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2014年01月31日

●目に見えない世界を大切にする

1月30日は、昭和62年加川一夫先生のお母様、たつの氏がお国替えされました。たつの氏は大変熱心なご信者であられ、御生前中ご家族に対して「私がお国替えしたら、信心させて頂くと何と不思議なことがあるか、ということを見せます。」と口癖のように話しておられたそうです。

★たつの氏がお国替えなさった翌年のことです。お孫さんの古澤さん宅に10年ほど前に購入していた白梅の鉢植えに一本の枝にだけ紅梅の花が咲いたのです。お孫さんのお嫁さんである古澤氏がたつの氏の夢を見られ、夢で梅のことを尋ねられると、たつの氏は「あの花は、私が咲かせました。」と仰ったそうです。

★古澤氏の家は、8坪の2階建ての自宅に住まれておられ、隣の家を購入させて頂けるように毎日お願いなさっておられました。すると、たつの氏がお国替えなさった6ヵ月後、先方から「土地を買って下さい」と言って頂いたのです。その日の夜、その古澤氏の夢の中にたつの氏が出て来られ、「おばあさん、隣の家を買って欲しいと仰っています。」と話されると「おかげを頂きましたね。」と言われたそうです。しかし先方に返事を渋っておられると、また後日の夢の中にたつの氏が出て来られ「早く決めないとこうなります。」と言われ、そちらを見ると隣家が無くなっており隣は崖で暗闇になっている、という夢を見られたそうです。慌てて次の日に購入の返事をされると、また次の日の夢に、はっきりと4桁の数字が表れ、後日先方から提示された土地の金額と全く同じだったそうです。そして無事に購入のおかげを頂かれ、現在も使わせて頂いておられるのです。

★目に見えている世界と目に見えない御霊の世界は、つながっているのです。目に見える部分のみを見ている範囲というものは、実に狭いのです。目に見えない世界を大切にさせて頂き、神様にまた御霊様に通じる信心をさせて頂きましょう。
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2014年01月30日

●家業は信心の行

先日、大谷氏というお方に教会に来て頂きました。そのお方は、御神殿・御霊殿の灯篭を作って頂きましたお方のお孫さんにあたられます。

大谷相模掾鋳造所は、現在まで400年も商売が続いておられるそうです。現在のお広前がご建築されましたのは昭和32年のことで、灯篭を作られる際に、「日を切られては仕事ができません。納得できたものを修めさせて頂きます。同じものは二つとありません。世の中に一つだけです。薬品処理はしませんので、乾拭きをして下さい。そうすれば、上品な物になってゆきます。」と仰って頂いて、無事納めて頂いたのです。灯篭は今日まで56年間毎日乾拭きをし、今では上品な輝きを放っております。

★大谷氏は破風(はふ)を見られて、「立派な破風ですね。さぞ有名な宮大工がつくられたのですね。」と仰っておられました。その破風はその時に金剛組を既に退職なされた随一の宮大工さんが皆さんと同じ日給で尽力下さり、一人で責任もって仕上げて下さいました。

玄関には、四間通しのケヤキのむく材の上りがまちがあります。 ケヤキは、伐採してから板材にして乾燥して切るまでの間、右に左にと大きく反れるため、きちんとしつけをしないと建築用材として使うことが出来ません。ですから「蟻刺し」といって、その反りを防ぐために木目と直角に溝を掘って桟をはめ込んでいくのです。

その宮大工さんがお一人で何ヶ月もかけて、そのケヤキが暴れないように「蟻刺し」をして下さいました。その宮大工さんは、どこに「蟻刺し」をすれば良いかよく樹の癖を見抜いておられ、行き届いて丁寧にお仕事をして下さいました。ですから、56年経った現在も全くケヤキが暴れず狂わずに、そのままで使わせて頂くことが出来ています。

★どこまでも実意丁寧に家業を行とさせて頂きますと、どんな時代にあっても乗り越えてゆくことができるお徳を頂かれるのだと思わせて頂きます。仕事をさせて頂きますのに、神様のお恵みの中で生活させて頂いているのでありますから、神様の御用をさせて頂くつもりでさせて頂くのです。家業は信心の行であります。お仕事の上にお徳を積ませて頂くつもりでさせて頂くことを願わせて頂きましょう。

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2014年01月29日

●信心の稽古

私の長女が生後10ヵ月の時に、あごの下にウズラの卵くらいの大きさの腫れ物が出来たのです。すぐに三代教会長先生にお届けさせて頂き病院に行かせて頂きますと、医師より「良いものでも悪いものでもどちらにしても手術をした方が良いでしょう。」と診断して頂きました。 良いものでも悪いものでと言われると不安に思うものです。しかし「これからは一切悪い事を思わないようにして、御神酒でおかげを頂こう!そして数日後の診察は行かなくて良いというおかげを頂こう!」と夫婦で話し合ったのでした。そして一心にお願いしながら日々娘のあごの下にある腫れものに御神酒をつけさせて頂きました。 すると何と、2、3日の内に腫れものが下におりはじめ、診察の朝には腫れものの口が開いたのです。お剣先に御神酒をふくませて腫れものに当てさせて頂きますと、どんどんと血膿をお取り払い頂いたのでした。その後、病院に行く事もなく一年間かけて計10回も腫れ物に口が開いて血膿をお取り払い頂いたのです。

★「悪いことを言わないようにしよう、思わないようにしよう。」ということは家庭でもすぐに実践できるご修行です。家庭では、つい甘えが生じやすいものです。だからこそ、より一層に自分自身の姿を改め、心配りをさせて頂いて、周囲の方が助かって頂くような働きをさせて頂くことが大切です。家庭や職場で、常日頃の信心が発揮させて頂けるよう、日々信心の稽古に励ませて頂きましょう。

★『ここは教会所だから、神様の教をお話してきかせ、信心の稽古をするところ、家庭はいわば、檜舞台。教会所で習ったところを、家の檜舞台で踊りそこなわないように、しっかり信心の稽古をさせていただきなさい。』『この神様は、病気なおしの神様ではない。心なおしの神様だから、心が助かれば、病気もおかげになる。神様にお願いした上は、病気は神様にお任せし、お預けして、自分は忘れて、ひたすら信心の稽古をさせていただきなさい。』(安武松太郎師のみ教え)
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2014年01月28日

●難に負けないご信心

88歳でお国替えされました樋口百合子氏が、参拝されるようになられた頃は大変厳しい生活状況であられ、辛い日々で毎日泣いて暮らしておられました。また、娘さんの目が見えない状態であられましたので「生活が立ち行きますように。娘の目が見えるようになりますように。」とお願いなさっておられたのです。伊藤コウ師は、「日参して、み教えを頂きなさい。」と仰いました。

★日参をなさって日が経っても娘さんの目は治りませんので、樋口氏が「まだ治りません。」とお届けなさいますと、コウ師は「1日何回参拝されていますか?1回なら2回、2回なら3回参拝してみ教えを頂きなさい。」と仰いました。参拝の回数を増やしても治らないので「まだ治りません。」とお届けなさるとコウ師は「あなたはどう言う聞き方をなさっているのですか?私はみ教えを頂きなさいと言っているのです。家に帰ってみなさい。台所の流しのところには野菜のクズやお米の粒は落ちている、家の前の溝は臭くて汚いものがいっぱい詰まっている、そんなことで結構になりますか。」と仰ったのです。家に来られたことがないのになぁ…と思いながら家に帰らせて頂くと、全くその通りであられたのです。家の実状がしっかりと見えていない自分に気付かれ、そこから改まられて流しや家の前の溝の掃除をさせて頂かれ、夜中参りまでなさり娘さんの目が見えるおかげを頂かれたのでした。

