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2014年03月31日

●分相応を過ごさぬよう倹約をする

昭和2年、旧広前が建築完成より、現在のお広前を建築するまでの30年間、二代教会長先生は、無理無駄ムラを徹底して省かれご辛抱して下さいました。二代教会長先生・三代教会長先生のご辛抱のお徳により、昭和32年に現在のお広前が完成しました。お広前が完成してすぐ後に、あるご信者が車をお供えされました。

その時に二代教会長先生は「あなたのお心だけ頂きます。今はお広前の建築が一段落して、全てを建築費に費やしましたので、車を使わせて頂けるだけの経済力がありません。それでは、宝の持ち腐れになり、勿体ないことになりますので、車は持って帰って下さい。お心だけ神様にお取次させて頂きます。」と仰ったのでした。

ご信者の中には「もらっておけばよろしいのに」と言う方もあったのですが、管理出来なければ車を無駄にしてしまい、人の心も無駄にしてしまいますから、二代教会長先生は受け取られなかったのです。

★中学生の頃、三代教会長先生が業務用のバリカンを私に買って下さいました。業務用で丈夫ですので壊れずに現在まで40年間使わせて頂いております。

二代教会長先生は「そのバリカンを使って床屋に行ったつもりで貯金をしなさい。」と仰いました。それは無駄を省くことを教えて下さったのです。「小さなお金を簡単に使わずに、大きなお金が必要になったときに使わせて頂けるような人間になりなさい。」とみ教え下さいました。

★そうして教えて頂いたことが、いまだに有難く思い出させて頂けるのです。分相応を過ごさぬよう倹約をするということはなかなか難しいことですが、分相応を分からせて頂けることは大変有難いことです。

全ての物を活かして使わせて頂くということは全ての命を大事にさせて頂くということです。『実意をもってすべてを大切に』『世話になるすべてに礼を言う心』を心掛けさせて頂けるような私達にならせて頂けますよう、日々使わせて頂く物を有難く使わせて頂きましょう。

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2014年03月30日

●御祈念してふと思わせて頂くこと

先日も嬉しく有難いお礼のお届けがありました。あるご信者が「ついうっかりしておりまして、こたつの上に置いていた二万円をなくしてしまいました。色々とあちらこちら探しましたがどこにも見当たりません。どうか出てきますように」とお届けされました。

★そして私は「必ずお家の中にありますから、一生懸命御祈念させて頂きましょう。」と申し、共に御祈念させて頂きました。すると、そのお方が洗濯物を畳んでおられる光景が浮かんできたのです。そして「家に帰ってよく探してみましょう。タンスの中に衣服と共に入っていますから、そこをよく見てみましょう。」とお話しさせて頂きました。

★すると翌日、そのお方がお届けに来られ「先生が仰った通り、衣服と衣服の間に一緒に挟んでタンスの中へなおし込んでおりました。本当に有難うございました。」と大変喜んでお礼を申されたのでした。私も大変嬉しく有難く、共に喜んでお礼を申させて頂いたことでした。

★「金光様」と一心に御祈念させて頂きますと、神様が私達誰にでも教えて下さるのです。小さなことから大きなことまで御祈念させて頂いておりますと、有難いおかげを頂く受け物が出来てくるのです。それには稽古が必要で、日々その稽古を積み重ねさせて頂いておりますと、日常卑近なところで神様から有難い体験をさせて下さるのです。生涯掛けて実意丁寧な信心を心掛け、何事に対しても真心で以て日常生活の上におかげを頂いて参りましょう。

★『山の中でもどこでも、道がわからず、どうするすべもない所へ行ったら、落ち着いて神様を拝んで、ふと心に浮かんだ方をうそと思わずに、その方へ進め。』
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2014年03月29日

●御霊の命は永遠である

私共は、阿倍野教会のご布教からのご信心を忘れないようにしております。そのことを忘れてしまいますと、勝手きままになり、間違った方向にいったり、自分がするという考えになったりしてしまうからです。

★阿倍野教会では、初代教会長先生がご布教から5年目、32歳でお国替えになられるまでご修行して下さり、「おかげやで、おかげやで」と仰ってお国替えになられました。そこからお若い二代教会長先生が願いをお継ぎになられご修行下さいました。

三代教会長先生は、二代教会長先生の補佐を徹底してなさられご修行下さいました。ご隠居様は「私が御霊になれば、表の御用も、裏の御用も付について守らして頂きますから」と二代教会長先生に伝えられたのです。そうしたお働き、ご姿勢を忘れてはいけないと考えています。

★あるご信者は、戦争によって2人の息子さんがお亡くなりになりました。しかし信心を離さずに、変わらず参拝されておられました。二代教会長先生に「息子は遠いところに出張にいっているのだと思っております。出張先から親孝行してくれ守ってくれていると思っております」と仰ったそうです。

それはそのご信者が「信心させて頂いて死生の安心を頂かねばならない。御霊は生通しである」というみ教えを心に頂いておられたからであると思います。御霊様になった息子さんのことを「お徳の高い御霊様になられますように」とお願いされておられたのです。

★御霊の命は永遠であると教えて頂いております。生きても死にても天地の親神様の御神徳の中で働いて下さるのです。神様、御霊様に守って頂くには、こちらが教えを守らねばなりません。ですから、私共のご信心が大切になってくるのですね。

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2014年03月28日

●神様とお約束をして

阿倍野教会の布教当初、二代教会長伊藤コウ師は徹底して無理無駄ムラを省いてこられ、毎月赤字のない生活を心がけられたのです。コウ師が小学校へ勤めておられる時には、月々のお給金は全て教会にお供えなさり、そのお供えは全て教会の家賃になっていたそうです。

教会に経済の余裕は一切ありませんでしたので、風呂屋へ行くことも始末して、夏は行水を使い、冬は手拭いでお体を拭くだけになさっておられたということです。そして人様に迷惑をかけることがないようにご自分達の生活をどこまでも切り詰めていかれたのでした。

食べられない時には食べない、着るものがなければ着ない、お風呂に入られなければ入らないという覚悟を以てご修行下されたのです。ところが、食べられないということは一度も無く、着られないことはなく、神様が立ち行かせて下さいましたことは真に有難いことです。

★しかしその様な厳しい状況であられた中でも、ご信者さんから「お風呂が沸きましたからどうぞお入りになって下さい。」と言って頂いても、絶対に甘えたりしてはならないと神様とお約束をしてご修行なさっておられたのでした。そして人に頼られることなく、神様に一心におすがりなさってご修行下されたことにより、現在の阿倍野教会があるのです。

★人様のご厚意に甘えて楽な方へ楽な方へ進んでしまいますと、これまで築いてきたものが崩れてしまい、間違った方へ進んでしまうのです。「何でも有り」は「何にも無し」ということになります。自分自身が神様とお約束をしてご修行させて頂き、覚悟を以て正しい道を歩ませて頂きましょう。

