましたが、今振り返ってみますと、私ほど二代教会長先生、三代教会長先生に辛抱して頂いていた人間はいないと思うようになりました。」と仰っておられます。自分の不行き届きを知って、どれほど周りから辛抱して頂いているかという事を分からせて頂くことが大切なのです。

5)ただ一心に願ってわが心に思い来る曇りを払うこと。
:一心になろうと思っても心に他のことを思ってしまいがちです。それでも至らないながらおすがりさせて頂いておりますと、足らない所は金光様が足して下さいます。

6)めぐりがきても我が心を苦しめず、明日の幸福の来ることを楽しみに願うことを心掛けること。

★毎日着物を着させて頂いておりますと、洗濯をし、手入れをする必要があります。同様に、日々心の洗濯をして心も清く保たねばなりません。そのために信心させて頂き、日々新たな心持ちで自らを改めさせて頂きましょう。

『金光様はその日その日のおかげを受けねばならんと仰っておられるが、その日その日のおかげを受けるには、着物を着替えたような心持ちでご信心をせよ。』

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2014年09月18日

●「お役に立つ」とは…

 あるお宅祭の席で、「お役に立つとはどういうことでしょうか。」という質問を頂いたことがあります。

★「世の中の為に人の為に、お役に立つ働きが出来ますように」と私たちは日々お願いさせて頂いておりますが、一言では説明しにくいように思います。責任を持って物事を成し遂げることも、人の2倍も3倍も働かせて頂けるようになることもお役に立つ働きです。また優秀な時計が、どんな寒暖差や姿勢の変化にも左右されることなく、狂わず正確に時を刻むように、人も心の状態や体の状態の良い時も悪い時もありますが、変わらずに落ち着いてコツコツ働かせて頂くことも、大変お役に立ちます。さらに常に心配りを怠らず、給料以上の値打ちのある働きを心がけることも役に立つことでしょう。表現はさまざまですが、自分自身がそうならせて頂くことは一生の修行であり、簡単なことではありません。

★中山亀太郎師は、五歳の時に事故で両腕・片足をなくされましたが、ご母堂の熱心なご信心のおかげで生きる力を与えて頂かれました。大きなハンデのあられるお方が、神様を杖にどこまでも努力を重ねられ、大学進学、就職を経て後に金光教教師として御用にお使い頂かれ、百歳に近い天寿を全うされたのです。

★三代教会長先生はみ教えの中で「実は、誰もがみな自分の中に生まれながらに授かっている、強い強い有難い生き抜いていく力というものがある。それを見失い忘れ果てて、誰かにすがらなければならないと思い、人からしてもらわねばならないと思う。こういう考えを持っている限りは、一生不幸せであるけれども、少しでもお役に立たせてもらいたい、ちょっとでも自分の中から力を出させてもらおうという決心が出来たら、その時には神様の大きな力が働いて、天地に満ちわたる御神徳を蒙るようにおかげが頂ける。そしてその人の人生は、楽しく有難くなる。」と仰せになっています。

★「お役に立つ」とは、どういう姿なのでしょうか?まずお互い心がけたいことは実意・丁寧・正直・親切を心がけ、常にあきらめず願いを持ち続けることです。どんな立場、健康状態であってもお役に立つことは出来るはずです。「お役に立たせて頂きたい!」という願いを生涯持ち続けてゆくことが大切なのです。

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2014年09月17日

●「女は神に近い」女性の信心が神様のお喜び

昔は出産に対しての迷信が多くありました。例えば、母屋では出産をしてはいけない、産後すぐに母乳を飲ませてはいけない、産後は五香をすぐ飲ませ、団子汁を飲ませるなどという迷信がありました。

しかし教祖様は迷信を打破され、天地の道理に合う生き方をみ教え下さったのでした。また教祖様は男尊女卑の時代に『女は神に近い。』とまで仰っておられます。それほど女性は尊い能力を神様から頂いており、子宝を授かり生み育てることが出来るということは有難い事ですね。

★二代教会長・伊藤コウ師が13才の年に肋膜炎・腹膜炎を併発され、医者もさじを投げてしまわれました。その時、昼夜なく看護に努められたハル氏は、「この私のご無礼により、幼い子供がこんなに苦しんでおります。数々のご無礼の点、何卒お許し下さいませ。今日迄この子を私の子供だと思っておりましたが、これは大きな間違いでした。今日限り私の子供だとは思いません。」と一心に自分自身が改まられ、

「成長後も決して伊藤の家の為には使いません。只々神様の御用にお使い頂けるような人間に育てさせて頂きますから、今一度、神様のおかげによりまして生き永らえさせて頂きます様に、どうか宜しくお願い致します。」と一心に願い続けられました。すると、骨と皮のガリガリの細い体にお腹だけは腫れている状態であられたコウ師は、2週間で全快のおかげを頂かれたのでした。

