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2013年09月30日

●心眼を開けよ

 あるご婦人は、片方の眼球を病気で取り除いておられ、もう片方の目も段々と弱ってきておられたのでした。その方の長男さんはすでに亡くなっておられ、お嫁さんとお孫さん達と共に暮らす生活が始まったのです。しかし、お嫁さんとの仲があまりうまくいかず、視力も日に日に弱っていくので、いつも辛く不足に思っておられたのでした。

 ★そんなご様子を気の毒に思われたご近所のご信者が、手を引いて教会に連れて参られたのです。二代教会長伊藤コウ師に、ことの次第をお話なさり、胸の内をお届けなさいますと、「『真の道をゆく人は肉眼をおいて心眼を開けよ』と、金光様はみ教え下さっておられます。肉眼が見える、見えないということよりももっと大切な事は、心の眼を開かせて頂くということです。

 心の眼とは有り難いもので、肉眼でも見えない世界が見えるようになります。心が立派に変わらせて頂いたら、楽しく有り難い生活を送ることが出来ますよ。また、心と体は別物ではなくつながっているものですから、まず第一に心を改まらせて頂くことから始めましょう。

 あなたは毎日愚痴不足ばかり言ってはいませんか?ひがんだ根性を直して、何でも喜ぶ稽古、しっかりお礼を申す稽古をしましょう。『ご飯ですよ』と言われても返事もしなかったところを、『ああ、有り難う!』とお礼を申し、『孫の世話をしてください』と言われたら、『こんな年寄りに用事を任せてくれて有り難う』というように、お礼を申すことを実行させて頂きましょう」と、み教え頂かれ、それから素直に実行なさったのです。

 ★するとしばらくしてから、「近頃は、あまり腹が立たないようになりました。嫁が優しくしてくれまして、うれしく有り難く生活させて頂いております。」とおっしゃるようになられたのです。また、「今日は、お芋の皮がむけました。」「今日は、はさみが使えました」「今日は、足袋の繕いが出来ました」というように、日に日に体の上にもおかげを頂かれ、一人で歩いて教会にお参りも出来るようになられたのでした。

 ★『神様を拝むのに手や口を洗っても、心を洗わねば何にもならぬ。心は火や水では洗えない。真一心で心を洗って信心をせよ』
 
 ★『わが心でわが身を救い助けよ。』
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2013年09月29日

●周囲の方々の助かりを願う

『今まで長い間痛くてつらかったことと、今おかげを受けてありがたいことと、その二つを忘れるな。その二つを忘れさえしなければ、病気は二度と起こらない。これからは、人が痛いと言って来たら、自分のつらかった時のことと、おかげを受けてありがたかった時のことを思い出して、神に頼んであげよ。自分はもう治ったから人のことは知らないというような心を出すと、またこの病気が起こる。今の心でおかげを受けていけば、病気が起こらないばかりか、子孫の末までおかげを受けられる。』

★あるご信者は、現在奥様を一生懸命お導きなさっておられます。奥様が体が思うように動かないようになられたことで気分がすぐれない日々が続いておられるからです。そのご夫婦の様子を見させて頂いておりますと、有難くて御礼を申さずにはおれません。実はそのご主人が入信の時のことです。胃に穴が開いて吐血し、下血もされ、生命が危険な状態になっておられました。死のうかと思い死ぬ場所まで探しておられたそうです。気がついたら阿倍野教会のお広前に座っておられたのでした。そんな状態であられたところを、お取次ぎを頂きお導き頂いたことにより乗り越えてゆかれ、命のないところを助けて頂くおかげを頂かれました。今では夫婦が揃って参拝なされ、奥様の心も段々と神様に向かわせて頂いておられます。

★私達がご神縁頂き、教会にお引き寄せ頂いているのは、神様が私達に願いをかけて下さっているということです。それぞれの家が心身とも健康で、平和円満になるように。子孫繁盛家繁盛、豊かな生活、徳と力が頂けるようにと願って下さっているのです。また社会のお役に立たせて頂くことで、世の中の人々が助かって頂けるよう貢献出来る家々になりますようにと願って下さってのことです。

★『あなたがおかげをいただかれたことを、神様のありがたいことを知らない世の中の人々に教えてあげよ。そうすれば、その人々が助けられ救われる。それが神様の一番喜ばれるお礼である。』と教えて頂いておりますから、自分のことだけでなく周囲の方々が助かって頂ける働きがさせて頂けるように、何事もお願いさせて頂き、人の助かる御用に使って頂けるような氏子とならせて頂きましょう。

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2013年09月28日

●明鏡止水の平常心

『信心ということは、しんはわが心、じんは神なり。わが心が神に向かうをもって信心というなり』

★旧広前の御頃、阿倍野教会について中傷する内容のビラを書いてまいた方がおられました。そのビラをもってこられたご信者に二代教会長先生は「結構なことです。ただで宣伝して頂いて有難いことです。どんな所か見に行ってやろうと来て頂いたら、結構なお導きです。」と腹を立てられることはなかったのです。

★三代教会長先生が御説教をなさっておられました時に、他宗の方が大声を出したり、畳を叩いたり、妨害行為をしようとしたようです。三代教会長先生は、意に介さず神様に御祈念なさっておられますと、その方が急に飛び上がる様に立って、急いで土間に飛びおりたそうです。ところが、背が高かった為、頭を鴨居にぶつけて倒れてしまったということです。それ以降、妨害に来ることはなくなったそうです。

★二代教会長先生は「人生に吉良上野介のような人は、何度でもやってくる。私も色々な機会に、神様が何が何でもしっかりした人間にしてやろうという御心で、次から次へと吉良殿が何人もやってきました。これでもか、まだ腹を立てないかと次から次へと色々なお試しがあり、その都度『有難うございます。私には神様が付いて下さっています。』と御祈念します。善い悪いは自分が決める所ではない。もちろん腹を立てて相手に仕返しをするようなものではない。神様のお試しに落第してはならんと、受け切って参りました。」と仰せになりました。

★どんな時でもしっかり神様に心を向けさせて頂くことが大切です。そうして神様に心を向けさせて頂くと、神様が使って下さり、人からも信用して頂けるようになり、ご都合お繰り合わせを頂けるようになってゆくのです。和らぐとは、水面に波が立っている状態がスーっとおさまっていく状態です。「明鏡止水の平常心」というように、信心によって常に心が清く穏やかな心になるようにおかげを頂かなければなりません。日々稽古をさせて頂き、信心向上のおかげを頂きましょう。
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2013年09月27日

●真の喜びが生まれる瞬間

あるご信者は、喘息の為に息が苦しく、家の二階までの階段を上ることが出来ないほどであられました。日々教会に参拝され、み教えを頂かれるうちに、「家中で自分が一番間違っていた。私ほど至らない人間はない」と思えるようになられたのです。

そのことを、二代教会長・伊藤コウ師にお届けなさいますと、「しっかりと心を神様に向けてご祈念させて頂きなさい。」とみ教え頂かれ、お広前で心の底から神様にお詫びのご祈念が出来られたのでした。すると、その晩から喘息の発作が一切出なくなり、根切れのおかげを頂かれたのでした。真のお詫びは真の改まりとなり、そこから真の喜びが生まれるのですね。

