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お知らせ



2月16日  婦人会総会 午後2時 
 
2月22日  三代教会長先生 10年祭 午後2時  
   

2018年02月21日

●信じて疑わず、素直に頂く

御隠居様は御霊地でご祈念を込めて頂いた、御神酒の一升瓶を持って帰って来られては、ご近所に少しずつお分けになられました。周りの方々にもおかげを蒙って頂きたい、助かって頂きたいという願いを込めて、神様のお徳のおすそ分けをなさっておられたのでした。そこから、現在では信行期間のお直会として、一合びんをお下げさせて頂いております。日々ご祈念を込めさせて頂き、ご神徳に満ちたご神酒を有り難く頂けば、たとえ一滴であろうとも結構なおかげを蒙らせて頂くことが出来るのです。

★私は、幼い頃より中耳炎を患い、中耳炎から両耳とも難聴になっておりました。両親が御神酒を耳に付けてご祈念して下さり、自らもお願いさせて頂いておりましたら、年を重ねるずつによくならせて頂き、小学校高学年までには全快のおかげを頂き、何の支障もなく聞こえるまでにおかげを頂いてまいりました。

★先日、あるご信者が「リウマチに似たような症状で痛んでおります。温めたらいいのか、冷やしたらいいのかよく分かりません。」と仰っておられました。常に体に合うようにさせて頂くということは簡単なことではありませんね。羽衣教会二代教会長・松岡安枝師は、全身の関節リウマチで動くこともままならないような状態であられたところを、御神酒をつけさせて頂かれ、正座できられるようにおかげをいただかれました。最晩年まで、毎日阿倍野教会まで日参なさることが出来られたのです。医師が「座ることは出来ないですよ」と診断なさったのですが、伊藤コウ師が「ぜひおかげをいただきましょう。」とおっしゃってくださって、それを信じて直して頂かれたのでした。

★そこで「御神酒は有難いですよ。二代教会長先生が『御神酒を付けさせて頂いておりましたら、温めるべき時は温めて下さり、冷やすべき時は冷やして下さる』と仰っておられました。それを信じて疑わずに御神酒でおかげを頂こうという心にならせて頂きましたら、大変結構なおかげを蒙らせて頂けますから、そのようにお考えになられてはどうですか」とお話をさせて頂いておりました。

★石や金属等、重い物は水に沈んでしまいますが、船に乗せれば浮かびます。ご信心をさせて頂いて、おかげの船に乗せて頂けましたら、大変有難いですね。おかげの船に乗せて頂くには、頂いたみ教えを信じて疑わずに、素直に頂かせて頂くということが大切です。ご信心を基に生活をさせて頂き、おかげを蒙らせて頂きましょう。

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2018年02月20日

●常の備え・常の信心の大切さ

18日には、天候を初め、すべてにご都合お繰合せを頂きまして、無事に御本部御礼参拝をさせて頂き、共々におかげを蒙らせて頂きましたことは大変有難いことでございます。寒くなるであろうと予想されていた天候でしたが、大変温かく有難い参拝となりました。

★18日に御本部へ参拝のおかげを蒙られました、滋賀県木之本のご信者は、豪雪の地域におられ、福井県より積もるということです。2月の上旬に、北陸地方では記録的な大雪となりました。特に福井市では、昭和56年豪雪以来、37年ぶりに1m40cmを超える積雪が観測されました。昭和56年の豪雪の時には、木之本では、3m50cm積もったのだそうです。今年も大変な豪雪だそうですが、大きなニュースにはなっていません。それは常に積雪が激しいものですから、常の備えが出来ておられるからだということです。木之本では、常に雪かきをしておくのは、鉄則だそうです。一日中シャベルの音が絶えないので、その音が耳に残っているほどで、常から雪かきをして日々の生活に支障が出ないように備えておられるのです。最高気温がマイナス3度という日もあるようですが、低温の中で生活しておられますので、水道管が凍ってしまい、断水している地域もたくさんあるという話を聞かせて頂きました。

