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お知らせ



1月1日 元日祭
1月12日 御本部年賀参拝
1月18日 教徒会総会
 

2020年01月29日

●み教えを自身の糧にさせて頂く

1月28日は、伊藤亨師の御命日でありました。先日の25日には、5年祭を仕えさせて頂いたことでした。5年の間に次々と子孫が結構になられ、有難いご報告をさせて頂かれたのです。

★亨師は、生まれた時には「心臓が弱い」と診断され、命の無いところをおかげを蒙られたのでした。また、お若い頃に両眼とも視力が低下なされ、そのことで二代教会長伊藤コウ師にお届けなさいました。コウ師から「上見たら、あれ欲し、これ欲し、星(欲し)だらけ。下見て暮らせ、下に星(欲し)なし。」とみ教え頂かれたそうです。

★亨師は「上を見たらキリがない、欲を言い出したらキリがない。下に目を向けたら、もっと辛く苦しい思いをなさってる方があられる。その中でも皆さんそれぞれにおかげを頂いておられる。自分自身は一体どうか、まだ見えさせて頂いているじゃないか。そのことにお礼申して、先々の心配や不安を神様にお預けして、今見えさせて頂いている有難さをしっかりと喜ばせて頂こう!」と、頂いたみ教えをしっかり受け止められ、熱心にご信心を進められたのでした。そして、両眼とも視力を保たせて頂けるおかげを蒙られたのです。

★後に教会に入所をさせて頂かれ、金光教教師にお取り立て頂かれました。膵臓癌の疑いがあると診断を受けられた時もあられましたが、体を作り変えて頂かれ、無い命を何度も伸ばして頂かれて、82歳6か月までお役に立つ生き方が出来られたのです。そして御用のお徳によって「子供会で先生にお導き頂きました。」「青年会で先生にみ教え頂きました。」と、助かる方々が次々と増えられたのでした。神様からかけて頂いた願いをしっかりと悟らせて頂き、神様に心を向けて、わが心を磨いていかれた結果であると思わせて頂きます。

★自分自身の弱いところを自覚した時や、苦難にくじけてしまいそうな時に、頂いたみ教えを思い出して、自分自身に打ち克ってゆくことが出来ましたら、神様・霊様お喜び下さり、それが御礼に繋がるのです。誰しも行き届いていないところがあるものです。全てに完璧で行き届いて出来ている人間は、世の中に誰一人としておりません。自分の至らないところを自覚して、今からおかげを頂こうと願わせて頂き、神様の氏子として成長させて頂きましたら、実に立派なお役に立たせて頂ける一生にならせて頂けるのです。一朝一夕で出来ることではありませんが、日に日に新たに願いを立て直し、年々歳々向上させて頂くことを楽しみにお願いさせて頂きましょう。
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2020年01月28日

●目に見えない有難い働き

 身体は、時々刻々と実に有り難い働きをして下さっています。脳の中でもそれぞれの部分で役割を持って働いているということで、大脳は、有意識の域を、小脳は無意識の域を司っているということが、分かっているそうです。じっくりと考えて、結論を導き出す、ということは大脳が働き、「これは記憶しておくべきもの」と大脳が判断したら、小脳はその記憶をコピーして蓄積し、必要な時にその記憶が引き出されて、とっさの判断が出来るようになっているということです。

★大脳の中でも、前頭葉の働きによって、感情が抑制され、理性的に行動したり、言葉を発することが出来るそうです。理性が利かなくなり、辛抱が出来なくなるというのは、前頭葉の働きが鈍っているということになるそうです。ご信心をさせて頂くことによって、前頭葉の働きも活発になり、感情のままに行動してしまうことを抑えることが出来るようになります。

★また、脳幹視床下部というところは、内臓の各臓器がバランス良く機能するよう働き、ホルモンの正常な分泌も促す大切な部分で、脳幹は24時間休みなく働き続けているのだそうです。睡眠をきちんととりましたら、大脳を休ませることが出来、疲れが取れて体を調整する働きが十全に機能することにつながるのですから、質の良い睡眠をとることはとても大切だということが分かりますね。

★夜休ませて頂く時には、使わせて頂いている体にお礼を申し、落ち着いた心で十分な休養を取らせて頂きましょう。そして、健康な心と体でしっかりとお役に立つ働きをさせて頂けるよう、日参と聴教に励ませて頂き、日々み教えを心の栄養として頂いて、信心向上のおかげを頂きたいと思います。

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2020年01月27日

●お願い一遍にお礼十遍

あるご家庭が、先日久方ぶりにお参りなさったのですが、以前は子供さん達もまだ学生でしたが、現在は成長なさって社会人になっておられました。「先生、お久しぶりです。それぞれ社会人になりました」と挨拶をして下さいましたので「社会人になられて、一人前に働かせて頂いて結構なことですね。それだけ立派に成長させて頂いたのは、親が一生懸命に育てて下さったからですよ。これからは何事にも一人前にならせて頂かねばなりませんから、毎月必ずこれまでの御恩返しのつもりで家に生活費を入れさせて頂きましょう」とお話しさせて頂いたことでした。

★私が社会人にならせて頂きました時に、これまでお育て頂いたお礼をさせて頂かねばならないと思っておりましたら、三代教会長先生から「これまでのお礼として、給与を頂いた中から月々きちんと神様・霊様にお礼のお届けをさせて頂きなさいよ」とみ教えを頂きました。初めてお給料を頂いた時に、三代教会長先生・奥様に御礼のご報告をさせて頂きましたら「有難い健康な体にお育てを頂いて、ここまで無事におかげを頂いて結構やったなあ」と喜んで下さいました。先生が私に仰って頂いたことを通して「私は本当にお礼の心が足らない人間だな」と分からせて頂いたことでした。