★このご信者は、喘息の症状に悩まれながらも8年間諦めず日参と聴教に励まれ、心の底からのお詫びと改まりが出来られたのです。そして、我が心に真の喜びが生まれた瞬間から、あらたかなおかげを頂かれたのでした。しかし、このご信者のおかげ話を聴かれた方の中には、「8年も悩んだ病気を一晩でおかげを頂けるはずがないでしょう・・・」とおっしゃり、有り難い内容を素直に頂くことが出来ない方もおられたと伺っております。常平生から、み教えを頂く受けものを作らせて頂かなければ、せっかくの有り難いおかげも受け漏らしてしまうのですね。

★人生においては、様々な岐路に立つ瞬間があります。常平生からしっかりとみ教えを頂いている人は、心に確かな受けものが出来、いざという時にでも迷わず素直にみ教えを頂くことが出来るので、全てにおいて間に合うようにおかげを頂き、良い方へ良い方へと人生の舵取りが出来ていくのです。

★『一年三百六十五日のことを正月元日に頼みおき、また、月三十日のことは一日に頼みおき、一日のことは朝頼みおけ。病んだる時の信心は願いなり。病まぬ時の信心第一』
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2013年09月26日

●素直

 以前、あるご信者のお母さんが、よちよち歩きのお孫さんを連れて銀行に行かれました。銀行の手続きをなさっている間、お孫さんがウロウロしておられますと、突如、テレビの台が崩れてお孫さんの頭上にテレビが落ちてきたのです。

お孫さんは頭を打って倒れ、すぐに病院に搬送され、検査をして頂かれますと、念のため一晩入院する事になったのでした。銀行からご信者にお詫びに来られ、慰謝料を持ってこられましたが、ご信者はその慰謝料を頂いてよいかどうかを三代教会長先生にお届けされますと、

「子供に後遺症が残らないおかげを頂きたいとお願いしているのであれば、そのお金は受け取らない方がよろしいでしょう。」とみ教え頂かれました。

その当時、ご信者は経済的に困っておられたそうですが、素直にみ教えを守られ、「当方にも不行き届きなところがありますから…」とお返しなさったそうです。有難い事に、お孫さんは後遺症なく無事に成長のおかげを頂かれたのでした。

★少し経って、今度はお孫さんが路地で遊んでいる時、トラックがバックで入ってきて、トラックの後部に頭をぶつけ、トラックの下のタイヤとタイヤの間に倒れこんでしまいました。ご信者はその際も慰謝料を受け取ることなく、後遺症の無いように一生懸命お願いされ、無事に後遺症もなく、成長のおかげを頂かれのでした。

★「またこんなことが起こってきたか。」と思ってしまいそうですが、本来ならば命のないところを2回に分けて頂き、大難を小難におまつりかえ頂かれたのです。自分の都合に合わせて自分勝手な判断をすることなく、三代教会長先生のみ教えを離さず守り抜かれたことがおかげを頂ける元になったと思わせて頂きます。

★私達は有難いことに、教祖様からみ教えを頂いておりますから、迷わずに進んでいけるように導いて頂いております。それでも人間は利害損得を考えてしまったり、自分の都合を優先してしまったりして、迷ってしまうことがあります。

『神の綱が切れたというが、神からは切らぬ。氏子から切るな。』と教えて頂いておりますが、神様の綱とはみ教えのことです。み教えを守ってゆけば、神様が守って下さいますから、み教えを素直に頂かれ、離さないようにご信心を進めさせて頂きましょう。
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2013年09月25日

●何事も出来ないと思わずさせて頂く

先日、3歳1ヶ月のお子さんが宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の全文を、暗唱して聞かせて下さり、大変感心致しました。すると一昨日、清少納言の「枕草子」の冒頭を一言一句間違わず、暗唱して聞かせて下さったのです。「雨ニモマケズ」は32回、「枕草子」は53回練習して覚えることが出来られたそうです。それを聞かせて頂きまして、「子供は柔軟で素直だなあ。親も53回一緒に練習なさるのはさぞ根気が必要なことだろうなあ。」と思わせて頂きました。大人でありましても、数回か十数回して覚えられなければ「もう止めよう」と思ってしまうかもしれません。子供では意味が分からない部分も多かったでしょうが、分からないながらも53回も反復練習なさったことが大切なところだと思わせて頂きました。

★以前、ご信者のご主人が脳出血で倒れられ治療・リハビリの結果、医師に「これ以上の回復は無理です。自宅の住所が言えない、近所のお方の名前が思い出せない、という状態であられます。自宅でゆっくりさせてあげて下さい。職場復帰は不可能ですよ。」と診断を受けられました。お結界でお届けなさいますと「そんなことはありません。必ず職場復帰をさせて頂けますからしっかりお願いさせて頂きましょう。」とみ教えを頂かれましたが、ご主人を見ていたらなかなか信じることが出来られなかったそうです。それでも「教会のお結界で先生がそう仰って下さるのだから、お願いさせて頂いて是非ともおかげを頂こう!」と思わせて頂かれ、おかげを頂きたい一心で奥様は毎朝お届けなさり、徐々にご主人のリハビリをさせて頂かれますと、入院されてから9か月後に職場復帰出来られるおかげを頂かれたのでした。

★2〜3歳のお子さんも、お母さんと一緒にお結界でお願いなさっておられます。今は意味が分からずにお願いなさっているかもしれませんが、続けておられますと自然と自分のお願いになってゆかれます。正しいお願いをさせて頂けるような人生にならせて頂くためには、反復練習が必要です。願いのあるところに成就がありますから、何事も出来ないと思わずに、諦めず続けてさせて頂くことが大切ですね。

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2013年09月24日

●生き通しのおかげを頂く

 昨日は、爽やかな晴天のもと万事万端のご都合お繰り合わせを頂きまして、秋季霊祭をお仕え申し上げることが出来ましたことは、真に有り難いことでございます。

★二代教会長伊藤コウ師のご母堂、伊藤ハル刀自は、「私がしっかり信心させて頂いて、家のめぐりをお取り払い頂き、お徳を積ませて頂いたら、子の代、孫の代と次々と結構にならせて頂け、先が開けてゆくのだ。その為には、私が伊藤家の礎とならせて頂けるよう、しっかり信心辛抱させて頂こう」

とご決心なさり、生涯かけてご修行下さいました。そのご修行のお徳によりまして、今日も子孫の端々までおかげを頂き、阿倍野教会の信奉者一同に付きに付いてお守り下っておられますことは、真にもったいなく有り難いことでございます。

★『人間は生き通しが大切である。生き通しとは、死んでから後、人が拝んでくれるようになることである』と、み教え頂いております。生きている間に、しっかり信心を元にご修行させて頂くことによって、先の世までも持って行かれ、子孫までも残るご神徳を頂くことが出来るのです。

反対に、ご神徳を頂かなければ、活き活きと働ける御霊にならせて頂くことは出来ないと、教祖様ははっきりとみ教え下さっておられます。中には、生前中の不徳により助かることの出来ていない御霊様が、悩み苦しんで助けを求められるということもあるのです。

★春秋の御霊祭毎に、名前をお書きになってご提出頂きました御霊様方は、ご神前で丁寧にご祈念を込めさせて頂きます。お祭りをお仕え申し上げる度に、生神金光大神様のお取次を頂きましてご祈念させて頂きます御霊様方は、一段とご安心頂き、徳高い御霊様となって頂くことが出来るのです。

一回一回のお祭りには、大変深い意義があるのです。共々に心を込めて御霊様をお祀りさせて頂き、一段と徳高い御霊の神となって頂いて、活き活きとお働き頂けますよう、お願いさせて頂きましょう。

