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2014年07月31日

●お礼が信心の元

7月も無事に月末を迎えさせて頂き、共々に締めくくりの信心をさせて頂きましょう。後始末が次の準備につながるように、御礼の信心が次のおかげを頂く準備につながるのです。

★四代金光様は『世話になるすべてに礼をいう心 神を表わし神になる心』とお詠みになり、『六分のおかげを頂いていても、後の四分のことばかりお願いしているでしょうが。六分のおかげを受けているから、後の四分をおかげ頂けばよいのに、六分の御礼は申さずに四分のことばかり言うでしょうが。…お礼が信心の元、本教の元でありますからな。有難い信心をさせて頂くと、そこからおかげを頂きます。』と仰せになりました。

★私たちは、ともすれば先にお礼を申すことよりお願いが先になりがちです。例えば身体の一部分が痛いとします。その痛い部分以外は何の苦痛もなしにおかげを頂いていることを自覚して御礼を申すよりも、痛いところばかりが気になって、それが治るようにお願いすることが先になりがちです。そこに私達の身勝手さがあるのです。
私達は、日々様々なことが起こり通しに起こりますが、その中をあたかも何事もなかったかのように神様のご都合お繰り合わせを頂いていることを、無事というのです。
そこに気が付かせて頂き、大難を小難に、小難を無難におまつりかえ頂いて生活させて頂いていることをしっかりと御礼を申させて頂きましょう。
また、現在変わりなく家業をさせて頂けていることに御礼を申させて頂きましょう。

★『金光様は「有難き恐れ多き勿体なきの三きを供えて祈れ。一切の願い事を成就させてやる」と仰ったが、この有難き恐れ多き勿体なきの三きの心に新気・根気・御礼の働きが立ちそうてこそ一切成就のご信心がそなわるのじゃ。これが真の神徳を受ける元になるのぞ。』

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2014年07月30日

●『無理』・『無駄』・『ムラ』のない生活

日々私達は、『無理』・『無駄』・『ムラ』を省いていくよう教えて頂いています。
両足を目一杯に広げて立っていると、前から少し突かれたらすぐに倒れてしまい、後ろから少し押されるとすぐに転んでしまいます。
そういう状態が『無理』な状態です。
また、御隠居様は、「糸くず一本でも、紙切れでも、板一枚でも元はお金です。神様からの賜り物です。」と、あらゆる所にある『無駄』をなくすよう教えて下さっています。

★あるご信者が不渡りを受けた為、どうにも資金繰りが立ち行かないようになり、教会へ参拝されました。
「お父さんと一緒に一番大きな仕入先の会社へ相談に行かせて頂き、現状を正直に伝えさせて頂きなさい。」とみ教えを頂かれ、その通りにさせて頂かれたのです。
先方の社長は「今まで真面目に働いてこられたあなたのお父さんを信用して、力にならせて頂きましょう。」と言って下さり、立ち直るきっかけを与えて頂いたのです。
支払いを待って頂けることになりまして、仕入れは以前と同じ条件でさせて頂けることになりました。
それから、三代教会長先生からは「500万円の不渡りを受けたというけれども、あなたの会社がこれまで500円、1000円という単位で無駄を積み重ねてきた結果なのです。相手の会社を恨んではいけませんよ。」とみ教えを頂かれたのです。
改まって会社の見直しをさせて頂きますと、今まで見えていなかった小さな無駄が積り積もって、大きな損害になっていたことに気づかせて頂かれたのです。
材料の無駄や工場の無駄、二度手間、三度手間等がたくさんあったのです。
そして工場の整理整頓に自ら率先して取り組まれ、資金繰りは大きく改善されました。
今現在では、大変繁盛なさって発展のおかげを頂いておられます。

『十銭の無駄をすれば十円の罰をこうむる。それは天地が許さないからである。百円の無駄は何でもないと思うであろうが、千円の罰をこうむるから貧乏をする。無駄をしないようにすれば出世もできる。』


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2014年07月29日

●死生の安心

先日あるご信者の家で曾祖母様の50年祭、曾祖母の祖母様の100年祭を仕えさせて頂きました。

そのご信者は4代目の信心でお祖母様のご信心は大変熱心で、その当時は交通事情も整っていない中、箕面から日参され、さらに仕事の都合で石川県の山代に移られてからは、孫を連れて月参を続けられたのです。

そのご信心のお徳によって子孫の端々まで大変結構なおかげを頂いておられます。そのお徳というのは、お国替えなさった後により一層生き生きと、霊神となられてお働き下さっているのです。

★私達は、生涯かけて実意丁寧、正直親切な生き方をさせて頂き、どのように身のめぐり、家のめぐりを取って頂いて、お徳を頂いてお国替えさせて頂くかを意識して生活させて頂くことが、信心生活になるのです。

信心生活を続けさせて頂くことによって、一年一年有難くなってゆき、年が寄るほど位がつくという姿にならせて頂くことができるのです。

死生の安心、末々までの安心のおかげを頂いてゆくために、それぞれ自ら求めて信心させて頂きましょう。

御霊にならせて頂いて神様のもとに帰らせて頂きましたら、生き生きと大きな働きをさせて頂けるように、生命を頂いている間にしっかりとお徳を積ませて頂いて「永世生き通し」のおかげを頂きましょう。

★『人間は生き通しが大切である。生き通しとは死んでから後、人が拝んでくれるようになる事である。人間は万物の霊長であるから死んだ後、神に祀られ神になる事を楽しみに信心せよ。』

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2014年07月28日

●「いり豆に花が咲く」ように

 昭和55年7月2日にお国替えになった九之池氏は、二十才の頃に肺結核と腸結核を併発されました。食事を頂いてもすぐに下してしまうため、骨と皮だけにガリガリに痩せていかれ、勤めておられた会社も退職せねばならない程の重い症状になられたのでした。医師からは、とにかく静かに養生するよう言われたのでしたが、お家の畑でご自身の出来られるところから、午前・午後と農作業に励まれる努力をなさったのでした。

そして、朝に晩に参拝され、生命の事は神様にお任せなさって今日一日今日一日神様に一心におすがりなさって農作業に励まれたのです。そうしましたら、段々と体力がついてゆかれ、食べた物が体に納まるようになられて、なんと肺結核も腸結核も全快のおかげを頂かれたのでした。

★後には、再就職のおかげを蒙られ、さらには結婚もなさって4人の子宝にも恵まれ、「いり豆に花が咲く」という大みかげを頂かれたのでした。そして教会の御用も熱心になさって代々ご信心が伝わっており、現在も子孫繁昌家繁昌のおかげを頂いておられるのです。

★『信心せよ。信心とは、わが心が神に向かうのを信心というのじゃ。神徳の中におっても、氏子に信なければおかげはなし。カンテラに油いっぱいあっても、芯がなければ火がともらず。火がともらねば夜は闇なり。信心なければ世界が闇なり』

