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2014年06月30日

●自然の行

本日は夜7時半より上半期感謝祭をお仕えさせて頂きます。家族中勢揃って参拝させて頂かれ、ともどもに半年間のお礼、お礼の申し足らないお詫びをしっかり申し上げさせて頂きましょう。

★『病気災難の根を尋ねる氏子は多いが、信心の根を尋ねる氏子は少ない』とみ教え頂いています。世の中には病気災難が起こってきますと、なぜこのような事が起こってくるのか、先祖のたたりか障りか等と考える人もありますが、このお道では他のせいにするのではなく、自分自身を改めてゆくことを教えて下さっています。

★息子さんの家庭内暴力に悩まれていたある方が、ご信者にお導き頂かれて、前の親先生より「息子さんを拝みなさい。」とみ教え頂かれました。お礼の足らない所を改めなさいと教えて下さったのです。しかしそのご信者は、なかなかみ教え通りに拝むことが出来ませんでしたので「どうぞ息子を拝める私にならせて下さい。」とお願いし続けられました。

すると、その息子さんが、大学へ行き、就職をされ、いつの間にか暴力がおさまっていたのでした。そして、結婚もされて、お孫さんを連れて教会へお参りして下さるようになられたのです。それでも、そのご信者は「このようにおかげを頂いていても、私はまだ心の底から息子を拝めてはいません。どうぞ心の底から拝める私にならせて下さい。」と、御国替えなさるまで一筋にお願いし続けられたのです。

★教祖様は『此の方の行は、水や火の行ではない。家業が行ぞ。』とみ教え下さっています。わざわざ寒中に水に打たれたり、断食をしたりして体を痛めつけるのではなく、心のコリを取っていくことが大切です。そのために、『自然の行』をさせて頂くのです。『自然の行』とは、与えて頂いている環境や出来事をそのままご修行にさせて頂く事です。何事もことごとくご修行と有難く受け取らせて頂くのです。

★「改まる」という事は「新たに生まれ変わる」という事です。七月からは  
信行期間が始まります。日々新たに生まれ変わる気持ちで、積徳の心行を
進めさせて頂きましょう!

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2014年06月29日

●何を第一に考えるか

阿倍野教会がご布教の初め、吉野通りに教会がありました時は借家で小さな小さなお広前でありました。二代教会長伊藤コウ師は、当時小学校へ勤務なさり、月々のお給料は全てお結界でお供えなさっておられました。

そして、初代教会長伊藤徳次師はそれを御神前にお供えなさってお礼を申された後に、第一に家賃に支払いをさせて頂くことを心掛けておられたのです。

「神様のお顔に泥をぬるようなことは何があってもしないように」との思いからでした。ですから、食べること、着るもの一切を始末しておられました。お風呂に入ることさえままならず、夏には行水で済まされておられたのです。

コウ師はお金がなくて「食べられない時は食べません、着られなければ着ないようにいたしますで・・・。」と神様とお約束なさり、苦労の覚悟を決められて「どうぞ教会を建築するお土地と信心の稽古場所であるお広前を授けて頂けますように。」とお願いし続けられました。

そして、徹底して無理無駄ムラを省かれて御辛抱なさり、何が何でもという強い願いを持ち続けられ、家内中が心を揃えてご修行させて頂かれました。すると、布教の初めから5年後には「借金なし、分担金なし、寄付の強要なし」で旧広前の御建築が成就させて頂き、それから30年後には百畳のお広前を建築させて頂くという大きなお願い成就のおかげを頂かれたのです。

★私たちは日々、神様・霊神様の恩恵の中で、たくさんの方々のお世話になり生活させて頂いております。どれほどお礼を申しても申し足らないことばかりです。そのお礼がしっかりと出来る、実意のあるお金の使い方が出来てゆきますようにおかげを頂きましょう。

そこで、毎月頂いたお給料は、
@過去への御礼
A未来への蓄え
B現在の消費生活
C冠婚葬祭等の交際費と4つに分け、ご無礼のないように分相応に使わせて頂きましょう。

ご恩返し、お礼を優先させて頂くことを心掛けておりますと、事故や怪我等の医療費等や余分なところに出費することなくおかげ頂き、お守り頂くことが出来るのです。

★常日頃から自分のことには余計な出費を慎んで、御恩に報いる生活に努めさせて頂きましょう。

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2014年06月28日

●実意をもって願う

 教祖様は日を切ってお願いさせて頂くことを教えて頂いておりますが、ただその日を待つのではなく、そのお願い成就の日までにどのような信心をさせて頂くかを練り出すことが大切なところです。

★土井徳松氏、つちの氏は、大変信心の熱心なご信者で奈良に住んでおられ、現在のように交通が便利ではありませんでしたが、工夫をなさって参拝しておられました。信行期間には、一日の仕事がおえられますと、晩に参拝されその晩は泊まられ、翌朝参拝されてから帰宅されるというようにご修行決められ、日参を続けられたのです。また、その娘さんである嘉寿恵氏は願い成就の為に、大和小泉から歩いて参拝なさるというご修行を決めて参拝なさったことがあられたのです。そうした有難いご修行によって、後々までも誠に有難いおかげを蒙っておられます。

★日を切ってお願いさせて頂き、おかげを頂くために、実意をもってお願いさせて頂くということが大切なのです。ご修行を有難くさせて頂く覚悟を決め、取り組ませて頂く、その実意の込め方が神様に届く信心になってゆくのです。

★『神を拝礼するのに別に決まりはない。実意・丁寧・正直・真一心がかなめである。日々生かされているお礼を申し、次に、お互い凡夫の身で、知らず知らずにご無礼、お粗末、お気障りなどしている道理であるから、それをお断りおわび申して、それがすんだら、身の上のことを何かと実意をもってお願いさせてもらうがよい。』

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2014年06月27日

●祈り、祈られることの有り難さ

 25日には、青年会学生会例会にて、上田氏の有り難いおかげ話を聞かせて頂きました。

上田氏は、学生の時から弁護士になることを目標に勉学に励まれ、現在弁護士として活躍なさっておられます。お母様が病を患われ、食事の用意等家のことはお祖母様がなさっておられましたが、大学生の時にそのお祖母様が、腰の圧迫骨折と悪性リンパ腫の治療の為に入院することになられたのでした。

上田氏は、お母様のお世話と家事全般、お祖母様の病院に通い、弁護士になるための勉強とで、気力も体力も限界に近い状態になられながら、お取次を頂きつつ必死に乗り越えられ、無事に司法試験に合格なさったのでした。お祖母様も、今日では不自由なく体を動かせるまでに回復のおかげを頂いておられます。