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2014年03月27日

●熱心な信心によって…

25日には、青年会学生会例会で池田氏より有難いおかげ話を聞かせて頂きました。池田氏は阿倍野教会で御用なさっておられます池田先生のご長男で、現在、阿倍野教会の修行生として夫婦で御用しておられます。

★阿倍野教会初代教会長伊藤徳次師のお父様であられる池田太市氏は、九州の吉井という所で熱心なご信心をなさった方で、息子・庄五郎氏(徳次師のお兄様)の尿の出ない病気を片道4里(16キロ)ある甘木教会へ病気平癒のため歩いて参拝され、全快のおかげを頂かれたのでした。

★池田太市氏は、吉井町から甘木教会へ参拝なさる途中、筑後川を渡って参拝されていました。小料理屋を営んでおられた太市氏はある日、生きた鯉をお供えさせて頂こうと、藁で縛って下げ持っておられたのです。川を渡られる際に渡し船に乗って、鯉が元気になるだろうと船べりから水につけたところ鯉が逃げてしまったのでした。

★太市氏は船頭さんにお願いをしてもう一度鯉が逃げたであろう所まで戻られました。すると、川の流れがあるにもかかわらず、その鯉が逃げたその場所にとどまって水面から一尺ほどの所にいるのを見つけたのでした。

そして、網で捕らえて甘木教会へお供えさせて頂くことが出来られた時に、先生が「御供えさせて頂きたいというあなたの真心が神様に届いていたのです。」と仰って下さったのでした。

★太市氏の4男であられた徳次師は16歳の時、兄の庄五郎氏の病気全快のおかげを頂かれた身代わりに、家中が助からせて頂く為に甘木教会にご修行に入られ、足かけ8年間御修行して下さり、伊藤コウ師と御縁を頂かれて23歳の時にご結婚なさって大阪に布教をなされました。

★太市氏の熱心な信心と、初代教会長先生の御修行して下さったお徳により、縁につながる多くの親族が戦時中の戦死者なしにおかげを頂かれました。また神戸の長田に住んでカメラ屋を営んでおられた親族の方は阪神淡路大震災で陳列したカメラが一つも落ちることなく、またガラス一枚も割れることなく無事のおかげを頂かれました。ご先祖の信心のお徳によって今日まで子孫の端々まで立ち行くおかげを頂いているのです。

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2014年03月26日

●神様の物差し

私達は、神様に使って頂くつもりで生活させて頂き、小さいことから大きなことまで御祈念させて頂いておかげを頂いてゆきたいと思います。

神様に心を向けると言うことは、自分の物差しを放して、神様の物差しで物事を測らせて頂く稽古が大切です。「あの人はなぜ〇〇をしてくれないのか?」と思ってしまうのは、自分の物差しであります。

★あるご婦人のご主人が次々と事業に手を出し、出しては失敗して借金が膨らみ、とうとう離婚してしまわれました。

そのご婦人は、子供さんを連れて大阪に出てこられた時に体中あちこちに病の症状があられましたが、阿倍野教会にご神縁を頂かれ、毎日お参りしてみ教えを頂き「このお道でおかげを頂こう。」と覚悟を決められたのでした。

徐々に「主人が私を苦労をさせた。あの人が悪い。」と不平不満・憎しみの心が消え去ってゆき、体の上にも次々とおかげを頂かれました。

★ある時、別れたご主人が「お金を貸して欲しい。」と来られたそうです。そのお方は「かわいそうやなぁ。」と思い、生活費を助けてあげられました。すると次には、女性を連れて現れました。その時に「今は、この方が私の代わりに苦労しているのだなぁ。かわいそうだなぁ。」と思うことが出来られたそうです。

そこまで慈愛の心で相手の事を祈れるようにおかげを頂いておられたのですね。晩年には「別れて先に亡くなった主人は、このお道にお導き頂き、私にとっては恩人です。」と仰るまでに心が変わられたのです。

そして、90歳を超えるまで御長寿のおかげを頂かれました。お徳を頂かれる働きをされ、自分自身も助かり、周囲も助かるという生き方になられたのでした。まさに、ご婦人が神様になられたように見えるほどの、別人に生まれ変わられたのです。

★教祖様は『心の凝りをとりなさい』とみ教え下されましたが、恨み憎しみ仕返しの心を取りなさいとみ教え下されておられるのです。日々神心を磨く信心の稽古によってめぐりをお取り払い頂く為に、日参と聴教に励ませて頂くことが大切です。

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2014年03月25日

●思い分けの出来る賢さ

あるご信者のご主人が一生懸命お仕事をなされ、奥様が熱心にご信心なされ、有難いことにたくさん貯蓄が出来たと喜んでおられました時、ご主人が人に騙されて出資をしてお金を失ってしまわれました。

そんな状況でもご信者は、「この度は結構なおかげを頂きました。今日までのめぐりの一部分をこうしてお金でお取り払い頂きました。御先祖様を金光教に改式して頂きたいと考えていたのですが、主人は迷っていました。

ところが、今回の件について主人を一切責めずに『あなたが信心して下さったら嬉しいです。』とだけ伝えましたら、主人も快諾して下さり、帰教式も仕えて頂こうと仰って下さったのです。お金は無くなりましたがそれ以上のおかげを頂きました。ありがとうございます。」と大変喜んでお届けをなさいました。

★その後、ご主人が交通事故を起こしてしまわれました。女性をはねてしまい相手の方は足の骨を折る怪我をなさったのです。そんな時でもご信者は「私の家はめぐりの深い家でございます。今、主人の足が折れても働けませんし、私の足が折れても3人の子供の世話があって困ります。

わが家のめぐりの為に、私達の代わりに相手の方が痛い目に遭われて申し訳ないことでございます。どうぞその方に誠心誠意尽くさせて頂いて十分なことがさせて頂けますように。またこれによって一層改まってご信心が向上出来ますように。」とお届けをなさったのです。

★それから朝昼晩と参拝し、教会のお掃除の御用をなされ、相手の入院なさっている病院には、朝晩2回お見舞いされ、食事のお世話や身の回りのお世話を一生懸命なさいました。相手の方がどんな無理難題を申されても愚痴不足は一切言わず、受け切られて誠心誠意尽くされました。

そうすると相手の方から「あなたのような方が事故の相手でよかった」と仰って頂けるようになったのです。相手の方は全快なされ、入院費や治療費も全て出された上で、また貯蓄が出来るほどお仕事の上にもおかげを頂かれたのでした。

その後に多くの方々を真心こめてお導きなされ、多くの方々の助かりに寄与なさったのです。

★何事も喜んで受け切られ、先頭に立ちご修行をなさったご信者の徹底した姿勢が、おかげを頂く基となられたのです。起こってきた出来事をおかげの材料にさせて頂き、思い分けの出来る賢さを身に付けさせて頂けますよう、ご信心を進めさせて頂きたいと思います。

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2014年03月24日

●お気づけ

10歳の娘さんとそのお母さんが、二代教会長伊藤コウ師のもとへお届けに行かれ「先生、子供が耳が痛いと泣いております。どうぞ早く治りますように。」とお届けされました。

