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お知らせ



8月18日 御本部御礼参拝 子供会列車
8月25日 学生講演会    
 

2019年08月17日

●神様が楽しみ喜ばれるような姿に

『女の信心が、神様のお楽しみお喜びである。懐妊の時、心を改め磨き、真心の子供を産んで養育し、日々食べ物を取りあつかい、この注意不注意によりて、病気のできることもあり病気を除くこともあり。子供の間は母親が子供の真心を作るのである。また、着物の洗濯をするのも身体の養生である。この役目を油断なく注意する氏子を見て神は楽しみ喜び、ここに女の大責任があるぞ。』

★婦人は神様から有難いお役目を頂いています。そのお役目を自覚し、喜んで真心を込めて努めさせて頂くことが、神様のお喜びお楽しみであると仰せであります。そうして、家庭内の健康と真心を作ってゆくことが大切なのです。しかし、「しんどいことから逃げ出したい」「多くのことを抱えてゆくというような大層なことは出来ない」「あれも出来ない、これも出来ない」…と思えば有難いものは育ってゆきません。しんどいこと、辛いこと、苦しいことを引き受けて、「おかげ頂こう!」という気にならせて頂けば、それが有難い御修行となって結構になってゆくのです。炊事や洗濯や子供の養育等の家業を、行として喜んでさせて頂き、神様が楽しみ喜ばれるような姿になるように心掛けて、させて頂くのが家老の働きなのです。

★婦人の五徳
1)平素、人と競争せず・・・他の人や家庭と比べない。
2)飲食を節する・・・節制を心掛け、与えて頂いている物を有難く頂く。
3)苦難の時に恨みごとを言わない・・・難儀なことが起きてきた時に、人を責めず、自身の改まりを心掛ける。
4)感情をむき出しにしない・・・喜ぶことはしっかり喜び、怒りや悲しみといった負の感情はむき出しにしない。
5)よく尊敬する・・・神様、霊様、人様に対して、敬う心が大きいほど、我が身にお徳が頂けます。

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2019年08月16日

●心配する心で心配りをする

『先へ先へ、これで、先がどうなるやらと、わかりもせぬことを心配ばかりなさるなよ。ご信心しておられたら、神様が、さしつかえるようなことはなさりはせぬわい。日々おかげをもらえば、先がなんぼうあろうと心配はないじゃないか。日々身や心にまつわるお断りをして、昨日のお礼を申し、今日のおかげを願うてありがとうに暮らし、来る明日を楽しんで迎えれば、みなおかげになって、先の心配はないぞ』

★人間ですから、先々のことを不安に思ったり、心配に捉われてしまうことがあり、尽きることはありません。しかし、先々のことは神様にしか分かりません。まず昨日の御礼を申し上げ、今日一日を有難い心で神様に一心におすがりさせて頂き、精一杯努めさせて頂いて、明日を楽しみに暮らしましたら、必ず神様が一番良いようにして下さることが、よく分からせて頂きます。人間ですから心配することはありますが、心配にとらわれてしまい、身動きが出来ないようになりますと、難儀を生んでしまうのです。

★『心配する心で信心をせよ。』と教えて頂いております。心配をしてあれこれ気を病むのではなく、心配は神様にお預けして、おすがりさせて頂くのです。すると「今のうちに何が出来るだろうか、これをしておこう!」と先へ先へ心配りがさせて頂けるようになり、間に合うように準備がさせて頂けるのです。

★試験でも、合格させて頂ける為の準備や努力をせずに、「合格しますように。」とお願いだけしていても、結果は伴いませんね。御用でもお参りでも同じことですが、物事に精一杯取り組ませて頂く姿勢が大切です。最初から「出来ません。」と言うのは、準備や努力ができていない姿です。ご都合お繰り合わせをつけて頂けるように、神様に「どうぞご都合お繰り合わせを頂いて御用にお使い頂けますように。参拝ができますように。」とお願いさせて頂くことが心配りであり、神様に通じる姿勢です。何事も神様に通じてゆく取り組み方をさせて頂き、神様がご都合お繰り合わせをつけて下さるような信心に進ませて頂きましょう。

★『人間じゃもの。生きている間は先々のことを考えもしようし、心配の尽きる時はなかるまいが、心配がみなおかげになれば心配はなかるまいが。心配は信心しさえすればみなおかげになる。心配は体に毒。神様に御無礼。今日からは心配する心を神様に預けて信心する心になりなさい。おかげになります。』
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2019年08月15日

●本当のおかげを頂く

 小さい赤ちゃんは、お腹が空いたら泣いて、お乳を飲ましてもらったらケロッと機嫌が良くなり、おしめが濡れたらまた泣いて、きれいなものに換えて頂いたら機嫌が良くなります。今度は眠たくなってまた泣いて、寝かしつけてもらう…というように、自分の欲求のままに泣いたり笑ったりしながら、親に付ききりでお世話をしてもらいますね。しかし、段々と成長させて頂いて、出来ることが増え、物事を理解する力も付いてきますと、「そこは危ないですよ」「そのままでは後で困ることになりますよ」等々、親から教えて頂く内容も変わってまいります。未熟なうちは、その親の有り難さが分からず、ただただ「思うようにさせて欲しい」と思ってしまうかもしれませんが、いつまでも未熟なままでは、親も子も立ち行きませんね。