★そして、ハル氏は「今のうちにしっかり信心させて頂いて、めぐりのお取り払いを頂き、お徳を積ませて頂いたら、子の代、孫の代と次々と結構にならせて頂け、先が開けてゆくのだ。その為には、自分が伊藤家の礎とならせて頂けるよう、しっかり信心辛抱させて頂こう」と、心に決めてご修行下さったのでした。

またハル氏は、末の子は親と一緒にいる時間は短いから教えることを精一杯教えて早くから一人前になれるようにとの思いがあられ、末の子であられたコウ師を継母かと思われるほどに厳しく養育されたのでした。そうして、今日伊藤の家は結構におかげを頂いております。

★女性の信心が、神様のお楽しみ・お喜びです。家の家老として、み教えに基づいて正しく舵取りをすれば、家中皆が助かります。『女は世界の田地である。世界の田地を肥やしておかねば貴いものができぬ。女は家の家老じゃ。家老がようなければ城がもてぬというが、女がようなければ家がもてぬ。』


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2014年09月16日

●信心の手直しの朱入れをして頂く

 先日、御本部参拝で金光英子師に御挨拶させて頂きました時に、大変有り難いみ教えを頂きました。ご尊父の金光真整師はご生前中、「一つのことをおかげを頂こうと思ったら、全てにご都合お繰り合わせを頂かなければなりません」と、常におっしゃっておられたそうです。

真整師は新幹線に乗られた時には、無事に新幹線に乗ることが出来られたお礼、運転手さんに、車掌さんに、列車の整備をなさる方にの対してのお礼、線路の管理点検をなさっている方々に、掃除をなさる方々に等、お礼の御祈念をなさるのに「岡山から大阪くらいまではかかります」とおっしゃっておられたそうです。私は日々乗り物へ乗らせて頂くにも手を合わせてお礼を申させて頂いているつもりですが、そこまでの丁寧な行き届いたお礼には、とてもなっていなかったことに気が付かせて頂き、大変有り難いことでございました。

★無事に御本部に参拝させて頂けますのは、自身や家族の体調の上におかげを頂くのはもちろんのこと、車両や道路、線路の整備をして頂き無事運行して頂くこと等、万事万端にご都合お繰り合わせを頂き、様々な方々のお世話になってのことだと改めて分からせて頂きます。そう思いますと、いくらお礼を言っても「これで十分」ということはありません。

★月々御本部に御礼参拝させて頂き、ご霊地のお徳によりまして、自身の信心に手直しの朱を入れて頂きましょう。道中には互いにおかげ話をさせて頂いて、目に見えるもの、耳に聞こえるものの全てから自身の信心を見直し、聞き直し、考え直させて頂き、日々信心の稽古に励ませて頂きたいと思います。

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2014年09月15日

●積徳の信行

昨日は、天候初め万事にご都合お繰り合わせ頂きまして、一列車6輌バス7台での併用で御本部御礼参拝のおかげを蒙らせて頂きましたことは、真に有難いことでございました。

★伊藤の家は、家中どこの引き出しを開けても薬だらけ、というほど病気の絶えない家でした。三人の娘達は各々が生命にかかわる大病ばかりを患いました。

そこで、伊藤家の信心の初代であられる伊藤ハル刀自(二代教会長伊藤コウ師の御母堂)は、「私がしっかり信心させて頂いて、めぐりのお取り払いを頂き、お徳を積ませて頂いたら、子の代、孫の代と次々と結構にならせて頂け、先が開けてゆくのだ。

その為には、伊藤家の礎とならせて頂けるよう、しっかり信心辛抱させて頂き、陰の徳を積ませて頂こう。」と、心に決められました。

それは荒れた土地を岩や石、木の根を取り除き、肥やしを入れて肥よくな土地にするが如く、徳と力を頂いて立派な人物が育つ家に生まれ変わることを意味していました。

そこで、日参と聴教に励み、生き方を改めて道理に添うように、またお導きに励まれ、人の助かりを願うことに 尽力なさいました。「私一代で伊藤の家のめぐりをお取り払い頂けますように。」

「楽は望まん、苦労は覚悟、苦労しがいのあるように」という強い願いを持たれ、一心に積徳の信行を進められたのです。

★初代教会長先生の御頃より、御本部御礼参拝を毎月続けさせて頂いておりますが、ハル刀自が布教の以前から「私がしっかりと改まらせて頂きますので、子供の代はもっと楽々と参拝させて頂けますように。

また孫の代になったらもっともっと楽々と参拝させて頂き、御礼がしっかり出来る人間にならせて頂きますように。」 と一生懸命お願いして下さったことにより、今日楽々と毎月御本部御礼参拝が続けさせて頂くことが出来ております。

そのハル刀自のご精神を初代教会長先生、二代教会長先生、三代教会長先生は頂いてゆかれ、ハル刀自がお伝え下さったご信心のおかげで、信奉者一同が子孫の端々までおかげを頂いており、その積徳のご信心が、阿倍野教会の礎を築いて下さったのです。

