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お知らせ


12月21日 歴代金光様例年祭・四代金光様30年祭

12月31日 越年祭

 

2021年12月05日

●生かされて生きているという自覚

3日、午前9時28分に、和歌山県北部を震源とする震度5の地震がありましたね。大阪でも震度3の震えを感じ、当教会のお広前も横揺れがゆっくりと続き、被害なくおかげを頂きましたが、平成7年1月17日に起きた阪神淡路大震災を思い出したことです。

★6434名という多くの方々の尊い命が失われた大災害でした。震災が起こった時、私は御祈念座に座らせて頂いて、朝の御祈念の先唱前に心中ご祈念をしていたところでした。下からドンッと突き上げられるような衝撃があり、目の前の大八足が揺れていますのに、自分の体を支えることが精一杯で、揺れを抑えに行くことが出来ない状態でした。その後に阪神高速の神戸線が倒壊してしまった光景や、あちらこちらで火災が発生しているというニュースを見させて頂き、大きな衝撃を受けました。被災なさった多くの方々が、避難所での不便な生活を余儀なくされ、ご苦労が多々あられたことです。

★震災直後、1月19日に兵庫県のお教会に物資を届けさせて頂く為に、西宮北口を降りて歩かせて頂きましたら、大変な被害であることが実感できました。大阪に帰り着きますと、大阪は一部地域を除いてほとんど大きな被害もなく、地下街は何の影響も受けておらず、電気が煌々とついて、いつもと変わりない光景を見て、大変なギャップを感じました。「もう二度と不足は言うまい!」と堅く誓いながら帰ってまいりました。そして現在に至るまで、その誓いは守られているのだろうか?と自問自答しています。

★日々新しい命を頂き、変わりなく生活させて頂いているということは、どれほどのおかげを頂いていることでしょうか。『日に日に生きるが信心なり』とみ教え頂いておりますが、私達は恵まれた中で生活をさせて頂いていながら、その有難さを分かっていないということでしたら、大変申し訳ないことですね。忙しい時や体調が悪い時には、少々食べられないことがあっても、食べるものがないわけではありません。日々、どのように喜びに満ちて生活させて頂くかを、真剣に考えさせて頂くのが信心です。

★『金光様は、有難き、恐れ多き、勿体なきの三きを備えて祈れ、一切の願い事を成就させてやるとおっしゃったが、この有難き、恐れ多き、勿体なき三きの心に、新気、根気、(御礼の)働きが立ち添うてこそ一切成就の御信神がそなわるのじゃ。これが真の神徳を受けるもとになるのぞ』
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2021年12月04日

●反省と改まり

 随分以前のことですが、ある月例霊祭の日の夕方、子供会の御用を終えて、帰ってきますと、玄関先に子供たちが遊んだ後の遊具が放ってありました。私はまだ小学生であった甥や姪に、遊んだ後は、必ず後片付けをするように、後始末が大切であることを伝えるために集めました。

★まず、私は「これは、誰のものであるか」を聞きましたが、みな「私のものではありません。」と言いますので、「では、誰のものか」と尋ねますと、「みんなのものです。」と答えたのです。最初に子供たちが、自分のものではないと言い逃れしたことに、私はカッとし、大きな声で子供たちを叱りつけたのでした。

★その後、私は、月例霊祭を拝ませて頂いている時に、両眼が痛んで充血し始めたのです。御用を終えさせて頂いて、御神酒を両眼に入れて、全快をお願いして、休ませて頂きました。翌朝には、両眼の充血と痛みはさらにひどくなり、眼が開けにくい状態になってしまいました。朝の御祈念の時に、心中御祈念の時間があります。3分程の間に、なぜ急にここまでひどい結膜炎になったのかを、振り返って考えさせて頂きました。前日、ご祭典の前に私は腹を立て、子供たちに感情的になって叱った事を思い出したのです。そして、神様に心から、不行き届きをお詫び申し上げさせて頂いたことでした。