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2013年09月23日

●死生の安心を頂くために

本日、お昼の二時より秋季霊祭をお仕え申し上げます。ご家族揃って参拝のおかげを頂かれ、御霊様に御礼申し上げ、また、より一層徳高い御霊の神様となって頂けるよう、ご祈念させて頂きましょう。

★あるご信者は、近所でも有名な気難しいお舅さんと同居しておられ、日々辛く感じておられました。そんな時、ご神縁を頂かれて、二代教会長伊藤コウ師にお届けなさいますと、「あなたは神様から結構な宝物を頂いておられるのですよ。お義父様はあなたの家の宝物です。あなたがご信心を元に、真心込めて孝行なさるか否かで、家が結構に栄えていくかどうかが決まります。」とみ教え頂かれたのでした。

★そのご婦人が、ある時教会で御用奉仕をなさっておられますと、何事においても実に心配りが行届いておられるあるご信者の姿に目が止まられたそうです。「あの方はどうしてあのような行届いた心配りが出来られるのですか?」と、伊藤コウ師にお尋ねになりますと、「あの方は、自分のことよりもいつも人のことを第一に考えておられるのですよ」とみ教え頂かれたのでした。それを聴いたご信者は、「義父のことを第一にさせて頂いて、何事も逆らわないことをご修行にさせて頂こう」と有り難い決心が出来られ、生活の全面に渡って実行していかれたのです。

★すると次第に、「主人を苦労なさりながら育てて下さり、私のような至らない者を嫁にして頂いて、長い間辛抱して下さっている。こんなに有り難いことはない。しっかりお義父さんに喜んで頂かなくては申し訳ない」と、心底思えるようになられたのでした。そんな日々を送っておられますと、お義父様が80才を過ぎた頃に、教会に一緒にお参りしたいとおっしゃったのです。そして、伊藤コウ師に、「うちの嫁をこんなに立派に育てて下さって有り難うございます。これからは、日参させて頂きます」と、おっしゃって下さったのでした。もちろんこのご信者の信心のお徳は子供の代、孫の代、曾孫の代と続いておかげを頂ける家にならせて頂いておられます。

★「まだまだ足りない」という心持ちで、日々油断なくご信心をさせて頂くことによって、結構なご神徳を頂き、死生の安心を頂くことが出来るようになるのですよ。『世間に、死ぬるのがつらいと言うのは、まだ、死ぬるのをいとわぬだけの安心ができておらぬからじゃ。ご信心して、早く安心のおかげを受けておかねばならぬ。平生から、まさかの折にうろたえぬだけのご信心をしておかねばならぬ』

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2013年09月22日

●『信心するにも辛抱が大切である。』

伊藤の家の信心は、二代教会長伊藤コウ師のご母堂・ハル氏から始まりました。ハル氏が入信以前は、家内中で喧嘩が絶えず次から次へと家族が病気にかかり、また経済も立ち行かない等、様々な難儀がありました。ご神縁を頂かれ教会に参拝されるようになられてからは、率先してみ教えに基づいた生き方に改まる生活に変わられ、一切喧嘩をしないと決められて、毎日の生活の中に実践なさったのでした。しかし、ハル氏のご主人・房次郎氏は「神様を拝むくらいなら、わしを拝め」と言われるほど信心に大反対でした。

★ある時、房次郎氏は、「神様なんぞいるはずがない。もしいるなら、このわしの手足が動かなくなるはずだ。」と言われ、家にお祀りしてあった小さな御神殿を庭に投げつけて壊してしまわれたのでした。すると、愛娘・カツ氏の手足が動かなくなり、水も喉を通らない状態になられたのでした。色々手を尽くされましたが、一向に良くならず、とうとう房次郎氏が「どうしたら良かろう…」とハル氏に尋ねられました。するとハル氏は、「お父さんが教会に参拝なさって神様にお願いして下さったら、必ず良くなりますから。」とすすめられ、初めて教会へ一緒に参拝なさったのでした。

★房次郎氏は、お結界で涙を流してお詫び申し「どうぞ助けて下さい。」と願われたのでした。するとお結界の先生は、「伊藤さん、貴方の心は神様に届きました。帰ってご覧なさい。」と仰せられました。帰られますと、それまで口もきけない、水も喉を通らない状態であられたカツ氏が、「お父さん、お帰り!」と玄関まで出迎えに来られたのでした。そこで親子が抱き合って泣いて喜び、そこから、家族中が勢を揃えてご信心が出来られるようになられたのです。

★もしハル氏の心が人に向いていましたら、「あなたがご無礼なことをしたせいで、こんなことになってしまったのですよ!」と責めてしまうところです。しかし神様に心が向かっておられましたから、辛抱なさり難をみかげにさせて頂くことが出来られました。『何事も辛抱ということが肝心である。信心においてはなおさらのこと、辛抱が弱くてはおかげが受けられない。』と教えて頂いておりますから、ハル氏のような信心・辛抱を見習わせて頂き、一家勢信心のおかげを頂き、信心を進めさせて頂きましょう。

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2013年09月21日

●失敗の元を作らない

伊藤ハル刀自(伊藤コウ師のご母堂)は、「世間では、『失敗は成功の元』と言われますが、失敗をしない生き方を心がけなくてはなりません。例えば、柱に釘一本打つのでも、目分量でいい加減に打ってしまっていては、何度も打ち損じてしまい、柱が穴だらけになります。ここならば間違いない、というところに打たせて頂きなさい。打ち損じたところには傷が残り、値打ちがあるものにはなりません。腐りが入り、虫が入って、終いには取り替えられてしまいます。そのような人生を送ってはなりません。小さなことならまあ良いというような、いい加減なことの積み重ねは、人生の失敗につながるのです。人生においての失敗は、取り返しのつかない事態を招く恐れもあります。失敗の元を作らないように心がけて生活させて頂かなくてはなりません。」とみ教え下さっておられます。

★ことに当たる前には、行き届いて準備をさせて頂き、いざ実行させて頂く時にも、神様にお願いさせて頂きながら、どこまでも実意丁寧に実行させて頂くのです。そして、実行させて頂いた後には、すぐに後始末をさせて頂くことが大切です。お礼をさせて頂くべきところには早速に、行き届いてお礼をさせて頂くことが、次への準備となるのです。

★全てにおいて、「もうこれで十分」という考えを持たないよう、「もっと行き届いてさせて頂けます様に」とお願いさせて頂きながら、取り組ませて頂きましょう。そのような生き方を積み重ねさせて頂くことによって、神様からご安心頂き、ご信用頂ける生き方となってゆくのですよ。

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2013年09月20日

●子孫に続く信心

太田康夫氏は、家族が参拝されておられましたが、ご自身は参拝されておられませんでした。月例祭の日、奥様の弘子氏は家の御神殿にご祈念の後に、「今日は有難いお話しを聞かせて頂けますから、参拝しませんか?」と尋ねてみられますと、「参拝してもいいよ。」と仰り、だんだんと朝参り、御本部参拝と一家勢信心の家になられました。

★康夫氏が42才の時に心膜炎にかかり、心臓に水が溜まり体中に浮腫が起きられたのです。入院されることになり、医者に「同病の患者であなたが一番重症です。」と言われました。ご家族が御洗米を毎日炊いて病院に持っていかれました。すると、お小水にどんどん溜まっていた水分をお取払い頂かれ、40日の入院で全快のおかげを頂かれたのでした。