★私達も各々が、ハル刀自のご精神を習わせて頂き、積徳の信行に励ませて頂きましょう。

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2014年09月13日

●謙虚であるということ

あるご信者が学校で学級委員長になられ、委員の御用を一生懸命すればするほど、妨害する人が出てきたのです。辛抱しておられたのですが、その妨害はだんだんとエスカレートして「お前らは気に入らん!ええ格好ばかりしやがって!…」と暴言を吐かれる始末でした。
ご信者はとうとう反発心が生まれお結界に来られ、三代教会長先生に「私はクラスのために、一生懸命役に立とうと努力しているのに、なぜ言いがかりをつけられたり、暴言を吐かれたりしなければならないのかわかりません。どのように思い分けをすればよろしいのでしょうか?」とお届けされました。

★三代教会長先生は「それは良い質問ですね。10代に徳を頂くということを考えなければならない事態に立ち至ったということが有難いことですよ。力だけではなく徳を頂くということを考えていかねばなりませんよ。私も今までに嫌がらせや怖がらせを受けた経験がある。そこで自分が一生懸命努力して、頭抜けてしまうということが大切です。
クラスの人からも一目置かれ、『あの人には敵わない、あの人の言うことだったらついていこう』と尊敬されるくらいまで、自分を磨いて磨いて高めてゆくことにひたすらに努力するのです。

★次に大切なことは、謙虚であることです。人を目当てにせず、神様を目当てにするのです。神様のお目から見れば、人間がどれだけ努力していたとしても、まだまだ足りないことばかりなのです。『お前は気に入らん!ええ格好ばかりしやがって!…等々』と言われることも神様からの教えなのです。
 それは自分がしていることの中に思い上がったところがある。しかも無意識のうちに自分をより良く見せようとする所がある。そこで人の口を以て教えて下さるのですから、その神様の教えに対して『有難うございます。その通りです。』と頭を下げられる人間になる。これは信心が無ければ到底できることではありません。
 神様を目当てにしますと腹が立たない、対立がない。人間同士の間には、勝ち負けに世界を置きますが、神様と人間の関係においては、ありとあらゆる面において争いのない謙虚で穏やかな世界が生まれてくる。親子、夫婦、友人、職場の間で対立のない世界が生まれるということが、10代で分からせて頂ければ有難いことですよ。
 それが本当に分かれば、どんな状況でもいそいそと喜んで努力させて頂くことができますよ。神様にご信用頂くという目標は、遠大であるから生涯かけて追い求めることであり、どこまでも足りないという心が、神様に対して謙虚であるということです。」と仰せになられました。

★『信心の浅い時には、人から悪しざまにそしられるとすぐ腹が立って、こらえきれないで、しっぺ返しのようなことをする。しかし、信心が少し進んでくれば、人からそしられると、腹は立つけれども、信心しているからと思ってこらえられるようになってくる。信心がずっと進んでくると、人からそしられても腹が立たない。腹が立つどころか、かえってその人が気の毒になる。』


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2014年09月12日

●実意丁寧・真一心

 9月10日は、上田喜久子氏の御命日で、平成8年に63才でお国替えされました。上田氏は、お母様のお導きによって20歳頃からお引き寄せ頂かれ、脚気の全快・体質改善のおかげを頂かれました。毎朝のみ教えが楽しみで参拝させて頂かれ、二代教会長先生、三代教会長先生のご教導を頂いて、頂いたみ教えは何としても守らせて頂きたいと願われるように信心が進んでいかれたのです。

★上田氏は、4人の子宝を授けて頂かれました。三男さんが2才の頃より、小児喘息に罹られました。「なんとかこの子供が元気にならせて頂けますように!」との一心で、ご夫婦で豊中から毎朝4時に起きて、子供たちの朝食とお弁当を作ってから、5時12分の始発電車に乗り朝参りをさせて頂くというご修行を決められました。喘息の子供を置いての朝参りは、大変心配なことですが、参拝の途中道を歩きながら、また車中でも「親先生、金光様、どうぞ留守中盗難も火難もございませんように、また喘息の子供をお守り下さい。」と一心にお願いされました。

三男さんは、夜中に喘息の発作を起こされますが、朝参りをさせて頂く時間になりますと、スヤスヤと眠りだされたそうです。そして後の事はすべてお任せしてお参りされますと、帰りつくまで眠っておられたのでした。神様が上田氏の願いをお受け取り下さり、雨の日も風の日も一日も欠けることなく、日参聴教を続けさせて頂かれ、三男さんは喘息根切れの大みかげを頂かれたのでした。

★上田氏は、日参してみ教えを頂かれることによって、常に心中御祈念をなさりながら何事も神様にさせて頂く生き方を教えて頂かれました。 そして、日常茶飯どんな些細なことでも、心中御祈念を欠かさず、その時にふと心に思わせて頂かれたことを神様のみ教えと頂いて、即実行させて頂くことを実践なさったのでした。

また、有難いことが分からせて頂かれましたので、少しでも周囲の方々が助かって頂かれますようにと、真心を込めて多くの方々に親切丁寧にさせて頂けるようお願いなさったのです。 有り難いご信心のお徳によって、4人のお子さん方もそれぞれに良き伴侶を得られ、子孫繁盛家繁盛のおかげを頂いておられます。

