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2014年02月28日

●無駄を省いて見直しをする

お父さんの代から工場を経営なさっておられたご信者が、ある日取引先から500万円の不渡りを受けられました。
★そこで教会へお届けに来られ、二代教会長伊藤コウ師より「不渡りを出した相手を恩人だと思って拝みなさい。あなたの会社にとって貴重な改まりの機会を頂いたのです。今回500万円の不渡りを受けたということですが、これまでに500万円以上無駄が積み重なって、ご無礼があったということに違いないのです。」とみ教えを頂かれたのです。

さらに「神様に一心におすがりして、必ず立ち行くおかげが頂けますようにとお願いしなさい。そしてこの仕事で必ず立ち行かせて頂いて、御恩返しをさせて頂こう、という覚悟をしっかりと持たせて頂くことです。親子で一番大きな仕入先に現状を報告させて頂き、お願いに行かせて頂きなさい。長年営業していた工場を閉めなければならない状況に陥ったことには何か理由があります。朝一番に起きて工場内を見直しなさい。」とみ教え下さったのでした。

★早速そのご信者は、工場内を見直しされますと、あちこちに使いかけの材料が無駄に置いてあることに気付かれたのです。さらに仕入先に現状の報告とお願いに行かれました。すると、その仕入先の社長は「よく分かりました。20カ月の間、今までの支払いを棚上げさせて頂きます。その間にしっかりと立て直しして下さい。あなたを信用してではない、お父さんを信用いたしましょう。」と協力を約束して下さったのです。その社長は、そのご信者のお父さんのこれまでの仕事ぶりを見てこられ信用なさっておられたので、協力して下さったのでした。み教え通り、不渡りを受けたという事実を有難いおかげにさせて頂かれたことによって、生活全般、仕事全般を見直させて頂くことが出来、現在も繁盛のおかげを頂いておられるのです。

★起こってきた出来事には神様の思し召しがあります。その思し召しを悟らせて頂き有難く受け切って、おかげにさせて頂きましょう。
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2014年02月27日

●日々改善すべき点を見つける

25日の青年会学生会例会では、加納氏より「実社会で活かせる業務改善についての取り組み」という講題で講演して頂きました。企業でも職場でもどこかに改善するべきところがあります。「どうしてこんなところにゴミが落ちているのか?」「どうしてここに物が置いてあるのか?」「これは無駄ではないか?」そういう疑問を持つことによって、改善のきっかけとなってゆくのです。改善し、無駄を省いてゆくことが、発展の元です。

★職場や家庭でも、無理無駄ムラをできるだけ多く見つける訓練を心がけることが改善につながるのです。経済の上でも、収入より、支出が多いと生活は続きませんね。それは無理があり、どこかに無駄があるのです。

★信心の上では、まず自分の力でするというところに、無理があるのですから、神様にお願いしてさせて頂く心にならせて頂くのです。また、一番の無駄は悪いことを思い、言うことです。悪いところばかり見て、悪いところばかり聞いて、悪いところばかり口にすることは、すべて悪い方向に自らを向けているようなものです。良いことを見て、良いことを聞いて、良いことを口にしてゆきましょう。さらにムラ気がありますと、周囲の人からの信用を失ってゆきます。良い状態を細くても長く続けることが大切です。信心生活の上でも、無理無駄ムラを省かせて頂きましょう。
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2014年02月26日

●万物を拝む

私達がご信心させて頂く上で目標とすべきところは、神徳をそれぞれに頂かせて頂くことです。『先の世まで持っていかれ、子孫までも残るものは神徳である。神徳は、信心すればだれでも受けることができる。神徳は尽きることがない。』と教えて頂いておりますように、生涯かけて神徳を頂くことを目標として、根気強く願い続けて信心させて頂きたいと思います。

★神徳を頂くには、人を目当てにするのではなく、神様を目当てにさせて頂くことが大切です。全てを与えて下さっておられるのは天地金乃神様です。お水も空気も太陽のお照らしも、有難いことに全て天地のお働きの中に与えて頂いております。私達は全てのお恵みを天地の賜り物として使わせて頂いておりますから、毎日与えて頂いている万物を拝ませて頂かねばなりません。それは御礼を申し上げることが基本です。人や大地、住宅使わせて頂いているすべての物、食物、植物、動物等々、万物を拝ませて頂きましたら、自分自身も結構なおかげを頂いてゆくことが出来るのです。

★畑でさやえんどうを育てておられる方が「以前、拝んで種をまかせて頂いた時は大きく育ちましたのに、拝まずに種をまいた時は途中で成長が悪くなったのです。」と仰っておられました。同じ土地、同じ場所に同じような手順で植えておられますのに、拝んでさせて頂くことと拝まずにさせて頂くことでは、これほどまでに違いが出てくるのです。

★私達は、毎日毎日どこまでも真剣に拝んで喜んでさせて頂いておりますでしょうか?要所要所では拝ませて頂いているつもりでありますが、常に実意丁寧親切な生き方にならせて頂いているでしょうか?「こんなに一生懸命しているのに。」と言う気になってしまわずに、「まだまだ私の実意丁寧さは足らない。」と自分自身に言い聞かせて、油断なく万物を拝ませて頂き、実意丁寧を心掛けさせて頂きましょう。
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●万物を拝む

私達がご信心させて頂く上で目標とすべきところは、神徳をそれぞれに頂かせて頂くことです。『先の世まで持っていかれ、子孫までも残るものは神徳である。神徳は、信心すればだれでも受けることができる。神徳は尽きることがない。』と教えて頂いておりますように、生涯かけて神徳を頂くことを目標として、根気強く願い続けて信心させて頂きたいと思います。

★神徳を頂くには、人を目当てにするのではなく、神様を目当てにさせて頂くことが大切です。全てを与えて下さっておられるのは天地金乃神様です。お水も空気も太陽のお照らしも、有難いことに全て天地のお働きの中に与えて頂いております。私達は全てのお恵みを天地の賜り物として使わせて頂いておりますから、毎日与えて頂いている万物を拝ませて頂かねばなりません。それは御礼を申し上げることが基本です。人や大地、住宅使わせて頂いているすべての物、食物、植物、動物等々、万物を拝ませて頂きましたら、自分自身も結構なおかげを頂いてゆくことが出来るのです。

★畑でさやえんどうを育てておられる方が「以前、拝んで種をまかせて頂いた時は大きく育ちましたのに、拝まずに種をまいた時は途中で成長が悪くなったのです。」と仰っておられました。同じ土地、同じ場所に同じような手順で植えておられますのに、拝んでさせて頂くことと拝まずにさせて頂くことでは、これほどまでに違いが出てくるのです。