振り返ってみますと、通常圧迫骨折だけでは自宅療養となり、自宅での安静が求められるのですが、自宅では無理をしてでも動かざるを得ない状況でした。そこを、骨折と同時期に悪性リンパ腫が見つかり、入院して治療することになったおかげで、骨折も元通りにきれいに治るおかげを頂かれたのでした。

★また、弁護士という仕事は、苦しい状況にある人々と向き合っていかなければならない仕事ですので、ご自分も苦しい時を乗り越えて来られた事によって、人の気持ちがより分かるようになっていることを実感なさっておられるそうです。願いを持たせて頂いたところに、神様が必要な経験をさせて下さったことをお礼申しておられ、大変有り難いことと思わせて頂きました。

★また、上田氏は、現在刑事事件と少年事件を扱っておられるそうですが、事件を起こす人の大半は、一見普通と変わらない人ばかりだそうです。ただ、例えば両親の愛情を受けてきていない等、これまで生活してきた環境が恵まれていなかった為に、先々の事まで考えられず刹那的になり、事件を起こすに及んでしまうような場合が多いそうです。

そうした話しを聞かせて頂かれると、お道の信心にご縁を頂き、日々祈って頂き、お取次ぎを頂くことによって、どれほど守って頂いているかということを感じられるそうです。

★生神金光大神様のお取次ぎを頂き、祈って頂いているおかげで、知らず知らずおかげを頂いていることばかりなのです。しっかりとお礼の信心に励ませて頂きましょう。

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2014年06月26日

●与える愛と応える愛

学院へ行かせて頂いた時に聴かせて頂いたお話です。ある学院生の方が前庭で煙草を吸い、その灰を地面に落としておられました。それを見ておられた先生が、お叱りになるわけでもなく、ご無礼だと責めるわけでもなく、ただ一言「あなたの灰皿は大きいですなぁ。」とおっしゃいました。たったその一言で、その学院生の方は自分が大変申し訳ない事を長年続けてきたことを悟られたのです。普段何気なくしている事が神様のお体を汚し、自身がめぐりを積み、お徳を落としてしまう事に繋がっていたのだ。という事に気が付き、改まられて頂かれたのでした。先生の一言を神様のみ教えとして有難く頂く器があられたのですね。

★このようにご信心させて頂きますと、神様が改まる機会を様々な形で与えて下さり、よい方向へと導いて下さいます。私達人間は御神徳、御霊徳を現す器だと云えます。その器を大きく整えてゆくことが日々の信心の稽古です。その器が出来てゆけば、神様がすぐにおかげを授けて下さるのです。

★『天が父、地が母である。天地金乃神を父母と授けてやろう。』と教祖様は表現して下さっています。神様を親と思って信心させて頂きますと、神様も子と思ってお守り下さいます。愛情には「好む愛」・「求める愛」・「与える愛」・「応える愛」がありますが、神様は「氏子が助かりさえすればよい。」と無償の愛をお与え下さり、氏子はそのお心に応えさせて頂きたいと努力します。このように、与える愛と応える愛の関係こそが、神様と氏子との間柄であるのです。

★三代金光様はあるお方に「神様を好きになるようなおかげを頂いたらよろしいでしょう。」と仰せになられました。「好きになるようなおかげを頂く」ということはどういう内容であるのか分からずにおりましたが、生みの親・育ての親と思って、または命がけで愛する相手だと思えば、全てを受け入れられます。神様を好きにならせて頂き、神様をどこまでも信じて疑わず、一心にならせて頂きたいと思います。その溢れるご慈愛に、応えられる氏子にならせて頂けますよう、日々改まってご信心を進めさせて頂きましょう。

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2014年06月25日

●人の助かりを一心に願う

6月21日は、10年前に73歳でお国替えなさったある内尾氏の御命日でありました。内尾氏は、大分県に嫁がれましたが、阿倍野教会の毎月の御本部御礼参拝には日を合わせて大分県より参拝され、お取次ぎを頂かれることを楽しみに参拝しておられました。

また、春秋の御大祭には信心友達である陶山氏の家に3,4日泊めて頂いて参拝しておられました。

★晩年、内尾氏は癌を患われ、様々な治療を受け、手術を受けられて生命を助けて頂かれましたが、末期状態であるということが判明し、ホスピスで治療を受けられることとなったのです。

内尾氏は御大祭の際にいつも泊めて下さる陶山氏に会いたいと常々言っておられたそうで、6月1日に内尾氏の娘さんが陶山氏に連絡されたのです。

陶山氏は早速1日夕方に教会へお届けされますと「是非行ってあげなさい」とみ教えを頂かれ、2日が月例祭ですので、4日ご信者に会いにいかれました。内尾氏は待ちかねていたかのように大変喜んで歓談ができられたそうです。

また、その時昼食に出てきた食事も残さずすべて頂かれ「有難い有難い」と仰ったのでした。後に分かったことですが、内尾氏は陶山氏に会われた3時間だけ意識を取り戻されたということでした。

そして、21日にお国替えなさるまで後にも先にも食事を取ることもできられず、話ができるということはなかったのでした。

陶山氏は先日内尾氏の御命日に御礼届けされ、「大変有難い体験をさせて頂き、相手を祈ることの有難さ、お取次ぎを頂く有難さを分からせて頂いたことでした。有難うございます。」と御礼申しておられました。

★人のことを祈るということは、神様がお喜び下さることであり、神心がお働き下さっているのですから、「私が願ってもダメではないだろうか。」と思うのではなく、神様にその方の助かりを一心にお願いさせて頂くのです。その稽古を積み重ねさせて頂きますと、神様は有難い体験をさせて下さるのです。
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2014年06月24日

●『今天地の開ける音を聞いて目をさませ』

「天地の開ける音」というのはどのような音なのでしょう。
それは御教えを頂くことにより、自分の小さな殻が破れる音の事です。殻が破れることにより大きな御神徳に満ちた世界を見ることが出来るようになってゆくことを表現して下さっているものです。「見ているようで見えていない御神徳の世界」「聞いているようで聞こえていない神様のお声」を見られるようになり、聞こえるようになってゆくことが、信心が進んだ姿と言えます。

★私たちは、天地の親神様の御神徳に満ち満ちた世界で生活させて頂き、生かされて生きております。日々、神様のお恵みを享受させて頂き、様々な命を分けて頂いて、お命を繋いで頂いております。自分一人の力ではどうすることも出来ず、天地のお働きの中で、様々な人や漁業、農業、林業、各種工業、多くの産業、国家社会にお世話になって生活させて頂いているのです。自分の力だけで何事もするということは、大きな間違いなのです。