日々の生活は、目に見えないところ、考えの及ばないところまで神様に整えて頂いて、全てに歯車が噛み合わなければ、いくら自分で努力しているつもりでも空回りするばかりです。しかし、御用のお徳、日参・聴教のお徳、お取次ぎのお徳を頂き、一心に神様におすがりさせて頂けば、1のところを99足して頂いて100のおかげを頂くように、全てに整えて頂き、子孫繁盛家繁盛のおかげを頂くことが出来るのです。

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2014年07月27日

●運命を愛し運命を生かす

『どんな不幸せな人にもどこかに少しは幸せが残されてあるものです。わが身の不幸を嘆く人は、不幸な所ばかりを見て、有難いところに気付かないのです。
私は残っている幸せを見つけ出して、それを風呂敷のように広げてその中に不幸せを包んで外に出さないようにすれば良いと思います。』(中山亀太郎師)

★中山亀太郎師は5歳の時に事故に遭われ、外科手術を受けて両腕片足を失われましたが、生命を助けて頂かれました。
後々御母上のご信心に導かれ、自身のありのままの姿に満足をし、それを喜ばれ、その体を生かすことを悟られたのでした。
他人と比べて引け目を感じ、人を恨み「運命を憎み、呪う」生き方ではなく、『運命を愛し、運命を生かす』生活に変わられたのです。

★皆それぞれに、病気を通して、経済的な事を通して、子どもの事を通して…というように、さまざまな所でご修行があります。
神様のさせなさるご修行として、有難く受け切って行く事で、難をおかげに変えさせて頂けるのです。
信行期間も残り5日となりました。今自分に与えて頂いているご修行を、有難く喜んで取り組ませて頂き、最後まで気を引き締めてご修行に取り組ませて頂きましょう!!


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2014年07月26日

●神様に通じてゆくのは真心からの願い

私が金光教学院を卒業させて頂き、教師の末席に加えて頂いてすぐの夏のことです。
お結界に座らせて頂いておりましたら、あるご信者が京都からご参拝になられ「先生、Y君という学生さんを御存じですか?」とお聞きになりましたので「はい、以前学校に勤めさせて頂いていた時に、受け持ちのクラスに同じ名前の生徒がおりました。」とお話しますと、

「その生徒さんです。私の家の近くに住んでおります。小さいころから素直で純心な子でしたから、懇意にしております。しかし高校を卒業後、現在は浪人生活をしております。家庭の中に心配なところがあり、その子自身も落ち着かないので、どうぞ助かって頂けます様に。」とお届けなさいました。私は「ご親切に有難うございます。お帰りになられましたら、Y君に教会へ連絡してもらえるように伝えて頂けませんでしょうか?」とことづけをお願いしたのでした。

★翌朝、そのY君から早速電話があり「是非、本日お参りさせて頂きたい。」と申しますので、「わかりました。待っています。ところでご近所の○○さんから連絡を受けましたか?」と尋ねると、なんと「いいえ、○○さんとは話はしておりません。無性にどうしても電話がしたくなったのでかけました。」と答えたのです。

Y君とは2年半程、全く会うこともなく連絡も取っていなかったのにも関わらず、神様が、そのご信者の真心を受けられて、聞き届けて下さり、Y君の心を動かすように働きかけて下さったのですね。そして、共に御祈念させて頂き、後にY君の卒業校へ一緒に行き、進路指導の先生より御指導を頂きました。

さらに、Y君の家にも行かせて頂くと、お父さんがおられ、経緯をお話させて頂いたのでした。それからというもの、Y君は、御大祭や、春・秋の霊神祭に参拝して一心にお願いなさったのでした。すると、進路が定まって大学への進学が決まり、その後も順調におかげを頂いておられるのです。

★私達は、神様から尊い神心を頂いております。その神心を働かせると神様に通じてゆくということが、はっきりと分からせて頂きます。金光様のお取次を頂いて、天地の親神様に通じるように御祈念を足して下さいますと、神様が人の心も動かして下さり、環境も整えて下さる等、一番良いようにお繰り合わせを頂くことが出来るのです。

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2014年07月25日

●心で人を殺すことのないように

 ある娘さんのお父さんは、大層酒乱でお酒を飲むと、お母さんに対して暴言を吐き、さらには暴力を振るうなど、家族を大変困らせていました。
そこでその娘さんは、母親の悲しむ姿を見るのが大変辛く、なんとか助けて頂きたい一心で、教会へお参りなさりお届けなさいました。

 するとお結界で、「神様は親孝行が一番お好きです。あなたのお願いは親孝行になっていますか?あの父親さえいなければ私の家は結構になるのに…等と思っていませんか?
それは心で人を殺すことになり、神様のお心には適いません。どうぞ父親が健康で長生きして頂くために、お酒を止めてくれますように、とお願いさせて頂きましょう。
それが神様のお心に適うのです。」とみ教え頂かれたのでした。

★そのみ教えを頂かれた娘さんは、ハッと自分自身の間違いに気付かれて、今までのお願いの仕方を改められたのでした。
それからは、お父さんに対しての責める心を取り払い、一心に健康と長寿をお願いされるようになったのでした。

すると、ふと気が付いた時にはお父さんは、有難いことに自らお酒を止めてくれるようになり、一切暴言暴力が無くなり円満に生活させて頂けるようになられたのです。

★み教えは我が心に頂いて、自分自身を見つめ直し、改まらせて頂くために頂くのです。み教えを武器にして人を責めていては相手も自分も助かりません。

★『金光大神が教えたとおりの信心をすれば教えただけのおかげのたつことは神は請け負ってやる。一分違えば一分、二分違えば二分、おかげも違うものと思え。』
『座敷押入れ板の間に塵が積もるように、人間は我欲のために我が心に塵が積もる。我が心我が身が汚れないように、心と身体の掃除をするつもりで今月今日で信心をせよ。』

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2014年07月24日

●喜ぶ稽古

「膝が痛くて歩きにくいんです。私、前から足が悪いんです。」
皆さんは、このように聞かれてどう思われるでしょうか。長年に亘って使わせて頂いた足ですが、足の立場で言うならば、「長年使っておりながら、なぜそのような言い方をされなければならないのか…」ということになるでしょう。

身体に痛いところが出来てきたり、自分に都合が悪い事柄が生じますと、つい「〜が悪い。」ということを口走りやすいものです。そこを「足が痛くなったり、聴力が低下したりしておりますが、長年使わせて頂いてまいりまして有難いことです。日々楽しく暮らしております。勿体ないことです。」とお礼を申して生活させて頂きますと、これからの生活にどれほどの違いが表れるでしょうか。

★二代教会長伊藤コウ師がお年を召された時、「近頃耳が遠くなりましたが、これが有難いことですわ。いらんことは聞こえてきませんし、必要なことは孫が大きな声で耳の傍で言ってくれますので、結構なことです。」と喜んでお礼を申しておられました。