★日参と聴教は改まりの第一歩であります。改まりは神様に心が向かわねばさせて頂くことはなかなか出来ません。神様は常に氏子の信心が進むように願って下さっておられます。『神様からおかげが出ると思わずに、信心からおかげが出ると思って、信心の辛抱を強くせよ』とみ教え下さっておられます。日参と聴教を重ねて正しい心・神心を養わせて頂き、全ての出来事を自分の肥やし・力として、難に負けない信心を培ってゆく心持ちが大切ですね。
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2014年01月27日

●心を洗う

五悪…1)仕事は良くするけども心険しい者。(「心険しきは盗賊よりなお悪し」という言葉があるほどです。)
2)偏向して頑固な者。(偏った物の見方、考え方をし、頑固な者は孤独になります。)
3)嘘が多くて、口達者な者。(信用を失うばかりです。)
4)雑学にして、博識ぶる者。(自慢したがる。学問を修めれば修めるほど、どこまでも謙虚になってゆかねばなりません。)
5)恩を売る者。(こんな事をしてやった、あんな事をしてやったと恩を売ることは、かえって徳を失います。)

★この悪というのは、法律で裁くような悪ではありません。心の掃除をしなさいという意味なのです。み教えを頂き、自分自身の現在のあり方を見直し、改まらせて頂いて心を洗わせて頂くのです。心が洗われますと、それは身体に現われ、行いに現われ、生活に現われ、仕事ぶりに現われ…というように実意丁寧な姿になってゆくのです。その本当の実意丁寧な姿には、神様からご信用頂くことはもちろん、人から感銘を受けるほどの姿になってゆくのです。生涯かけてどこまでも改まり、天地に対して慎み深い心にならせて頂きましょう。

★『神様を拝むのに、手や口で洗っても心を洗わねば、何にもならぬ。心は火や水では洗えぬぞ。真一心で心を洗って信心をせよ。』
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2014年01月26日

●心配や不安・腹の立つことは神様にお預けを

先日、ある方がお届けに来られ「腹が立って、腹が立っておさまりません。一番私のことを理解してくれていると思っていた家族が、理解してくれていないことに気付きました。その事が気になって、いてもたってもおれず、ゆっくり眠ることも出来ません。」とお届けされました。
★そこで私は、その方の話をじっと聞かせて頂き、「腹が立ったらその腹の立ったことを神様にご祈念し、お預けさせて頂いたらよろしいです。『今このように腹が立っております。このような私ですがどうぞおさまりますように、よろしくお願い致します。』と金光様にお取次頂き、天地の親神様にお預けして帰らせて頂くのです。「こんなことを言うとご無礼だろうか、こんな程度の信心だと思われては恥ずかしい…」など考えずに、「今日は一つこれを聞いて頂いておかげにさせて頂こう、信心が進ませて頂けるようにみ教えを頂き、これを良い機会にさせて頂こう。」と、どんなことでもお届けさせて頂いたらよろしいですよ。神様は家の中の事情や、あなたの働きはよくご存じであられますから、人に認めてもらおう、お礼を言ってもらおうなど思う必要はありません。「神様と二人連れ」とみ教え頂いていますでしょう。自分がさせて頂いていることは、すべて自分に返ってくるのです。良いことを心掛けてさせて頂いていると、良いことが返ってきますし、悪いことをすれば全部自分に返ってきます。自分が親孝行すれば、親孝行してくれる子供や孫に育ってくれるのです。人間ですから、腹が立ったり、心配や不安が起こることは不思議なことではありません。しかし、私たちはお届けさせて頂いてお預けする場所があるから有難いのです。ですから遠慮せずに、すべてお届けさせて頂いてお預けさせて頂きましょう。」とお話しさせて頂いたことでした。
★『あなたは、腹が立ってもこらえてこらえて、それを腹の中へおさえこんでおられる。それではわが体をこわす。もう一つ進んで、腹の立つことを知らないということになるがよい。それには、悪いことがきても、『これは自分が犯した罪のめぐりか、先祖が犯した罪のめぐりであろう。これで、一つめぐりを取り払ってもらうのだ』と思うがよい。また、それに相違ないのであるから』
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2014年01月25日

●明き・清き・直き心を育てる

人間は完全無欠な存在ではありません。社会や家庭でも至らない者同士が辛抱して頂き、許して頂いて生活をさせて頂いています。色々な方々にお手伝いして頂くのですから、「いつも至らない私の為に申し訳ございません。お手伝いして頂くことで物事が進みます、ありがとうございます。今後とも何卒よろしくお願い致します。」とどこまでも謙虚な心でお願いさせて頂かなければなりません。

★また、用事をお願いするにしましても、人はそれぞれ器の大きさが違います。その器に応じたことをお願いせねばなりませんから、その器を超えるようなことを言ってしまってはいけません。『理屈があっても、みなまで言うな。理屈とくさびは八合詰め。』とみ教え頂いておりますように、正しいからと言って言い過ぎてしまったり、理屈でねじ込んでしまったりしていては決して良い結果は生まれません。また、人にお願いさせて頂いたことでも自分自身が後始末・尻拭いをしっかりとしなければいけません。そういう覚悟がしっかり出来る人が責任を持って物事をさせて頂けるのです。

★『我情我欲を捨てなさい』とのみ教えは、自分のことばかり考えずに人のことを思い神様の為お道の為を思いなさいと言うことです。神様は私達氏子が間違いを犯してもどれほどご辛抱下さって、どれほどお許し下さっておられますでしょうか。私達も神心を養わせて頂き、常にお取次ぎ、み教えを頂いて、明き・清き・直き心を育てさせて頂きましょう。


★明き…明朗活発というだけでなく、先を楽しみに願い、思い分けの出来る賢さを持つ。
清き…常にみ教えを頂き、不成心を去りて純粋な清い心を保つ。
直き…み教えの意味が心から有難く頂け、素直に自ら実行させて頂く。
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2014年01月24日

●心の耳を開く

以前より、耳に水が入ったような違和感を感じておりましたので、先日耳鼻科を受診させて頂きました。なんと、38年ぶりで耳鼻科を受診したのです。診て頂きますと、通常なら入らない所にまで耳垢が入っているとのことで取って頂いたことでした。普段、耳掃除はさせて頂いているつもりでもすべて取り切れていないのですね。また、その際に聴力検査もして頂きました。すると、年齢のわりには聴力が落ちているという診断だったのです。

私は、幼少の頃中耳炎を患い、両耳とも難聴になった経験がありますし、右耳は中学生時代に鼓膜が破れたこともありますので、聴力は落ちていても不思議ではないと気付きました。しかし、その38年間も耳鼻科に行かずとも通常の生活を送らせて頂くことが出来てきたことに感謝をせねばなりません。まさにおかげを頂いてきたことに改めて気付かせて頂くのです。私は、この機会に神様が「心の耳を開きなさい。」と教えて下さったのだと思わせて頂きました。

★心の耳を開くということは、万物をよくみて、その奥の天地の親神様の教え(お声)を聴きなさいということなのです。神様の深い深い思し召しを分からせて頂くために、信心をもって聴くということなのです。

