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2013年11月30日

●お礼と後始末

あるご信者のご家庭には、以前にご主人が借りられた借金があったそうです。その借金返済をご主人の両親が立て替えて下さったということでした。しかしご主人は、月々、小遣いを自分の為には使うのですが、両親に返済のためにはお金を使おうとはせず、自分の親だからお金は返さなくてもいいだろうという考えだったそうです。そこで、奥さんはご主人にどのようにしたら理解して頂けるのかと思案しておられました。

そんな折、教会に参拝なさってお結界でお取次頂かれますと、「ご主人の借金返済はもちろんのことですが、あなたは夫々の両親に対して月々のお礼をなさっておられますか。しっかりとお礼のさせて頂ける人間にならせて頂きましょう。」とみ教え頂かれたのです。そのみ教えを頂かれた奥さんは、今まで思いもつかなかったことを教えて頂かれ、これまで自身が全く出来ていなかったことに気付かれたのでした。早速その奥さんはみ教え頂かれた通りに実行され、今日までのお礼を手紙に書かれ、月々のお礼と共にご両親に手渡されたのでした。するとご両親は何とも穏やかな表情をなされ、大変喜んで下さったのでした。

★その奥さんが先日お参りされ、「先日、結構なみ教えを頂きまして有難うございました。先日来、阿倍野誌を読ませて頂いて、色々と改まるところが見えてきました。お話の一つ一つが全て自分に当てはまり自分自身に頂き直しております。何と結構な場所に御引寄せ頂いたことだとお礼を申しております。」と御礼のお届けをなさったのです。さらに「これからは健康な体に作り変えて頂いて、体に合うような仕事をさせて頂き、家計を支えられるようなおかげを頂いて参りたいと思います。そしてしっかりとお礼がさせて頂けますようにお願い致します。」と新たにお願いを立てられたのでした。

★明日、師走を迎えさせて頂き、一年の締めくくりの月を迎えさせて頂きます。今日一日、一月間のお礼を申し上げ、付けが溜まっているところがあれば丁寧にお礼を申し上げ、支払わせて頂いた上で新しい月を迎えさせて頂きましょう。

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2013年11月29日

●根気強く熱のこもった信心を

細菌学者の野口英世博士が梅毒ウイルスを発見された時、10000枚の標本を用意され、毎日根気強く見続けられた結果9996枚目で発見なさったそうです。その後に最初から見直しますと、全てにそのウイルスを見つけることが出来られたということです。

はじめは見えていても気付かなかったものが、同じ作業を継続して行ったことにより気付くようになられたのです。根気強く継続なさるその熱意が、大きな発見が出来られたもとだと思わせて頂きます。京都大学総長であった方が、「野口英世は天才ではないが、尊い鈍才、恐るべき鈍才である。」また「超人的な努力家である」と称されました。

★ご飯を炊くには、ロウソクの火や線香の火では炊けません。ご飯を炊くだけの強い火力、熱量がいります。信心も同じことです。ひとつの願いを叶えて頂くためには、それだけの熱のこもった信心をしなければなりません。その熱のこもった信心が神様に届き、また人にも届いてゆくのです。ですから、日々熱のこもった信心をさせて頂き、根気強く継続しておすがりさせて頂きましょう。

★『金光様は、ありがたき、恐れ多き、もったいなきのみきを供えて祈れ。一切の願い事を成就させてやるとおっしゃったが、このありがたき、恐れ多き、もったいなきのみきの心に新気、根気、お礼の働きがたちそろうてこそ一切成就の信心がそなわるのじゃ。これが、真の神徳を受けるもとになるのぞ。』

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2013年11月28日

●出来てきたことを何事でもご修行と受けていく

三代教会長先生は、御本部参拝用の靴と常用と同じ型のものを分けてお使いになっておられました。私もそのことを習わせて頂き、御本部には参拝用を履かせて頂いております。

★私が高校生の頃、三代教会長先生より「この革靴は、ご信者さんが真心込めてお供えなさったものですから使わせて頂きなさい。私には小さいので履けないから、あなたが履かせて頂きなさい。」と仰って頂きました。そこで、早速その靴を履かせて頂きますと、私には随分大きいもので、指を何本か入れてもまだ余る状態でした。三代教会長先生に「これは私には大きいのですが…」と申しますと「それなら靴の先に脱脂綿を詰めて、工夫して履かせて頂きなさい。」と仰って頂きました。

★仰る通り脱脂綿を入れさせて頂いたのですが、靴を脱いだ時にその脱脂綿が靴下に付きどうしようもありません。そこで何とか工夫してその靴を履かせて頂けるよう、中敷きを何種類か敷いて履かせて頂きました。何年も履かせて頂いているうちに靴の底がすり減ったり、革が破れかけたりしたのですが、その度に当時晴明通りにあった靴の修理屋さんに持って行き、何度も修理して頂きました。その修理屋の方が「これだけ修理されるなら新しいものに買い替えられたらどうですか。その方が安いですよ」と言われるほどに長く大切に履かせて頂きました。高校生から履かせて頂いて、実に15年以上も御本部参拝用に大切に履かせて頂くことが出来たのでした。そのことで分相応を教えて頂き、無駄のないようにさせて頂くことが心豊かな生活をさせて頂く元である事を教えて頂いたのでした。

★み教えを頂きました時に、「はい、させて頂きます。」と申し上げることが出来れば、新しい世界が開けるのです。ご祈念して工夫させて頂くことがご修行になり、有難いおかげを頂いてゆけるのです。仕事でも不足を言わずに工夫してさせて頂くのです。与えて頂いた機会を「これが、おかげを頂く時だ」と思わせて頂いて、ご修行として素直に有難く受け切ってゆくことが大切です。
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2013年11月27日

●おすがりするとは…

『自分のことになってくると 仲々わからぬものじゃが そういう時には 金光様はどうなさったじゃろうか どうなさるじゃろうか おかげを蒙っておる者は どうしたらよいじゃろうか と考えたらすぐに合点がゆく しかし我々は つまらぬから合点がいって仲々出来ぬ そこでお参りせねばならぬ お参りすると教えて下さり 出来るように願うて下さり 引張って導いて下さる』

★このお道では、「不浄心」(ふじょうしん)と書くのではなく「不成心」と書きます。「私には出来そうもない。とても無理だ…等々」あきらめたり、願うことが出来なかったりする心を指します。

一方、不成心とは、1、偽りの心…神様、人に対して偽りの心。 

2、私心…私利私欲、自己中心的な考え。自分の利益になることしか考えない。 

3、放らつ…勝手気まま・わがまま。人から言われる事を受け入れない。 

4、奢りの心…おごり、慢心。自分がするという心。」とも理解出来るのです。

★これらの不成心を取ってゆくことは日々稽古を重ねていても簡単ではありません。自分では出来ているつもりでも、神様の眼から見られたらどれ程のご無礼があるか分かりません。自分の力で出来ることは限られているのです。

ですから、神様に「どうあってもさせて下さい」と熱のこもったご祈念をさせて頂きおかげを頂いてゆくのです。神様が自分自身にどのような願いをかけて下さっているのかを考え、また、「その願いに添える私にならせて頂けますように」とお願いさせて頂くことが大切です。