するとコウ師は「あなたは人が名前を呼んで下さっても、お母さんがお手伝いを頼んで下さっても、自分に都合が悪い時や、面倒臭いと思った時は、ちっとも返事をしないのではありませんか。聞こえていながら、聞こえないふりをしていませんか?」と尋ねられました。

するとお母さんが「その通りです。いくら呼んでも最近はちっとも返事をしません。」と答えました。

★そこでコウ師は「お嬢ちゃん、そこをお詫びさせてもらいましょうね。呼んでもらったら、直ぐにお返事しましょう。お返事は大切ですよ。耳が痛いというのは、そこを改まるように神様が教えて下さったのです。これからは呼んでもらったら直ぐに返事をさせてもらいましょう。神様にお詫びして、鼓膜にも傷が付かずに聴力にも影響なく、早く耳が治るようにお願いしましょう。」と娘さんの左耳に御神酒を吹かれました。

そして「今から家に帰ってしばらく休ませて頂きなさい。その間にきっと神様はおかげを下さいますからね。」と仰られたのでした。

★それから家に帰って休まれ、夕方目を覚まされると耳の中がコソコソと音がし始めたのです。そこで耳鼻科に行かれると、何と耳に虫が入っていたのです。お願い通りに鼓膜にも傷つかずに、大したことにもならず親子とも大変喜ばれたのでした。

そしてその娘さんが「親先生の言われた通りやね。これから私、呼ばれたらすぐにお返事します。そうしなかったら今度は耳に何が入ってくるかわからない。神様は怖いからね。」と改まられたのでした。

★出来事を通して何を神様から教えて頂いているのか、ということを悟らせて頂かねばなりません。小さなことすべてが信心の材料となります。お気づけと有難く頂いて改まり、生活に即した信心にならせて頂きましょう。

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2014年03月23日

●現在の環境を大いに喜ぶ

物事が都合良くいった時は自分の手柄にしてしまい、物事が都合良くいかなかったときは、環境や人のせいにしてしまうことがあります。

★1)土地に惚れる・・・住まいさせて頂いているお土地、商売させて頂いているお土地を、「これ以上ない結構なお土地で有り難い」と、喜ばせて頂く。

2)仕事に惚れる・・・神様から与えて頂いたお仕事を「天職だ」と喜び、地道に励ませて頂く。

3)家族に惚れる・・・神様から授かった家族ですから、「こんな有難い家族はない」と喜ばせて頂く。これらを三惚れと教えて頂いております。

★阿倍野教会は大正8年、巴通り(現在の近鉄百貨店南側)に布教の第一歩を印されました。しかし近くのお教会より「教会設立の願いがあるならば、8丁離れなければなりませんので、他へ移って下さい。」と言われました。

初代教会長先生はそのお言葉を有り難く受けられ、吉野通り(阿倍野区)へ移られ、現在の阿倍野教会を設立させて頂く事が出来ました。当時の吉野通りは人通りが少なく、野原や松林ばかりの場所であられたそうですが、現在はお教会の前に大きな道路ができ、立派な住宅街に発展し、とても有難い場所で御用させて頂いております。

もしもそのまま場所を移らなければ、現在の巴通りはとても栄えて人通りが多く、祭典が仕えられない等の場合もあったかもしれません。「他へ移って下さい」と仰って頂き、初代教会長先生が受け切られ移らせて頂かれたことが大変なおかげでありました。世の中は釘づけではありませんから、神様が先に良い方へ良い方へと導いて下さったのです。

★私達は何もかもを神様が整えて下さり、ご神徳の中で生かされて生きています。食べ物を頂く時でも、咀嚼(そしゃく)をして飲み込んだ後は、私達が意識せずとも、内臓諸器官が消化・吸収して下さいます。

また、体の中でも代謝があり、古くなった細胞は体外へ排出しなければいけませんから、消化された食べ物と一緒に便として排出されます。体の働きを見ましても、「自分がしている」と言えることは本当に少ないですね。

現在の環境を大いに喜び、全ての出来事は神様のお恵みがあってのことと、有難く喜んで受け切ってゆける私達にならせて頂きたいと思います。

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2014年03月22日

●過去・現在・未来をも助かるご信心

昨日は、天候初め万事にご都合お繰り合わせ頂きまして、春季霊祭をお仕え申し上げることが出来ました。共々に教徒・信徒の御霊様に御礼を申し上げ、ご霊徳とご安心をお祈り申し上げさせて頂きましたことは、真に有り難いことでございました。

★今日、私達が一生懸命ご信心に励ませて頂き、御霊様の助かりをお願いさせて頂くことにより、我が家の過去の何千、何万という御霊様方が助かって頂けるのです。

さらに現在の自分自身がおかげを頂くことはもとより、未来の子孫の端々までもが助かってゆくおかげが頂けるのです。

また、それぞれのお家にご先祖が必ずあられますから、ご先祖を丁寧にお祀りさせて頂き、徳高い御霊様となって頂かれますよう、一年に一回二回といわず、毎月でもお宅祭を仕えさせて頂きましょう。

遠方の方でしたら、それぞれのお家の状況にあったように、一歩でも進ませて頂けますよう、工夫させて頂きおかげを蒙らせて頂きましょう。

そして日々のお届けで、お献備に御霊様のお名前を書かせて頂き、霊徳と安心のおかげを蒙られますよう、生神金光大神様のお取次によって天地金乃神様の御神徳を蒙られますようお願いをさせて頂きましょう。

★今日一日・今この瞬間を大切にしていくことによって、過去も現在も未来をも助かることが出来、良い方へ展開させて頂けることが出来るのです。日々、コツコツとご信心を積み重ねさせて頂き、おかげを頂く近道を歩ませて頂きましょう。

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2014年03月21日

●本日は春季霊祭です!

本日は、昼2時より春季霊祭をお仕え申し上げます。教徒・信徒共々にご先祖の御霊様に御礼を申し上げ、ご霊徳とご安心をお祈り申し上げましょう。私共は、生神金光大神様の御取次を頂きまして、生き死にを通して天地金乃神様の御神徳を蒙らせて頂ける、有難いお恵みを頂ける生活であることは真に幸せなことです。

★昨日は、お広前の大掃除をさせて頂き、祭典の準備をさせて頂きました。祭る心が大切であると教えて頂いています。それは、待つ心でもあります。ただ待っているのではなく、心を込めて準備させて頂くことが大切なのです。

★自分の心を改め磨くつもりで掃除をさせて頂くことを洒掃といいます。金光教学院では洒掃をさせて頂く時間があります。春には桜、秋には落ち葉等といった葉が地面に落ちます。それをほうきで掃いて洒掃させて頂くのですが、掃いても掃いても、落ちてきます。きりがないように思ってしまいます。しかし、それは間違いで、決められた時間の中に真心込めて、お礼とお詫びを申し上げながらさせて頂くのです。