★信心というのは一日に何度お参りすればよろしいかという問題ではないのです。何度もお参りさせて頂いて、御神徳に満ちたお広前に身を置かせて頂くのです。そうすれば、神様のお声を聴かせて頂くことができるのです。信心とご修行というのは、車の両輪のようなものですから、信心が進めば、ご修行が進み、ご修行が進めば信心が進ませて頂けるのです。

★「子曰わく、学んで思わざれば則ち罔(くら)し、思うて学ばざれば則ち殆(あや)うし。」(論語より)(孔子がおっしゃいました。「もし学びながら思考しなければ、本当に物事を理解する事など出来ない。もし学ばずに思考すれば独善(ひとりよがり)に陥ってしまって危険である。」)
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2014年01月23日

●自分を生かす

三代金光様は『信心するものとせぬ者とでは、親のある子とない子の違いがある。』とみ教え下さっておられます。教祖様は『天は父、地は母』とみ教え下さいました。その有難さを理解し、神様の氏子であるという自覚をもって生活させて頂くことを「親のある子」という語で表現なさっているのだと思います。「親のない子」については、まず親のない子はいないのでありますから、親の有難さやご恩が分からない者のことであると言えます。私達は神様の氏子としておかげの中に包まれて生活させて頂いております。★松本光治氏は、網膜色素変性症というご病気で両眼の視力をほとんど失われました。松本氏は画家であられましたので、医師から次第に視力を失うことを告げられた時には、自殺未遂を図るほどに生きる気力を失われたのでした。そうした時に、奥様がお導き頂かれ、二代教会長伊藤コウ師より、「今から神様にお願いさせて頂いて、絵を描かせて頂けるようになりましょう。」と有り難いお取次ぎを頂かれたのです。松本氏は、日々教会に参拝なさり、み教え頂かれた通りに180度心を変えられ一心にお願いが出来るようになられました。すると、暗闇の中に針ほど光を見ることが出来る時間が少しの出てきたのです。そのわずかな映像を脳裏に焼き付けて、奥様の献身的な手助けを頂かれながら、手探りで油絵を描くことを始めることが出来られたのでした。そうして、一水会という芸術展に昭和27年から40年までの14年間、連続で入選されるという大変素晴らしい功績を残されたのでした。更に有り難いことには、松本氏は、無償の奉仕で後進の指導に力を入れられ、若い方の縁談のお世話なども積極的になさったのでした。★信心がない時は、暗闇の中をさまよってどこに行って良いか分からなかった人が、信心をさせて頂きますと、明るい光の中で物事が良く見えて正しい判断がさせて頂けるようになります。金光教は全てを下さるお道です。世間から見捨てられたような人であったとしても、生神金光大神様の御取次により心を変えて頂きおかげを頂いてゆくのです。心が荒地荒れ屋敷になっていても、それを真心を込めて手入れをしてゆけば、立派な物になってゆくのです。
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2014年01月22日

●心も身体も活性化!

先日もアルツハイマー病について触れさせて頂きましたが、歩きながら計算する等の運動療法で脳の活性化に良い効果がうまれるということが判明しました。

この信行期間中、一日何度も教会に足を運ばせて頂き、信心の鍛錬をさせて頂くと同時に、心も身体も健康にならせて頂きましょう。教会に歩いて参拝させて頂く道中で、すでにおかげを頂いているのです。そして教会に参拝させて頂きますと、腹式呼吸で拝詞集を唱えさせて頂くことにより、体中に酸素を取り入れ、脳の働きを良くしていくことが出来るのです。

★さらに、毎日の生活習慣を変えていくことが心も身体も健康になることに繋がるのです。毎日の生活の中でご修行することはたくさんあります。

例えば、飲食を節することもご修行の一つです。教祖様は『大酒大食するは絶食のもとになるぞ。』とみ教え頂いております。神様から「ここで腹八分目ですよ。」とお知らせを頂いているのに、「もう一杯飲もう、もう一口食べよう。」と思うのは我情我欲です。

我食い、我飲み、大酒、大食は神様が与えて下さった身体に対する大変なご無礼であり、体を壊す元です。我情我欲を戒め、神様から頂いているお知らせを守り、分相応を過ごさぬよう倹約をさせて頂きましょう。

また、感情を抑制することもご修行の一つです。喜ぶことは十二分に表現し、怒りや悲しみは抑制するのです。毎日笑って生活し、相手を立てて尊敬し、毎日の生活を良い方へ活性化させて頂きましょう。

★脳を若返らせる5つの「かきくけこ」
「か」…感動する。
「き」…興味を持つ。
「く」…工夫をする。
「け」…謙虚。
「こ」…心配り。

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2014年01月21日

●心も身体も豊かになる為に

先日NHKの番組でアルツハイマー病についての報道を見せて頂きました。現在、アルツハイマー病を予防する研究が進んでいます。認知症に占める割合がおよそ7割と最も高く、近年発症者が急増しているとのことです。未だに完治させる方法はありませんが、近い将来必ず治る病気であると仰っていました。

病が発症するまでに25年もの年月がかかることが、大規模な追跡調査から明らかになったのだそうです。症状が出始めるはるか前から薬を投与して予防し、既に症状が出始めている場合でも、進行を食い止める新薬の開発が最終段階を迎えているそうです。さらに日本の研究では運動療法で良い効果がうまれることが判明したそうです。歩きながら簡単な計算をする、歩きながらものを考えたりして2つのことを同時にすることが、新しい神経細胞を増やしてゆくのです。日々自分自身を鍛えてゆくことが心も身体も若々しく保つことができてゆくのですね。

★心も身体も豊かになる為に(佐藤範雄師のみ教えより) 
1、自分の欠点を改め、人の良いところを見て見習い、互いに立て合う。 
2、一つの事に邁進し、一芸に秀でる人間にならせて頂く。 
3、つまらないことを話題にせず、必要なことだけを話し、良いことばかり口に出す。 
4、夜は早く寝て朝参りをさせて頂き、すぐに仕事に取り掛かれるよう一日の段取りを組ませて頂く。 
5、借りたものは3日前に返す。それが真心を足すということです。 
6、「お願いが成就させて頂けるようにそれだけの努力をさせて下さい。」と熱のこもったお願いをさせて頂く。
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2014年01月20日

●神様を目当てに

『天地金の神といえば、天地一目に見ておるぞ。神は平等におかげを授けるが受け物が悪ければおかげが漏るぞ。』

★「陰徳有る者は、必ず陽報有り。陰行有る者は、必ず昭名有り。(人知れず徳を積む者・良い行いをする者には必ず良い報いがあり、陰のご修行をしている者には必ずご修行に応じた名誉が与えられるものであるという意味)」と言う言葉があります。人の見えない所で行っていることでも神様はよく御存知であられます。常に神様を目当てに良い行いや陰のご修行をさせて頂くよう心掛けておりましたら、必ず神様からおかげを蒙らせて頂けるのです。

★また、「桃李もの言わざれども下自ら蹊を成す(桃やすももが何も言わなくても、美しい花や実に惹かれて招かなくても人が集まり、その下には自然に小道ができると言う意味)」と言う言葉があります。この言葉には徳のある者は招かなくても、人はその徳を慕って集まると言う意味もあります。人に対して「私はこんな良いことをしていますよ」と言わなくても、自然と伝わってゆくものです。ですから、急かず焦らず一歩一歩向上してゆくことをお願いしながら、コツコツと徳を積ませて頂きましたら、お役に立つ働きがさせて頂けるような大変有難いおかげを蒙らせて頂く姿になってゆくでしょう。