★他人の悪い所ばかりを見ることについてもそうですが、批判ばかりをして、重箱の隅をつつくようにアラ探しをしているようでは、自ら墓穴を掘り、誰も近寄ってくれずに孤独な徳を失った姿となってしまいます。心が豊かになるには、相手を立てて周囲の人に喜びを与えることです。すると自分自身が喜びを感じることが出来るのです。今日までのおかげを頂き続けてきたことのお礼を申し、お礼の申したらないお詫びを申し上げることが大切です。

★例えば器があるとしましょう。毎日不足を言いながら生活しているということは、その器を自らの手で壊しているようなものです。そして、自ら壊しておきながら、器に何も入らないと嘆いて生活しているのと同じことです。それでは結構になるはずがありません。器は自ら作り、それを大きくしていかねばなりません。

★日々工夫をして喜ぶ稽古をし、良い所を探して自分自身を良い方へ育ててゆく稽古を身に付けさせて頂きましょう。
『昨日を忘れ、今日を喜び、明日を楽しめ』

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2014年07月23日

●改まりの信心

21日は、阿倍野教会で43年間に亘って御用して頂きました加川一夫師の三年廻れるご命日でした。

★加川師は教会へお引き寄せ頂かれてから、生き方を一変して改まっていかれたお方です。入信前は仕事で稼いだお金をお酒や煙草などに注ぎ込むという生活をしておられましたが、お母様の熱心なお導きを頂かれ、40歳の時から教会にお参りされるようになりました。

★その当時は戦後で、下駄を盗まれるという事が頻繁にあり、教会へ参拝された際に加川師も新しい下駄ばかり7度も盗難に遭われました。初めは「神様に参ってなぜ下駄が盗まれるのだろう?」と不足に思っておられたそうです。しかし、段々とみ教えを頂いていかれるうちに「自分には新しい下駄をはく資格がない。分不相応なのだ。」と悟られたのです。

★そして「神様からお許しがあるまでは新しい下駄ははかない。」とご修行を決め、何と自ら下駄を作って参拝されたのでした。入信後は禁酒・禁煙を初め、分相応の生活に改まってゆかれ、ついに神様からお許し頂いて、下駄を与えて頂かれたのでした。また、次第に家庭が円満になられ、お商売も繁盛される結構な家にならせて頂かれたのです。

★『信心せよ。信心とは我が心が神に向かうを信心という。』とみ教え頂いておりますように、加川師が神様に一心に心を向けられ、真に改まっていかれた事がおかげを頂く元となられたのです。

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2014年07月22日

●敵対しない心

 教祖様が農業をなさっていた頃、稲に害虫が付くのを防ぐ為に田んぼに油を入れることが通例でした。しかし教祖様は、『虫も天地の間にわいて来ているのであるから、うんかがわいても、一反の内一畝くらいでも残して、ここはお前にやるからと言って、油はほかへ入れよ。』とみ教えになっておられます。

「害虫」というのは、人間の都合勝手な考え方であり、「うんか」もまた人と同様、天地の間に住まわせて頂いてる命であるのだから、双方立ち行くよう願う生き方を教えて下さっておられるのです。

★また、山伏が金光様のお広前を何度も荒らしに来たことがありましたが、教祖様は「これくらいのことを神様のお力で払いのけるのは、さしたることではない。それなのに、山伏がたびたび来るのは、神様がやりなさるのだから、私はいっこうに腹は立てない。」と、神様のさせなさるご修行として受け切られ、「これも持ってお帰りなさい」と、御自ら物を差し出されたそうです。

★稲に付く虫であっても、お広前を荒らす山伏であっても、教祖様は大きな御慈愛を持って立ち行きを願っておられます。何かされたら腹が立ち、仕返しをしたくなる、そのようなことでは自分自身の心も体も壊してしまい、決しておかげは頂けません。

私達も、日々お取次ぎ頂いている生神金光大神様にご辛抱頂き、足りないところを足して頂いて、天地金乃神様の御神徳にお守り頂いている自分であるということを忘れず、教祖様の『天地日月の心』を見習わせて頂き、少しでも近付かせて頂けるよう、信心の稽古に励ませて頂きたいと思います。

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2014年07月21日

●心を直すこと第一

あるご信者は、なんとなく体の不調を感じられて、検査入院をされました。あらゆる検査を受けられた中に、数値の良くない箇所がみられ、入院中の食事は、その方の体にあったように塩分を控えるなど病院食を頂かれたそうです。普段家で食べておられた食事とは随分味付けが違ったようで、「美味しい」とは思えなかったそうです。そうしますと、体力をつけるためにも食べようとするのに、思うように食事が喉を通らなかったのです。

★ところが、投薬の治療とそのような食事療法により、数日後に再び検査を受けられますと、数値が以前より良くなっておられたのです。「このまま数値が良くなれば退院ですよ」といって頂かれると、とたんに今まで美味しいと思えなかった病院の食事が、美味しく頂けるようになられたそうです。心の働きというものは、実に大きいものだということが分からせて頂けますね。

★『とかく人間は、鼻の先に墨のついていることを教えてもらうと礼を言うが、心の歪んでいることを言うと怒る。大きな考え違いである。心を直してもらえば一生の徳である。』
何の苦労もなく、問題にぶつかることもなければ、至らない部分がたくさんある自分であるにもかかわらず、改まることはなかなか出来ないものです。

そして、人が悪く思えたり、自分を取り巻く環境が悪く思えたりし、自分の至らなさに目を向けることが出来なくなってしまうのです。御結界でみ教えを頂くことはもちろんのこと、人の口や出来事を通して自分の至らない部分に気が付かせて頂き、心を直す機会を与えて頂くことは、信心の基礎工事をして頂くようなもので、大変有り難いことなのです。

★また、自ら打ち込んで信心辛抱のご修行をさせて頂き、心を改め磨かせて頂くことは、転ばぬ先の杖を付くようなもので、大変有り難いことなのですよ。『心行というて、人を不足に思わず、物事に不自由を行とし、家業を働き、身分相応を過ごさぬよう倹約をし、だれにも言わずに行えば、これ心行なり。』

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2014年07月19日

●清い一心

『神徳は人間心の位も思わず、理屈も言わず、学問のうぬぼれ心もなく清い一心さえあれば受けられる。』

★以前に金光英子先生から昭和26年12月「金光教報」の一頁を見せて頂いたことでした。松山成三師(元・大連教会長後に岡山中部教会長)のご遺稿を拝読させて頂く機会を得たのです。その一部分を紹介させて頂きます。