★一番大切なことは、今の環境を有難く受け切ってゆくことです。そして神様におすがりしきってさせて頂くのです。自分の力だけでさせて頂くのは、おかげを頂くのに遠回りになります。それはみ教えを頂く気になっていないからです。本気になっておすがりさせて頂きますと、厳しいみ教えでも有難く受けておかげを頂いてゆく受け物が出来ていくのです。
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2013年11月26日

●病気災難の根を置いて帰らせて頂く

先日も、嬉しい有難いお礼のお届けがありました。現在、高校三年生の女子学生の娘さんがおられるお母さんからです。

★その娘さんは学校で担任の先生も友人も含め環境がガラリと変わったことにより、随分と神経を使う毎日だったようです。すると、突然声が出なくなってしまわれたのです。両親は娘さんをあちらこちらの病院へ連れて行かれましたが、依然として声が出ません。家族の方は随分と心配され、一生懸命神様におすがりされました。そして娘さんに優しく接したり、良いところを褒めて認めるように心掛けられたのですが、娘さんの声は出ません。お母さんは心配で、お参りなさる度に「先生、また娘の声は出ますでしょうか。」とお尋ねになりました。

★「娘さんの声はまた必ず出るようになります。天地金乃神様が命の親様であられ身体も作って下さったのです。おかげを頂かれるのは間違いありませんから、悪いことは思わずお願いさせて頂きましょう。今日ここまでお命を頂いて無事成長させて頂いていることが有難いことなのです。元気に起きて辛くても学校へ行ってくれていることが有難いことなのです。そのことをしっかりと喜んでお礼を申させて頂きましょう。」とお話させて頂いておりました。

★すると、23日の御本部御礼参拝の晩にお礼の電話があり、「御本部参拝から帰らせて頂きますと、娘の声が出るようになっておりました。有難くて嬉しくて喜ばせて頂きました。御本部御礼参拝は本当に有難いです!」と喜んでお礼を申されたのでした。

★病気災難の根は御霊地に置いて帰らせて頂けますように、全て神様に引き受けて頂けますようにお願いし、更に御霊地のお徳を身いっぱいに頂いて帰らせて頂けますようにおすがりするのです。毎日の教会への参拝時も御霊地を遥拝させて頂くつもりで教会のお広前にお引寄せ頂き、病気災難をお取払い頂きましょう。

★『信心を強くすれば、大厄は小厄にしてくださり、小厄はお取り払いくださる。それがおくり合わせをいただくということである』
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2013年11月25日

●み教えは神様のお言葉

昨日は、羽衣教会の金光大神大祭がお仕えになられました。
★羽衣教会二代教会長松岡安枝師は、ご結婚なさるまで、お母様と一緒に阿倍野教会で熱心にご信心をなさっておられました。しかし、一生懸命働いても働いても経済が楽になられることがなく、お母様も結核を患っておられたのでした。日々み教えを頂かれて、「ご信心させて頂いて我が家のめぐりをお取払い頂こう」と決心するに至られたのです。

★そこで、すでに亡くなっておられたお父様が残された負の遺産である多額の借金を返済する覚悟をなさったのでした。そのことをお結界で伊藤コウ師にお届けなさいますと、大変喜ばれ、「3年でおかげを頂きましょう!」とご祈念下さったのです。当時の月給から考えますと、とても3年で返せる額ではなかったそうです。

★そこで、松岡師は先輩のご信者に、「親先生は計算が出来られなかったのでしょうか?」と尋ねられますと、「親先生がおっしゃったということは神様が親先生のお口を通しておかげを授けてやろうとおっしゃっておられるのですよ。そろばんを離しなさい。そして、どうぞおかげを頂かせて下さいとお願いしなさい。」と、お導き下さったのでした。このことによって、迷わず一心に神様におすがりなさることが出来られるようになり、返済が済むまではご自分のものはたとえ靴下一足でも新調しないと決められ、お母様も、結核のお薬を飲まれずにご神前にお供えなさった塩水でおかげを頂く覚悟をなさったのでした。

★そんなある時、神戸にあったシバニ石けんという会社の社長さんが、「親の借金を相続して返済なさるとは、感心なお心掛けですね。あなたのような娘さんが世の中におられるということを社員に伝えたく思います。これをお父さんのご霊前にお供えなさって下さい」と、風呂敷包みを渡して下さいました。なんと、借金の全額返済の証文と、返済した以上のご霊前のお供えを包んで下さったのでした。そのように真心に先方が真心で応えて下さり、無事に借金完済の大みかげを頂かれたのでした。

★自分の勝手勘定を離し、お結界で頂くみ教えを神様のお言葉と頂くことによって、親神様のご庇礼をどこまでも蒙らせて頂くことが出来るのです。また、真の信心は人から人へと伝わり、助かりの輪が広がっていくのですね。
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2013年11月24日

●日に日に新たに生まれ変わる

月例祭のお説教を聴教なさった後に、小学生の方がお届けなさっておられます。この小学生の方は大変真面目でこつこつ努力なさるのですが、自分の目標に結果がついてこなかったときに、自分を責めてしまう傾向があられました。例えば、テストで100点を目指していて90点だった時に「90点しか取れなかった。あれもすれば良かった、これもすれば良かった。」と、とても真面目でありますがゆえに、自分を責めてしまわれるのです。そこで、「これもさせて頂けました。あれもさせて頂けました。今日は90点取らせて頂きました、ありがとうございます。と、まずはお礼を申させて頂きましょう。後は足らないところを努力させて頂けますように。とお願いさせて頂きましょう。80点であろうが70点であろうが、まず出来たところにお礼を申して、改めて次のお願いをさせて頂きましょうね。」とお話しさせて頂いたことでした。

★御礼を申すことと反省と改まりをバランス良くさせて頂けることが、信心を進めてゆく上で大切だと思わせて頂きます。ご信心をさせて頂いておりますと、それが自然と身についてゆきます。自分の目で見ているだけではどうしても偏って見てしまいがちですが、そこを神様から教えて頂ける場所がお広前やお結界なのです。

★「至らないところはたくさんございますのに、このように先へ先へおかげ頂きましてありがとうございます。ご無礼不行届きをお許し頂きまして、より一層神様にお喜び頂けるような信心をさせて頂けますように。」とお願いさせて頂き、日に日に新たに生まれ変わるような心持ちでご信心させて頂きましょう。

★『人間は死ねるから有難い。信心しておかげを受ければ生まれ変われるからなあ。この生まれ変われるような信心をせねば、ご信心がご信心になるまいが』(続尋求教語録)

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2013年11月22日

●見る目と聞く耳をもつ

日々参拝させて頂き、み教えを頂いているつもりでも、身につまされて感じる事が起きてきた時に初めてみ教えが自分のものに出来ることが多いものです。ですからみ教えを聴かせて頂いて「知っている、分かっている」と思うのは、本当に分かってはいません。み教えを頂いても、本当に分かっているという所に到達するには、生涯かけて勉強と研究を重ねていかなければなりません。「無知の知」と表わされるように、何も分かっていないということを分からなければならないのです。