★天地の親神様の御神徳の中で、私たちはほんの一部分をお手伝いさせて頂いているのです。ですから天地のお働きに対してお礼を申し、どこまでも謙虚に生活させて頂くことを心掛けなければなりません。そして、「生神金光大神様・天地金乃神様」と心中御祈念させて頂きながら、人の助かりに貢献させて頂き、共に助かっていく生き方に努めさせて頂くことが大切です。すると、夫々の家や職場等、行く所行く所が御神徳に満ち満ちた世界へと広がってゆくのです。


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2014年06月23日

●「有り難い」の一心で受けきる

出来てくる事には全てご意味があり、難しい問題と思えるようなことにも、「この氏子に、この家に、何としてもおかげを頂かせてやりたい」という、親神様の深い思し召しが込められているのです。私達は、その神様のお心に適うよう、信心を進めさせて頂きたいものです。

★三代教会長先生は、左大腿骨頚部骨折をなさった折、検査、手術の為に病院に入院されました。三代教会長先生は、「平生はお結界で御用をさせて頂きますが、この度は、神様が病院に差し向けられ、御用させて頂くようにとの思し召しだと思っております。」とおっしゃり、病気の方々の助かりを祈られ、ご自分も患者の立場であられながら、医師、看護師、調理師や清掃員の方々など、目の前の全ての人の助かりを祈られたのでした。そのようになさっておられますと、手術が無事に成功なさった後、通常は痛みが出るはずのところ、医師も驚かれる程に全く痛まれず、リハビリにも励まれて、無事回復なさるおかげを頂かれたのでした。

★親神様が願いをかけて下さるお心に、私達もぶれることなく心を向けさせて頂かなくてはなりません。「なぜ私にばかりこんなことが起きるのか」というような、心配や不足の心に囚われては、おかげになりません。「有り難うございます。どうぞこのことを通しておかげを頂かせて下さい」という一心で受け切らせて頂くことによって、一層信心が進ませて頂き、出来事の上にも万事におかげを頂くことが出来るのです。


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2014年06月22日

●神様にお使い頂く

私が学院でご修行させて頂いておりました時のことです。ある日、御本部のお広前で御祈念をさせて頂いておりますと、学校に勤めていた頃の同僚の先生が参拝なされていました。クラスの教え子が骨肉腫にかかり、その事で金光様にお願いに来られたとのことでした。その生徒さんの事は私も知っておりましたので、一緒に御祈念をさせて頂き、手紙を書かせて頂く事を許して頂きました。

★しかし、いざ筆を執って手紙を書こうとしても、全く書けないのです。自分は今まで大病を患った事もなければ、同じような病気の経験もなかったからです。健康に過ごしてきた人間が、今病床で辛い思いをしておられる方に何と申し上げたらよいのか、分かり得ませんでした。

★そこで、四代金光様にお伺いさせて頂きますと、じっと私の話をお聞き下さり「手紙を書かせて頂けるという事にお礼を申しなさい。」と仰せになられました。その御意味をよくよく考えさせて頂きますと、神様が御用にお使い下さる為に御本部へ御修行に上がらせて頂き、手紙を書かせて頂ける立場にならせて頂いているのだという事に気づかせて頂きました。私が金光教学院にご修行に入らせて頂かなければ先生にお会いすることも出来ず、たまたまお広前で御祈念させて頂いていなければ、そのお話を聞かせて頂く事も出来なかった所でした。神様が会わせて下さり、手紙を書かせて頂こうと思わせて下さったのです。今日までの事をずっと振り返りお礼を申しておりますと、すらすらと筆が進み手紙を書かせて頂く事が出来ました。

★手紙の投函後すぐにお返事を頂き、そこには「この病気は神様から与えて頂いたものだと、お礼を申しております。」と書かれていました。その生徒さんは金光教のご信者であられ、病気を通じてご信心を進めておられたのでした。その手紙を読ませて頂き、感銘を受け、こちらの方が助からせて頂いたことでありました。

★皆それぞれに神心を頂いています。日々の生活の中でその神心を表し、神様にお使い頂いて人の助かる御用にお使い頂けますよう、ご信心を進めさせて頂きましょう。『人が人を助けるのが人間である』

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2014年06月21日

●人の助かりを願う

孟子の「四端の説」にありますが、人間は誰でも生まれながらにして尊い心を持っているのです。
1)惻隠(そくいん)の心…かわいそうだと思う心。
2)羞悪(しゅうお)の心…悪を恥じ憎む心。
3)辞譲(じじょう)の心…譲り合いの心。
4)是非(ぜひ)の心…善悪を判断する心。
そして、この4つの心は、それぞれに「仁」「義」「礼」「智」の芽生えで、これらを大きく育てていけば、立派な人物になれるとあります。

★私達人間には生まれながらにして、神心を頂いております。日々み教えを頂いて、正しい心を養い、我情我欲をお取り払い頂いて、その尊い神心を磨き、発揮させて頂くことが大切です。そして、喜びを積み重ねてお礼の働きに努めさせて頂くのです。目の前の人のことを御祈念させて頂き、相手の助かりを願わせて頂くことを心掛けさせて頂いておりますと、自分自身の心が浄化され大きくなり、自分自身の魂が尊いものになっていき、そこに神様のお徳が表れてくるのです。会社に出勤させて頂く時も、会社を拝んでから会社に入らせて頂き、取引先でも相手の会社の発展を拝み、次に自分自身のことをお願いさせて頂くのです。

★家族・親族・周囲の方々の助かりを願わせて頂いておりますと、もっともっと広い世界が広がり、人も助かり、自分も助かる道が開けていくのですよ。

★『自分のことは次にして、人の助かることを先にお願いせよ。そうすると、自分のことは神がよいようにしてくださる。』

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2014年06月20日

●有難くさせて頂く辛抱

三代教会長伊藤良三師は、最晩年には車椅子を用いる生活となられ、ベッドにてご静養なさっておられる中で、入浴介助を受けられることとなられました。三代教会長先生は人の介助を受けるということが一番お嫌いなお方でありました。

62歳の時にくも膜下出血を患われ、40日間絶対安静の際にも、ご自分で立ってお手洗いにいかれたほどに下の世話になることや介助を受けることが耐え難い気質であられたのです。そのような三代教会長先生が、御晩年は生活の全てに人の介助を受けるということになられたことは大変なご修行であられたと思います。