★「略…我は終戦と共に何故その様な事になったと、悩み患ひ、或は先々を憂慮、煩悶もしない。
この時こそと、本気に一心に信心に飛上り、教師の本分一途にと、心は立上り、信心する時はこの時なり、神の御用をする時はこの所じゃとその日その日を後先忘れて、信心御用にのみ立上り、その気持ちこそ、今月今日なりと、嬉しく楽しく有難く思ひ続けて人々が心配苦悩している事も、我には一向その様な気になれず、悪い妙な気は起らず、その事その時も良い事のみ思い出しては喜びニコニコして暮らされてあり。
人々に比べて阿呆になった。良い阿呆になれたと感謝している。
『我心で我身を救ひ助けよ』とはこの様な事かと、み教えを一層有難く思へる。何を食ふても同様においしゅうて、何が無くても苦にならぬ。人のしてくれる事はみな有難い。
…中略…
生活上苦が苦にならず、何事も嬉しく有難く受け取れるこの境地、こんな気持ちを一人でも多く施し伝えるこそ人助けの最大なる事最も尊い事ではないか。…後略」

★松山成三師は戦後満州、大連教会より引き揚げられましたが、私共が筆舌に尽くせぬ艱難辛苦を経験なさったのでした。終戦後の体調が優れぬその中での生きられ方の尊い部分を教えて頂いたことです。

★人間誰しも良い生活をしたい、権力や名声がほしい、あるいは金銭物品がたくさんあれば良いと思う部分があるかもしれません。しかし、神様を杖に喜びに満ちた生活をさせて頂くことによって道が開けてゆき、周囲が助かってゆくおかげが頂けるのです。

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2014年07月18日

●家の機関車となって

あるお方は、大層のお酒好きで、お酒なくては夜も日も明けない毎日の生活でした。
その間、奥さんと子供さんを苦しめ、親・兄弟・親戚・知人に掛けた迷惑は
計り知れないものでありました。
そこでそのお方の奥さんとお母さんが熱心にお参りされ、「どうぞ主人がお酒を
止めてくれますように。」と一心にお願いしておられました。
しかし、ご主人はお酒を止めるどころか、日毎にお酒の量が増え、
ついにはアルコール中毒という末期的症状を帯びてしまったのです。
その様な状態であられたので、仕事もままならず、職場でも多大な迷惑を
掛ける始末になりました。

そこで、阪大の分院に入院され、何度も入退院を繰り返されました。
アルコール中毒というどうにもならない状態であられましたが、
奥さんはご主人をお導きなさり、ご主人もおすがりなさって
神様の綱を離さずご信心を続けられたことにより、
なんとアルコール中毒全快のおかげを頂かれたのです。
一年後に阪大病院へ行かれた際、病院の医師に
「あなたのアルコール中毒はどうして治ったのか?」と
不思議がられたほどであられました。

★その奥さんのお母さんは両足が不自由になり、色々手を尽くされましたが、
どうしても立つ事が出来られませんでした。
お母さんの妹さんが代わりに一生懸命参拝し、神様に一心におすがりされたのです。
そして、日を切って頂き、
「その日迄に必ずおかげ頂きましょう。」とみ教えを頂かれました。
そしてなんと満願の日の夜中12時前、
店から住宅に人が訪ねてこられ「急用です!」と戸をトントンとたたかれました。
すると思わず「ハイ」と返事をして立って玄関まで出ることが出来られたのでした。
お母さんはこの神様の有難いことを五人のお子達に伝えてゆかれ、
家老としての姿勢を子孫に示してゆかれたのでした。

★自分自身が家の機関車となって、先頭に立って信心を進め、周囲の方や家族を
良い方向へ導かせて頂きましょう。

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2014年07月17日

●親の信心

 人間には先の事は分かりません。しかし、「先々こうならせて頂きたい」とお願いさせて頂くことは出来ます。

★先日お宅祭に行かせて頂きましたご家庭には、11ヶ月になられる子どもさんがおられ、ご両親は無事元気に成長させて頂けるよう、毎日一生懸命にお願いしておられます。
そのご家庭に「今から良いご縁を頂くようにしっかりお願いさせて頂きましょう。」と
お話しさせて頂きました。
これは、私自身が三代教会長先生よりみ教え頂いたことです。

★娘を授かり、無事安産で生まれさせて頂きました時、三代教会長先生に
「無事元気に誕生させて頂きまして、有難うございました。
五体満足で明るく賢く世のお役に立つ人間に成長させて頂きますように。」と
お礼のお届けさせて頂きますと、
「今から先々良いご縁を頂くようお願いさせて頂きなさい。」とみ教え頂きました。

★まだ生まれたばかりの子に対し、何十年も先の事についてみ教えを頂き、その時は大変驚きました。
しかし、そのみ教えの本当のご意味とは
「先々良いご縁が頂ける人に育ってもらえるような親にならせて頂きなさい。」という事であったのだと、後々になって分からせて頂いたことであります。

『水は丸い器に入れると丸く見え、四角い入れ物に入れると四角に見える。』と
み教え頂いています。
しっかりとした人が育つためには親が成長させて頂き、
器となる家庭を築かせて頂く事が大切だと気付かされたことでした。


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2014年07月16日

●いつも受け通しのおかげ

三代教会長先生は、62才でくも膜下出血を患われ、それから10年間は毎日、頭の痛まない日があられなかったのでした。

そんな中でも、「痛い」と口に出されたり、不平不足のようなことは一切居おっしゃらず、いつも「有り難い有り難い」と、御礼を申しておられました。

あるお宅祭の帰り道、真夏の頃でしたが、車で走行中エアコンが壊れるという事態がおこったことがありました。

特に、渋滞したトンネルでは窓を開けますと排気ガスが車内に入る為、窓を閉めなければなりませんので、車内は猛烈な暑さになりました。

運転の御用の方は、常に冷たい飲み物とお絞りを準備しておられたので、三代教会長先生は頭にお絞りを当てられながら、

「車は有り難い。結構や結構や」とおっしゃり、御礼ばかりを申しておられたのでした。
常に御礼を申しながら心中ご祈念をさせて頂く、尊いご信心を拝ませて頂いたことでした。

★「小さな御恩は悟りやすく、大きな御恩は分かりにくい」と、
伊藤コウ師はみ教え下さっておられます。

「おかげ」と言うと、病気を治して頂いたり、大きな問題が解決したりすることだと思ってしまいがちですが、それだけではありません。

また、一見不幸に思えるような出来事の中にも神様の深い思し召しが込められており、信心を続けさせて頂くことによって、次第にその深いご意味が分かり、後のおかげに繋がるということもたくさんあるのです。

日々お命を頂き、広大なおかげに包まれて生活させて頂ける有り難さを忘れてはなりません。

その為にも、常にお礼を申しながら、心中ご祈念する稽古をさせて頂きましょう。

★『だれでも、不幸災難に遭うて困りきっておる時に助けてもろうたのは、
このご恩、このおかげを一生忘れられるものかと言うが、
日に日に授かっておるおかげは、案外みんな知らずにおる。
神様のおかげは、生きておるから死んだからじゃないぞ。
いつも受け通しぞ。』

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2014年07月15日

●先を楽しんで信心辛抱

三代教会長先生の奥様は、実母が亡くなられた後小学校4年生の御時に東京より1人で阿倍野教会に入所されました。入所された際、二代教会長伊藤コウ師は奥様に「10年辛抱しなさいや。」と仰せになりました。