★『我慢の強い、理屈を言う者は、神様があるものなら見せてくれいと言うたり、ものを言われるものなら声が聞きたいと言うたりする。それで、見せてやっても聞かせてやっても、見る目も聞く耳もない者に、なんで見聞きができるものか。かわいそうなものじゃ。見も聞きもできぬのじゃもの。そこで天道様に行き当たって頭へ大きなこぶが出るとびっくりして、はじめて目が明き、耳のふたが取れて、見えだし聞こえだすようになる。』

★「私ほど至らない者はありません」という謙虚な心で求めて信心させて頂きますと、目のふたも耳のふたも取れてゆくのです。目のふたが取れますと、どれほどのものが見えるようになるでしょうか。今まで見えなかった所が見えるようになり、聞こえなかった所が聞こえるようになるのですから、御神徳に満ちた素晴らしい世界が開けてゆくのです。
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2013年11月21日

●おかげを頂く元、落とす元

旧広前で御用をさせて頂いていた頃のことです。あるご家庭は、お母様と息子さん夫婦と孫娘さんとの四人暮らしをしておられましたが、元々高給取りであった息子さんは遊び癖がついてしまい、会社のお金を使い込んでは仕事を辞めさせられるということを繰り返し、更にお嫁さんは脊椎の病気を患っておられたのでした。家財道具を売ってはなんとか食べ繋いでおれたのですが、売る家財道具も無くなり、家賃も何ヶ月も滞納し、困窮してお母様が教会に参ってこられるようになったのでした。

★ある時、二代教会長伊藤コウ師は、「あなたにはまだ余裕があるのですね。自分の都合の良い時だけの勝手参りで、朝参りも出来ていません。目が覚めたら一番に教会にお参りさせて頂き、『どうぞ今日一日ご都合お繰り合わせを頂かせて下さい!』とお願いさせて頂くのが、窮状に陥っている人の本当に真剣なおすがりの仕方でしょう。『あれもやってこれもやって、暇があったらお参りしましょう』というような悠長なお参りでは、おかげも遅くなるのです。」とみ教えなさったのでした。

★お母様はそのみ教えを有り難く頂かれて、本気になってご信心に取り組まれるようになり、息子さんも毎月の御本部参拝を欠かすことなく続けさせて頂けるようにまでなられたのでした。ご病気だったお嫁さんは程なく亡くなられたのですが、息子さんは再び立派な役職の仕事に再就職させて頂かれ、段々と結構な生活にならせて頂かれ、再婚もさせて頂かれたのでした。ところが、生活が楽になるにつれて息子さんの生活は再び段々と乱れてしまい、「体裁が悪いから」と、身の丈以上の立派な借家に移り住み、御本部参拝も途切れていってしまわれたのです。そうしますと、お嫁さんは家を出てしまい、お母様は怪我が元で寝込まれてそのまま亡くなってしまわれ、ついには息子さん自身が胸の病気を患ってしまわれ、親族の方にも見放されてしまうような状態に落ちぶれてしまわれたのでした。実に可哀想なことであり、神様に申し訳ないことです。二代教会長伊藤コウ師は神様にお詫びを申し上げられ、繰り返しご祈念なさったということです。

★今頂いているおかげの有り難さを忘れますと、頂いているものも身から離れていってしまい、そこから先のおかげを頂くことは出来ません。御神徳を受け漏らさない生き方とは、ご恩を忘れない生き方です。ご恩を忘れ、自分の都合を先に立て、教会から足が遠のき、心が神様から離れてしまいますと、おかげを落とす元を自分から作ってしまうことになるのです。

★皆それぞれに悪癖悪習慣があるものです。そこを一つ一つ改まらせて頂くことに生涯油断なく取り組ませて頂く家庭は、次第に物心共に豊かに、円満に、繁盛の道をたどらせて頂くことが出来るのです。

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2013年11月20日

●家業と信心相続

18日に教徒会例会が開催され、杉本郁子氏より有難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★杉本氏のお父様であられる憲昭氏は税理士事務所を開いておられました。郁子氏はお父様のお国替えに伴い、その事務所を閉鎖しようと考えておられたそうです。しかし、お父様の旬日祭(30日祭)にお出まし下された三代教会長先生が「どなたか勉強して税理士資格をとられるのですか?」とお尋ねになられました。その時、郁子氏御自身が「勉強して資格を取らせて頂けますように」とお願いをお立てになられ、三男さん誕生後に勉強を始められたのでした。

★受験勉強を始めて5年間は順調に試験合格のおかげを頂かれたのですか、最後に残った消費税法に合格できず、それからの5年間は消費税法を受験し続けることになられました。三回目の不合格の通知が届くと「なぜこんなに頑張っているのに不合格なのか。」と自暴自棄になり勉強する意欲も失われました。平成16年の年賀参拝で、「なぜ合格させて頂けないのでしょうか。合格させて頂けないと家業の相続が出来ず、我が家はどうなるのでしょうか。」とご祈念されると「あなたの家は私が守っているからな。」というお声が聞こえてきたのでした。その瞬間、自分だけが勉強して辛い思いをしているというのは間違いで、神様・御先祖御霊様・周りの人のお祈りを頂いて今日までご都合お繰り合わせを頂いていることに気が付かれたのでした。

そして、これまで健康で何の心配もなく生活出来ていたのは、家業と信心相続を願って下さった神様・御霊様のおかげであり、合格出来ないのは自分自身の信心と勉強と御用が足らないからだと思い分けをされて、必死でおすがりして勉強されました。すると平成17年12月に受験開始から10年かけて税理士試験合格のおかげを頂かれたのでした。

★現在も、神様を杖に日々のお仕事に精励され、慢心せず行き届かない所はしっかりと改まられて、お徳を積む信心生活に勤しんでおられます。
【日参と聴教 おかげは足運びにあり】
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2013年11月19日

●願いがあるところに成就がある

願いがあるところとないところの違いは、毎日の生活の中にも現れてきます。願いがある人は、その願いを成就させる為に(1)無理・無駄なことはしない(2)良い事を続けさせてもらう(3)横道に逸れない(4)コツコツと努力し続ける等のむら気のない信心の姿勢が見られます。物事は願いに沿って段々と形作られてゆきますから、正しい願いを持たせて頂くことが大切です。また焦ったり、油断したりしてはいけません。今日一日今日一日と願い続けさせて頂き、慢心せずおごりがましくならないように、正しい願いを基に努力し続けるのです。

★この24日に受験なさる学生さんに、「後1週間ありますね。後1週間しかないと思ってしまえば焦ってしまい、あれもこれもとうろたえて手がつけられなくなってしまいます。しかし後1週間あると思えば油断してしまいます。あるのは今日一日ですよ。今日一日、今日一日を大切にさせて頂いて、ご信心に基づいてしっかりと勉強させて頂きましょう。体調を万全に整えて、風邪を引いたり怪我をしたり、事故に遭ったりしないように心中御祈念させて頂き、一日一日おかげを頂きましょう。御祈念させて頂いて、ここ!と思わせて頂いたところは、後回しにせず先にさせて頂き、短い時間を大切にしましょう。その中からも、神様から教えて頂くところが次々と出来てくるでしょうから、そのヒントを逃さない様にしっかり御祈念させて頂きましょうね。」とお話しさせて頂いたことです。