また、三代教会長先生の奥様も24時間体制で三代教会長先生のお世話をつきについて手厚く看護なさったこともご修行であられたと思います。しかし、三代教会長先生も奥様も一言も不足を仰らず、お互いのことを祈り合われがら生活なさり、私達に大変有難いお姿を見せて下さいました。

★日々生活させて頂いている中で、誰しも何かしらご修行させて頂く所があるはずです。色々な立場で与えて頂いているご修行を有難くさせて頂く所に、日々新たに生まれ変わりながら成長させて頂くことができてゆくのです。意地を張ったり強がりからの辛抱は、本当の辛抱とは言えません。それは、我慢であり、もろ刃の剣となって相手も自分も傷つけます。「このご修行によっておかげを頂いてゆけますように」と神様におすがりしながらさせて頂く辛抱こそが、有難くさせて頂く信心辛抱となり、それこそがおかげに繋がっていくのです。

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2014年06月19日

●一番の宝

日々与えて頂いている生命、健全な心身は、何ものにも代えられない尊い宝です。他人やもの(動産・不動産)に頼るのではなく、神様を杖にさせて頂く生き方を貫いてゆくのです。

神様から日々有難い生命と健全な心身を与えて頂いていることにお礼を申し、一所懸命働いて精一杯お役に立たせて頂くことを心がけてゆけば、生活に必要な品物はいくらでも与えて頂けるのです。動産や不動産が全てのように考え、利歓打算、利害損得ばかりを考えて生きることは大きな間違いです。

★税理士をなさっておられたあるご信者が、ある大きな卸問屋さんの顧問先を持っておられました。お父さんのご時代は、実にしっかりとお仕事をなされて繁盛していたのですが、お父さんが亡くなられて息子さんに代替わりしますと、利己的な息子さんは相続税をごまかそうとなさったのです。ご信者はそれを見て息子さんに、
「修正申告をしましょう。神様の目はごまかせませんから、こういうことはしてはいけません。」
と忠告されましたが、
「あんたは私の敵か。税理士なら私の味方になれ!」と言われ修正せずに私腹を肥やしてしまったのでした。そしてその息子さんは、そのお金で土地を買って、大きな屋敷を建てられたのです。すると、何年か後に「丼池の大火」
と言われる大火事に遭われ、帳簿も金庫も持ち出せずに、家も全て焼け果てて土地も屋敷も手放さなければならなくなり、後にその家は絶えてしまうことになったのでした。

★まずは、一日一日お命を頂き、結構に働くことの出来る心と体を頂いていることに、お礼を申すことを全ての基本とさせて頂きましょう。そして、生まれながらに頂いている徳と力を生涯かけて磨きに磨き、立派なものにさせて頂くことを心掛けさせて頂くのです。動産・不動産といった財産は、自分自身の器に合ったように、神様から授けて頂けるようになるのです。

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2014年06月18日

●上利口、底鈍になるな

『人目の届かぬ陰で、わからぬと思って悪いことをしたり横着をしたりする者くらい、つまらぬ者はない。その時は得をしたように思ったり、利口なように思うておるじゃろうが、神様は見てござるから、つまりは自分の損になるのじゃ。上利口、底鈍になるなよう。』

★私たちは、神様に対して正直にならせて頂いているでしょうか?言い換えれば、うそをつかない生活ができているかということです。利害損得だけで考えれば得をするように思えることでも、神様はすべてご承知なのですから、人の目を気にするのではなく、神様のお目から見てお喜び下さるかどうかを考えて生活させて頂くことが大切なのです。人の目をごまかして不当に得た利益は、どこかで必ずそのめぐりが表に現れることになるのです。人が裁くのではなく、神様が裁かれるのですから、実意丁寧正直に地道にコツコツと進ませて頂きましょう。

★二代金光様は、信心させて頂くものに対して、3つのことを心掛けるように教えて頂きました。1、腹を立てないこと(自分中心に考えるから腹が立つのです。全ては神様のご神意が含まれている事だと悟り、思い分けをさせて頂きましょう。)2、うそをつかないこと。(人に対してだけではなく、神様とお約束した事をどこまでも守らせて頂きましょう。)3、盗みをしないこと。(借りた物を返さないということも盗みになります。また、給料泥棒にならないように、頂いている給料以上の働きをさせて頂き、お役に立たせて頂きましょう。)

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2014年06月17日

●真に有難しと思う心すぐにみかげのはじめなり

お礼を申す事が上手な人もいれば、不足を言う事が上手な人もいます。病気、災難の時にも、今おかげを頂いている事にお礼を申す事ができます。例えば、病気で手術が必要な時には「今のうちに間に合うように、神様が体の手入れをして下さっています。有難うございます。」とお礼が申せます。全快してからでなければお礼は申せないということはありません。さらに、家族が病気にかかれば自分の代わりに家族が病気になってくれていると思い、改まることもできます。

★他に、金銭の問題の場合は「神様が今のうちに改まりに改まって生活の送り方や金銭の扱いを見直し、将来は有難い家に生まれ変わらせて頂けるように願いをかけて下さっている。有難いことです。」とお礼を申し上げるのです。このようにお礼はいくらでも工夫して申すことができるのです。

★三代教会長先生は『神様は私に必要以外の何ものも与えず、長い人生に遭遇する一切の経験は、全て自分の本心の成長の為にあって、無駄な事は何一つない。元気な心で試練に堪えよ。例えそれが失敗であっても天災や病気や怪我であっても、或いはあらぬ中傷であっても、また気の進まぬ仕事であったとしても、何事も御神意と取り困難を困難とせず、明るく生き抜く覚悟を以てせよ。』と、自戒の言葉を残しておられます。

★三代教会長先生ご自身、親先生から大変厳しいみ教えを随所に頂かれました。晩年になられてから「私は親先生のみ教えに対して、一度も不足に思った事はありませんでした。」とおっしゃっています。すべてをご自身のご修行と決めておられたのです。自分にとってこれは有難い、あれは都合が悪いという選り好みは一切なされませんでした。

★全てを「今の自分にとって必要な事なのだ!」と有難く受け取り、お礼を申す事が上手な人こそがおかげを頂いてゆくのですね。
『真に有難しと思う心すぐにみかげのはじめなり。』

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2014年06月16日

●初心に帰る場所

 昨日は、御本部御礼参拝を天候その他万事にご都合お繰り合わせを頂き、1列車7輌バス7台での併用で団体参拝を無事運行のおかげを頂きまして、共々におかげを蒙らせて頂けましたことを厚くお礼申し上げます。