★私達は、毎日毎日どこまでも真剣に拝んで喜んでさせて頂いておりますでしょうか?要所要所では拝ませて頂いているつもりでありますが、常に実意丁寧親切な生き方にならせて頂いているでしょうか?「こんなに一生懸命しているのに。」と言う気になってしまわずに、「まだまだ私の実意丁寧さは足らない。」と自分自身に言い聞かせて、油断なく万物を拝ませて頂き、実意丁寧を心掛けさせて頂きましょう。
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2014年02月25日

●今せねばいつする。自分がせねば誰がする。

あるご信者は定年退職後、なかなか再就職が出来ずに貯金がだんだん減ってゆくので悩んでおられました。「資本が少なくなってきましたので、お好み屋か、焼き芋屋をさせて頂きたいと思っております・・・」とお届けなさった時に先生が色々お話しを聞かれますと、一級建築士の資格をもっておられることが分かりました。

二代教会長先生は「なぜ資格をもっているのに、お好み屋なのですか。その技術を使える所で働かせて頂けます様に、良い縁が与えて頂けます様にお願いされないのですか。こんな仕事は出来ないという心を取って、どんな建築の仕事でもさせて頂きますという心になりましょう。何十年も建築の仕事にお世話になってきたのでありますから、ご恩返しをさせて頂く気で働きましょう。何歳になっても神様は一番合った仕事を与えて下さいます。真剣にお願いさせて頂きましょう。」とみ教え下さいました。そうして真剣になって御祈念させて頂いておりますと、後に、大手会社の現場監督の仕事を与えて頂けるようになってゆかれました。

★神様からお知らせがあると教えて頂いておりますが、心の眼を開き、心の耳を傾けて、神様が教えて下さる所を分からせて頂いて、すぐに行うことが出来るおかげを頂きたいと思います。「今すぐその手で二度手間なしに。」「今せねばいつする。自分がせねば誰がする。」と教えて頂いております。

★今、与えて頂いている環境は神様が必要であるからと与えて下さっているのです。ですから、「有難い環境を与えて頂いております」と御礼を申し上げさせて頂き、取り組ませて頂けるのです。「御神意が分からせて頂ける私にならせて頂けます様に」とお願いさせて頂きますと、次のおかげを頂く準備がさせて頂けるのです。
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2014年02月24日

●生涯かけて信心・勉強・御用!

私達は、生まれながらに尊い神心や能力を各々に与えて頂いております。ですが、なかなか輝かせることが出来ておりませんことは、誠にもったいないことです。そこで神様は、私達を教会にお引き寄せ下さり、み教えを頂くことによって日々磨きをかけて、尊い神心が表に現れてゆくように願って下さっておられます。

★世の中には様々なお仕事があります。ご信心させて頂いている方々は、信心をもとに様々な分野でお役に立たれていることと思いますが、無心に一生懸命打ち込んでさせて頂いておりますと、他の人には無い能力が身に付いてゆくのです。例えば会計士のお方でしたら、数字の羅列を一目見ただけで間違っている箇所が分かられたり、果物屋のお方でしたら、りんごを見ただけで産地が分かり、どのように作られたかまで分かられたりするようです。神様から頂いているお仕事を天職と思わせて頂き、打ちこんでさせて頂いていますと、このように有難い能力を磨き上げることが出来るのです。

★人生での色々な経験は、全て無駄ということはありません。経験を通して身に付いた能力は、また別の場所でも生かして使えるようになります。与えて頂いている能力を磨けば磨くほど、有難いものが表に現せて頂けるようになるからです。

★生涯かけて、信心・勉強・御用をさせて頂きますと、性別・年齢の別なく有難いおかげを頂けるのです。自らを限ることは神様に対して大変ご無礼です。神様から頂いております能力には無限のものがあります。年齢を理由にどうこう言うのは言い訳であり、思い込みでしかありません。神様から願いをかけて頂いている私達でありますから、世の中のお役に立たせて頂けますよう、日々ご信心をもとに、与えて頂いている神心・能力を磨かせて頂きましょう。
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2014年02月23日

●三代教会長伊藤良三大人霊神例年祭をお仕え申し上げて

昨日は、天候気象の上にも素晴らしいご都合お繰り合わせを頂きまして、三代教会長伊藤良三大人霊神の例年祭を無事にお仕え申し上げることが出来ましたことは、真に嬉しく有難いことでございました。

★三代教会長先生は、昼夜の別なく二代教会長伊藤コウ師に命懸けで補佐の御用に徹せられました。たとえ夜中であろうが、親先生が「あの祭詞はどうなっていますか?」と尋ねられましても、「今から書かせて頂きます。」と仰られ、すぐに起床して祭詞を書かれて「これでよろしいでしょうか。ご教導下さい。」とご覧になって頂いて、ご安心頂けるような御用に徹せられました。また、どの様な厳しいみ教えであってもすぐに思い分けをされ心を切り替えられて、一度も不足に思われることなく素直に有難く受け切っておられたのでした。また「親先生がこれは嫌だと言われたことは一切しない。」と決められて、コウ師がお国替えなさった後でも生涯心掛けて守り通されたのでした。

★三代教会長先生がお若い頃、向学心に燃えられて大学へ進学して勉学に励まれたいと強く願われました。そこでコウ師にその旨をお伺いされますと、コウ師は「大学へは行かなくてよろしい。」と仰せになられました。しかし良三師は、納得がいかれず何度も何度もお願いをされました。するとコウ師は、良三師と共に御本部へ行かれ、三代金光様のお結界へお伺いに上がられたのでした。そして金光様にお届けなさると、金光様は「行かないでよいでしょう。」とみ教え下さったのでした。そのみ教えを頂かれた良三師は、「三代金光様が仰せになられたということは、神様が仰せになられたということだ。神様から守って頂く生き方をさせて頂くには、今このみ教えを守らせて頂くことだ。」と素直にそのみ教えを守られて、大学へ行くのを断念なさったのです。しかし、それが後になっておかげとなりました。同年代で大学へ行かれた方々は、多くが学徒動員などで軍隊へ徴兵されることになったのです。

★三代教会長先生よりご生前中頂いたみ教えを素直に守らせて頂き、ご恩に報いる生き方がさせて頂けますよう、日参と聴教に励ませて頂き、信心向上のおかげを頂いて参りましょう。
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2014年02月22日

●先へ先へおかげは頂いている

本日お昼の2時より、三代教会長伊藤良三大人霊神の六年巡れる例年祭をお仕え申し上げます。ご家族ご親戚の方々、お導きの方々揃ってご参拝になられ、ご生前中より御霊神となられましても日々変わりなくお取次ぎ下され、お祈り下されていますことにお礼を申し上げさせて頂きましょう。