★66才の時には免疫力の低下で呼吸困難になられ意識もはっきりされませんでした。体の皮膚や、爪がはがれてしまうほどに衰弱されたのでした。三代教会長先生は「元気な心でなあ」とみ教え下さいました。この入院中もご家族が勢を揃えてお世話され、少しずつ回復されました。

昼食に看護についておられた弘子氏がサンドイッチを食べようとすると、45日間病院食も頂かれていない康夫氏がずっと見ておられるので、弘子氏は「少しでも頂かせて下さい。」と神様に御祈念されますと、全てのどを通るおかげを頂かれ、それから、お粥を頂かせて頂けるようになり、みるみる元気になられたのでした。

★78才の時には咽頭癌で放射線治療を受けられました。医師から「放射線に強い体ですね」と言って頂かれ、十分な治療を受けることが出来、子供、孫がお世話をして下さり、全快させて頂かれたのでした。

★人生には様々な節目があります。その節目に折れてしまわないようにおかげを頂いてゆかねばなりません。家族が揃ってご信心に励まれ、信心のお徳を積まれ、大難を小難に、小難を無難におまつりかえ頂かれ、事が起こってきた時に乗り越えさせて頂けるだけの受け物を作っておられたのです。問題が起きてもそこから逃げず、押し潰されず、信心を見直し一層強く確かなものにさせて頂くことが大切なのです。

★『信心は本心の玉を磨くものぞや』
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2013年09月19日

●氏子の喜びは神様の喜び

『氏子の喜びは神様の喜びです。神様の喜びは氏子の喜びです。』(三代金光様のみ教え)

★初代教会長伊藤徳次師が大正15年10月28日に32歳で「おかげやで。おかげやで。」と残しお国替えになられました。徳次師が24歳で島之内教会にご修行なさっているとき、当時流行していた悪性のインフルエンザ(スペイン風邪)に罹られました。なんと5週間の意識不明の重体になられ、医師は「もう駄目です」と治療もしてくれず手を放されたのでした。二代教会長伊藤コウ師が一心に神様にお願いし、教師の職務も学校閉鎖・学級閉鎖とお繰り合わせ頂き、有難い事に5週間徳次師のお世話が出来られ全快のおかげを頂かれました。その出来事がありましたから、徳次師がお国替えなられたときに、コウ師は「8年もお命を延ばして頂いて有難うございました。」と神様にお礼を申されたのでした。

★徳次師が亡くなられ十日祭の当日11月6日、旧広前のご建築の為の建築委員が総辞職の連判状を持ってこられました。コウ師は、「なんと御慈愛の深い神様だなぁ。もし役員・建築委員の方々が『後の事は私達がみな引き受けて何もかもさせて頂きますから御安心ください。』と言うてくださったとしたら、ついその御厚意に甘えておったかもしれない。人に頼って建ててもらう教会は人間の教会。神様に頼んで建てさせて頂く教会は神様の教会。私は神様の御用をさせて頂くのであるから、神様の教会を神様に建てて頂こう。」と思われ、連判状を御神殿にお供えされ、「可愛がって頂きまして有難うございます。この度は、人に頼るな、神様におすがりせよとみ教え頂きました。有難うございます。どうぞ建築を成就させて頂けますように」とお礼を申し上げられ、借金なし、分担金なしでご建築の大みかげを頂かれたのでした。

★私達が喜んで日々生活させて頂きますと、神様が「これもしてやろう、あれもしてやろう」と可愛がって下さいます。一見自分に都合の悪いことが起きたとしましても、神様の思し召しをその中に見出させて頂きましょう。何度もお願いしてさせて頂き、毎日が喜びに満ちた生活をさせて頂きましょう。

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2013年09月18日

●油断のない信心

一昨日は、婦人会例会に併せて「大規模災害への備え」として大阪市の方々に来て頂き、講演をして頂きました。

★この度の台風において、関西では、桂川、由良川が氾濫し各地に大きな被害がありました。昨日京都や、岡山から参拝されました方々は、交通機関の乱れによりご苦労なされました。大和川においても増水し避難勧告が出され、近くに住んでおられるお方が、参拝され御祈念されておられました。

思いもよらないことが急に起こるということがあります。常にどこにおりましても、心中御祈念を欠かさずにご都合お繰り合わせを頂いてゆかねばなりません。油断のない信心とは、心中御祈念を欠かさないことであると思います。そうして間違いがないように判断し行動させて頂いて時々刻々おかげを頂いてゆきたいと思います。

★天地の間に起こってくる出来事について、人間の一方的な考えからすれば都合が悪いと思えるようなこともあるかもしれません。しかし、神様のお恵みの中でお世話になり続け、今を生かされて生きているのが私達人間であるということが事実であり、全てを受け止めて生きてゆかねばなりませんから、お礼を土台にした信心生活をさせて頂くのです。有難く、畏れ多く、勿体ない心で生活させて頂き、新気、根気、お礼の働きをさせて頂くことが大切だと思います。

★(1)各被災地無事復興。(2)亡くなられた御霊様の御霊徳と御安心。(3)被災者の方々の立ち行きのお願いを日々御祈念させて頂いています。

私達は、日々防災減災の意識を高めて自らの生活を見直し、全てに間に合うように最大の心配りをさせて頂きましょう。何事においても、大難を小難に、小難を無難におまつりかえ頂けますようにお願いさせて頂きましょう。そして、皆さんの近所近辺の方々が助かって頂きますように。また、人のお世話をさせて頂き、世のお役に立つ働きをさせて頂けますようにと日々お願いさせて頂くことが大切です。
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2013年09月17日

●真心込めて月々の御礼参拝を

15日には、台風18号の影響が心配される中、列車もバスも遅れることなく、参拝させて頂きやすい天候気象のご都合お繰り合わせを頂きましたことは、真にもったいないことでございます。

★滋賀県から御本部参拝をなさったあるご信者は、「自宅を出発する時は土砂降りだったのが、大阪に着いたら雨が止んでおり、ご霊地でも軽いお湿りでお参りさせて頂いて真に有り難いことでございました。」「実は、8月末に生命を助けて頂きました。軽自動車で事故を起こしたのです。不注意で前の車にノーブレーキで追突してしまい、乗っている車の前方が15センチ程短くなるような事故でした。

しかし、右に車がそれていたおかげで運転席は無事で、けがをせずに済ませて頂いたのです。また、相手の車はゴミの収集車で非常に頑丈だったので、バンパーとテールランプが傷ついた程度で、人身事故には至らず物損事故で済ませて頂きました。対向車と衝突して大事故になっても不思議ではないところを、一番軽い形で済ませて頂きまして有り難いことでございました。

更に考えてみますと、去年の9月に軽自動車のワンボックスカーから、前のボンネットの部分が少し長い軽自動車に買い換えたおかげで、運転席にまで被害が及ぶことなく、大難を小難におかげを頂きました。そのような諸々のことを振り返りますと生命を助けて頂いた御礼に、9月も御本部に御礼参りをさせて頂かないことには申し訳ないと思い、参拝させて頂きました。」と、御礼のお届けをなさったことでした

★私たち一人一人が、知らず知らずのうちに、万事にご都合お繰り合わせを頂いて、今日無事にお守り頂いておかげを受け続けているのです。共々に、月々御本部御礼参拝が続けさせて頂けますよう、ご都合お繰り合わせを願わせて頂きましょう。
そして、月々の御礼とお詫びを丁寧に申し上げ、ご霊地に満ち満ちた有り難いお徳を身一杯に頂いて、実意丁寧なご信心に、一歩一歩進ませて頂きたいと思います。『金光様は、「此方じゃというても、はじめから生神じゃなかった。言うて聞かすとおりにしてこい。此方のようになれる」と言うてござったから、できぬのではない、せぬのぞ。命を助けてもらおうと思う時の一心があったら、できぬということはない。』
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2013年09月16日