★毎日お世話になり続けながら、お礼も足りず、お詫びも足りない中を神様にご辛抱して頂いているのです。少しでもさせて頂かなければならないと思わせて頂かなければ、ご無礼が積もってゆくばかりです。いずれ落ち葉もいっぱいに積もってしまうのと同じです。私共の信心によりまして、過去のご先祖まで助かって頂けます様なご信心を進めさせて頂きたいと思います。

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2014年03月20日

●虚を以て心を養う

あるご信者が二代教会長・伊藤コウ師のもとへ「嫁に正月用に綺麗な着物を買ってあげてもひとつもお礼を言いません。」とお届けに来られました。コウ師は「それはあなたが普段からお嫁さんに対してお礼の心が足りないのではないですか?お嫁さんのお礼が足りないのではない、あなたのお礼が足りないのです。」と仰ったのでした。

ご信者は心から合点され「結構なみ教えを頂きまして、ありがとうございます。申し訳ございません。私の真心が足りませんでした。心がすっきりいたしました」と御詫び申されたのでした。コウ師は大変喜ばれ「あなたは日々み教えを頂いているので、私の言った事がすぐに分からせて頂けるのですね。有難いことです。」と仰ったのでした。

★それからご信者は一生懸命お礼を申して喜んで生活され、日参と聴教を重ねられ、円満な家庭を築かれて子孫繁盛のおかげを蒙られました。そして、88歳の米寿のお祝いの席で、子供さん、孫さん等の前で「これからは子ども孝行をさせて頂きます。」と挨拶をなさいました。

それからも一人で暮らされ、家事全般自分の事は自分でなさって、なるだけ子供さん方にお世話をかけないように心掛けて生活なさったのです。おかげを頂かれて100歳10ヶ月の天寿を全うされました。

★求めてみ教えを頂かなければ、練り直すことも出来ないですし、受け物を作ることもできません。ましてやそのみ教えによって心を打つこともないでしょう。「虚を以て心を養う」とありますように、心を空にしてみ教えを頂くことが必要です。そして日々求めてみ教えを頂き、有難く頂く受け物を作らせて頂きましょう。

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2014年03月19日

●後始末とはお礼のご信心

私達は日々どのような生活をさせて頂きましたら、身心が健康で、家庭が円満で、子孫が繁盛する有難い家に作り変えて頂けるのでしょうか。

★戦時中のこと、二代教会長伊藤コウ師は、一時的に居住する場所として貸家を紹介して頂かれ、案内して頂かれたのです。

ご夫婦共が学校の教師をなさっている家庭でありましたが、間取り等を実際に見せて頂かれますと、まだ生活なさっておられる状態だったようです。

玄関や玄関に近い部屋は綺麗になさっておられるのですが、風呂場や洗濯機のある場所などには、1週間以上の洗濯物がそのまま置いてあったりと、片付けが全く出来ておられなかった様子でした。

「自分の体は、毎日お風呂に入らせて頂き、清潔な下着を着けさせて頂かないと気が済まないということでも、その後の後始末が出来ていないとはなんとご無礼なことか。荒地荒屋敷とはこのことだ。一事が万事でこんなことをしていては結構になるはずがない、病気になってもおかしくない」と感じられたのでした。

★後片付けが出来ていないということは、すなわちお礼の信心が出来ていないということです。先ほどのお話でしたら、使わせて頂いた物に対してのお礼が申せていないということです。

物に対してのお礼が出来ていないという事は、家・土地に対するお礼も出来ていないのです。こう言ったあり方では、自分で不健康・不健全・不自由を生んでしまうことになります。

★使った物を片付ける事も大切ですが、毎日使わせて頂いている体を整えさせて頂くことも大切です。自分の体を使わせて頂いたお礼に手入れをします。お風呂に入らせて頂き、清潔に整えさせて頂き、使わせて頂いたお礼を申します。

また、健康な身体を保つ為にも普段運動をしていない人が体を鍛えさせてもらうことは、体の手入れをすることにもなります。

★体の手入れをして鍛えるにも御礼の掃除をさせて頂くことで、それを心がけておられるご信者があります。ひどい肩こりで頭痛がし、寝込まなければならないような状態だったのです。

そのご信者は、お結界で「毎日家のアルミサッシのガラスをふかせて頂いて、両手を上にあげて動かして肩の筋肉を鍛えましょう。それを1週間もすれば痛まなくなりますよ。御礼を申しながら、ふかせて頂きなさい。」とみ教え頂かれました。

現在は家だけではなく教会に参拝させて頂いた時に自発的に雑巾持参でサッシのガラスふきの御用をなさっておられます。

そうすると手形で汚れている所が多く見つかり、「これは自分の子供が普段汚している後始末をさせて頂いていることになるなあ」と気付かせて頂かれたのです。結局自分のしてきたことの後始末に掃除、洗濯等、すべての家事をさせて頂いていることになるのです。

★後始末はお礼の信心であり、お礼の信心が出来ていなければ、バランスが取れていきませんね。ご信心させて頂いておかげを頂いてゆくには、後始末を大切にさせて頂きたいと思います。

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2014年03月18日

●当たり前ではない日々の生活

平成7年1月17日、19年前阪神淡路大震災が起きました際に、1月19日に私はご信者と共に被災地へ救援物資を届けに行かせて頂きました。

被災地では倒壊している家屋が多く、道路も通れず阪急の線路の上を西宮北口から芦屋まで歩いて行きました。被災直後のことで被災地ではお風呂など入れる状態ではなかったですし、毎食がおにぎり1つ頂けるだけで有難い状況でした。

その時私は神様に「一生涯、不平不足は思いません。」とお約束して帰ってきました。しかし、今日振り返って考えますと、不足を一切思っていないかと申しますと、あの時お約束したのに申し訳ないことだなと思うばかりです。

★あれが足りないこれが足りないと申しているということは、与えて頂いている生活を当たり前と思っているからです。食事があるのも当たり前、家があるのも当たり前、電気がつくのも当たり前、着る服があるのも当たり前と思っていますが、いざ少し状況が変化しただけで当たり前であったことが当たり前ではなくなります。

水道が止まり、ガスが止まり、電気が止まりますと、どうなるでしょうか。そういった状況になって初めて、今までの生活が当たり前ではなく有難かったなぁと思えるのでは、遅いのです。結構な生活を与えて頂いておりながら、私たちの信心はどこまで確立され、成長しているでしょうか。日々変わらずに生活させて頂いていることにしっかりと御礼を申し上げ、本当の信心に一段一段進ませて頂きましょう。

★『八寸のものを一尺にして喜ぶものには、足りぬだけは神が足してやる。』
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2014年03月17日

●常日頃から先々の為の備えを

昨日は、天候初め万事万端のご都合お繰り合わせを頂きまして、御本部御礼参拝をさせて頂くことが出来、真に有り難いことでございました。

★先日14日午前2時頃、愛媛県付近で震度5強の地震が発生しました。その後も、体に感じる程度の地震もあれば、感じないほどの地震も全国各地で発生しており、私達ほとんどが気が付かないところで常に地震は起こっているのです。