★あるご信者が先日乳癌と診断されました。そして3月に手術を受けることになられたのですが、医師に「あなたは幸運ですね!あなたのような幸運な人はなかなかいない!」と言われたのです。なぜかと尋ねますと、腫瘍がとても小さいので、この段階で検査をしても通常見つかることはほぼ無いそうです。細胞診断をする為に細胞の採取をした時、ちょうど癌の幹細胞の部分を採取出来たから発見出来られたのだそうです。「この腫瘍を今から5年そのまま置いておいても約1cm位になる程度のものです。ですが、今のうちに治療しましょう。」と言われ現段階で手術をなさると、ホルモン治療や抗癌剤や放射線治療も必要無い、と診断されたのです。

★ご信者は最初「検査を受けるのも怖いし病院に行くのも嫌だ。」と渋っておられたのですが、お届けさせて頂きまして、み教えを頂いて検査を受けられた後、御礼のお届けに来られた時は「有難いおかげを頂きましてありがとうございます。以前の私でしたら、癌と診断されると怖くて不安でたまらない毎日を過ごしていたでしょうに、こんなに有難いおかげを頂いている毎日であることがよく分からせて頂けました。」と感激してお礼を申されておられました。

★神様は何事も間に合うようにして下さっておられます。私達は先へ先へおかげを頂いているのですが、その有難さに気付けていないことが多くあります。毎日毎日変わりなく生かして頂いているという奇跡的なおかげにお礼を申し、常平生からしっかりと御礼のご信心をさせて頂いて、いざと言う時に大難を小難に小難を無難におまつりかえ頂けるおかげを頂いて参りたいと存じます。
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2014年02月21日

●めぐりがいき合うことのないように

お寿司屋さんを営んでおられるご信者が、ある日電話で注文を受けられました。その注文は、「数十人前のお寿司をある駅長室に何時までに届けて下さい。」とのことでした。ご信者は、駅長室に数十人前という注文が初めての事で不審に思いながら電話を切られ、その駅に電話をなさって確かめられたのでした。すると、駅長室の方は「そんな注文はしておりません。何かの間違いではありませんか?」と言われたのです。後に分かったことですが、何と駅に対する嫌がらせだったのです。駅員さんに不親切な応対をされたから気分を害したという腹いせにそのような事をしたそうです。そして、他の店からも注文していない品物が、どんどんと駅長室に届いたということです。

★その時、その瞬間おかげを頂いてゆく為には、油断のない信心をさせて頂くことが大切です。例えば、詐欺に遭う、また交通事故に遭うということは、相手の方のめぐりと自分のめぐりがいき合って、起こることなのです。めぐりがいき合うことのないよう、常に何をさせて頂くにも心中御祈念を忘れずに、御礼、お詫び、お願いを申して取り組ませて頂きましょう。その都度、神様が適切に心に教えて下さるような有難い体験をさせて頂けます。
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2014年02月20日

●親は親たらずとも子は子たれ

ある奥さんは、入信の初めに二代教会長伊藤コウ師より「親は親たらずとも子は子たれ」というみ教えを頂かれ、そのみ教えが心に突き刺さり衝撃を受けられたのです。ご主人のご両親は、戦時の混乱の中で小さかったご主人を他の家へ預けられました。

ですから奥さんがご両親について聞かれても、ご主人は「親はいないと思っている。探す必要は無い。」との一点張りでした。しかしそのみ教えを頂かれ、ご主人は奥さんの親は大事にして下さっておりますが、ご主人の親には、何も親孝行させて頂いていない事に気付かれたのでした。そして「どうあっても主人の親に孝行がさせて頂けますように」と願われ、ご主人に隠れて縁をたどって必死で探されました。

★なんとお母様が堺に住居なさっておられることがわかり、そこへ訪ねていかれました。するとそのお母様は、体の不自由な娘さんと一緒に住んでおられ、生活保護を受けておられたのです。事情を聞かせて頂きますと、生きていくことが難しかった戦時中、体の不自由な娘さんを育てる事に精一杯であられた為、健康であったご主人を他のお家へ預けられたのでした。

それからというもの奥さんは、毎月お見舞いに行かれて親孝行のまねごとなりともとさせて頂かれたのです。そしてお母様がお国替えなさってからは、ご主人に全てを話して理解してもらい、家でお祀りさせて頂きたいと願われ、帰教式を仕えて頂かれ御霊様としてお祀りして頂かれたのです。

するとその後、お国替えされたお母様がつきについてお守り下さり、何とご主人の仕事の上で、今までに無いような利益が上がらせて頂くおかげを蒙られたのでした。

★親がこれまで積み上げて下さったご信心のお徳により、今現在の自分自身があるのです。周囲の方にお世話になりご辛抱頂いて今の自分自身があることにお礼を申し、親孝行ご恩返しに努めさせて頂きましょう。
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2014年02月19日

●たらいの水の信心

税理士であられたご信者が、「世の人々にご信心が満ち満ちて、『たらいの水の信心』『めぐりのお取払い』ということを皆がしっかりと分からせて頂いたら、どれほど結構な世の中になるでしょうか。この2つは世の中では教えて頂けませんから、み教えを頂けることは有難いことです。」と、以前しみじみ仰っておられました。

★ご信者が税理士になられてから、ある大店の卸問屋さんの顧問先を持たれました。店の主がお父さんのご時代は、実にしっかりとお仕事をなされて繁盛していたのですが、お父さんが亡くなられて息子さんに代替わりしますと、利己的な息子さんは相続税をごまかそうとなさったのです。ご信者はそれを見て息子さんに「修正申告しましょう。神様の目はごまかせませんから、こういうことはしてはいけません。」と忠告されましたが、「あんたは私の敵か。税理士なら私の味方になれ!」と言われ修正せずに私腹を肥やしてしまったのでした。

★そしてその息子さんは、そのお金で土地を買って、大きな屋敷を建てられたのです。すると、何年か後に「丼池の大火」と言われる大火事に遭われ、帳簿も金庫も持ち出せずに、家も全て焼け果てて土地も屋敷も手放さなければならなくなり、後にその家は絶えてしまうことになったのです。

★向こうへ向こうへと水を押しますとたらいの向かい側のふちに当たって返る水の様に、相手の為を思ってさせて頂いている良いことは後々自分自身に返ってきますが、こちらへこちらへと引くように自分に取り込もうとすると、後々自分の手から放れてしまいます。人の目をごまかして手に入れたものは、後々帳尻が合うように神様がなさるのです。人の目はごまかせても神様は何でもご存知であられるからです。利己的な考え方ではなく先に周囲の人のことを祈り願える『たらいの水の信心』をさせて頂きましょう。
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2014年02月18日

