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お知らせ



10月28日  初代教会長先生例年祭   
  

2017年10月18日

●幸せな人生に…

あるご信者は、2歳の時にご両親が離婚され、祖父母様とお母様と4人で生活しておられましたが、しばらくしてお母様も新しい方と一緒に家を出ていかれました。そして、ご信者が小学校2年生の時にお母様が再婚された相手の方と子供1人連れて帰ってこられたのです。お母様もご苦労があられたようで、お導きを頂かれて阿倍野教会へ参拝なさっておられました。そこで、ご信者も子供会やお習字にお引き寄せ頂かれることになられたのでした。

★高校卒業後は、銀行に勤められ、3年後に結婚され2人の娘さんを授かられました。信心が遠のいておられましたが、産まれた二女さんがなかなか順調に成長されず、二女さんをきっかけに、以前のように教会へ足を運ばれるようになられたのです。

★結婚30年目には、ご主人は仏式で先祖を祀っておられたにも関わらず、「結婚して30年、毎日仏壇を拝んでいるあなたの姿を見て、僕もあなたに送ってもらいたいから構わない。」と言って下さり、金光教の教徒の列に加えて頂かれたのです。そして、有難いことに御主人のお母様、ご信者のお母様とお父様がお国替えなさった際には、阿倍野教会で告別式をお仕え頂かれたのでした。

★ご両親がお国替えなさって、2年後に、教徒会例会でおかげ話の御用にお使い頂かれました。その後、2歳で別れた実のお父様から「是非会いたい」と連絡があり、それからはお国替えなさるまでの10年間、月に1度会わせて頂かれ、親子水入らずの時間を過ごされたのです。今年、お父様が危篤状態の時には連絡を受け、すぐに病院へ駆けつけられました。病院には初めてお会いするお父様の再婚相手の子供さんや孫さん、ひ孫さん達がおられましたが、「お国替えなさったお父様をさすってあげて下さい」と言って下さったのです。お父様は生前中、生き別れした娘がいると子孫の方に話して下さっていたそうで、遺産も平等に分けるように遺言を残して下さり、お国替え後も円満な関係を築くことができられたのです。

★二代教会長伊藤コウ師は小さい頃、「幸せとは、裕福できれいな着物を着て豪華な家に住み、人が何もかもして下さるということだ」と思っておられました。しかし、信心させて頂き、そんな考えは大きな間違いであると気が付かれました。人生にはどのようなことが起こってくるか分かりません。どんなことが起きてきても神様におすがりして、乗り越えさせて頂ける信心の徳と力を頂くことが一番幸せである、と理解出来られたのです。与えて頂くご修行を通して、生き抜いてゆく力を身につけ、神様が私たちそれぞれにかけて下さっている願いを悟れるように、日々信心に励ませて頂きましょう。

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2017年10月17日

●親としての在り方を見つめ直す

以前、あるご夫婦が子供さんのことでお届けに来られました。そのご夫婦は、夜も眠れないほど子供さんのことで悩んでおられたのです。子供さんは食事が入らずに日々痩せ細って行き、医師からは「子供さんは心の病である」と診断をうけたのでした。ご主人は、朝早くから出勤されて責任のあるお仕事をなさっておられる為、奥さんは日中お一人で神経をすり減らしながら子供さんのお世話をなさっておられました。ご夫婦は話し合い、教会の近くに家を移り、毎日子供会に参拝し、親子が揃ってお届けし、お願いをなさって行かれたのです。そうした中で、神様におすがりなさって、ご夫婦の在り方を見つめ直していき、また親としての在り方を見つめ直して行かれましたので、子供さんは心の健康を取り戻し、有難い成長を遂げておられます。

★「親は子の鏡」と言いますが、子供は親の姿を見て子供がそれを習い、良いお手本にしてゆくのです。「子は親の鏡」とも言われます。親は、子供の姿を見て自分自身を反省し、「私は本当に父親(母親)らしいことが出来ているのか」、「親としてこれが正しい在り方なのか」…と見つめ直す必要があります。子供の養育の上で親が辛抱をしなければならない時期がありますが、「自分がする、仕方ないから我慢する」ということでは到底立ち行きません。そこで神様におすがりさせて頂いて、「神様にさせて頂く辛抱」となりましたら、おかげを頂く方へ導いて頂けるのです。「私自身は徳も力も足りませんが、足らない所は足して頂いて有難いおかげばかり頂いております。真に有難うございます。自分自身の至らないところはしっかりと改まらせて頂きますので、父親(母親)として本物にならせて頂けますように。また神様の氏子として、真のご信心がさせて頂けます様に」と毎日お願いさせて頂くのです。

