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お知らせ



4月02日  勧学祭 午後7時 
 
4月25日  青年会学生会総会 午後7時  
   

2018年04月26日

●家内中が心を揃えて

お母様と共に熱心にご信心をなされた娘さんが、結婚なさった相手の方は、何と大変な大酒飲みだったのです。飲んだら何日も帰って来ないという程で、酒に狂ってまともに仕事も出来なくなり、アルコール依存症で、入退院を繰り返されました。

★奥さんは親先生から「何かの時にはお結界に言うてきなさい。お友達や近所に恥を売り歩く、というようなことをしてはいけませんよ」とみ教え頂かれましたから、子供さん達を連れて毎日お参りなさり、「今までのご無礼不行届きをお許し下さい。主人のアルコール依存症が治りますように、しっかりした働きが出来ますように、神様にお使い頂きますように」と一生懸命お願いなさったのでした。

★そうしますと、ご主人も参拝されて、神様に治して頂くと言う心持ちになられたのは実に有難いことです。入院するのではなく、自らお願いをして神様におすがりさせて頂くようになられ、お酒を飲むことを辛抱できるようになられたのでした。

★再就職の際には、数社の中から選ばせて頂くのに、親先生にお取次頂きますと、「一番月給が安くて、遠い会社にさせて頂きなさい。今までのあなたの働きぶりでは、たくさんお給料を頂いては月給泥棒となり、めぐりを積みます。だから給料は安いところで、寄り道の出来ないように遠い会社にさせて頂きましょう。しっかりと働かせて頂いて、人の二倍も三倍も値打ちのある仕事ぶりにならせて頂いたら、その苦労に対してお徳を頂けるのですから」とみ教えを頂きました。朝食を済ませてから朝にお参りさせて頂いて、一日のお願いをしてから出勤し、帰りにお参りをさせて頂いて、一日の御礼を申してから寄り道をせずに家に帰る、という毎日が続かれたのです。その後5年間無欠勤で勤められ、驚くほど早く昇給・昇進のおかげを蒙られたのでした。

★奥様が熱心にご信心を進められ、家族中が心を合わせて、本気になってお願いをさせて頂かれましたので、こんなに有難いおかげを蒙らせて頂けたのですね。そのようなご両親のお姿を見られた子供さん達にもご信心が伝わって現在も有難い信心が続いておられるのです。

★『信心には何を目的にすればよいか。病人は痛いのを治してもらいたいと願い、健康な者は、作がよくできるようにとか、商売が繁盛するようにとか願って参るが、それは一時のことである。信心するには、末の安心を楽しみにしないと信心が続かない。末の安心のためには、自分一人がおかげを受けただけではならず、子孫に伝わる信心をすることが大切である。痛いのを願うのは信心の糸口ではあるが、それでは、治ればお礼参りをして、その後は参らないということになる。自分の心を改めて、よい子供を得るということを、信心の第一の目的としなければならない。一代の信心は神様が喜ばれない。』

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2018年04月25日

●信心を放すことなく

昨日は、二代教会長伊藤コウ師のお姉様であられます、伊藤カツ氏の御命日でした。コウ師のお父上・房次郎氏は信心に大反対でしたが、コウ師のご母堂ハル氏は、どこまでも諦めず、心が変わって頂けるように一心におすがりなさいました。

★ある時、房次郎氏は、「神様なんぞいるはずがない。もしいるなら、このわしの手足が動かなくなるはずだ。神様を拝むくらいなら、わしを拝め」と言われ、家にお祀りしてあった小さな御神殿を、庭に投げつけて壊してしまわれたのでした。すると、程なくして愛娘・カツ氏の手足が動かなくなり、水も喉を通りにくい状態になられたのでした。毎日色々手を尽されましたが一向に良くならず、とうとう房次郎氏が「どうしたら良かろう…」とハル氏に尋ねる心になられたのです。するとハル氏は、「お父さんが教会に参拝なさってお取次を頂いて下さったら、必ず良くなります。」と信念を持って伝え、初めて教会へ一緒に参拝なさったのでした。