★そうしたことを聞かせて頂きますと、私たちは毎日喜びようが足りないということが分からせて頂けますね。水道の蛇口をひねれば水が出てきますし、雪かきをせずとも家の出入りをすることができます。その有難さを日々自覚し、全てお礼を申し上げることに上達させて頂きましょう。また、常から備えをしておく大切さが分からせて頂けますね。信心も同じことです。常日頃からみ教えを頂いておりますと、いざ問題が起きてきた時に間に合います。さっと神様に心を向けることができ、正しい判断がさせて頂けるのです。そして「難をみかげ」にさせて頂く事が出来るのです。日々の生活にお世話になる全ての人々にお礼を申すという事や、家族を拝むという事、日々使わせて頂いている物にお礼を申すというように、生活に信心を表す稽古をさせて頂いておりますと、段々と信心を基にした生活の有難いことが、家族や職場に伝わってゆき、周囲の方が助かって頂けるようになるのです。

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2018年02月19日

●喜び上手がおかげの頂き上手

三代教会長伊藤良三師が、三度目のマラリアの症状が発症した時のことです。その症状は再発する度にきつくなり、熱が出るだけでなく、両手足の神経が麻痺し、お茶碗を持つことさえ出来られませんでした。何事にも辛抱強いお方であられた良三師ご自身が「半年でも寝ていよう」と思われたほどの重い状態で、常識では安静にしている他はないようなご容態でした。

★ある時、良三師が二階の部屋で休んでおられますと、下から二代教会長伊藤コウ師が階段を上がって来られました。良三師は、「何か滋養になるものを持って来て下さったのだなあ」と思われたそうです。しかし、ガラッと戸を開けられると、コウ師は「あなた、いつまで寝ているのですか」と仰られたのです。さらに「大体あなたは、この頃偉くなり過ぎて、手も足も使わない。ほうきも持たないのなら、手も足も要りませんね」と仰って、すうっと下へ降りて行かれたのでした。良三師はその時「本当にその通りだ」と思われて、早速寝床を上げられ「ご用に少しでもお使い頂けますようお願い致します」とご祈念をなさったのでした。そして、まず雑巾を持つこと、廊下を拭くこと、トイレ掃除等から始められました。

★すると、徐々に手足も動くようになっていかれたのでした。同じ病で半年、一年と寝ておられた方は、足が子供の腕の細さになって、完全に廃人になってしまわれました。そうならないために、神様がコウ師の口を通してみ教え下さったのだ。「これをおかげにさせて頂こう」と、その厳しい教えを有難く頂かれたことにより、それがおかげとなって、後々まで健康で御用にお使い頂かれる様になられたのです。

★そうして、良三師はどの様な厳しいみ教えを頂かれても、すぐに思い分けをされ、心を切り替えられて、一度も不足に思われることなく、素直に有難く受け切っていかれたのでした。晩年になられてから「私は親先生のみ教えに対して、一度も不足に思った事はありませんでした。」と仰っています。自分にとって「これは有難い」「これは都合が悪い」という選り好みは一切なされませんでした。起きてくる出来事、頂いたみ教えに対して「今の自分にとって必要な事なのだ!」とすべてをご自身のご修行と決めて、有難く受け取り、お礼を申す事が上手な人こそが、おかげを頂いてゆくのですね。

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2018年02月17日

●遠い近いも自分の心次第

昨日は、婦人会総会が開催され、山中氏の有り難いおかげ話を聴かせて頂きました。山中氏は、お義母様に真心からの親孝行をされながら、訪問ヘルパーのお仕事をなさっておられます。お義母様にも、信心なさることに理解をして頂かれ、島根県の浜田市から、阿倍野教会の御本部御礼参拝に合わせて、毎月車でご主人と御本部御礼参拝を続けておられます。

★お祖母様が入信の初めとなられ、家内中が勢信心にならせて頂かれました。お祖母様が亡くなられた後も、お母様がご信心を受け継がれ、お子さん達の無事の成長、家の立ち行きを願われ、熱心にご信心なさってこられたのです。