★そして、御祈念と約40分のお説教が終わり、鏡を見てみますと、何とあれだけ充血していた結膜炎がすっかり治っていたのでした。もちろん痛みは治まっており、全快のおかげを頂いたのです。

★『広大なおかげ広大なおかげというが、おかげとは、氏子めいめいの真に映る影のことじゃから、神様に大きな真を向けてみよ。大きなおかげが我が身に頂ける。小さな真で大きなおかげはもらえぬぞ。影は形に添うと決まったものじゃ。』

★神様に真を向けることとは、反省と改まりをさせて頂くということです。出来事を通して、或いは、み教えを頂いて、改まるべきところを教えて頂いたことを、すぐに改まらせて頂きますと、神様にすぐに通じてゆくのだと分からせて頂きます。

★人間の清い心を濁してしまう心
○貪(欲深く、むさぼって自分に取り込もうとする心)
○瞋(人に恨みを抱いたり、人を傷つける心)
○痴(理性を失うこと・愚痴不足を言うこと)
○慢(慢心・驕りの心)
○疑(疑いの心)

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2021年12月03日

●中心を定めてゆくところにおかげがある  

あるご信者は、12月に入られますと、百数十軒以上ものお得意様のところへ、3日ほどかけて年末の挨拶に回られるそうです。そのお方は、手土産としてご出身の産地で採れた、農産物を持って行かれて、一軒一軒御礼に回られるのです。お父様の代から何十年と続けておられるので、お得意様は大変喜ばれて、年々繁盛のおかげを頂いておられます。

★先日、そのお方がお届けに来られ「今年は、親の代からたくさん抱えておりました借金を、御大祭のご庇礼を頂きまして、全額完済のおかげを頂きました。」と御礼申されました。さらにそのお方は、[毎月毎月、「今回は払うことは出来ないかな…」と思うことがありましたが、神様にお願いしておりましたら、毎月ご都合お繰り合わせを頂いて、きちんと支払わせて頂くことが出来たのです。これは、いくら私達が働いているからと言っても、私たちの力で出来ることではありません。定期的なお仕事もありますが、いつお客様が発注して下さるか分からないような、突発的なお仕事に助けられて、ようやくここまで支払いがさせて頂きました。有難いことです。]と、大変喜んで御礼を申されたのでした。まさに、今回の御大祭は、多額の借金を返済させて頂かれた、喜びに満ち満ちた御礼参拝と、御礼の御用にお使い頂かれたのです。

★このお方は、借金返済の間、自分の為に費やすことはほとんどあられず、 只々一生懸命打ち込んでお仕事をさせて頂かれ、ご信心を元に返済なさったのです。そして、家族のため、親族のため、地域のために、心配りをなさりながら、「家業が行」というみ教えのままに、家業に専念なさったのでした。

★また、「あちらへ遊びに行きたい、こちらへ旅行へ行きたい…」など一切考えず、中心をしっかりと定めて、打ち込んでなさっておられますことは、神様はよく御存知で、それだけの働きを神様がさせて下さるのです。「親孝行ができますように…」「ご恩返しが出来ますように…」「そのために〜させて下さいませ…」というお願いは、どれほど神様に通じてゆくでしょうか。「神様は親孝行が一番お好きである」と教えて頂いております通り、ご信心の中心のところをしっかりと定めてゆくことが、大事なことであるなあと、改めて思わせて頂いたことでした。
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2021年12月02日

●今日を喜び、明日を楽しめ

 二代金光様は『あなた方は、精を出してお参りをしなさい。遠方ならば、大八車に徳を積んで帰りなさい。近くならば、お広前に参って、井戸水を汲むように徳を受けなさい』『天地の神のお徳は、井戸の水の湧くように、どれほど汲んでも、元が尽きることはない』とみ教え下さいました。尽きることのない、有難い御神徳を、私達は毎日頂いて帰ることが出来るのです。そうして、お徳の貯蓄をさせて頂いて、何かことが起こってきた時には、そのお徳の貯蓄がサッと降りてくるように、おかげを頂いていくことが出来るのです。そのような安心の生活を送らせて頂けるように、日々のご信心をさせて頂くことが大切なのです。