●み教えを心の支えとして

15日には婦人会総会が開催され、原沢氏がおかげ話の御用にお使い頂かれました。原沢氏は阿波野氏ご両親から熱心なご信心を受け継がれ、学校卒業後語学を活かせる仕事に就きたいと思われ、二代教会長先生にお取次を願われますと「女の人はね、早く結婚してご主人の補佐をさせて頂くのが有難いですよ。私を見てご覧なさい。結婚して子供を育ててからでもいくらでもお役に立てますよ。」とみ教え頂かれ、卒業と同時に関東に嫁がれました。ご両親は「神様を放さなかったら大丈夫」という信念をもたれ、見知らぬ土地であっても原沢氏はその教えを心に深く頂かれ神様を杖に、家庭、子孫に起ってくる様々な難儀をおかげにされ、信心相続に励んでおられます。

★娘さんが小学1年生の夏休み前のある日の夕方、自転車の補助輪を外したその日に脇道から本道に飛び出し、車に跳ねられたそうです。病院に運ばれましたが意識不明で命が危ぶまれましたが、数時間後強い注射を打たれた娘さんが「痛い」と言い、意識が回復され、2か月後に後遺症もなく退院のおかげを頂かれました。

★また、お孫さんが1才10ヶ月の時、九死に一生のおかげを頂かれたのです。娘さんがお風呂の用意をなさっている間に、お孫さんが1人で2階に上り、窓まで足台を運び、網戸を開け覗き込んだところ下に転落してしまったのです。大きな音に皆が駆けつけ、病院で検査して頂かれましたら、舌を噛み出血しましたが全く異常なく、特別な治療もせず帰宅するおかげを頂かれました。どなたかが下で受け止めて下さったとしか考えようのない御庇礼を頂かれたのでした。

★現在、その地域の教会で信心の稽古と御用に励まれ、金光教の平和活動センターが絵本をカンボジアに送る「絵本プロジェクト」という活動に参加され、語学を活かされて絵本を英訳される御用にお使い頂いておられます。二代教会長先生が仰った通りになったと大変喜んでおられるのです。

★ご両親が熱心にご信心の根張りをなさり、そのご信心を基にして家庭を築いてゆかれたことにより、神様は目に見えるおかげを次々に下されたのです。出来てくること、ひとつひとつにおかげを頂いていかなければならない毎日であります。そうでありますから、真剣に御祈念させて頂いておかげを頂いてゆかねばなりません。油断のないご信心をさせて頂きたいと思います。
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2014年02月17日

●すべてにご都合お繰り合わせを頂いて

15日には、婦人会総会が無事に開催され、16日には、御本部御礼参拝を無事におかげを蒙らせて頂くことが出来ましたことを厚くお礼申し上げます。14日は全国各地に大雪が降りまして、大阪でも積雪4pになりました。各交通機関は、運転見合わせや遅延があり、道路の方は、事故や通行止めやチェーン規制がありました。もし、各行事が14日でしたら、大変な混乱を招いていたことでしょう。参拝させて頂きたくてもできないご信者が多々出られたでしょうし、参拝道中にけがや事故が起こっていたかもしれないと考えますと、神様がすべてにご都合お繰り合わせを下さっておかげを頂いたことを痛感させて頂きました。

★婦人会の方を初め皆様には、朝、10時、2時のお説教終了後に、婦人会総会、御本部御礼参拝、三代教会長先生の例年祭が無事におかげを蒙らせて頂けますようにと一斉ご祈念をなさってこられました、その真心を神様がお受け下さったことであるとお礼申し上げます。毎月の御本部御礼参拝、また各祭典、総会、例会等の行事がすべて滞りなくおかげを頂くということは、金光様のお取次ぎによるものであり、どれほど有難い御祈念を頂いていることであるかということが分からせて頂くと共に、毎月の御本御礼参拝を万難を排しておかげを蒙らせて頂きたいと願っております。

★『才崎の金光はいつ参ってもいつ参ってもお礼参りじゃ。参る者の大方はお願いに参るのに、その方はいつもおかげを受けているお礼に参ってくる。神も満足に思うぞ。氏子が御礼に参ってくると、神も喜び、金光大神も一層にうれしいが、氏子もうれしかろうが。氏子がおかげを受けて売れしゅうに喜ばぬと、神も喜べぬ。』
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2014年02月15日

●出来事は全てがご慈愛の中でのこと

小学生に宿題があるように私達大人にも次々と神様から課題が与えられるのは、今のうちにこれだけは習得しておきなさいよとの思召しからです。そうしておいたら次の課題は楽に理解出来てこなせますよとのご慈愛からです。神様はどこまでも氏子のことを可愛いと思って下さり、ただただ助かってくれよとの思いであられます。しかし課題を与えられても「なんで私ばかりこんな思いをしなければならないの?」と思ってしまう人もあります。神様に可愛がって頂いているからこその課題であることを分からせて頂くことも出来ず、出来事に選り好みをしてしまうのです。『神様は、氏子を救い助けてやろうとこそ思うてござれ、このほかには何もないのじゃから、氏子の身の上にけっして無駄事はなされはせぬぞ。ご信心しておるがよい。みな末のおかげになるぞ。』とみ教え下されています。「5年先、10年先の為に今のうちにおかげを頂ける受け物を作らせて頂きなさいよ、めぐりをお取払い頂きなさいよ、徳を積んでおきなさいよ。」との願いを込められて神様が一番良いようにして下さっているのです。

★『神の綱が切れたというが、神からは切らぬ。氏子から切るな。』との神の綱とはみ教えのことです。み教えを頂いた時に有難いと思えるのは、自分自身の中にある神心が感応して有難いものが表に現れるからです。その神心を大きく育ててゆく稽古をしていかなければ、神心はすぐに感応しなくなってしまいます。み教えを掴んで離さなければ大難を小難に小難を無難におまつりかえ頂くことが出来るのです。

★愛情には色々な愛情があります。好む愛・求める愛・与える愛・応える愛、等々。与える愛とは親が子に対する無償の愛などを指します。神様も私達氏子に、無償の愛を与えて下さっておられます。ご慈愛の中で全てを与えて頂いているのだと分からせて頂き、無償の愛に応えさせて頂ける氏子にならせて頂きたいと思います。
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2014年02月14日

●み教えを頂いて心が開かれる

あるご婦人は、中風を患われて半身麻痺になり、手足が動きにくくなられました。そのご婦人には、献身的に介護して下さるご主人や娘さんがおられ、下のお世話からすべて家族の方にお世話になっておられました。しかし、二年以上寝たきりであられたので、愚痴不足が生じ家族の方に無理難題を押し付けられ、「あれも出来ない、これも出来ない。」と何もかも不足に捉えて、不成心の塊のように頑な心になってしまわれました。ある時、家族の方は何とか助けて頂きたい一心でお導き頂かれ、教会にお参りさせて頂こうと相談されました。そして、月例祭に参拝して祭典後のお説教を頂くことによって、お母さんの心が助かるのではないかと思われ、そのお母さんを車に乗せて旧広前に参拝されました。