★房次郎氏は、お結界で畳が濡れるほど涙を流し「どうぞ助けて下さい。」と願われたのです。するとお結界の先生は「伊藤さん、貴方の心は神様に届きました。帰ってご覧なさい。」と仰せられました。急いで帰られると、それまで口もまともにきけない、水も喉を通りにくい、身体も自由に動かない状態であられたカツ氏が、お父さんが帰ってこられる下駄の音を聞いて「お父さん、お帰り!」と玄関まで出たのでした。そこで親子が抱き合って泣いて喜び、そこから家族中が勢信心のおかげを頂かれたのです。

★子供たちの病気を通して、信心がより一層進み、勢信心のおかげを頂かれて、明治33年に教徒の列に加えて頂かれました。そして、京都から大阪へ移ってこられて、1年後の、明治35年に、大黒柱である房次郎氏が、胃がんでお国替えされたのです。娘三人と、女ばかりの所帯ですので、ハル氏は「京都へ戻って親戚を頼るべきか?大阪へ残るべきか?」と悩まれ、お結界でお取次を頂かれたのです。先生より「伊藤さん、信心しなさいや、信心しなさいや、しっかり信心しなさいや」とみ教えを頂かれ、ハル氏は、「何処へ行こうが自分がしっかり信心させて頂いて、めぐりをお取払い頂き、お徳を積ませて頂くことが大切なのだ」と悟らせて頂かれて、大阪に残られる決心をなさったのです。こうしてハル氏は、どんなことが起きてきても信心を放すことなく、神様を杖にご修行して下さったおかげで、伊藤の家のめぐりをお取り払い頂き、子孫がおかげを頂いております。
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2018年04月24日

●初めの心を忘れない

今月に入って、ご信者のご家庭が教会で結婚式を挙げられることが続きました。小さいころから教会にお参りさせて頂かれ、立派にお育てを頂かれました方々が、教会で結婚式を挙げられ、神様に今日迄の御礼の報告をさせて頂かれましたことは、真に有り難いことと思わせて頂きます。

★教祖様は、『信心と夫婦は、初めのことを忘れるな』とみ教え下さっています。結婚させて頂くときは皆、円満で、互いを立て合い、よい家庭を築かせて頂けますようにとお願いさせて頂くでしょう。その通りに、いつまでも相手を敬い立て合って、「あなたのおかげで結構な今日があります」と、お礼を申しながら生活させて頂くことが出来ましたら、有り難い家庭を築かせて頂くことができますね。ところが、年月が経ってくると、段々とお互いに我情我欲が強くなり、自分の都合を先に立てたくなってしまうことが多いのではないでしょうか。謙虚さを失い、「我良し」と思う心は、おかげの受け物を小さくしてしまいます。

★また、仕事でも、就職したてのころは、それまでに身に付けた能力を十分に発揮させて頂いて、早く一人前になり、少しでも会社のお役に立たせて頂きたいと、懸命に働かせて頂くでしょう。ところが、年が経ってくると、初心(純真さ、素直さ、謙虚さ、熱烈さ、相手を敬い立てる心)を忘れてしまいがちになります。仕事とは、お育て頂いた方々へのお礼、また、お世話になった社会へのお礼の為に働くのであり、また、会社に就職したのであれば、仕事を一から教えて頂き、育てて頂いたご恩を忘れてはなりませんね。何事も、初心を忘れることなく、ご恩を知ってご恩に報いる働きを心掛けさせて頂きたいと思います。

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2018年04月23日

●「我(われ)良し」と思う心を取り去る

あるご信者さんが入信以前は、体が弱く毎日の食事も作れず、家事も放棄しようかというような状態でした。そのご主人も病気にかかり、お仕事も出来ない精神状態になり、早く仕事を辞めたいと思っていました。子供を授かっても、まともに養育も出来ず、家の中がバラバラで崩壊寸前の状態で、離婚したいとばかり思っていたのでした。