10歳頃であられた奥様は10年間1度も実家に帰られず、コウ師のもとでご修行され、着物の縫い物、布団の打ち直し等、全て教えて頂かれ身につけられて御用なさってこられました。

★10年経った時に、奥様がコウ師に「両親の元へ顔を出して親孝行させて頂いてよろしいでしょうか。」とお伺いされますと、コウ師は「もう10年辛抱しなさい。」と仰られました。奥様はそのみ教えを素直に守られて10年辛抱なさった後、また同じことをお伺いされました。

するとコウ師は「もう10年辛抱しなさい。」と同様のみ教えをされました。そして奥様は30年辛抱なさったのです。その後に関東からご両親を呼び、大阪で暮らして頂いて十分にお世話が出来られるようになられたのでした。

★コウ師は奥様に常々「今は朝から晩までああしなさい、こうしなさいと私に言われているけれど、先々は必ず結構になります。私が請け負います。私がいなくなった時に私の心はすべてあなたに移っています。だから、あなたが御用する時は私も一緒にしていることになるのです。

あなたの心に私が生きているのですから、きっと結構になります。今の辛抱が先の幸せにつながるのです。朝はゆっくり寝て何もせんでもよいと言えば楽かもしれないが、それでは結構にはなれないのです。」と仰せになっておられたのです。

奥様は厳しいご修行の中でも、今日まで出産以外一度も入院なさることなく子供4人、孫11人、ひ孫11人頂かれて、日々お元気で御用して下さっております。現在は「辛抱しなさいと言われたので、自分が辛抱したように思っていたがそれは間違いでありました。私が辛抱して頂いてきたのです。よう私のようなものを二代教会長先生、三代教会長先生も辛抱して下さいました。有難いことです。」と顧みて仰っておられます。

★『辛抱しなさい。辛抱という棒は強い棒じゃ。何を担うても折れるようなことはない。もし折れたり、曲がったりしたらそれは辛抱じゃない。金光様は信心辛抱と言うてござったが、おかげを受けようと思えば辛抱でなければならん。信心は長う続かねばならん。長うて強い信心辛抱にはどのくらいのおかげを担えるやらわからんぞ。先を楽しんで信心辛抱させてもらいなさい。』
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2014年07月14日

●喜んでお礼を申す生活 

あるお方は、ご主人が亡くなられた時、滞納した家賃を初め、山のような借金が残されました。そのお方には、まだ小さいお子さんがおられた為、お葬式が済んだ時、親戚の人が皆集まって

「借金だらけの中で、この子達をどうして育てていけるのか。牛小屋を改造してあげるからそこで住んだらだら良いし、畑で作った物やお米も分けてあげましょう。生活は何とかなりますから、田舎に帰って来なさい。」と口を揃えて言われたのでした。

しかし、そのお方にはご信心があられたので、今後の生活をどのようにさせて頂いたら良いか、二代教会長伊藤コウ師にお届けされたのです。

★するとコウ師は
「田舎に帰らなくてもよろしいでしょう。あなたの家に借金があるということが、今はおかげです。
それは何故か。借金があるから、あなたがしっかり信心させてもらえるでしょう。また子供達もしっかり信心させてもらえる。
あなたが借金を返すのは難しいけれども、神様に払わせて頂くという気で一心にお縋りしていけば、神様が払わせて下さいます。
一生懸命お参りしてお願いしましょう。」とみ教えなさったのです。

★そこで、そのお方はご主人のお仕事を引き継いで行こうと決心されたのですが、その仕事の詳細がよく分かりません。
すると、取引先の方が親切丁寧に仕事の段取りを教えて下さったのでした。
そうして、段々と仕事を覚えられ、商売が成り立つようになっていかれました。
すると、沢山あった借金が全額返済のおかげを頂かれたのです。

★そのお方が入信前は、
「家は古くなっていくのに、家主は全く修繕して下さらん。うちの家主は本当につまらない家主だ…。」と腹を立ててばかりいたそうです。
しかし、信心させて頂いてからは、「この家においてもらっているおかげで、仕事もさせてもらえる。有難い家や。」と家を喜んで、お礼が言えるようになられたのでした。
そして滞っていた家賃も、分割してこちらからお礼を申して持って行くように変わられたのです。
すると家主さんも変わられて、お願いせずとも大工さんが来られて修繕して下さるようになられたのです。
それからより一層喜んでお礼を申す生活に変わられ、生活も立ち行くおかげを頂かれたのでした。

★毎日喜んでお礼を申して生活しておりましたら、天地のお徳を表すことが出来、結構な道が開けてゆくのです。
お土地や家族やお仕事、また周囲の人々を喜んでお礼を申し、神様がお喜び下さるような信心生活を進めさせて頂きましょう。

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2014年07月13日

●み教えを素直に頂く 

二代教会長・伊藤コウ師のような方でさえ、判断を迷われる時があられたのです。その度にご母堂であるハル刀自が一番必要なみ教えを下されました。

★コウ師が小学校にお勤めになっておられた時、同期の男の先生だけが昇給されました。
コウ師は「私は女性だから認めて頂けないのだ。」と憤りを感じられました。

丁度その時に、友人から別の小学校で今よりも良いお給料で働くお誘いを受けられたのです。そのことをハル刀自にお伺いされますと、

「京で鳴らん太鼓は大阪でも鳴らん。一つの学校で役に立たん人間が他の学校へ行っても役に立たん。」と仰せになられたのでした。

コウ師は、そこで初めて自分は役に立っていなかった、怠け癖があったという事に気付かれ、一生懸命にお詫びされたのです。それからは今までよりも輪をかけて丁寧に子ども達に教えていかれたのでした。

すると、学年で一番成績が悪かったクラスが、一年も経たない内に学年で一番になったのです。そしてなんと次の年に、お給料の上がり方が他の人の倍になったのでした。

ハル刀自のみ教えをすぐに理解し頂かれた、コウ師の素直なご信心が、おかげを受けられる元であったのです。

『自分のことになってくると 仲々わからぬものじゃが そういう時には 金光様はどうなさったじゃろうか どうなさるじゃろうか おかげを蒙っておる者は どうしたらよいじゃろうか と考えたらすぐに合点がゆく しかし我々は つまらぬから合点がいっても仲々出来ぬ そこでお参りせねばならぬ お参りすると教えて下さり 出来るように願うて下さり 引張って導いて下さる』


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2014年07月12日

●おかげを頂く心を育む

 二代教会長・伊藤コウ師が、あるご信者の家にお宅祭に行かれた際、未信奉者の男性が一人お参りになっておられたそうです。その男性は、戦争で息子さんを二人亡くされ、財産もなくなり、「正直者が馬鹿を見る世の中です。その一人が私です・・・」と、恨みつらみを吐き出すようにお話しになったのでした。