★ある精神科の医師は、父親の仕事として

1)子供を愛情深くしっかりと抱きしめてあげるという仕事をする。

2)社会の規範を教えると言う意味に於いて、間違っている時には、嫌われることを恐れずに正しいことを教え諭すという仕事をする。

3)適切な時期になったら、子離れをするという仕事をする。この3つは、どれも欠かすことの出来ない大切な父親の役割と教えて下さっています。

★親は子供の良い所を認めて、誉めて励まし育てることが、親も助かり子供も助かり、互いに育て合うことが出来、共に成長させて頂くことが出来るのですね。
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2017年10月16日

●愛情を込めて根気強く

先日、あるご信者がお仕えになったお宅祭には、娘さんと1才のお孫さんもお参りになっておられました。そこで娘さんに、「子供を育てさせて頂くということは、辛抱と根気がいることですね。毎日、会社勤めをなさってお仕事と育児、炊事、洗濯、掃除と、用事がたくさんあられることと思います。つい、『これもしなければ、あれもしなければ・・・』と、気が急いてしまうこともあるでしょうが、保育園に預けられてる子がお母さんの元に帰られたら、しっかり抱きしめてあげて出来るだけ相手になってあげられるように、おかげを頂いて下さいよ」と、お話しさせて頂いたことでした。

★ある先生が金光キクヨ姫様(三代金光様の奥様)に「うちの子供がやんちゃで困ります。障子をよく破るので注意しておりましたが、度重なるごとに怒鳴ってしまったり、叩いてしまいます。」とお届けをなさったそうです。

★すると、キクヨ姫様は「良い子じゃのう、元気な子じゃ。」と子供を褒められた後、「やんちゃするだけ元気なことだから喜ばねばならん。2歳、3歳で外に働きに行くまい。小さい頃は親の手元におって、ガサゴソするのが仕事じゃ。やんちゃをしなくなると、水枕や体温計と走り回り、どうぞ一日も早く良くなってやんちゃをしてくれと言うであろう。」と仰せられ、次には「あなたは子供に障子を破られたら、その障子をどうしているのですか?」と尋ねられました。その先生は「また破ると思って、放ってあります。」と答えられました。するとキクヨ姫様は「口では『破ったらいかん』と言いながら、心の中では『また破るじゃろう』と思って、破られることを待っておるではないか。破られたままにしておるから子供心に破っても良いと思うのです。破られたらすぐに貼る。そうすると子供ながらに『私が一生懸命破っているのにお父ちゃんお母ちゃんはすぐ貼るが、破るということは良くないことだな』と思うようになり、破るのをやめる。」とおっしゃったそうです。

★そうしますと三か月程して破らなくなったのです。お礼のお届けをなさいますと「子供が破ったのを貼ると思えば大儀だが、あなたが30年前にやんちゃをして破ったのを、今貼りよるんじゃと思って貼りなさい。子供はまた20年,30年したら貼らされますよ。」と笑いながら仰せになられたのでした。

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2017年10月15日

●お気付けは神様のご慈愛

二代教会長伊藤コウ師が10才の時のことです。秋になりかけたある日、コウ師のお姉様であられますスエ氏が、急に腰がぬけて立てなくなってしまわれたのです。原因は、夏に冷たい物を食べ過ぎたり、夜も寝ている間に体を冷やしていたことでした。丁度それは豊中教会の御大祭の前で、ご母堂(伊藤ハル刀自)は、豊中教会の御大祭の際には、前日・当日・翌日と3日間泊まり込みで御用奉仕をなさっておられました。

★伊藤ハル刀自は、「娘が寝込んでおるということは、親の私が至らないからでございます。私が御恩の分からん人間でございました。そのせいで娘も神様の御恩の分からんまま自分勝手な生活をして、それが体に現れております。これからは御恩の分かる人間にならせて頂けますように教え諭しますから、どうぞお許しください」と御祈念なさった上で、