★あるのは今日一日です。その今日一日、今日一日を積み重ねてゆくしかありません。天地の親神様は、どれほど私達のことを見守って下さっておられますことでしょうか。少しでも改まりが出来れば褒めてやりたい、少しでも努力しておれば認めてやりたいと思って下さっておられます。神様にお願いをするということは、現在は出来ない事でも、「どうぞさせて下さい!」と神様にお願いしながらさせて頂けるように努力してゆく姿勢が大切です。神様の御心に適った正しい願いを持たせて頂き、たゆまぬ努力をさせて頂き、今日一日今日一日とおかげを蒙らせて頂きましょう。

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2013年11月18日

●神様がお引寄せ下さる

先日16日の婦人会例会に初めて参拝なさった方があられました。「今日は初めてお参りさせて頂きましたのに、皆様に受け入れて頂いて、嬉しく有難いことでした。婦人会の方々が親切に声を掛けて下さり、ずっと以前からこちらにお参りさせて頂いていたかのような温かさでした。これからも是非お参りさせて頂きたいと思います。」と大変喜んでお礼を申しておられました。

その方は、お祖母さんのご時代に他教会で熱心にご信心なさっておられたそうですが、孫にあたるその方は一時期ご信心が途切れられました。しかし、色々と家の中で問題が起こってくる中、どこへお参りさせて頂こうかと思われていたところで、阿倍野教会を知る機会を与えて頂かれ、まさに神様のお導きにより、婦人会例会の日に御引寄せ頂かれ、2名の方のおかげ話を聴かせて頂かれたのでした。

★そこで「たとえ何十年もお広前から離れておられたとしても、神様は何十年でも待って下さり祈り続けて下さっておられるのです。その後、お広前にお参りなさっても、すぐそこから立ち行かれ助かっていかれるように道をつけて下さるのですよ。神様が見放されることはありませんし、ご慈愛に満ちてずっと祈り続けて下さっておられますから、遠慮なしにお参りなさったらよろしいですよ。これからお参りなさって、ご信心が有難いということを分からせて頂きましょう。」とお話させて頂いたことでした。

★温かい声掛けをさせて頂いて、周囲の方々が次々と助かって頂けるようにお願いをさせて頂きましょう。皆が嬉しい!有難い!と共に喜び分かち合うことが出来る様な心配りをさせて頂きたいものです。
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2013年11月17日

●願いが成就するには…

ある娘さんのお父さんは、大層酒乱でお酒を飲むと、お母さんに対して暴言を吐き、さらには暴力を振るうなど、家族を大変困らせていました。そこでその娘さんは、母親の悲しむ姿を見るのが大変辛く、なんとか助けて頂きたい一心で、教会へお参りなさりお届けなさいました。

するとお結界で、「神様は親孝行が一番お好きです。あなたのお願いは親孝行になっていますか?あの父親さえいなければ私の家は結構になるのに…等と思っていませんか?それは神様のお心には適いません。どうぞ父親が健康で長生きして頂くために、お酒を止めてくれますように、とお願いさせて頂きましょう。それが神様のお心に適うのです。」とみ教え頂かれたのでした。

★そのみ教えを頂かれた娘さんは、ハッと自分自身の間違いに気付かれて、今までのお願いの仕方を改められたのでした。それからは、お父さんに対しての責める心を取り払い、一心に健康と長寿をお願いされるようになったのでした。すると、ふと気が付いた時にはお父さんは、有難いことに自らお酒を止めてくれるようになられたのです。

★神様が氏子にかけて下さっている願いと私達がお願いさせて頂いている内容が違っていますと、どれほど願っていても成就はしません。日々み教えを頂きますと、自身のお願いが神様のお心に沿う正しい願いであるかを分からせて頂けるのです。正しい願いが分からせて頂きましたら、一心不乱に願い、成就のためにしっかり努力させて頂く事が、願いが成就してゆく道なのです。
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2013年11月16日

●互いに尊敬し合い認め合う

『ある人が子供の数が多く、それぞれ性格が違うので困っているとお願いした。金光様はその人に「五本の指が、もし、みな同じ長さでそろっていては、物をつかむことができない。長いのや短いのがあるので、物がつかめる。それぞれ性格が違うので、お役に立てるのである」と教えられた。』

★人間の手には五本の指があり、一本一本役割分担があってそれぞれ長さや太さが違うからこそ「握る」「つまむ」「さわる」「押す」などが出来るのです。皆同じ長さや太さでは何も出来ませんね。人間の人格も同様に、一人ひとり個性があるからこそ、互いに優れているところを認め合って足らないものを足していくことが出来、それが大きなものを成し遂げることに繋がるのです。何事も自分一人では出来ません。例えば会社でも、同じ人格の人間が何十人いたとしても、より優れたものは生み出せません。違った意思を持った人達がそれぞれの良いところを伸ばし、尊重し合っていくことがより大きな働きを生むのです。

★一人ひとりが神様と繋がっているということが肝心で、心乱れずに神様に向かい、縦にも横にも繋がって同じ願いの方向へ向かわせて頂くことが出来るのです。家内中心を一つにし、同じ方向へ願わせて頂くことが出来るのが勢信心の有難さです。一人では持ち上がらない石でも、皆が心を揃えて持ち上げさせて頂きますと、楽々と持ち上げることが出来るのです。さらに、家族・親族が力を合わせることは勿論のこと、ご先祖様も力を合わせ共に一つのことを願わせて頂くことが出来ましたら、どれ程心強いことでしょうか。御霊様も願って下さり、力を足して下さって支えて下さることを、御祈念させて頂くことが大事なことです。

★神様・御霊様・家族・親族と共に心を通わせて頂き、互いに尊敬し合い、円満で助け合っていくような日々の生活に努めさせて頂きましょう。
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2013年11月15日

●おかげ日を忘れない生き方

『有り難いことを知らぬ者に、困ったり難儀な者が多い。信心して思い分けが出来て有り難いことが分かってお礼が言えるようになると、難儀災難が払われて達者にもなってくる。』

★昨日、あるご信者が17年前におかげを頂かれたことのお礼のお届けをなされました。平成8年11月14日、ご信者は朝参りをなさり、そのまま管理を任されている工場へ行かれました。工場内に入られますと、何か雰囲気が違うことに気が付かれ、事務所に行くと何故か暖かかったのです。

いろいろ見てみると、なんとお茶を沸かしていたコンロの火がつけっぱなしで、隣に置いていたプラスチック製のおぼんが溶けていたのでした。そのコンロは昨日の夕方5時半から14時間つけっ放しであったのです。しかし、コンロの上に干していたタオルは燃えずに、火事にならずにおかげを頂かれました。大難を小難に、小難を無難におまつりかえ頂かれたのでした。