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2014年09月11日

●子孫に伝わる信心 

 昨日は真栄根会の勉強会にて、昭和37年2月19日の二代教会長伊藤コウ師のお説教を拝聴させて頂きました。
コウ師のご時代に大本氏という熱心なご信者がいらっしゃいました。「あなたはどのようなお願いをしておられますか。」とコウ師に尋ねられた時、大本氏は「私は死ぬまで達者で暮らさせて頂きとうございます。身の回りのお世話を養子の嫁に任せるのは心苦しいですので、長患いをして寝込んだりせずに最期はコロっと御国替えさせて頂きたいです。」とおっしゃいました。

★大本氏は、長年一生懸命に倹約され、コツコツと貯めたお金を銀行に預けておられ、利息で生活をしていける程になられました。
そして日々お掃除やお琴の御用など、教会のさまざまな御用奉仕に励んでおられました。ある日、お琴のお稽古が終わられた後、「明日は、銀行の定期預金の満期の日でございます。預金の元金と利息の全額を持って帰らせて頂いた方がよろしいでしょうか。それとも、いつも通り利息分だけおろさせて頂いたらよろしいでしょうか。」とコウ師にお伺いをされました。
コウ師はじっと御祈念なされ、「満期分元金と利息の全額を引き出させて頂きなさい。」とみ教え頂かれました。しかし、家族や周りの人の意見に流されて、翌日に利息分のみを引き出されたのでした。
すると、その次の日、その銀行が閉鎖してしまったのです。大本氏は日々み教えを頂かれていたので、めぐりのお取払いを頂いたとすぐに思い分けなさることが出来られました。そしてその後、お願い通り眠るように御国替えなされたのでした。

★コウ師は後に、大本氏のご信心を振り返られ、「このお話は、お願い通りに大本氏が最期を迎えさせて頂かれたという話で終わってしまってはいけません。もっとしっかりとしたお願いを立てられることが大切であったのです。」と仰せになりました。
自身の最期の事に留まらず、子孫の信心相続をしっかりと願い、代々結構にならせて頂く事をお願いさせて頂かねばならないのです。コウ師のみ教えを守り通しておられたら、苦労して貯められた貯金も子どもさん達のために残すことが出来られたでしょうし、子孫の信心相続をしっかりと願っておられれば、一代のご信心で終わってしまう事もなく、子孫が末広りのご信心をさせて頂けたかもしれません。

★私達は先々の子孫のことを思い、常の信心をしっかりとさせて頂き、信心の地を肥やしてゆくことが要であるのです。
『信心は末の安心を楽しみにしないと続かない。末の安心のためには、自分一人がおかげを受けただけでなく、子孫に伝わる信心をする事が大切である。』

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2014年09月10日

●心を悩ませ、めぐりを積む元は何か?

 二代教会長伊藤コウ師が御用なさっておられた頃、あるご婦人がお届けに来られました。「母が嫁入り道具に持たせてくれた大切な着物をある人に貸したら、一年経っても返してくれません。それが元で夫婦で喧嘩し、親子でも喧嘩し、困っております。どうぞ返して頂けますように」というお願いでした。

伊藤コウ師は、
「人に物を貸す時は、あげても惜しくないかということを考えてすることですよ。相手が着物を貸してほしいと要求してこられて、この着物をあげたとしても惜しくないなら、貸してあげられたら良いのです。けれども、あげてしまうのは惜しい。お嫁入りの時に、せっかく親が思いを込めて持たせてくれたものを他人にあげたくない。親は娘に持たせた着物がなくなったら、生活に困って売ってしまったのかと心配する。何かの折に、その着物を着て親の家に行ったら、親はいつまでも大切にしてくれていると安心する。だから、この着物は私の手元から、離すことはできないと思うのだったら、絶対に貸したらいけません。

しかし周りを見回してみて、戦争であちこちに焼夷弾が落ち、多くの方が焼け出されて難渋しておられるこの世の中に、こんなきれいな着物はもう要らない。あの家が生活に困っておられるのだから、この着物も焼けてしまったと思えば惜しくない。これが先方さんのお役に立って病気の薬にもなり、滋養にもなる食べ物になって命をつないでもらえたら、この着物は大手柄を立てたことになる。私は先方が助かって下さればそれで良い。返してもらわなくても結構だと思えるなら、貸してあげたらよろしい。そこをこのお道ははっきり教えて下さっているのですよ。」
とお話し下さり、ご信者は得心して帰られたのでした。

★何をさせて頂くにも、分相応を心がけ、あげては困る大切なものは、貸すべきではありません。惜しみのかかる物を貸してしまうと、相手に催促して困らせ、自分の心も悩ませ、めぐりを積むことになるのです。また、今日まで、青筋立てて催促に行っていた時間を気持ちよく働かせて頂いたら、どれほど有り難いものを生み出すことになったか分かりません。

