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お知らせ



12月21日 二代金光様125年祭 三代金光様55年祭  
12月31日 越年祭  
 

2018年12月19日

●正しい願いを立て、ご修行に励むと明日以降が開ける

旧広前の前で八百屋を営んでおられた北浦兵一氏は、一本気な性格であられましたが、喧嘩っ早い方でもありました。借金がかさみ税金滞納に困って、参拝させて頂くようになられたのです。信心なさるようになってからは、北浦氏はお客様に喜んで頂けるようなお商売に改まってゆかれ、1年ですべての借金を返済されたのでした。また、釣りが趣味でよく出かけておられましたが、好きな釣りを止めて男ながら編み物をして、子供さん達にセーターを編んであげられるようにまで変わってゆかれたのでした。そして、3畳一間に住んでおられた家が2階建てに住めるようになられ、さらには、隣の土地を購入させて頂かれ、一軒の家を建てさせて頂くまでにおかげを蒙られたのです。

★北浦氏の信心をゆるぎないものにして下さったのが、長男さんの御病気でした。長男さんは4歳の時に転んで右足を強打し、結核性カリエス関節炎に罹られたのでした。お金がない為病院にも行けず、歩くこともできませんでした。二代教会長伊藤コウ師より、「長男さんは北浦の家の福子やから、大事にしっかり拝んで、迷わず信心しなさいや。」とみ教えを下さったのです。そして、三代教会長先生がお広前で、長男さんの右足に御神酒を吹いて下さったのでした。なんと、長男さんの足の腫れは治まり、歩けるようになられたのです。

★コウ師は北浦氏の三兄弟に対して、「長男さんは家のめぐりを一手に引き受けてくれている。二人が両脇から支えていかないとあかん。戦国の武将・毛利元就がわが子に教え伝えたという「三本の矢」のお話にあるように、一本の矢は難なく折れるが、重ねた三本の矢は頑丈で折れない。三兄弟が仲良く力を合わせていくんやで。」とみ教えを下さったのです。そうして、それぞれが信心を進め、どのようなことにも兄弟が力を合わせていかれ、今日子孫の方が勢信心のおかげを頂かれ、子孫繁盛のおかげを蒙られておられます。そして、御礼の宅祭を仕えられ、御礼の御用にお使い頂いておられるのです。

★『一心に信心致しましたら、明日のことがわかります。明日の事がわかりましたら、十日向こうの事が分かります。十日向こうの事がわかりましたら、百日向こうの事がわかります。一年先の事がわかりましたら結構じゃなあ。』(二代金光四神様のみ教え)
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2018年12月18日

●御恩を忘れない生き方

 先日の御本部参拝では、天候を初めとして万事御都合お繰り合わせを頂きました。午前中は晴れ、昼からは曇り、帰路のバスや列車に乗車の為に集合する時間には、傘がいらない程度で済ませて頂いておりましたが、その1時間ほど後には徐々に雨足が強くなってきました。帰阪させて頂いた時には本降りでしたが、夜中にはどしゃ降りになりました。一日の内に晴れ、曇り、雨と移り変わってゆく中で、大変有難い御都合お繰り合わせを分からせて頂いたことでした。

★「日々金光様の御取次によって、昼夜の別なくご祈念を頂いて、天地の親神様の御神徳を蒙らせて頂いております。毎日おかげを頂いて、無事に生活させて頂いており、したいこともさせて頂いております。有難いことでございます。ご神縁を頂いてから、何代にもわたって、今日までおかげを頂いてまいりましたのが、我が家でございますから、どうぞ、その御恩を忘れないような生き方がさせて頂けます様に…」と月々の御本部御礼参拝をさせて頂くのです。現在おかげを頂いているということは、その元があるからです。その元を忘れない生き方をさせて頂く、ということが出来てこそ、実意のある生き方、すなわち御恩を忘れない生き方となってゆくのです。それを私達は、毎回御本部参拝をさせて頂いて、改めて実感させて頂くことです。

★松山成三師は「信心には、やはり良い信心の仕方がある」とみ教え下されています。自分勝手なことに凝り固まってしまうと、段々と横道に逸れていくのです。正しいあり方・良い信心をさせて頂きますと、めぐりをお取り払い頂いて、お徳を積ませて頂くと言う事にならせて頂けます。横道に逸れてばかりでは、めぐりを一つ、また一つと積み上げ、どうにもこうにも立ち行かんようになってしまいます。それでいて「まあこれでいいわ」と思って暮らしているようでは、神様はお喜びになりません。また霊様方もお喜びにはなりません。神様・金光様・霊様方に本当にお喜び頂けるような、ご信心をさせて頂くことが大切ですね。そのようにして、結構におかげを頂いていく家にならせて頂けるように、ご信心を共にさせて頂きましょう。

★『有難いことを知らぬ者に困ったり、難儀な者が多い。信心して思い分けができて、有難いことが分かって御礼が言えるようになると難儀災難が払われ、達者にもなってくる』

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2018年12月17日

●迷わず疑わず、どこまでも一筋に

工場で中心になって働いておられる方がおられます。機械を何時間動かせば、いくつ製品が出来上がるということや、それぞれの機械で不良品が出る率が、大体決まっているそうです。お仕事ですから、製品を期日までにいくつ納品しなければいけないというものも決まっています。期日までに時間を決めて稼働させて、時には残業をして頂くということもあられるそうですが、毎日毎日「どうぞ期日までに間に合いますように!」とお願いをなさっておられるのです。

★そんな中「どう考えてもこの期日までに間に合わない・・・」ということが出来てくるそうです。お教会で「機械の不具合がありませんように!御都合お繰り合わせ頂けますように!」とお願いなさっておりますと、きちっと期日までに、納品が出来られるおかげを頂かれるのです。そうして毎回喜んでお礼のお届けをなさるのです。