毎日何事もなかったかのように生活させて頂いておりますが、何かある中を無事安全にお守り頂き生活させて頂いているのです。

それを無事と言っているのですが、何か事が起こってきたときにすぐに対応出来るように、常日頃から準備をさせて頂かねばなりません。

★『心配する心で信心せよ。』とみ教え頂いておりますように、今何をさせて頂かねばならないのか、今のうちに何を準備させて頂いたら良いかを考え、準備させて頂く努力や工夫を怠らずせねばなりません。

★自分自身がしっかりと神様におすがりさせて頂き、おかげを頂いてゆくのです。誰か他の人が代わりにしてくれるものではありません。

今、先々の為にしなければならないことは何かということを常に心掛けて考えさせて頂き、常に心中御祈念させて頂き、心に思わせて頂いたことをすぐに実行させて頂くのです。

そして、日参と聴教に励ませて頂き、身に徳を頂いて、様々なことが起こってくる中をご都合お繰り合わせ頂いて参りましょう。

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2014年03月15日

●御礼の信心・御礼の御用

先日、神様のお知らせであったのでしょう。下水が詰まっているところはないか、今のうちに調べて頂こうと思わせて頂いたのです。

北の境内にあるお手洗いから東苑、西苑、真栄根館、南の境内、台所、記念館というようにすべての下水を水道屋さんに調べて頂いております。以前に南の境内地でずいぶん土管が割れて木の根が入り込んでいた所がありましたが、詰まって水が流れなくなりビニール管に取り換えました。

そのビニール管がつないである会所に木の根がセメントを割って入り込んでいたのです。そして下水が流れない状態になりつつあった所を見つけて頂きました。詰まって流れなくなる前に修理して頂いたことは有難いことでした。まさに神様のおかげです。

★身体でもお取り払い頂くからこそ、物を頂いて健康を保たせて頂けるのです。腸閉塞になりますと、水も何も頂けなくなりますね。

二代教会長伊藤コウ師は「恩詰まりは徳切れになります。しっかりと御礼のできる人間にならせて頂かねばなりません。御礼の信心が大切です。」とよく仰っておられました。

今日までおかげを頂いてきた御礼に参拝、御礼の働き、御礼のお導きというように、御礼の信心・御礼の御用が神様のお喜びになられるもとです。それが、次のおかげを頂く受け物を作らせて頂き、連続して物事が成就してゆくのです。

★『信心信心というても神様に頼むばかりが信心ではない。知らず知らずのご無礼のお断りもせねばならず、日々蒙っているおかげの御礼を申さねばならず、もちろんのお願いもせねばならんが、御礼が足らんのはご無礼ぞ。ご無礼を重ねてどうしておかげになるものか。人があほうじゃというてもかまわん。丁寧にしなさい。神様がお利口じゃと可愛がって下さる。神様に可愛がってもらう方がよいぞ。』

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2014年03月14日

●症状があっても病人にならない

先日あるご信者の告別式をお仕えさせて頂きました。84歳4ヶ月でのお国替えであられました。

ご信者は平成10年2月3日に白血病で入院なさり、医師に「余命数年」と診断を受けられ同年の2月28日に退院なさったのですが、有難いことに16年もお命を延ばして頂かれたのです。退院後もずっと参拝を重ねられ月例祭・御本部お礼参拝も欠かさず参拝なさっておられました。

★その間にご主人が脳梗塞にかかられましたが、しっかりお世話もさせて頂かれ、ご主人も脳梗塞から19年おかげを蒙られたのでした。ご主人は発症当時は手足がなかなか動きにくい状態であられたのですが、歩いて御本部参拝が出来られるまでに回復のおかげを蒙られたのでした。

ご夫婦共に熱心なご信心のお徳によっておかげを頂かれたことだなあ、としみじみ有難く感じながら、有難いご一生を祝詞で振り返り奏上させて頂きました。また、ご夫婦には子供さんがあられませんでしたが、お姉さんの三男さんを養子に頂かれ、そのお方がしっかりと親孝行なさり、跡継ぎもなさっておられるのです。

★ご信者は病気の症状があられましたが、決して後ろ向きではなく、ずっと前向きな考え方をなさっておられました。元気に参拝され必ずお届をしてお取次・み教えを頂かれ、内膳部で長年御用をして下さっていたので、参拝のお徳・御用のお徳を頂かれていたことと思わせて頂きます。

★ご信心させて頂いて有難いことは、めぐりを取って頂いて身に徳を頂かせてもらう生き方に変わらせて頂くことですね。病気の症状があられましても「私は病人にはならない!」と言う心構えが大切です。

「自分のことは自分でさせて頂き、人のお世話もさせて頂こう!」と、自分のことだけでなく人のお世話に心を向けさせて頂けることは、どれほど有難いかと思わせて頂きます。

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2014年03月13日

●先に楽をとるのではなく、後に楽をとる

三代教会長先生の奥様は、実母が亡くなられた後の小学校4年生の御時に東京より1人で阿倍野教会に入所されました。10歳になる以前から、二代教会長伊藤コウ師のもとでご修行され、コウ師を初め三代教会長先生や御用なさる先生方のお食事を作られ、着物・羽織・袴の縫い物、布団の打ち直し等、全て教えて頂かれ身につけられて御用なさってこられました。

★22才で三代教会長先生と結婚なさった後のことです。奥様がコウ師に「両親の元へ顔を出して親孝行させて頂いてよろしいでしょうか。」とお伺いされました。すると、コウ師は「10年辛抱しなさい。」と仰られました。

奥様はそのみ教えを素直に守られて10年辛抱なさった後、同じことをお伺いされました。するとコウ師は「もう10年辛抱しなさい。」と同様のみ教えをされました。20年辛抱なさった後に再度お伺いされましたら「もう10年辛抱しなさい」と仰ったのでした。そして奥様は30年辛抱なさったのです。その後に関東からご両親を呼び、大阪で暮らして頂いて十分にお世話が出来られるようになられたのでした。

★コウ師は奥様に常々「今はあれもしたらいかん、これもしたらいかんと言われているように思うけれど、先々は必ず結構にならせて頂くからな。私が請け負ってあげます。先に楽をとるのではなく、後に楽をさせて頂くのです。」と仰せになっておられたのです。奥様は厳しいご修行の中でも、今日まで出産以外一度も入院なさることなく日々お元気で御用して下さっております。

★『井戸水は清水になるまで、病気災難はその悪い根の切れるまで一心に天地金乃神様へ願い、まめで繁昌する様に元気な心で信心をしなさい。』

★ご修行なくして根の切れることはありません。時間がかかり、手間がかかるのです。三代教会長先生、奥様がご修行下さって子、孫、ひ孫と三代先までが結構な生活を送らせて頂いております。

しかし、奥様は「こんなに至らない人間が二代教会長先生、三代教会長先生にご辛抱頂いておったのです。当時は自分が一番辛抱していると思っておりましたが、今振り返ってみますと、私ほど辛抱して頂いていた人間はいないと思うようになりました。」と仰っておられるのです。