★働かせて頂いていると言いましても、教えて頂くことばかりで、一人前の働きは到底出来ておりません。先行投資をして下さってのお給料でありますから「申し訳ないことだ・・・」と自覚はしていたのですが、自分の算段ばかりしてお礼が足りなかったのです。それからは、考えを改めさせて頂き、不行届きながらも、親に対しても神様に霊様に対しても御礼をさせて頂くことを心がけています。

★お世話になることの方が多く、お礼の出来ていないことの方は明白なのですが、ご信心が至らない時には、してもらうことが当たり前になってしまっていて、大切なことが分からないものです。『どうでもおかげをいただこうと、九死に一生のお願いにご一心しておる時くらい、お礼が本気で申せたらなあ。願うことはすぐにできても、お礼は言えぬものかなあ。』とみ教え頂いております。大きな問題が起きてきた時は、必死になってお願い出来ますのに、今日まで立ち行かせて頂いてきたお礼は、どれほど申せておりますでしょうか。そういう自分自身のあり方を戒めて『お願い一遍にお礼十遍』を心掛けてさせて頂きましょう。
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2020年01月26日

●良いお手本に学ぶ

 先日、夕方の報道番組で藤本氏の藤本硝子加工所が紹介されていました。現在90歳になっておられますが、20歳の頃から70年以上も切り子加工のお仕事を続けておられることや、サンドブラスト加工等の作業の様子などが紹介されていました。そのお姿を拝見させて頂き、90歳というご年齢を感じさせないほど、元気ハツラツと硝子加工のお仕事をなさっておられることに、改めて感銘を受けました。

★藤本さんは、いつも笑顔を絶やすことなく、誰に対しても実意丁寧に応対されます。また、どんなに忙しい時でも、毎朝天満から朝参りをなさって日参・聴教を欠かすことなく、心と身体を清め鍛えておられるのです。そのお仕事は、難しい手のかかることばかりが集まってきますが、喜んで有難く実意丁寧になさっておられますことは、真に尊いお姿です。

★娘さんから聞かせて頂くことですが、「お父さんの口から一言もしんどいとか、辛いなどの愚痴不足を聞いたことがありません。そして、家の中でもいつも小走りで走って、毎日忙しく家の御用や仕事をしています。」と仰っておられます。8年前に奥様を亡くされましたが、家事一切をご自身でなさりながら、毎日楽しく、そして有難く「家業の行」に打ち込んでおられるのです。それはお若い頃から、信心を基にしてずっと積み重ねて稽古してこられたことが実を結んでおられるのです。お宅祭に行かせて頂きましても、家の中はきちんと整理整頓され、お供え物も手を抜かれることなく、行き届くように全てご自身の手で準備なさっておられます。誰かにしてもらいたい等とは一切思っておられず、自分でさせて頂きたいと願っておられるからこそ、させて頂くことが出来られるのですね。

★論語に「3人行えば必ず我が師有り。その善なる者を選びて之れに従い その不善なる者は之れを改む」とあります。これは、「自分を含めて3人で行動すると、他の2人の言動には、必ず自分にとって学ぶべき師となるものがある。2人の言動の良い点はそれを見習い、良くない点は、それを自分の反省材料とすることが出来る。」ということを教えて下さっています。

★職場やあらゆる場で共に働く中で、良いお手本とすべき所が必ずあるはずです。藤本氏のような実意丁寧なご姿勢を私共も習わせて頂き、良いところを自分自身に頂いて、日々の生活に活かして参りたいと思います。

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2020年01月25日

●御祈念をして頂いているという有り難さ      

私が金光教学院に於いて修行中に、学院長として御用なさっておられました内田守昌師は、大変立派な先生であられました。重厚なお人柄であられましたから、私はいつも尊敬いたしておりました。その先生がネフローゼ症候群を患われ、入院なされた時のお話です。

★入院されて薬を毎日投与して頂かれ、一週間が経ってもなかなか効果が表れず、医師から「今日も効果が無い。」とばかり言われたそうです。毎日効果がないと言われますと、「もうこれで私は死んでしまうのではないか。」「私の家族はどうなるのか。」と心配に捉われて、不安でたまらない日々を過ごしておられたのでした。

★そんなある日、松山先生の奥様であられます、松山いち先生が病院にお見舞いに来て下さり「お願いしておりますよ。」と仰せられたそうです。そのお言葉がすとんと内田師の心に納まり、「そうだ、御祈念して頂いてるじゃないか。この親奥様の願いの中に、すべてお任せしたらいいじゃないか。自分で力んで、あれこれ心配せずともよいじゃないか。」と思うことが出来られたのでした。涙があふれ「今日がおかげ日だ!」と大変有難い気持ちになられたのです。すると次の日に、担当の医師が「内田さん、薬が効いた!」と告げて下さり、それからどんどんと良くなられて、病院食も美味しく毎日完食され、全快のおかげを頂かれたのでした。

★自分で欲を放し、神様に一心になって難儀を乗り越えよう思いましても、なかなか出来ない私達であります。そこで毎日、お届けをさせて頂き、「金光様のお取次ぎを頂いて、御祈念をして頂いている」と、常に心の中で思わせて頂いておりますと、「有り難い」という思いが強くなり、気が付けば難儀を乗り越えさせて頂いている、ということになって参ります。毎日お届けをして、御神米をお供して生活させて頂くということは、実に有り難いことですね。
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