★徳と力は簡単に手に入るものではありません。財や名誉や地位等を高く望む人は世の中に多くありますが、それだけの徳と力がないところに与えられても、維持管理が出来ないようになって結局は手放さなくてはいけなくなります。力のない人に重たい物を渡しても、持てなくて落としてしまうか、その人の姿勢が崩れてしまうのと同じことです。本当に徳と力もしっかり頂いて準備が出来ていないことにはチャンスをつかむことは出来ません。日々の日参と聴教を欠かさずにコツコツと徳と力を積ませて頂き、いつでもチャンスを掴めるように準備させて頂くようにおかげを蒙らせて頂きましょう。
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2014年01月19日

●日々改まったご信心

昨日は、教徒会総会が開催され、森荊六氏の有難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★昭和10年、森氏のお母さまの胸の病気をきっかけに、ご近所に住んでおられたご信者にお導き頂かれて、旧広前に参拝されたのがご信心の始まりであられました。それから一家勢信心のおかげを頂かれ、大難を小難に小難を無難に、大病を小病に小病を無病におまつり替え頂いておられるのです。

★森氏は、お父様から受け継がれた家業を相続なさり、印刷業として年々繁盛のおかげを頂いておられます。昭和34年、立教100年のお年柄に教徒会機関誌として「阿べの創刊号」が刊行されました。森氏は、二代教会長伊藤コウ師より作成のご命を頂かれ、以来55年に亘って御用にお使い頂いておられます。森氏は、三代教会長先生のご生誕以来の年譜(小学校ご時代に郡長賞を頂かれたこと、住吉中学首席で卒業後、知事褒賞受けられたこと等々)をお説教を日々聴教しながら書き留めておられました。三代教会長先生がお国替えなさった翌年、「三代教会長伊藤良三清玉道継根大人霊神 一年祭をお迎えして」のご本が発刊されました。そのご本の編集から完成まで作成の御用にお使い頂かれ、森氏ご自身の人生に於ける最も誇りある御用としてお役に立たれたのでした。

★森氏は、一男二女の子宝を授かられ、信心と家業の相続のおかげを頂いておられます。子供さんの良縁に際し、森氏ご自身が改まれ、「朝のご祈念前に御取次ぎを頂くこと」というご修行を決められ、以来今日まで欠かすことなく続けておられます。そのご修行を決められた翌年の平成12年4月には長女さんが、続いて同6月には長男さんが、無事結婚のおかげを頂かれました。次女さんも平成23年に結婚のおかげを頂かれ、昨年無事に女児安産のおかげを頂かれ、4代目の信心相続成就のお願いをなさっておられます。

★日々改まりに改まってご修行に励み、信心の稽古を積み重ねておられることにより、ご自身の上、子供さんの上、お仕事の上にもおかげを頂くのですね。
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2014年01月18日

●神様がかけて下さる願い

先日、医師であられるご信者に御本部の御門のお写真を見せて頂きました。ご信者は「この1枚の写真でおかげを頂かれた方があられます。私もおかげを頂きました。」とお話し下さいました。

★ご信者の勤められている病院の従業員の方が、上司と気が合わず「朝出勤してから夕方5時になるまでこの椅子に座っていろ。」と上司から言われて3年間も座り続けておられたということなのです。ある時ご信者が事務方で人手が足りず総務課にお願いされますと、その方の名前が挙がり、ご本人も承諾して下さいました。ご信者が仕事の説明を丁寧にさせて頂かれましたら、「どんなことでも仰って下さい、させて頂きますから。」と仰って下さったものの、緊張で表情が硬く強張っておられたそうです。そこで、ご信者が緊張を和らげて頂きたいと心中御祈念なさり、家族の写真などを見せてお話しさせて頂かれましたら、その中に御本部の御門のお写真が混ざっていたそうです。そのお写真をちらっと見られ、「ちょっと見せてください。ここに小さい頃に親に連れて行って頂いた記憶があります。」とその方の親様が金光教のご信者であられたことが分かり、そのことから表情がなごみ打ち解けることが出来られたのでした。今も元気に働いて下さっているそうです。

★毎日、神様が私達に願いをかけて下さっていると分からせて頂かなければいけません。だからこそ様々な出来事を与えて頂いております。神様が従業員の方のことをかわいそうに思って下さり「なんとかあなたの所で役に立つ人にしてやってくれ。」と願いをかけて下さったのだと思わせて頂きました。従業員の方だけでなく、ご信者も御神縁に繋がっておかげを頂けるという有り難い経験をさせて頂き、神様に使って頂けたと喜んでおられました。

★仕事や勉強は、今お命を頂いているお礼にさせて頂くのです。自分の能力を半分位しか発揮していなければ、それは命を無駄にしているということになります。精一杯充実してさせて頂き、今日も一日役に立たせて頂きましたと喜ばせて頂きましたら、心も体も健康になります。与えて頂いた事は全て神様から授けて頂いたのだと分からせて頂き「どうぞ十二分の働きが出来る人間にならせて頂きますように」とお願いさせて頂き、おかげを蒙らせて頂きましょう。
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2014年01月17日

●何事も実意で

三代教会長先生が、商売をなさっておられるあるご信者のお宅祭に行かれた時のことです。そこには、そのご信者のお知り合いの同業の方もお参りなさっておられたのでした。その方も親の代から金光教のご信心を頂いておられるとのことで、立派なお店を構えて商売をなさっておられました。ところが、借金が嵩み、資金繰りに苦労なさっておられたのです。

そこで、三代金光様にお取次ぎを願われ、「なぜこのように商売がうまくいかないのでしょうか。」とお尋ねになったそうです。三代金光様は初めは何も仰らなかったそうですが、重ねて「なぜうちはこのように商売が…」とお尋ねになられました。すると三代金光様は、『何事も実意でな。』とみ教え下さったそうです。しかしその方は、「そんなことなら知っている。」と思われたのでした。その話しを三代教会長先生がお聞きになられ、「今この方は器がない。何をお話ししても聞き入れる余地が無いのだなぁ。」と残念に思われたのでした。

★神様は、何事も実意に本気になってさせて頂く人間には、必ずご都合をつけて下さるのです。「人の倍も三倍も値打ちのある仕事をさせて下さい。」という心構えで、無理無駄なく、実意丁寧なお仕事をさせて頂いておりますと、どんな難しい仕事であろうが、重責であろうが、あの人にしてもらわなければ困る、というように人から必要として頂き、用いて頂くことが出来るのです。神様から与えて頂いた能力を十二分に発揮させて頂けますよう、ご信心させて頂いて身に徳と力を頂きましょう。

★『氏子、信心するという心におかげはないぞ。信心させて頂くという心におかげはあるぞ。氏子、商売するというから神は見ておる。商売させて頂くという心になれば、神はつきまとうてさせてやる。』
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2014年01月16日

●心の濁りをとる

あるご信者は、「教会で有難いみ教えを頂いて、心がスキッとして家に帰らせて頂きます。しかし、家に帰り色々と用事をしていますと心に濁った物が溜まってゆくのです。そういう心を取ってゆかなければならないと思わせて頂きます。」とお話し下さいました。そのご信者は、お姑さんの言動が気にかかるようです。その時々にみ教えを守ろうとしても、出来ないことがあるようです。