★私が御本部の学院でご修行させて頂いていた時のことです。近藤武野先生が御本部のお広前に参拝になっておられ、お帰りになられるところを丁度お会いさせて頂き、ご挨拶させて頂きました。そして、武野先生をお見送りさせて頂き、学院へ向かおうとした際、お広前係の先生が私を呼び止めて下さったのです。お広前係の先生より「今、お見送りされているあなたの姿を見せて頂きましたが、ここはこのようにした方がよろしいでしょう。」と教えて下さったのです。私は「教えて頂き、ありがとうございます。気が付きませんでした。」と御礼を申したことでした。私はいつも御本部御礼参拝をさせて頂く時、その場所を通る度に、そこでみ教えを頂いたことを有難く思い出させて頂き、初心に帰らせて頂いております。

★御霊地に参拝させて頂いて、初心に帰らせて頂くことが信心向上につながってゆくのです。1回1回の御本部御礼参拝というものがどれほど大切であるかということが分からせて頂けるのです。御霊地で御祈念、御用を通して、また参拝道中で信心の勉強をさせて頂くのです。そして常平生の信心を見直し、聞き直し、考え直しをさせて頂いてわが心を磨かせて頂きましょう。

★『ここは手習いして清書を持って来る所じゃ。うちで手習いして、ここへ来て清書を直してもらうのじゃ。』

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2014年06月14日

●全てを活かす在り方

 衣食住はもちろんのこと、生きていく上に与えて頂くものは、お金も時間も、全て神様からの賜り物です。

★二代教会長・伊藤コウ師は、「つもり貯金」をするよう常々み教え下さいました。これは、伊藤コウ師が竹本駒蔵師から教えて頂かれたことを、私たち信奉者にも伝えて頂いているものです。例えば、外でご馳走を食べたいと思ったとき、そこを辛抱して、外でご馳走を食べたつもりでそのお金を貯金に回す。そのようにして、日常の生活に差し支えることなく、無駄な出費を自然と省いて貯蓄する事の出来る、上手なお金の使い方が身についていくのです。また、お金の使い方の上にもおかげを頂かなくてはなりません。(1)過去へのお礼(2)未来への蓄え( 3)現在の消費生活(4)冠婚葬祭・交際費と4つに分け、御無礼の無いように使う稽古をさせて頂きましょう。

★また、人は神様の尊い氏子であり、神様から差し向けて頂いているのです。雇う側のコを積む在り方も大切です。例えば、人を雇った時に、真面目に働く人と、すぐに怠けて真面目に働こうとしない人とがいたとします。そんな時、不真面目な人に対して、「あんな人間は減給してやろう」とか、「早々に辞めてもらおう」というようなことばかりでは、経営者としての徳を積むことはできません。「神様のお徳によりまして、あの方の心が改まりますように」とお願いさせて頂いて、生活が出来るだけの給料は出すようにさせてもらう。

★それでは真面目に働く方が損をするのかというと、決してそうではありません。給料以上の働きをする人は、病気も減り、事故にも遭わないようにお繰り合わせ頂き、必要なものは手元に頂けるようになり、お金を使わなくても良いような結構な生活が出来るようになってくるのです。ですから、怠ける人や、役に立たないように思える人でも、その人の助かりを願い、その人材を活かすことを心掛けさせて頂きますと、自分の身にも徳を頂くことになるのです。

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2014年06月13日

●めぐりをお取払い頂く

私達人間は意識をして生活をしているのが2割、無意識の内に判断しているのが8割だそうです。そしてこれまでの出来事で忘れてしまっている事が多くあります。さらには、過去のご先祖の事や自身の前世の事は知り得ません。しかし、それらの過去の事は今の私達に影響を与えているのです。

★『前々のめぐりあわせで難を受けおる』と教祖様はみ教え下さっておられますが、過去・現在・未来を通しておかげを頂いていくためには、めぐりをお取払い頂かねばなりません。各自がその大きな役目を担っているという事を自覚させて頂く必要があります。その自覚をして働きをなさったのが、御隠居様であります。「私一代で、伊藤の家のめぐりをお取払い下さい。」と一心にお願いなされ、一つ一つの出来事の上におかげを頂かれました。

★親先生と三代教会長先生が自動車に乗っておられた時に、大きなトラックが車体をこすっていくという接触事故に遭われました。通常ならぶつかってしまったらお詫びをするのですが、その運転手の方は「急いでいます。」と一言おっしゃっただけでした。それに対して三代教会長先生は「お急ぎでしたらどうぞ行かれて結構ですよ。後はこちらで修理させて頂きます。」とすぐに解決なされました。後になって「あのように、誰も怪我をすることなく、軽く済ませて頂いたのは全くのおかげです。めぐりをお取払い頂いたのです。こちらが喜んで有難く修理させて頂いたらよいのです。」とおっしゃっています。

★相手があって起こる事故や怪我や難儀というものも、過去に積み重ねてしまっている自分のめぐりが他の人のめぐりとが出会って起きてくるのです。出来てきた事をめぐりのお取払いであると有難く受けさせて頂く心がおかげになってゆくのですね。

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2014年06月12日

●万物を有難く「いただく」

 蛇口をひねれば、いつでも安心して飲める水が出てきますね。そんな恵まれた環境にある私たちは、何の意識もせず当たり前のように毎日お水を使わせて頂いております。その使用の内訳は、4人から5人の家族で、シャワーやお風呂で95リットルから130リットル、洗面に使う水の量はおよそ45リットルから70リットルだそうです。そして総使用量の45%がトイレに使用とのことです。

★私たち人間は、神様の恩恵に授かり、天地の賜り物をただただ使わせて頂くのみで、人間が作り出すことは出来ません。お水だけでなく、空気も太陽のお照らしも、お土地もお家も、有難いことに天地のお働きの中に与えて頂いております。私たちは、全てのお恵みを天地の賜り物として使わせて頂いておりますから、毎日与えて頂いている万物を拝ませて頂く心持が必要です。洗濯をさせて頂く時も、お食事を頂く時も、お風呂に入らせて頂く時も、「今から天地のお恵みを使わせて頂きます。」とお礼を申して拝んで使わせて頂くのです。拝んで「いただく」ところにその賜りものに含まれているご神徳を体に取り込ませて頂くことが出来るのです。お仕事をさせて頂く時も拝んでさせて頂き、喜んで日々の家業に努めさせて頂くことが大切です。

★万物を有難く喜んで頂くということは、健康な体と健全な精神を保ち続けていく一番の元に繋がるのです。

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2014年06月11日

●先々結構にならせて頂くために…

初代教会長伊藤徳次師と二代教会長伊藤コウ師が京都の関係教会へ御礼参拝に行かれた際、コウ師が徳次師に「何か美味しいものを頂いて帰りましょうか?」とおっしゃいますと、