★するとそのお母さんは、たった一回のみ教えを聞かれただけで、「私ほど間違った人間はいない。私ほど有難い結構な主人を持ち、私ほど有難い子供を持っている者はいない。」と、み教えが心に響いて心が変わられたのでした。それから家に帰って「今日から昼間は床を上げます。自分で出来ることはさせて頂きます。這ってでも自分でお手洗いに行きます。」と心の底からお詫びを申されたのでした。

そして、二年以上寝たきりであった体が、歩く稽古をして徐々に動くことが出来、家族の方の肩にすがって教会にも参拝させて頂くことが出来られたのでした。教会に参拝したからには、少しでもお礼の御用がさせて頂きたいと思われ、教会の上がり框を拭かせて頂き、一生懸命御用させて頂く心に変わられたのでした。また、一人でも多くこの有難いお道のご信心を伝えねばと願われ、近所近辺の方をお導きされ、親切丁寧に次から次へと人を助けられたのでした。

★み教えを頂かれたことにより、自身が周囲の方々から愛情を注いで頂いてきた存在であるということが分からせて頂かれたのです。そこでその慈愛に応える生き方でなければ申し訳ないと思えるようになると、願を持つことが出来るようになり、今まで動かなかった体が動き、頑なな心が開かれ、生活全体が明るく喜びに満ちた生活に生まれ変わることが出来られたのでした。
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2014年02月13日

●「足らず足らずと思い暮らして死するまで」

教祖様の42歳の大患の御時に、家族親族が神様にお願いをなさっておられました。その時に義弟の古川治郎氏に神がかりがあり家の建築について「金神に無礼している」というお告げがなされました。

教祖様は神様に「このたびの建築に当たり、してはならないと言われたのを無理にお願いして、方角を見てもらい何月何日といって建てましたが、狭い家を大きい家にしましたから、どの方角へご無礼しておりますか、凡夫で相分かりません。方角を見て済んだとは、私は思いません。ご無礼のところ、お断り申し上げます」とお詫びをなされました。

★「凡夫で相分かりません。」と仰せになられた教祖様のご信心のご姿勢は、私共人間にはどこまでも至らないところがあるというあり方であられます。私共は、そのご姿勢を習わせて頂くことが大切です。

★自分は正しいことをしていると思っても、それは神様からご覧になられたらどうでしょうか?神様はどのようにお考えになられるかを悟る必要があるのです。そして、どれほど行き届いたことをさせて頂いていると思っていても、まだまだ至りませんから、知らず知らずのご無礼への御詫びをしなければなりません。

神様に対して、「日々、どのようなご無礼不行き届きがあるか分かりません。どうぞお許し頂けます様に」という姿勢が日々続いてゆかねばなりません。「足らず足らずと思い暮らして死するまで」という謙虚さが必要であり、どこまでも自身を見つめ直してゆくことが大切です。私達は生まれながらに有難い徳も力も与えて頂いております。しかし、悪習慣・悪癖というようにめぐりも身につけているのです。めぐりを取り払って頂き、良い物が現わさせて頂けます様に、信心向上のおかげを頂きましょう。

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2014年02月12日

●有難く頂く心

20年程前のことです。私はある月例霊祭の日に両眼が痛んで充血し、御神酒を両眼に入れて全快をお願いしておりました。結膜炎は一向に治まらず、翌日には両眼の充血と痛みはさらにひどくなり、目の開けにくい状態になってしまいました。朝のご祈念の時に心中御祈念をさせて頂いておりましたら神様が気付かせて下さったのです。

★それは前日の月例霊祭が始まる前に裏口の玄関を通った時に子供の遊具が放ってありました。私はまだ小学生であった甥や姪に聞きましたが、みな「私ではありません。」と口々に言い逃れをした事にカッとし、子供たちを叱りつけたのでした。それを御祈念中に思い出させて下さったことは大変有難いおかげでした。感情的になって叱った事を反省した私は、それから短い間ですが心からお詫びをさせて頂きました。

★そして御祈念と約40分のお説教が終わり、鏡を見てみますと、何とあれだけ充血していた結膜炎がすっかり治っていたのでした。もちろん痛みは治まっており薬を用いることもなく、再発も全くありませんでした。

★どんなことが起きてきても有難く頂く心におかげが現れてゆくのです。自分の都合のよいことは有難いと思い、自分の都合の悪い時には有難いと思えないというのでは、おかげにはなってゆきません。常平生から神様を目当てに信心させて頂きますと、いざという時に「神様の思し召しである、これはおかげである!」と分からせて頂くことができるのです。
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2014年02月11日

●天地金乃神様、生神金光大神様に一筋に

昨日は私立高校の受験日でありました。世の中の人には常は信心気がなくとも受験の時期には安心を求める為に神仏にすがる方も多くあられます。受験の前には、学問の神様を祀ってあると言われる神社に参拝してお守りを購入したり、絵馬に願い事を書いて納めたり等を良いと言われることは何でもさせて頂こうと考えるようです。

金光教のご信心をさせて頂いている私達は、常平生から毎日のようにお届けさせて頂き、生神金光大神様のお取次によって天地金乃神様のおかげを蒙らせて頂くことに一筋にならせて頂けば良いのです。迷信を打破し、占いや今日の運勢等に惑わされる必要はありません。私達が神社仏閣へお参りさせて頂きます時は、まず生神金光大神様・天地金乃神様に「本日はどこどこへお参りさせて頂きます」と拝ませて頂き、到着しましたらお参りさせて頂いたことにお礼を申し上げてから、その神社仏閣の御祭神を拝ませて頂きます。

★私達は自分の都合であれもこれもとお願いさせて頂いております。もしかしたら無理を申し上げているお願いも多くあると思います。しかしそれらも全てご承知の上でお取次下さるのが生神金光大神様です。大きなことから小さなことまでお願いさせて頂き、お取次・御祈念を頂いて起こってきた出来事は、現在において一番良い結果であると受け取らせて頂きましょう。起こってきた出来事に不足を言っていては本当の信心とは言えません。

『不足信心におかげはなし』と教えて下さっておられます。いついかなる時にも心が落ち着いて、冷静に判断させて頂き、一番良い対処がさせて頂けるようなおかげを蒙らせて頂けますよう、常のご信心を油断無く実意丁寧にさせて頂き、受け物をしっかりと作らせて頂きましょう。
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2014年02月10日