★ご信者は幼少の頃より両親に厳しく躾けて頂かれ、行き届いて用事をなされます。そうでありますから、家老としてお役に立つ働きをなさっておられます。そのことを家族は喜んで下さるのですが、お姑さんだけはさらにレベルの高い所から毎日色々と言われるのです。そのことで腹が立つのです。ご信者はお姑さんに何も小言を言われないように努力なさってこられました。

近頃は、「あんたの作った食事が口に合う」「娘のところに泊まっても気を使う、こっちの家が良い」と言われるそうです。実の娘さんよりもお嫁さんの方が気を使わなくて楽だと言いながら小言を並べたてる毎日だそうです。私は「それは、砥石で研いで下されているのですよ。さらにお役に立てるように言って下されていると考えますと有難く受け取らせて頂けます。娘さんよりあなたを頼られるのは、甘える対象があなたになっているのです。それは、憎しみの表現と取らずに愛情表現であると思わせて頂きましょう。」とお話しさせて頂いたことでした。

★心の穢れを毎日お取り払い頂かねばなりません。各々に神様から与えて下さるところのご修行があるのです。今日一日は新たな一日であり、今日一日をおかげ頂いてゆくつもりで神様におすがりさせて頂くのです。その日その日の積み重ねが大切です。金光英子師に先日み教え頂いた中に『春風に似たるこころをもちたしと 吹く春風に吹かれつつおもふ(四代金光様のお歌)』というお歌があります。春風とは冬の氷を溶かし、全ての命を芽吹かせる働きをするのだと教えて頂きました。そのような和らぐ春風の心にならせて頂き、人のことを願わせて頂けるようにならせて頂きたいと願わせて頂いております。
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2014年01月15日

●世話になるすべてに礼を言う心

人が生まれてから成人するまでにかかる衣食住、教育費は、平均して約1500万円かかるといわれております。社会人にならせて頂いて、しっかりとご恩返しをさせて頂くことが一人前になると言えるのです。頂いたお給料は自分に費やすことばかり考えず、(1)過去へのお礼(2)未来への蓄え(3)現在の消費生活(4)冠婚葬祭・交際費と4つに分け、御無礼の無いように、分相応に使わせて頂きましょう。どれほどご恩返しをさせて頂くつもりであってもやはりお世話になることの方が多いのです。ましてや、神様の恩恵の中で生活させて頂き、おかげを頂いていることに対しては、お世話になるばかりで全くお礼が足りていません。

★『あなたがたは小さい所に気を付けて、夜分に提灯を借りても、手土産をつけてありがとうと礼を言って返す。それならばお日様にはどのくらい大きなお礼を申しても過ぎることはあるまい。』『信心する者は山へ行って木の切り株に腰を下ろして休んでも、立つ時には礼を言う心持ちになれよ。』

★四代金光様は「世話になるすべてに礼を言う心 神を現し、神になる心」と仰せになっておられます。一日百回お礼を申したとしても足りないでしょう。お世話になっているすべてに対してお礼を申す心が真を表す心だと教えて下さっていますが、なかなか実行出来難いことです。神様から私達氏子にかけて頂いている願いを悟り、生涯を通してどこまでも稽古を重ねてゆく覚悟をさせて頂きたいと願わせて頂いております。
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2014年01月14日

●わが心でわが身を救い助ける

先日の御本部参拝で金光英子師に御挨拶させて頂きました時に、大変有難いみ教えを頂きました。

英子師は、昭和53年7月29日お父様の金光真整師がお亡くなりになられ、「どうして亡くならねばならないのか、私が死んだほうがよかったのではないか。」と嘆き悲しんでおられた時の事です。英子師が、研究所にて御用をなさっておられた時、あるお方に「あなたのお父さんはね。」と真整師のことを話して下されたのです。

★真整師が金光様のお手代わりとしてお結界でお座りになられた時、あるお方がお届けに来られました。そのお方は三人いた子供の中で一番末の子が亡くなってしまわれたのです。そのお方はお結界で「金光様、私は励まされても、あんたなんかに解るもんかと思うし、慰められてかわいそうにと言われるともっと腹が立ち、そして金光教の信心をしているのに、子供が死んでと言われると、どういうふうにしようかと思う。」と真整師にぶつけられたのでした。

すると、真整師は、「そうですか、そうですか。」と30分も聴いて下さったのでした。そして「そうですか、よく解りますよ。」と言われて教祖様のお話をされたのでした。「教祖様はなぁ、三人のお子様が居られて、一番亡くなっては困る長男を亡くされたのに、後の二人が残されたということにお礼を申されたそうですよ。」とお話しされました。

すると、そのお方は、「私は子供が二人残されている御礼を言うのを忘れていましたし、子供がこの世に生まれて来てくれたおかげで亡くなって悲しいことがあるのだということが解ったので、もしその子が生まれてもいなかったら、悲しいこともない代わりに、いっぱい良いものもくれなかったはずだと思うと、その子が自分の子供でいてくれたことにお礼と感謝をさせて頂かねばなりません。」と今までの嘆き悲しみから、突如嬉しい有難い涙に変わられたのでした。

★同じ状態でありましても、心が変わらせて頂きましたら、捉え方を180度変えて頂くことが出来ます。『わが心でわが身を救い助けよ』と教えて頂いておりますように、この様に心が変わらせて頂くだけで、おかげを頂いていくことをまさに「心が助かる」ということだと思わせて頂きました。

★私達の生活で何もないということはありません。毎日、食糧も衣服も何不自由なく与えて頂き、暖かい布団で休ませて頂いて、温かい生活をさせて頂いておりますのに、不足ばかり申しておりましたらそれこそご無礼です。悪いところばかり見て暮らしていましたら、辛い事の連続に思えるかもしれませんが、どんな状況であろうが神様に心を向けさせて頂き、嬉しく有難く生活させて頂きましたら、ご信心している意味があり、有難いおかげを生み出されるのですね。

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2014年01月13日

●病気災難の根を置いて帰らせて頂く

昨日は、御本部年賀参拝を1列車8輌・バス9台の併用で団体参拝を無事運行のおかげを頂きました。御霊地では、成人式や御神酒授与を万事におかげを蒙りましたことは、大変有難いこととお礼を申し上げております。

★昭和46年12月11日、中井久夫氏は心筋梗塞を患われました。翌日の12日が御本部参拝でありました。家族に代参を頼み、無事一人で留守番をなさったのです。そして、13日に入院をなさり、約一ヵ月間治療を受けられました。入院時の日記には、「御庇礼の高い教会の親先生のお祈りを頂きながら、ようおかげを受けん鼻たれの信者ではいけない。私は鼻たれの信者にはならない。阿倍野教会の信者である。信心がぼけるとおかげがぼける。退院をするには、病気に打ち克って治さなければならない。何としてでもおかげを頂かねばならない。み教えを求め、目的に信念に燃える心、これが元気な心だ。神様にすがる、一心にすがるということだ。」と自らを鼓舞し、決意なさっておられたのです。

★翌年1月29日退院後、いつ発作が起きるか分からない状態が続き、ニトロールという薬をいつも持ち歩くことになられました。「御本部参拝で病の根を置いて帰らせて頂き、根切れのおかげを頂きたい。」と強く願われ、「御神酒と御神米でおかげを頂かせて下さい。」とお願いなさり、ニトロールを携帯せずに参拝されたのでした。