徳次師は「うちはまだそんな状態ではない、分相応にうどんを頂いて帰りましょう。」とおっしゃって、決して贅沢をなさらず、徹底して無理無駄ムラを省いてゆかれ、ご修行して下さいました。そうして、阿倍野教会は借家から百畳のお広前を購入させて頂くおかげを頂いたのです。

★私が中学生の頃、二代教会長先生が業務用のバリカンを私に買って下さいました。業務用で丈夫ですので壊れずに現在まで40年間使わせて頂いております。

二代教会長先生は「そのバリカンを使って床屋に行ったつもりで貯金をしなさい。」と仰いました。それは無駄を省くことを教えて下さったのです。

「小さなお金を簡単に使わずに、先々大きなお金が必要になったときに使わせて頂けるような人間になりなさい。小遣いばかり使うのではなく、大遣いができるようになりなさい。その為に、つもり貯金をしなさい。床屋に行ったつもり、映画に行ったつもり、旅行に行ったつもり…というようにしたつもりで貯金させて頂きなさい」とみ教え下さいました。

★そうして教えて頂いたことが、いまだに有難く思い出させて頂けるのです。現代の生活は、豊かで大変有難い生活を送らせて頂いておりますが、毎日何かご修行を定めて取り組ませて頂くことが必要です。

そのご修行は些細なことで良いのです。そうして改まらせて頂く部分が増えてゆくことが、後々結構におかげを頂いてゆく元なのです。
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2014年06月10日

●願いを大きく持つ

昭和の初め頃、東天下茶屋でお寿司屋を営んでおられた木下さんというご信者があられました。父親がお国替えになり、ご信者は、父親の後を継いでお寿司屋をしたいと思っておられましたが、その思いは戦争の混乱のために叶わず、全く別の職に就いておられたのでした。そこで、教会に参拝なさり、「私は今の仕事をいつまで続けたらよいのでしょうか。今の仕事が、将来の為に何の役に立つのでしょうか・・・」とお届けなさいました。

お結界の先生より、「ゆくゆくは、お父さんのお商売を受け継がせて頂けます様にと、神様にお願いさせて頂いたらよいのです。将来にむけての願いをしっかり持ちながら、今与えて頂いているお仕事を、実意丁寧に、正直親切にさせて頂きましょう。そして、『将来お店をさせて頂く時には、このようにさせて頂こう』と、心に思わせて頂いたことは、書き留めていき、将来の準備とさせて頂きましょう。そうしたあなたの働きぶりを神様はご覧下さり、『この氏子の願いは何としても叶えてやろう』と思って頂けるようになり、一番良い時にご時節を頂くことが出来るのですよ。」と、み教え頂かれたのでした。

★ご信者は、み教え頂かれた通りに、将来に向けた願いをしっかり持ちつつ、目の前の仕事を実意丁寧正直親切に、打ち込んでさせて頂かれるようになりました。するとある時、知り合いの方から、小さいながらに手持ちの貯金で手に入る物件を紹介して頂かれ、願い通りに店を持つことが出来られたのです。そして、後には大阪の目抜き通りに立派な店を構えるまでに、発展のおかげを頂かれたのでした。

★現在自分が置かれている状況がどんなものであったとしても、将来に向けて大きく確かな願いを持ち、生神金光大神様のお取次を頂きますと、不足心や心配にとらわれることはありません。願いを放さず、喜びに満ちて、今なすべきことを実意丁寧正直親切にさせて頂いておりますと、一歩一歩願いに向けて進ませて頂けることとなり、一番よい時節に願い成就のおかげを頂くことが出来るのです。

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2014年06月09日

●お礼のご信心

昨日はみかげ会例会にて、奥野氏の有難いおかげ話を聴かせて頂きました。お母様の代からのご信心を受け継がれ、毎月欠かさずにお宅祭をお仕えになられてお礼のご信心を進めておられます。


★ご信心のある方とご縁を頂かれ、奥野の家の婿養子として、それまでの会社務めを辞められて、お父様の家業である中央卸売市場の仲買業を共にさせて頂かれるようになりました。

しかし、その2年半後にお父様が突然に亡くなられてしまったのです。「これからは神様をご主人にして、自分は神様に使って頂くと思って、3年毎月のお宅祭を続けさせて頂きなさい。」とみ教えを頂かれ、謙虚な心で家業に務められ、問題が起こる度に神様のおかげを頂いて来られました。そして、お礼のお宅祭を今現在も続けておられます。


★奥様が2人目のお子さんを流産された際に、水子の御霊様をお祀りさせて頂き、教徒にならせて頂きたいと願われ、帰教式をお仕え頂かれ、教徒の列に加えて頂かれました。それは、お母様が長年願われていた事でありました。


★その後、おかげを頂かれ、長女さんを授かられたのですが、その誕生日である4日は、水子の御霊様の月命日でした。

長女さんは、生後すぐに心臓の先天性中核欠損症と診断され、塞がらない場合は手術が必要とのことでしたが、三代教会長先生の御祈念の元、おかげを頂かれて、1年後に自然に穴を塞いで頂かれました。

その月のお宅祭で、亨先生より、「心臓に病気が二度と再発しないように、願われるのであれば、この日をおかげ日として、一生お礼を申し上げましょう。」とみ教え頂かれ、今もお礼のご信心を続けておられます。


★毎月、お礼のお宅祭をお仕えになられる度に元気な心を頂かれ、一つ一つ出来てきた事をおかげにさせて頂き、立ち行いて来られました。その都度頂いたみ教えをずっと貫き通される奥野氏のご信心を見習わせて頂かなければなりませんね。
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2014年06月08日

●心配する心で心配りをせよ

天気予報でお湿りの予報が出れば、必ずお届けに来られるご信者があられます。そのお家は、お湿りになると雨漏りがし、周囲から雨水が集まってきやすいため床下浸水が起こりやすいお家なのです。そのようなお家ですから、毎日心配が尽きることがあられません。ですから、一回一回真剣にお願いなさって日々手直しを続けておられるのです。そして「この度、天気予報で雨の予報がありますが、どうぞ今回も大過なくお繰り合わせ頂けますように。」とお届けなさいます。そしてお湿りが通り過ぎた後には「今回も大過なくお繰り合わせ頂きまして有難うございました。」とお礼のお届けに来られるのです。