迷う事なく御用に出かけられることになさいました。用を足す事も一人でままならない状態のスエ氏に対して「あなたも一人で何もかも出来るように神様におすがりして、私が帰るまでにおかげを頂きなさい」と伝えられました。スエ氏も得心なさり、その3日の間ハル刀自が帰られるまでにと、神様に心よりお詫びを申し上げられましたら「金光様!」と声に出して立ち上がった時に、立てるようになられたのでした。

★『信心しながら次へ次へ不幸せが重なると、「なんぞの所為ではないでしょうか。なんぞの罰ではないでしょうか」と言うて参る者があるが、どうして、神様がかわいい氏子に罰をお当てなさろうぞ。「心得が違うておるぞ。気をつけい」とお気づけがあるのじゃから、今までとは心を改めてご信心すれば、不幸せがおかげになってくる。叱って教えてもらうのはありがたいのぞ。叱られるくらいでなければどうならぬ。「あんなものはしかたがない。どうになりとなれい」と思えば、人間でも叱りはすまいが。「どうぞ。あれが」と、ためを思うからこそ叱りもするのであろうが。』

★助かってくれよ、立ち行いてくれよという神様の思し召しがあって、物事が起こってくるのです。そのように分からせて頂きましたら、難はみかげであると理解がさせて頂けますね。神様が下さるお気付けはご慈愛の現れです。お気付けと気付かせて頂いて、信心の中身をもって、おかげを頂いていくと言う心になれば、全て良い方へ進んでいくのです。

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2017年10月14日

●神徳を受けよ、人徳を得よ

★10月9日より11月11日までを特別信行期間と定め、記念大祭に向けて各人が信心向上を願い、御大祭のご庇礼を蒙らせて頂けるよう、ご修行に励ませて頂きたいと思います。その信行の基本は日参と聴教であり、一日に一回と言わず二回、三回、四回と参拝し、み教えを頂く稽古に励ませて頂きましょう。それも言われたからイヤイヤする参拝や、させられる参拝では辛いですね。「神様がさせて下さる参拝と聴教」となるように、今日一日、今日一日とお願いしてさせて頂きましたら、一月間も楽々とさせて下さるのです。自分がするのではありません。自分がしようと思うから、難しいし、辛く感じてしまうのです。神様にさせて頂くという心になれば、神様が楽にさせて下さる。これが有難いのです。

★身に徳を頂きますと、徳のあるものが寄り集まってきます。ですから有難くて、有難くてならんようになります。反対に徳のない人には、つまらないものばかり目に入って、つまらないものが寄り集まってくるので、より一層辛く苦しく感じてしまうのです。

★お商売をなさっておられるご信者が、取引先が不渡りを出した為、困った際に、立ち行きをお願いなさった時のことです。二代教会長・伊藤コウ師は、「取引先が有難い取引先ばかりではないということは、あなたにお徳が足りないということですよ」と、み教え下さったのでした。ご信者は初め驚かれたのでしたが、み教えの意味をよくよく考えさせて頂き、参拝の仕方、み教えの頂き方、お商売の仕方を見直し、一日に何度も参拝して有り難いことに、改まりのご信心に打ち込んでいかれることとなられました。

★その家業は、今日大変繁盛のおかげを頂いておられます。過日も、「取引先が不渡りを出されることもありませんし、倒産なさる会社もありません、結構な取引先ばかりを頂いております。有り難うございます」と、お礼のお届けをなさっておられます。長期に亘ってみ教えを守られ、めぐりをお取り払い頂き、お徳を頂くご信心を進めておられますことは、真に有り難いことでございます。

★ご信心が進ませて頂くということは、自分の命、人の命(働き)、物の命、あらゆるものの命を大切にさせて頂けるようになるということです。その為に大切なことは、み教えを素直に、真剣に頂くということです。教会のお広前に一回でも多く足を運ばせて頂いて、お届けをさせて頂きお取次を頂く。教話を聴かせて頂いてみ教えを頂く。あるいは、御本を読ませて頂いたり、出来事や人の口を通して、また、自分の心にふと思わせて頂く神様のみ教えを、受け漏らすことなく頂く。そのような、日々のご信心の積み重ねによって、身にも心にも有り難いお徳を頂くことが出来るようになるのです。『神徳を受けよ、人徳を得よ』『生きたくば、神徳を積みて長生きをせよ』
 
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