★おかげ日を忘れてはいけません。自分がどのようにして生まれ、どのようにお育て頂き、守って頂いてきたかを忘れることは自分を忘れているのと同じことです。自分がどのような存在なのかを分からないのです。だから、自分を見失ってしまうのでしょう。

★これまで、恩恵を受け続けての生活でありますのに、自分の力だけで生活していると思ってしまうことが大きな間違いです。自分の力だけで出来ることなど無いに等しいのです。御礼をしっかりさせて頂くことが大切です。神様がどのように自分を導いて下さっているのかを考え、喜んで下さる生き方を心がけましょう。神様の心を自分の心に輝かせることが信心生活です。

★明き…明朗活発というだけでなく、先を楽しみに、思い分けの出来る賢さを持つ。
清き…常にみ教えを頂き、純粋な清い心で神様に向かわせて頂く。
直き…み教えがわが心に素直に頂け、素直に実行させて頂く。
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2013年11月14日

●信心の辛抱を強くせよ

三代教会長先生の奥様は、実母が亡くなられた後の小学校四年生の御時に東京より1人で阿倍野教会に入所されました。10歳になる以前から、二代教会長伊藤コウ師のもとでご修行され、コウ師を初め三代教会長先生や御用なさる先生方のお食事を作られ、着物・羽織・袴の縫い物、布団の打ち直し等、全て教えて頂かれ身につけられて御用なさってこられました。

★22才で三代教会長先生と結婚なさった後のことです。奥様がコウ師に「両親の元へ顔を出して親孝行させて頂いてよろしいでしょうか。」とお伺いされました。すると、コウ師は「10年辛抱しなさい。」と仰られました。奥様はそのみ教えを素直に守られて10年辛抱なさった後、同じことをお伺いされました。するとコウ師は「もう10年辛抱しなさい。」と同様のみ教えをされました。

20年辛抱なさった後に再度お伺いされましたら「もう10年辛抱しなさい」と仰ったのでした。そして奥様は30年辛抱なさったのです。その後に関東からご両親を呼び、大阪で暮らして頂いて十分にお世話が出来られるようになられたのでした。

★コウ師は奥様に常々「今はあれもしたらいかん、これもしたらいかんと言われているように思うけれど、先々は必ず結構にならせて頂くからな。私が請け負ってあげます。先に楽をとるのではなく、後に楽をさせて頂くのです。」と仰せになっておられたのです。

★奥様は現在83才になられ、孫11人、曽孫9人を頂いて今日まで出産以外一度も入院なさることなく日々お元気で御用して下さっております。長年ご辛抱なさったご修行のお徳によって今日子孫まで結構な生活を送らせて頂いております。私達も子、孫、曽孫と三代先までが結構になるような信心をさせて頂きましょう。

★『神様からおかげが出ると思わずに、信心からおかげが出ると思って、信心の辛抱を強くせよ』
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2013年11月13日

●細い道でも、しだいに踏み広げて通るのは繁盛じゃ

先日は、皆様方のお手篤いご信心とお祈り添えを頂きまして、全てに亘り万事万端御都合お繰り合わせを蒙り、教祖130年金光大神大祭をお仕え申し上げることが出来ましたことを、厚く御礼を申し上げます。また、たくさんの方々の真心からの御用奉仕とお導きに、心より御礼を申し上げます。

★11日(月)の御祭典には2千名を超えるご参拝があり、11日の総参拝数は2869名というご参拝があられましたが、阿倍野教会が布教当時の御大祭は、参拝者8名のみであられたそうです。

そこから段々とおかげを蒙らせて頂き、吉野通りから清明通りの旧広前に移らせて頂きましたのが、昭和2年になります。そして、布教当初からお願いしておりました、100畳のお広前・1000坪のお土地のおかげを蒙らせて頂きましたのが、ご布教から35年経った昭和32年のことでした。

★二代教会長先生は「いつまでも初めの姿のままでは申し訳ないことです。天地の親神様のご信心をさせて頂いているのですから、正しい繁盛のおかげを頂いて、正しく大きくなるようお育て頂いていかなければいけません。

木々でも繁茂させて頂けて、土地になじめば年々幹も枝も太くなっていくのですから、年々繁盛させて頂き、神様に喜んで頂き、氏子も喜ばせて頂けるおかげを蒙らせて頂いてゆくのは贅沢でもなんでもありません。正しい繁盛のおかげを頂いてゆくのは、神様の御心に適ったことでありますから、より一層結構な家にならせて頂くようにお願いさせて頂くのですよ。」とみ教え下さいました。

★虚勢を張ったり分不相応な生活をしたりする必要はありません。それはおごりがましいことに繋がります。分不相応なことは続きませんし、神様がお取り上げになられます。神様の御心に適うような繁盛のおかげが頂けますよう、5月の御大祭に向けてしっかりとご信心を進めさせて頂きましょう。

★『おごりがましいことをすな。ものは細うても長う続かねば繁盛でないぞ。細い道でも、しだいに踏み広げて通るのは繁盛じゃ。道に草を生やすようなことをすな。』
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2013年11月12日

●教祖130年金光大神大祭をお仕え申し上げて

昨日は、万事万端のご都合お繰り合わせを頂きまして、教祖130年金光大神大祭を無事お仕え申し上げることが出来ましたことは、真に有り難いことでございます。祭典後は、島之内教会の三矢田光師より、「みかげの中に生かされて」という御講題で御教話を賜りました。

★「『目には見えぬが、神の中を分けて通りおるようなものじゃ。畑で肥をかけておろうが、道を歩いておろうが、天地金乃神の広前は世界中である。』とみ教え頂いております。また、『氏子らは小さい所に気をつけて、夜分に提灯を借りても、手みやげをつけて、ありがとうと礼を言って返すが、日乃神様には、どのくらい大きなお礼を申しても、過ぎることはあるまい。』ともみ教え頂いております。

私たちは、日々の生活の中で様々なことをお願いさせて頂きますが、思うようにおかげが頂けないように思える時にでも、神様は常にお働き下さっておられるのです。神様が万事に立ち行くように導いて下さることに背かないよう、自身の信心を見直し、練り直させて頂くことが大切です。私達は天地の親神様の広大なおかげに満ち満ちた中に生かされていることをしっかりと自覚させて頂きまして、ここからの歩みを進めさせて頂きましょう。」と、教えて頂いたことでした。

★有り難い御大祭の御庇礼によりまして、この一年をより一層有り難いものとさせて頂き、来年は一段と信心向上のおかげを頂くことの出来ますよう、ここからのご信心を進めさせて頂きましょう。
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2013年11月11日

●本日は金光大神大祭です!