★例えば病気が判明して治療を受けることになったら、「この度は、結構な身体のお手入れの機会を与えて頂きまして、有り難うございます。」と、まずお礼を申させて頂きます。今日お命を与えて頂いていることを喜び、治療を受けることが出来る環境を喜び、また、自分の生活習慣の改まるべき所を、お詫び申しつつ見直させて頂いて、お礼とお詫びの心を元として、回復をお願いさせて頂けば、神様が病気を通して一段と成長するようにおかげを下さろうと思し召し下さるところを、受け漏らすことはないでしょう。

★『あなたが、親神様にああして下さいこうして下さいと色々に願うのも結構じゃが、それよりは、親神様あなたのおっしゃることがすぐ素直に有り難うございますと頂けるような人間にならせて下さい、というて願う方が心配がないぞな』

★信心も、いつまでも思うことをお願いするだけの信心では、本当の助かりにつながっていきません。お取次を頂いて、目の前に起こっていることに込められた、「助かってくれよ」「心配のない姿に成長してくれよ」という、神様の思し召しをしっかりと頂くことが出来ましたら、たとえ苦難の中にあっても、心は喜びと安心を失うことはありません。お取次を頂いて、和らぎ喜ぶ心を神様に向けさせて頂き、本当のおかげを頂ける信心に進ませて頂きたいと思います。

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2019年08月14日

●頂いているおかげに気付く

私達は、自分の都合であれもこれもと、お願いさせて頂いております。もしかしたら、無理を申し上げているお願いも多くあると思います。しかし、それらも全てご承知の上で、お取次下さるのが生神金光大神様です。

大きなことから小さなことまでお願いさせて頂き、お取次・御祈念を頂いた上で、起こってきた出来事は、現在において一番良い結果である、と受け取らせて頂きましょう。起こってきた出来事に不足を言っていては、本当の信心とは言えません。頂いているおかげに気付かず、「信心してもおかげがない」というような心が起こってしまうことでは、神様に相済まないことです。

★二代教会長伊藤コウ師は「出来てきたことには、神様からの手紙が付いているのです。しかし、信心が浅い時には、手紙がついていることさえ分かりません。分かっても読むことは出来ません。それは、勉強をさせて頂いていない言葉を読ませて頂くことと同じだからです。」とみ教え下さっています。

物事の本質を捉えるためには、日々信心の勉強をさせて頂いて、神様から何を教えて頂いているかを考え、自ら練り出してゆく力を養うことが大切ですね。そうすれば、どういう状況でも神様を杖に有難く受け切り、乗り越えさせて頂き、周囲の方に喜んで頂ける姿にならせて頂けるでしょう。神様の思召しを分からせて頂くことが、本物の信心になってゆくのです。

神様から頂いているおかげに早く気付かせて頂き、「どうぞ神様の思召しが分からせて頂けますように。どうぞ本物の信心に近づかせて頂けますように」とお願いさせて頂きながら、歩みを止めずに、一段一段進ませて頂きましょう。

★『有難いことを知らぬ者に困ったり、難儀な者が多い。信心して思い分けができて、有難いことが分かって御礼が言えるようになると難儀災難が払われ、達者にもなってくる』『真に有難しと思う心すぐにみかげのはじめなり』

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2019年08月13日

●自分のものだけではない尊い命

 昭和60年8月12日に日航123便の事故が起きました。その当時、お許しを頂いて金光第一高校に勤務させて頂いており、丁度10日から12日まで修学旅行の下見をする予定でした。後に判明したことですが、12日の帰りに日航123便に乗る予定だったというのです。しかし、十日程前に急に出張の予定が延期になったことにより、生命をつないで頂きました。私は、ただただ亡くなられた方々の霊様としての助かりを願わせて頂き、命を助けて頂いたお礼を申し上げる他はありませんでした。

★後に三代教会長先生から教えて頂いたことですが、8月10日は三代教会長先生のお姉さんのご命日で、8月11日は大叔母様のご命日、8月12日は養祖父であられる方のご命日であったのです。知らず知らずの内に、神様、霊様のお守りによって生命を助けて頂いている事がよく分からせて頂きました。今日生命を頂いておりますことに御礼を申し、お礼の働きの為にこの命を使わせて頂けますよう願わせて頂き、一層お役に立つ働きをさせて頂くことが、生命を助けて頂いた私の使命であると思います。

★私たちが今日頂いているお命は、神様のお守りを頂いていることはもちろんのこと、たくさんのご先祖様のお徳を頂き、願いを受けていることを忘れてはなりません。

★今月15日は終戦記念日ですが、戦時中にお亡くなりになった方々の多くは、志半ばにして、後の者に願いを託されたことと思わせて頂きます。自分のやりたいことだけをし、自分が満足することだけを考えて命を使わせて頂くのでは、余りにも不十分であることが分からせて頂きます。「神様、霊様方から、かけて頂いている願いに添わせて頂けます様に。日々自分の使命を全うさせて頂けます様に」というお願いを常に持たせて頂きながら、お役に立つ働きを心がけさせて頂きたいと思います。

★『今まで、長い間痛くてつらかったことと、今おかげを受けて有難いこととその二つを忘れるな。その二つを忘れさえしなければ、病気は二度と起こらない。これからは、人が痛いと言って来たら、自分のつらかった時のことと、おかげを受けてありがたかった時の事を思い出して神に頼んであげよ。自分はもう治ったから人のことは知らないというような心を出すと、またこの病気が起こる。今の心でおかげを受けていれば、病気が起こらないばかりか、子孫の末までおかげを受けられる。』

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