★日々み教えを頂き、身近なところから心の持ち方を稽古させて頂くことによって、神様のお心に一歩一歩近づかせて頂き、新しい自分に生まれ変わることが出来るのです。

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2014年09月09日

●常に信心を基に

 昨日はみかげ会例会が開催され、小林氏より大変有難いおかげ話を聞かせて頂きました。小林氏は、奥様の熱心なお導きにより阿倍野教会に参拝されるようになりました。
結婚される前に、奥様より金光教や阿倍野教会のこと、有難いみ教えについて話を聞かれ、「金光教の教えは人間の生き方として素晴らしいものだ。」と感じられ、結婚後は自然と一緒にお参りされるようになられたのでした。その素直なご信心により、今日までさまざまなおかげを頂き続けておられます。

★中でも阪神淡路大震災の際には、甚大な被害が出た地域にお住まいであったにも関わらず、家族皆怪我もなく、家も壊れずに済ませて頂くという大みかげを頂かれました。神様に命のないところを助けて頂かれたのです。
また、教会の帰り道に3度も交通事故に遭われた事があられました。幸い3回共、誰も怪我をすることなく車の損傷だけでおかげを頂かれました。
 しかし、その度に「なぜ教会にお参りさせて頂いたのに事故に遭わなければならないのか…」という気持ちが沸き起こってしまったそうです。車を自宅まで運んで下さったJAFの青年との会話の中で、お教会へ参拝した帰り道であったことをお話しされますと、「神様にお参りした帰り道だったので、大きな事故にならなかったのでしょう。」と言って頂き、その言葉で自分がどれほどおかげを頂いているのかを改めて気づかされ、お礼とお詫びを申されたのでした。

★このように、さまざまな出来事が起こってくる度に神様に心を向けられ、ご信心を基におかげを頂いてこられました。
現在では、みかげ会や植え木班、参拝会で御用奉仕なされ、お礼のご信心に励んでおられます。有難いことに、その御熱心なお姿を息子さん達も受け継がれ、一家揃って奉仕係として御用をなさる、大変結構な家にならせて頂いておられます。
身体の上にも、生活の上にもおかげを頂かれているからこそ、日々御用奉仕が出来られるのです。常にご信心を基になさっておられる、有難いお姿をしっかりと見習わせて頂きたいと存じます。

★『みな忙しいからなかなかお参りが出来ませんと云う。おかげを受けていれば暇な日という日があるものか。今日は雨が降ったらお参りしよう。今日は休みだからおかげを受けようと、暇をつくって参り、おかげを受けるがよい。』 


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2014年09月08日

●神様がさせて下さるご修行

 先日、あるお方が無事に退院をされてお礼のお届けをされました。そのお方は、「この度、お医者様のお手をお借りして神様に手術をして頂き、悪い部分は切除して頂きました。術後、食べること、飲むことが出来ないという日が10日以上も続きました。高カロリーな点滴を入れて頂きましたが、口から食事を頂くということは、大変有難いことであったと気付かせて頂きました。

そして、お小水をお取り払い頂きたいと思ってもお取り払い頂くことが出来ない状態になり、自分の思うようにいかないということは大変苦しく辛いものでした。しかし、これは神様が経験させなさるご修行だと思って有難く受け切らせて頂きました。」とお礼を申されました。

★神様がさせなさるご修行により、人の痛みや苦しみが分からせて頂くことが出来、より一層暖かい心で人のことを祈ることが出来るように導いて頂くのです。そうして人間の器が段々と出来てくるのです。自分では器を一度に大きくすることが出来ません。しかし、神様から様々ことを通して経験させて下さることにより器は大きく広くならせて頂けるのです。

★例えばそれは病気であったり、仕事での難問題であったり、人間関係の中での難儀なことかもしれません。しかし、決して後ろ向きに捉えるのでなく全てを前向きに捉え、「今この時にしておきなさいよ、今だから間に合いますよ。これを信心の材料としてこのご修行を乗り越えさせて頂きますと、さらに大きな器になりますよ。」と神様から与えて頂いているご修行だと有難く受け切らせて頂くことが大切です。

痛いことや辛いことは本来は無い方がいいと思いがちですが、今のうちにお手入れをして頂き、先々立派にお役に立たせて頂く体に作り替えて頂いているのです。それはまさに大難は小難に小難は無難に、大病は小病に小病は無病におまつりかえ頂いている中での出来事なのです。

★日々み教えを頂き、与えて頂いているご修行にお礼を申し、喜び勇んで日々の生活を進めさせて頂きましょう。

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2014年09月07日

●今日の改まりが明るい未来を開く

 夏の終わりになるとツヅレサセコオロギが鳴き出します。伊藤ハル刀自(伊藤コウ師のご母堂)は、「このこおろぎは『綴れさせ、寒越させ。』つづくりをしなさい、寒い冬がきますから今のうちに準備しなさいと鳴いているのですよ。」と教えて下さいました。
何事も準備が大切であり、準備を行き届いてさせて頂いておりましたら、先々のことを心配することなく、結構におかげを頂く事が出来ます。
また、強く確かな願いを持ち、願いに向かって自分はどのようにならせて頂くべきか、ということをいつも意識させて頂くことが大切です。