●御本部に参拝させて頂くのは

私達が日々ご神縁を頂いてお教会にお引寄せ頂き、ご信心させて頂けるのは、あられぬご修行をなさって下さって天地金乃神様のご信心を表わして下さった教祖様があられたからこそです。月々御本部に御礼参拝をさせて頂く心持ちは「御恩を知って御恩に報いさせて頂けますように。恩知らずになりませんように。その為にも神様・金光様にお喜び頂けるような信心に近づかせて頂けますように。」ということだと思います。二代教会長先生は「皆さんも下着や衣服を着替えるでしょう。汗もあかもしみついた下着や衣服は洗濯するでしょう。そうしたら次回清々しい心持ちで衣服を身につけることが出来る。そして力を発揮することが出来るのです。その洗濯させて頂くということが後始末です。後始末が出来ていなかったら次のおかげが頂けません。御礼の信心とはそういうことです。」と分かりやすくみ教え下さいました。

★教祖様のご時代は、現金光駅の前に流れている里見川には橋がかかっておらず、普段は水位が低い為に板をかけて渡っておられましたが、雨が降ると水位が上がり、板が流されてしまう為、川の中を歩いて参拝なさっていたそうです。現在では、有難いことに橋もかかっておりますし、大阪から片道約3時間半で金光駅に到着させて頂くことが出来ます。列車でしたら大阪駅に、バスでしたらお教会又は大阪城公園前にそれぞれ準備して頂いております。とても便利で有難いことです。

★ずいぶん以前になりますが、お広前での一斉御祈念が終わられた二代教会長伊藤コウ師が、町内を歩いていたご信者を見かけられた時に、そのご信者は思わず両手に下げていたおまんじゅうを体の後ろに隠したことがあったそうです。伊藤コウ師は「あのなぁ、人に気を遣うのも良ろしいが、神様にどれだけ気を遣って御礼させて頂いておりますか。」と一言み教え下さったことが忘れられない、とそのご信者は何度も私に話して下さいました。

★一回一回の御本部参拝でめぐりのお取り払いを頂き、大難を小難に小難を無難に、大病は小病に小病は無病に、おまつりかえ頂くのです。ご霊地のお徳を頂いて帰る大変有難い御本部参拝でありますから、毎月欠かさず参拝させて頂けるよう御都合御繰合せ頂かれ、油断なく神様にお礼を申させて頂き、おかげを蒙らせて頂ける信心をさせて頂きましょう。

★『みやげは舟にも車にも積めぬほどの神徳がある。』

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2013年09月14日

●恩知らずが一番恥ずかしい

 二代教会長伊藤コウ師は、「人間は何の為にこの世に生まれさせて頂いたのでしょうか。それは、神様の御用にお使い頂くためです。みな家業を通してお役に立たせて頂くのです。生活全てにおいて天地が整えて下さるのですから、人間はそのご恩を知り、天地のお働きのお手伝いをさせて頂くのです。

お水も空気も与えて頂き、命を頂いて生かして頂いている有り難さを分からせて頂き、お礼の働きに使って頂けるよう、おかげを頂いていかなくてはなりません。十分にお礼の働きをさせて頂く為に、体の丈夫、子孫の信心教育、豊かな生活、平和円満、徳と力のおかげを頂けるよう、実意を込めてお願いさせて頂くのです。

先へ先へおかげを受けて生活しているのですから、そのご恩に報いる御礼の働きをさせて頂くことを願わせて頂かなくてはなりません。今日まで頂いているご恩の有り難さが分からず、御礼をさせて頂くことを忘れていると、恩詰まりになり、恩詰まりは徳切れになるのです。恩知らずほど恐ろしく、恥ずかしいことはありません」と、み教え下さっておられます。

★伊藤コウ師のご母堂伊藤ハル刀自は、ご主人を亡くされて、娘さん3人と共に途方にくれる日々を過ごされました。その時、「京都に帰って親戚を頼りましょうか、それとも大阪に残りましょうか」とお届けなさいますと、「伊藤さん信心しなさい。信心しなさい。しっかり信心しなさいや」とみ教え頂かれたのです。

そして、「どこに行こうが、しっかり信心させて頂かなければ伊藤の家は立ち行かない。破れ太鼓はどこに行っても鳴らない。しっかり信心をさせて頂こう。」と、分からせて頂かれたのでした。

★そして、日参と聴教に励まれながら、お礼の働きに一生懸命努められ、苦しい経済状態の中でも御本部に御礼参りをさせて頂かれたのでした。実意丁寧なお礼のご信心によって、家の礎を築いて下さり、弱いお体であられた娘さんたちもみな健康にして頂かれ、今日子孫の者達もおかげを頂いておりますことは、真に有り難くもったいないことでございます。

★『世の中に徳切れということがある。その徳切れが一番恐ろしいものじゃ。信心も広大なおかげを受けた時は、これまでの信心の徳によって助かったのであるから、それからは、また改めて一心に信心させていただいて、徳を積んでおかぬと、後の大難が来たとき助からぬわい』
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2013年09月13日

●心を揃えて祈る

あるご婦人が、血液の腫瘍マーカーが非常に高いのにもかかわらず、いくら検査をしても肝心の腫瘍が見つからず、大阪の病院から京都の病院を紹介して頂いて検査を受けたところ、右腕の付け根にリンパ線腫を見つけて頂いたのでした。しかし外側からの検査では乳癌はみられない上に、抗癌剤治療では効果が見られなかったのでした。

★医師からは、「リンパ腺にまで広がっているということは、内側に腫瘍が相当広がっているということです。放射線の治療は、腫瘍が散らばっている場合には有効でありません。手術は受けられますが、恐らく腫瘍が神経に巻きついている可能性が高い。そうなると、全てきれいに取り除くことは不可能ですから、手術は行わず閉じることになります」と、説明があったのでした。

★ご夫婦でお届けに来られましたので、「夫婦でしっかり話し合いをなさって、心を揃えて神様にご祈念なさった上で、『これが一番良い』と思わせて頂かれたことを、疑わず実行させて頂きましょう。お医者様も、ご本人とご家族が納得した上で、最善の治療をしたいと思って下さっていることは間違いないことです。

それに、手術が完全に不可能ということではなく、手術を受けられる可能性があるということは大変有り難いことですよ。必ず神様が取るべき道を心にお知らせ下さいますから、しっかりご夫婦でご祈念させて頂いて、決断させて頂きましょう。」とお話しさせて頂きました。

すると後日、「前向きになって、手術を受けさせて頂くことにしました。どうぞよろしくお願い申し上げます」と、ご夫婦でお届けに来られましたので、「それは大変結構ですね。手術までもこれまでと同様、毎日ご神酒を付けさせて頂き、よくご祈念させて頂きましょう」とお話しさせて頂きました。

★そして、10日にいよいよ手術を受けられますと、お医者様が「奇跡だ」とおっしゃった程に大成功のおかげを頂かれたのです。腫瘍は想像以上に広がっており、6箇所に及んだそうですが、神経まで数ミリのところで止めて頂いており、全てきれいに取り除くことが出来られたのでした。これからは、根治に向けて化学療法を進めていかれるとのことで、手術成功の御礼と、今後のお願いとを丁寧になさったことでした。