先を楽しみにしたご信心を共々にさせて頂き、ご修行に励ませて頂きたいと思います。
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2014年03月12日

●常の信心・常の地肥

東日本大震災が発生し、11日で3年が経ちました。これまで1万5884人という多くの方々がお国替えされ、未だに3千人近くの方々が行方不明になっておられます。

この3年間、亡くなられた霊神様のご霊徳とご安心、更に被災地の方々の助かりと立ち行き、被災地の早期復興をお願いさせて頂いてまいりました。

21日の春季霊祭にも心を神様・霊神様に向け、真心込めてご奉仕させて頂き、引き続き助かりと立ち行きをお願いさせて頂きたいと願っております。

★様々な出来事が起きてきた事に、行き届いて実意丁寧に対処させて頂く為には、常の信心が大切であるという事が分らせて頂きます。また大難を小難に、小難を無難におまつりかえ頂くためには、常日頃から日参と聴教に励ませて頂き、信心の地を肥やしてゆくことが肝要です。

すると「今一番何をするべきか?」「何を一番大切に考えお願いすべきなのか?」ということが分かるようになってくるのです。そして生活の中に改まりが生まれ、何かことが起こってきたときに間に合うようにして下さり、先々の為に準備をさせて頂けるようになるのです。

★地域社会でも家庭でも職場でも様々なことが起こってくる毎日ですから、油断せずに小さなことから大きなことまでお願いさせて頂きご都合お繰り合わせ頂きましょう。

★『時の信心より常の信心。時の追い肥よりは常の地肥。時のお百度参りよりはその日参りにおかげを受けるがよいぞ。』

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2014年03月11日

●信心を基にした勉強と御用

先日は、今年度最終となる3月の子供会日曜例会が開催されました。小学6年生の方々は、中学に上がられますと、学生会に入られます。学生会は、今日までお育て頂いてきたご恩を分からせて頂き、お役に立つ人間に成長させて頂くようにという願いのもとにあります。

今日までお世話になりましたお礼に今度は自分たちがお礼の御用に励ませて頂くことを教えて頂きます。そうして、信心を基にした勉強と御用を進めさせて頂けるように教えて頂くのです。

★「聡明才弁は是れ第三の資質である。道に基づかない聡明才弁ほどおそろしいものはない」人が勉励させて頂くのも、自分の為、より良い方向へ成長させて頂く為ですし、将来を切り拓いてゆく為に必要なことだから勉強努力するのはもちろんのことです。

しかし、「良い学校に行き、立派な企業に就職し、裕福な生活を送るため」というようなことであったら、あまりにも自分中心で、目先のことしか考えられていませんね。神様の氏子として、天地自然との関わりを大切にし、社会全体の助かりを祈って、お役に立つ働きをさせて頂くことを目標にさせて頂くのが、信心に基づいた勉強のあり方です。

そして、人でも物でも、関わりあるもの全てを拝んで、お礼申すことを心掛けて生活させて頂くと、神徳、人徳、学徳を身に頂く事が出来、真に豊かな生活を送らせて頂けるようになるのです。また、心中御祈念させて頂いておりますと、油断なく平静に物事を正しく判断し、実行させて頂くことができるのです。

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2014年03月10日

●ご祈念して今日一日を大切に打ち込んで為すべきことをさせて頂く

先日、公立高校の受験を数日後に控えた中学3年生のご信者が祖父母とお届けに来られました。少し内申点が足りないと言うことで心配しておられたのです。そこで、勉強前後のご祈念文をお渡しさせて頂きました。

そこには、(1)神様・霊様・家族のおかげで勉強させて頂けます。有難うございます。
(2)今日までお育て頂いたお礼の勉強が出来ますように。

(3)時間を大切にし、集中して出来ますように。
(4)読み違い、書き違い、考え違いのありませんように。

(5)神様より与えて頂いている能力を十二分に発揮できますように。
(6)親孝行ご恩返しお礼の働きが出来ますように。
(7)世のお役に立つ人間にならせて頂けますようにお願い申し上げます。との内容が書かれています。

★「今日を含めて後数日間ありますが、数日間では大したことは出来ないと思ってしまえば、人間はそれ以上前に進まなくなってしまいます。数日間もあると思えば、その数日間一日一日を大切にして打ちこんでさせて頂けます。

そうしますと、どれほどたくさんの事がさせて頂けますでしょうか。また、内申点が10点足りないと言われた事ばかり気にして、テストで人より10点多く取らなければ追いつかないと思っているとプレッシャーになってしまいます。

そういう時こそもう駄目だとか不利だとか思わずに、何が何でもおかげ頂けますようしっかりご祈念してさせて頂きましょう。ただし、先にお願いするのではなくお礼を先に立てるのですよ。」とお話しさせて頂きました。中学3年生のご信者もよく理解して下さいました。

★金光教のご信心は、私達氏子一人一人が神様から与えて頂いている能力を十二分に発揮出来るようにお願いをさせて頂く信心です。神様から無限の能力を与えて頂いています。

その様々な能力をしっかり開花させて最大限表に現してゆけるようお願いさせて頂くのですから、「もう出来ない」「もう駄目だ」と言う不成心を持たないようにしてご祈念してさせて頂くことを稽古させて頂きましょう。
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2014年03月09日

●神様の氏子としての自覚

昨日はみかげ会総会が無事に開催され、木村氏の大変有難いおかげ話を聞かせて頂きました。

★木村氏は昭和52年にご信心のある奥様と結婚なさって入信されました。しかし、結婚当初は、奥様のご実家のお宅祭に参列されるほどで、ほとんど教会へは参拝しておられませんでした。

木村氏は、公立中学校の教員をなさっておられましたが、平成13年春に赴任なさった学校で、大きな壁にぶち当たり、ストレスから心身に変調をきたされました。疲労感、屈辱感、自己嫌悪にさいなまれていた木村氏は、平成17年に初めて教会長先生にお取次ぎを頂かれたのです。それ以来、何度となくみ教えを頂かれ、退職する決心をなさいました。

★退職後は、日々朝参りを続けられ、日参と聴教により心身ともに鍛えて頂かれ、徐々に回復のおかげを頂いて現在では病院への通院、薬の服用もなしに生活なさっておられます。

そして信行期間には120回以上を目標に参拝され、平成22年の寒修行信行期間より120回以上の参拝のおかげを頂かれ、今日までおかげを頂いておられます。数年前より、例会の講演や毎日の子供会の学習の指導の御用にお使い頂かれ、毎日元気な心で充実なさった生活を送っておられます。

★木村氏は様々なご修行、ご苦労があられた中を、ご信心でもって日に日に心も身体も新たに生まれ変わられ、乗り越えられました事は誠に有難いことです。生神金光大神様のご慈愛に包まれて今日私たちはおかげを頂いております。その神様の氏子としての自覚を持ち、与えて頂いた今日一日、与えて頂いた出来事すべてをお願いして取り組ませて頂きましょう。