●自らを限らない

私が大変感心してその姿を拝ませて頂いている学生さんがおられます。昨年、その学生さんは大学受験なさるために、目標を決められて勉学に励んでおられました。しかし、受験の直前に突然足が歩けなくなるほど痛まれたのでした。早速病院で検査を受けられますと、膝の関節に骨肉腫があることがわかったのです。その学生さんは、小学校から野球をされ、勉学にも運動にも励んでおられましたが、大学受験を一時中断され、治療に専念することになられました。

入院中は、膝の関節を人工関節に置換する手術をし、抗がん剤治療も進められました。そして、外出許可が出ると教会にお参りし、お届けをされて「祈れ薬れ」のみ教えの通りに神様にお取次ぎを願われました。その結果、無事手術は成功し、リハビリも順調におかげを頂かれて、約一年かけて厳しい状況から順調に回復されて無事退院のおかげを頂かれたのでした。そして、今年再度大学受験に臨まれるのです。

★今までは思うように体を動かすことが出来、思うように試合にも出場されましたが、その当たり前と思っていたことが実はおかげであったことに気付かれたのです。現在は、新しい目標を持たれて、精神的にも大変落ち着いて、新たな心持ちで今しなければならないことに一生懸命取り組んでおられます。私は、その学生さんの常に悲観せず、悪いことを口に出さず前向きに努力なさっておられる粘り強い精神力に感心し、そのお姿を拝ませて頂いております。

★受験生の方は、今まで努力を続けさせて頂けた事、健康で受験出来た事、ここまで成長させて頂けた事に御礼を申しましょう。そして、「徳も力も足りませんが、今まで勉強した事を十二分に発揮させて下さい。」とお願いさせて頂くのです。受験を通してより一層良い方向へ進ませて頂けるように、前向きな信心をさせて頂きましょう。

★「難しい」「できそうにない」「できるはずがない」ことにお願いしてさせて頂きましょう。(金光キクヨ姫様のみ教え)
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2014年02月09日

●慈悲深い心で真の信心を・・・

『真の信心をする人を見よ。慈悲深くするから、おかげで無病息災、諸事よいことが子孫へ続く。信心する人は慈悲深くして、真の信心をするがよい。』

★昨日はみかげ会例会が開催され、三橋潤氏のおかげ話を聞かせて頂きました。三橋氏の家の宗旨は神道であられ幼少の頃よりお父様に「天には天の神様が、地には地の神様が、海には海の神様がいる。自然の中で生かされていることを感謝しなさい」と教えて頂かれたそうです。阿倍野教会の熱心なご信者とご結婚なさり、初めは奥さんと子供さんを教会に車で送り、車で待っているというあり方であったそうです。平成16年より自らも参拝されるようになり有難くご信心をさせて頂かれますと、それ以降の仕事は大きな変化がある中を問題なく乗り越えられるおかげを頂かれました。それ以前といいますのは、アメリカ出張、横柄な態度をとる上司との関係、コンピューターの西暦2000年問題等、大きな問題の中に大変ご苦労をなされたようです。お取次ぎを頂かれ定年前の平成24年に退職後、ちょうどその時に息子さん夫婦が仕事でお世話できない時間にお孫さんのお世話が出来られ、現在はこれまでの経験を活かすことの出来る職場に再就職のおかげを頂かれました。義母・溝口くにえ氏の熱心なご信心を習われ、神様より有難いご都合お繰り合わせを頂かれたのでした。

★ご信心させて頂きます私共はどのような環境に置きましても、その中で喜びを見出していくことが出来ますようにおかげを頂かねばなりません。その為には、日参と聴教、お取次ぎを願う、み教えを頂き直す、そのようなお道の基を踏まなければなりません。

★貝原益軒(江戸時代の本草学者)人生の三楽。1)身に道を行い心得違いをせず、善を楽しむ。2)身に病なくして快く楽しむ。3)命長くして、久しく楽しむ。
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2014年02月08日

●それぞれにご修行を定める

三代教会長先生は、必要な物を買われる際には、一番高級な最高の物を買わないようにしておられました。ですから、靴でも長年大切に使われ、次に購入される際には、全く同じ物を求められたのです。そして、御本部参拝用の靴と常用と同じ型のものを分けてお使いになっておられました。スーツでも40年間着られ、クリーニング屋に出しますと、「襟が擦り切れていますので、もう精一杯着られたと思います。」と言われましたが、三代教会長先生は、「かけつぎをして下さい。」と仰いました。そうしてかけつぎ屋にお願いさせて頂きますと、見事にきれいに仕上げて頂き、三代教会長先生は、大変喜ばれその後も大切に着られたのです。

★三代教会長先生より、それらのことを通して「足るを知る」ということを教えて頂きました。そして、与えて頂く物を大切にさせて頂くことを教えて頂いたのです。物でもお金でも有るだけ好き放題使うのでなく、大切にお礼を申して使わせて頂きますと、自分の身から離れず、身についてゆくのです。それこそが豊かな生活を生み出す元になってゆくのです。

★私も高校生の頃に三代教会長先生から頂いた靴は、初めは随分と大きいサイズで中敷きを何枚か入れて使わせて頂きました。何年も履かせて頂いているうちに靴の底がすり減ったり、革が破れかけたりしたのですが、何度も修理して頂いて15年以上も御本部参拝用に大切に履かせて頂くことが出来たのでした。また現在宅祭用に使わせて頂いておりますマフラーは、社会人にならせて頂いて初めて購入した物ですが、今日まで30年間、大切に使用しております。

★それぞれに生活の中でここを大切にさせて頂こうと思うところを見つけさせて頂き、それぞれのところにご修行を定めて信心を進めさせて頂きましょう。
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2014年02月07日

●お導きは神様へのお礼である

私の家内の実家は隠岐の島にあるのですが、奈良学園前に住む家内の姉夫婦が後継ぎをして下さっておられます。

先日その義兄から連絡がありまして、「親族中が話し合いの結果、将来的にお願いしたいことがあります。隠岐の島の母屋は家は先々誰もいなくなるだろう。そうしたらお墓もそのままにしていては申し訳ないから、先々は金光教の帰教式を仕えて先祖をお祀りさせて頂きたいと思うのです。そしてお墓も隠岐の島から大阪に移させて頂きたいから、その時はよろしくお願いします。」と仰って下さったのです。

熱心に仏教を信仰してこられたお方ですので、ご信心についてこちらからは何も言っておりませんでした。ただ常日頃から神様にお願いさせて頂き、お宅祭にはお参りして頂き、共に拝んで頂けるように実意丁寧にさせて頂いてきただけなのです。