★伊藤コウ師は、「私たちは、天地の間に住まわせて頂いているけれども、生きている時だけ天地のお世話になっているのではありません。死んだ後も御霊として、天地のお世話になって生き続けるのです。その信心をしっかり握った人は、たとえ愛しい人が亡くなったとしても、うろたえることなく信心が続き、おかげを頂く道を歩ませて頂けます。

信心がなければ、神様を逆恨みしておかげを落としてしまうことになりかねません。たとえ財産を失う様なことがあっても、神様からお預かりしたものを天地にお返ししたということ。健康ならその健康な体を頂いていることにお礼申して、一から働かせて頂く心になればよいのです。自分の人生を豊かにし、おかげを頂く方向に進ませて頂けるかどうかは、自分の心次第なのです。」とみ教え下さっておられます。

★信行期間にしっかり教会に足を運ばせて頂き、一つでも多くみ教えを頂て、心を改め受けものを大きくさせて頂きましょう。

『参り信心が取りどころじゃ。数多く参っておるうちには、ああいう信心をすれば、ああいうおかげ、こういう信心には、こういうおかげと、神さまからおかげのいただかれる信心が、おいおい分かってくるようになる。』

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2014年07月11日

●家老としての役割

あるご信者がお結界に来られて「私は女に生まれてしょうもないことです。朝から晩まで台所仕事ばかりで地味でちっとも目立たない仕事です。いくらしてもその場限りで消えてしまってつまりません。」とお届けされました。

コウ師は神様にお願いしながら「それは大きな思い違いです。食事を作らせて頂くということはこれ以上ない尊い有難いことです。女の責任は大きいです。汽車でも機関車があり、客車も貨車も郵便車もありますが、それぞれにみな大切な使命を持っています。その中でも家事育児は機関車にあたります。機関車が石炭を燃やしてしっかり蒸気を出して走らねば客車も貨車も動きません。機関車が大きな力で使命を果たすことによって後に続く車両はみなついて走るでしょう。機関車の働きで家全体が動くのです。その機関車が怠けたらどうしますか?走ったり止まったりしていてはなかなか目的地には着きません。家の中はゴタゴタしてきます。食事を作るということは家族の健康を支える立派な仕事です。台所仕事ほど有難いものはありません。いわば一家の命の源を握っているのですからね。」と仰せになりました。

★コウ師ご自身も台所に立たれる際、喜びをかみしめ「家老としての責任を全うさせて頂けますように。家のあらゆることは私の責任です。私の信心の改まりがさせて頂けますように。しっかりと家を治めさせて下さい。」とお願いなさって、御用しておられたのです。家のすべてのことが自分の責任であると言えるだけの包容力、徳と力が頂けるよう、日々信心を進めさせて頂きましょう。

★『女の信心が、神様のお楽しみお喜びである。懐妊の時、心を改め磨き、真心の子供を産んで養育し、日々食べ物を取り扱い注意不注意によりて、病気のできることもあり病気を除くこともあり。子供の間は母親が子供の真心を作るのである。また、着物の洗濯をするのも子供の健康のためである。この役目を油断なく注意する氏子を見て神は楽しみ喜ばれる。ここに母親の大責任がある。神の前に参りて自分の思うことを頼むばかりが信心ではない。神に参らない時に信心することがたくさんある。』

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2014年07月10日

●先師のご信心に習わせて頂く

昨日は、台風8号が接近している最中、天候気象の上に素晴らしいご都合お繰り合わせを頂きまして、二代教会長・伊藤コウ師の32年廻れる例年祭をお仕え申し上げることが出来ましたことは、真に有難いことでございました。

★伊藤の家の信心は、二代教会長伊藤コウ師のご母堂・ハル氏から始まりました。ハル氏が入信以前は、家内中で喧嘩が絶えず次から次へと家族が病気にかかり、また経済も立ち行かない等、様々な難儀がありました。

ご神縁を頂かれ教会に参拝なさるようになられてからは、率先してみ教えに基づいた生き方に改まる生活に変わられたのでした。

★ある時、お結界の先生より「伊藤さん、孫の代になったら結構になりますよ。」とみ教え頂かれたのでした。ハル氏は「今のうちにしっかり信心させて頂いて、めぐりのお取り払いを頂き、お徳を積ませて頂いたら、子の代、孫の代と次々と結構にならせて頂き、先が開けてゆくのだ。その為には、自分が伊藤の家の礎とならせて頂けるよう、しっかり信心辛抱させて頂こう。」と心に決められてご修行なされたのでした。

★三人の娘さんを教育なさる上でも、神様を第一とした信心教育を貫いておられました。毎日、朝に晩に「私ほど気随気儘なわがままはございません。相すまんことでございます。どうぞこの気随気儘わがままが取れて、神様のお心に適うような氏子にならせて頂けますように。」と、子供たちの前で神様にご拝礼なさっておられました。

さらに、一人一人の子供たちの名前を神様に申し上げられ、「未の年の伊藤コウと申します。気随気儘わがままが出ませんように。」と祈っておられたのでした。

★コウ師のご信心、またハル氏のご信心の万分の一でも習わせて頂き、入信以来夫々の家で頂いたみ教えを思い返し、より一層、神様、御霊様方にご安心頂き、お喜び頂けるご信心に進ませて頂きましょう。


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2014年07月09日

●新気・根気・お礼の働き

 本日午後二時より、二代教会長・伊藤コウ師の32年廻れる例年祭をお仕え申し上げます。ご家族親族揃って御礼の参拝が出来られますようお祈り申し上げます。

★昨日は、みかげ会例会にて、水野氏の有り難いおかげ話を聞かせて頂きました。昭和32年に阿倍野教会にお引き寄せ頂かれてから66年、熱心にご信心が続いておられます。

入信間もない頃、二代教会長・伊藤コウ師に仕事のことでお取次を願われ、「細くとも長く続く信心をしないさい」と、み教え頂かれ、このみ教えを今日まで大切に頂き続けておられます。

日参と聴教に励まれ、手配りの御用など入信当初から御用にお使い頂かれ、青年会会計10年、みかげ会会計30年、みかげ会会長13年と、お役を頂いての御用にもお使い頂かれました。

その間、お仕事のことも、お体の上にも、ご家族の健康の上にも信心を元におかげを頂いておられます。

★平成10年に前立腺癌、平成12年に白内障と網膜剥離、平成24年に心臓バイパス手術と合わせてステント挿入手術を受けられましたが、いずれも早期発見で無事成功のおかげを頂いておられます。

とりわけ平成24年の心臓の手術については、みかげ会のやさしい生活講座で講演して下さった田中庸生先生と、直接お話しする機会があられ、「水野さんも年齢的に一度CT検査を受けられたらどうですか?」と勧めて頂かれ、自覚症状のなかった時点で、血管の詰まりを見つけて頂かれたのでした。