★二代教会長先生が「有事の時に備えて考えなさい。そうすれば、自ずと無理無駄ムラを省いていくことが出来ます」とよく仰っておられました。遊びまわって、「あれもしたい!これもしたい!」が当たり前になっておりましたら、それが制限されましたら、辛抱しきれなくなりますね。常日頃から、「一生懸命働かせて頂けるのが嬉しい。家中が皆健康で、円満で暮らせたら、それ以上の幸せはない」という生活をさせて頂いておりましたら、少々のことが起こってきても困らないのです。

★毎日変わらずに過ごさせて頂けるということは、どれほど有難いことでしょうか。私達は、今日を喜び、明日を楽しんで日々の生活を送らせて頂きましょう。『教祖さまは、「昨日を忘れ、今日を喜び、明日を楽しめ」と仰っしゃったが、過ぎたことはどうにもならぬ。今月今日の信心に油断をせぬよう、明日を楽しんで、日に日に生きた信心をせよ』(二代金光様)

★来たる明日を楽しんで迎えさせて頂けるように、おかげを頂いていく一番の心構えは「お願いしていれば、神様が一番良いようにして下さる!」という信念です。「あの人が・・・この人が・・・」と思い悩む必要はありません。神様におすがりさせて頂いたらよろしいのです。足らないところは、足して下さるのです。「神様が一番良いようにして下さる」と信じて疑わずに進ませて頂き、共々におかげを蒙らせて頂きましょう。

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2021年12月01日

●おかげの連続である日々

昭和60年8月12日に、日航123便の事故が起きました。

★その当時、お許しを頂いて金光第一高校に勤務させて頂いており、10日から12日まで修学旅行の下見で出張する予定でした。後になって、9月2日に判明したことですが、12日の復路に日航123便に乗る予定で、チケットを用意してあったというのです。しかし、十日程前に急に出張の予定が延期になったことにより、生命をつないで頂きました。私は、ただただ亡くなられた方々の霊様としての助かりを願わせて頂き、生命を助けて頂いたお礼を申し上げる他はありませんでした。

★三代教会長先生にご報告させて頂きますと、増田家の霊神名簿を持ってくるようにおっしゃいました。調べてみますと、8月10日は、三代教会長先生の御実家である増田の家の、お姉様・増田のぶ童女霊神様、8月11日は、三代教会長先生の大伯母様・増田よね大刀自霊神様、8月12日は、三代教会長先生のお祖父様・和田亀次郎老翁霊神様の御命日でありました。知らず知らずの内に、神様、霊様のお守りによって、生命を助けて頂いている事がよく分からせて頂きました。三代教会長先生より「あなたが知らないところで、ご先祖・霊神様方に守って頂いていることがある、ということを自覚しなさい。」とみ教えを頂いたのでした。

★自分自身が危険に気が付いて、「この飛行機は危険だから、搭乗しないでおこう」などと、出来るわけがありません。知らず知らずのうちに奇跡的なおかげを頂いており、その連続の積み重ねの中に生命を頂いて生活しているのです。私達は何も気が付かずに、また何事もなかったかのように過ごしているのですが、それは日々お守りを頂いての生活であるということです。

★ですから、私達が今日頂いている生命は、神様・霊様のお守りを頂き、願いを受けている生命であることを忘れてはなりません。それぞれにかけて頂いている願いを、分からせて頂く必要があります。自分自身が、どのように生まれ、どのようにお育てを頂き、どのようにおかげを頂いてきたのか、を振り返らせて頂くのです。そして、これからどのように生かして頂くべきか、何が大切であるのかを、しっかりと掴ませて頂けるように、信心の稽古をさせて頂きましょう。
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