★昭和50年6月の御本部参拝の行きの列車で発作が起こり、苦しくて岡山で列車を降りられ、引き返し帰宅されました。そのことが悔しくて「こんな弱い信心でおかげを頂けるはずがない。」と願いを新たにされました。同年9月御霊地で発作が起こり、6月の2倍も苦しまれましたが、御神米と御神酒を頂き、生命のことは神様にお任せされて帰りの列車では53巻大祓詞を唱えさせて頂かれ無事帰宅されたのです。なんと、それ以来一度も発作が起らず病気根切れのおかげを頂かれたのでした。

★月々の御本部参拝は、病気災難の根を御霊地に置いて帰らせて頂き、お徳を身一杯に頂く心積もりでお参りさせて頂きましょう。
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2014年01月11日

●真心を表わす

あるご信者のご主人は元々は参拝なさる気はあられませんでした。しかし、奥さんが毎日熱心にお参りなさる姿を見て「どういう所にお参りしているのだろうか?」と思い、後をつけて旧広前に参拝なさいました。中は満員で入れなかったので、外から聞き耳を立ててみ教えを聞かれますと「こんな有難い信心なら私もおかげを頂こう。」と思わせて頂かれ参拝させて頂かれることになられたのでした。そしてある年の1月11日にご主人は「今日は戎さんにお参りして残り福をもらってくる。」と仰いました。奥さんは「今日は阿倍野教会の月例祭ですので、月例祭にお参りして下さい。」とお願いなされましたが、「金光様の月例祭は毎月あるだろう。戎さんは1年に1回だから、今日は戎さんに行く。」と言って一番良い一張羅を着て出かけられたのでした。

★ご主人は戎さんに行かれ、お風呂屋さんに寄られました。脱衣所で服を脱いでお風呂に入られ、出てきて着替えようとしましたら、自分の服も貴重品も何も残っておらず全て盗まれてしまわれたのです。家族に迎えに来て頂かれましたが、「残り福をもらおうとして、服を盗まれた。」と後悔なさったのでした。そこから改まられ月例祭には欠かさずに参拝なさるようになられ、より一層実意丁寧にご信心なされました。熱心なご信心のお徳により、現在では息子さんが家業と信心の相続のおかげを頂かれ繁盛させて頂いておられます。

★教祖様は『広大なおかげ広大なおかげというが、おかげとは、氏子めいめいの真に映る影のことじゃから、神様に大きな真を向けてみよ。大きなおかげが我が身に頂ける。小さな真で大きなおかげはもらえぬぞ。影は形に添うと決まったものじゃ』とみ教え下さっておられます。真、真心を表わすというのは心の中で思っているだけでなく、行動に表わすということです。そして「自分自身がさせて頂く」という心構えが大切です。天地の親神様のご神徳の中で生神金光大神様のお取次ぎを頂いて、毎日広大無辺なおかげを頂いておりますことに対してお礼を申し上げ、お礼の申し足りないお詫びを申し上げ、実意を持って願わせて頂き、有難いご信心をより一層進めさせて頂きましょう。
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2014年01月10日

●目の前の人のことを拝む

三代教会長先生が大腿骨頚部骨折をされました時、検査、手術の為に病院に入院されました。三代教会長先生は、「病院に行くことによって、病気による痛みや不安の為に苦しむ多くの方々を目の当たりにさせて頂きました。平生はお結界で御用をさせて頂きますが、この度は、神様が病院に差し向けられたと思っております。」とおっしゃいました。三代教会長先生は、ご自分も患者の立場であられながら、病気の方々の助かりを祈られ、医師、看護師、調理師や清掃員の方々など、目の前の全ての人の助かりを祈られたのでした。また、お世話になる方々に丁寧にお礼を申され、病院のお食事も拝んで有り難く頂かれたのです。

★自分がどんな状況であっても相手の助かりをお願いさせて頂くことは、容易なことではありません。常に稽古させて頂かねば出来ないことですし、我を放すことが必要不可欠です。「自分が自分が」という心ですと、決して相手の立場や立ち行きを考えることは出来ません。心を神様に向け、無心にならせて頂けば、「神様のおかげで今日までおかげを頂いている」ということに気付かせて頂けるのです。そうなれば、迷う心や「自分が自分が」という心はなくなります。日参と聴教によりしっかりと心を養わせて頂き、我情我欲を放してゆきましょう。
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2014年01月09日

●常の信心・常の地肥え

昨日は、みかげ会例会が開催され北田稔氏の有難いおかげ話を聴かせて頂きました。★昭和35年、北田氏のお母様がお導き頂かれ入信されました。お母様は常日頃より「阿倍野教会のご信心をさせて頂くと結構になりますよ。」と、ご信心の有難いことを子供さんたちに伝えておられました。

そのお母様のお手厚いご信心が、子供さんやお孫さん、また周囲の方々に伝わり、入信以来今日に至るまでずっとご信心が続いておられます。

★北田氏は、昭和32年に印刷インキ製造会社に入社され、製造部門の責任者を経て、平成8年に八尾市に設立された子会社の社長に就任されました。そこで製造システムの改善や作業環境の改善等に尽力され、平成11年12月末に退職されたのですが、42年9か月もの長き期間お役に立たれたのでした。

定年後は、「人に頼らず、信心しておかげを頂くこと、朝参りを続けさせて頂ける会社」にと再就職のお願いを立てられました。すると、失業保険の給付期間終了後の一週間後に、ある信用金庫の用度係に再就職のおかげを頂かれました。昨年6月に退職されたのですが、12年8か月勤務され、74歳まで健康でお役に立たれたのでした。

★平成18年6月、北田氏の家の裏の空き家が放火される出来事がありました。その時は北田氏の奥さんが買い物に行かれて家はお留守でしたが、なぜか早く家に帰りたいと思われ、すぐに自宅に帰られました。そして、洗濯物を取り入れるべく、物干し場に上がられると、パチパチと音がして煙が上がっていました。すぐに見に行かれると、空き家の前の廃材が燃え、壁にも燃え広がっていたのです。すぐに近所の方に知らせて皆で協力して消火され、火元で鎮火させて頂くことが出来られたのです。

★常日頃から手厚くご信心させて頂いておりますと、神様が全てにご都合お繰り合わせ下さり、大難を無難におまつり替え頂くことが出来るのですね。
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2014年01月08日

●刃先の焼き直し

『鉄でも使えばちびるぞ。人間、生身に痛いかゆいは当たり前ぞ。物にたとえれば、鍬でも刃先の焼き直しをしたら、はじめよりよう切れるようなもので、人間、時々痛いかゆいがあるのが刃先の焼き直しじゃ。と金光様は言うてござった。これがもとで信心もできるようになり、これが修行になって信心も進んでくる。人間は勝手なものじゃから、痛いかゆいがあるとご信心できるが、なにもなかったら信心が寝入る。』

★ことが起こってきた時には、「刃先の焼き直し」だと有難く思い、鍛え直して頂く覚悟をすればよいのです。神様が与えて下さるご修行はお役に立つ人間に作り変えてやろうとの思し召しからです。仕事の上でのトラブルは、仕事をさせて頂けていることにお礼を申し上げ、自分の至らなさにお詫びをし、このことをおかげにさせて頂けます様にとお願いさせて頂くのです。