皆様おめでとうございます!本日午後2時より、教祖130年のお年柄の金光大神大祭をお仕え申し上げます。またご祭典に先立ちまして午後1時より、嶋泰義氏、西山七々氏、平尾篤氏、三名の方のおかげ話を聴かせて頂きます。

祭典後は島之内教会の三矢田光師より、「みかげの中に生かされて」という御講題で御教話を賜ります。家族、親戚、お導きの方々、そしてお知り合い洩れなくお伝えの上ご参拝され、御大祭の御庇礼を蒙られますことをお願いさせて頂いております。

★私達は、天地の道理に基づいて生活させて頂き、生神金光大神様のお取次により、天地金乃神様のご神徳を生活の上、仕事の上に表していくことを努めさせて頂く毎日です。常平生から心がけておらねばならないのは、自分はこれで正しいと思い込んでしまい、自分自身の姿を客観的に見直さなければ、いつまでたっても進歩向上に欠けてしまうということです。

素直さ、謙虚さ、純真さ、熱烈さという一番基本の所をおろそかにしてしまいますと、大きなことが起こる元となるのです。常に教えの鏡に照らし合わせて自分自身を見直し、何事も我流にならないように、意識して是正していくことが大切です。そして、教えを自分自身の心に頂いて、不平不足なく毎日を喜んで生活させて頂いて、出来てきたことすべてをおかげにさせて頂けますよう、常に見直しをさせて頂きましょう。

★本日の御大祭で、一心にお礼とお詫びを申させて頂き、これからの御信心がより一層素晴らしいものとなりますよう、信心向上に努めさせて頂きたいと思います。
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2013年11月10日

●人が人を助けるのが人間である

ある御信者が入信前の姿は、任侠の世界にあこがれ、喧嘩が好きで、無理難題を言うことが男らしいと思って生活をしていたので、何もかも考え違いの生活をしていたのでした。家賃も払わずに長年ためてしまい、借金も重なりました。ところが息子さんが教会の子供会にお参りされるようになり、息子さんのお導きによって入信されたのです。

★二代教会長伊藤コウ師より本職であったブリキ屋に戻るようにみ教えを頂かれ、コウ師から「一軒一軒御用聞きにまわりなさい。」とみ教え頂かれたのでした。そして御神米をお伴して御用聞きに廻られました。しかし周囲からは信用を失っており、門前払いされるばかりでしたが、神様を杖にして根気強くまわられました。

そこから改まりの生活を進められ、段々と立ち行くようになってゆかれたのです。後に借金も完済し、長屋四軒を全て買わせて頂くほどにおかげを頂かれたのでした。さらには、縁につながる方をお導きなさって人のお世話をさせて頂かれるようにまで変わられたのです。周囲の方からは「畳の上で往生できない」と言われていた方が畳の上で大往生のおかげを頂かれたのです。人に迷惑をかけてめぐりを積む生活から、ご信心させて頂いてお徳を積む生活に変わってゆかれたのでした。

★『人が人を助けるのが人間である。』とみ教え頂いておりますように、周囲の方が助かって頂く事が、自分自身が立ち行くことにつながってゆくのです。11日の御大祭には、縁につながる方々がおかげを頂かれますよう、しっかりとお導きさせて頂きましょう。
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2013年11月09日

●日参聴教のお徳

 昨日は、みかげ会例会にて柴田仁氏の有り難いおかげ話を聴かせて頂きました。

ご実家の岡山でお祖母様から三代目のご信心を頂いておられ、また奥様も阿倍野教会で三代目のご信心を頂いておられ、健康の上にも、学業、お仕事の上にも、お若い頃はこれといった大きな問題にぶつかることなく順調におかげを頂いてこられたそうです。

しかし、40才の時にお友達と興された会社が、阪神大震災の頃から商売に陰りが見え始め、そんな頃に、仕入先から不渡りを出され借金を抱えることとなられたのです。このことを通して、「人やお金は頼りにならない、神様を杖にさせて頂いておかげを頂こう」と真剣に願われるようになられました。

日参と聴教に励まれ、三代教会長先生にお取次を頂かれて、「5年で返済させて頂きましょう。家内中、心を合わせてお願いし、おかげを頂きましょう」と、有り難いみ教えを頂かれ、ご家族揃って一層打ち込んでご信心に励まれ、借金返済に向けて願い続けられたのです。条件の良い会社に再就職のおかげを頂かれ、平成19年の開教85年の記念大祭の年に、無事借金完済のおかげを頂かれたのでした。

★神様を杖に、借金返済の覚悟を決められた頃、お結界の先生より、「朝だけではなく、夜もお参りさせて頂きましょう」とみ教え頂かれ、毎朝の朝参りとお届けに加えて、夜のお参りも仕事の都合が付く限り毎日なさり、一日のお礼をなさってお掃除の御用にお使い頂いておられます。

お取次を頂いて、行くべき道を分からせて頂くということは、真に有り難いことですね。毎朝、お届けをさせて頂き、今日一日のことをお願いさせて頂き、夜には一日のお礼をさせて頂き、事に当たっては自分自身のご信心を見直させて頂かれながら、信心を練り直させて頂かれる日々の積み重ねが、結構な未来を作る元となっておられるのです。
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2013年11月08日

●神様からのお手紙

二代教会長伊藤コウ師は「神様はこの事で分かってくれよ、と出来事を与えて下さいます。その出来事には、神様のお手紙が付いているのです。しかし、私達には手紙が付いている事も教えて下さっている事もなかなか分かりません。それは、外国の本を読みなさいと渡されても外国語を習っていない人間には読めないのと同じです。

そのお手紙は、それぞれの出来事に全て付いていて、読ませて頂けるかどうかで信心の稽古が出来ているか否かが分かるのです。しかし、何も気付かないから、そのお手紙を読まずに捨ててしまうのです。いくら神様がお手紙を下さっても、そうであっては申し訳ないことです。ですから、信心の稽古を進めさせて頂くことによって、読ませて頂けるようになるのです。初めは難しいように思うかもしれませんが、問題が起こってきた時に、これは神様がどのように書いて下さったお手紙であろうか、と考えさせて頂きましょう。ご意味がしっかり分からせて頂ける信心に進ませて頂きましょう。」とみ教え下さいました。

★虫垂炎と風邪の症状を通して今回は神様から「痛みなく御用をさせて頂けていたことは当り前ではなく、有難かったことだと見直しをして、自由に体を使わせて頂ける事にお礼をしっかり申させて頂きなさい。周囲の方々の手助けがあってこそ、今の御用がありますよ。酒類も飲みませんし、暴飲暴食はしていませんが、不規則なところがありますよ。知らず知らずのご無礼が積み重なっていますよ。」と今回の出来事を通してみ教え頂いたことでした。

★出来事が起こってきた時に神様の思し召しが分かり、お礼を申し上げて取り組ませて頂きますと、神様は「もう一段進ませてやろう」と次から次へとみ教え下さるようになるのです。そうして神様のお手紙が分かり、お返事がさせて頂けるというように、常に心が通じ合ってゆく稽古をさせて頂きたいと思います。
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2013年11月07日

●知恩・感恩・報恩

5日夜には真栄根会例会が開催され、桃井真吾氏の有難いおかげ話を聞かせて頂きました。桃井氏のお祖父様が昭和16年に、乾性肋膜という病気で3年間絶対安静と診断され、お祖母様が神社仏閣へ参拝されても治ることはなかったそうです。ご神縁によってお導き頂かれたお祖母様が阿倍野教会にお引き寄せ頂かれたのです。二代教会長先生にお届けなさいますと、「あなたのご主人は大事なお世話になったお方のご恩を忘れています。そのお方を思い出して、日夜お礼を申しておかげを頂きなさい。」とみ教え頂かれたのでした。