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2014年03月08日

●各々のご修行

あるご信者のお家で、御神殿にお供えしてありました「金光教の信心」(福田美亮師著)という御本の「十一節・修業」の2,3ページのみ焼け焦げているのが見つかりました。閉じたままで置いてあるものが焼け焦げることは考えられません。

ご信者はお教会に持ってこられ、「焼け焦げておりますのは、どういうご意味でしょうか?」とお届けされました。二代教会長伊藤コウ師は、「なぜ焼けたのか、神様に教えて頂けるようにしっかりご信心しなさい。」とみ教え下さったのでした。

★その後、目覚まし時計が壊れていることに気がつき、隣の時計屋に持って行かれました。するとその店主との世間話で「先日、うちの家でボヤがありまして…。布団が燃えまして、前栽に投げて、家は助かりました。」と仰ったのです。

驚いて家に帰りますと、その時計屋と自宅とは板塀で仕切られていて、その板が焦げていたのです。また、その布団の焦げた切れ端がこちらの家の敷地に落ちていたのでした。

★知らないところで神様にお守り頂いていたことに気がつかせて頂かれたご信者は、布団の焦げた切れ端を持ってお届けに来られました。また、ご主人が、焼け焦げたページに禁酒の修行、禁煙の修行と書き込んでおられたのです。

コウ師は「ご主人は自ら進んで禁酒・禁煙とご修行に励まれ、今の家が結構におかげを頂いていることがわかります。これまでのご主人のご修行のお徳によって、家が火事になるところを助けて頂いたのですね。有難いことです。

神様は御本を通してお知らせ下さったのです。神様に対して、ご主人に対してもお礼をしっかり申さなければなりませんね」と仰せになりました。このご信者はより一層熱心に信心に励まれ、時計屋のお方までお導きさせて頂くようになられたのでした。

★ご修行のお徳によって助かることが出来るということが分からせて頂けます。ご主人が禁酒禁煙にご修行されたこと、ご信者が出来事を通して神様に教えて頂けますように日参聴教のご修行に励まれたこと、そのことによってより一層に家族、周囲の方々まで助かってゆく信心向上のおかげを頂かれたのです。一人がご修行に励まれたことが皆の助かりにも繋がってゆくのです。

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2014年03月07日

●自分自身を見直す

以前のお話しですが、当時小学生の子供さんが突然学校の黒板に書かれてある文字が見えなくなりました。眼科医に診て頂きますと、視力が低下したのではなく、本人が見たい、見なければならないと思った所が見えなくなる「心身症」という心の病であると診断されました。

医師より「子供に対して高圧的か、放任かどちらかに偏っていませんか?」と尋ねられましたが、その事実もありません。

★しかし、同居しておられる身体の不自由なお祖父さん(実の父親)に対してお父さんが大変きつく当たることがあられました。ご両親がお届けに来られました際に「いつもお祖父さんに対してきつく当たるという事はありませんか?

それを見ているお子さんは大好きなご両親と大好きな祖父母が円満でない状態を見て辛い思いをされます。そこを改まってゆかねばならないのではないでしょうか。次の診断までと、神様から日を切って頂いたと思って、どうあってもおかげを頂く為にも、しっかり改まらせて頂きましょう。」とお話しさせて頂きました。

それから親孝行を心掛けられ円満に努められましたら、次の診断の際には、小学生の子供さんはなんと全快のおかげを蒙られたのでした。

『荒地荒れ屋敷を神はお嫌いなさる』と教えて頂いておりますが、この小さな子供さんの出来事によって、まさに心が荒れてしまっていた、荒れ屋敷になっていたことを気づかせて頂けたのでした。

★み教えの鏡に照らし合わせて自分自身を見直すということは、出来ているようでなかなか出来ておりません。鏡を見る時は大抵良い表情をして見られますよね。

しかし、意識していない普段の自分の姿を映されて見てみますと、驚くような姿が映っていると思います。それは自分では気が付いていないところが現れているからです。

★『神は平等におかげを授けるが受け物が悪ければおかげが漏るぞ。』と教えて頂いています。「どうしたらおかげを頂けますか?」というのは言い換えれば「どんな信心をさせて頂きましたら受け物が出来てゆきますか?」ということになります。

それは毎日の自分を見直すしかないのです。み教えの鏡に照らし合わせて見直すのです。厳しいことのように思われますが、見つめ直さずして成長することはありません。毎日のご信心の稽古により有難い受け物を作らせて頂きましょう。

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2014年03月06日

●いかなる人を裕福というのか?

先日、あるお方が「うちの家庭は、親の代から生活が立ち行かなかったり、病気が多かったり、お金に困るなど様々なご修行がありましたが、それがおかげを頂く元であったことに改めて気付かせて頂きました。

生活が裕福であり、何でも思うようになっていれば、今のように信心が続いていなかったことと思います。病気がちで金銭に困り、仕事にも困って生活も楽ではなかったからこそ、ここまで信心が続かせて頂いているのだと思います。

しかし、今は何も困ることがなく、家族がみな自分を大事にしてくれ、特にお嫁さんがこれ以上ないぐらい心配りをしてくれ、よくぞこんないいお嫁さんが来てくれたことだなあと思います。我家にとって一番の宝だと思わせて頂いております。

お金があることだけが有難いことでない、今の生活がどれほど結構で裕福な生活であるかということを、改めて有難く思わせて頂きます。」とお礼を申されました。このお方は実に有難い心豊かな生活をなさっておられることだなあと感心して聴かせて頂いておりました。

★自分にとって何が裕福であるか、何をおかげにさせて頂くかを悟らせて頂くことが大切です。出来てくること出来てくることをすべて不足に捉えているようでは、いつまでたっても信心の入り口で足踏みしているだけで前へ進むことが出来ません。

求め求めさせて頂き、常に頂き直していくあり方でなければ、信心は向上させて頂くことは出来ません。常に自分を戒め、そこからどうやって一段一段進ませて頂くかを考えさせて頂き、出来てくることをすべておかげにさせて頂く明るく賢い生き方に努めさせて頂きましょう。

★『われよしと思う心を仇として 戦ひて行け 日毎夜ごとに』(安武松太郎師み教え)
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2014年03月05日

●生死を通した本当の働き

『時の信心より常の信心。時の追い肥よりは常の地肥。時のお百度参りよりはその日参りにおかげを受けるがよいぞ』

★時の信心とは、何か起こった時、痛い時、苦しい時の神頼みにお参りするが、常は信心をしない。そのような痛い時の神頼み的なあり方では神様にご信用を頂くことにはなってゆきませんから、常の信心によって体質や性質の改善を願って信心を求めご修行させて頂くことが大事です。

時の追い肥とは、ちょっと弱ってきたから追い肥をしようというあり方で、それよりも常に地を肥す事が大切です。

時のお百度参りはその期間だけになってしまいます。一生続けるということは出来ません。何か事が起こればお百度をふむのではなく、毎日変わらずに続けられる信心とご修行のあり方を求めて行く事をこのお道では大切にします。