★先のことは人間には誰にも分かりません。しかし、生神金光大神様のお取次を頂き、神様にお願いさせて頂きますと、一番良い舵取りをさせて頂くことが出来るのです。家族皆で心を揃えて、お互いに祈りあい、拝み合いながら神様に向かわせて頂くことによって、どんな困難をも乗り越えさせて頂くことが出来るのですね。
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2013年09月12日

●不成心を取る

『信心する氏子、一日に木綿一反織れる人が、六根の祓にもあるとおりの潔き心持ちで朝より一反半織るつもりになれば、一反半成就する。よそへ行く人でも、一日に十里歩ける人が、十五里は運びができるぞ。』

★教祖様は神様に教えて頂かれたご修行を何の迷いもなくなされました。神様に「蚊帳をつるさないように」とお知らせを頂かれますと、蚊に刺されると皮膚がただれやすい体質であられましたが、仰せの通りにままよの心でご修行なさったのです。

★覚悟を決めさせて頂こうと思っても、なかなか決めることが出来ない時もあります。覚悟が決まらなければ「私には出来るはずがない。」という不成心が出てきてしまいます。そんな時には「覚悟を決めさせて下さい」とお願いさせて頂きますと、神様が覚悟を決めさせて下さいます。

そして「何としてでもさせて頂こう」という心持ちになられますと、体も動くようにならせて頂き、迷いがなく打ちこんでさせて頂くことができます。自分自身が真剣にお願いして覚悟を決めさせて頂き、ご修行を定めて神様にお願いしてさせて頂くと、出来なかったことが段々と出来てゆくようになります。

★精一杯して倒れたなら神様が受け止めて下さいます。精一杯のことをせずに、出来ないと自ら限ってしまうのが不成心であり、不成心を取って頂くことがご信心ですから、何事もお願いして神様に一心にお縋りしてさせて頂きましょう。

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2013年09月11日

●御神殿をお祀りし、丁寧にご祈念させて頂く

あるご信者の隣家から出火した時のことです。それに気付いた息子さんが消防署に通報なさり、ご両親は二階のご神殿にご祈念なさり、教会に電話でお届けなさいました。報告を聞かれ早速に御神前に三代教会長先生がご祈念して下さったのです。ご信者の家は西側にあられたのですが、東から西に吹いていた風が、お届けをなさいました後に東から西へと風向きが変わり、火元だけで沈火し、類焼せず無害のおかげを頂かれたのでした。

★日々お届けなさってお取次ぎを頂いたあかしの御神米は、お米(よね)は専用の入れ物に保管します。お剣先は御神米箱に丁重に保管してご神殿にお祀りしてご祈念を込めさせて頂きましょう。火災や盗難からもお守り下さいます。

★ご神殿を丁寧にお祀りさせて頂くこと、そして朝に昼に夜に御祈念させて頂くことで御神徳が満ちた土地と住居になってゆきます。あるご信者が経営されている工場では、機械一台ずつに御神米をビニールに包んで汚れないようにしてお祀りされ毎朝拝んでおられます。工場では機械が一台でも止まってしまいましたら、一日の製造予定が全て狂ってしまい大損害になってしまわれますから、神様にお縋りしてお守り頂くことで、機械も毎日良い状態で使わせて頂くおかげを頂いておられます。

★どんなことでも生神金光大神様にお縋りしながら不安も心配もお預けして、今日一日今日一日と一歩ずつ進ませて頂きましたら、金光様が目の前に光を照らしてくださり、手をひいてくださるような結構な道が開けてゆけますから、日参と聴教に励ませて頂き信心向上に努めさせて頂きましょう。

★『神の綱が切れたというが、神からは切らぬ。氏子から切るな。』

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2013年09月10日

●心中御祈念を欠かさない

本日は上田喜久子氏の17年廻れる御命日です。平成2年にご両親のお世話をさせて頂く為に市内から堺市へ住居を移されることがあられました。ご主人は7人兄弟であり、喜久子氏は「私達の夫婦が行くことは商売もあるし無理だ」と思っておられました。三代教会長先生にお取次ぎ頂かれますと「親孝行に行かせて頂きなさい。あなた達が親孝行させて頂けば、4人の子供さんが皆おかげを頂かれますよ」とみ教えを頂かれました。喜久子氏は、「長い間別々に暮らしていたので、不安もありましたが、神様が行きなさいと仰ったのだから行かせて頂きます」と転宅されたのでした。常に心中御祈念され、実意丁寧にお世話されたのでした。

★その生活の中で数々のおかげを頂かれたのです。ある日、急にお母様が意識不明の昏睡状態になられ、入院されました。家族が揃ってご信心に励まれ、喜久子氏は、声をかけても反応がない中、お母様が大好きな花の話をしておられたのです。すると段々と回復のおかげを頂かれました。床ずれになっておられる体を診察して頂いた時に、喜久子氏は、自身の胸のしこりを医師に相談されますと、大きな病院を紹介して下さり、乳癌と診察を受けられ、早期発見できられ無事手術のおかげを頂かれました。

★三代教会長先生は「神様のおかげで今日まで58年間生かせて頂いたことをしっかり御礼を申し上げ、これからは御恩に報いさせて頂ける御礼の働きを、今から58年間1日1日させて頂けますように。その為には健康のおかげを頂かなければ出来ませんから、しっかりお願いさせて頂き、今月今日の心で油断なくご信心させて頂きましょう。神様に生かせて頂き、働かせて頂ける御礼を申し上げましょう。御礼を申し上げると元気になりますから」とみ教えを下さったのでした。

★常にお取次ぎを頂き、お広前で信心の稽古をなさり、そのお徳によって生活の中でおかげを頂いてゆかれる姿を見せて頂いたことでした。お取次ぎを頂いてさせて頂くことは、金光様が付きについて守って下さるのです。そこに有難いご神徳が輝くのです。事が起こってきても、間に合うように常のご信心の稽古をさせて頂きたいと思います。
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2013年09月09日

●全てに間に合うように

昨日は、みかげ会例会にて小西稔氏の有り難いおかげ話を聴かせて頂きました。お祖母様の代から三代目のご信心を頂いておられ、ご信心を元にして、お父様から受け継がれた牛乳販売の家業を営んでおられます。

★平成23年10月、牛乳の配達先に置いてあった植木の支柱が目に入り、眼球に亀裂が生じる怪我を負われました。しかし、この出来事が大きなおかげだったのです。怪我を負われたことがきっかけで、数十年前に両目の血管に軽い動脈硬化が見られたことを思い出され、精密検査を受けられたのです。すると、レーザー治療で止血をする必要があり、出血が進行すれば失明の恐れもある状態であることが分かられ、間に合うように治療して頂くことが出来られたのでした。

★更には、眼科の医師から頚動脈のエコー検査を受けることを勧めて頂かれ、専門の病院で検査を受けられました。すると、何の自覚症状もあられたかったにもかかわらず、心臓に深刻な動脈硬化がみられ、バイパス手術が必要であることが判明したのです。心臓の血管のバイパス手術は、最低3週間の入院が必要であるということでしたが、仕事の上にも人手のご都合を頂かれ、入院中もお得意様に迷惑をかけることのないおかげを頂かれました。手術後も順調に回復のおかげを頂いておられ、仕事に復帰させて頂いておられるのです。