★山中氏の妹さんは、平成25年頃から激しい腰痛に悩まされ、「脊柱後側湾症」と診断されました。御大祭に参拝になられた時にお取次ぎ頂かれ、おかげの中に、手術を受ける病院も決めて頂かれました。手術の時には、山中氏が教会に電話でお届けなさり、頂かれたみ教えを妹さんに伝えられ、妹さんは、大きな安心のおかげを頂かれたのでした。そうして、御大祭月の5月に、二度に亘る大手術を無事成功のおかげを頂かれたのでした。そして、昨年の開教95年記念大祭には、何としても御礼を申し上げたい、との願いを持たれ、下の妹さんに付き添われて、体調の上にも、交通の上にも、何もかもご都合お繰り合わせを頂いて、参拝のおかげを頂かれたのでした。

★山中氏、ご兄妹やそのご家族もそれぞれに、愛知県、茨城県、山梨県と、教会から遠方にお住まいになりながらも、春秋の御大祭にお参りなさり、また、毎朝配信されるみ教えメールを、大変有り難く頂かれながら、素直にコツコツとご信心を進められ、出来てくることに次々とおかげを頂いておられます。山中氏は、み教えを頂かれましたら、すぐ素直に「私にはこういうところが足らないなあ、早速に改まらせて頂きます!」と自分自身が有難く頂かれるところが、素晴らしいところだと感じます。み教えを求め、信心向上を求める心こそ、有難い受け物が出来てゆかれる元だと分かります。さらに、遠い近いも自分の心次第ということがよく分からせて頂きますね。

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2018年02月16日

●神様から守って頂く生き方

三代教会長伊藤良三師がお若い頃、向学心に燃えられて、「大学へ行って勉学に励ませていただきたい。」と願いを持っておられました。そこで、二代教会長伊藤コウ師にその旨をお願いなさいますと、コウ師は「大学へは行かなくてよろしい。」ときっぱり仰いました。しかし、良三師は納得することが出来られず、何度もお願いなさいました。あまりにも何度もお願いなされたので、コウ師は良三師と共に御本部まで行かれ、三代金光様にお伺いに上がられたのでした。そして、金光様にお届けなさると、「行かないでよろしいでしょう。」とみ教え下さったのでした。

★そのみ教えを頂かれた良三師は「三代金光様が仰せになられたということは、神様が仰せになられたということだ。その神様が仰せになられたことに背いて、私が世界中どこへ行こうとも、自分のしたいことをしようとも、お守りを受けることは出来ない。命がなくては何も出来ないことである。神様から守って頂く生き方をさせて頂くには、今このみ教えを守らせて頂くことだ。」と思い分けをなさって、大学へ行くのを断念なさったのです。しかし、それが後になっておかげとなりました。同年代で大学へ行かれた方々は、多くが学徒動員などで後に軍隊に徴兵されることになったのです。

★良三師は、第二次世界大戦時に陸軍砲兵として招集され、内地だけではなく満州、中国とフィリピンの戦地にも赴かれました。戦地に赴かれる時、コウ師より「あなたは戦地に人を殺しに行くのではありません。人を助けに行かせて頂くのです。場所がお広前でなく戦地での御用となるのです。」とみ教え頂かれたのでした。良三師は、頂いたみ教えをひた受けに受けられ、過酷な戦地に於いて、「部下全員が遺骨なしで帰国させて頂けますように」と願われ、中隊長としての任務を全うさせて頂くべく、尽力されました。日々、生命の危険を感じられることが度々あられたのですが、御神米を身につけてお伴し、常に心中御祈念を続けられ、良三師は九死に一生という体験を三度もなさって助けて頂かれ、部下に配属された100名の方々が一人も欠けることなく無事に帰還なさったのでした。

★良三師は、後に「あの時にみ教えを守っていなければ、生命はなかった」と仰っておられます。頂いたみ教えを守らせて頂きますと、行くところ行くところで神様が守って下さるということが分からせて頂けます。
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