★三代教会長先生は「何事によってもすべてお願い申し上げて人に頼ることをせずに、神様におすがりをしていく、神様を第一にしていきましょう。ところが目に見えない神様におすがりするということが、なかなかどうもよく分からない。お願いしておったら届くんだろうか?という気が起こってくる。私もずっと子供の頃からお願いをし続けてまいりました。しかしご祈念しておったら、神様に届いておるのやら届いておらないのやら、さっぱり分からん思いがしたものです。(中略)

けれども分からないままでよろしいから、迷わず疑わずどこまでも一筋に「生神金光大神様、天地金乃神様・・・」とお願いをさせて頂いておると、段々段々とそれは確かに聞き届けて頂けるようになっていく。確信をもたせて頂けるように必ずなってくる。いつの日になるやらそれは分からん。けれども全く思いもよらない時、ハッと世界が開けてくる。今まで分からんなあと思ってきたことが、ふっと分かるようになる。それまで根気強く粘り強く、どこまでも願い続ける、ということが大事なことです」とみ教え下さっておられます。

★機械の都合も、人の都合も、時間の都合も、何もかもおかげを頂いていくのです。お取次を頂くということは、本当に有難くもったいないことですね。人間の力ですると思っておりましたら、無理が生じてきます。しかし、神様にお願いしてさせて頂きますと、おかげを頂くことが出来るのです。
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2018年12月15日

●信心辛抱によって徳も力も大きくして頂く

明治6年、教祖様のご時代に、お上のお触れ(通達)で神前を撤去しなければならないという事態が起こりました。それだけではなく、参拝者と共に御祈念したり、教えを説いて聞かすことも禁止され、それまでの信仰の形態の全てを取り上げられた、といっても過言ではないような状態になられたのでした。しかし、教祖様は決してお上に逆らうことなく、取り乱されるこもあられませんでした。事前に神様のお知らせを受けておられたご内容をお守りなさったのです。『家内中、神のこと忘れな。何事あっても人を頼むことすな。良し悪ししことも、神任せにいたせい。心配すな。世は変わりもの、五年の辛抱いたし。とにかく、内輪きげんようにいたせい。もの言いでも、あなたこなたと申してよし。何事もあだ口申すな。』と神様はお知らせをなさったのでした。そして、『力落とさず、休息いたせ。』と神様は仰せつけられたのです。教祖様は、神様からのみ教えをただただ素直に守られたのでした。

★そして、本教の真髄ともいえる、「天地書附」は、銘々がどこにいても神様を拝む目当てと出来るように、この時期に神様からお下げ頂かれたのです。また、『五年の辛抱』の覚悟をなさったところ、わずか31日間で神前撤去のお触れ(通達)は解かれ、再び神様をお祀りさせて頂き、拝ませて頂けることとなられたのでした。教祖様は、どのような状況にも人に心を向けられることなく、一筋に神様の仰せのままになさっておられる、ということが分からせて頂きますね。

★私達も毎日の生活の中で、神様がさせなさるご修行というものを経験することがあります。それぞれに神様から与えて頂いたご修行ですから、その間は辛抱させて頂くことが必要ですが、その辛抱によって徳も力も頂けるのです。例えば、家庭の上に、また家族の身の上に問題が起こってくるということもありますし、また仕事の上に問題が生じたりすることがありますね。その際に、人に頼ろうとしたり、人に対して愚痴不足を思ったりすることでは、徳も力も落としてしまいます。神様を一筋におすがりしてゆくところに、神様の思召しが分からせて頂くようになり、有難い未来が開けてくるのです。
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2018年12月14日

●驕り、油断を取り去る

 昭和の初め、阿倍野教会に入所されたある修行生の方は、胸の病の治癒を願って、毎朝3時4時に起床され、阪堺電車の東天下茶屋駅から教会までの道路を竹ぼうきで掃除されるご修行を続けられたのでした。また、夏も冬も一重の着物で過ごされ、夜寝る時も夜具を使わず休まれるというご修行をなさったそうです。胸を病んでおられる方がそういうことをすれば、通常でしたら病気は悪化し倒れてしまわれても不思議ではないことです。しかしながら、ご修行を続けられた結果、徐々に病気は平癒され、ご布教を願われるまでになられたのでした。

★その際伊藤コウ師に、「私は、小さな借家住まいは性に合いません。応援しましょうと言って下さっている方がいますので、その方に土地も借りて木材も借りて、立派な教会を建てて布教しようと思っています。」と言われたのです。コウ師は、「あなたの考えはよくわかりました。それではあなたの思う通りになさったらよろしい。その代わり、今後一切あなたと阿倍野教会とは縁を切ります。あなたとの関係は、師匠と弟子でもない。そんな方針は阿倍野教会にはありませんから、道が違います。広い世の中、あなたと同じ考えがあるでしょうからそんなお師匠さんを探しなさい。」と仰ったのです。その修行生の方は「私の考え違いでありました。み教えを頂いて、目が覚めました。お許しください。人から借りて人に用意してもらうという事はいたしません。いくら外側の入れ物ばかり立派にしても、中身が伴わず、徳も力もない私ではお役に立ちません。」とお詫び申されたのでした。その方は心を改められて小さな家を借りられ、一から一つ一つ積み上げられ、布教所を開設されました。そして、7年後には次のお広前に移られて教勢発展を遂げられたのでした。

★「楽な方へ行きたい」「自分は正しいと思いたい」等々、自分の弱さ、おごりの心から目を背けず、日々お取次、み教えを頂いて、信心辛抱のお徳、ご修行のお徳を積ませて頂きまして、真の繁昌の道を歩ませて頂きたいと思います。

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