★帰宅してご主人に尋ねられますと、「小さい頃に父が亡くなり、祖父に育てて頂いたが、間もなく祖父も亡くなった為、叔父に全てお世話になり育てて頂いた。しかし、成人してから宮内庁御用達の洋裁の仕事で築いた財産と先祖から遺して頂いた財産を、人の保証人になったことで失ってしまってからは、叔父夫婦に一切連絡を取っていない。」と聞かせて頂かれたのでした。すぐに教会に戻り、この内容をお届けなさいますと、「そうしたお世話になった方々に対するご恩が全く分かっていなかったことにお詫びを申して、改めて育ての親様を含めお世話になった方々に対して御礼を申し上げましょう。そして、これからは朝昼晩夜中とお参りして、ご恩が分かってご恩に報いる人間にならせて頂けますようにとお願いさせて頂き、1週間で病気全快のおかげを頂きましょう。」とみ教え頂かれ、6日目にお祖父様は全快のおかげを頂かれました。

★病気が治ったことも有難いことですが、ご恩が分かっていない自分であったと分からせて頂いたことがおかげであります。ご恩を忘れやすい人もあられますが、お世話になりっぱなしでは恩知らずになり、恩知らずは恩詰りになり、恩詰りは徳切れになります。徳切れになると八方塞がりになってしまうと教えて頂いております。

★親が子供のことを思い、子供が親のことを思い、あいよかけよで立ち行くようになるのがお道のご信心です。そして神様は命の親様であられます。命を授けて頂き、天地のお恵みでお育て頂いたご恩を、心から有難いと分からせて頂いてご信心させて頂くことが基本であり、ご信心させて頂く者は、ご恩を知り・ご恩を感じ・ご恩に報いる心持ちを段々と身に付けさせて頂くことがご信心の根本だと思わせて頂きます。

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2013年11月06日

●お礼の働きが信心の要

『神様、金光様とお願いでつながっているのではご信心が浅い。おかげを受けていつもお礼を申しておると、神様とのつながりが深くなるからご信心が強く厚うなる』

日々神様の広大なおかげを受けており、生まれてから今日まであらゆる人々のお世話になっておりながら、お礼が出来ていない状態というのは、足元に深い穴が沢山空いたまま放っているようなものです。基礎がしっかりしていなければ、上に立派なものを築かせて頂くことは出来ません。

★幼いうちは親様にお世話になるばかりであったとしても、段々と成長させて頂くごとにお礼の働きを心掛けさせて頂かなければなりません。そして、一人前の大人にならせて頂いたら、自分の身の周りの事はもちろんのこと、家全体のことも責任を持ってさせて頂き、収入の中から親様にきちっと育てて頂いたお礼をさせて頂くことも大切な事です。いつまでも親のすねをかじっているばかりでは恥しいことです。

★また仕事の上でも、「あの人がするべき事なのに、自分がするのは損なことだ」などと思う必要はありません。仕事は、今日までおかげを頂いてきたお礼にさせて頂くものであり、神様から与えて頂くものなのですから、「自分の仕事」「人の仕事」と、勝手に決めてしまうことが間違いなのです。気が付かせて頂いたことは、全て神様が自分に与えて下さったお役目であり、その仕事を通して成長するようにとの有り難い思し召しなのですから、お礼の心で積極的にさせて頂きましょう。責任を持って仕事をさせて頂き、何事にもお礼の働きを心掛けさせて頂いておりますと、自分のご信心が強く確かなものとなってゆき、身に徳と力を頂いて、更に結構なおかげを頂く方向へと進ませて頂くことが出来るのですよ。

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2013年11月05日

●親も子も助かる道を歩む

伊藤ハル刀自(コウ師のご母堂)は、家中が病気になる、生活が立ち行かない中をご神縁頂かれ、これまでのことをお詫びし、お礼と改まりの生活を進めてゆかれました。コウ師が小学校3年生の御頃、共に約1年間豊中教会にお世話になった時期がございました。そのこともあり、豊中教会の御大祭には3日間泊まり込みで御用奉仕をなされておられました。

★スエ氏(コウ師の姉上)はハル刀自の仰ることを聞かず自分の好きなような生活をされておられました。ある年、そういうこともあって体調を崩し寝込まれることがありました。それが豊中教会の御大祭の御用当日であったのです。

ハル刀自は神様に「今子供の世話をさせて頂いた方がよろしいでしょうか。御用に行かせて頂いた方がよろしいでしょうか。」とご祈念されますと、心に「自分自身が世話をしても、子供が神様のおかげを頂くことの有難さを分からねば申し訳ないことになる。子供自身が自ら神様に心を向けさせて頂け、改まりが出来ますように。」と思わせて頂き、その由をよく言い聞かせ、食事の用意をして泊まり込みで御用に行かれました。

ハル刀自は道中、「私の一家は神様の御恩も分からず、長い間ご無礼を重ねて参りました。深くお詫び申し上げます。どうぞ私がお参りをさせて頂いている間に、あの娘が神様の御恩を分からせて頂けますように。神様のおかげで生かされ、神様のおかげで我が体が自由に動くのであるということが分からせて頂けますように。今後は神様にしっかりおすがりが出来る娘にどうか改まらせて頂けますように。」とご祈念されました。

★それからスエ氏は便所に這って行かれ、お取り払い頂いた時に「なんと自分の生活はご無礼であったか。わが身はわが力で自由にならない。神様人様のお世話になっての生活であった。御恩を分からない自分であり申し訳ないことでありました。これからは改まらせて頂きますのでどうぞお許し頂けますように。」と神様にお詫びを申すことが出来られたのでした。

★ハル刀自が後日帰宅されますと、スエ氏は無事回復され、家の用事をされてハル刀自に「このようにおかげを頂きました。有難うございました。」とお礼を申されました。

★どうしたら神様からおかげを頂け、どうしたらおかげを落とすことになるのか、今の生活をしていたらどういう未来になるかを考え、神様を杖におかげを頂いてゆかねばなりません。自律自戒し、大きな願いを持つことが大切です。不平不足が出るのはしっかりとしたお願いがないからです。私達は、神様より御心を頂き、世のお役に立つための御用を与えて頂いております。そのお役目を理解し、力強い信心生活をさせて頂きたいと思います。
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2013年11月04日

●準備の大切さ

あるご家庭で、息子さんの家庭内暴力や暴言がひどく、両親が大層悩んでおられました。そこでお導き頂かれ、お参りなさるようになられ、二代教会長伊藤コウ師にお届けされました。

★すると、コウ師より「息子さんを拝みなさい。」とみ教え頂かれたのでした。ご両親は今まで「自分達が息子を産み育ててきたのに、どうしてこんな恩を仇で返すようなことを息子はするのか!」という考え方であったことをお詫び申され、「頂いたみ教えを生涯守り通させて頂けますように」とお願いされながら息子さんを拝む稽古に励まれたのです。