★何か問題が起きるときには、必ず問題の元となることがあるはずです。
大事に至らなかったからといって、「運が良かった!」とその場を過ごしてしまい、問題の元から目を背けていると、いずれ大きなことになって、現れるのです。
小さなことでも日々油断なく、改まりを積み重ねさせて頂くことが、安心で明るい未来を開く準備となるのです。

★み教えを頂いて、仕事の中身、家庭でのありよう、衣食住の全てにおいてどこをどのように改まらせて頂くべきかということに気付かせて頂くことが、大きなおかげなのです。今日の改まりは、確実に明るい未来への一歩となるのです。

★『一心に信心いたしましたら、明日のことが知れます。明日のことが分かりましたら、十日向こうのことが分かります。十日向こうのことが分かりましたら、百日向こうのことが分かります。百日向こうのことが分かりましたら、一年先のことが分かります。一年先のことが分かりましたら結構です』(二代金光四神様のみ教え)


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2014年09月06日

●不成心を去って生きるが信心なり

 三代教会長先生が62歳の御時、くも膜下出血で40日間絶対安静を必要とする状況になられました。私はベッドのそばで御祈念させて頂いておりましたが、心配や不安で離れることができませんでした。

「今晩徹夜してでもかまわない。御祈念させて頂く。」と思っている最中に奥様が「あなたが一晩徹夜しても治られるわけではありません。一人では何も出来ません。皆が交代しながら長期に亘ってお世話をさせて頂き、おかげを頂かねばならないことです。気が済むまでお広前でしっかりと御祈念させて頂いて、すべて神様にお任せさせて頂きなさい。先生は必ずおかげを頂かれます!」と言って頂きました。

★私が高校3年生の時でしたので、三代教会長先生に「私は高校を卒業させて頂いたら、大学には進学せずに、金光教学院に入らせて頂きます。」と申しますと、先生は「大学を受験させて頂きなさい。私は必ずおかげを頂きます!」と仰って下さったのです。三代教会長先生と奥様が、神様にすべてをお任せされ、どんな状況になられても揺るがないご信心を示して下さり、幼少からの信心の積み重ねがいかに有難いものかと鮮烈な感動を覚えました。

★40日後、歩く事からリハビリをなされ、お説教やお結界の御用を通して徐々に回復のおかげを頂かれたのでした。そして先生は「今日まで60年間お生命を頂き、身体を使わせて頂いたお礼をさせて頂こうと思ったら60年かかる。これから60年間かけてでも御礼の働きをさせて頂けますように。」と新たに願いを立てられ、90歳6ヵ月で天寿を全うされるまで、御用にお使い頂かれたのです

★『日に日に不成心を去って生きるが信心なり。』『不成心とは、成らずの心と書く』と教祖様は残して下さいました。「自分には出来ない」とか「もう無理だ」と自分自身を見限ることは、神様に対する冒涜です。日々み教えを頂いて、不成心を取って、どんな時にでも「ここからおかげを頂かせて下さい!」と願いを新たに奮起させて頂きましょう。

1、偽りの心…神様、人に対して偽りの心。2、私心…私利私欲、自己中心的な考え。自分の利益になることしか考えない。3、放らつ…勝手気まま・わがまま。人から言われる事を受け入れない。4、奢りの心…おごり、慢心。自分がするという心。

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2014年09月05日

●信心のある者とない者との違い

三代金光様は『信心のある者とない者との違いは、親のある子とない子の違いがあります。』と仰せになっておられます。三代金光様は、神様の氏子としての自覚を持ち、御恩が分かり有難さを自覚させて頂くことを「親のある子」という言葉で表現なさっておられます。

★以前、教会のお風呂は五右衛門風呂でした。私が小学生のころ、夏休みになると五右衛門風呂を焚く御用をさせて頂いておりましたが、ちょうど良い湯加減にするにはなかなか難しいことでした。
ある時、お湯が沸き過ぎていることがあり、二代教会長伊藤コウ師がみなを集めてみ教え下さいました。
「お風呂の焚き方が間違えています。まず、お風呂に入れる水の量が多い。次に焚き過ぎる。お湯が熱くて水を足そうにも風呂釜いっぱいまでお湯が入っていると、足すことは出来ません。そのまま入ると、お湯があふれて流れてしまいます。私は小さい頃からご信心を頂いておりますから、天地の賜り物をそんな風に流してしまうのは勿体なくて仕方がありません。
そこで、入っても流れないように入る前にバケツでお湯を取り、入った後にそのお湯をお風呂に戻すのです。
またお湯につからせて頂く時には、まず身体をきれいに石鹸で洗ってからそうっとお風呂に入ります。また、お湯が汚れるので手拭いはお風呂には絶対に浸けません。後に入る方のことを思って、丁寧に使わせて頂くのです。これも親に教えて頂いているおかげです。生神金光大神様、天地金乃神様、結構な神様のお徳の中に入れて頂き、有難うございます。このお湯によりまして、また明日も元気で御用がさせて頂けますように。よろしくお願い申し上げますとお礼を申し上げます。
お風呂は神様の懐です。しっかり御礼とお願いを申して丁寧にお風呂に入りますと、何人入ってもお湯はきれいなままです。
バケツに3杯お湯を余分に沸かしたらその分薪も余計にいるでしょう。一日薪を3本余計に焚いたら1ヵ月にすれば何本になりますか。1年で何本になりますか。
水も同じことです。一日バケツ3杯を余計に使えば、1ヵ月にすれば何杯になりますか。1年では、10年では何杯になりますか。
その水はご無礼お粗末になるのですよ。私は天地の賜り物をどうしてもご無礼には出来ません。勿体なくて仕方がありません。」と教えて頂きました。