風邪をひきましたら、今まで健康であったこと、食事が頂けていたことを当たり前のように考えていた自分であったことをお詫び申し上げ、お礼の足らない自分であったお詫びを申し上げ、改まる機会を与えて頂いたお礼を申し上げるのです。そうして、家の中で掃除の行き届いていなかったところを掃除してゆくのです。難儀が起こった時にこそ、今日は不自由を一つ与えて頂いて有難うございますと御礼を申す稽古をさせて頂きましょう。

★先日、遠方よりあるご信者が参拝になられ一緒に幼児が参拝なさりました。その幼児はネフローゼの症状があり、幾度か親子共に入院をなさっておられます。幼児でありますから走り回って遊ぶことが仕事ですので、安静にしなければならない時でもなかなか言うことを聞かないのです。親も辛抱、子も辛抱、共に辛抱が必要ですね。

★あるご信者がネフローゼで入院なされた時に、隣のベッドの患者が医師の治療を拒み、言うことを聞かないので、ナースコールを押しても医師も看護師も来てくれない程に信頼関係を失ってしまっていたそうです。まさに徳切れですね。隣のベッドのご信者が代わりに看護師さんを呼んであげられて、診て下さるように頼んであげられたそうです。ご信者はそのお方に改まるように一生懸命お話しをしてあげられますと、次第に医師を信頼してまともに治療を受けられるようになってゆかれたのです。

★治療を受ける為に入院したご信者は、勝手きままな隣のベッドの患者のことを願ってあげられ助かって頂くお手伝いが出来られ、御用に使って頂かれたわけです。ご信者の病状はどんどん快方に向かわれ退院されましたことは言うまでもなく、再発なく現在も元気に信心生活をなさっておられますことは真に有難いことです。
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2014年01月07日

●徳の貯蓄

昨日は、二代教会長伊藤コウ師のお姉さん・伊藤スエ氏の御命日で、昭和45年に81歳でお国替えなさいました。昨日は44年廻れる例年祭を仕えさせて頂きました。

★スエ氏は、徹底して質素倹約され、生涯神様の御用に身を捧げられたお方でした。歯がお弱いのを「一銭のお金でも私事に出すのは、勿体ない。」と、治療もなさらずに辛抱なされ旧広前の150坪のお土地代を教会にお供えされたのでした。

★しかし、このお土地は、地主さんがもっている大きな土地の一部分で、晴明通りに面した一番良い条件の所にあって、地主さんは切り売りをすることには乗り気ではあられなかったのです。コウ師は日々夜中にそのお土地の前で座られ神様にお願いされたのでした。その熱い願いが神様に届きました。地主さんは数人の知り合いに相談なさったところ、皆が「教会のご用地に使って頂くというが、こんな結構なことはない。」と仰り、遂に売ることを決心して頂けることになったのでした。

後に、その続きのお土地も購入のおかげを頂かれ、コウ師はスエ氏の真心に対し「倍にして御礼のお返しをしたい。」と願われ、お家を建てられ住んで頂くことになられたのです。姉妹は信心を基にして互いに真心で尽くし合いをなさったのでした。スエ氏はそのようにして、教会の草創期を母のハル氏、姉のカツ氏と共に一信者として支えられたのです。

★金光教では、働くというのは、「はたを楽にする」と教えて頂いております。同じ給料でも人の2倍も3倍も働かせて頂くということは、周りの助かりにつながるだけではなく、自身が神様からお徳を頂いてゆくのです。与えて頂いた使命を全うさせて頂き、陰の徳を積ませて頂きましょう。
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2014年01月06日

●今日の参拝はどのような御神徳を頂いて帰る参拝となるでしょうか?

『神参りをするに、雨が降るから風が吹くからえらいと思うてはならぬ。その辛抱こそ、身に徳を受ける修行じゃ。』

★ハル刀自(二代教会長伊藤コウ師のご母堂)は、雨の日や風の日や雪の日には「いつもより2倍も3倍もお徳を頂く日だ!」と喜び勇んで参拝されておられました。足袋と足を拭く手ぬぐいを持って、裸足で下駄を履かれて参拝させて頂かれ、手水場で手を洗い口をゆすいで、濡れた足を手ぬぐいで拭いて、足袋を履いてお広前に上がられたそうです。

★コウ師が小学校1年生の時、級長に選んで頂かれたことが嬉しくて、ハル刀自に報告したくて急いで家に帰られましたら、家には誰も見当りませんでした。「これは教会にお参りなさっているに違いない。」と中立売の通りを教会に向かって進んでおられましたら、前からハル刀自が歩いて来られて級長に選んで頂かれたことを報告なさいますと、ハル刀自も喜んで下さいました。そしてさらにコウ師は「今から教会へお礼参りに行ってきます。」とハル刀自に言われる前に自ら進んで参拝なされました。

★ハル刀自の熱心なご信心の姿を見て育たれたコウ師であられましたから、教えて頂かれたことをちゃんと理解して受け取られ、素直に実践なさることが出来ておられました。小学校1年生でありながらお礼参りがすでに身に付いておられたのです。

★参拝をさせて頂く上で雨の日も風の日も雪の日もあります。様々な出来事もありますが、そういう中を繰り合せて参拝させて頂きましょう。1回1回の参拝がめぐりのお取り払いを頂き、有難い御神徳を頂いて帰る参拝にならせて頂かれますようにお祈り致しております。
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2014年01月05日

●寒修行信行期間始まる!

3日は、お正月の設えを平常に戻させて頂き、4日には奉仕係の初会合が開催されました。各会から代表して計7名の方より年の初めに「お導きと御用奉仕」について所信表明をして頂き、大変有難いお話しを次々と聞かせて頂きました。神様に授かりました御用を、喜んでさせて頂きますと心のおかげ、身のおかげを頂くことがよくわかります。

★本日より寒修行信行期間が始まります。その期間、しっかり御礼の信行に励ませて頂けます様に共にお願いさせて頂きましょう。三代金光様御神勤40年のお年、昭和9年より御礼信行会が始まり、信行期間となりました。三代金光様は『日々がさら』とみ教え下さいました。今日1日は新しい1日であり、油断が出来ない1日であります。今日の生命に御礼を申し上げ、喜びに満ちて有難い心持ちで生活をさせて頂きたいと思います。

★あるご信者は鼓膜が破れ、2月に手術を受けられることになられたそうです。私自身、中学生の時に鼓膜が破れたことがありました。御祈念させて頂いて御神酒を付けさせて頂き、自然に全快させて頂くおかげを頂きました。そのご信者に「2月までに自然に治して頂けますように、御神酒を付けさせて頂いておかげを頂きましょう。信心に励ませて頂き祈れ薬れの心構えでおかげを頂きましょう。」とお取次ぎをさせて頂いたことでした。他のご信者は、鼓膜が破れ2回手術されましたが、治らなかったお方がおられました。しかし、御神酒を付けさせて頂かれましたら、15年ぶりに全快のおかげを頂かれたのでした。

★金光様は私達のお礼とお詫びとお願いのご祈念に足して下さってお取次ぎ下さり御祈念して下さいますから、信心の至らない私達でもおかげを頂いてゆけるのです。しかし、願い主の真心の大小によって、足して頂き方が変わってくるのです。硬式野球のボールのように芯に糸を巻きつけて形を大きくして頂くようなものです。真心がないところには足しようがないのです。ですから、真心が大切なのです。