★『心配する心で信心をせよ。』と教えて頂いております。心配をしてあれこれ気を病むことなく、心配は神様にお預けして、おすがりさせて頂くのです。すると「今のうちに何が出来るだろうか、これをしておこう!」と先へ先へ心配りがさせて頂けるようになり、間に合うように準備がさせて頂けるのです。日々、新しくおかげを頂かねばならないことの連続ですから、もうこれで十分だということはありません。常に先の準備をさせて頂き、改まりを続けてゆくのです。すると、何の支障もなく過ごさせて頂くことが出来、安心した生活が送らせて頂けます。転ばぬ前に、準備を行き届いてさせて頂き、安心して喜びに満ち満ちた生活を送らせて頂きましょう。

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2014年06月07日

●自身がいたらないことのお詫び

私の娘が1才になった頃に、60pほど落差のある玄関の土間から落ち、左腕を骨折しました。事情を聞きますと、家内が夕飯の支度をしている際、土間に下りた家内の後をついて行って、落ちてしまったということでした。

家内の監督不行届きを責める心を抑えつつ、泣きじゃくる娘を連れて、家族三人で自宅のご神殿で御祈念させて頂きました。

日々の御礼とお詫びを申し上げた後、「只今は妻の監督不行届きで…」と心で申し上げた途端に、「お前はどうか…」と、神様が心に話しかけられました。「その時私は記念館で子供会の御用をさせて頂いておりましたので…」と申し上げると、再び間髪いれずに「お前はどうか…」と心に話しかけられたのでした。

★そこで初めて気がつかせて頂いたのは、娘が這い這いをし始めた頃から、土間に下りる廊下に柵を設けなければならないと思いつつも、「「倉庫の一番奥から大きな柵を出すのはなかなか大変だなあ」と思いながら先延ばしにしてきたことでした。

そのことに気が付かせて頂いた時に、心の底から「私が一番悪うございました。申し訳ございませんでした。」とお詫びを申すことが出来、「どうぞ娘の怪我が大事無く治らせて頂けますように」と、心静かにお願いさせて頂くことが出来たのでした。

病院でレントゲンをとって頂きますと、娘の左腕は単純骨折でしたので、以前と変わらないようにきれいに治るとの有り難い診断でした。

★早速、三代教会長先生に御報告させて頂きますと、「それは良かったですね。私はあの子が鉛筆を持つのも左、スプーンを持つのも左であることを前々から気になっていた。私は左利きだったので、右利きに直すのに苦労したので、どうぞ右利きになりますようにとお願いしておったのですよ。」と仰ったのでした。

★何か起きてきた時に、まず自分自身を省みて、自身がいたらないということを自覚し、自ら改まらせて頂くことが大切なのです。また、常平生からお願いさせて頂いておりますと、何か起きてきた時に「これがおかげである」と思わせて頂くことができるのです。
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2014年06月06日

●覚悟を決めたご修行の先に・・・

 阿倍野教会は布教当初から、「百畳のお広前・千坪のお土地を頂かせて下さい」と、願いを立てさせて頂いておりました。初代教会長先生、二代教会長先生は、その為にはどんなご修行もいとわぬご覚悟で、ご修行下さったのです。布教当初はお風呂がなく、夏は行水をし、冬にはお湯で絞った手拭いで体を拭いて身を清められました。

★「どうぞ、うちの風呂に入って下さい」と、ご信者からの申し出もあったようですが、ご信者のご好意に甘えることは決してあられませんでした。それは、与えて頂く環境は全て、願い成就に向けて神様から与えて頂いた有り難いご修行だと、頂いておられたからです。そのような尊いご修行のお徳によりまして、布教当初からの願いが成就させて頂かれたのでした。

★お願いさせて頂くということは、思うことは叶えてほしいと神様に申し上げ、後は自分は何も努力せずに待っておく、ということではありません。生まれてから今日までのお礼とお詫びを丁寧に申し上げ、願い成就に向けて最大限の努力をさせて頂けます様にとお願いさせて頂くのが、正しいお願いのあり方です。

★そして、「徳も力も足りない私ですが、どうぞ足りないところは足して頂きますように。どのようなご修行もさせて頂きますから、与えて頂いた役目をどうぞ果たさせて頂けます様に」と、覚悟を決めてご修行させて頂いた先に、願いが成就させて頂けるのです。人に心を向けて腹を立てたり、あるいは人をあてにしたりすることのないように、信心を細くても長く続けさせて頂いて、有り難く家業の行に励ませて頂きましょう。

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2014年06月05日

●心行をさせて頂く

工学博士のご信者様がこのようにお話下さいました。

「私は会社で仕事をさせて頂いている最中に、部下から手伝ってほしいと申し出があった時には『あなたが持って来て下さった仕事なら、私は喜んでさせてもらいます。』とまずは引き受けて、断らずにさせて頂きます。なぜならそこに必ず次の仕事のヒントがあるからです。

通常ならば、自分の研究もあるので、あなたの仕事はあなたがしなさいと言ってしまいがちです。しかし、ご信心を続けさせて頂き、み教えを聞かせて頂いて、だんだんと気づかせて頂いたことは、『出来てきた事はすべて現在最高の事、一番有難い事を神様が与えて下さっている』ということです。だから、たとえ部下から頼まれた仕事であっても、難問に全力で取り組ませて頂きます。すると、その出来事が後々になって、他の仕事と結びついていくのです。そのことに気づかせて頂いたので、職場では日々どんな仕事も有難くさせて頂く稽古をさせて頂いております。

職場での稽古を十分にさせて頂こうと思ったら、家でも稽古をする必要があります。仕事を家に持ち帰ってさせて頂いております時に、妻から用事を頼まれた時には、先にそちらを優先してさせて頂くように心がけています。一番甘えが出やすい家庭において、自分がご修行させて頂くつもりで、稽古をさせて頂きますと、職場でもすぐに対応させて頂けるようにならせて頂いております。」


★日々自分がご修行させて頂く事を決められ、それを稽古なさる心がまえを持っておられるのです。毎日の生活の中でのご修行である『心行』をさせて頂く事が、おかげを頂く元になるのですね。

『心行というて人を不足に思わず、物事に不自由を行とし、家業を喜んで働き、分相応に倹約をし、人に言わずに行えばこれ心行なり。』

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2014年06月04日

●一心とは迷いのないこと

私は、幼い頃より脱腸の症状がありましたが、おかげを頂いて小・中・高時代は何の支障もなく生活させて頂いておりました。ところが、大学生になってから寮に入ることになり、運動をしている最中に脱腸が起き、手術の必要ありと診断され、大阪の病院で手術を受けることとなったのでした。