私自身は何も行き届いたことは出来ておりませんのに、家内のお祖母様の御霊様方をはじめ、様々なお導きによりご親族がお話し合いの上で、自ら仰って下さるようにまでなって頂いたことは真に有難く嬉しく思わせて頂きます。

★皆、様々なお導きを頂かれたことと思います。有難いお導きによってこのお広前にお引き寄せ・ご神縁頂かれ、おかげを蒙らせて頂いた私共ですから、少しでも多くの方に助かって頂きますよう、お導きの御用に使って頂きたいと思わせて頂きます。

★各会の例会ではおかげ話をして頂きます。実意丁寧にご信心をさせて頂いて多くの方々が助かって頂く為の近道はありません。決して安易な方法を求めず、常に神様に心を向けて生活させて頂き、おかげを頂いて参りませんと、私共はすぐに流されてしまいやすい部分があります。楽にお導き出来る道はありませんから、お導きの御用にお使い頂けますよう、自分自身がしっかりと願わせて頂きましょう。

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2014年02月06日

●何事も信心をもとにして

あるご信者が新たに楽の御用を頂かれた時、三代教会長先生に「どういう心構えで御用させて頂いたらよろしいでしょうか?」と尋ねられました。すると三代教会長先生は「あなた方は、神様の御用にお使い頂くのですから、ただの笛吹きになってはいけません。信心をもとにして、吹かせて頂くのですよ。信心を離してはいけません。そのことをしっかりと心に刻まれてその上で御用にお使い頂かれますように。」と仰られました。

★仕事も家事もその他様々な御用も全て信心をもとにしてさせて頂くのです。お商売なさる人は、信心をもとにして商いをさせて頂く、お勤めをなさる人は、信心をもとにしてお勤めさせて頂く、家庭の奥さんは、信心をもとに家を守り、主人や子供たちを後ろから祈るのです。どこにいても神様のお手伝いをさせて頂く心づもりでさせて頂くのです。現在の生活が信心に基づいてなっているかどうか、毎日自分自身を見直しさせて頂くことが大切です。「こういうところは至らないな、ここをおかげ頂こう。」と、受け物にひびが入っているところに目を向けて、そこを焼きつぐ心にならせて頂き、ご修行させて頂くのです。

そうしますと、行き届かない私達でありますのに、足らない所は足して頂いて有難いおかげを頂いていく方向へ導いて下さるのです。日々改まりを心掛け、神様に実意を向けて信心の工夫をし、どんな時でも(パソコンを打ちながら、歩きながら、車の運転をしながら等々)気が付いたらお礼申すことを心掛けさせて頂きましょう。

★人間が退化する因(ノーベル生理学・医学賞受賞 アレキシス・カレル)
1)飲食をむさぼる。2)中傷、嘘をつくことが癖になる。
3)享楽にふける。4)愚にもつかない放送を見たり聞いたりする。
5)二心を抱く。6)責任から逃れようとする。
7)ごまかす、逃げ出す。等・・。(これらがおかげの受け物にひびを入れるのです。)
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2014年02月05日

●徳を拾う

私が金光教学院に在学中、食事を作らせて頂く際には厨房の先生より、毎回食材すべてを無駄なく調理することをご指導頂きました。例えばキャベツの芯やブロッコリーの芯は、薄くスライスしてお味噌汁の具材として頂きます。また魚肉ソーセージを使用して調理する際には、ソーセージの皮をはずしますとその残った皮をスプーンでこそぎ落して頂くのです。またかき揚げをする時に使う小エビを調理する時には、頭としっぽを取り除きますが、その頭としっぽは素揚げをして頂きます。そのように工夫をなさって余すところなく頂くことを教えて頂いたことでした。そして在学中の一年間、間飲間食することなく、一日も欠参・欠席することなく、心身ともに健康におかげを頂くことが出来ました。

★すべてを大切にすることを心がけることで天地のお徳を頂くのです。しかし、すべてを大切にするということは、なかなか難しいことです。だからこそ神様に「させて頂けますように」とお願いしてさせて頂くのです。一粒万倍におかげを授けて下さるとみ教えを頂いておりますが、積徳を心がけてお水の一滴、お米一粒を大切にさせて頂けば、万倍におかげを授けて下さるのです。
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2014年02月04日

●心の鬼を追い出す

昨日で無事に寒修行信行期間を終えさせて頂きました。皆様には各々にご修行を決められ取り組ませて頂かれ有難いことと神様に御礼を申し上げております。また、その間に身につけさせて頂きました良い習慣が、今後も続いてゆきますようにお願いさせて頂きましょう。春季霊祭まで50日、春季霊祭から御大祭まで50日ございます。計100日間を共に神様に心を向け、おかげを蒙らせて頂きたいと思います。

★3日は節分でありました。鬼は外にいるのではなく、己の心の中にいるのです。自分の心の中に福の神を保ち続け、鬼が現れた時にはお取り払い頂かねばなりません。人の心は変わりやすいものです。

★お孫さん3人をお世話なさっておられるご信者がおられます。そのご信者は「初めは80才を越えた私が孫3人と暮らせるなんて何と有難いことかと思っておりました。しかし、炊事、洗濯、色々としておると一日中忙しく、孫は手伝いもしないので嫌気がさして、家から出て行って欲しいと思う事があります。体も疲れ切ってしまいました。どのようにさせて頂いたら良いでしょうか?」と仰いますので、

「一日中忙しいということは、有難いことですよ!体を動かすことで神様が健康にしてやろう、若返らせてやろう、と思し召し下さっているのではないでしょうか。食事も一人前を作り一人で食べるのは味気なく、もう作らないでおこう、食べないでもいいかと疎かになりがちでありますが、孫の分を作らねばとなると栄養のあるものをと思いますからバランスの良い食事を自身も頂いてゆけるのです。神様からお役目を与えて頂いていると思って、先を楽しみに元気な心で喜んで生活させて頂きましょう。」とお話しさせて頂いたことでした。

★和らぎ喜ぶ心が大切であるとみ教え頂いておりますが、毎日どんな時でもそれを続けてゆくのはなかなか難しいことです。ですから稽古をさせて頂くのです。
(1)日参、ご祈念によって。心を神様に向けることを稽古させて頂き、信心を強く確かなものにさせて頂きましょう。
(2)お広前に身を置き静座して(正座して)み教えを頂くことによって、病んだ心に栄養を頂き、心を洗い磨かせて頂きましょう。それは他のことを考えずに純真にみ教えを頂ける時間です。覚悟を決めて参拝されますからおかげを頂けるのです。
(3)お届けをさせて頂き、願いを確かなものにして、私心を捨てて神心を頂いて帰りましょう。