★そうした中でお引き寄せ頂かれ、日参なさるようになられました。そしてお取次ぎを頂かれますと、「今のような状態を続けられますと、家の中がばらばらになり、立ち行かなくなりますよ。このままではめぐりが積み重なって、病気が治らないどころか、命に関わることになりますよ」とみ教え頂かれました。そのみ教えを頂かれた奥さんは「このままではダメだ」と思われて、一生懸命改まってお参りされ、家族、親族、縁に繋がる方々のことを毎日お届けされました。すると、ご主人は元気に働くことが出来、奥さん自身も家事も育児も、一生懸命心を配ってさせて頂けるようになられました。子供さんは、細い虚弱な体質であられたのが、有難い事に健康な体に仕替えて頂く事が出来たのです。お引き寄せ頂かれて、日参なさるようになられて、結構な家に生まれ変わることが出来られたのです。そして、その有難い事が家族中、親戚中に広まり、お宅祭が仕えられますと、両方のご両親や親族皆が集まって下さり、お宅祭を拝ませて頂けるようになったのです。

★おかげを頂きますと、その良い状態がずっと続かせて頂けるように、油断せずに日参と聴教に励ませて頂く事が大切です。そこに日々の信心の稽古の大切な部分があります。日々稽古に励んでおられる方は、昨日よりも今日、今日よりも明日というように、「私は広大無辺なおかげを頂いている!日々有難い!」「おかげを頂いておりながら、私はまだまだ信心が行き届いていない!」と、毎日謙虚な心持ちで生活なさっておられるからこそ、日々向上していかれるのです。「我(われ)良し」と思う心を取り去って、自分自身を戒め・改まりをさせて頂くところに、結構なおかげを頂く受け物になってゆくのですね。
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2018年04月22日

●み教えを本当に頂いたら改められる

阿倍野教会のあるご信者が、胃の調子が悪くなりお届けに来られましたら、お結界の先生が「あなたは食べ物のご無礼があるに違いないでしょう」と仰ったそうです。

★ご信者は「先生、食べ物のご無礼とおっしゃいますが、長年ご信心させて頂いておりますから、滅多に食べ物を捨てたりすることはございません。ご無礼なことはせんように心掛けております。」とお話しすると、先生は「あなたはゴミ箱に捨てたりはなさらんでしょうが、あなたの胃袋に捨てておられる。信心するものはよくよく気を付けねばならん。『これも放っておいたら腐るからもったいない』と家族の食べ残しを食べたり、『これも少し傷んでいるが、もったいないから』と食べたりして自分の胃に捨てておる。それで胃の調子が悪いんですよ。」とみ教えなさったそうです。

★さらに「心配りをさせて頂かねばなりませんよ。家族が残さないようにちょうど良い量を、腹八分目で作らせて頂いたらよろしい。それが奥さんの務めですよ。何でも余計にと思って作りすぎてはそれが段々と溜まっていく。信心しているがゆえにゴミ箱にはよう捨てないでしょうけれども、ちょっと傷んで酸っぱくなったようなものも、もったいないからと言って食べる。それで自分の体を壊すのです。」とみ教えなさったのです。

★毎日の生活でもお米一粒・野菜のひとかけらを粗末にしないように心掛けておりましても、冷蔵庫の中で使わずに腐らせてしまうということもあるでしょう。常から心配りさせて頂いていても、至らないところはたくさんあるのです。お結界という場所、そしてみ教えを頂けるということが有難いですね。自分自身の至らないところに気が付かせて頂けるということは幸せですね。

★み教えを聞かせて頂いても「そんなことは以前からよく知っている」というように、おごりがましくも思ってしまう人こそ、物事を本当に分かっていなかったり、実践出来ていなかったりします。知っていると言いながら、知らないことや分からないことの方が多いのです。そうしたところを、見直し・聞き直し・考え直しをさせて頂いて、自分自身の心の中身を改めさせて頂き、おかげを蒙らせて頂きたいですね。

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