★幼い頃から日参と聴教に励まれ、何事も生神金光大神様のお取次を頂かれて、全て間に合うようにおかげを頂いておられますことは、真に有り難いことと思わせて頂きます。
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2013年09月08日

●たらいの信心

あるご信者は、初代教会長先生のご時代より熱心にご信心に励まれ、三代教会長先生と同期であられました。ご信者は、「世の人々にご信心が満ち満ちて、『たらいの信心』『めぐりのお取り払い』ということを皆がしっかりと分からせて頂いたら、どれほど結構な世の中になるでしょうか」と仰っておられました。国税局の監察官をなされ、後に税理士として開業しお役に立たれました。

★ご信者の事務所は、所員、事務員の3人で仕事をなさっておられたのです。先々、若い所員のお方に事務所を任せると伝えておられました。しかし、その所員さんは、事務員さんを連れて、無断で事務所をやめ、得意先をもって独立されたのでした。

ご信者は、2人に一切腹を立てずに「これまで代々積んできためぐりを神様がお取り払い下さったのだと思います。不行届きをお詫び申し上げます。どうぞやめた方々が立ち行かれますように。これをおかげにさせて頂いて、後々の人手の御都合を頂かせて下さい。」と神様にご祈念され、やめた方々を恨む事無く、得意先に対しても悪いことの一言も言わず、立ち行かれることを願われたのです。

するとすぐに、心配りがよく出来られる有能な2人のお方が事務員として来て下さり、以前にもまして丁寧親切なお仕事が出来られるようになったのです。

★何かことが起こってきても、ご信心を基に無理無駄ムラなく乗り越えさせて頂け、ご信心のお徳をもってご都合お繰り合わせを頂かせて頂くことが出来るのだと分からせて頂きます。

たらいに水を入れて向こうへ向こうへと水をやると、向こう側に当たって返ってきます。自分に器がないのにこちらへと取り込もうとすると、向こうへ返ってしまいます。ご信心によって道理に合う生活をさせて頂くことが大切です。

人のお世話をさせて頂いておりましたら、天地にお徳の貯蓄をさせて頂ける。反対に自分がお世話になった分は自分の足元に穴が開いてゆくと考えて、油断のないように御礼のしっかりさせて頂ける生活を心がけて信心をさせて頂きましょう。
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2013年09月07日

●心の凝りを取る

先日、あるご信者の会社の、営業所移転開所式をお仕え申し上げました。所長を務めておられる方にご神米をお下げさせて頂きまして、「まずは、日々健康で無事故無災害のおかげを頂かれますようお願いさせて頂きましょう。そして、これからは、いつもご神米をお供させて頂いて、何事も神様と共にさせて頂かれる心になって、行くところ行くところでおかげを頂いて下さい。」と、お話させて頂いたことでした。その方は、平生お参りなさっておられるご信者ではあられませんが、大変素直に話を聴いて下さり、有り難いことと思わせて頂きました。

★心中ご祈念して何事もさせて頂くということは、金光様が自分の中に入って下さり、言葉も出させて下さり、行いもさせて下さるということですから、真に有り難いことですね。

★また、心の凝りを取り除きませんと、人の意見も耳に入らず、自分の殻を破ることは出来ません。一口に、「心の凝りを取る」と言いましても、なかなか自分一人で出来るものではありません。日々み教えを頂き、天地の道理を悟らせて頂いて、何事もお礼を申す稽古をさせて頂くことによって、少しずつ結構な姿に生まれ変わらせて頂くことが出来るのです。

★『手や口は手水鉢で洗うても、性根は何で洗いなさるか。実意丁寧の真でなければ洗えまいが。』
『こりを取っての信心ならしてみよ。すぐにおかげがある。世に水を浴びて神を祈る人は、こりを取らずして、こりをつけるのじゃから、おかげにならぬぞ。凝りは寝間の中でも取り除かれるぞ。』
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2013年09月06日

●物事には両面がある。良い面を見させて頂く

『心行というて、人を不足に思わず、物事に不自由を行とし、家業を働き、身分相応を過ごさぬよう倹約をし、だれにも言わずに行えば、これ心行なり。』

★物事には自分に都合の良い面と悪い面と両面があります。例えば私の場合でしたら、三代教会長先生がクモ膜下出血で40日間絶対安静なされたことがあられました。

三代教会長先生が強く確かなご信心に基づいて乗り越えてゆかれるご様子を見させて頂いたことによって、当時高校3年生でありました私の信心を向上させて頂き成長させて頂いたことでした。そして、この間に私の覚悟も決めさせて頂くことが出来、このことは大変ありがたいおかげであったと後から思わせて頂けるようになりました。

そういう有難い一面と、心配・不安・辛い・苦しい…等と瞬間的に考えてしまうというような自分の至らなさが見えてくることがありました。どのような時でも物事の有難い面を見させて頂きましたら、日々どれほど喜んで先を楽しんで生活させて頂けますでしょうか。良い面をしっかり見させて頂く稽古をしておりますと、思い分けの出来る賢さも徐々に身に付かせて頂けます。

★今日を喜び明日を楽しむ心になっておかげを頂いてゆこうという姿勢から、新しいものが生み出され、新しい自分が発見でき、物事が思った以上に良い方にお繰り合わせ頂いてゆくという様になってゆきます。

全てにおいて神様に心を向けさせて頂き、日々が有難い心行の連続とならせて頂けましたら、嬉しく楽しいことばかりの生活にならせて頂けます。

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2013年09月05日

●痛まぬ時の信心第一

あるご信者は、先日、三重県の四日市から朝参りをなさいました。朝のご祈念は5時50分から始まりますから、3時半頃には車で出発なさっておられるはずです。お結界でお届けなさいますのに、「『今日は何としてでもおかげを頂いて、朝参りをさせて頂こう』と思い、お参りさせて頂きましたら、お結界でお伺いさせて頂こうと思っておりましたことを、朝のお説教のご内容で全て教えて頂きました。

今、私に一番必要なみ教えを頂くことが出来まして、真に有り難いことでございました。これからは、御礼、お詫びの足りないところ、行き届いてお願いさせて頂くべきところを一層改まらせて頂いて、おかげを頂きたいと思います」とおっしゃっておられました。ご遠方ですから、毎日お参りすることは出来られませんが、可能な限り実意を込めて参拝なさり、お体の上にもお仕事の上にも、神様を杖にしておかげを頂いておられます。

★『氏子、石金でも舟に積んだら浮かぶであろう。人はおかげの舟に乗るがよい』「さあ、今日もお参りさせて頂こう」と思わせて頂いた瞬間から、天地の親神様のおかげの舟に乗せて頂いているのです。『痛まぬ時の信心第一なり』とみ教え頂いておりますように、常日頃から実意を込めて日参と聴教に励ませて頂き、み教えに基づいた生活を心がけさせて頂きましょう。何事も、毎日の積み重ねが大切です。

★例えば、『人間が食い飲みする時に、このくらいでよろしいと思う時が、天地の親神のご分霊が分限を定められる時である』とみ教え頂いておりますが、私も、毎食腹七分目程度を心がけさせて頂き、体調良くおかげを頂いております。毎日喜んでお礼を申し、み教えを元にして活き活きと生活させて頂くということは、自分の命を大切にし、周囲の人々の助かりにもつながっていくことになるのです。
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2013年09月04日