日々稽古されておられますと、いつしか暴力は収まり、立派に成長され、社会人としてお役に立たれ、更には結婚され子宝にも恵まれたのでした。ついには、子供を連れて一緒にお参りして頂けるようにまで変わって下さったのです。ご信者は「私の信心は行き届いておりませんのに、周囲はどんどんと結構にならせて頂きました。まだ本当に有難く息子を拝むことが出来ていない私であることをどうぞお許し頂けますように。」と日参なさって御礼参拝を生涯続けられたのでした。

★良い種をまきますと、良い花が咲き、良い実がなります。自分自身が親孝行をさせて頂けば、子供も親孝行をして下さいます。準備がしっかり出来ておりますと、必ず願いは成就してゆくのです。『物事に時節を待たず、苦をすること』(御神戒)
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2013年11月03日

●氏子身の上のこと何なりとも、実意をもって願え

先日、大型トラックの冷凍車の運転のお仕事をなさっているご信者が、お礼届けに来られました。納品する荷物を満載にして関東の方面に向かわれ、納品時間までの待ち時間を寝て過ごしておられたそうです。たまたま目が覚めた時に、車内が静かで冷凍庫が作動していないことに気付かれました。「金光様、金光様」と心中御祈念されましたが、冷凍庫は稼働せず、本社に連絡を取って、再度御神米を握りしめて御祈念しておられました。すると、本社から連絡が入り「取引先に電話をして先に納品させて頂けるよう頼んだから、順番を待たずに納品させてもらいなさい。」と指示があり、急いで納品させて頂き、製品にも問題がなく無事納品のおかげを頂かれました。その後、冷凍庫を修理する会社も教えて頂き、故障していた部品を交換して無事修理も終わり、関東から新たに荷物を積んで関西に戻ることが出来られたそうです。

★ご信者がご祈念なさっている時は、「冷凍庫が無事に直りますように。」とご祈念なさっていたそうですが、神様はそれ以上のおかげを下さったのです。また、ご祈念なさっている時に「私はこんなにご祈念しているのに神様は直して下さらないじゃないか。」と疑いの気持ちが生じてしまわれたそうですが、すぐに思い直し「これは私の考え違いでした。申し訳ございません。」とお詫びを申されて、改めてお願いをし直されたそうです。

★自分に都合が悪いことが起きてきたら、神様を疑う心が現れやすくなります。この時にどのように神様に実意を向けさせて頂き、真心込めてご信心を基にした行いがさせて頂けるか、というところが神様のご試験であると思わせて頂きます。今どの程度の信心なのかを痛感せざるを得ないこともあるでしょうが、そこから改まりが生まれますから、己の信心の程度を知ることも大切です。神様は必ず御都合付けて下さり良いようにして下さいますから、どんなことでも実意をもって願わせて頂きましょう。

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2013年11月02日

●生神金光大神様の御取次を頂く

親教会島之内教会の生神金光大神大祭に10月27日参拝させて頂き、御大祭のお献備をお供えさせて頂き、御礼を申し上げました。28日には阿倍野教会初代教会長伊藤徳次彦の87年廻れる例年祭を、お仕え申し上げた御礼に親教会に参拝し御礼のお届けをさせて頂いたことです。

そして30日に一ヶ月の御礼のお届けをさせて頂く為に参拝させて頂いたのです。私の虫垂炎は、9月後半から痛んでおりましたから、御神酒をつけさせて頂きお願いさせて頂いてはおりましたが、なかなか痛みが治まらなかったのです。このままでは月末・月初めの御用や御大祭の御用がご無礼になってはいけないと思い、10月29日に医師に診察して頂きました。そして30日に親教会に参拝させて頂いたのでした。

★そこで私はまずお広前で神様・霊神様にご拝礼申し上げ、その後お結界に進ませて頂いて、一ヶ月無事祭典を初め諸行事が滞りなく仕えさせて頂けましたお礼と不行届きの多いことをお詫びを申し上げ、月末月初めの御用、そして来月のお願いさせて頂きました。

その時に、初めてお結界で「この9月後半から今日まで、虫垂炎が再発し痛み出しました。どうあっても日々御用にお使い頂かねばなりませんので、なにとぞお取り払い頂けますように。」とお願いをさせて頂きました。すると、なんとお届けをさせて頂いたその晩から痛みをお取り払い頂き、月末・月初めの御用に支障をきたすことなく御用にお使い頂くことが出来たのでした。

★私達は、生神金光大神様の御取次を頂き、天地の親神様の御神徳を蒙らせて頂くのです。ですから、御本部で教主金光様にお届けさせて頂くのと同様に、金光様のお手代わりとしてお結界にお座りになっておられる先生にお取次を頂きますと、たちどころにおかげを授けて下さるのです。どんなことでもお願いしてさせて頂き、どうすれば喜ぶことが出来るか、どうすればおかげに変えさせて頂けるかをお結界で教えて頂き、有難く畏れ多く勿体ない心でお届けをさせて頂きましょう。
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2013年11月01日

●真を大きくする

『広大なおかげ広大なおかげというが、おかげとは、氏子めいめいの真に映る影のことじゃから、神様に大きな真を向けてみよ。大きなおかげが我が身に頂ける。小さな真で大きなおかげはもらえぬぞ。影は形に添うと決まったものじゃ』

★11月を迎えさせて頂きました。2日は月例祭に併せて生神金光大神大祭に向けましての祈願祭をお仕えさせて頂き、11日には教祖130年生神金光大神大祭がお仕えになられます。御大祭のご比礼を頂かせて頂けますように、日を切ってお願いさせて頂き、改まりの信心を進めさせて頂きたいと思います。

★私自身もおかげを頂かねばなりません。9月の後半から虫垂炎の症状がでております。ずいぶん以前に、同じ症状で白血球が高くなって手術をするかしないかという状態にまでなり、毎日御神酒をつけさせて頂き、薬で散らして手術なしのおかげを頂きました。

現在も御神酒をつけさせて頂いておりますが、先日来、抗生物質を処方して頂いて、心中ご祈念させて頂いてから、服用させて頂いております。日々の御用にお使い頂かねばなりませんから、今手術をするということは出来ません。「どうあってもおかげを頂かなければならない」と日を切って御祈念させて頂いているところです。

★あるご信者は「取引先から9月末の入金が一部されておらず、10月末の入金もなければこちらの会社が立ち行きません。どうぞご都合お繰り合わせを頂けますように。」とお願いなさっておられます。

★夫々のところで「おかげを頂かなければならない」ということがあると思います。その為には神様に真の心を向けさせて頂かなければなりません。信心の未だ理解出来ていない初めのころは、おかげが頂けないのは神様が都合をつけてくれないのが悪い、と思う程度です。次に、おかげを思うように頂けないのは自分が悪いのかな、と思うようになります。

そして、自分の間違いはどこだろうか、と改まりに悩むようになってくれば信心も進んでいると言えます。さらに、一つでも改まったら改まっただけの有難さが分かるようにならせて頂くので、もっと改まるところを探すようになります。このように信心が進んでゆくのです。御大祭まで残り10日間あります。大きな願いをもって改まりの信心を心がけ、御大祭のご比礼を蒙らせて頂きたいと思います。
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