★担当の医師はベテランの医師で安心しておりましたが、下半身麻酔をして頂いていざ執刀して下さったのは、若い研修医でした。ベテランの先生がインターンの先生に「このメスは切れないなぁ。」とか「そこは違うだろ。」とか「そこまでしなくて良い。」等と話しかけておられ気にかかる言葉が飛び交うので、大変緊張しました。「金光様…金光様…」とご祈念させて頂いておりましても心配がとれず、不安に駆られ、手術が終った時には、緊張のあまり自分で指を動かし開くことが出来ないほど強く手を握り締めていたのでした。

★後に手術室の看護師の方にお聞きしたところによりますと、研修医の先生だったので、30分で終わる手術を丁寧に念入りに処置をして下さったおかげで、これから再発の心配のないような手術をして下さったとのことでした。「金光様…」と御祈念させて頂いていたにもかかわらず、神様に一心におすがりできていなかったことを恥ずかしく思った出来事でした。

★一心とは、1)天地金乃神様に一筋に信心する。2)心に迷いを持たず二心にならないように。3)一心不乱、一所懸命に打ち込む。4)神様と一つ心になる。神様の願って下さる心と同じ心になるように。

★神様と一つ心にならせて頂けるように、日々神様に心を向け、一心がずっと続いてゆく信心をさせて頂きましょう。

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2014年06月03日

●周囲が助かる働きぶり

先日、あるご信者が「会社から評価表を頂きまして、自己評価よりも上司の評価の方が高い評価を頂き、最高点を頂きました。有難うございました。」とお礼申されました。その評価表には上司からのコメントが記されていたそうで、「大変優秀であり、仕事に対する姿勢、能率も高く優れており、周囲の人に対する心配りが素晴らしい。」ということだそうです。さらにその方は「私自身は、仕事に対する在り方が、現在の程度では足らないと思っております。まだまだ周囲の方が助かって頂けるような内容にはなっていませんので、もっともっと周囲の方が助かって頂いて、より一層皆さんが仕事の上で効率よく円満にお仕事が出来られるような、お役に立たせて頂きたいと願っております。」とお届けされました。

★また、その方は上司から「どうしてそのような考え方が出来るのですか。」と尋ねられ「私は金光教のご信心をさせて頂いており、阿倍野教会にお参りしています。」と話され、阿倍野のご本をその上司にさし上げられたのでした。上司の方は、「なるほど、こういう風に人のことを祈らせて頂くことを教えて頂いているのですね。素晴らしいですね。」と仰られたそうです。そのご信者は、行く所行く所で人から信頼して頂かれ、お仕事の上にも幅広くお役に立っておられるのです。

★神様が一番お喜び下さることは、人が助かって次々と有難い姿を見て頂くことです。結構な有難いおかげを頂き続けての毎日ですから、「どうぞ周囲の人々が助かる御用にお使い頂けますように。」とお願いさせて頂き、お導きの御用にお使い頂くことが神様の一番のお礼に繋がるのです。人の幸せを願って、人のお世話に心を砕いておりますと、自分自身のことは神様が一番良いようにして下さるのです。

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2014年06月02日

●真のご恩を知る

 いよいよ、上半期締めくくりの月となりました。後始末とは、行き届いたお礼とお詫びをさせて頂くことです。この半年を振り返らせて頂き、何もかもご都合お繰り合わせを頂き、今日こうして無事にお命を頂いていることを御礼申させて頂きましょう。また、頂いているおかげに対してお礼の足りないお詫びを申し上げ、神様のご機感に適う信心に一段一段進ませて頂きましょう。

★二代教会長先生は、「丁寧とは、どこまでやっても『もうこれでよい』と思わず、『まだまだ至らぬ、これでは申し訳ない』と何度でも心を尽くさせて頂くことです」とみ教え下さいました。同じ掃除をさせて頂くのでも、一通りさっと拭くだけの掃除と、心を込めて磨かせて頂く掃除とではまるで違いますね。また三代教会長先生は、「実意とは、今日まで頂いているご恩を自覚させて頂き、そのご恩に報いさせて頂けます様にと願わせて頂く心です。」とみ教え下さいました。天地の親神様のご恩、産みの親様に対するご恩、育ての親に対する様ご恩、国家社会のご恩等々、日々受け続けているご恩には限りがありません。

★まずは、限りないご恩の中に生かされていることを自覚させて頂いて、心から喜び、お礼を申させて頂きましょう。喜びに満ちて生活させて頂きますと、心も体も活き活きと元気になり、神様から頂いている能力を十二分に発揮させて頂けるようになるのです。そして、そのご恩に報いる働きをさせて頂けることを、どこまでも心掛けさせて頂きましょう。

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2014年06月01日

●素直な信心

慶応2年の年の暮に山伏が金光様のお広前を何度も荒らしに来たことがありました。教祖様は「これくらいのことを神様のお力で払いのけるのは、さしたることではない。それなのに、山伏がたびたび来るのは、神様がやりなさるのだから、私はいっこうに腹は立てない。」と、神様のさせなさるご修行として受け切られたのです。

★12月24日、高橋富枝先生が御神前で拝んでおられましたら、「大谷には山伏が来て荒らしたが、来春3月の7、8日頃にはお上へ通り、公に拝めるようになるから、酒と肴とを持って歓びに行け。」と神様からご裁伝(ご本人のお口を通してお言葉が下がる)がありました。高橋富枝先生は、すぐにその通りになされ、お広前に行かれますと、献納の提灯や絵馬・幕などが所狭しと置かれていた物が何もかも山伏に持って行かれ、ささやかに御神殿にお社がお祀りされており、涙が出るような光景でありました。涙を堪えて「結構なお煤(すす)払いでございます。」と持参されたお酒や鯛をお供えされました。

★すると、今度は教祖様のお口を通してご裁伝があり、天地金乃神様は「何千何百人とご参拝者はあるが、皆気のふさがるような事を言い、一人として神を勇め慰める者はない。其方はおさなき婦人ながらさきの歓びを言い立てて神を勇める。神も誠に喜ぶぞ。」と伝えられました。そしてその後、神様のお知らせの通り、3月にお上のお許しを頂かれて公に拝むことが出来られたのです。

★神様の仰せの通りに、素直に行動なされた高橋富枝先生のお姿を、神様がさらに喜ばれておかげを表して下さったのです。私達は目の前の事に不安ばかり感じてしまいがちですが、神様のお言葉を素直に受け、先の事を喜ばれた高橋富枝先生のご信心を見習わせて頂かねばなりませんね。
『信心は素直な信心をせよ。信心はしとやかな信心をせよ。』

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