★天地の大恩恵の中で生かされていることを自覚し、万物を拝んで生活をさせて頂く、そして、親から教えて頂いたことを有難く頂き、身について離れない信心生活をさせて頂きましょう。


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2014年09月04日

●神様から授かっている徳と力を大きくしてゆく 

最近では大変嬉しいお礼届を次々と聴かせて頂き、真に有難いことであります。

★あるご信者は、呼吸困難に陥り受診なさったところ、肺に6.5Lもの水が溜まっていたのを病院で抜いて頂いたら、体重がそのまま6.5kg減少させて頂かれたそうです。その際に、肺線癌という病気であることが判明し、後一年ももたないと医師より宣告を受けられたのでした。さらに、手術は出来ないこと、放射線での治療も不可能なこと、そして抗癌剤でしか治療が出来ず、その薬の効果もこれまでになかなか良い結果が出ていないとまで告げられたのでした。

★しかし、親の代からのご信心のお徳は有難いものです。早速教会に兄弟姉そろって参拝なされ、お届けをなさって「お医者様の手は借りますが、神様に作って頂いた身体ですから、神様に治療して頂くつもりでお願いして治療を受けさせて頂きましょう。」とみ教えを頂かれたのでした。
すると、なんとその薬がご信者の身体にピタっと合い、驚異的な効果が表れ、医師が驚かれるほど、癌が小さくなるおかげを頂かれたのです。そのCT画像を比較できるように見せて頂きましたが、真に有難い結果でした。今はこれからの半年間の抗癌剤治療の効果を楽しみに、一心にお願いなさっています。

★一度は希望を失うような心持ちになっておられましたが、医師の治療を通じて神様から与えて頂いている治癒力を発揮させて頂かれることになったのです。このお道の信心は「話を聞いて助かる道」と教えて頂いておりますが、私達人間の生まれ持って授かっている力というものは、大変有難い働きを表します。それをみ教えにより呼び起こして頂き、発動させて頂くことが出来るのです。
金銭や物品を与えて頂くような一時的な助かりではなく、生涯の助かりというものはみ教えを頂くことにより『今天地の開ける音を聞いて目を覚ませ』の如く、自己内奥の尊い力を発動してどんな苦難の中にも立ち上がり、それを乗り越えてゆく気力、体力が充実してゆくことと言えます。それには、自ら進んでその苦難と向き合い、このことを通して鍛えて頂き、徳も力も身につけてゆきたいという願いが大切です。願いのあるところに成就があります。

★中国宋時代の朱新仲というお方が人生には五つの計画が大切であると伝えておられます。『人生の五計』
1.生計(体の健康、健やかに生きる道を考える)
2.身計(自分の身をどのように役立てるか、社会生活を考える)
3.家計(家庭をどのように維持していくかを考える)
4.老計(衰えないためにいかに年を取るかを考える)
5.死計(どのように死に向かうか、死を考える)

★今何をすべきか、先々のためにどのような準備をさせて頂いたらよいかを考え、見直しをさせて頂くのが、常の信心です。常の信心をしっかりさせて頂ける地を肥やしてゆくことがおかげの元となるのですね。『時の信心より常の信心。時の追い肥よりは常の地肥。時のお百度参りよりはその日参りにおかげを受けるがよいぞ』


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2014年09月03日

●千人も万人もおかげを頂いてゆく道

 私達が、一生懸命ご信心に励ませて頂き、御霊様の助かりをお願いさせて頂くことにより、我が家の何千、何万という御霊様が助かって頂けるのです。さらに現在の自分自身がおかげを頂くことはもとより、未来の子孫の端々までもが助かってゆくおかげが頂けるお道です。

今日一日・この瞬間を大切にしていくことによって、過去も現在も未来をも助かることが出来、良い方へ展開することが出来るということはどれほど有難いことでしょう。両親は2名で祖父母は4名、曽祖父母は8名というように代を逆上るごとに2倍ずつ増加し、10代前になれば1024名となります。15代前になれば32768名となるのです。その多くの方々の生命の働きがあってこそ今日の私達があるのです。