★信行期間の信心の目標といたしまして、「日に日に新たに 生まれ変わるつもりで 本心の玉を磨く」ということに決めさせて頂きました。日参と聴教に励み、正しい心を養わせて頂き、おかげの受け物を作らせて頂きたいと願います。
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2014年01月04日

●何事もご祈念してさせて頂く

先日、あるお母さんが高校一年生の息子さんと一緒にお届けに来られ「最近息子が勉強をしようと思って机の前に座っても打ち込んで出来ません。」とお届けされました。そこでその学生さんに、子供会で配らせて頂いているご祈念文をお渡しさせて頂き一緒に読ませて頂きました。

★そのご祈念文とは@神様・霊様・家族のおかげで勉強させて頂けます。有難うございます。

A今日までお育て頂いたお礼の勉強が出来ますように。

B時間を大切にし集中して出来ますように。

C読み違い、書き違い、考え違いのありませんように。

D神様より与えて頂いている能力を十二分に発揮できますように。

E親孝行ご恩返しお礼の働きが出来ますように。

F世のお役に立つ人間にならせて頂けますようにお願い申し上げます。という内容です。

★そして「あなたは五体満足で健康で何でも思索でき、思うように体も動かすことが出来、行きたいところに行くことが出来、したいことが出来ますね。自由自在でありながら、不自由だと思っているようでは、自分の心から不自由さを生み出しているのです。

毎日自由自在に何事もさせて頂けることを有難く喜んで『こんな結構な生活はない、私ほど恵まれた人間はない。どうぞ生かして頂いているお礼に勉強がさせて頂けますように。今までお育て頂いた御礼に勉強がさせて頂けますように。』とご祈念させて頂いて勉強に取り組ませて頂きましょう。」とお話しさせて頂いたことでした。

★ご祈念させて頂くことにより時間を大切にすることが出来、集中させて頂くことが出来るのです。すると、大事な部分が見えてきて能率が上がり、思う以上に事がはかどるのです。そして神様から与えて頂いている無限の能力を、十二分に発揮することが出来るのです。

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2014年01月03日

●嬉しく有難くさせて頂く

あるご信者が会社に勤務なさっている時の事です。部下の方から「この仕事を手伝って頂けませんでしょうか。」と仕事を持って来られたら、「あなたの持ってきて下さった仕事でしたら喜んでさせて頂きますよ。」と返事するように心掛けております。とお話し下さったことが思い出されます。

自分のしなければならない仕事は手元にありますが、必要だから神様がさせて下さる仕事だと思わせて頂かれ、ご修行になさったそうです。仕事場だけでなく、家にお仕事を持って帰ってさせて頂いている時も、奥様が「ちょっと手伝って頂けますか。」と仰いますと、同じように「そうしたらそれを先にさせて頂きます。」と家庭でも稽古をなさっておられたのです。そうすると、手伝った仕事が後になって自分の研究に役に立つという大変有難い経験をなされました。

★有難くさせて頂きますとストレスなく楽しくさせて頂けます。『神様を信ずる者は、何をするにしても遊ばせていただくのである。広前の奉仕で遊ばせていただき、商売でも農業でも遊ばせていただいているのである。みな天地の間に、うれしく、ありがたく遊ばせていただいているのである。』とみ教え下さっておられますように「こんなに有難いことはない」「こんなに楽しいことはない」と遊ばせて頂いている心持ちで仕事もさせて頂きましょう。

★何事もおかげにさせて頂くのは自分自身です。出来てくること全てをご修行にさせて頂き、有難く受け切らせて頂きますと、結構な有難い結果を与えて頂けるようになります。「お願いさせて頂いていることが次々と成就させて頂ける一年になりますように」とお願いさせて頂きましょう。何事も心中御祈念をすれば集中させて下さいます。嬉しく有難い心持ちで仕事やご修行をさせて頂き、有難い一年とならせて頂けるようおかげを蒙らせて頂きましょう。
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2014年01月02日

●日に日に新たに…

今年は教祖様・ご生誕200年のお年柄に当たり、また立教155年という大変意義深い年を迎えさせて頂きます。私共も教祖様のご信心を神習わせて頂き、生涯かけて信心が一段一段進ませて頂けるように、覚悟を新たにさせて頂いて、日々良い方へ生まれ変わらせて頂きたいと願っております。

★1月5日より2月3日まで信心の目標といたしまして、「日に日に新たに 生まれ変わるつもりで 本心の玉を磨く」ということを決めさせて頂きました。何もしないうちから、「私はこんな性格ですから、こんな体質ですから、とても成就しません。」等と言うことは神様にもご無礼なことですし、結構なおかげを頂くことはできません。例えば、「不足を言わない」と決めさせて頂いたとしましょう。そのご修行を進められただけでも、大変な違いが出てまいります。それは、自分自身が心の上に体の上におかげを頂いてゆくのではなく、周りの方々も助かってゆかれることでしょう。

★中国、宋の時代を生きられた朱新仲というお方は、「人生には5つの計画が必要である」と仰っています。1、生計(健やかに生きる道を考える)
2、身計(自分の身をどのように立てていくか、社会生活を考える)
3、家計(家をどういうように維持をしていくかを考える)
4、老計(一年一年どのように年を取ってゆくかを考える)
5、終計(どのように死に向かうか、今の間に何をしなければならないかを考える)

★いかに生きるか、いかに充実するか、どのように今日一日を過ごしてゆくかが、今後の人生につながってゆきます。『心正しくして後に身修まるということがあるが、何事によらず人間は心が第一ぞ。心には信心の肥をせぬと、なかなか正しくはならぬ』
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2014年01月01日

●平成26年をお迎えして

新年明けましておめでとうございます。

平成26年元日祭を午前6時より無事に仕えさせて頂きましたことを、有難く御礼を申し上げます。

★昨年一年間、万事万端にご都合お繰り合わせを頂きまして、大難を小難に、小難を無難に、また大病を小病に、小病を無病におまつり替え頂き、今日新たな年を迎えさせて頂くことが出来ましたことを、共々に神様にお礼を申し上げさせて頂きたいと思います。皆様方には、私どもの御用の不行き届きな中をご辛抱頂き、またひとかたならぬお祈り添えを頂きましたことを、厚く御礼申し上げます。

★一年を振り返らせて頂きますと、「あれもおかげであった、これもおかげであった」ということばかりでございました。すべてにお守り頂きおかげを頂き続けてきましたことへのお礼をしっかりと申し上げ、今年一年新たな心持ちで願いを立てて倦まず弛まず信心の稽古に邁進させて頂きたいと思います。

そこで、5日から始まります寒修行信行期間に当たりまして、「日に日に新たに、生まれ変わるつもりで、本心の玉を磨く」を信心の目標に、ご修行に臨ませて頂きたいと願わせて頂いております。

★今年は教祖様・ご生誕200年のお年柄に当たり、また立教155年という大変意義深い年を迎えさせて頂きます。この大切な平成26年がご庇礼の輝く年にさせて頂けますよう、より一層改まりに改まってご信心をお進めになられ、ご信者皆様の家が益々有難い結構な飛躍の年になりますようお祈り申し上げております。

本年一年間共々に心を引き締めてご信心を一段と進めさせて頂き、有難いご庇礼を蒙らせて頂きましょう。

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