★水野氏は、定年退職後は町会長として地域に貢献なさり、町会長を退かれた今日では、有志で朝の子供たちの安全通学誘導にあたっておられます。

「細くとも長く続く信心をしないさい」とのみ教えを、ここから一層頂き直し、御用にお使い頂くことを願っておられることは、真に有り難いことと思わせて頂きます。


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2014年07月08日

●心温かく…

あるご信者の親戚の家族が自分の家でご飯を作らずに、毎日ご信者に食べさせてもらいにこられるそうです。先日ご信者はお結界に来られ「どうぞ親戚のお世話がさせて頂けますように」とお願いされました。私はその言葉を聞かせて頂き、そんなに有難い心にならせて頂かれたのだなあと大変感心致しました。

★自分たちが生活させて頂くことに精一杯なところを、心温かく他家のお世話をさせて頂くということはなかなか容易なことではありません。普通であれば「もう毎日来ないでほしい」とか「私がこれだけしてあげた、助けてあげた」という考え方になりがちです。しかし、ご信者は日々み教えを頂いて生活なさってますので、「お世話がさせて頂けますように」とお願い出来られたのです。

★人のお世話をさせて頂いた時に「人を助けたと思わず、人のお世話をさせて頂いて自分が助かったと感謝をする心になりなさい」と教えて頂いております。どこかで人のお世話になって生活している私達です。「この度は人のお世話がさせて頂ける私にならせて頂いて有難い」とお礼を申せるようになりましょう。

み教えを頂かない生活をさせて頂いておりますと、心がどんどんと凝り固まって狭くなっていってしまいます。自分中心の考えで心が満ちてしまい、我情我欲の塊になってしまうのです。み教えを頂いてこそ心が開けてゆくのですね。

★『欲で一心な者もあり、意地で一心な者もあるが、やはり有難いの一心でなければおかげは受けられない。』


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2014年07月07日

●親の願いを悟る

私が小学生の頃、食事を終えて茶碗を洗わせて頂こうとし、流し台に置いて茶碗を持ち上げますと、もともとヒビが入っていたこともあり、その茶碗がパリンと真っ二つに割れてしまったことがありました。

それを、二代教会長伊藤コウ師のもとへ持って行かせて頂き、「茶碗が割れました。」と申させて頂きました。

するとコウ師は、「茶碗が勝手に割れるはずがありません。ヒビが入っていたかもしれませんが、『申し訳ありませんでした。私の扱いが普段から行き届いておりませんでしたので、茶碗を割ってしまいました。』とお詫びをするのです。それが結構な在り方ですよ。」とみ教え下さいました。

★二代教会長伊藤コウ師にご注意を頂く時は、必ず「一緒にお詫びさせて頂きましょう。」と、三代教会長先生や奥様が私の傍に付いてお詫びして下さいました。そして「真に至りませんで申し訳ありませんでした。ここが間違っておりました。一緒に改まらせて頂きますのでどうぞよろしくお願いいたします。」とお詫びを申して、お願いさせて頂くことを教えて下さいました。

そして、三代教会長先生は「親先生はまことにお忙しいお体であられながら、あなた方に時間をとってお話をして下さることは、大変有難いことですよ。よくその有難さを分からせて頂かねばなりませんよ。」と諭して下さいました。小さい頃から教えを頂く環境を親が整えて頂き、常に模範を示して下さったのでした。

★親が教えて下さったみ教えを守らせて頂くことを心掛けておりますと、自ずと受け物が出来、ご庇礼を蒙らせて頂く生き方に繋がるのです。

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2014年07月06日

●一生が修行である。

ある御信者が「私はまだまだ至りませんから、周りから『信心しておるのにあんな事を言うてるわ』と言われることがあります。」とお届けなされました。

私は「それでよいのです。世の中に完全無欠な人などありましょうか。お徳の高い教祖様でさえ、『信心に油断がならん』とおっしゃり、まだまだ足らんと思い暮らされ、生涯ご修行なされたのです。最初から全て出来ておられたのではありません。あなたが自分の至らない事を分からせて頂いているだけでも、大変結構なことです。今この時点から少しでも改まらせて頂こうと、神様にお願いさせて頂くことを生涯繰り返し続けてゆくことが信心なのです。そのように根気強くどこまでも謙虚に信心させて頂く事が、有難いおかげを頂く元になるのです。」とお伝えさせて頂いたことです。

★内田守昌師は「暑い時には暑い、痛い時には痛いでいい。その後に『金光様』がつく。『痛うございます、金光様。暑うございます、金光様。ありがとうございます。この暑さの中、痛みの中、こうやって生きさせて頂いております。ありがとうございます。』というお礼が出てくる。」「我慢には限界があります。必ずどこかで爆発します。『辛抱』をさせて頂くのです。」とみ教えを残して下さっています。

★自分自身の成長にも辛抱が必要です。自分が変わらせて頂くための辛抱は、大変有難い辛抱なのです。しかし急に一朝一夕に変わらせて頂くということは出来ません。み教えを頂き、日々お願いし続けて努力し続けてゆくことです。そのうちに神様がさらに改まる材料を与えて下さいます。一段一段向上させて頂く事を楽しみに、信心辛抱をさせて頂きしょう。


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2014年07月05日

●有難い信心辛抱

会社を経営なさっているご信者が、お結界に来られて「社員のここが足りません。あの人のあそこが足りません。」と言われた時に、三代教会長先生は「会社に在籍して頂けるだけでもありがたいと思いなさい。

あれもしてほしいこれもしてほしいと要求ばかりするから、あれも足りんこれも足りんと思うのです。あなた一人で何ができるのですか?社員がいるから会社が成り立つのです。」と仰いました。

★辛抱させて頂く中に、人のことを受け切ってゆくことが必要です。家族でも老若男女がおりそれぞれに立場が違いますし、考えも信心も違います。それぞれものさしが違うということですから、意見は食い違うことは当然あると思います。

その時に自分の意見だけを通すのではなく、相手の足りないところを足し合うことが大切です。家の中であっても会社でもどこでも同じことなのです。まず、自分自身が多くの方々に辛抱して頂き、お世話になっていることを分からせて頂きましょう。

★おかげの中に生かされている私たちはどんなことが起きてこようとすべておかげの中の出来事なのです。ですから「これはしんどいから避けよう」「これならしよう」と起きてきた問題を選り好みしたり、辛抱させて頂くことに嫌気がさしたり、後ろ向きになることは、自身の成長を妨げているのです。

一年生の信心から二年生の信心、三年生の信心と信心は向上させて頂き、より難しい問題にも軽々と対処させて頂けるようになります。氏子を育ててやろうとの神様の願いを分からせて頂き、辛抱させて頂けば頂くほど、有難い信心辛抱のお徳を積ませて頂けるのです。

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2014年07月04日

●真の信心になる

 7月10日は、二代教会長伊藤コウ師のご母堂伊藤ハル刀自のご命日です。お道の信心にご縁を頂くまでの伊藤家は、家中の引き出しに薬が入っており、病気の絶えない家でした。

伊藤家の信心の初代であられる伊藤ハル刀自は、「私がしっかり信心させて頂いて、めぐりのお取り払いを頂き、お徳を積ませて頂いたら、子の代、孫の代と次々と結構にならせて頂け、先が開けてゆくのだ。