●心を浄化して頂く為に

『とにかく、まめな時くり合わして参詣してご神徳をいただいておき、病苦災難の時には、天地金乃神、金光大神様手続きをもって願い、直々に聞いてもらうようになければ、信心は間に合わん。どこでも一心に頼みなさい。神様は直におかげをくださるのである。』

★「目に諸々の不浄を見て心に諸々の不浄を見ず。耳に諸々の不浄を聞きて心に諸々の不浄を聞かず。鼻に諸々の不浄を嗅ぎて心に諸々の不浄を嗅がず。口に諸々の不浄を言いて心に諸々の不浄を言わず。」という文が六根清浄祓の中にあります。

★世の中のものを色々と見聞きしたりしますが、悪いことを言わず思わず、心を汚さないように清く保ってゆくことを稽古してゆきましょう。1)人に負けることが嫌いで人に勝つことばかり考える。2)すぐに人と比べてしまう。3)過ちを聞くことを嫌い、人に自分の欠点を指摘されると「あなたに言われたくない」と思ってしまう等々・・・、そんなことでは受け物が壊れてしまっています。口で言い負かしたくなったり、無理を通したがったりするのは自分の心が狭く、小さなものになってしまっているのです。これらはすべて自分の心の汚れとなってしまいます。我情我欲とは恐ろしいもので、心も身体も傷めてしまいます。

★毎日有難いものを見させて頂き、有難いものを聴かせて頂き、有難いことを口に出させて頂きますと、より一層に心の汚れが取れて清い状態になり心身ともにおかげが頂けます。お広前は心身共に浄化して頂く場所であり、神様に心を向かわせて頂く稽古をさせて頂く場所であります。憎しみ・恨み・腹立て・不足というような不浄心を、日々お取り払い頂くように信心生活をさせて頂きましょう。「日に日に不浄心を去りて生きるが信心なり」

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2013年09月03日

●大難を小難に、小難を無難に

『大厄は小厄におまつりかえを、また、小厄はお取り払いをお願いせよ。物にたとえれば、たらいにいっぱいためた水を屋根の棟から少しずつ流してみよ。これが小厄のたとえである。それをどっと流すのが、大厄のたとえである。信心して、大厄は小厄にしてもらい、小厄はお取り払いいただけば、後は繁栄をいただける』

★昨日、集中豪雨が降りました。瓦の葺き替え工事をして頂いていますので、工事中の下屋の雨漏りがしていないか気になりましたので見て頂きますと、下屋のところではなく、違うところから雨漏りがしておりました。水を盥で受け止めて、業者さんに対応して頂きました。業者さんの話によりますと、下屋の樋にまでブルーシートを被せていた為に、樋に水が入らない状態であったのです。水が通常と違う所を流れ、思わぬところで雨漏りがおこったということでした。

★大雨が降り樋で受け切れない場合や、小雨であっても樋がないから受けることが出来ない場合があります。樋の整備をし、手入れをしているからこそ水も受け切ることが出来るのです。私達は、日々、大難を小難に、小難を無難におまつりかえ頂き、めぐりのお取り払いを頂けますようにお願いをさせて頂き、また、自身の心の手入れをし、おかげが漏れないようなしっかりとした大きな受け物を作らせて頂くことが大切です。

★あるご信者が「職場に性格が気になる方がおられ、毎日その方のことを考えると腹が立ってしかたがありません。その方のことまでお願いさせて頂かなければならないのでしょうか?」と仰いますので、「その方の立ち行きをお願いさせて頂くことで、あなた自身も助かってゆくのですよ。そのことであなたの神心が大きくならせて頂き、その神心におかげを頂けるのですよ。そうしてお願いが神様に通じてゆくことになるのです」とお話ししたことでした。

★皆が同じように神様より神心を頂いています。その有難い神心を清いものにしてゆくことが、ご信心であり、おかげを頂いてゆくことになるのです。毎日、油断のない信心をさせて頂くことが大切です。
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2013年09月02日

●時間も空間も越えるお働き

 9月23日には、秋季霊祭をお仕え申し上げます。ご家族、お導きの方々、万障繰り合わせてご参拝になられ、共々に御霊神様に御礼申し上げさせて頂きたいと思います。

★『木のもとへ肥をやれば、枝振りまで栄える。ご先祖や親を大切にすれば繁盛させてくださる』三代教会長先生は、外地の戦場で三度も命の危険を感じるようなご体験をなさったそうです。その度に、伊藤ハル刀自の御霊神様がお働き下さり、お守り下さったことをはっきりとお感じになったと、ご生前中お話しになっておられました。

★根は土に隠れて目には見えませんが、土の中から水分、養分を吸収し、幹を太らせ枝葉を茂らしてくれます。

御霊様のお働きも同様に、目には見えませんが、私たちを日々お守り下さる大変尊いものなのです。「ご先祖様、御霊様方のご生前中のお働きによって、また、日々お守り下さっているおかげで、今日結構におかげを頂いております。有り難うございます」と、日々丁寧に御礼申し上げ、より一層徳高い御霊様となって頂けますようお願いさせて頂きながら信心生活を進めさせて頂いておりますと、付きに付いてお守り下さるようになるのです。

★また、生前中に積み上げた徳もめぐりも、御霊となった後も持って行かせて頂くことになるのです。生きているうちに、めぐりをお取り払い頂き、お徳を積ませて頂くことを目標として、神様からご信用頂けるよう、み教えに基づいた生活を送らせて頂いておりますと、次第に神徳、人徳を身に頂くことが出来るのです。

そして、肉体の働きが終わった後も、御霊の神として時間も空間も越えて活き活きと働かせて頂くことが出来るようになるのです。
 
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2013年09月01日

●各々が万事に御都合御繰合わせ頂けます様に

『八寸のものを一尺に喜ぶものには、足りぬだけは神が足してやる』(二代金光様の御教え)

★あるご信者が先日「畑で野菜の種まきをさせて頂きました。今回は事前に大変結構なお湿りを頂いておりましたので、とても良い状態でまかせて頂き有難いことです。」とお礼のお届けをなさいました。今年の夏野菜も、ご自身が思っておられた以上に収穫が出来られたそうです。

★今年が特別寒い冬であったし暑い夏であったと感じる方々はたくさんあられますが、他方では大豊作の年であると有難く感じておられる方もいらっしゃいます。紀州田辺で梅とすももの栽培をなさっておられるご信者は「今年は有難いことに通常の倍の売り上げがありました。有難いことです。」と神様・御霊様に御礼を申し上げておられます。

★先日日本列島に台風が接近しました。台風も全くこなければいいというわけではありません。お湿りも必要であることはもちろんのことですが、台風の風によって虫の害が減るそうです。そうして野菜や果樹の虫の害を軽くすませて頂くのだそうです。「野菜もお米もお金を出せば買える」と当たり前のように考えることは出来ません。農業に従事して下さって大変ご苦労なさっておられる方々の働きがあってこそ、買わせて頂くことが出来ることにお礼を申し上げなければなりません。更に豊作の年となるように油断なく祈らせて頂きましょう。

★夏の終わりになるとツヅレサセコオロギが鳴き出します。ご隠居様が「このこおろぎは『綴れさせ、寒越させ。つづくりをしなさい、寒い冬がきますから今のうちに準備しなさい』と鳴いています」と教えて下さいました。夏が過ぎれば秋がきます。ご信心には飽きがこないように、各々の立場で、「万事御都合お繰り合わせ頂けますように。」と先々のことを油断なくお願いさせて頂き、熱の込もったご信心を続けさせて頂きましょう。

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