★三代教会長先生が戦時中外地に行かれました時、二代教会長先生は「息子が外地で苦労している。私も少しでも辛抱させて頂いてご祈念させて頂かなければならない」と思われて、真冬に単衣を着られ、裸足でご祈念を込めておられたのです。

そうして、三代教会長先生は、無事帰還のおかげを頂かれました。無事帰国なさった三代教会長先生は「親先生にご祈念頂き、お取次ぎのおかげで亡くなられた御隠居様が付きについてお守りくださいました」とお話し下さっておられたということは、その祈りを感じておられたということが分かります。

★人間が神様から頂いております御分霊は、ご信心させて頂きお徳を蒙らせて頂いてこそ、生死を通して本当の働き、人を助ける働きが出来るのです。
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2014年03月04日

●先々結構にならせて頂くために

『一心に信心いたしましたら明日のことがわかります。明日のことがわかりましたら、十日向こうのことがわかります。十日向こうのことが分かりましたら、百日向こうのことが分かります。一年先のことが分かりましたら結構じゃなあ。』(二代金光様のみ教え)

★このみ教えは信心させて頂きましたら、今日からの生き方が変わるということを教えて下さっています。神様に導いて頂けるように「先々こうならせて頂きたい」という願いを立てさせて頂くことを教えて頂いているのです。願いを立てさせて頂きましたら、改まらせて頂く所やご修行させて頂く所が定まり、願いに沿った努力をさせて頂くことができます。そして、日々ご修行させて頂いて自分自身を育てていくことにより、神様からご神徳を頂き、願いが成就してゆくのです。

★自分自身を育てるために、心がけていかねばならないこと…1)常に融和して、どんな人とも円満にさせて頂く。2)常に向上心を持つ。3)仕事に対しての情熱を持ち続ける。4)知らないことは知らないと言える勇気を持つ。5)働きに裏表がないようにする。6)責任のとれる人間になる。7)人が出世なさることをうらやましがらない。8)上辺だけの交際をしない。
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2014年03月03日

●ご信心によって御先祖も助かる

『先祖代々からのご無礼があっても、食べる物の初穂を供えて、お断りを言えば許してくださる。道の立たない御霊でも、願えば道を立ててくださる。何事も失態のないように、成就するようにと、天地金乃神にすがればよい。』

★御先祖代々からのめぐりをお取り払い頂くには、ご信心をさせて頂けば良いのです。自分自身がご信心・ご修行をさせて頂いて、お徳を頂いてゆくことで、御先祖のめぐり・苦しみのお取り払いになると言うことをしっかりと分からせて頂かなければなりません。人間と言うのは、色々な場面で気付かずにめぐりを積み重ねてしまうものです。

★御先祖は木で例えますと根の働きをして下さっておられます。根の働きが鈍ってしまっていては、幹も太らず枝葉も茂りません。根の働きが十分になされる様、また枝葉も茂る様にならせて頂く為には、ご信心させて頂くのです。ご信心のお徳によってご先祖の御霊様方がご安心とご霊徳を頂かれますようお願いさせて頂き、御先祖だけでなく子孫の端々までもが助かってゆくおかげを蒙らせて頂きましょう。

★『木のもとへ肥をやれば、枝振りまで栄える。先祖や親を大切にすれば繁盛させてくださる』

★『実意丁寧、これが金光様が神様からご信用を受けられて生神様になられたもとじゃ。天地金乃神様を信心する者は、このもとの実意丁寧を一番に見習わねばならぬ。』

★1)神徳・・・神様からご信用頂き用いて頂ける。

2)人徳・・・人から信用して頂き用いて頂ける。

3)学徳・・・身に修めさせて頂いた学問を生かして世の為にお役に立つことが出来る。
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2014年03月02日

●神様・霊神様に通じるご信心

二代教会長伊藤コウ師は、ご母堂であられるハル氏の合祀祭の時に、「今日ご隠居様はきれいに髪を結われて、紋付の羽織を着て、実に穏やかなお顔でお出ましになられ、お祭を喜んで下さいました。」とお話しになられました。 霊様となられたご隠居様がコウ師の心眼に映られたのです。心を込めてご生前中のお礼を申され、徳高き御霊となって頂くようにと一心にお願いされましたら、ご隠居様のお姿がコウ師の心眼に映られたということなのです。 実意丁寧なご信心によって心の眼を開き、心の耳で聞かせて頂くことが出来られたのです。

★私達もご信心が進ませて頂き、ご修行させて頂きますと、神様、霊様に通じ、近づかせて頂くことが出来るのです。ご先祖・親様が望んでおられることが分かるようになり、いざという時に手を差し伸べて下さり、助けて下さるのです。

★霊神様は木に例えれば根の働きをされているのです。その目には見えない働きのおかげで幹が太り枝葉が繁るように、子孫が繁栄させて頂けるのです。おかげを頂いた霊神様の働きは永世生き通しです。ですから霊神様を大切にし、実意丁寧に拝ませて頂くことが大切です。霊神様も助かられ喜んで頂くと共に、私達子孫も守って頂けるのです。私達が手厚い信心を心がけて日々信心の徳を積み重ね、ご先祖の霊様がお徳の高い霊として生き生き働かせて頂けるようにおかげを頂きましょう。

★『先の世まで持ってゆかれ、子孫までも残るものは神徳じゃ。神徳は、信心すればだれでも受けることができる。みてる(尽きる)ということがない』
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2014年03月01日

●神様の目でご覧になれば私はくずの子でありました

二代教会長・伊藤コウ師は「私は神様の目でご覧になれば私はくずの子でありました。神様からどれほどの願いがかけて頂いているかも、親のお心も分かっておりませんでした。」と仰せになっておられました。伊藤ハル刀自(コウ師のご母堂)のお世話をさせて頂くことに対して、2人のお姉様にもお世話をして頂きたいと思い、4ヶ月ずつ分けてお世話をさせて頂こうと提案をしたようなことがあられました。

しかし、お姉様より「親の心がわかりませんか?あなたは末っ子で一緒に過ごす時間が短いので、教える事を精一杯教えて、早く一人前になるようにとの思いがあられたので、そばでつきについて躾けて頂いているのですよ。」と教えて頂かれたのです。コウ師は「私が間違っておりました。私ほど親不孝な者はありません。」と神様にお詫びなさって、いつもハル刀自と共に生活させて頂けるように有難く受けられたのでした。コウ師はどこまでも「神様の目でご覧になれば私はくずの子でありました。それが信心させて頂いて今はこのようにおかげを頂いております。」という自覚を忘れられずに、常に戒めて謙虚な心で御用に徹しておられました。

★また、コウ師はどんな事が起きてきても「神様は私を可愛がってくださっている」「可愛がって下さるからこそ今のうちにこれもしておきなさい、あれもしておきなさいと出来事を通して躾けて下さるのです。」と仰せになっておられました。そこで、出来てくることすべてをおかげに変えていかれる信心をなさってゆかれたのです。どんなことが起きてきても、心がぶれないように常に戒めて日々信心の地を肥やしておきましょう。
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