★御霊様の働きは、目には見えませんが、私達を日々お守り下さる大変尊いものなのです。ご先祖は、子孫のことを何とか助かってほしいと願って下さり、子孫の為にあれもしてやりたい、これもしてやりたいと常に願ってお働き下さっています。私達は、ご先祖御霊様からそのように願って頂いている存在であることを自覚させて頂かねばなりません。

また私達も、「ご先祖様、御霊様方のご生前中のお働きによって、また日々お守り下さっているおかげで、今日結構におかげを頂いております。」と丁寧にお礼を申し上げ、より一層徳高い御霊様となって頂けますようお願いさせて頂きながら、信心生活を進めさせて頂いておりますと、足らない所は足して下さり、付きについてお守り下さるようになるのです。

★日々のご信心のお徳というのは、一時の事ではなく縦にも横にも繋がって、千人も万人もおかげを頂いてゆくことが出来るのですね。

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2014年09月02日

●氏子の信心が受けものを作る

 故・加川一夫師(元在籍教師)のご母堂・たつの氏は、大変熱心にご信心をなさったお方でした。たつの氏はご生前中、お孫さんのお嫁さんである古澤さんに、「朝に隣家のお掃除をして、隣の家が購入させて頂けるように毎日お願いしなさい。」と教えて下さったのでした。古澤さんはそのお言葉を素直に頂いて、言われた通りになさっておられました。

★するとたつの氏がお国替えなさった半年後、先方から「あなた方に土地を購入して頂きたい」と言って来られたのです。その後、古澤さんはたつの氏の夢を見られ、「おばあさん、隣の家を買って欲しいと仰っています。」と夢の中で話されると「おかげを頂きましたね。」と言われたそうです。

しかし先方に返事を渋っておられると、また夢の中にたつの氏が出てこられ、「早く決めないとこうなります。」と言われ、隣家が無くなっており、暗い絶壁になっている夢を見られたのです。慌てて次の日に購入の返事をされると、また次の日の夢にたつの氏が出てこられ、はっきりと4桁の数字が表れ、後日先方から提示された土地の金額と全く同じだったそうです。そして無事にお土地購入のおかげを頂かれたのでした。

★生きている私たちが心を込めてご信心させて頂くことによって、ご先祖様は御霊の神様として活き活きと働いて下さることが出来るようになられるのです。また、天地金乃神様も『願う氏子におかげをさずける』と仰せになっておられ、氏子の方から心を向けて、生神金光大神様のお取次を頂くことによって、おかげの受け物が出来ていくことを教えて下さっておられます。日々真心込めてご信心させて頂き、神様、御霊様のお守りを十分に受けさせて頂けるようになり、ご安心頂ける信心に進ませて頂きましょう。

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2014年09月01日

●お礼は信心の要

 8月には、大きな手術をなさる方が数人おられました。中には、15時間に及ぶ咽頭癌の手術を受けられ、無事成功し術後も順調に回復なさっておられる方があられます。

★咽頭癌の手術の後しばらくは一切飲食が出来ず、高カロリーの点滴を24時間受けらます。そうして回復を待ち、白湯を口から頂くことから始め、少しずつ口から飲食をする稽古を進められるのです。そのような話を聞かせて頂きますと、普通に何の支障もなく飲食をさせて頂くことがどれ程有り難いことか分からせて頂けます。

★二代教会長伊藤コウ師がお取次下さっておられた頃、あるご信者は、嚥下をする喉の神経が麻痺してしまわれ、様々な検査を受けられましたが、原因不明で根本的治療は不可能と診断されました。医師より胃ろうの手術を行う事を勧められ、決断を迫られ、ご家族と共に伊藤コウ師に面会を願われました。 伊藤コウ師は、「まず今日命があることがおかげです。手足が自由に動くこと、耳が聞こえ、目が見えること、また、今の症状が出るまでは何不自由なく飲食させて頂いてきたことも、大変なおかげであったということを、よくよく分からせて頂きましょう。今日頂いているおかげにお礼を申し、お礼の足りないお詫びをしっかり申させて頂きましょう。」と仰せになられました。

★そして、ご信者とご家族にジュースを出され、「お下がりですから頂いてごらんなさい。」とおっしゃいました。ご信者の奥様は、ジュースを頂こうとなされるご信者の口の下にタオルを添えられ、こぼさないように心を配られました。すると、今まで飲み込めなかったご信者が “ゴクンッ!”とジュースを頂くことが出来られたのです。ご信者はコップに入っていたジュースを全て頂かれ、信じられないといった様子で隣の奥様のジュースまで全て飲み干してしまわれたのでした。それから嚥下の機能が少しずつ回復し、医師より胃ろうの手術をする必要はないと言って頂くおかげを蒙られたのでした。

★お礼を申し上げることは、信心の要です。8月の月も大難を小難に、小難を無難におまつりかえ頂いて無事に過ごさせて頂いたお礼を丁寧に申し上げ、9月も日々頂いているおかげに対するお礼の心を元にして、一日一日万事にご都合お繰り合わせを頂けるよう、お願いさせて頂きましょう。

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