その為には、伊藤家の礎とならせて頂けるよう、しっかり信心辛抱させて頂き、陰の徳を積ませて頂こう。」と、心に決めてご修行下さったのです。そして、お導きに励まれ、人の助かりを願うことに 尽力なさいました。

★さらに伊藤コウ師のお姉様がご病気になられた時には、皆が寝静まった夜中に、隣の溝さらえや家の周りの道路をお掃除され、めぐりのお取り払いと陰の徳を積まれる事に一生懸命励まれたのでした。

そのような、真の信心を歴代の教会長先生方にお伝え下さり、また、歴代の教会長先生方が正しく受け継いで下さったおかげで、今日の阿倍野教会があるのです。

★日々お広前に足を運ばせて頂いて、自分の心を正しい方向に改まらせて頂き、おかげの受け物を大きくさせて頂きましょう。そして、出来てくる事の一切を有り難いご修行と受けさせて頂いて、陰の徳を積むことを心掛けさせて頂きましょう。

そうして、自分自身が「真の信心」にならせて頂きますと、お導きをさせて頂く相手にも「真の信心」が伝わり、人が助かる御用に一段とお使い頂くことが出来るようになるのです。

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2014年07月03日

●悪毒病毒をお取り払いのおかげ

現在80才を越えておられるあるご信者がまだお若い頃のことです。盲腸の手術をされ退院なされた後に、傷口が膿み出し、腹膜炎にかかられました。御主人に再入院を勧められましたが、まずは三代教会長先生にお届けされ「家で静養し、お剣先さんをご神酒に浸して貼らせて頂き、膿をお取払い頂きなさい。」とみ教えを頂かれました。

そのみ教え通りに、毎日お剣先さんを貼らせて頂きますと、大量の膿と共に脂肪にようなものまで出して頂き、約2か月後に全快のおかげを頂かれました。家で静養なされていたので、その間の家の事もご主人や子供さん達のお世話も全て滞りなくさせて頂かれたのでした。

一般的に「手術の仕方が悪かったのではないか。」という考えになってしまう事もるかもしれません。しかし、このご信者はみ教えを素直に頂かれ「この難儀をご信心でおかげを頂こう。悪徳病徳を全てお取払い頂こう。」という覚悟をもって信心で受け切っておられたのです。もちろん現在に至るまで、健康で有難い生活を送らせて頂いておられるのです。

★高橋茂久平師は、ある方から「信心をして何か良い事があるのですか。」と尋ねられた時に「信心させて頂いてから、難儀をしてみようという気になってきました。」とお答えになりました。尋ねられたお方はそれを聞かれて「そういう気になったら難儀はあるまいのう。」とおっしゃったそうです。

★高橋茂久平師は、阿倍野教会二代教会長伊藤コウ師が金光教学院を卒業なさる際に、二首の歌を書いて贈って下さいました。その一首が
『荒波の 逆巻く灘を乗りしくも 船に真舵の あればなりけり』
というものです。

阿倍野教会では信心の宝として大切に頂き続けて現在に至っています。どのような厳しい境遇にあっても、そこからおかげを頂いていく覚悟を持って信心の正しい舵取りをしてゆけば、何事も乗り越えてゆくことが出来るのだと教えて頂いています。信心によって正しい舵取りをさせて頂き、全てをおかげにさせて頂きましょう。


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2014年07月02日

●積徳の信行

 信行期間というのは、「お礼の信行」の期間であり、その間に信心向上のおかげを頂いて、神様にも金光様にもお喜び頂けるような信心に進ませて頂こうとの願いの下に始まったものです。さらに積徳の信行の期間として設けて頂いております。

積徳の信行とは、人やお金を目当てにするのではなく、神様を目当てにご修行を決め、自らさせて頂くご修行として自発的にさせて頂くのであり、それこそが有り難いおかげの受け物を作ることとなります。そして、自分のことに留まらず、周囲の人が助かっていくことに心を配り、喜びの稽古に励み、実意丁寧、正直親切にお導きの御用にお使い頂くことが、お徳を頂く元に繋がるのです。

★あるお方は、二代教会長伊藤コウ師に「どのようにさせて頂けばお導きの御用にお使い頂けるでしょうか。」とお尋ねになられました。するとコウ師は「神様に『どうぞお導きがさせて頂ける機会を与えて下さい。』とお願いしなさい。そして、とにかく親切丁寧にしなさい。それがおかげを頂く元ですよ。」とみ教えなされました。それからそのお方は「どうぞお導きの御用にお使い頂けますように。」と毎日一心にお願いされました。

すると、お参りの道中に毎日見かける方が「あなたはどこへ行かれているのですか。」と尋ねられてこられたのでした。そのお方は「私は金光教阿倍野教会にお参りしています。」と答えますと、「ぜひ私も一緒に連れていって下さい。」と言われたのでした。それからもそのお方は、次々とたくさんの方々をお導き出来られるようになったのです。

★一心に神様にお願いさせて頂きますと、神様はお導きの御用に使って下さるのです。この信行期間、一回でも多く参拝させて頂いてめぐりをお取り払い頂き、積徳の信行に励ませて頂きましょう。

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2014年07月01日

●知らず知らずのおかげ

今日から、夏の信行期間が始まりました。勢を揃えて日参と聴教に励ませて頂き、自分の信心を見直し聞き直し考え直しさせて頂きまして、信心向上のおかげを頂きましょう。

★日々有り難いお礼のお届けを次々に聴かせて頂いております。あるご信者は、エアコンを新調するにあたって、親切な業者の方が、電気配線の下調べを丁寧にして下さったそうです。すると、通常では気が付かないようなところでコンセントが焦げている箇所が見つかり、火事になるところを未然に見つけて頂き、知らず知らずに有り難いおかげを頂いていることに御礼を申しておられました。

★またあるご信者は、体に痛みを感じて検査を受けられたところ、卵巣の腫瘍が見つかって腹腔鏡手術を受けられることになりました。ところが、MRI検査も終わり、手術の病院も決まって後のある日、激しい痛みを感じ、救急車で手術を予定していた病院に運んで頂かれますと、そのまま緊急手術となったのです。

診て頂かれますと、腫瘍のある臓器が捻転していることが分かり、捻じれた先に壊死が始まっていたので、臓器を全摘出することになったのでした。その時には優秀な先生方が揃っておられ、必要な検査も事前に行っていたので、万事に結構な環境が整っており、無事手術成功のおかげを頂かれたのでした。

★私達の目に見える範囲、聞こえる範囲は、全体からすると実に狭いものです。親神様にお命を頂き、有り難いお恵みを頂き、ご先祖様にお守り頂いてるおかげで日々有り難い生活をさせて頂いていることを自覚し、お礼申させて頂きましょう。そして、全てにお取次ぎを頂いて、万事にご都合お繰り合わせを頂けますよう、実意丁寧にお願いさせて頂きましょう。

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