★み教えを頂いていても難儀なことに出会ったら迷ってばかりいては、それは本当にみ教えを頂いていることにはなりません。教えて頂いたことを素直に頂き、我流をとってゆくことに信心の向上があるのです。
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2014年02月03日

●おかげを頂く舵取り

あるご信者が、再就職先を決める際に同時に2社に合格されました。1社は長年続いておられる会社でしたが、少し給料が安かったのです。もう1社は歴史が浅い会社で、給料が高くとても条件が良かったのです。ご信者は「両方に合格だと仰って頂いたので、条件の良い方に行かせて頂きたいと思います。ただ、条件の良い方には正式内定を頂いておりません。給料の安い方には正式内定を頂いておりますが、今日中にお返事をしなければいけません。」とお届けに来られました。

★私も実際資料を見せて頂きましたが、あまりにも条件が良すぎる気がしましたので、「事業内容を見せて頂きますと色々な事業に手を出しておられます。今は合格と仰っておられても、いつ心変わりなさるか分かりません。何と仰って頂いたのですか?」と詳しく聞きますと「社長さんからぜひ来て欲しいと仰って頂きましたが、今日中にもう1社に返事をしなければいけませんから、正式内定を今日迄に頂きたいとお話ししております。」と仰いましたので、「それでしたら、神様に決めて頂けますようにとお願いさせて頂きましょう。好条件の会社から今日迄に正式内定が来なかったら、神様に決めて頂いたと思って給料が安い方にお返事させて頂きましょう。」とお話しさせて頂きました。

★結局好条件の会社からは正式内定が頂けなかったので、別の会社に入社され、先日入社から1ヶ月が経ちお礼届けに来られました。社員の方々に「この会社は希望すれば70才を超えても定年無しで勤められ、社長は社員に好意的で、とても良い会社だ。」と教えて頂かれました。社長には「あなたの人柄を見込んで」と大事な物を預けて頂き、そして試用期間が3ヶ月であったのを1ヶ月で正式採用して頂き、基本給を3万円も上げて頂いたのでした。「入らせて頂いたら大変条件の良い会社だと分からせて頂きました。ありがとうございました。」と御礼を申しておられたことです。

★物事を選択する際に、お届けに来られたのがおかげであったと思わせて頂きます。私達は日々選択をしながら生活をしております。その時々がおかげを頂く為の小さな舵取りの連続と言えます。小さな舵取りでもおろそかにせず、御祈念しながらさせて頂いておりましたら、神様が正しい方へ良い方へと導いて下さるおかげを蒙ることが出来るのです。
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2014年02月02日

●どこまでも離さず願い続ける

伊藤家は、家中どこの引き出しを開けても薬だらけ、というほど病気の絶えない家でした。そんな中で、伊藤ハル氏(伊藤コウ師の御母堂)がご神縁を頂かれ、ご信心させて頂かれるようになって、お結界の先生より「伊藤さん、孫の代になったら結構になりますよ。」とみ教え頂かれたのでした。

ハル氏は「今のうちにしっかり信心させて頂いて、めぐりのお取り払いを頂き、お徳を積ませて頂いたら、子の代、孫の代と次々と結構にならせて頂け、先が開けてゆくのだ。その為には、自分が伊藤家の礎とならせて頂けるよう、しっかり信心辛抱させて頂こう」と、心に決めてご修行下さったのでした。

★さらに、二代教会長・伊藤コウ師が13才の年に肋膜炎・腹膜炎を併発され、医者もさじを投げてしまわれました。その時、夜昼なく看護に努められたハル氏は、「この私のご無礼により、幼い子供がこんなに苦しんでおります。数々のご無礼の点、何卒お許し下さいませ。今日迄この子を私の子供だと思っておりましたが、これは大きな間違いでした。今日限り私の子供だとは思いません。」と一心に自分自身が改まられ、

「成長後も決して伊藤の家の為には使いません。只々神様の御用にお使い頂けるような人間に育てさせて頂きますから、今一度、神様のおかげによりまして生き永らえさせて頂きます様に、どうか宜しくお願い致します。」と一心に願い続けられました。すると、骨と皮のガリガリの細い体にお腹だけは腫れている状態であられたコウ師は、2週間で全快のおかげを頂かれたのでした。

★その後、ハル氏が何十年と願い続けられご修行して下さったことにより、コウ師はお道の教師としてお引き立て頂かれ、現在の阿倍野教会の礎が築かれていったのです。

★目前の願いが適うとそれで良いという生き方ではなく、先々に大きな願いを持ちどこまでも離さずに願い続けていくのです。「何が何でもおかげを頂くだけの信心にならせて下さい。」と生涯掛けて願い続けましょう。

★『桜の花の信心より、梅の花の信心をせよ。桜の花は早う散る。梅の花は苦労しておるから長う散らぬ』
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2014年02月01日

●喜ぶ稽古

一月をご都合お繰り合わせ頂きまして、無事生活させて頂けましたことにお礼を申し上げさせて頂きたいと思います。また、今月も日々喜んでお礼を申し上げて生活させて頂きましょう。

★『金光様は喜びの道を開いて下されたのじゃから、それをご信心申す者が、喜ばぬつらい顔をして日を過ごしてはならぬ。天地の親神様をご信心するのじゃもの、天地のような広い心にならねばならぬ。』

★羽衣教会の二代教会長松岡安枝師は、全身に重い関節リュウマチを患っておられました。どんな医師にも、「リウマチは難病ですから、治ることはありません」と言われたそうです。そんな中、二代教会長伊藤コウ師にお取次を頂かれ、「必ずおかげを頂きましょうなあ。」と、仰って頂いたのでした。松岡先生は、コウ師から頂かれたみ教えを心に刻み、覚悟を決められて神様を杖にして、「何が何でもおかげを頂こう!」と願いを持たれたのです。

初めは便所にも四つん這いで這ってゆかねばならず、椅子に座ることも出来られなかったそうですが、椅子に座る稽古に取り組まれました。そうしますと、椅子に座ることが出来られるようになり、今度は大きめのお茶の缶に座られ、段々と小さい缶に替えて座ることが出来ていかれ、遂には正座が出来るようになられたのでした。阿倍野教会へは歩いて日参を続けられ、月例祭は最後まで座礼で祭員の御用に就かれたのでした。

★食事が出来ること、健康で仕事をさせて頂けること、息が出来ること、手足が動くこと全てにお礼を申し上げさせて頂きましょう。出来なくなってから出来ていたことの有難さに気付き、お詫びを申させて頂くようでは申し訳ないことです。出来ることが当たり前のように思ってしまいがちですが、現在させて頂けていることにお礼を申すことが喜ぶ稽古です。また、起こってくる全ての事を、信心の材料にさせて頂き、喜びに変えさせて頂き、おかげを頂いて参りたいと思います。
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